(33)チャンミンせんせ!

 

 

「かんぱーい!」

 

2人はウーロン茶のグラスを合わせると、深夜の即席飲み会が始まった。

 

ユノは今の状況...好きな人の部屋で膝突き合わせてテーブルを囲む...に夢心地だった。

 

「テレビ、付けましょうか?」

 

「ううん。

このままがいいです」

 

(雑音はいらぬ)

 

「こんなものしかありませんが」と、チャンミンは冷蔵庫から常備菜を出してくるとテーブルに並べた。

 

「うわっ、せんせって料理上手なんですね」

 

「やっぱり、同棲っぽい...」と、ぽやぽやしかけたところ...。

 

(『あの』男にも、メシを作ってやったりしたのか!

くっそ~、悔しいなぁ)

 

と、嫉妬の炎が心に点った。

 

「夕飯を食べ損ねていたんです。

俺が買ってきたものもどうぞどうぞ」

 

ユノは床に置いたビニール袋から、アメリカンドッグにフライドポテト、フランクフルトを取り出した。

 

「せんせ?

腹が痛いんですか?」

 

ユノは先ほどから、胃のあたりをさするチャンミンが気になっていたのだ。

 

失恋と仕事の悩み、始末に困り果てていたユノへの想い...これらがミックスしたものが、チャンミンの胃袋をキリキリ苦しめていた。

 

チャンミンはユノと出逢ったことで、前の恋を引きずらずに済んだつもりでいても、少なからず失恋ダメージを受けていたのだ。

 

「え...うん、ちょっとね」

 

「大丈夫ですか?

脂っこいものばっかですみません」

 

(お腹の調子がよかったとしても、揚げ物ばかりはキツイ。

ユノは若いなぁ...。

それに引き換え、僕はおじさんだぁ)

 

「俺、これ貰いますね」

 

ユノはフランクフルトにマスタードをたっぷりかけた。

 

「!!」

 

チャンミンの視線は、ユノの口元にロックオンされた。

 

ユノが今まさにかぶりつこうとしているそれ...スパイスのきいたミンチがみっちり詰まって皮が張り裂けそうな、大きく太いフランクフルト!

 

赤茶色の表面は、油でてらてらと光っている。

 

先端は腸皮が茶巾絞りになっている。

 

色といい、形状といい、サイズといい...チャンミンが連想してしまったものは、ご存知のものである。

 

ユノの真っ白な犬歯が突き立てられ、ぱちんと弾け飛んだ肉汁が、ユノの唇を汚した。

 

(ぼ、僕は何を想像しているんだ!)

 

ユノはチャンミンの強張った表情に気づくと、第2口目の大口を閉じた。

 

「すみません!

せんせはフランクフルトの方がよかったすか?

確認せずに食べちゃて...。

“半分こ”しますか?」

 

ユノは「あ~ん」と、食べかけのフランクフルトをチャンミンの口元に寄せてみた。

 

ぱくり。

 

フランクフルトは、反射的に開いたチャンミンの口内へすっぽり挿入された。

 

(嘘でしょ)

 

ダメ元でした「あ~ん」のジョークに、まさかチャンミンがのってくれるとは予想もしなかった。

 

ところがチャンミンは、フランクフルトを咥えたまま、一向に歯を立てようとしない。

 

(お口にツッコまれたアレ...みたいだ)

 

イケナイ想像から逃れられないチャンミン。

 

「...せんせ。

俺の食べかけなんて嫌っすよね。

失礼っすよね。

すみません...」

 

ユノはチャンミンの口に挿入していたフランクフルトを抜くと、すかさず噛みついた。

 

(せんせと間接キッス)

(僕は何を妄想していたんだ!?)

 

チャンミンが、ユノを見ていられなくなって視線を落とした先に、ローテーブル下に雑に置かれた買い物袋があった。

 

袋から顔を出していたものに、チャンミンは目を剥くこととなる。

 

ちょうどその時、ユノは立ち上がり手洗いの場所をチャンミンに尋ねた。

 

尿意をずっと我慢していたが、そろそろ限界だったのだ。

 

「どうぞ。

向かって左のドアです。

洗面所はその向かいです」

 

「お借りしま~す」

 

トイレのドアがが閉まる音を確認するなり、チャンミンは買い物袋の中を覗き込んだ。

 

 

 

「ふうぅ~」

 

ユノは用を足しながら、チャンミン宅のトイレを観察していた。

 

清潔優先で、マットは敷いておらず、ホルダーカバーもないが、独身男のトイレはこんなものだろう(もとはあったが、前の男と別れた時に全て処分した)

 

ユノは棚上げにしていた件について思案し始めた。

 

(俺がせんせんちを知っている理由を、いずれ聞かれるだろう。

なんて答えようか。

尾行してたことを、認めちゃおうっかなぁ。

...それは難しいな。

せんせの別れ話の真っ最中を、目撃してしまったところの説明から入らないといけない。

せんせの恋人が男だってことを、既に俺が知ってることになるのか...。

今のタイミングでそれを知らせてしまって、いいのか!?)

 

ユノは雫をよくきり、下着を上げた。

 

(でも...いいや。

知らせてしまおう)

 

つじつま合わせで大汗かくのはもう嫌だった。

 

 

 

つい先ほど、チャンミンが驚愕したのは雑誌のタイトルだった。

 

(メンズファッション雑誌と経済系新書はいいとして...問題はこれだ)

 

チャンミンはトイレの気配を窺うが、水洗の音は未だしない。

 

『水着男子の搾りたて感汁100%...。

ミルクがなければ絞ればいいじゃない、新人ノンケAV男優の性感帯チェック...。

飛距離んぴっく開幕...。

特大付録はグラビアメイキングDVD...』

 

それは、ユノが適当に買い物かごに入れた雑誌...成人雑誌だった。

 

(ユノ...どういうつもりなんだ?

