義弟(22-2)

 

~ユノ33歳~

 

出来上がったラフ案を見せるため、例のカフェに来ていた。

 

このカフェのオーナーX氏との打ち合わせを終え、「自由にオーダーしてくれ」に甘えて遅い昼食をとっていた。

 

店内一番奥の窓際が気に入りの席で、店内をぐるりと見渡せる。

 

5月の午後の陽光が、天井まである窓から降り注いでいた。

 

チャンミンと1か月以上、会っていなかった。

 

絵のモデルを4回、用事があるとか、体調が悪いとか、試験勉強とか理由を述べていた。

 

その連絡も、電話ではなくメールだったことに、がっかりしていた。

 

あんなことがあったから、仕方がない...か。

 

あの夜の記憶を思い起こしてみる。

 

チャンミンの唇の柔らかさ、そこから漏れる掠れた声。

 

女にはないもので、興奮と快感を俺の指に熱く伝えていた。

 

多分、最後まで進めてしまうのが正解だったのかもしれない。

 

途中で止めてしまったことに、チャンミンは傷ついただろう。

 

俺からの拒絶だと捉えたに違いない。

 

だから、俺の元を尋ねてこなくなった。

 

でも。

 

それでよかったのかもしれない。

 

結婚生活は壊したくない。

 

人生を複雑にしてしまうのは、御免だった。

 

テーブルに頬杖をついて、ガラス向こうの薄着になった人並みを眺めていた。

 

若い男も通り過ぎるが、チャンミンほどの端正な奴は当然、ひとりもいない。

 

若い女性に観察対象を移してみても、同様だ。

 

16歳の男子高校生に、想い煩うなんてなぁ。

 

夕方にはまだ早い時間、学生服姿が目立つから多分、テスト期間か何かなのだろう。

 

「あ...」

 

俺は席を立ち、店内の客に注目されるくらいバタバタと、店を出た。

 

十数メートル先の背中に向かって、俺は走る。

 

「チャンミン!」

 

振り向く前に、チャンミンの肘をつかんだ。

 

真ん丸の眼とは、こういうのを言うのだろう。

 

髪を切ったのか、前髪が短くなっていた。

 

濃いグレーのスラックスに黒のローファー、襟章のついた白いシャツとえんじ色のネクタイ。

 

高校生のチャンミン。

 

美しすぎる高校生。

 

「...義兄さん」

 

肘をつかんだ俺の手の上に、チャンミンの指がかかった。

 

放して下さいと...今度は俺の方が...拒絶されるのと思った。

 

ところが、チャンミンはふっと身体の力を抜き、小さく笑った。

 

「驚かさないで下さい」

 

「ごめん...見かけたから...」

 

チャンミンの肘から手を放そうとしたら、彼の指に力がこもった。

 

「久しぶりです」

 

「あ、ああ」

 

俺がどもってしまったのは、チャンミンの優しい笑顔を、初めて目にしたからだった。

 

まずいな。

 

やっぱり俺は、チャンミンが欲しい。

 

 


 

~チャンミン16歳~

 

 

Mの言葉。

 

「ユノさん、盗られちゃうよ」が、あれ以来ずっと、僕の頭にこびりついたままだった。

 

それは困る。

 

ただでさえ、姉さんに義兄さんを盗られているんだ。

 

義兄さんが僕のことを「いい」と思ってくれて、姉さんと別れて僕だけを見てくれるようになったとき...。

 

あり得ない、と思った。

 

だって、僕は義兄さんと結婚ができるわけがないし、まず第一に、彼は僕を拒絶した。

 

果たして、そうだったのかな?

