(23)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

午後。

 

この日、学科教習を1時限受け持てば、早上がりのチャンミンはこれにて勤務終了となる。

 

終了チャイムが鳴り響き、チャンミンが第1教室を出た時、ちょうど隣の教室から出てきたU君と顔を合わせた。

 

「チャンミン先生、こんにちは~」

 

今日もU君は風変わりなファッションをしている(股の位置が膝辺りにあるだぶだぶのパンツ...いわゆるボンタンズボンにTシャツ、その上に花柄のベストを重ねている。さらに、大玉の数珠状ネックレスをぶらさげている)

 

チャンミンは、「どこがいいのか分からない...。古着屋で目をつむって選んだ洋服を着たかのような...」と、「Uさん、こんにちは」と挨拶を返しながら思った。

 

「U君はこれから帰り?」

 

「いえ。

キャンセル待ちが出ないか待ってみようと思います。

構いませんよね?」

 

U君はチャンミンの受け持ち教習生だが、全てチャンミンのスケジュールに合わせる必要はなく、空車があれば他の指導員の教習を受けてよいのだ。

 

「もちろん。

早く卒業したいですよね」

 

チャンミンの脳裏に、ひとつの考えが浮かんだ。

 

「U君。

1時間でよければ、僕が教習するよ」

 

「いいんですか!?」

 

「ええ。

1時間だけですけど」

 

チャンミンの本日の勤務はこれで終了のはずだったが、「1時間残業して、その分をどこかで代休で取ればいい」と、頭の中で素早く計算していた。

 

そして、自分に言い聞かせる。

 

(これはU君を特別扱いしてるわけじゃない!

明後日の教習の振替だと思えばいいんだ)

 

ユノのこととなると、「どの教習生も平等に」のモットーがグラグラになってしまうのだった。

 

公私混同甚だしい自分に呆れてしまうし、ひとり反省会で悶々と自身を責めるだろう。

 

さらに、過去の言動を振り返るあまりに、くるりと360度、結局元の場所に戻ってしまうチャンミンだ。

 

だから今のように、開き直ってしまう狡さを発動できるようになったのは、新しい恋人のおかげである。

 

 

チャンミンがなぜ、U君の実車教習をしたがったのか。

 

Kとの会話のおかげで、こんがらかっていた悩みの糸も少しはほぐすことができたが、根本的な解決には至っていない。

 

知りたくないことだから、敢えてもっと知りたい。

 

疼く傷口は、ツンツンいじってみたくなる。

 

チャンミンは、花火大会に行った時のユノの様子を、U君に訊ねたくて仕方がなかった。

 

今日のU君は、周回コースとS字、クランクコースを延々と走るだけという教習内容だった。

 

U君の運転センスは抜群で、一度指導すればすぐにマスターしてしまい、教習時間の大半は復習だけで消費された。

(「U君には無免許で車を乗り回していた経験があるのでは?と」、チャンミンは疑っていた。しかし、U君のハイセンス過ぎるファッションはヤンキー色から程遠いため、その疑いは忘れることにした)

 

場内をぐるぐると周回し続ける教習車の中で、おしゃべり好きなU君は子供の頃に負った怪我の話題を滔々としている。

 

唐突にユノの話題を出すのは 不自然過ぎた。

 

(大学とか、夏のイベントとか、恋愛とか...早く、そういう話題になってくれ!)

 

通常のチャンミンは、交通ルールやマナー、運転テクニック以外の話題は相手にしないが、今は「くそくらえ」だ。

 

(ユノの話題を出しても不自然にならない、とっかかりが欲しい!)

 

「U君は何人家族なのですか?」

 

「両親と僕と弟の4人です。

弟はまだ中学生です」

 

「そうなんですか」

 

チャンミンは頭の中で、ゴールである花火大会の話題にたどり着くまでのルートを計算した。

 

(家族ネタからどう誘導してゆけば...)

 

「Uさんのご実家はどちらにあるのですか?」

 

「すぐ近所です」

 

「えっ!?」

 

「実家暮らしなんですよ、悲しいかな。

一人暮らし、憧れますよね~」

 

(よっしゃ!)

