義弟(1)

 

~ユノ32歳~

 

初めて顔を合わせたのは両家顔合わせの祝宴の席だった。

 

当時、チャンミンは未だ15歳で、子供らしからぬ陰気な眼の持ち主だった。

 

難しい年ごろだからと、つとめてにこやかに話しかけた。

 

「やあ、君がチャンミン君?」

 

ところがチャンミンは、じとりと俺を睨みつけると席を立ってしまった。

 

どうやら嫌われたようだ。

 

感じが悪いガキだと思った。

 

 

次に会ったのは結婚挙式会場だった。

 

制服姿のチャンミンは、うつむき加減の猫背の姿勢で所在無さげに、居心地悪そうに家族席についていた。

 

会場内をぐるりと見渡す視界に、あの湿った睨み目がかすめていく。

 

敢えて目を合わすと、あからさまに目を反らしてしまうのだから、いい気分はしない。

 

チャンミンの存在を無視しようと、意識を披露宴に戻した。

 

俺は美しく可憐な花嫁の腰を抱き、親戚友人たちの写真撮影に応じる。

 

キラキラと光の粒が煌めいて、花の香り漂う幸福空間。

 

チャンミンの姉をエスコートする間中、首の後ろがちりちりと焦げつく感覚から逃れられなかった。

 

くそ生意気そうな、15歳らしくない老成した眼差しの少年に見られている。

 

俺のことを嫌悪していながら、気になって仕方がないことはお見通しだった。

 

歳の離れた美人の姉をかっさわれて、シスコンの怒りを買ってしまったかな、と。

 

いつもの俺だったら、好きにさせておこうとそのまま放置する。

 

だが、チャンミンに限ってはなんとかして接近をはからないと、と思っていた。

 

なぜなら、俺を睨みつけるその顔が彫刻のように美しかったから。

 

少年らしいふっくらとした頬のラインと、伸び盛りの骨っぽい身体を持て余している感。

 

言葉で表現できない代わりに全てを目力に込める、なんと不器用なことよ。

 

未開の地。

 

衣服を全てはぎとって、全部目にしたい欲に取りつかれた。

 

チャンミンを描いてみたい。

 

チャンミンの尖った視線を浴びながら、絵筆を動かしたいと強く望んだ。

 

 


 

 

 〜ユノ35歳〜

 

全身虚脱状態だが満ち足りた気分でソファに横たわっていた。

 

ぎしりとスプリングの音をきしませて、チャンミンは俺の身体をまたいで床に下り立つ。

 

慌ただしく、時間に追われるように抱きあって、俺は前を出しただけだったから上下とも着衣のままだ。

 

一方何かを身につけたままの行為を嫌うチャンミンは、一糸まとわぬ格好だ。

 

堂々とした後ろ姿。

 

俺が見惚れていることを知っているその背中。

 

自身の姿が美しいことを知っているのだ、この男は。

 

「何か飲みますか?

何がいいですか?」

 

「んー、水でいい」

 

勝手知ったる他人の家ごとく、チャンミンは遠慮なく冷蔵庫の中身を漁っている。

 

肩からウエストにかけての逆三角形を描くラインが美しかった。

 

屈んだ拍子に尻の谷間が露わになり、達したばかりなのに下腹が熱くなる。

 

あいにく今日はもう、時間がない。

 

あと15分もしたら、着がえて出掛けなければならない。

 

チャンミンは俺にミネラルウォーターを放り投げると、隣に腰掛けて自分用の缶ビールを一気にあおった。

 

唇についた泡を親指で拭ってやると、くすぐったそうに目を細める。

 

くしゃりと左右非対称に細められた目や、大きな口から覗く小さな前歯。

 

そのいずれもが、俺をとりこにしていた。

 

ここは事務所兼アトリエの一角。

 

4人はゆうに腰かけられる客用ソファで、つい5分前まで俺たちは抱きあっていた。

 

いつものごとく、不意打ちの来訪だった。

 

敢えてそこを狙ってきているのかと疑いたくなるくらい、バッドタイミングにふらりと現れる。

 

打ち合わせの資料と、タブレット端末をバッグに詰めていたところにチャイムが鳴った。

 

このクソ忙しい時に、と舌打ちした俺だったが、チャンミンに会えて嬉しがっている自分もいた。

 

「30分しかないんだ」

 

ドアを開けるや否や、唇を重ねてきたチャンミンの胸を押しやったところで、俺の方も彼が欲しくてたまらなくなっていた。

 