根っからなのか、僕を意識してなのか...。

判断に迷う案件だ...)

 

チャンミンの手はわなわなと震えていた。

 

「!」

 

聞えてきた水洗の音に、チャンミンはその雑誌を袋の中へ素早く戻した。

 

 

 

チャンミンから質問される前に、ユノが口火を切った。

 

「なぜ、せんせの家を俺が知っているか...疑問に思ってますよね?」

 

「あ...うん、そうですね」

 

いつその質問をしようか、チャンミンはタイミングを見計らっていたのだ。

 

「どうして、知っているのですか?」

 

何かしらの手段で、住所を突き止めたのだろうことは予想できるが、その手段が気になっていた。

 

「えっと...たまたまです。

誰かに聞いたとか、個人情報を探ったとか...そんなことは一切してません」

 

「たまたま?」

 

「正真正銘の偶然です」

 

「僕の住所を見てしまったとか?

このマンションに出入りするところを見てしまったとか?」

 

ユノは深呼吸をして、真実を語り始めた。

 

「俺が入学する前の話です。

せんせを見かけたんです。

DVDレンタルの店です。

その頃は、せんせがせんせだなんて、知りませんでした」

 

行きつけのレンタルDVDショップといえば、あそこしかなかった。

 

「あの店は俺のバイト先にも友だちんちにも近いんで、たまに寄ることがあるんです。

春になったばかりで、雨が降っていて、すげぇ寒かった日です。

そこで、せんせを見かけたんです」

 

ここまで聞いても、それがいつの話なのか、チャンミンには特定できなかった。

 

「普通だったら、見ず知らずの者に注目なんてしません。

でも、あの夜は注目せずにはいられなかったんです。

...せんせはひとりじゃありませんでした」

 

チャンミンはすぐに、(前)恋人といるところをユノに見られてしまったのだと察した。

 

男と一緒にいるところを見られても、特別な関係にある2人だと大抵の者は思わないだろう。

 

「僕はあの店の常連なんです。

ここから歩いてゆける距離にありますから」

 

「俺、盗み見しようと思って、見たんじゃないですからね。

たまたま、目撃しちゃったんです。

偶然です。

ホントに申し訳ないのですが...」

 

「何を見たのですか?」

 

上目遣いになったユノは、何やら言いづらそうにしている。

 

「その~、一緒にいた方と喧嘩中のところを見てしまいまして...」

 

(喧嘩なんてしたことあったっけ...?)

 

チャンミンは記憶を探ってみたが、例のレンタルショップで口論したことはなかったような...。

 

「友達同士で喧嘩なんて珍しいものじゃないでしょうが...。

俺が見るところ、あれは...喧嘩、というより、『別れ話』のように見えまして...」

 

「!!!」

 

「『寝る』とか『別れる』とか『あの男』とか...別れ話のように聞えてしまって...」

 

(あの時か!?)

 

「せんせは泣いていらっしゃいまして...心配でほっとけなくて...」

 

「......」

 

「追いかけてしま...いました...」

 

「......」

 

チャンミンの呆然とした視線はユノの肩の向こうにあり、ユノは振り返ったが、そこは白い壁があるだけだった。

 

驚愕のあまり、チャンミンの意識はどこかに飛んでしまっているようだ。

 

「純粋にせんせのことが心配で、ちゃんと家まで帰れるか見守り隊になったんです。

せんせを追いかけていたら、自然とせんせんちを知ってしまいまして...」

 

「...そう、でしたか...」

 

「そうなんです...」

 

チャンミンの頭ががくっと、折れた。

 

「尾行みたいなことをしてしまってすみませんでした。

...今まで黙っていてすみませんでした!!」

 

ユノは頭を下げた。

 

「......」

 

「つまり...せんせのことは、学校に入る前から知っていたわけです。

それで...」

 

「ユノさん」

 

ユノが今の自動車学校に入学した過程を説明しようとした時、チャンミンはユノの名を呼んで遮った。

 

「はい!」

 

「どう思いましたか?」

 

「どうって...?」

 

「アレを見て、ユノさんはどう思いましたか?」

 

チャンミンの問いかけに、ユノは一瞬言葉に詰まったが、覚悟はできていた。

 

失言に気を配るよりも、正直に全部話してしまおうと思った。

 

 

(つづく)

 

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(32)チャンミンせんせ!

 

 

ユノの「同棲してるみたいですね」発言に、チャンミンはドキドキ、口にしたユノもドキドキ。

 

ドアが開きエレベータから吐き出された2人ともが、鼓動の早い胸をそっとさすった。

 

「あ~、マジで緊張した」と。

 

チャンミンは、自宅に誰かを招くことなど慣れている風に「僕の部屋は端っこだよ」と、余裕ある態度でユノを先導していった。

(コンビニの時もそうだったが、チャンミンはユノに対して、年上ぶってカッコつけるところがある)

 

実際は前の恋人を除くと、Kも含めて誰一人自宅に招いたことはなかった。

(チャンミンは友人といるよりも、恋人といる時の方がリラックスできるタイプだ)

 

つまり、ユノが初めて。

 

チャンミンのだぶだぶのTシャツとハーフパンツの中で、彼の細身の身体が泳いでいる。

 

(せんせのゴツゴツした身体...俺より背が高い...のどこに、魅力を感じたのだろう。

顔?