 

ひとり暮らしをしているユノの話題への道筋が立ち、チャンミンは心の中でガッツポーズをした。

 

「Uさんのお友達たちは、ひとり暮らし率は高めですか?」

 

「半々ですかね」

 

「溜まり場になっちゃってる子の部屋もあるでしょう?」

 

人当たりのよいユノのことだから、彼の部屋は訪れる友人たちで賑やかなイメージがあった。

 

「ありますあります」

 

「そういえば!」

 

たった今思い出したかのように、チャンミンは手を打った。

 

「ユノさんは?

確かユノさんは独り暮らしをしている、と話していました。

彼の部屋なんかたまり場になっていそうですね。

人懐っこい方でしたし。

...次は坂道発進してみましょう」

 

「ユノは一緒に居て楽しい奴ですからね」

 

「ええ」

 

(ユノはウンウンエンジン音を吹かしていたなぁ。

エンストなんてしょっちゅうだったし、何度補助ブレーキを踏んだことか)

 

U君は「ふふふ」と思い出し笑いをするチャンミンを横目に、「先生にとってよほどユノは印象深い生徒だったんだなぁ」とぼんやり思う。

 

「ユノは運転、上手かったでしょ?」

 

「え゛?」

 

チャンミンは不意打ちの地雷に近い質問に、「はい」と即答しそうになってヒヤッとした。

 

ユノの運転テクニックを問われたチャンミンは、きっかり1秒間フリーズした。

 

半泣きのユノとの教習光景を思い出して、「苦戦を強いられた教習生でした」と答えそうになったが、恋人のマイナス点を挙げるわけにはいかない。

 

だからと言ってチャンミンは、話を振られて直ぐにすらすら嘘が言えるほどの器用さを持ち合わせていない。

 

「え、ええ。

お手本通りの運転ができる方でしたね」

 

落ちこぼれ教習生だったが、卒業検定で満点を叩き出したユノだ。

 

(嘘はついていない)

 

「そうだろうなぁ...あいつは優秀だから」

 

チャンミンは恋人を褒められて、こそばゆい気持ちが溢れ出しそうになり、ニヤついてしまうのをぐっと堪えた。

 

U君は難なく坂道発進をクリアすると、坂を下り停止線ぴったりに停車して左右確認、そして滑らかに発車した。

 

 

(つづく)

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(22)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

Kはドリンク剤をチャンミンに放り、ベンチに座ると自分用の缶コーヒーの封を開けた。

 

「暗い顔してるぞ」

「お前の方こそ、病み上がりのくせに」

(花火大会の日、チャンミンは病欠したKのシフトを代わりに受け持った経緯がある)

 

「今じゃぴんぴん、家族の献身的な看病のおかげさ。

...で、今度は何があった?」

 

「『今度は』って...僕がしょっちゅう問題を抱えているみたいじゃないか?」

 

「その通りだろう?

悩み無き時なんてほとんど無いんじゃないのか?」

 

「僕はそこまで悲観論者じゃないよ」

 

チャンミンは食べかけの弁当を膝から下ろすと、差し入れされたドリンク剤のキャップを開けた。

 

「彼は若い」

「若い」

 

チャンミンは正面を向いたまま、Kの言葉を繰り返した。

 

「気になることがあるんだろ?」

「ああ」

 

「ノンケの男と付き合ったこと...あるのか?」

「...ある。

思いっきりフラれたけど」

 

「辛いな」

 

「昔の話だよ。

もう忘れた」

と、強がってみたけれど、当時のことを思い出すと未だに少しだけ呼吸がしづらくなる。

 

「ユノ君と付き合い始めたのはいいけれど、チャンミンの経験値が邪魔をしてるんじゃないのか?

チャンミンはおじさん、ユノ君は若者、ア~ンド異性愛者...いわゆるノンケ!」

 

「...おじさんって...そこまではいっていないよ」

 

「おじさん域に片足を突っ込みかけてるじゃないか」

 

「それは否定できない」

 

チャンミンは、ひと口だけ飲んだドリンク剤を手の中でもてあそぶ。

 

「付き合う前は、ユノ君の若さに恐れを成しているだけでよかった。

だって、恋愛対象の性別の壁なんて、ユノ君がどしょっぱつからぶち壊してくれたからな。

...けど、それよりもっと悩ましいことがあるんだろう?