「...っふ...んっ...」

 

唇を重ねたままスニーカーを蹴飛ばし、シャツを脱ぎボトムスを下ろすチャンミン。

 

俺は玄関ドアに背中を押しつけられたまま、性急に素っ裸になっていくチャンミンに興奮度が高まっていった。

 

「待て...ここじゃなんだから...」

 

ぐりぐりと固くなったものを押しつけ、脚を絡めてくるチャンミンの腰をつかんで、ソファまで引きずっていく。

 

しわがつくのは困るな、とジャケットを脱いだところ、ぐいっとネクタイを引っ張られて窒息しそうになった。

 

「チャンミン...!

...っ待て...っ!」

 

先に横たわったチャンミンの手によりベルトとボタンを外され、ファスナーが下ろされた。

 

遠慮なく中のものを引きずり出すと、自身の後ろにあてがった。

 

チャンミンのペースにのせられた格好だったが、俺は彼が求める通りのものを与えてやる。

 

若さゆえのどん欲さに怯みそうになる時も多々ある。

 

チャンミンから逃げ出さずにいる理由は、圧倒的な美しさの罠にかかっているからか?

 

それは出逢ったばかりの話だ。

 

当時は恋愛感情によるものなのか、愛情抜きの肉欲によるものなのか...それとも単なる作品の被写体として、未だに制作意欲を沸き立たせてくれるからなのか、答えを導き出せていなかった。

 

今は違う。

 

全然違う。

 

ことの後、切羽詰まった表情がかき消え、代わりに晴れ晴れとすっきりとした表情になったチャンミン。

 

美味そうにビールを飲み干してしまうと、俺の肩にしなだれかかってきた。

 

「今日もお仕事ですか?」

 

「ああ」

 

「ふぅん」

 

絵画だけでは暮らしは成り立たないため、包材やノベルティのプロダクトデザインや商品ロゴやチラシ、Webサイトのアイコンボタンのデザインまで幅広く引き受けていた。

 

「俺はもう出かけるから。

合い鍵は持ってきてるだろ?」

 

ネクタイを締め直しジャケットを羽織り、乱れた前髪を手ぐしで整えた。

 

「忘れました」と、チャンミンはしれっと答える。

 

「チャンミン!

ったくなぁ!」

 

車のキーに付いていたものを外して、チャンミンに投げてやった。

 

「ごめんなさい。

夜に届けに行きますから」

 

「わざわざいいよ。

帰りにチャンミンの家に寄るよ」

 

「......」

 

返事がなく振り返ると、チャンミンは抱えた両膝の上に顎を乗せ、空を睨んでいた。

 

「“僕が”、“お兄さんの家に”、届けに行きます」

 

家にはBがいると言うのに...この頃のチャンミンは挑戦的だった。

 

今の俺には時間がない、折れるしかなかった。

 

「わかった。

なるべく早く帰ってくるよ。

帰宅したら電話する」

 

「はい。

義兄さんが帰ってきてから、鍵を届けにいきます」

 

ふくれっ面が笑顔になった。

 

いい年した男が、18歳の若造に夢中になっている。

 

チャンミンは義弟にあたる。

 

俺の妻、Bの実弟だ。

 

 

(つづく)

 

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(最終話)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ひゅるひゅるひゅるひゅる…..。

 

口笛に似た音とともに、火の玉が空高く昇ったかと思うと、一瞬間姿を消した。

直後、星空と雲が半々の夜空に、巨大なまん丸が花開いた。

ほう、と息をのむ人々の表情まであからさまになり、遅れてすさまじい爆発音が田舎町一帯に響き渡った。

辺りが暗闇に沈んだかと思うと、すぐに第2発目が発射された。

より大きく弾け、遠くの山の稜線までくっきりと見えた。

周囲からは感嘆のため息がいっせいに漏れた。

 

「すごいっすね」

「ええ」

 

当初の予定では花火デートは翌週だった。

ところが予定が繰り上がり、チャンミンの地元で鑑賞する流れとなった。

生まれ故郷の小さな祭りに、恋人を伴って参加している。

1人きりだったら絶対に参加しなかった。

 

「これはこれでよかった...」

 