うむ...顔から入門した点は否定できない。

あとは~、情熱的なところ?

せんせの身体とか、そんなに意識したことないけど、クラッチタイミング教習の時は、手を握ってもらえてドキドキしたし、顔が近づいた時はキスされるかとドキドキしたし。

女の子の時と同じくらい、胸がキュンキュンした...。

せんせは男なのに、俺はせんせにキュンキュンしてる!)

 

などなど、ユノがひとり赤くなっているうちに、突き当りのドアまで到着していた。

 

「ここです」と、チャンミンはポケットから鍵を取り出した。

 

(わぉ!

キーホルダーがバンビのマスコット。

すげぇ、可愛いんだけど。

自分で買ったのかな(正解)

だとしたら、超萌えるんすけど!?)

 

ユノはチャンミンに恋するあまり、チャンミンに関する新情報を取りこぼさないよう、五感をはたらかせている。

 

チャンミンが外開きのドアを開けると、室内の空気が廊下へとざっと動いた。

 

(せんせんちの匂い...!)

 

ユノは肺一杯に、この場の空気を吸い込んだ。

 

チャンミンの教習車の匂いも、教習を重ねるうちに鼻が慣れてしまったが、チャンミンの衣食住の匂いが充満する自宅に招かれて、ユノは興奮した。

 

(俺...せんせの匂いに萌えてる。

俺...変態かもしれない。

ヤバいよ~、重症だよ)

 

バタン...。

 

ユノの後ろでドアが閉まった。

 

チャンミンは「散らかってるけど...どうぞ」と、言いかけた。

 

「やっぱり、そこで1分待ってて下さい!」と、靴を脱ごうとしたユノを押しとどめた。

 

「え?

いいすよ」

 

今夜ユノを部屋に招き入れる流れになるとは、想定外の展開だ。

 

ユノに見られてはマズいものはないか、チャンミンは1LDKの室内をチェックして回った。

 

「キッチンよし!」

 

指さし確認していく様子は、自動車のボンネットを開け、エンジンオイルやエンジンベルトを指さし点検する教習のようだった。

 

「こいつらは片付けて...と」

 

ひとりファッションショーをしたままで、ベッドの上に散らかった衣服はクローゼットの中に放り込んだ。

 

「いろいろと落ちているからな」と、洗面所の床にコロコロをかけた。

 

「洗面所よし」

 

電気のスイッチを切った直後、スイッチを入れた。

 

(じゃねーよ!)

 

広げたタオルの上で乾燥中だった大人の玩具を、流し台の下に隠した。

 

(あっぶね~)

 

快楽にとことん弱いチャンミンを、抱いてくれる者も身体だけの付き合いの者もいない現在、自身ので後ろを慰めるしかない。

 

ユノには絶対に、見られたくないアイテムだ。

 

最後にトイレのチェックを終え、玄関に待たせていたユノを出迎えに行った。

 

「お邪魔します...」

 

ユノは、まるちゃん宅では乱暴に脱ぎ散らかすのに、チャンミン宅ではそろそろと行儀よくスニーカーを脱いだ。

 

「せんせんち、広いっすね」

 

リビングは玄関を背に、右手にトイレと洗濯機置き場、左手に脱衣所と風呂場がある廊下を通過した先にある。

 

「そうかな...寝る所と居間と...それだけだよ」と、チャンミンは謙遜した。

 

ユノはぐるりと室内を見回し、「俺のアパートと比べたら、広いっすよ」と、感心して言った。

 

「独身男の部屋って感じ。

なんか、色っぽいっすね」

 

「!」

 

ユノが何の気なしに口にしたのは、お世辞ではない正直な感想に、チャンミンはドギマギ動揺してしまった。

 

「カッコいい」と褒められるよりも、今のユノの言葉の方が、男として認められたかのようで、胸の奥がくすぐったい。

 

「えーっと、ソファに座ってて。

飲みたいものはありますか?

取ってきます。

ビール?

チューハイもありますよ。

あ!

ユノさんは成人してますよね?」

 

チャンミンはテンパるあまり、ユノの基本情報がチャンミンの頭から抜け落ちてしまっていた。

 

「せんせ~。

年齢の話は教習中に何度もしたことあるでしょう?

俺、成人してます、20歳です。

しっかりしてください」

 

「そうでしたね、ごめん」

 

「それから、お茶なら俺、買ってきました。

酒飲んだりしたら、自転車に乗れないんで...」

 

「さすが、僕の教え子。

じゃあ、”半分こ”して飲みましょうか。

グラスを持ってきますね。

お皿もあるといいですよね?」

 

ユノはチャンミンと分け合って食べるつもりで、おにぎりやホットスナックなど、多めに買いこんでいた。

 

2人の間には今、張りつめた糸があり、投げかける言葉ひとつひとつが互いを探り合うものになっていた。

 

なぜなら、ユノは「好き好き光線のお次は、実力行使だ」と決意した頃。

 

チャンミンは「何もないまま、ユノを卒業させていいのか?」と焦り出した頃。

 

その矢先に、チャンミンの部屋にユノがいる。

 

じりじりとしか進んでいなかったこれまでの歩みを振り返ると、今の状況は、とんでもないステップアップだ。

 

「俺...臭くないかな?」と、ユノは急に心配になってきた。

 

バイト帰りだったら、油の匂いが髪に染みついてしまっていたが、今夜は自宅から直行だ(入浴も済ませた)

 

チャンミンは、二の腕や肩をくんくんさせているユノの様子に慌てた。

 

「嘘!?

