(44)チャンミンせんせ!

 

 

「そうです。

このバッグは、ユノさんのものです」

 

チャンミンは、「ユノさんが僕の車に忘れていったのです」と説明しかけたが、ユノが自分の車に乗ることになった言い訳をどうしようか、一瞬迷った。

 

迷ったが、チャンミンは正直に話すことにした。

 

「雨が降っていたので、ユノさんを送っていくことになりました。

ところが、ユノさんと喧嘩...というか、僕が全て悪いのですが。

ユノさんに酷いことを言ってしまって...」

 

勢いづいて、いきさつを全て吐き出してしまいそうなのを、チャンミンはぐっと堪えた。

 

「そのバッグ...」

 

まるちゃんはぼそぼそと小声過ぎて、聞き取りづらい。

 

「はい?」

 

「返すのか?」

 

「そうですね...返したいのですが...」と、チャンミンはショルダーバッグのポケットの辺りを撫ぜた。

 

「外に」

「はい?」

 

「ここは駄目」

「え?」

 

「あっち」

 

チャンミンはまるちゃんの言っている意味が理解できず、何度も訊き返すばかりだ。

 

「邪魔」

「邪魔...ですか...」

 

チャンミンは、まるちゃんに背中を押される恰好で、店の外へと押し出されてしまった。

 

そして、店先の自動販売機脇まで促されて、自分たちが出入り口を塞いでいたことに気づいたのだった。

 

「ははは、邪魔してましたね」

 

チャンミンは苦笑いをして見せたが、まるちゃんの表情筋はぴくりとも動かなかった。

 

「...えっと、このバッグ、返してあげたいのですが、連絡先を知らなくて...。

そうだ!

ユノさんの電話番号を教えていただけませんか?」

 

「は?」

 

「ああ~!

大丈夫大丈夫、大丈夫です!

もちろん、悪用はしませんから!」

と、チャンミンは手も首も振って、全力で否定した。

 

「嫌です」と、まるちゃんは即答した。

(こういうものは個人情報云々の前に、自ら本人に訊ねるべきなのだ)

 

「ですよねぇ...」と、がっくりと首を折った。

 

まるちゃんは、がっくりしているチャンミンをしばし眺めていたが、やおらポケットからスマートフォンを取り出し、操作し出した。

「これ」と、つぶやいてチャンミンの鼻先に、スマートフォン...意外にも推しデコされていないシンプル仕様...を突き出した。

 

「はい?」

 

チャンミンは、急に押し付けられたスマートフォンに戸惑い、ディスプレイに表示された『ユノ』の名前に仰天した。

「これっ...」と問う視線を送ると、まるちゃんは無言で頷いてみせた。

ユノに繋いでやったから、この電話で話をすればいい、という意味だ。

 

「すみません...じゃあお借りします」

 

チャンミンは背筋を伸ばすと、押し当てたスマートフォンから聞こえる発信音に耳をすませた。

 

(緊張する...)

 

第一声は何と言おうか、考えを巡らしたが、突然のことで台詞が思いつかない。

 

(さっきはごめん...かな。

ごめん、って...何を謝ることになるんだろう?

...抱く抱かないの話を出してしまったことかな?

違う。

ユノの気持ちを疑うような真似をしたことだ。

ああ、うまく説明ができるだろうか)

 

15秒の呼び出し音ののち、留守番電話サービスに繋がってしまった。

 

「......」

 

「すみません、出ないようなのでかけ直してみてもよいですか?」と断ると、チャンミンは再度、発進ボタンを押した。

 

先ほどと同様、発信音が鳴るばかりだ。

 

「...出ない。

すみません、もう一度よろしいですか?」

 

チャンミンはまるちゃんの承諾を得ると、すぐにユノを呼び出した。

 

「出ない...!」

 

まるちゃんはじりじりと、チャンミンの用事が終わるのを待っていた。

早く帰宅して、セクシーボイス総集編CDの編集にとりかかりたいのだ。

 

(あ~あ。

ユノのやつ...寝ちまったな。

タイミングが悪いなぁ)と思いながら。

 

まるちゃんは、電話が繋がらず悲壮的な表情でスマホを持つチャンミンを観察していた。

その無表情からは、チャンミンを気の毒がっているのかどうかは一切、読み取ることはできないが...。

かけ直してみること数回。

いつまでもこのスマートフォンを占領していたら迷惑だと、いい加減チャンミンは諦めることにした。

一度、「僕からの電話だと分かっているから出ないんだ!」と絶望しかけたが、「この番号はユノの友達のものだった!」と気付いてホッとしていた。

 

「これ...お返しします」

 

チャンミンは借りたスマートフォンをTシャツの裾で拭うと、まるちゃんに手渡した。

 

「ありがとうございます。

ユノさんとは連絡がつきませんでした。

明日に備えて、もう寝てしまったのでしょうね」

 

くたくたで大して中身が入っていないように見えるショルダーバッグが急にズンと、重く感じられた。

 

(このバッグ...どうしようかなぁ。

彼に託すか...いや、Kに預けるしかないか)

 

チャンミンがバッグの始末を思案していると、まるちゃんから思いがけない提案がなされたのだ。

 

「来る?」

「はい?」

 

チャンミンはすぐには、まるちゃんの言葉の意味が理解できなかった。

 

「俺んち...来る?」

 

「あなた...の家にですか?」と、チャンミンの怪訝そうな顔に、まるちゃんは渋々、開きたくない口を開いて言葉を付け加えた。

 

「俺んちにいるよ、ユノ」

「ええっ!?」

 

チャンミンの大声に、まるちゃんは顔をしかめた。

 

(感情むき出しの他人が苦手なのだ)

 

「今?