こぼれてしまった独り言に、ユノは「そうっすね」と答えた。

視野一面に広がる光の粒がパラパラと、瞬きながら落下してゆく。

発射台に火が付くんじゃないかと心配するほどの火花の数だった。

大輪の花は散り散りに消えていく。

消えてゆく先から次々と、新たな花が開く。

炸裂音は腹の底まで響き渡った。

花火に見入っているはずなのに、ユノの存在にも気になってしまい、よそ見ばかりしていた。

花火に見惚れているユノに見惚れていた。

周囲から歓声が沸き起こった。

 

「せんせ、今のニコちゃんマークでしたよね?」

「見えた見えた。

土星もありましたよね?」

「俺、柳みたいなやつ、好きです」

「僕も好きです」

 

チャンミンのまつ毛が濡れていた。

「また泣いちゃったよ」と、ユノは心の中でほほ笑んだ。

 

 

Eが連れてきた恋人と隣町から呼び寄せた親戚一家も加わり、夜の宴は大盛り上がりだった。

ユノは勧められるがまま酌に応えようとするから、見かねたチャンミンがそれらの誘いを断っていった。

アルコールにさほど強くないユノは、目をとろんとさせている。

 

「ふわふわするっす」

「あなたはお酒禁止です。

お茶飲んでください」

 

チャンミンはユノの為に大皿から料理をよそってやり、冷たいウーロン茶を注いでやった。

 

「せんせ、チューしてください」

「馬鹿!」

 

会場の一同は、甲斐甲斐しく世話をし、される2人が気になるようだった。

2人の仲を聞かされてはいても、実際に目の当たりにすると、珍しくもなんともない光景だとは見過ごせないものなのだ。

チャンミンは彼らの視線が気になって仕方がない。

ユノは居心地悪い思いをしているチャンミンに気づいていないのか、もしくは気づいていないフリをしているのか、この場を楽しんでいるようだった。

 

そろそろお開きかという頃、

「皆さま!」

 

ユノは大声と共に片手を上げた。

それはまるで、解答に自信満々の優等生がしそうな立派な挙手だった。

酔っ払いたちは何事かとユノに注目し、隣のチャンミンもポカンとした表情で、立ち上がったユノを見上げた。

 

「え~っと、皆さまに宣言したいことがあります」

 

ユノは咳ばらいをした。

 

「俺、せんせを幸せにします!」

「!!」

 

ユノの大宣言に、しんと場が静まりかえった。

 

「ご存じの通り、俺はせんせの彼氏です。

チョン・ユンホ、20歳。

未来ある青年です。

せんせを幸せにします!」

 

元の性格プラス、アルコールによって、ユノは大胆かつ怖いもの知らずになっていたのだ。

 

(ユノ~~!)

 

覆った両手からはみ出したチャンミンの頬は真っ赤に染まっていた。

 

パチパチパチ...。

 

最初に手を叩いたのは、妹Eだった。

静まり返っていた会場に、次第に拍手の音が大きくなっていった。

この場の雰囲気に流されていただけの者もいただろう。

けれども、公開プロポーズという花火を派手に打ち上げたことで、半ば強引に認めさせたことに成功した...と言ってよかった。

 

 

部屋を占拠していたガラクタを壁際に寄せ、ユノの寝床スペースを確保をした。

チャンミンの実家は幹線道路からも隣家からも離れており、音と言えばカエルの鳴き声程度、寝静まった家、隣はEの部屋。

性行為は危険すぎた。

 

「今夜Hするのは無理っすね」

「そうですね」

「せんせって声がデカいもん。

ぎっしぎっしベッドが揺れるし」

「......」

 

ユノはベッド下に敷いた布団に、チャンミンはシングルベッドにおさまっていた。

 

「泊りは2度目でしたっけ。

あれ、3度目でしたっけ?」

「2度目です。

1度目は...僕の試験の時でしたね。

ユノさんが夜遅くに駆けつけてきてくれて...」

「自転車でですよ?

凄くないっすか、俺?」

「凄いです。

嬉しかったです」

 

ユノはストレートに褒められたのが嬉しくて、くすくす笑った。

 

「そうだ!

帰りはどうします?」

 

2人は明日、帰路につく。

 

「どうしましょう。

あの道のりをユノさん一人で運転させるのは心配です」

「...あのね、せんせ」

「同じ車で帰りたいところですけど、お互い車で来ちゃってますからね」

 

往路はチャンミンはマイカーで、ユノはレンタカーだ。

 

「別々で帰るしかありませんね。

サービスエリアで落ち合うのを繰り返しましょうか?