 

「今日はここまでだ」の意味は、その言葉通りの意味で、「続きはまた今度」だったらいいな。

 

義兄さんに全てを任せるつもりでいたけれど、男を目の前にして、彼は困ってしまったのかもしれない。

 

女の子とのセックスに関しては、Mとの関係で大体のところは知っている。

 

Mとの行為は確かに気持ちがいいし、ムラムラを発散できるけど、心と身体が伴わない。

 

ヤレばヤルほど、心と身体の距離が広がっていく。

 

「僕がしたいのはこれじゃないんだ。でも、気持ちがよ過ぎて腰は勝手に動いてしまうし、どうしたらいいいんだ!」って。

 

Mのことは好きだけれど、それは恋愛感情じゃない。

 

Mには付き合っている人がいるし(それが例え中年男だったり、2股3股していても)、義兄さんに片想いしているから、僕とMは性欲解消のためのもの。

 

こんな風にいったらセフレみたいに聞こえるだろうね。

 

Mのとの行為を通して僕が知ってしまったのは、恋愛感情がなくてもセックスはできる、ということ。

 

腰の奥が弾ける瞬間、僕の心のもやりが消えてしまう。

 

他のことがどうでもよくなってしまう...日々溜めに溜めてパンパンに膨れ上がった不快なものを、腰の痙攣と共に吐き出してしまえるんだ。

 

Mとの会話は気楽だし、興味深い。

 

義兄さんに片想いしている同志で、互いが相手を義兄さんだと想定して貫いたり、貫かれたりしているんだと思う。

 

でも、僕は貫かれたい。

 

経験がないから、どんな感覚かは想像もできない。

 

女の子を押し倒すよりも、誰かに力づくで押し倒されたい。

 

男の人に...義兄さんに。

 

僕のセックスは下手くそで、セックスに向いていない、と言ったMの真意は多分、こうだ。

 

女の子とやるんじゃなくて、男とやる方に向いている。

 

僕はそういう意味に捉えたんだけど...間違っているかな?

 

(と言いつつも、女の子の裸にムラっとくることもあるから、自分の嗜好がよくわからない)

 

Mとの会話を通して、義兄さんが僕との行為にストップをかけた理由が、僕には分かってしまったんだ。

 

僕の胸を愛撫している手つきから、男との経験がある可能性を そうじゃなくて、義兄さんはただ、僕の身体を女の子として扱っただけなんだ。

 

だけど、いざコトに及ぼうとした時、目の前に横たわる身体が男のもので、怖気付いてしまったんだ、きっと。

 

全てにおいて経験豊富に見えた義兄さんでも、未経験のことがあるんだって。

 

それを知ってしまった僕の気分は、急上昇した。

 

なあんだ、簡単なことじゃないか。

 

義兄さんが未経験でとまどってしまうのなら、僕がリードしてあげればいい。

 

姉さんやその他の女の人たちなんか、足元にも及ばないくらい、僕の身体に溺れてしまえばいい。

 

「女とやるより、全然いい」と言わしめればいいんだ。

 

 

(つづく)

 

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義弟(22-1)

 

~ユノ35歳~

 

マンションの地下駐車場に車を停めた。

 

俺とBの部屋へと先を歩くチャンミンの背中を追いながら、俺は思う。

 

チャンミンとの関係をこのまま続けていけるだろうか、と。

 

Bと別れずにいる俺。

 

心を決めなければならないのに、ずるずるとここまで来てしまったのは、チャンミンとの関係は断ち切ってはならないからだ。

 

そのために、俺は当分は不甲斐なく、狡い男でい続けなければならない。

 

妻の弟と俺は、いわゆる『不倫関係』にある。

 

出逢った時、15歳だったチャンミン。

 

鼻下を隠せば、女の子と言ってもおかしくない優し気な目元が印象的だった。

 

俺を威嚇するように睨みをきかせていても、その眼はにごりのない純真そのもので。

 

当時のチャンミンは、ふっくらとした頬と、すらりと華奢な身体付きをした少年だった。

 

どこか不安げで、俺を探るように見る、儚く危なっかしい雰囲気の持ち主だった。

 

本当に、綺麗な子だった。

 

あれから2年半、身長も俺を越えるくらい伸び、がりがりだった身体も厚みを増した。

 

これだけの容貌だ、寄ってくる女も男もいくらでもいるだろうに。

 