今ですか!?」

 

まるちゃんは頷いた。

 

「あなたの家に、『今』、ユノが居るんですか?」

 

まるちゃんは頷いた。

 

「どうして教えてくれなかったんですか!!」

 

まるちゃんの無表情が、「ㇺッ」としたように見え、チャンミンは慌てた。

 

「すみませんすみません!

そうですよね!

友人の喧嘩相手に、易々と友人を引き渡す真似はしたくありませんよね。

僕が悪かったです」

 

(ユノが『せんせ』を好きになる気持ちも分からないでもない。

こっちはからかってるつもりはないのに、何をひとりで盛り上がってるんだろ。

傍で見守ってやらないと、危なっかしい感じの男だなぁ...)

 

途端に落ち着きがなくなったチャンミンを、まるちゃんはじ~っと眺めていた。

 

「で?」

「『で?』?」

 

「俺んち来る?」

「え~っと...」

 

チャンミンは迷ってしまった。

 

 

今すぐユノと会えることになって、チャンミンは喜ぶどころか、緊張が高まり身構えてしまった。

 

今夜のテンパった精神状態でユノを前にした時、彼に伝えたい想いを上手くまとめられるのかどうか、自信がなくなったのだ。

 

先日のユノからの告白を思い出した。

想いをきちんと伝えようと、時間軸が行ったり来たりしながらひとつひとつ、チャンミンの疑念を晴らしながら言葉を重ねていったユノ。

 

(ユノって凄い子だったんだ。

とても素晴らしい告白を受けておきながら、僕は不安感のせいで感動しきれていなかった。

自分ではとてもとても、あんな感動的な言葉は紡げない)

 

泥臭い言葉でもいい、想いを素直に伝えればいいのに、チャンミンはそうしたくなかった。

時と場所にこだわりたかった。

 

(次は僕の番だ)

 

教習生だとか、検定前日だとかにこだわるべきではない時だとは分かっている。

けれども、絶対に一発合格したいと意気込んでいたユノを思うと、今登場して動揺させたくない。

バッグを持って飛び出してきたけれど、いざ会った時のことまでは考えていなかった。

多分、言葉が出てこなかっただろう。

でも、ユノの友人と遭遇できてラッキーだった。

自分とユノとの間に、ワンクッションおくことができる。

彼には申し訳ないが、協力してもらおうと思ったのだ。

 

 

まるちゃんはチャンミンの返事を待っていた。

 

(ついてくるのか来ないのか、はっきりせぃ!)

 

入店してわずかな間に雨は上がったらしい。

駐車場の車は、チャンミンの車と他の客の数台のみで、排水の悪いアスファルト路面には、いくつもの水たまりが出来ていた。

 

「いえ。

明日は大切な日ですので、刺激したくありません。

今夜はこのまま遠慮させていただきます」

 

チャンミンは、ショルダーバッグをまるちゃんに差し出した。

 

「あなたから、ユノに渡してもらえませんか?」

 

まるちゃんは無言で、そのバッグを押し返した。

 

『何で会ってやらないんだ!

ユノは泣いていたんだぞ!

今夜会わなければ、君たちは終わってしまうぞ!』とは、まるちゃんは決して言わない。

 

別れの危機に立つ2人に挟まれた友人役が、いかにも叫びそうな言葉を、まるちゃんに期待してはいけない。

そもそも、この2人が別れの危機に立っているとは、全く思っていない。

まるちゃんの表情からは、何を考えているのか読み取れないが、チャンミンの回答を意外に思わなかったらしいことは分かる。

 

「...伝言は?」

 

チャンミンはまるちゃんの好意に、目を輝かせた。

 

「えーっと、そうですね。

車のドアを開ける時から試験はスタートしています。

安全確認は声を出した方がいい。

検定員にアピールできますから。

右折は絶対に焦ってはいけません。

一時停止も2段階ですよ。

進路変更の時は、斜め後ろも見ること。

いつも、忘れていましたよね。

サイドミラーに映らないから、気を付けて...」

 

まるちゃんは思っていた...「覚えられるかよ。もうさ...直接伝えろよ」と。

チャンミンは、まるちゃんのしら~っとした目にハッとした。

 

「すみません!

えーっと、そうですねぇ。

『お互い頑張りましょう。

試験が終わったら美味しいものを食べにいきましょう』

こう伝えてもらえませんか?」

 

「わかった」

 

それだけ言って、まるちゃんはチャンミンの前から立ち去った。

 

(面倒くせぇ2人だなぁ...。

『どうしてせんせを連れて来なかったんだ!』と、ユノから責められることはないだろう。

バッグを直接手渡したか否かで2人の関係が終わるような仲なら、2人揃って拗らせていないだろう。

余裕がない今夜よりも、心置きなく気持ちを通じ合わせられる時と場所を選んで正解なのかもな。

こういうことにこだわりそうな2人だからなぁ)

 

 

(つづく)

 

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(43)チャンミンせんせ!

 

 

チャンミンのその後を追ってみよう。

状況的にユノを追うことが出来なかったチャンミン。

 

(うっわ~...。

僕は一体、なんてことを口にしてしまったのだろう?)

 

自分がいかに大胆な発言をしてしまったのか、後になってじわじわと効いてくる。

 

(ユノの気持ちの揺るぎなさを確かめたくて、僕を抱けるかどうかを尋ねるなんて...頭がおかしいんじゃないの?)

 

チャンミンは石橋を叩きすぎて壊してしまうタイプだった。

強い後悔と罪悪感のせいで、チャンミンの精神状態はぐらぐらで、前を走る車のテールライトを追ってやっとのことで走行していた。

そのため、曲がるべき交差点を直進してしまい、マンションに帰りつくまでにずいぶんな遠回りをしていた。

この間チャンミンは、自身の発言を反芻してみてはひとり、赤面していた。

 

『僕は恋人ができれば、裸で抱き合いたいと望む男です』

 

(あ゛~~~~~。

僕はなんてことを言ってしまったんだ!!)

