(15)チャンミンせんせ!

 

 

実は、ユノが2回目の仮免実車試験不合格したタイミングで、チャンミンは提案したのだ。

 

「オートマチック限定にしませんか?」と。

 

「絶対に嫌です」とユノは断固拒否した。

 

「どうしてですか?

オートマにすれば、運転が楽になりますよ?

最近はほとんどがオートマ車ですよ?

ギアだのクラッチだのに、気を取られなくて済みますよ?」

 

(せんせはマニュアル車を運転できるのに、俺はオートマ限定だなんて、カッコ悪い。

せんせの車がマニュアル車だったらどうするんだ?

疲れたせんせの代わりに運転してあげることができないじゃん)

 

「どれだけ時間がかかっても、俺はマニュアル車で頑張ります」

 

そこまで言われたらチャンミンは無理強いはできなくなり、免許取得までの道のりを遠さを想像すると、胃が痛むのであった。

 

 

チャンミンのボディタッチ教習で、ユノの運転テクニックは飛躍的にアップした。

 

「エンジン音に耳をすませて...はい、今」

 

チャンミンはユノの手を包み込んだ状態で、ギアをサードからトップへ切り替えた。

 

「うまいうまい」

 

「そうっすか?」

 

ユノがチャンミンの手の平の温もりと重みを味わっていると、「ハンドルに戻す!」と、握られた手をハンドルへと誘導された。

 

逆に、「ギアを変えて!」とハンドルからギアへと、左手を引きずり下ろされることもある。

 

意外なことに、もっと触れて欲しくて下手なフリをするよりも、上手になって褒められる方をユノは選択した。

 

(俺は男だ。

せんせにいつまでもカッコ悪いところを見せたくない。

いいところを見せたい!)

 

はた目には、芸を覚える度にご主人から褒め倒されて尻尾を振る大型犬...のように見えた。

 

好きな人から手を握られっぱなしで、教習どころじゃなくなる予想に反して、不思議なことにユノはテンパることなく、逆に集中力を高めていった。

 

褒められたい一心だ。

 

「OK。

うまいうまい!

はい、クラッチを離して...」

 

素早く足を上げようとするユノの膝を、ぐっと押さえる。

 

「ゆっくり...ギアの抵抗を足で感じて...。

なめらかに~すべらかに、サードからトップへ繋いであげて~...うまいうまい!」

 

(せんせの手の平...汗でびちょびちょだ。

俺の運転が怖いから?

それとも、俺と手を握ってるから?

せんせは男だけど、全然気持ち悪くないぞ。

まるちゃんに手を握られたら、『キモい』って、張り倒してやるのになぁ。

不思議だ。

そうか、せんせは男と手を繋ぐことくらい、朝飯前なんだ。

あんなこともこんなことも、男の恋人にできちゃう人なんだ。

すげぇなぁ。

せんせは俺とあれこれできるってわけかぁ...すげぇなぁ)

 

ユノの妄想が暴走している間、チャンミンの欲情も暴走していた。

 

指導員としての目ではなく、男の目でユノを見てしまった。

 

トレーナーの袖口からのぞく大きな手。

 

つるん、と整った顔立ちに、血管の浮いたごつい手がアンバランスで、そこに色気を感じてしまう。

 

(ユノは女子が好きな男だ。

今まで何人の女子をその大きな手で可愛がっただろうか?

女子はユノよりも身体が小さくて...)

 

チャンミンの視点は、ユノの手から腕、肩へと移動した。

 

(肩幅広い...骨と筋肉をつかんで確かめてみたい)

 

次に、胸へ移動した。

 

(抱きしめられたい...。

胸筋の弾力を楽しみ、ユノの背中に腕をまわしたい)

 

ついに視線は、贅肉のかけらもない下腹に移った。

 

チャンミンのムスコがむくり、と反応し出した。

 

(...う)

 

「せんせー、今のいい感じじゃないっすか?」

 

ユノはチャンミンのみだらな視線に全く気付いていない。

 

(欲求不満だからって...。

ユノから目が離せないのは、彼の若い身体目当てなのだろうか?

いや...違う、そんなんじゃない。

もしそうなら、ユノに失礼だろう)

 

このように、二人とも教習内容とはかけ離れたことを考えていたのであった。

 

「せんせ。

せんせ、ってば!

いつまでぐるぐる回っているんすか?