付き合い始めたことで、いよいよ現実味を帯びてきたことが?」

 

「さあね」

とぼけるチャンミンに、Kは話題をずらすことにした。

 

「俺はお前たちのキューピッドなんだぞ」

「え?」

 

驚いたチャンミンは、Kの方を勢いよく振り向いた。

 

Kはチャンミンがゲイであることも、チャンミンとユノの関係も知っている。

 

2週間前、チャンミンはユノのバッグをKに託して試験会場に向かった。

 

後日、今日と同様のニヤニヤ顔のKに「もしかして...そうなったのか?」と問われ、「そういうこと」とあっさり認めた。

 

「K...。

ユノさんに変なことを吹き込んだんだろう?」と、チャンミンはKを睨みつけた。

 

「酷いなぁ。

バッグと一緒にチャンミンの電話番号と、研修所の場所を教えてあげただけ」

 

「...なんだ」

 

チャンミンは前のめりの半身を戻すと、ベンチの背にもたれかかった。

 

「そうだ...その通りだよ。

Kのおかげだよ。

ユノさんからの電話で、全部が決まったんだ...」

 

「そりゃ光栄です」

 

2人はしばし無言で、揃って窓の向こうの空を眺めていた。

 

場内コースに侵入した大学生の一軍がはしゃぐ声が、下から聞こえてくる。

 

 

「俺は男同士の恋愛がどんなものなのか想像すらできないけど...さ」

 

「僕も女の人と恋愛したことが分からない。

...ふっ。

こんな会話、ずっと前にしたことあるな。

入社したばかりに」

 

「覚えてるよ。

ユノ君は男も女も関係なく、何の抵抗もなく恋愛できてしまってる子なんだな」

 

チャンミンは以前、男と恋愛することとはどういうことなのか、ユノに脅しをかけたことがあった。

 

その時ユノは、『俺は“せんせ”がいいんだ!』と叫んでいた。

 

「あの子自身が、対象の性別にこだわっていないんだ。

...っていうと、バイみたいだけど、その辺はよく分からない」

 

「バイではないような気がする、なんとなく」

 

「じゃあ、俺は先に戻ってる。

俺の教習車、午後から車検に出すんだ」

 

「ああ」

 

「2週間も経っていないのに、な~にウジウジしてるんだ?」と、Kはチャンミンの肩を突いた。

 

「チャンミンの方こそ、経験値を利用してガンガンにリードしてやれよ。

『女より男の方がいいだろ?』精神でさ?」

 

「なっ!」

 

「女に遠慮していないで ガンガンに『男』で攻めていけよ。

じゃあな」

 

「K!」

 

ドアを閉めかけたKを、チャンミンは呼び止めた。

 

「僕...どうしたら?」

 

Kは呆れ顔で答えた。

 

「気になってることを、ユノ君に質問してみればいいじゃないか?

簡単なことだろ?」

 

「いや...だって、こんなちっぽけなことを気にしているなんて、軽蔑されるかも。

器の狭い男だって...」

 

「ユノ君はチャンミンにべた惚れだから、軽蔑するとかってことはあり得ないと思うけど?

とにかく!

チャンミンがひっかかっているものの正体を整理してみな」

 

「わかった」

 

チャンミンはやっと、笑顔を見せた。

 

「あ~あ、全く。

30のおっさんたちが、お昼休みに恋の相談だぞ?

普通するか~?

くくっ...可愛らしいことで」

 

「わ、悪かったな!」

 

「いいさ。

そういう可愛らしいところがチャンミンにある、ってこと。

チャンミンのおかげで俺も若返るわ」

 

Kは笑いながら監視棟を出て行った。

 

「......」

 

Kが去り、ドアが閉まったのを合図に、止まっていた箸を動かし始めた。

 

モヤモヤ気分で弁当を食べる羽目になった原因を、チャンミンはもぐもぐ咀嚼しながら考えた。

 

(僕の心をチクチク刺している最も大きな棘は...嫉妬心だ。

女の子に嫉妬している!)

 

箸が止まった。

 

(Kの言う通り、ウジウジしていないでユノさんを押し倒そう!

身体の繋がりで心の不安を打ち消そうとするのはズルいけれど、綺麗ごとを言っていられない。

決行は明日!)