ユノさんが心配なので」

「俺は赤ちゃんじゃないんすけど?

それから、1台の車で帰れますって。

あのレンタカーは途中で乗り捨てできるんすよ。

系列店に車を返却すればいいんす」

「便利ですね」

「と言うわけでせんせの車で一緒に帰れます。

途中で運転を代わることもできるし」

「......」

「無言っすか。

なんか...ムカつくっす」

「......」

「こんな会話、前にもしましたね」

「そうでしたっけ?」

「しましたよ~。

自動車学校の時からそうだったけど、せんせってちょいちょい棘のあること言うんすよね~」

「そうですか?」

「自覚なしっすか?

それよりもせんせ...俺に敬語はもういらないっすよ」

「ユノさんこそ、もっとフランクに話してください」

「せんせは年上じゃん」

「恋人なんだから、敬語は要りませんよ。

それから、『せんせ』じゃなくて名前で呼んでください」

「う~ん...それはできないっす」

「どうしてですか?」

「だって、せんせは『せんせ』って感じ。

『チャンミンせんせ』って感じ。

先生と教え子って、なんかエロくありませんか?」

「エロくありません」

「せんせこそ、俺にさん付けは要らないっすよ。

『ユノ』って呼んでください」

「恥ずかしいですね。

まだ無理みたいです」

「おいおいってことで。

せんせにお任せしますよ...ふわぁぁぁ」

 

ユノは大きなあくびをした。

 

「来週の花火大会にも行きましょ」

「ええ。

そのつもりでした」

「よっしゃ!

...ふあぁぁ」

 

ユノは再び、顎が外れそうに大きなあくびをした。

 

「寝ましょうか?

今日はいろんなことがありましたから、疲れたでしょう」

「はい...」

 

チャンミンは部屋の照明を消した。

 

「おやすみなさい」

眠る前にユノの顔が見たくなって、チャンミンはベッド下を覗き込んだ。

 

(もう寝てる...)

 

チャンミンはほほ笑んだ。

眠るユノも、唇の端に微笑みを残していた。

 

「ユノ...」

 

チャンミンはユノの名前を囁いた。

 

(おしまい)

 

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(50)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「片想いがバレたきっかけは、何だったっけ?」と、チャンミンは十数年前を思い返した。

同性ばかり目で追ってしまう自分に気づいたのは小学6年の頃。

これは恋だと意識しだしたのは中学2年生の頃。

ビール片手に声をかけてきた男...仮にGとする...はノリのよい性格にスポーツ万能、女子受けする顔立ちをしていた為、学年一の人気者だった。

反してチャンミンは、勉強はできるが引っ込み思案の目立たない生徒だった。

チャンミンは、Gに想いを告白するような危険は犯していない。

自分の傾向は普通じゃないことだと知っていたから、その恋心は徹底的に隠す必要があった。

当時中学生のチャンミンにとって難しい注文だった。

告白した途端、拒絶される確率は100%に近い。

だからチャンミンはひっそりと目で追うだけにとどめておいた(Gを想ってマスターベーションする時もあったが)

 

Gはモテた。

 

好意を寄せられることに慣れている彼は、チャンミンの想いを見破った。

チャンミンはさりげなく目で追っていただけのつもりが、Gの前では行動が不自然になってしまっていた。

顔が真っ赤になってしまったり、目を反らしてしまったり、どもってしまったり...。

友人知人の多いGによって、チャンミンの嗜好は周知され、面白がられ、チャンミンの数少ない友人も離れていく結果となった。

 

 

「......」

 

ユノは言葉を挟まず、チャンミンの語りに耳を傾けていた。

 

そして、話を聞き終えたユノは、

「そうっすか...。

ヘヴィな学生時代だったっすね」

と、前を向いたまましみじみと、独り言のように感想を述べた。

 

「そんなところです」

 

すると、ユノはチャンミンの方を向き、

「せんせの故郷、いいとこっすね」

と、話題を変えた。

 

どこが?という顔でチャンミンはユノを見た。

 

「俺がよそ者ってこともあるんでしょうけどね。

空気もきれいだし、山も田んぼもあるし、祭りもあるし。

それに、せんせの家族はいい人たちだし」

「そうでしょうか?」

「そうっすそうっす。

俺ってほら、わりとポジティブシンキングな男なんで、せんせの代わりにいいとこを見つけてあげますよ。

せんせのこともいくらでも褒められるし。

例えば~」

 

ユノはチャンミンの長所を次々と挙げていった。

 

長所というより、どれだけチャンミンのことか好きで、よく見ているかを証明しているかのようだった。

 

「恥ずかしいから!