 

チャンミンはエンジンを止めると、直ぐには車から降りず、ハンドルに額をつけて静止していた。

...が、ハッとして頭を上げた。

 

(もしかして!)

 

チャンミンは車を降りると、エレベータに乗り込み、部屋まで走った。

冷静に考えれば、ユノがチャンミンより先に到着するには、空でも飛んでこない限り時間的に不可能だ。

部屋のドアにもたれて、チャンミンの帰りを待つユノ...そんな姿を想像していたが...。

 

(いるわけないか...)

 

チャンミンはのろのろと部屋へ入り、シャワーを浴びてさっぱりとした。

ドライヤーで髪を乾かす間も、取り込んだ洗濯物を畳む間も、ユノのことを想った。

ベランダの下を覗き見ることも忘れなかった...当然、ユノはいない。

 

「はあ...」

 

冷凍グラタンでも食べようかと思ったが、荒ぶった心を鎮めるために、チーズグラタンを手作りすることにした。

胃弱な日々が続いていたが、こってりとしたものが食べたくなったのだ。

 

(チャンミンの料理の腕前は、冷蔵庫にあるものだけで数品はちゃちゃっと調理できるほど。

こうやって過去の男たちの胃袋をがっちりと掴んでいたわけだ)

 

マカロニを茹でながら、ホワイトソースが焦げ付かないよう木べらでかき回している間も、ずっとユノのことを想っていた。

 

(ユノに謝らないと。

ユノの気持ちを疑うようなことを言ってしまい、申し訳なかったと。

...謝りたいけれど、ユノの行方が分からない)

 

グラタンがオーブントースターの中で焼ける間も、ずっとユノのことを恋しく思っていた。

 

(いつか、ユノに手料理を振舞いたいなぁ...)

 

「あっちっち...」

 

ぐつぐつソースが煮えるグラタン皿をテーブルまで運び、冷蔵庫からきんきんに冷えた缶ビールを出してきた。

 

(その前に、ユノに謝らないと。

僕の正直な気持ちを伝えないと)

 

ビールのプルトップにかけた指がぴたり、と止まった。

 

「こうしてはいられない!」

 

チャンミンは立ち上がると、衿の伸びたTシャツとステテコ風ハーフパンツを脱ぎ捨て、衿の伸びていないTシャツと細身のデニムパンツを身に付けた。

そして、ビールもグラタンもそのままに部屋を飛び出していった。

例のコンビニエンスストア、レンタルDVDショップ...ユノと遭遇する可能性がある場所をあたってみようと、突如決意したのだ。

 

(ん?)

 

愛車に乗り込んだチャンミンは、ふと、助手席のシートの下に見慣れぬ物があること気付いた。

 

(これは...)

 

赤いラインをきかせた黒のショルダーバッグ...ユノのものだ。

 

(置き忘れていったんだ!)

 

ユノに会う口実が出来たことに、チャンミンは喜んだ。

 

(今夜はまだ、ユノに合わせる顔がない。

それどころかユノの方こそ、僕と会いたくないかもしれない。

だとしても、バッグが無くて困っているはずだ)

 

チャンミンはパーキングブレーキを解除すると、再び夜の街へとアクセルペダルを踏んだ。

 

 

チャンミンは、「もしかして...」の淡い期待を抱いてコンビニエンスストアを覗いてみたが、ユノおらず。

次に、遭遇できる可能性がよりも低いレンタルDVDショップへと車を飛ばした。

大股ですべての通路を見渡してみたが、ユノおらず。

 

(だよなぁ、映画なんて観たい気分になるはずないよなぁ。

他にもユノが居そうなところはないかなぁ)

 

あらためて考えると、ユノの個人データをほとんど掴んでいないのだ。

教習簿に記載されている住所も電話番号も、記憶に残らないよう敢えて視界から外していた。

教習車の中で、ユノのアパートの話題が出たことがあったが、「〇〇町と××町の境目辺りっす」といったざっくりとしたもの(直後、なかなか右折できずにいる教習車に苛立った後ろのトラックにクラクションを鳴らされ、アパートの話は中断してしまった)

 

(そうか...やはりとっかかりは電話番号だったのか...)

と、ここでチャンミンはもうひとつの可能性を思い出したのであった。

 

(ユノの友だちの家!)

 

以前、チャンミンはユノとまるちゃんの後を尾行し、まるちゃん宅を突き止めたことがあったのだ。

 

(駄目だ。

僕がユノの友人宅を知っている説明をどうすればいいのだろう)

 

ユノがチャンミンのマンションを知っていた件以上に、バツが悪く、下手をしたら不気味がられて嫌われるかもしれない...と、チャンミンは思った。

 

「はあ...」

 

(ここは諦めて帰宅するしかないか。

冷えて固くなったグラタンを温め直そう。

ぬるくなったビールを飲もう。

明日は朝6時に起床して、講習会場に向かわないと...)

 

ここでチャンミンは、ユノのバッグのやり場に困った。

 

(バッグは、Kの家に寄って、明日ユノに渡してくれるよう頼もう。

僕がユノのバッグを持っている説明は、面倒だから後日にまわそう)

 

チャンミンは肩を落とし、店の出入り口へと足を向けた。

 

「...?」

 

数メートル先をすっと横切った長身の男に目が留まった。

 

(あれは...)

 

チャンミンは日々、多くの教習生と接するため、彼らの顔と名前を覚えることに長けていた。

見覚えがあった。

海外モデル並みのスタイルとパーカーから覗く高い鼻梁...それなのに、身なりに興味がないことがありありとしている、上下スウェットのねずみ色。

 

(あの夜、ユノと一緒にいた男だ。

ユノの友だちだ!)