チャンミンの眼には俺しか映っていない。

 

これは己惚れじゃない。

 

2年以上、チャンミンと関係を持ってきて分かったことだ。

 

チャンミンはなぜ、俺にこうまで執着するのだろう。

 

きまぐれな猫のようなチャンミン。

 

俺を振り回すような言動を繰り返すところは変わっていない。

 

実際に振り回されていたのは過去のこと。

 

近頃のチャンミンは、俺の顔色をうかがう様子を見せるようになった。

 

ひた隠しにしてきたはずの苛立ちが、言葉に出さずとも表情や仕草に現れてきたのだろう。

 

チャンミンは鋭い。

 

チャンミンのことは愛している。

 

でも、俺たちの関係は何も生まない。

 

チャンミン、お前はどうして欲しい?

 

待ちくたびれていないか?

 

 

玄関ドアを開けると、たたきに並ぶ靴の数と、リビングの方から賑やかな人声。

 

聞かされていなかったが、Bは客を呼んでいたようだ。

 

チャンミンと俺、Bの3人きりだったら気づまりだと、気乗りしていなかったからホッとした。

 

リビングに入るなり、談笑中の面々は俺たちに注目し、「やあ」とか「ひさしぶり」とひととおりの挨拶を交わす。

 

チャンミンの方を見ると、何を言われて照れていたのかは分からないが、鼻にしわを寄せた笑みを浮かべていた。

 

驚いた。

 

俺の知らないうちに、多少なりとも社交術を身につけていたのか。

 

ビールの入ったグラスを勧められ、チャンミンは「未成年ですから」と手を振って断っている。

 

ビールなんか、俺の前では堂々とがぶ飲みしているくせに。

 

客たちは、俺とBの仕事関係の者、旧友、知人の類が十数人。

 

Bは客を呼ぶことが好きな質で、弟のチャンミンと正反対だ。

 

そうだとしても、相談なく大人数の客を招待していたりしたら、さすがにムッとする。

 

そんな小さな怒りは飲み込んで、気のきいた話題とくつろいだ風の笑顔と、如才なく立ち回る。

 

「!」

 

手洗いに立っていたらしい客の一人が戻ってきて、その人物を認めた途端、俺の体温が1度下がった。

 

以前、彼が経営するカフェの内装デザインを、俺が手掛けたことがあった。

 

40代後半の大柄な貫禄ある体躯と、目鼻口のパーツが大きい濃い顔立ち。

 

声も大きいが、自信に満ちた態度も大きく、いくつもの飲食店を成功させた経営者だ。

 

妻Bを介して彼、X氏との交流がスタートし、小さな仕事を回してもらうようになった関係性だ。

 

「お久しぶりです」

 

俺は立ち上がってX氏を迎え、肩や腕を叩きあって挨拶を交わす。

 

X氏が飲み物を取りに席を立った隙に、チャンミンがいる方をうかがった。

 

窓枠にもたれかかったチャンミンは、X氏の背中を凝視していた。

 

無表情の怖い顔をしていた。

 

ところが、俺の視線に気付くと、固く引き結んだ口元を緩めて、ふっと小さな笑みを見せた。

 

(義兄さん、心配してるんですか?)

 

(当たり前だろう?)

 

(ふっ。

僕の方は平気ですよ)

 

(どうだか...)

 

(義兄さん、僕を信じてください。

僕はあなたのことを愛しているのですよ)

 

分かった、という風に、軽く頷いてみせた。

 

視線だけで交わす言葉。

 

不意に訪れるチャンミンと心が通い合う瞬間。

 

チャンミンから注がれる愛情を持て余して、彼から逃げ出したくなっていても、こういう瞬間でキャンセルされるのだ。

 

この繰り返しだ。

 

だから、チャンミンを手放してはいけないと思うのだ。

 

 

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義弟(21-2)

 

~チャンミン16歳~

 

キャミソールを頭からかぶるMの背中に、話しかけた。

 

「Mちゃんはどうして僕とヤルの?