止めてくださいよ」

「ヤキモチ妬きってとこもひっくるめて、好きっすね。

せんせの気持ち、分かる気がするんす。

俺と一緒だなぁ、って」

「?」

「まるちゃん、っていう親友がいるんすけど、俺、まるちゃんに相談しまくりなんすよ?

まるちゃんは恋愛のエキスパートなんす。

せんせみたいな人と付き合うの初めてなんで、俺も不安なんすよ」

「ええっ!

全部話しちゃってるんですか!?」

 

(やべ)

 

びっくり仰天のチャンミンの表情に、ユノは口を滑らしてしまったことに気づいた。

 

「んなわけないっすよ。

全部話すわけないっしょ。

なんでも話しちゃう女子じゃなんすから」

「それなら、いいですが」

「俺も不安ってことっす。

ガキだし、あんま恋愛に慣れていないし。

それにせんせの過去も気になるし...」

 

(ユノも嫉妬することがあるのか。

あんなに自信に満ちてて、あっけらかんとしていて、かっこいいのに。

僕みたいな男に嫉妬することないのに...)

 

ユノの話を聞いて、チャンミンは意外に思った。

 

「この前のことをほじくりかえして申し訳ないけど、内緒で花火大会に行っちゃったことに嫉妬されて、なんか嬉しかったんす」

 

「ええ~...」

「俺のこと好きなんだなぁ、って」

「!」

 

照れくさくて、ユノの方を見られなかった。

頬にはユノの視線をビシビシと感じていた。

 

「はい、そういうことです」

 

ユノは真っ白な前歯で、糖蜜が溶けかけたイチゴ飴にかぶりついた。

口の中に糖蜜の甘さとイチゴの酸味ある果汁が広がった。

 

「美味いっす。

溶けかかってますよ。

せんせも早く食べちゃってください」

 

ユノに勧められ、チャンミンはイチゴをコーティングした糖蜜に舌を這わせた。

ユノはそんなチャンミンの食べ方をしばし観察していたのち、「その食い方...エロいっすね」とつぶやいた。

 

「ユノさん!?」

「ははっ。

せんせ、ってかわいいな~」

「年上をからかうものじゃありません!」

「すんません。

あの...せんせ?」

 

ユノは立ち止った。

 

「はい?」

 

あらたまった言い方に、チャンミンは「おや?」と思った。

 

「今の俺は学生だけど、卒業して、就職して、立派になったら、せんせんとこに挨拶に行きますよ」

「挨拶!?」

「『せんせを俺にください』って。

さっき聞いたっしょ?

『せんせの家族は、せんせが男が好きってこと、知ってるのか?』って。

俺のこと『彼氏』だって知ってて、接してくれてるんでしょ?」

「すみません。

隠さない方がいいかと思いまして」

「だから皆、注目してたんすね。

お父さんはぶっきらぼうっぽかったっすけど」

「あの人はああいう人なので、気にしないでください」

「皆が知ってるなら話は早いっす。

男同士は籍は入れられないんで、精神的な関係どまりっすけど。

俺はガキ過ぎて、せんせにはまだ相応しくないけど、急いで大人になるっす。

待っててくださいよ」

 

ユノの言葉はチャンミンの胸にズドンと響いた。

天使が放ったハートの矢が、心臓にトスっと刺さったイメージさえ浮かんだ。

 

「ありがとう」

「せんせ~、泣かないでよ」

 

暗がりの中でも、ぼろぼろと大きな水滴がチャンミンの頬を濡らしているのは分かった。

 

「せんせは泣き虫だからなぁ」

「泣き虫じゃないです」

 

イチゴ飴を手にしたまま涙をぬぐうものだから、まぶたも鼻先もねばねばになってしまった。

 

「せんせを初めて見た時も泣いてたじゃないっすか~。

レンタル屋の前で。

めっちゃ泣いてたじゃないっすか~。

ったく、あいつは酷い男でしたね」

 

チャンミンが当時の彼氏と言い争いをした末、フラれてしまった夜の件だ。

 

「男を見る目が悪かっただけですよ」

 

ユノにからかわれて、チャンミンは拗ねた風を装った。

 

「ユノさんは違いますからね」

 

2人は再び歩き出した。

道路沿いには、レジャーシートを合羽代わりした者や、濡れるに任せる者たちが、雨上がりを期待して揃って空を見上げていた。

「雨よ止め」とばかりに空へ念力を送っているかのようだった。

諦めて元来た道へ引き返す何人かとすれ違った。

 

「俺...せんせといっぱい話がしたいっす。

せんせのこと知りたい。

せんせの昔の彼氏の話でもなんでも」

「普通は聞きたい話じゃないでしょう?」

「いや。

せんせは俺より年食ってる分、恋愛経験も豊富っすよね?