臭い?

窓開けようか?」

 

「せんせんちはいい香りです。

俺が匂うのかな、って思っただけです」

 

「そんなことありません...けど?」

 

チャンミンはユノに近づくと、すんすん鼻をうごめかした。

 

(きゃーーー!)

 

突然のチャンミンの接近に、ユノの全身は石のように硬直した。

 

「全然。

石鹸の匂いですよ」

 

カチカチになったユノの様子に、チャンミンは不用意に接近し過ぎた自分にはっとする。

 

「し、失礼...」

「いえいえ...」

 

(あれ?)

 

ユノはある点に気づいた。

 

「あのー、せんせ」

 

ユノは胸の位置で小さく挙手をした。

 

「はい、ユノさん。

なんでしょう?」

 

「ワンコ...どこかに預けてるんすか?」

 

チャンミンはユノの言葉の意味が分からず、「ワンコ?」と訊き返した。

 

「せんせ、ワンコを飼っているんじゃなかったすかね?

コンビニでおやつ、買っていたじゃないすか?」

 

「あれは!」

(チャンミンは犬を飼ってみたいと思っているが、飼ってはいない。

先日、ドギマギを隠そうと適当にとった商品がペット用のおやつだったのだ。

「間違えちゃった」と棚に戻せばいいものを、間違いを認めたくなくて、そのまま買い物カゴに入れたのだった)

 

「友人が旅行に行くっていうから、預かっていたんだ」と、チャンミンは犬好きの友人の存在をでっちあげた。

 

「そうですか...」

 

「......」

 

しん、と静まり返った室内。

 

「せんせ」

 

ユノは胸の高さで小さく挙手をした。

 

「はい、ユノさん」

 

「ずっと気になっていたんすけど...」

 

「何をです?」

 

チャンミンは密かに身構えた。

 

(まさかだと思うけど、『ゲイですか?』と尋ねられたりして...。

ユノが僕のことを本気で好きだとした場合、彼が次に気になることと言えば、これしかない。

ユノの気持ちに僕が応えられるかどうかだ。

その辺りを確認されるだろうな...)

 

そう予想していたところ...。

 

「せんせって、何歳です?」

 

「何を今さら?」

 

「いや~、エイジハラスメントになるかなぁ、って、ずっと遠慮してたんです。

でも、無理に聞き出しませんですから」

 

「いくつに見えます?」

 

「そういう切り返しが一番困るんすけど?

え~っと...。

 

 

40歳」

 

 

こういう時は若めに言ってヨイショするのが常識なのに、真逆を言ってしまったユノ。

(以前、「その先生の年齢は?」とまるちゃんに尋ねられた時、ユノは条件悪めの方がよいと判断して、敢えて35歳と答えたことがあった)

 

「え゛っ...」

 

チャンミンは「40歳」の回答に、固まってしまった。

 

「...そ、そんなに老けて見える?」

 

「わ~、冗談っすよ、冗談!

なわけないですよね。

ないですってば!

せんせをからかっただけっす!」

 

ユノは両手を振って全否定した。

 

(せんせって、年齢不詳なところがあるんだよなぁ...。

見た目年齢は若いんだけど...)

 

ユノは片手を顎に添え、「う~ん」とチャンミンを子細に眺めた。

 

チャンミンはユノからの視線を真正面から浴び、顔面がチクチクむずがゆかった。

 

「...32歳(どうだ!)」

「大正解!」

 

若すぎず年寄り過ぎず、男の場合若ければいいってものじゃないから見た目年齢よりも若干多めに、絶妙な年齢をついて出たら、ビンゴだった。

 

場がなごんだところで...。

 

「夜食を食べましょうか」

 

「はい!

そうしましょう!」

 

このように、箸を取るまでの間、2人の心は上ずりっぱなしで大忙しだったのだ。

 

 

(つづく)

 

 

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(31)チャンミンせんせ!

 

 

チャンミンはベランダの手すりをギュッと掴んで、ぎりぎりまで身を乗り出した。

 

ユノは自転車をマンションの駐輪所に停め、エントランスの前で何やら迷っているようだった。

大きく膨らんだ白い買い物袋を下げている。

 

(ユノは僕んちを知っている。

『なぜ?』なんてどうでもいい。

住まいを突き止める程、ユノは僕に夢中なんだ!)

 

視界からユノの姿が消えた。

 

「あっ!」

 

オートロックに阻まれたらしく、姿を現わしたユノは辺りをキョロキョロ見回している。

 

(ああ。

あの時、電話番号を教えてあげればよかった。

規則だのなんだの、こだわった僕が馬鹿みたいだ。

ユノの電話番号だって覚えないようにしていたし。

今から下りてゆけば間に合うかな?)

 

チャンミンが真上から見守る中、ユノはマンションの前に停めていた自転車に買い物袋を戻すと、自転車にまたがった。

 

「!!」

 

(コンビニの約束をすっぽかされたと思われていたら...!

もう見込みがないって、僕のことを諦めてしまう!

このままだと、ユノは帰ってしまう!)

 

「ユノさん!!!!」

 

気付いたらユノの名を呼んでいた。

 

チャンミンの大声は、真向いのマンションに反響して、深夜の通りによく響いた。

 

真上から自分の名前を呼ばれて、ユノは勢いよく振り仰いだ。

 

(えええええ~~~!)