義兄さんのことが好きなんだろ?」

 

Mは僕の問いにすぐには答えず、長い髪をひとつにまとめると、TVの電源を入れた。

 

隣の居酒屋から漏れる騒々しい笑い声が、バラエティ番組から流れるけたたましい笑い声でかき消えた。

 

ビニールクロスの壁にセロハンテープで留めた、名前の分からない名画のポストカードや、窓際に立てかけた何枚ものパネルボード...Mは芸大生なのだ。

 

かつて行った義兄さんのマンションや、大型の作品に溢れた義兄さんのアトリエを思うと、今自分がいる場所が子供ったらしくて、哀しくなってきた。

 

義兄さんとエロいキスを交わしたのに、ますます手が届かない存在に遠のいた。

 

「だってチャンミン、下手なんだもん」

 

「下手...って」

 

「じゃあどうして、僕とヤるんだよ?」

 

「怒った?」

 

「...ううん...」

 

はっきり指摘するMに腹は立たなかったし、「下手」と言われてショックも受けなかった。

 

「チャンミンはきっと...向いていないんだよ」

 

「向いていないって...セックスに向き不向きがあるの?」

 

「あるよ。

チャンミンは向いてない。

だから、何回ヤッても下手くそなまま」

 

『向いていない』の意味が分からずあやふやな顔をしていたら、Mは話題を変えた。

 

「今付き合ってる人...45歳の人なんだけど」

 

「不倫?」

 

Mと初めてヤッた時は確か、別れたばかりと言っていたから、新しい彼氏のことかな、それとも2股、3股目の人のことかな、と思った。

 

「ううん」とMは首を振った。

 

「バツイチ。

お腹も出ているし、頭も薄くなりかけてるの」

 

中年男とピンク色の髪をした若くて可愛いMとの組み合わせを思い浮かべてみた。

 

「でもね、テクが凄いの」

 

「!」

 

「私みたいな若い子が、中年の俺とヤッてくれるなんて、って有難そうにしてるの。

 

そう思うと、自分がとても貴重なものに思えてくるの」

 

Mの言葉に、義兄さんに抱かれる自分を思い浮かべてみた。

 

綺麗な義兄さんだから、僕を抱いて有難がるなんてあり得ない。

 

「じゃあ、どうして僕と?

僕は下手くそなんだろう?」

 

Mはクスっと笑った。

 

「それはね、チャンミンが綺麗だから。

それから...年下の高校生と子とやるなんて...興奮する。

何度でもできるしね。

それに...ほっとけないし」

 

義兄さんへの恋心は、Mしか知らない。

 

僕の初恋ともいえるこの恋は、相手が男だという時点で内緒ごと。

 

誰にも言えないし、誰にも理解してもらえない。

 

義兄さんとつながりのあるMといれば、義兄さんを感じられる。

 

「ユノさんとのエッチ...気持ちがいいだろうなぁ...」

 

「えっ!」

 

Mの言葉に、絶句してしまう。

 

「あんなに綺麗な人だよ?

テクもすごそうだし...いいなぁ...」

 

そうだろうなぁ、と思った。

 

「チャンミンはユノさんとどんな感じ?

私が見るところ、ユノさんもその気があると思うんだなぁ。

好きって告白した?

それとも、キスくらいはした?」

 

「!?」

 

義兄さんとしたキスと、股間のしごき、胸先を吸われた記憶に浸っていたから、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「うそ...!