 

そこからのチャンミンの行動は早かった。

店を出ようとしていたまるちゃんを、呼び止めた。

チャンミンのことを不審者を見るかのような目、迷惑がっていることを隠さない不機嫌面(部屋を出たまるちゃんは、気分に関係なく常時不機嫌面である)

チャンミンは、まるちゃんのイケメンっぷりに圧倒されてしまった。

 

(さすがユノ。

友人のスペックが高すぎる...!)

 

ユノという恋の対象がいなければ、まるちゃんに惚れてしまうのでは?...それは、絶対にないから安心して欲しい。

 

 

そして、いま現在。

 

「あんた...『チャンミンせんせ』?」

 

「!!!!!」

 

まるちゃんに指摘されて、チャンミンはびっくり仰天だった。

 

「ええっ!?

なんで知ってるんですか!」

 

チャンミンの大声に、まるちゃんは顔をしかめた。

 

「声、大きかったですね。

すみません。

えーっと、以前にお会いしたことありましたか?」

 

「......」

 

「あなたも○○自動車学校に通われている...とか?」

 

「......」

 

まるちゃんは黙りこくってしまった。

思い出して欲しい、まるちゃんはコミュ障であることを。

チャンミンに関する前知識が少々あったからといって、まるちゃんにとってチャンミンは『大嫌いな他人』なのである。

ここでチャンミンの指導員人生の経験が生きてくる。

教習生は千差万別。

うぇ~い系から最後の教習までひと言も口をきかない者もいた。

チャンミンは、自分は自動車学校の指導員で、ユノを担当していることを説明した。

 

「...それ」

 

「えっ!?

何ですか?」

 

「それ」

 

まるちゃんは、チャンミンの手元に向けてわずかに顎をしゃくってみせた。

 

「これ...ですか?」

 

チャンミンはユノのショルダーバッグを手にしていたのだ。

まるちゃんが、声をかけてきた不審な男(チャンミン)の正体を見抜いたのは、ユノのバッグ以外にも手掛かりはあった。

チャンミンを目の前に心臓はバクバク、早くここを立ち去りたいと思いながら、まるちゃんは頭の片隅で分析をしていた。

 

 

数時間前に、ユノと『せんせ』の間で起きたいざこざが原因で、ユノは『せんせ』の車内にバッグを置き忘れてしまった(あいつは感情的で情熱的なのだ)

『せんせ』の家を知っているのなら(まさか尾行をするとは...ユノ、お前は凄い奴だ)、バッグを受け取りにいけばいいのに、晴れて教習生ではなく『ひとりの男』になってから会いたい、とか意地を張っている。

一方、ユノのバッグを発見した『せんせ』は、早くユノに返さないといけない、と思っただろう。

ところが、2人は互いの連絡先を知らない(基本中の基本を押さえていないとは...何をもったいぶってるんだか)

ユノと『せんせ』の行動範囲が重なるスポットがどこかは分からないが、そのひとつがこの店なのだろう。

「ここに来れば、もしかしたらユノに会えるかも」と、小さな手掛かりを元にユノが居そうなところをしらみつぶし、ってとこかな。

この店でユノを見かけたことがあると言っているから、『せんせ』もこの店の利用者。

へぇ...案外、俺んちの近所に住んでいたりして。

 

 

コミュ障であるがゆえ、まるちゃんの観察眼は鋭い方だが、チャンミンの切羽詰まった顔とユノのバッグをセットで見れば、答えを導き出すのにそれほどの時間はかからなかったと思われる。

 

(とっつあんぼうやって言ってたから、実年齢30代、見た目年齢20代。

心配性だと言ってたから、神経質そうな細くて蜘蛛みたいな指も納得だ。

Tシャツは前後ろ逆...よほど慌てていたらしい。

見た目ではゲイとは分からない...当然か。

見た目は最高。

ユノが惚れたのも分からないでもないが...俺はお断りだ)

 

 

(つづく)

 

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(42)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノがこの町に到着したのは、午前9時頃のことだった。

 

老若男女問わず、人通りが多いことに気づく。

 

ナビゲーションは商店街通りを通過するよう案内したが、ユノの車は進入禁止の三角コーンに阻まれ遠回りを強いられた。

 

立て看板には、花火大会の案内が貼り紙されていた。

 

(せんせの言った通りだ。

夜になったら歩行者天国になるんだな、きっと)

 

揃いのTシャツを着た大人たちが、脚立や提灯、ロープを携え忙しそうに立ち働いていた。

 

チャンミンの班は櫓(やぐら)の設営担当で、午後からの出動だと聞いている。

 

ユノの車は消防署と夏休み期間の小学校の前を通り過ぎて行った。

 

スーパーマーケットの駐車場は、買い物客の車でほぼ埋まっていた。

 

徐々に人家が減ってゆき、制限速度を守るユノの車を地元の者らしい車が追い越していった。

 

ラジオの天気予報によると、今日は雲ひとつない快晴だという。

 

煙を散らす程度の微風が吹けば、絶好の花火日和になるだろう。

 

チャンミンの案内通り、廃業したガソリンスタンドを左折し、水田を貫く1本道をひたすら走ってゆくと、目指す赤い屋根の一軒家が見えてきた。

 

(あそこがせんせんちだな)

 

ユノはレンタカーを家屋の正面に停車すると、エンジンを切った。

 

無事故無違反、およそ半日に及ぶ長旅は終わった。

 

ユノはハンドルに額を付け深呼吸をし、面を上げたとき、こちらに駆け寄る人物に気づいた。

 

「せんせ...!」

 

玄関の戸を開けては閉め、家族たちにうっとおしがられながら、ユノの到着を今か今かと待っていたのだ。

 

そして、チャンミンの背後からEが顔を出した。

 

Eは兄の恋人登場に興味津々、上がり框に座り込んでソワソワと落ち着かないチャンミンの様子を面白がっていたのだ。

 

「お兄ちゃんの彼氏って、あの人?」

 

ユノにくぎ付けのチャンミンは、Eの質問など耳に入っていなかった。

 

出迎えられたユノもチャンミンの顔しか見ておらず、チャンミンの背後から顔を出した若い女性に全く気付いていなかった。

 

「ユノさん」

「せんせ!」

 

 

交際中の彼氏が訪問する旨を、家族に伝えていた。

 

交際相手を実家に連れてくる行為は、実は初めてのことだった。

 

息子の「彼氏」!