 

6階の高さからこちらを見下ろし、手を振る者がいた。

 

「せんせ!!」

 

チャンミンに応えて両腕で手を振ったせいで、ハンドルを離してしまった。

 

自転車はがしゃんと派手な音をたて横倒しになった。

 

『今から、僕は』

 

チャンミンは親指で自分を指さした後、その指を下に向けた。

 

『下にいくので』

 

大声は近所迷惑になるため、ゆっくり大きく口をパクパクさせている。

 

『ユノさんは...そこにステイしててください』と、ユノを指さした。

 

『分かりました!』

 

ユノはうんうんと大きく頷き、承諾の意味を示すため、両腕で丸を作った。

 

バルコニーからチャンミンの姿が消えた。

 

エントランスまでユノを迎えに向かったのだ。

 

(生きててよかった)

 

ユノはじんとこみ上げる幸福感に浸っていた。

 

歩道には、買い物袋から飛び出た食べ物が散らばっている。

 

チャンミンを待つ間、ユノは倒してしまった自転車を起こし、それらを拾い集め始めた。

 

おにぎりを拾おうと身をかがめた時、鼻の奥がつんと痛んだことに、ユノは素直に驚いた。

 

「え...嘘だろ」

 

まぶたを擦った指の背が濡れていた。

 

(俺って重症。

せんせにまともに相手にしてもらっただけで、泣けてくるんだぞ。

凄い好きなんじゃん...)

 

ハハっと苦笑していたところ、チャンミンのマンション前をウロウロしていた姿を見られていたことに気づいた。

 

(やっべー、どうしよう。

せんせはどのあたりから、俺を見ていたんだろ。

たまたま通りかかったと言い訳したら通じるかどうか...)

 

チャンミンは1階に到着したエレベータから出ると、正面玄関前に立つユノの姿を真っ先に見つけた。

 

ユノは悶々と考え事に夢中のようだった。

 

「ユノさん!」

 

ユノの目の前の自動ドアが開き、出迎えに来たチャンミンが現れても、ユノは一向に気づく様子はない。

 

「ユノさん...」

 

「ひゃっ!」

 

ポン、と肩を叩かれて、ユノは心臓が止まりそうになった。

 

「寝過ごしちゃって...ごめん。

待たせたね」

 

「せんせ...来ちゃいました」

 

「ほんとにごめんね」

 

この照れ笑いで、「指導員と教習生の壁が消えた」と、2人とも同じことを感じていたのだ。

 

 

「せんせはお腹空いてますか?」と、ユノは買い物袋を持ち上げて見せた。

「いや...それほど」

 

つい正直に答えてしまったチャンミンに、「空いてませんか、そうですか...」とユノはがっかり肩を落とした。

 

ユノから、誘って欲しいるオーラが出ている。

 

(教習生を部屋に上げる。

連絡先の交換よりも罪が重い!

ルールは守るべきものだ)

 

チャンミンは迷った。

 

(どうしたらいいのだろう)

 

断られる確率40%と覚悟していたユノは、ため息混じりに「ですよね」と言った。

 

ユノは思う。

 

(後先考えず、せんせんちに押しかけてしまったけど、せんせの立場で生徒を部屋に招くなんてもってのほか。

浅はかな俺は子供だな。

せんせ、困ってる。

でも!

せんせの判断に任せていたら、前進しない!

俺が卒業した後も繋がりが持てる種を撒いておかないと!)

 

「あの~、せんせ」

 

ユノは胸の高さの挙手をした。

 

「ルールは破るためにあるのではないでしょうか?」

 

「え?」

 

「せんせ、迷っているでしょう?

俺を家にあげていいかどうか...めちゃめちゃ迷ってるでしょ?」

 

「......(ドキ)」

 

「電話番号もダメだったのにね。

俺が押しかけてきちゃって、せんせ、困ってますよね?

バレたらヤバいことになっちゃうんですよね?

ニュースで聞くじゃないですか、教え子に手を出した教師の話です。

生徒から誘っておいて、教師をその気にさせてそういう関係に持ち込むんです。

そのうち交際してたのがバレてしまって大騒ぎになっちゃう事件です。

そうなるんじゃないか...せんせは恐れている」

 

(ユノの言う通りだ)

 

(僕が怖がっているのは、ルールを破ることじゃない。

交際に至ったあと、『いつ』その恋人が自分に愛想を尽かすのか。

相手がノンケだった場合、『いつ』女子のもとへ戻ってしまうのか。

これが怖いんだ)

 

規則で禁止されているだけが理由じゃないのに、そう言い訳して心にセーブをかけていた。

 

(怖い...でも、進みたい。

プライベートで会いたい...教習車の中ではなくて。

恋をしたい...とっくに恋をしているけれど。

今、ユノが目の前にいる...突っぱねて彼を帰してしまっていいのか!)

 

「俺、口にチャックしてます。

絶対に内緒にしますし、もうすぐ卒業するし...。

卒業してしまえば、先生とか生徒とか関係なくなります」

 

「そうだね...もうすぐ、だね」

 

チャンミンはユノの手から買い物袋を引き取った。

 

「うちに来ますか?」

 

「!!」

 

「僕の部屋でこれ、食べましょうか?」

 

「いいんすか!?」

 

「そのつもりで来たんでしょう?」

 

「そうですけど...いいんすか?

俺、教習生っすよ?