知らないのは不安、っていうか、変な想像しちゃうっていうか。

つまり、俺はせんせの過去の男たちに嫉妬するってことっす」

「しなくていいですよ」

「過去が気にならないほど大人じゃないんすよ~」

「僕もユノさんのことを知りたいです」

「じゃあ、手始めに...せんせの初体験は何歳でしたか?」

「ユノさんこそ、いつですか?」

「質問で返さないで下さいよ~」

「あ...」

 

チャンミンにつられて、ユノも空を見上げた。

気づけば雨は止んだようだった。

 

 

(つづく)

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(49)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「こっちに帰ってきてたんだ?」と男は言った。

 

男は妻らしい女性と、友人らしい男3人を連れ添っていた。

彼らはみな、屋台で購入した食べ物とビールのプラカップで両手が塞がっている。

 

「まあ...そんなところ」と、チャンミンはぼそりと答えた。

 

(同級生かな...?)

 

ユノはチャンミンと声をかけてきた男を交互に見、チャンミンの固い表情とこぶしに握られた手に気づいた。

 

(会いたくない人なんだな)

 

男はビールを一口飲んだ。

 

「久しぶりだな。

卒業式以来?

成人式に来なかっただろ?

元気そうじゃないか」

 

(中学で一緒だったのか?

ってことは、卒業アルバムに載ってた奴らか)

 

ユノは昼間見た卒業アルバムの記憶を頼りに男の面影を探そうとした。

 

(もしかして...

いかにも人気者っぽい奴がいたな...こいつがそうか...)

 

チャンミンを見る男の目に冷やかしの色、小馬鹿にする色を見つけてしまった。

「こいつ、せんせの傾向を知っている!」ユノは悟った。

何が一体可笑しいのか、男は友人たちと顔を見合わせ、意味ありげな笑いを送り合っている。

その質の悪い笑いに、気分が悪くなった。

 

「一緒の人、友達?」と、男はユノに向けて好奇心丸出しな目を向けた。

 

「...彼は...」

 

適当な答えをひねり出せずにいるチャンミンに代わって、ユノは「先輩後輩っす。仕事の」と答えた。

 

「ふ~ん。

若いね。

新入社員とか?」

 

男の唇にビールの泡が付いている。

 

「そんなところです」

「ふ~ん...そうなんだ」

 

男は値踏みするように、ユノの全身まんべんなく...特にユノの顔を中心にぶしつけに観察した。

 

「職場の後輩を地元に連れてくるんだ?

仲いいんだな」

「出張のついでに寄ったんすよ。

花火見られるって聞いたんで」

 

同行している仲間のひとりは、チャンミンの素性を知らないらしい。

「あいつカマなの。××に言い寄って。まじ、キモイやつ』と、隣の男に説明されて「うわ~」とあからさまに嫌な表情をした。

チャンミンが地元のイベントに足を運びたくない理由がこれだった。

 

(すげーむかつく。

話、丸聞こえなんだよ)

 

ユノの中で怒りの炎が灯った。

「あんたこそ、先輩とどんな関係なんすか?」

 

(ユノ!?)

 

喧嘩腰の物言いと言葉使いの悪さに慌てたチャンミンは、ユノの脇腹を肘で突いた。

ユノの目尻は上がり、こめかみに青筋がたっている。

艶やかな黒髪は逆立っているようにも見えた。

 

(ユノ...怒ってる!)