やっぱり、そうなんだぁ...」

 

嘘をつけない僕の反応に、Mは両手で口を覆って目を見開いている。

 

「えっと...」

 

今さらだけど、Mと僕はライバル同士なんだと気付いた。

 

僕の思いを読んだかのように、Mは肩をすくめてみせた。

 

「悔しいけどね。

でも、嫉妬の気持ちはないの」

 

「......」

 

「私ね、この前ユノさんにキスしたの」

 

「えっ!?」

 

驚いたけど、嫉妬の念は湧かなかった。

 

「ユノさんったら、全然驚かないの。

『おやおや』って感じ。

ユノさんみたいなカッコいい人にとって、若い女ってだけじゃ太刀打ちできないの。

だから、チャンミンが羨ましい」

 

僕の方に分があると、Mは言いたいらしい。

 

「チャンミンがユノさんとキスしたって聞いても嫉妬しないの。

不思議よねぇ。

チャンミンが男の子だからかなぁ...」

 

Mは僕の隣に、仰向けに寝転がった。

 

「いつか三人でできるといいね」

 

「はあ?」

 

耳を疑うようなMの発言に、僕は目を剥く。

 

「冗談よ。

チャンミンは挿れる側じゃないことは確かだから」

 

「それって...?」

 

ドキリ、とした。

 

「女二人に男一人は、つまんないもの。

片方の子が挿れられている時、私は暇でしょ」

 

「......」

 

「チャンミンが、エッチに向いていない、って『そういう意味』よ」

 

「......」

 

「私とヤッてても、気持ちはどっかにいっちゃってるでしょう?

図星、でしょ?」

 

「......」

 

「チャンミンも分かってるでしょう?

ユノさんと『そういう関係』になるってことは...そういうこと。

チャンミンは、ユノさんにヤラれる側なの。

それ以外は考えられない」

 

「でも...義兄さんは...。

僕は男だし...男となんて、変だろ?」

 

「...変じゃないよ」

 

「どうして?」

 

「さっきも言ったけど、チャンミンは綺麗なんだもん。

ユノさんがチャンミンとヤリたいと思ったとしても、驚かないなぁ。

チャンミンだって、ユノさんが男だから好き、っていうわけじゃないでしょ?

ユノさんって美人過ぎるんだもん。

女でも男でも、ユノさんを好きになると思うよ。

あ、この『好き』は恋愛感情のことね。

だから、チャンミンが羨ましい...」

 

僕が半年近く、ぐちゃぐちゃと思い悩んでいたことを、まとめあげたMを見直した。

 

単純なことだったんだ。

 

「...義兄さんは、僕とはイヤみたいなんだ」

 

ずっと僕の胸をシクシクさせてきたことを、Mに暴露した。

 

「イヤだって、はっきり言われたの?」

 

僕は首を横に振った。

 

「もし私が、ユノさんとそういう関係になったらどう思う?」

 

「...え?」

 

「挿れる場所が違うから、チャンミンがヤキモチ妬く必要はないからね」

 

「......」

 

「チャンミン、急がないと!

これもさっき言ったことだけど、ユノさんを好きになる人はいっぱいいるハズ。

奥さんがいるとかいないとか、関係ないのよ。

ユノさん、盗られちゃうよ」

 

Mの眼差しは真剣だった。

 

(つづく)

 

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義弟(21-1)

 

~チャンミン16歳~

 

自宅前で降ろされた僕はまるで、義兄さんに捨てられたかのような気分だった。

 

自室で上着を脱ぎかけたところで、それをまた羽織り、スニーカーを引っかけて外へ飛び出した。

 

嘘をつき慣れていないから、「友達んとこに泊まってくる」のひと言が不自然に震えていないか、緊張した。

 

愛想は悪いが生活態度は真面目な息子は、両親には信用されていた。

 

だから、僕の言葉に疑いを挟むことなく、「あらあら、忙しいわねぇ」と母親は呆れただけだった。

 

これから行く旨の電話を入れ、向かった先はこれまで3度通ったMのアパート。

 

僕を出迎えたMは、お風呂上りのようで、上気した頬と石鹸のいい香りをさせていた。

 

「急に...ごめん...」

 

ぼそりとつぶやく僕に、Mは「いいから」と言って、僕を仰向けに押し倒した。

 

 

一向に射精の時が訪れず、僕は焦って遮二無二に腰を動かすだけだった。

 

「今日はここまでにしよう」

 

Mはそう言って、僕の下から抜け出した。

 