 

父親は一瞬驚いた表情を見せたものの、怪我のせいで気弱になっていたこともあって、「そうか」とあっさり頷いた。

 

すると母親と妹E、そしてチャンミンから次の句を待つかのようにじっと見つめられ、「うちに泊まってもらいなさい」と付け加えた。

 

母親は「オードブルの追加をしなくっちゃ」と仕出し屋へ電話をかけにいった。

 

彼らは、息子がゲイであることを受け入れられるようになるまでに10年を要した。

 

チャンミンは神経質で心配性な面がある一方、温厚で呑気な面があるのは、家族のおかげなのだろう。

 

「お兄ちゃんの彼氏、見てみた~い」

 

好奇心を抑えられないEは、嫌がる兄チャンミンを無視してユノの到着を待っていたのだった。

 

「どんな人?」

 

「いい子だよ。

僕にはもったいないくらいだ」

 

「『いい子』?

年下?

いくつの人なの?」

 

チャンミンは一瞬ためらったが、どうせこの後本人が登場するのだしと、早々と明かすことにした。

 

「20歳」

 

チャンミンの答えに、Eは絶句した。

 

「...さすがだね」

 

「どこが?」

 

平均以上のルックスの持ち主である認識が薄いチャンミンは、Eの言葉の意味が理解できずにいたのだった。

 

 

「せんせ!」

 

ユノは喜びのあまり、出迎えたチャンミンに抱きついた。

 

「ちょっ、ユノさん!

 

「せんせ!

手が邪魔っす!」

 

押しのけようと抵抗するチャンミンの腕ごと、抱きしめた。

 

背丈は同じであっても、若いユノの方が筋力は勝っており、チャンミンは諦めて抱きしめられるに任せるしかなかった。

 

「お疲れ様」

「まじ疲れたっす」

 

チャンミンはユノの肩に頬を摺り寄せた。

 

トレーナーはユノの香りで上書きされていた。

 

2人の熱い抱擁を前にして冷やかす気を失ってしまったEは、足音をたてないようその場を離れたのだった。

 

「せんせに会いたかったんすよ。

1年ぶりの再会みたいな気分っす」

 

ユノはチャンミンに回した腕に力を込める。

 

「丸1日程度なのにね。

どうしても会わないと駄目だったのですか?

全く...無茶するんだから。

明日には戻るつもりだったのですよ?」

 

「中途半端で嫌だったんす」

 

「喧嘩したわけじゃないのに」

 

「だからですよ」

 

そう言ってユノは腕を解き、チャンミンを解放した。

 

「喧嘩したわけじゃないからタチが悪いんすよ」

 

ユノは不貞腐れたような顔をした。

 

「俺がせんせを追いかけたのは、不安だったこともあります。

お互いを知る必要があるって

『一刻も早く』です」

 

「...僕も同じことを考えていました」

 

「ギクシャクするのは嫌なんすよ。

俺が男とヤることに抵抗があるんじゃないかって、せんせは心配してるんでしょ?」

 

チャンミンはユノの指摘に黙り込んでしまった。

 

「ぎくしゃくしたまま連絡が取れないのって、すげぇ不安だったし気持ち悪かった。

喧嘩すらしてなかったじゃないっすか」

 

「そうですね」

 

交際期間が短いこともあるけれど、これまでの2人は言葉選びや行動に慎重になっていた。

 

「せんせとはじっくり、話し合う必要があるんじゃないかって、思ったんす」

 

ユノはチャンミンの肩を抱くと、耳元で囁いた。

 

「...セックスのことだけじゃないっすよ」

 

「分かってますよ」

 

チャンミンは真っ赤に染まった頬をユノに気づかれる前にと、ユノの手首をつかんだ。

 

「ささ。

家に入ってください。

疲れたでしょう」

 

「ううん。

せんせに会ったら疲れなんて吹き飛びましたよ。

今日は忙しいんでしょ?

祭りでしたっけ?

俺も手伝う気マンマンなんすけど?」

 

「いいえ!

ダメです。

うちで寝てて下さい。

 

「ええ~。

嫌っす」

 

「ダメです」

 

「嫌っす」

 

「寝不足のあなたを働かせられません!」

 

頑として譲らないチャンミンを前に、ユノは「こういう面倒くさいところも好きなんだよなぁ」と、再認識した。

 

「ふ~ん。

近所の人に俺を見られたくないんだ?」

 

「それは絶対にありません!

ユノさんの身体が心配なんです!」

 

「べたべたしないっす。

職場の先輩後輩みたいな顔してます。

約束します」

 

「僕はユノさんを寝かせたいだけです!

ユノさんを連れまわすのが恥ずかしいわけじゃありません!」

 

(よかった。

俺を他所様に見せることが嫌なわけじゃないんだ)

 

チャンミンの言葉にこれっぽちも迷いがなかったことが、ユノには嬉しかった。

 

(約束しなくったって、俺はせんせが嫌がることは絶対にしないけどさ)

 

「俺はせんせと違って若いんすよ?

一徹くらい、大したことないっすよ」

 

「どうせ、僕は年寄りですよ!