 

(つづく)

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(21)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「欲の有無...。

『好き』と『好きの嗜好』の違い」

とつぶやいたまるちゃんに、

「そういうこと!」

と、ユノはカップを掲げた。

 

「この2つが離れてるわけね」

 

「そうなんだ。

一瞬興奮しかけたけど、吹っ切れるほどじゃなかった。

憧れの気持ちが強かったせいなのか、それとも...」

 

しゅん、と頭を垂れたユノに、まるちゃんはトドメを刺した。

 

「先生が『男』だから」

 

「そうじゃない...と思う。

そう思いたい...。

そうかも...しれない。

俺があそこにいったのは...そっち系のものを探してたってこともあるけど、普通のやつも借りようかなぁ、って」

 

まるちゃんは「そういやノーマルなやつだったな」と、件のDVDの入ったバッグを目を向けた。

 

「ああ。

先生を好きになってから、女の子相手にムラムラくることに罪悪感があったけど、そんなこと言っていられなくなった。

そもそも性欲自体が枯れてるんじゃないか、って不安になってさ。

だってさ~、せんせといると清い気持ちになっちゃってさ。

いわゆる、カンフル剤っていうの?

女の子の裸を観れば、エロい気持ちになれるかも...って」

 

「借りてきたやつ...観れば?」

「やだよ」

 

親友宅でAV鑑賞などしたくないし、我に返ったことでAVを観る気が失せ、まるちゃんの背中を眺めながら、思い悩んでいた。

 

「俺は寝る」

 

そう言って、まるちゃんはずりずりとベッドまで這ってゆき、布団にもぐり込んでしまった(ちなみにまるちゃんの夏掛け布団には、推しキャラがどどーんとプリントされた痛カバーがかけられている)

 

「ノイズキャンセリング・イヤホンして寝る」

 

ユノに背を向けたまるちゃんだったが、1分もしないうちに起き上がった。

 

「そうだ!」

「なんだよ、寝るんじゃないのか?」

 

「ひとりじゃ観にくいだろうから、俺おススメのやつはどうだ?

これなら、付き合ってやれるぞ」

「いや...付き合わなくていいよ」

 

浮かない表情のユノを無視して、まるちゃんはキャビネットの最上段をゴソゴソ漁った。

 

ユノは手渡された1本のDVDに息を呑んだ。

 

「...アニメじゃん」

「実写版がよかった?」

「ったりまえだろ!

俺はアニメ女子に興味はねぇんだよ!」

 

 

夜も更けてきて、ユノはまるちゃん宅に泊まらず帰宅することにした。

 

まるちゃんと会話することで道しるべが出来るかと期待していたが、この夜は悩みを語るだけで終わったユノだった。

 

 

翌日。

 

チャンミンは場内コースの監視塔に登り、昼食を摂っていた。

 

なぜかというと、教官用事務所と教習生待合所は受付カウンターを挟んで丸見えだからだ。

 

昼休憩中の校内は教習生たちの会話や案内放送、電話の音などで非常に騒がしい。

 

受付カウンターには、教習生や入校希望者がひっきりなしにやってきて、その都度、休憩中のチャンミンと目が合ってしまう。

 

その煩わしさから逃れるために、チャンミンはよほどの悪天候ではないかぎり、ここまで足を運ぶ習慣となっていた。

 

今日のチャンミンのランチメニューは、冷凍食品を適当に詰めただけの手作り弁当だ(調子がよい日は、肉巻きアスパラガスやウサギちゃんリンゴなどが登場する)

 

チャンミンは脳内で、昨夜の出来事を何度もプレイバックしていた。

 

大失態と言える事柄がゴロゴロと、いくつも挙げられごとに青ざめていた。

 

1.微妙な空気を作ってしまった。

2.ユノの差し入れに箸をつけなかった。

3.慰みグッズを2つも見られてしまった

(※そのうち1つは、ユノには用途が想像できないポピュラーじゃないもの)

4.ユノに押し倒されて、拒んでしまった。

5.やけくそでユノに深いキスをしてしまった。

 

「な~んだ、たった5つじゃないか」と、安心しかけたが、特に3については自分にとって心的ダメージが大きいものだった。

 

(あれは非常にマズかった。

でも、ユノはケロっとしていた。

あれはフリではなさそうだ。

ユノって...凄い子だな)

 

チャンミンの箸は機械的に弁当箱と口の間を往復し、米飯やおかずを味わいなくモクモクと淡々と食していた。

 

監視塔とは、数メートル高の鉄骨製の足場の上にプレハブが乗っかっているだけのちゃちな造りのものだ。

 

意識はここにないから、鉄階段の音も振動も、建物の揺れも自身に近づく気配にも、チャンミンは全く気付けなかった。

 

「チャンミンせ~んせ!」

 

突然声をかけられ、チャンミンは飛び上がった。

 