よほど情けない顔をしていたんだろう。

 

「チャンミン、変だよ。

何があったの?」

 

Mの口調が優しくて、こみ上げてきたものを見せたくなくて、僕は俯いて腿に置いた両手を握りしめた。

 

「...別に..」

 

「やだな...泣いてるじゃないの」

 

「...っ...泣いてなんかっ...」

 

Mから顔を背けて、こぶしで両目をこすった。

 

義兄さんに無茶苦茶にされるはずだった熱を、Mの身体で冷まそうとした僕は最低だ。

 

2度も義兄さんの左手の中で達し、その度に精を吐き尽くして空っぽになったはずなのに、満たされなくて。

 

義兄さんは多分...僕とするのが嫌なんだ。

 

僕は男だし、義兄さんは結婚してるし。

 

僕が義兄さんの立場だったら...駄目だ、全然想像できない。

 

義兄さんだって興奮していたじゃないか。

 

あそこを固くさせてたじゃないか。

 

僕とエロいキスをしていたくせに、本心では、“そういう気”はなかったんだ。

 

必死な僕を憐れんで、僕の性欲を満たしてあげるために僕のものをしごいてくれたんだ。

 

勇気を振り絞ってした告白、「ずっと、義兄さんに触って欲しかった」を受けて、義兄さんは困ってしまったんだ。

 

車の中でのことは義兄さんのお遊びに過ぎなかったのに、本気で迫ってきた僕を可哀想だと思ったんだ...きっと。

 

子供にするみたいに頭を撫ぜられて、僕の心は屈辱でいっぱいだった。

 

...でも。

 

『結婚してるかどうかは関係ない』の義兄さんの言葉。

 

あれはどういう意味だったんだろう?

 

 

(つづく)

 

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義弟(20)

 

 

~ユノ33歳~

 

あっけにとられた風のチャンミンに微笑んでみせた。

 

「今日はここまでだ」

 

余裕と主導権があるのはこちらの方で、「一気に関係を深めるのはよくないよ」的な台詞だった。

 

その実、余裕がなかったのは俺の方だった。

 

男の身体にここまで欲情してしまった自分に驚くが、対象がチャンミンなら無理もないと思った。

 

圧倒的過ぎる美貌は、その者を中性的にする。

 

男でもない、もちろん女でもない、どっちつかずの儚い魅力だ。

 

とは言え、女にはないものをチャンミンは持っていた。

 

自分以外のものを握りしめた経験は、ない。

 

チャンミンも初めてだろうが、俺の方も初めてだ。

 

チャンミンの中を貫きたい強烈な欲望はあったものの、いざその時になってみると躊躇した。

 

ほんわずかだけ、我にかえった。

 

待て...目の前の、恍惚とした顔のこいつは、『男』だぞ、と。

いくら中性的とは言っても、俺の手の中のものは脈打つ男のものだ。

チャンミンの胸と胸とを合わせたときの感触は固く、ふくらみのない胸を愛撫するには、その先端をいたぶるしかなかった。

 

しかし、俺の手の動きに合わせて喘ぎ、身体を震わせる姿を目にすると、征服欲が満たされた。

 

そうか、俺はチャンミンのことを、『女』として見ていたのかもしれない。

 

チャンミンに網ストッキングを履かせ、真珠のネックレスで首を飾り、片手は見る者を誘うように頭の後ろに、もう片方は股間を包み隠す。

 

作品の中の少年男娼は、鑑賞者を妖しい眼差しで誘っている。

 

この男娼はもちろん、『受け入れる側』だ。

 

恥ずかし気に包み隠してはいるが、指の隙間からは覗いてしまっている。

 

その手のポーズも、細かく注文をつけたくらいだ。

 

チャンミンの中から、女の性みたいなものを引き出そうとしていたのだろうか?