いいんすか?」

 

ユノは嬉しさのあまり、チャンミンの周りをじゃれつく犬のように、くるくる回った。

 

「自分で言ったんでしょう、ルールを破れって。

よく考えたら、男同士だから噂をたてられる心配はないですからね」

 

「あー、そうすね!

せんせも俺も男じゃん。

何を心配してたんでしょうね、はははは」

 

2人はエレベータに乗り込んだ。

 

「同棲してるみたいですね。

ね、せんせ?」

 

「な、なんてこと言うんですか!

せ、生徒と同棲だなんて」

 

「あら...。

せんせ、リアルに想像しちゃいましたか?」

 

エレベータは6階に到着した。

 

(つづく)

 

(30)チャンミンせんせ!

 

 

 

例のコンビニエンスストアでかれこれ30分。

 

(遅いな...)

 

店内の掛け時計を見上げると、あと15分で日付が変わろうとしていた。

 

23時15分に店に到着したユノは、既にチャンミンが待っているかと期待していた。

 

(自動車学校を出てからの数時間、ユノは一度家に帰り、仮眠をとってエナジーチャージしたのち、ここに馳せ参じたのだ)

 

(遠回しの俺の誘い。

せんせに伝わったと思ったのになぁ...)

 

ファッションに気を遣う系男子であるユノなのに、この夏の注目アイテム紹介など「それどころじゃないんだよ!」...状態だった。

 

雑誌を立ち読みしているフリも、そろそろ限界だった。

 

幸いなことに、ヤル気のない深夜バイトは、買う気のない雑誌を幾冊も立ち読みするユノを放置していた(下手にヤル気を出して注意した結果、ボコられたりしたら困る)

 

(このまま待つのはシンドイ。

待ちきれない)

 

チャンミンに会えるかもしれないワクワク感、もしかして来てくれないのではと恐れる不安感...これらを維持し続けることがしんどくなってきたのだ。

 

(せんせに会いに行こう!)

 

ユノは決意した。

 

長居したお詫びに雑誌ラックから1冊、書籍棚から1冊、迷った末成人雑誌を1冊手に取った。

 

それらと、ジュースとお茶、おにぎりとサンドイッチ、さらにフランクフルトとアメリカンドッグも合わせて会計した。

 

(夜食を買いにくる、って言ってたから、これくらいあれば足りるかな)

 

会計を済ませると、店前に停めていた自転車のハンドルに買い物袋を引っかけた。

 

食糧で詰まった袋は重く、ハンドルのバランスがとりづらいため、マンションまで自転車をひいていくことにした。

 

これからのことを想像してにやけてしまっても、恥ずかしがる必要はない。

 

この通りは繁華街からも幹線道路からも遠く、通行人はユノだけだった。

 

ユノの首筋を撫ぜる生温い風は、天候が崩れる兆しだ。

 

ユノはこんこんと、もの思いにふけっていた。

 

(せんせんちでこれを一緒に食べられたらいいなぁ。

せんせは俺のこと、部屋にあげてくれるかなぁ。

先走り過ぎ?

期待していいと思う。

せんせは俺に無関心ではないはずだ。

『その根拠は?』と問われたら、うまく説明はできないけどさ)

 

この道は何度も通った。

 

見上げるだけだったあの建物に入ることを許される自分!

 

チャンミンの住まいを知っている件については、適当に言い訳すればいい、とユノは高をくくっていた。

 

例えば『ちょうどコンビニに行く途中だったんすよ。へ~、せんせんちってここなんすか』という具合に。

 

ユノは今コンビニからマンションへ向かっているため、「コンビニに向かう途中」の説明はおかしいことに、彼は気づいていない。

 

その辺りのつじつま合わせも、ユノなら笑って誤魔化せそうであるし、チャンミンの方も騙されてくれそうだが...どうなるだろうか。

 

(いいさ、せんせが俺のことを可愛い教習生程度でしか見ていなかったとしても、これから猛プッシュをかければいいことさ。

『好き』の気持ちと、『せんせを大事にする』の意志をたっぷり見せれば、せんせは振り向いてくれる。

その気がなくても、拒絶まではしないと思う。

せんせは男が好きだ。

男の俺がせんせのことを好きだと言っているんだから。

男が男を好きになるってのは、レアケースなんだし。

せんせは喜んでくれるはずだ)

 

...このユノの考え方については、後日まるちゃんから苦言を呈される。

 

 

 

 

マンションに帰宅したチャンミンが真っ先にしたことは、シャワーを浴びることだった。

 

この後、ユノと会う予定(それは、暗黙の約束だ)

 

生温い空気で、夜になってもじとりと汗ばんでいたから余計にだ。

 

汗を洗い流してさっぱりし、髪を乾かしながら何を着ようか考えていた。

 

(前みたいにTシャツ、ハーフパンツ、サンダルの方が普通っぽくていいかな。

夜食を買いに来ただけよって感じが出るから。

でも、その恰好じゃラフすぎるな)

 

歯磨きも済ませると、チャンミンはクローゼットの戸を開け放った。

 

ユノと落ち合った時のシーンを思い浮かべてみる。

 

(外出用のTシャツに、ハーフパンツだったらもっとパリッとした物がいい。

このパンツに合わせるなら、あの革のサンダルがいいな。

それじゃあ、深夜のコンビニファッションにしては、カチッとし過ぎてる。

う~ん、このチノパンならスニーカーを合わせられるし。

いや、デニムパンツの方がラフっぽいかな。

足元はビーチサンダル?