チャンミンはとっさに「ユノさん...!」と答えそうになってしまった。

 

「なんだ...Kかよ」

 

そこにはニヤニヤ顔のKがいた。

 

「『ユノさん』じゃなくて悪かったな」

「っ...!」

 

自分のことを『チャンミンせ~んせ』と呼ぶのはユノだけだ(その他、『チャンミンせんせ~』や『チャンミンせんせ!』と、イントネーションの違いも含めると、バリエーションは多い)

 

ユノのことを悶々と考えていた最中だったこともあって、勘違いしてしまっても当然なのだが、そのことにチャンミンは大赤面していた。

 

(つづく)


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(19)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

駐車場は5割方埋まり、店内は夜ふかし目的の客たちが商品を物色中だった。

 

ユノは躊躇なき足取りで店内奥を目指し、堂々と暖簾をくぐった。

 

ユノの身長ほどの高さの棚がぐるりと四方を囲み、その棚を肌色の比率高めな背表紙がぎっしりと埋めている。

 

(どれにしよう...)

 

ユノの探査の目は左上からスタートし、ジグザグに舐めてゆき右下段でゴール。

 

1つの棚が終われば、次の棚へ移る。

 

目的のアダルト動画にたどりつくまでの検索キーワードを思い浮かべる。

 

1歩後ろに下がり、もう一度ジャンル名の書かれた札を確認する。

 

「...無いか」

 

ユノが探していたものは見つからなかったようだ。

 

(やっぱ、特殊だからかな。

ネットで探した方がいいな)

 

せっかく来たついでだからと、不完全燃焼に終わった性欲を呼び起こす目的もあり、ユノはノーマルな作品を手に取ると暖簾の外に出た。

 

「!!」

 

上の空だったユノは、通路にいた客と衝突してしまった。

 

「ユノ!」

「まるちゃん!」

 

鉢合わせしてしまったのは親友同士。

 

ユノはAVコーナー帰り、まるちゃんはアニメコーナーに向かう途中だった。

 

「おっす。

何してんだ?」

 

まるちゃんはフードを目深にかぶっており、季節感無視のファッションだ。

 

(まるちゃんは他人に顔を見られるのを嫌う)

 

カゴの中身に注がれたユノの視線に気づき、まるちゃんは得意げに言った。

 

「これさ、すでに廃盤になってて、市場に出回っていない奴なんだ。

 

ところがレンタル店にはあったりするんだ。

 

ここってチェーン系じゃないから、マニアックなものが結構あるんだぜ?」

 

次にまるちゃんはユノが手にしたモノを確認するなり、すっとその目を細めた。

 

「ふ~ん。

やっぱ、『好き』と『好き』とはやっぱ、違うもんなんだなぁ」

 

ユノにはまるちゃんの言葉がすんなり理解できない。

 

「『好き』と『好き』?」

「ユノは先生が『好き』

でも、女の子の裸が『好き』

恋愛対象と性欲の対象の性別が別って話」

 

「ああ。

その通りだ。

悪いか?」

 

ユノが手にしていたDVDはごく普通のAVもので、男性同士ものではなかった。

 

まるちゃんはさも気の毒そうに、「悪いっていうか、大変だなぁと思って」と言った。

 

「......」

「...俺んちくるか?

新しい紅茶を手に入れたんだ」

 

ユノは迷うことなく「行く」と答えた。

 

今夜抱えてしまったモヤモヤを、恒例のまるちゃんとのトークで整理したくなったのだ。

 

支払いを済ませた2人は、まるちゃん宅へと向かった。

 

「昼間来たばっかりなのに悪いな」

 

この日、ユノがまるちゃん宅を訪れるのは2度目だった(昼間、ユノはまるちゃんに『馬鹿たれ』と叱られ、冷やし中華を一緒に作って食べた)

 

「別に。

だって、『ユノ』だから」

 

「どういう意味だよ?」

 

「そのまんまの意味。

さっきカップ麺食っちゃったから、夕飯は何もないぞ」

 

チャンミンへの差し入れまで食べる羽目になったユノは満腹だった。

 

まるちゃんは雪ん子のように頭を覆っていたフードを脱ぐと、早速湯を沸かし出した。

 

「手に入れたってのはな、カフェインレスの紅茶なんだ。

果たして香味は普通のと変わらないのか、試してみたくってさ」

 