ユノさんの相応しくなくて申し訳ありませんね」

 

本心ではなかった。

 

ユノが年齢差など意に介していないことなど知っていた。

 

(ユノは出逢いの時から、10歳以上年上だってことを全然気にしていなかった)

 

拗ねたり、心にもない愚痴をこぼしたりと、ユノを前にすると途端に子供っぽくなってしまうことを分かりかけてきた。

 

(きっと、昨日の件も同じだった。

僕が一方的にいじけてただけ。

年齢についても、僕が男だということも。

気にしていたのは、僕の方だ。

『そうじゃないよ、せんせ。

せんせが三十路だろうが、男だろうが、俺にとってはどうでもいいんす

そう言って欲しいんだ。

何度も、何度も。

僕が安心できるまで、何度でも)

 

チャンミンの気持ちは、この気づきのおかげでずいぶんと楽になった。

 

「すんません!

せんせは十分若いっす。

俺の失言でした」

 

チャンミンは、「まあまあ、怖い顔しないでよ」とあやすようにポンポン肩を叩かれているうちに、機嫌を直したのだった。

正確に言うと、機嫌を直したフリをしたのだった。

 

「わかったす」

 

ユノは諦めのため息をついた。

 

「俺、せんせが嫌がることしたくないから、せんせの言うとおりにします...」

「よろしい」

 

チャンミンはにっこりと笑った。

 

「二人とも、いい加減家に入りなさい!」

 

居間の窓から声をかけたのは、チャンミンの母Fだった。

Fはいつまでたっても家に上がらない2人にしびれを切らしていた。

そして、息子の恋人とやらがEの説明通り、やたら美青年だったことにFは息をのんだのだった。

 

(つづく)

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(42)チャンミンせんせ!

 

 

「『馬鹿野郎』ってキレたんだぞ?

マズいだろ?」

 

「マズくないさ。

自分とガチで付き合う覚悟があるかどうか、先生は試したかったんだろうね。

そこでユノが、『そうっすよね、男とヤッたことないから、せんせとうまくできるかわからないけど、せんせが相手なら大丈夫っす』なんて、普通な返答をしたりなんかしたら、先生は不安だぞ~」

 

「そうだなぁ」

 

「そこを我らがユノ先輩!

質問そのものを愚問だと切り捨てたんだ。

ユノの『馬鹿野郎』で、せんせの不安が解消されてくれてたらいいんだけどなぁ。

ユノの話を聞く限りの判断しかできないが、恐らく先生は怖かったんじゃねぇの?」

 

「怖い...か」

 

「いざ、セックスをしましょうってなって、裸になりました。

キスします、触ります。

今、俺の手に触れたもんは何だ!?

他人の竿を触ったことなんて、ないんですけど!?

男の尻だぞ!?

まじ、無理なんですけど!?

...ってなったら...先生のハートはポッキリ折れるね、100パー」

 

ユノはフライドチキンの骨をしゃぶりながら、クラッチタイミング練習と路上駐停車教習の時を思い出していた。

 

手と手を重ねたクラッチタイミング練習。

 

顔と顔が急接近した路上駐停車教習。

(3時間前のチャンミンが仕掛けた寸止めキスは、状況が状況だけにカウントされていない)

 

ユノはその時の、胸が高鳴った感覚を大事にしていた。

 

(手と手だけであれだもの。

ハグやキスなんてしたら俺...どうなってしまうんだろう。

感動と緊張で、意識を失ってしまうかもしれない!)

 

チャンミンはそんなユノに対し、ハグやキスをすっ飛ばし、いきなりヤルヤラナイの話を持ち出したのだ。

ユノがショックを受けても仕方がなかった。

 

「まるちゃんが言う通り、せんせは俺を試したんだ。

でもあの時の俺は、せんせへの気持ちを馬鹿にされたっていうか...疑われたように取ってしまったんだ。

『軽々しくゲイの僕が好き、なんて言ってもらったら困るんだよ』ってさ。

『男とセックスする覚悟なんてないだろうに、ば~か』

...そんな風に捉えてしまったんだけど、後になってみて考えると、そうじゃないってことがじわりと分かってきたんだ」

 

「お、ちゃんと分かってんじゃん」

 

2人は手と口を油でベタベタにさせて、フライドチキンをむしゃむしゃとかぶりついていた。

 

「ユノが怒ってくれて、案外先生は、ホッとしていたかもしれない」

 

「馬鹿野郎、って言われてホッとするもんかな?」

 

「したさ、きっと。

ユノが怒り狂うとは想像もしていなかったと思う。

『馬鹿野郎』と怒鳴られて、ユノの本気度が伝わったんじゃねぇかな」

 

「まるちゃんの言いたいことが、分かってきた」

 

ユノは唇についた油をペーパーナプキンで拭った。

 

「せんせは、バシッと背中を叩いてもらいたかったんじゃないかなぁ、って。

せんせはいつもさ、なんとなく遠慮がちなんだ。

子ウサギみたいにビクビクしているところがある。

1歩後ろに下がってる、っていう感じ?

俺の告白も、果たして受け取っていいのかどうか...迷ってた風に見えた。

困ってた...でも、嬉しそうだった。

浮気男にポイっと捨てられてボロボロなところに、ノンケの俺が登場。

俺って、せんせの気持ちを確かめずに一方的に、はしゃいでいたからね。

こんな俺に乗っかってもいいのかどうか、怖いよね。

また捨てられるんじゃないかって...怖いよね」

 

ユノは残り1本のチキンを、まるちゃんの小皿に移した。

 

「先生は、自分はゲイで30代のおっさんだってことをハンデだと思ってるんだろうから余計に怖いだろうな」

 

「おっさんはないだろ!

せんせは若いよ。

とっつぁんぼうやみたいな人」

 

「ふ~ん。

とっつぁんぼうや先生は何て名前なの?