 

拗ねたり、機嫌を悪くしたところは幾度か見たことはあるが、爆発しそうな怒りに耐えている姿は初めて見た。

静かな怒りほど怖いものはない。

ユノは男を威嚇するかのように一歩前進した。

すると、180センチ超えのユノが男を見下ろす格好となった。

背が高いだけじゃなく、体格もよい。

そして何より、目力がすごかった。

胸ぐらをつかみかねない勢いの鋭い眼光に、男は負けを認めた。

学生時代校内上位のイケてた男も、年齢とともに劣化した優男に成り下がっている。

 

「同級生...です」

 

隣の妻は、「早く、行こうよ」と不機嫌になっている。

男たちのビールの泡はすっかり消えてしまっていた。

 

「先輩、いこっか?」

 

(この場はさっさと離れるべきだ)

 

ユノは「行きましょ」とチャンミンを促した。

それから振り向きざまに、ユノは男をねめつけた。

そして、「ば~か」と言った。

当然、チャンミンにバレないよう口パクで。

あとで「不良みたいなことしたらいけないでしょう!?」と雷を落とされるに決まっているからだ。

 

 

「あ...」

 

パラパラと雨が降り出した。

 

夜空は雲で覆われ、徐々に雨足が強まっていった。

人々は祭り会場から屋根を求めて散り散りになってゆく。

花火の打ち上げ開始時間が30分繰り下げる旨の放送がかかった。

商店街のアーケードや区役所の屋根の下に逃げ込んだ者たちは空を見上げ、果たして45分後に花火は上がるのだろうかと不安げな表情をしている。

チャンミンは空を見上げることなく、無言のまま雨粒の軌跡を見据えている。

 

「......」

 

ユノはしばし迷った末、おずおずと手をのばし、すぐ隣にある手を握った。

通行人はほとんどおらず、外灯もわずか、手を繋いで歩く男2人を好奇の目で見られる心配はなかった。

 

「......」

 

振りほどかれなかったことに安心し、ユノは握る手に力を込める。

チャンミンの手は雨と汗で湿っていた。

もう片方の手は、食べかけのイチゴ飴の飴でべたべたしていた。

2人は花火観覧にぴったりの、見晴らしのよい河原に向けて歩いていた。

ユノもチャンミンもにぎやかな場所から離れ、静かなところを求めていた。

 

「俺の方がイケメンじゃないっすか?」

 

先程の出来事を何事も無かったかのようにするのはダメだ、とユノは考えていた。

 

(せんせは『気まずい雰囲気』が苦手なんだ。

きっと、事情をきいて欲しいと思ってるはずだ)

 

「俺の方が若いし。

絶倫せんせの相手に十分だし」

「ぷっ」

 

チャンミンは吹き出した。

 

「あいつは...僕が昔、片想いしてた人」

「そうだと思ったすよ」

「えっ!?

分かりました?」

「分かりますって。

バチバチ火花を散らしてさ。

何かあったんだな、ってわかりますって」

「...そうでしたか」

「せんせ。

そん時の話、教えてくださいよ。

俺、知りたいっす」

「......」

「教えてくださいよ~。

せんせの話聞きたい!」

 

ユノは繋いだ手を子供のようにぶんぶん振った。

 

「仕方がないですね。

退屈な昔話ですけど...聴いてくれますか?」

 

チャンミンには恋人に過去の恋愛について暴露した経験はほとんど無かった。

どの恋愛も別れ方が最悪だったからだ。

例えば、ある日帰宅したら恋人の荷物が無くなっていたとか、二股かけられていたり、彼女ができたから別れて欲しいとか、大泣きして追いすがっても振りほどかれたり...ほぼチャンミンがフラれるパターンだった。

恋愛関係に到るまではスロースターターなチャンミンだが、いざ火が付くと重い恋愛をしがちだった。

ところが、ユノ相手ならば、「僕のことをもっと知って欲しい」と思ってみたりしたのだ。

チャンミンは若かりし頃の、苦々しい思い出話を始めた。

 

 

(つづく)

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(48)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

チャンミンの母は通行止め看板前で2人を下すと、

「帰る時は電話してね。

迎えにくるから」

と手を振り、係員の案内に従いう回路への道へと走り去っていった。

母親の様子がいつもと変わらないことにチャンミンはホッとしかけたが、彼女の演技が上手いだけかもしれないため、100%安心はできないと思った。

 

「せんせ、行きましょう」

 

町のメイン通りでは、祭り屋台...金魚すくい、スーパーボール釣り、たこ焼き、ベビーカステラ...がずらり両脇をかためている。

家族連れや恋人同士、浴衣姿や甚平姿の者たちはイベント会場を目指してそぞろ歩いている。

両脇の屋台に目と鼻を奪われた彼らによって、あちこちで滞留を作っていた。

直進した先に区役所駐車場があり、チャンミンが設営を手伝った祭り櫓はそこにあった。

数珠つなぎになったぼんぼりの赤い灯りで祭り感を盛り上げている。

 

(懐かしい...。

最後に来たのは大学生の頃だったけ?)