ユノは湯が沸くまでの間、茶葉の購入先や価格の説明を始めるまるちゃんの話を一通り聞き終えた。

 

湯気立つカップが万年コタツの天板に置かれ、まるちゃんが胡坐をかいて座るなり、ユノは「俺は困った状況にある」と切り出した。

 

「そんなこと分かってる」

 

まるちゃんは目を閉じて、香りを楽しんだ。

 

「さっき、まるちゃんが言った通りだよ。

『好き』と『好き』の違い。

俺はそこにつまづいたんだ。

...あっちぃ!」

 

ユノは話し出しに意識が反れてしまったことで不用意にカップに口をつけ、舌を火傷してしまった。

 

呆れたまるちゃんは「そういうところが、『ユノ』なんだよ」と、製氷皿ごとユノに手渡した。

 

「ユノが合コンに行ったこと、まさか打ち明けてないよな?」

 

「合コンじゃね~し!

バラすワケないだろ?」

 

「罪悪感に負けて、自分からバラすようなことはしてないだろうな?」

 

「お、おう!」

 

チャンミン宅でぎこちない空気に負けて、カミングアウトしてしまいそうだったユノはドキッとした。

 

 

まるちゃんは紅茶をひと口すすると、「カフェイン抜いてるからか...あっさりしてるな」とつぶやいた。

 

「バラすバラさないの話どころじゃなくなった」

 

「どういう意味だ?」

 

まるちゃんはレンタルバッグからDVDを取り出すと、PCの電源を入れた。

 

「...せんせにバレてるかもしんない...」

 

「はー?

大問題じゃないか!

最初に言えよ」

 

「会話のリードを取ってたのは、まるちゃんじゃないか!」とユノは心の中で悪態をついた。

 

「そうじゃないかって思ったのは、せんせの態度が変だったんだ。

気のせいじゃない。

『しら~』っとしてたんだ。

昨日までそんなんじゃなかったのに...」

 

スロットルにDVDをセットするまるちゃんの手が止まった。

 

「バレてるのが本当だとして、ルートは何だろう?」

 

「それが分かんないんだよ」

 

ユノはほどよく冷めた紅茶を、ぐびっとカップ半分飲み込んだ。

 

「会場にユノの知り合いがいて、そいつが先生の知り合いだった。

そいつが今日の昼間、先生に告げ口した。

でも、そいつには悪気はない」と、まるちゃんは予想してみる。

 

「なんで?」

 

「ユノと先生が付き合ってることはシークレットなんだろ?」

 

「ああ。

でも、Qと車校のK先生は知ってる」

 

「じゃあ、犯人はその2人だ」

 

きっぱり言い切るまるちゃんに、ユノは大急ぎでスマートフォンを取り出した。

 

「おい!

どこに連絡するんだよ?」

 

「Qに訊いてみるんだよ」

 

「早まるなって

まだそうだと決まってないだろうが!」

 

ユノはまるちゃんからスマートフォンを取り上げられ、唇を尖らせた。

 

「そういう顔を俺に見せても、キモイだけだ」

 

「ちっ」

 

「先生の様子が変だったのは、仕事で嫌な思いをしただけかもしれないじゃん。

例えば、新しい教習生が最悪なヤツだったり」

 

「ありうるな。

せんせはご機嫌斜めだっただけだな、うん」

 

友人付き合いをおろそかにしていたせいで、彼らの近況に疎くなっていたユノ。

 

U君が自動車学校に入校したことを知らないものだから、犯人候補にまったく見当がつかなくても当然だったのである。



(つづく)

 

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(17)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「戻りましょうか」と、ユノはチャンミンの肩に回していた腕を解いた。

 

(あれ?

続きは?)

 

チャンミンは肩すかしを食らったような気分になった。

 

「ユノさん!」

 

チャンミンの手は自然と、洗面所を出ようとするユノの手首を捕らえていた。

 

「わっ!」

 

力任せに引き寄せられ、ユノは後方へとバランスを崩してしまった。

 

ユノから取り上げた赤色の玩具は、邪魔になって床に落とした。

 

チャンミンはユノを胸に抱きとめるより先に、ユノをこちら向きにひっくり返した。

 

そして、抱きしめるのではなくユノの両頬をぎゅっと挟むと、間髪入れず唇を奪った。

 

(せんせー!!)