坂道発進とか、S字とか練習しなくていいんすか?」

 

「!!」

 

ユノに話しかけられて、チャンミンははっと我に返った。

 

「そうだね。

前はS字で脱輪したんだったね」

 

二人の乗った教習車は周回コースを外れ、狭路走行練習に移った。

 

「緊張します...」

 

「僕も緊張します」

 

「せんせって、さりげなく毒を織り交ぜてきますよね?

緊張してると聞かされたら、余計に緊張しますよ」

 

「じゃあ安心できる運転を目指しましょうね」

 

「は~い」

 

のろのろ走行はクラッチ操作中心になる。

 

「セカンドで侵入したら...はい、ファーストに落として...。

ギアから手を離して大丈夫です。

ハンドルはそのままで...そのままで...。

クラッチを戻しましょうか。

膝の力だけ抜く感じです...そうそう。

これが半クラッチです、音が変わったでしょう?

うまいうまい。

ほらね、ブレーキ無しでいけるでしょ?」

 

運転することに全集中のユノは、太ももに置かれたチャンミンの手から恋のドキドキを感じる余裕はなかった。

 

かっこいい姿をチャンミンに見せたいのだ。

 

ユノにとってチャンミンは、自分と同性の『男』

 

好きな人に触られて嬉しいけれど、触られて感じてしまうところまでは達していない。

 

太ももの筋肉の弾力や温かさ、太ももに繋がる箇所への邪念を持っていたのはチャンミンの方だった。

 

「ウィンカーを出して...。

あともうちょい...焦らないで...。

いいですよ、いい感じ。

左右を確認して...」

 

「やった!」

 

難所を抜けて、二人はほうっと息をつき、顔を見合わせて笑顔になった。

 

 

「ユノさん、明日の仮免頑張ってください」

 

試験前の最後の補修教習後、チャンミンはインクが滲むほど力強く、教習簿にスタンプを押した。

 

「落ち着いて運転すれば大丈夫。

今のユノさんならいけます」

 

「はい、頑張ります」

 

指導という名のもとに、チャンミン指導員は気になる教習生の手や足を触りまくっていた(訴えられたら、免職ものだ)

 

教習生ごとに熱意の差があってはいけないが、チャンミンの中でユノはVIPクラスだった。

 

下心は全くなかった、とは言えない。

 

重ねた手を通して、自身が持つ運転スキルをユノに伝えたい一心から思いついたスキンシップ教習だ。

 

そのため、不純な動機を持って臨んだわけではないと、断っておく。

 

 

上達してしまったことにちょっぴり寂しい思いをしていたのは、チャンミンの方だった。

 

3回目の仮免実車試験で、ユノは見事合格した。

 

実車試験は方向指示器のタイミングやバックミラーの目視確認漏れ、蛇行運転等の減点方式で、100点満点で70点以上合格。

 

信号無視、一時停止無視、脱輪等は、即不合格だ(ユノは2度ともこれで不合格になっていた)

 

指導員は試験の採点表を見ることができる。

 

ユノは70点...ギリギリ合格だった。

 

 

ユノは合格の喜びを分かち合いたくて、試験終了後も学校にとどまってチャンミンを待っていた。

 

ところが休憩時間になってもチャンミンの車は戻ってこないため、「チャンミンせんせは?」とEさんに尋ねると、あと2時間は戻らないとの回答だった。

 

チャンミンは他の教習生たちと、3時間にわたる高速実習(高速道路走行実習)に出掛けていたのだ。

 

ユノの心境は「面白くない」だった。

 

(...でも、せんせの生徒は、俺だけじゃないんだよなぁ。

せんせは俺だけのせんせでいて欲しいのになぁ)

 

しゅんとしたユノは仕方なく、チャンミンが戻ってくるまで学科教習の予習でもすることにした。

 

「ユノ!」

 

久しぶりに通学してきたQと、待合室でばったり対面してしまった。

 

Qはユノと知り合うきっかけになったバイト先を既に辞めており、学校は同じだったが学年も学部も異なっていた。

 

ユノとなんとか接点を持とうと、せっかく同じ自動車学校を選択したのに、Qはそこから足が遠のいていた。

 

ユノはバイトだ学校だ自動車学校だと忙しく、Qからの電話は短時間で終了、メールの返答も簡潔で、知らず知らずのうちにQを放置していたことになる。

 

Qは陰ながらユノに振り向いてもらえない切なさと、自動車学校に通いづらくなっている件で落ち込んでいたのだ。

 

「ユノ、あのね!」

 