そういえば、聞いてなかった」

 

「チャンミン。

チャンミンせんせ、って言うんだ」

 

ユノはうっとりと「チャンミンせんせだよ...」とつぶやくと、ごろんと横になった。

「今から先生んちに行ってみたら?

バッグも必要だろ」

 

「いや。

今夜は止めとく。

行きたいけど、我慢する」

 

「お前らしくないな」

 

「俺...早く学校を卒業したいんだ。

明日は絶対に合格しないといけないんだ。

早く教習生じゃなくなって、フリーになってから、せんせに会いたいんだ。

今夜、せんせに会いにいったら...抱きついちゃうと思う。

いろんなことが始まっちゃうかもしんないじゃん。

それは...今夜じゃない」

 

ユノはこたつにもぐり込んだまま、もごもご言っている。

 

「...俺さぁ...せんせを泣かせたくないんだなぁ」

 

ユノはグズグズ鼻声で言った。

 

「お前が泣いててどうすんだ?」

 

「ふん、うるせーな。

せんせには、俺に頼って欲しいんだよ。

多分、せんせは護られキャラなんだと思うんだ」

 

「チャンミン先生は、とっつぁんぼうやでウサギで怖がりで護られキャラ...」

 

ユノは手繰り寄せた座布団を二つ折りにして、枕にした。

 

「寝るのか?」

 

「うん。

身体があったかくなったら、眠くなってきた。

明日に備えて寝不足でいたくない。

まるちゃんは?」

 

「俺はこれからレンタルショップに行ってくる。

CD-Rの50枚入りが欲しい。

ユノはいるもんある?」

(まるちゃんは、ドラマCDからセクシーボイス総集編を作ろうとしているのだ)

 

「ん~...特にないかな」

 

まるちゃんはパーカーを羽織り、スマートフォンを手に取ると、コタツの真上からぶら下がる蛍光灯の紐を引っ張った。

 

室内は薄暗くなった。

 

「まるちゃん」

「何?」

 

「せんせは俺のことも怖かったんだと思う」

「ユノのことをか?」

 

「うん。

『ノンケがゲイに恋をする』ことに、ほとんど抵抗を持っていない俺のことが怖かったんだ。

俺にはゲイに対する偏見がない、っていう意味じゃないぞ。

能天気で、怖いもの知らずな俺が怖かったんだ」

 

「そうかもね。

ホントのところは、先生に訊いてみろよ。

...じゃ、行ってくる。

鍵は閉めてくぞ」

 

「...なあ、まるちゃん」

 

「なんだよ。

早く店に行かせてくれ」

 

「...こんな俺でごめんな」

 

「ば~か。

今に始まったことじゃないだろ」

 

玄関ドアが閉まり、部屋にユノだけが残された。

 

 

まるちゃんは2日ぶりの外出だった。

ユノがまるちゃん宅を訪れた時より雨足は弱くなっていた。

小さな雨粒がパラパラとビニール傘を叩いている。

徒歩10分ほどで到着したレンタルショップは、深夜帯前ということもあってか、まばらに客がいた。

まるちゃんはパーカーのフードを深々とかぶり、目的の物を手に取ると、そそくさとレジへ向かった。

誰とも目を合わせたくないまるちゃんは、レジスタッフの手元だけに視線を落としていた。

会計を済ませ、店を出る間際のことだった。

 

「すみません」

 

背後から声をかけられ振り向いた先に、見知らぬ男が立っていた。

 

(なんだこいつ?)

 

「突然、声をかけてしまって...すみません」

 

「はあ」

 

まるちゃんが初めて会う男だった。

 

(俺に話しかけんなよ)

 

見たところ20代後半、180センチ越えのまるちゃん並みの背の高さ、体型は痩せている。

 

「......」

 

声をかけられる理由が全く思いつかないため、まるちゃんは相手の出方を待つことにした。

 

「もしかして、ですけど...ユノさんのお友達ですか?」

 

見知らぬ男は、まるちゃんにそう尋ねた。

 

「...ユノ?」

 

「はい、ユノさんです。

お友達ですよね?」

 

「あ...はぁ、まぁ...そうですけど?」

 

まるちゃんは心の中で首をひねっていた。

 

(こいつはユノの知り合いか何かだろう。

なぜ、俺とユノが友人同士だって知ってんだ?)

と、まるちゃんは内心、首を傾げていた。

 

「一度、お2人が一緒のところを、この店でお見掛けしたことがあったので...」

 

「そうですか...」

 

まるちゃんは、個数制限有のグッズ発売日になると、ユノをお供にこの店に連れていくことが多々あった。

 

(その時か)

 

一緒にいるところを見られていても、不思議はなかった。

 

「...で、俺に何か?」

 

「はい。

突然でびっくりしたでしょうが、私は...怪しい者ではありません」

 

(そう言う奴こそ、怪しいんだよなぁ。

つまりこいつ...ユノ狙いか。

キモイな...)

 

まるちゃんはフードの陰から、こちらの表情を一心に窺う見知らぬ男を観察した。

 

(なるほどね...)

 

「とっつあんぼうや...」

 

「えっ?

何ですって?」

 

(こいつが『チャンミンせんせ』...ね)

 

まるちゃんは、目の前に突っ立った温厚そうなイケメンこそが、ユノが夢中になっている男だと分かったのだった。

 

 

(つづく)

 

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(41)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノのスマートフォンを震わせたのは、もちろんチャンミンだった。

 

「...っ」

 

飛び上がりたいほど嬉しいのに、あふれる想いのせいで「せんせ!」の一言が出てこないユノだった

 

一方、電話の向こうの沈黙に不安を覚えたチャンミンは、恐る恐る声をかけた。

 

『...ユノ...さん?』

 

「......」

 

『...怒ってますか?』

 

「......」

 

『ですよね?