 

地元にはあまりいい思い出がないチャンミンだった。

仕事を休めないことを理由に、地元のイベントを外したタイミングで帰省していた。

正直に言って、花火大会など足を運びたくないイベントそのものだったが、今年は別だ。

特に恋人を伴って出かけるのは初めてのこと。

気がのらないが、ユノと一緒ならばこれほど心強いことはない。

隣を歩くユノの存在感じながらだったら、 ...彼が放つオーラ―で視線を浴びてしまうきらいがあったが。

 

「せんせ、歩き方変ですよ?

筋肉痛っすか?」

 

やや中腰気味に歩くチャンミンを見て、祭り準備の力仕事がたたったのかと心配したのだ。

 

(せんせは運動不足な人だし。

重いものをたくさん運んだだろうし)

 

「う、うん」

 

チャンミンは先程のセックスで無理をした為だとは言いにくかった。

 

「重いものを持ったから」

「そっすか。

湿布貼った方がいいかもしれないっすね」

 

「家にあると思います」と笑い、とんとん、と腰を叩いた。

どちらかというと、チャンミンは自己顕示欲が低い方だった。

ところが今回に限っては...ユノに限っては 「僕の恋人です」と見せびらかしたい気分が生まれていた。

 

「めっちゃ、いい匂い」

 

目を輝かせたユノは右に左にと目を奪われ、大忙しのようだった。

 

「せんせ、何食べます?

腹減りました」

「なんでも買ってあげますよ」

「やった」

 

チャンミンはユノに袖を引っ張られ、あっちこっちへと連れまわされた。

いつも以上に子供っぽいユノが微笑ましい。

 

「家ではごちそうが待ってるんでしたよね?

全部食べたいところっすけど、厳選したものにしょう」

 

ユノは名残惜しそうに焼きそばの屋台を後にした。

ユノなりの配慮だろう、一定の物理的距離が2人の間にあった。

彼の性格上、手を繋いで歩きたいのが本音だろう。

 

 

「?」

 

ごろごろいう音に2人は空を見上げた。

夜空の半分が雲で隠れている。

雲の動きは速い。

 

「雨...降るんすかね?

昼間晴れてたのに」

「どうでしょう...大丈夫じゃないでしょうか?」

 

「そうあって欲しいっす」

 

花火が上がるまで1時間少々あった。

 

「あの~。

確認したいことがあるんすけど?」

「なんですか?」

「せんせのご家族はせんせのこと知ってるんすか?

その~、せんせは同性が好きってこと?」

「知ってますよ」

「ホントっすか!

それなら話は早い」

「話?」

「内緒っす」

 

チャンミンは意味ありげなユノの笑いに警戒した。。

 

「何をたくらんでいるんです?

怖いなぁ」

「怖がらなくていいっすよ。

あ!

アレ、アレが食べたいっす」

 

ユノが指さしたのは蜜がけフルーツの屋台だった。

 

 

「こういうの、初めて食べます」

「僕もです」

「女子が好きそうっすね」

「そうですね」

 

2人はそろって、蜜がけした果物の串を手にしていた。

長い串に、トータル5個の生のイチゴが突き刺さっており、その上から糖蜜がかかっている。

 

「そういえば、似たようなもの、持ってましたよね?

ね、せ~んせ?」

「ユノさん!」

「あはははは」

 

ユノがアナルビーズのことを指していることに気づき、恥ずかしさのあまり全身が熱くなる。

ユノの言う通り、愛用のアナルビーズの色と形状が現在手にしているイチゴ飴と似ている。

 

「あれについては...言わないでください。

あ~、笑ってますね」

 

「笑てないっす」

「笑ってました。

にや~って」

「あ~、それは、『せんせったら可愛いなぁ』って思っただけです。

惚気の微笑みっすよ」

 

イチゴにかぶりつくと、溢れ出た果汁がユノの顎を濡らした。

 

「こぼれましたよ」

 

チャンミンは親指でユノの唇をぬぐった。

ユノの下唇は果汁でみずみずしく潤っていて、かぶりつきたい衝動に襲われた。

と、その時...。

 

「おう、チャンミンじゃないか!」

 

振り返ると、30代らしい男女が数人いた。

チャンミンの表情がこわばった。

 

 

(つづく)

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