 

分からない。

 

現段階では、指だけで絶頂を迎えさせてやったが、いずれはそれだけじゃ済まなくなってくる。

 

思いを巡らせながらの愛撫だったから、俺の方には余裕があったんだろうな。

 

チャンミンに溺れてやる、と開き直ったにしては、肉欲に溺れきれずにいた。

 

確かに俺のものも、快楽に悶えるチャンミンに欲情した...したけれど...。

 

「ずっと触って欲しかった」と言ったチャンミン。

 

睨み目と不愛想なチャンミンが一転し、俺を乞う眼をしていた。

 

性に目覚めたばかりの少年特有の好奇心に満ちた眼差しで、俺の指の行き先を追っていた。

 

チャンミンに触れる、ということはつまり、そういうことだ。

 

身体じゅうを撫でまわすだけじゃないことを、チャンミンは分かっているのだろうか?

 

「義兄さんに触ってもらいたかった」の真意は、好奇心によるものだけじゃない、と気付いてしまった。

 

酔った勢いで名前も知らない女とヤッてしまうような、勢いに任せてはいけないと、ブレーキがかかった。

 

チャンミンに誘われるような形で、奪うようなことをしてしまっていいのか?

 

分析すればするほど、わけが分からなくなってきた。

 

...とにかく、俺の頭の中は様々な考えで混乱してしまって、イマイチ集中できなかったのだ。

 

 

チャンミンの自宅前で降ろすまで、彼は終始無言だった。

 

何事もなかったかのように「おやすみ」と声をかけたが、チャンミンは軽く頷いただけで、こちらを振り向きもせずに去っていった。

 

猫背気味の背中と手足ばかり長い、未だどこかアンバランスな身体付き。

 

そうなんだよな...チャンミンは制服を着て、教室で授業を受ける高校生...16歳なんだ。

 

チャンミンに対して、何か酷いことをしてしまったかのような罪の意識。

 

中途半端な関わり合いは、かえってチャンミンの自尊心を傷つけてしまう。

 

そう思うことで、チャンミンと行きつくところまで堕ちてしまいたい本心を、正当化しようとしている。

 

俺は33歳で、ある程度の社会的地位もあり、一番忘れてはいけないこと...俺には妻がいる。

 

「結婚しているかどうかは関係ない」と、チャンミンに言った。

 

その通りだよ、チャンミン。

 

その通りだけど、さらに一歩前に進めるだけの度胸が俺にはないみたいだ。

 

チャンミンが欲しくて仕方ない。

 

手に入れるのは恐らく、難しいことではない。

 

問題は、手に入れた後のことだ。

 

俺を取り巻く現実はそのままに、うまく立ち回れる自信がなかった。

 

 

遅くなるはずだった夫の早い帰宅に、Bは驚いていた。

 

「あれ?

遅くなるんじゃなかったの?」

 

「んー、約束がキャンセルになったんだ」

 

「あら」と言った風に丸くしたBの眼が、チャンミンにそっくりで胸がかすかに軋んだ。

 

Bは風呂上がりで、キャミソールと短パンだけの恰好でTVを見ていたらしかった。

 

俺たちの家は全室、一年中快適な温度に保たれていたから、早春の夜に夏みたいな恰好でいられるのだ。

 

よく冷えたミネラルウォーターをあおりながら、軽装のBの手足をちらちらと見る俺がいた。

 

長身の弟に対して、姉のBは小柄で、やや浅黒い肌をした弟に対して、彼女は色白だった。

 

顔もよく似ているとまではいかないが、二人は姉弟だ。

 

実を言うと、チャンミンとの接触で火が付いた俺の欲は、鎮まる気配がなかった。

 

空になったペットボトルをぐしゃりと握りつぶした。

 

ゴミ箱に放り込んだ音を合図に、俺はBに近寄って羽交い絞めにした。

 

突然の夫の行動にBは悲鳴をあげたが、俺の性急なキスに応える。

 

チャンミンの口内で躍らせた舌で、彼の姉を悦ばせる。

 

小一時間前に、チャンミンにしたかった行為を、妻に施す。

 

俺は最低だ。

 

 

(つづく)

 

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