こんな気持ち...久しぶりだ)

 

前の恋では、半同棲状態になっていたこともあり、2人とも部屋着でだらだらと、ケジメがなく、小綺麗な恰好で外出から遠ざかっていた。

 

(前の恋など忘れろ!)

 

迷った挙句、Tシャツ(まだ新しい)とハーフパンツ、サンダルに決定した。

 

(ふうぅ...コンビニごときで疲れちゃった...)

 

コンビニエンスストアへ向かうまで、まだ1時間ある。

 

ソファに横になり、目を閉じた。

 

(ユノには悪いことをした。

『教えられない』と拒んでしまった。

今の関係じゃ、それは出来ないことを遠回しに伝えたつもりだけど...分かりにくかったかも。

今夜、誤解を解いてあげよう)

 

『早く、楽にしてあげろよ』

 

チャンミンはKの言葉を思い出した。

 

 

ユノに立て替えてもらったコンビニエンスストアでの会計も、まだ返していない。

 

高速実習の日、ユノと個別に話をする機会が訪れなかった。

 

ユノは女子教習生(Qのこと)に対するチャンミンの声が優しかったことに嫉妬して、チャンミンに声をかけなかった。

 

そして、チャンミンもユノが機嫌を損ねていることを察していて、声をかけづらかった(自身の言動がユノの機嫌を損ねてしまったと思うあたりが、チャンミンの自惚れである)

 

ユノへの指導の仕方が、やや冷淡気味であることを、チャンミンはちゃんと自覚していたのである。

 

(唯一、優しく熱心に接しられたのは、手と手を重ね太ももに触れたクラッチタイミング練習の時だったなぁ。

あれからのユノは上手くなってしまって。

まだまだ下手で危なっかしくて補修教習は必須だけど、断然マシになった。

上手く出来た時は沢山褒めているつもりだけど、それ以外では素っ気なかったかもしれない)

 

『教習生によって指導の仕方に差をつけないこと」

 

ずっと心がけてきたマイルールが、ユノを前に崩れてしまった。

 

チャンミンは女子教習生だからと、基本的に態度は変えないし、ドギマギと緊張もしない。

 

高速実習の日、『女子だから優しいんだ』とユノは嫉妬していたが、あれがチャンミンの通常モード。

 

つまり、チャンミンはユノのことを最初から意識していたせいで、ツンデレな態度をとっていた...それだけの話だ。

 

後日の教習時、ユノは何事もなかったようにケロリとしており、チャンミンは胸をなでおろした。

 

そしてその後、連絡先を教えて欲しいと、ユノから素敵なお願い事をされた。

 

驚くと同時にユノの積極性に感謝していた。

 

自分からは絶対に、口に出来ない台詞だった。

 

いざ、具体的な積極性を見せられると、その反応に困惑した。

 

(教習車の中じゃなければ...。

ユノが教習生じゃなければ...。

ユノが卒業したら...)

 

チャンミンはここで初めて、ユノが卒業した後...つまり、自動車学校に通う必要がなった以降のことに考えが及んだ。

 

『捕まえてもいないうちから、離れてしまう心配をするなって』

 

Kの言葉を思い出した。

 

チャンミンはガバッと起き上がった。

 

(そうだよ!

今のうちに捕まえておかないと、ユノと会えなくなる。

これからも会える口実を作っておかないと!)

 

「?」

 

チャンミンは何かを感じた。

 

「!!」

 

裸足のままベランダに出た。

 

まさかと思いながら、手すりの下を覗き込んだ。

 

「ユノ!?」

 

思わず声が出ていた。

 

「どうして?」

 

ポケットに突っ込んでいたスマホを見て、飛び上がった。

 

「しまった!」

 

考え事をしているうちに、待ち合わせ時間をとうに過ぎていることに。

 

 

(つづく)

 

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(30)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「せんせ!

なにすっ...!

 

ユノは両手を突っ張って、ぐいぐいと攻めてくるチャンミンの頭を退けようとした。

 

「......」

 

チャンミンはユノの抵抗の手を振り払いながら攻めてくる。

 

何が引き金となって、チャンミンを無害なヒツジから獰猛なオオカミへと変身させてしまったのだろう?

 

さっぱり分からなかった。

 

(せんせ!

どうしちゃったんだよ!

押し倒すは、パンツを脱がすは...フ〇ラ〇オしようとしてるし!)

 

チャンミンは、まさにユノのアレを口に含もうとしていた。

 

チャンミンの欲のスイッチはONになっていたが、ユノのそれはOFFのままだ。

 

「『今』っすか!?」

 

「はい。

『今』です。

何度も訊かないでください」

 

「いやっ...でも...心の準備が」

 

「僕らの場合、準備なんかしていたら、いつまで経っても『ひとつ』になれません」

 

ユノの両腿の間から頭を覗かせ、チャンミンはそう言い切った。

 

(...確かに)

 

本来、オトコにとって願ったり叶ったりの展開だが、これまでのチャンミンと今とのギャップが大き過ぎて、直ぐにスイッチを切り替えられずにいるユノだった。

 

大好きなはずなのに、恋人関係のメインディッシュを目前にして怖気付いている自分が情けなかった。

 

「せめてシャワーを浴びさせてください!

お願いします!」

 

「...分かりました」

 

チャンミンは押さえつけていたユノの両腿を解放し、引っ張りだしていたユノのものを下着の中に収めてやった。

 

「すんません!