 

深いキスをしたのは、このキスが初めてかもしれない。

 

男同士の交際は欲に火が付くのも早く、欲に正直なあまり、その場の雰囲気など無視して行為に至る...と、一般的に思われている(多分)

 

チャンミンがユノとの関係に前進できずにいる理由は、非常に分かりやすい。

 

10歳以上の年齢差とユノがノンケだということが...これまでの恋愛通りにいかない理由...チャンミンの前に立ちはだかる大きな壁となっていた。

 

遠慮がちになっていたところに、自信をさらに失わせるようなネタが上がってきたのだ。

 

ますます調子が狂う。

 

「でも...」とチャンミンは思う。

 

ユノに押し倒されて拒んだのは自分の方だったのに、攻められないでいるのも寂しかったのだ。

 

過去の恋のパターンによると、交際においてイライラや緊張感、不安感に支配されるようになった度、それらから目を反らすために恋人を押し倒すこともしばしばだった。

 

恋人の態度や醸し出す空気がいつもと違と察した時、指摘が追及になってしまい、それが別れの原因となったこともしばしば。

 

それならばと、彼にもっと尽くそうと甲斐甲斐しくなった結果、関係性を好転させるどころか、別れへのカウントダウンを早めてしまったこともしばしば。

 

チャンミンはそうなってしまうが怖くて、言葉で無理ならば身体で恋人を繋ぎ止めよう、寂しさを埋めようと、積極的に押し倒すしか術をしらなかった。

 

ユノと女子と並んだ写真のショックは、相当大きかった。

 

大人の玩具を見られてしまった件と相まって、その後の振る舞いが分からない。

 

『どうして内緒にしてたの?

知られたくないって、思ったからでしょ?

やっぱり女の子がいいんでしょ?』

 

ユノに訊ねられない代わりにとった手段が、ディープなキスだった。

 

「...んっ...ふっ」

 

ユノの両頬はチャンミンの蜘蛛のように細くて長い指にホールドされ、唇は何度も何度も重ね直された。

 

(せんせっ...!

は、激しっ。

やっぱ、ギラギラじゃん)

 

驚きで抵抗してみたのもわずかな間。

 

だらりと落とされていた両腕はチャンミンの腰にまわる。

 

チャンミンから取り上げられなかったピンク色の玩具は、ユノの片手に握られたままだ。

 

ユノにとって、腰の高さが自分と同じ位であることが新鮮だった。

 

口内を舐め回され、ねっとりと与えられる刺激にユノの膝の力が抜けた

 

(あ...すげぇ気持ちいかも)

 

されるがままのキスからその先へ...スイッチが押されるのを待っている。

 

ユノはさきほどチャンミンを押し倒したが、チャンミンの拒絶によりその先に進めなかった。

 

途中でストップさせられ、悲しい思いもしたけれど、同時に「助かった」とホッとしていたのも事実。

 

ムラっときたのは確か。

 

しかし、その「ムラっ」は、ユノの身体のある部分を刺激しなかった。

 

チャンミンには絶対に言えないこと......性欲が湧かなかったのだ。

 

ユノの心配事は「勃つかどうか」

 

(男と付き合うのは初めてだ。

俺はせんせのことが大好きだ。

今こうやってキスしているのもドキドキするし、気持ちいい。

大好きな人とキスができて、とても嬉しい。

でも...)

 

ユノにとってチャンミンとは、憧れの人に近い存在だ。

 

チャンミンに見惚れた瞬間から始まった恋。

 

泣きじゃくるチャンミンを『綺麗だ』と心奪われ、『この人を泣かせたくない』と心に決めた人。

 

近づきたくて、チャンミンが勤める自動車学校に入学し、周囲を気にしない好き好きアピールの末、ゲットした恋。

 

(それなのに...それなのに!)

 

チャンミンが危惧した通り、彼の裸体を前にしてユノが尻込んでしまった可能性は大。

 

(せんせって、綺麗な顔してるのにギラギラだった。

このギャップは、いい興奮材料になってくれるかも...)

 

チャンミンのキスはさすが「大人の味」

 

ユノの身体の中心線に沿って、快感と幸福感の痺れが駆け下りてゆく。

 

にもかかわらず、チャンミンを押し倒した時以上の行為...初めてのディープキスをしたにも関わらず、性欲が激しく刺激されなかった。

 

(勃たねぇ!)

 

そのことにショックを受けたユノは、いまいちキスに集中できずにいたのだった。

 

(つづく)

 

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