全部僕が悪いんです。

すみませんでした』

 

「あの~、せんせ?

何について謝ってるんすか?」

 

チャンミンがしきりに謝るものだから、ユノは困惑してしまう。

 

「俺がせんせを怒るわけないじゃないすか。

それに」

 

ユノは安心と喜びのあまり大きな声を出してしまいそうで、送話口を手で覆い、深呼吸をした(例えば、『せんせ、会いたかったす!!』と、鼓膜が破れそうなくらいの音量で)

 

「俺がせんせのことで腹を立てることなんて、ないっすよ。

謝らなくちゃいけないのは、俺の方っすよ」

 

『ユノさんは何も悪くありません』

 

「やらかしてますって」

 

『何をです?

僕が悪いのです。

変な態度をとってしまって申し訳ありません』

 

「...もしかして、朝のことっすか?」

 

『え...?』

 

「ほら、“アレ”のことですよ。

萎えちゃって、すんません

男として不甲斐ない」

 

『不甲斐ないだなんて、言わないでください!

僕こそ時期尚早でした。

焦らないでいきましょう』

 

「そうっすね。

せんせはプロフェッショナルだから、俺に教えてくださいよ」

 

『...っ』

 

「せんせ!」

 

『はい?』

 

「セックスの話は脇に置いておきましょう。

それどころじゃないっすよ!

せんせの家族に何かあったんじゃなかったんすか?」

 

『そのことですが...』

 

チャンミンはここでようやく、帰省の理由を手短に説明した。

 

『...そういうわけだったのです。

僕のドジのせいで、ユノさんに不要な心配をおかけしてしまいました。

申し訳ありません』

 

電話の向こうで頭を下げている姿が目に見える、とユノは思った。

 

『明後日には戻りますから、待っててください』

 

「今日中に会えますよ。

俺今、せんせんちに向かってるんす」

 

『え?』

 

「すげぇ会いたくなっちゃって せんせんちまで行くことにしたんす。

夜遅かったんで、飛行機も列車も最終出ちゃってたし...そこで、いいアイデアを思い付いた。

俺、免許持ってるじゃん、って。

レンタカー借りて行っちまえ、って思ったんす」

 

ユノの言葉にチャンミンは耳を疑った。

 

『何やってるんですか!!』

 

「ひぃ」とばかり チャンミンの大声にユノは耳を塞いだ。

 

『だ、ダメですよ!

危ないですよ!

ユノさんは初心者じゃないですかっ!』

 

さすがに「下手くそじゃないですか!」と付け加えるのは、さすがに堪えた。

 

「初心者マーク付けてるし、保険も入ったし」

 

『そういう問題じゃありません!』

 

ぴしっと叱られて、ユノは『ああ、教習車に乗ってた頃を思い出す』としみじみ懐かしんだ。

 

「せんせの教えを守って、安全運転を守ってますって。

今更引き返せないっす」

 

『はあ...。

分かりました。

今、ユノさんはどこ辺りにいますか?』

 

「ええ~っと...」

 

ユノがサービスエリア名をあげると、チャンミンは残り距離と所有時間をざっと計算した。

 

(休憩なしであと5時間

ユノさん運転であと8時間か...)

 

『そこで朝まで仮眠を取ってください』

 

「ええ~。

眠くないっす。

せんせに早く会いたいっす」

 

『ダメです。

目をつむっているだけでいいです!』

 

「この車、狭いんすもん。

ほら、俺って脚が長いじゃん?」

 

『はいはい』

 

何時間も自転車を走らせ、遠方にいるチャンミンに会いにきたユノの情熱を、思い出すのだった。

 

思い出すたび涙がにじむ。

 

『分かりました。

絶対に急いではいけませんよ。

2時間おきに休憩を取るように!

少しでも眠い、と思ったら、最寄りのサービスエリアに入ってください。

煽る車がいても無視してくださいよ」

 

「はい!」

 

(返事だけは立派なんですから...)

 

「安全運転するんで、俺に何かご褒美くださいよ」

 

『いいですよ』

 

「俺に『好き』って言ってください」

 

『...う...』

 

「たった2文字じゃないっすか。

俺だったらいくらでも言えますよ。

せんせ、好きっす。

せんせの全部が好きっす」

 

部屋はチャンミンだけで、真っ赤になった顔を見られずに済んだ。

 

チャンミンの眼球に涙が膨らんだ。

 

『ぼ、僕も、ユノさんのこと...好きですよ』

 

 

「!」

 

くすくす笑いに顔を上げると、妹Eがドアの向こうからにやにや顔をのぞかせていた。

 

「電話が繋がったからって 恋人とイチャイチャしないでよね~」

 

Eは両手で口をふさぎ、冷やかしの声をあげないよう必死だった。

 

「う、うるさい!

あっち行けよ」

 

「お兄ちゃんの声、つつぬけ~。

真夜中なんだから、うるさいんだもん」

 

 

ユノはチャンミンの言い付けを忠実に守った。

 

チャンミンにべた惚れで、彼の頼み事なら何でも叶えたい...というよりも、心配性な恋人を不安にさせたくない一心で、休憩時間を適宜取り、都度報告を入れた。

 

チャンミンは枕元にスマートフォンを置き、うつらうつらしながらも着信音で飛び起きた。

 

ユノが電話をかければ、必ずワンコール未満で繋がった。

 

夜明けまで2時間、といったところか。

 

空が白みかけていた。

 

顔をのぞかせた朝日がまぶしく、サンバイザーを下した。

 

(もうすぐせんせに会える!)

 

ユノの眼は朝日を反射してキラキラと輝いていた。

 

この時チャンミンが助手席に座っていたとしたら、ユノの横顔に見惚れていただろう。

 

(つづく)

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