風呂を借ります!」

 

ユノは引き下ろされたズボンのファスナーをそのままに、浴室へと駆けていった。

 

 

この日のチャンミンは、平常モードの彼ではなかった。

 

大好きな年下の彼氏に乱暴を働きかけたことを、恥じていなかった。

 

これが本来のチャンミンの姿だったのだ。

 

 

(俺...やっぱり駄目なんだな)

 

水圧を強めにしたシャワーが、ユノの肩と背中を叩いている。

 

(せんせのこと大好きなのに...)

 

ユノは「おい。やっぱり無理なのか?」と、うな垂れたままのそれに話しかけた。

 

(大丈夫だ。

少しびっくりしただけだ。

せんせがリードしてくれるし)

 

手の平で泡立てたボディソープを、全身くまなく滑らせた。

 

(何、童貞みたいなダサいこと言ってんだ?

引き気味でいたら、せんせを傷つけてしまうんだぞ?

大丈夫だ!

本番になったら何とかなるはずだ!)

 

気持ちを固めたユノが次に悩んだのが、シャワーを浴びた後、服を着るべきか否かだった。

 

(俺の後にせんせもシャワーするだろうから、裸でいるのはマヌケだよなぁ)

 

レバーをひねり、シャワーを止めた。

 

 

(俺のパンツがない!)

 

脱衣所に脱ぎ捨てたTシャツもズボンも下着も何もかもが消えていた。

 

チャンミンがまとめて全部、洗濯機に入れてしまったようだ。

 

ユノは仕方なく、用意されていたバスタオルを腰に巻いた。

 

「ユノさん。

お風呂、終わりましたか?」

 

「!」

 

ノックも無しにズカズカと、チャンミンが脱衣所へ顔を出した。

 

「はい!

いい湯でした」

 

「よかったです」

 

チャンミンはにっこり笑うと、ユノの頬にキスを落とした。

 

(せんせが...いつものせんせじゃない...!)

 

「僕もシャワーを浴びますね」

 

「はい、せんせ」

 

チャンミンは、ユノの額にもうひとつキスすると、服を脱ぎだした。

 

ユノの目前にさらされたチャンミンの裸の背中!

 

ユノはその場から身動きできずにいた。

 

前作でも触れたが、チャンミンは容姿が優れた32歳男性だ。

(生真面目な性格と朴訥な雰囲気が煙幕となって、その気で見ないと実はいい男なのだと気付かれにくい。

教習にも慣れて退屈してきた頃になって、女子教習生たちが気づく。

黄色いひそひそ声など意にも介さず、チャンミンは彼女たちの前を猫背で通り過ぎるのだ。

...なぜなら、チャンミンはゲイだから)

 

中年にさしかかった運動不足の身体であったが、無駄なゴツさがないおかげで拒否感が起きにくいのでは?、といった心配は無用だった。

 

ユノの目には、なまめかしく映っていた

 

(せんせ...)

 

小ぶりのお尻も細いウエストも全部、色っぽい。

 

大好きフィルターがそうさせていたのだろう。

 

ユノの身体からしたたり落ちた水滴が、脱衣所の白い床に水たまりを作っていた。

 

熱い視線に気づいたチャンミンは後ろを振り返り、「そんなに見ないでください」と照れ臭そうに言った。

 

「せんせの裸...初めて見るっす」

 

「僕も、ユノさんの服を着ていないところを初めて見ました」

 

チャンミン側も、初めて半裸のユノを目にしてバクバクと胸を高鳴らせていたのだ

 

やはり反応してしまったそこを、手にしたタオルで覆い隠した。

 

(小1時間内に、僕はユノとひとつになる。

教師と元教え子。

おままごとみたいな、幼く清い恋はもう終わりだ)

 

「寝室で待っていてください」

 

「は...はい、せんせ」

 

ユノは脱衣所を出て行った

 

もちろんチャンミンの視線は、ドアが閉まるギリギリまで、ユノの隆起したお尻に吸い寄せられていた。

 

 

設定温度24℃に冷房をきかせた寝室は、快適そのものだった。

 

(せんせの寝室も初めてだ)

 

ユノはベッドに腰掛け、キョロキョロと寝室内を見回した。

 

家具といえば、中央にセミダブルサイズのベッドが、その横にサイドテーブル代わりのローチェストが配置されただけで、衣服や季節外れのものなどは、壁一面のクローゼット内に収められているらしい。

 

カーテンが引かれた掃き出し窓の向こうは、リビングに繋がるベランダになっている。

 

ファブリックの色柄や家具のデザインを見る限り、がちがちにインテリアに凝っている風ではなさそうで、おかげでアットホームな雰囲気を醸し出している。

 

ユノは夏掛け布団に鼻を寄せた。

 

(すんすん。

せんせの匂いがする)

 

ユノはベッド下を覗き込んだ。

 

(このベッドでせんせがいろんなことを...!

お決まりのエッチぃ本は...。

...なかった。

つまんね~)

 

次に、ユノは枕をひっくり返してみた。

 

(ゴムも無し。

せんせはどこに用意してるんだろ?

俺だったら...)

 

ユノはローチェストの一番上の引き出しに注目した。

 

「おそらくあの引き出しの中かな」と、引き出しの取っ手に伸ばしかけた手を、寸でで止めた。

 

(こういう行為はNGだ)

 

頭を振り振りユノは寝室を出ると、脱衣所のドアに耳をくっつけた。

 

シャワーの音が聞こえる。

 

チャンミンが浴室に消えてから15分が経過していたが、もうしばらく時間がかかりそうだった。

 

 

(つづく)

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