ユノはQから、担当指導員の厳しさに音を上げそうになっていると打ち明けられた。

 

Qの元気のなさがとても心配で、知らんぷりできなくなったユノは、彼女の話をきいてあげることとなった。

 

タイミングの悪いことに、教習を終えたチャンミンがその場面を目撃してしまったのだ。

 

チャンミンの胸が、むっと嫌な感覚に襲われた。

 

二人が似合い過ぎた。

 

自分を慕ってくれてはいても、年上の同性に憧れているだけに過ぎないんだ、と言い聞かせた。

 

(なんだよ...。

『せんせ、せんせ』って懐いてくるくせに...彼女がいるくせに。

僕をからかっているのではないってことは分かってるよ。

でもさ、誤解しちゃうじゃないか。

本気に受け取ってしまいそうになるじゃないか)

 

 

(つづく)

 

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(14)チャンミンせんせ!

 

 

(いっぱいいっぱいになっている。

これ以上は可哀想だ)

 

必死の形相のユノに、チャンミンは「休みましょうか」と、周回コース脇の空きスペースを指さした。

 

「あそこに車を止めましょう」

 

「はい!」

 

チャンミンは思う。

 

(身のこなしも軽快で、いい身体をしているのに、なぜ車の運転が下手なんだろう?)

 

チャンミンは、全身ガチガチに力を入れてハンドルを握るユノを、頭の先から膝下まで眺めた。

 

(僕の言い方がキツイのかもしれない。

直さないと)

 

チャンミンは自身の指導方法について反省し、きりきり痛む胃のあたりを撫ぜた。

 

上達の兆しがないのは、運転センスの無さのせいだけではなく、自分の教え方が悪いせいなのでは?と、指導員としての自信も失いつつあった。

 

「ユノが酷いせいでチャンミン先生が可哀想」と思われるだろうが、いばらの道を選択したのはチャンミンだったのだ。

 

自分では手に負えないと、先輩指導員にバトンタッチすればよかったのに、今もユノの隣で指導をしている。

 

実は先輩指導員から何度か「私が引き取りましょうか?」と打診があったのだ。

 

ところがそれを、チャンミンは断った。

 

「僕が責任をもって、彼を無事卒業させてみます」と、言い切ったのだ。

 

同僚Kに愚痴りながらも、胃薬が欠かせなくなっても、ユノの担当指導員でい続けたかった。

 

他の指導員にユノを渡してたまるか、と。

 

指導スキルの低さに自信を無くしたり、態度の悪い教習生の指導で不快な思いをしたり、恋人の不在を実感して猛烈な寂しさを覚え、自慰にふけってみても物足りず、セフレもおらず、いっそのこと売りを買おうかと迷ってみたり。

 

それは余計に虚しくなるよなと、買ったばかりの1人焚火台にくしゃくしゃに丸めた紙を燃やしてみたけれど、炎を目にして怖くなり、飲みかけのビールをかけて消したり。

 

洗濯物を干す際、プランターの植物が枯れかけていていることに気づいてショックを受けたり。

 

(実はその時、マンションを見上げるユノがいたが、チャンミンはそこにしゃがみ、「ごめんな」と植物に話しかけていたので、ユノは気づかれずにすんだり)

 

...寂しいと虚しい、情けないの感情のカクテルで泣きだしたいのに、不良教習生ユノにしがみついているワケ。

 

車の装備品の説明中に、サイドブレーキの引き忘れで、ひとりでに動き出した教習車にひき殺されそうになっても、ユノを見限らなかったワケ。

 

ユノの側にいたいのだ。

 

『好き』で溢れているユノの眼差しと、「チャンミンせんせ!」の明るい呼び声で、チャンミンの曇った心は晴れるのだ。

 

すぐに曇ってしまったとしても、ユノの教習時間の度に、リフレッシュされるチャンミン。

 

教習中はドキドキとイライラに満ちているが、帰宅時の車内で「ああ、面白かった」と振り返られる。

 

(僕は、ユノの教習を楽しみにしている。

ユノに会いたい。

僕はユノのことを...)

 

チャンミンは「......」の後を言葉にすることができない。

 

気持ちを認めてしまったら、ユノとの恋はいばらの道になりそうだからだ。

 

せっかくユノが好き好き光線を惜しげなく発射しているのだから、それを素直に受け取ればいいのに、と思われるだろう。

 

チャンミンは怖かった。

 

重い恋をしがちな恋愛依存体質の自分。

 

恋が始まったら、大変なことになりそうだ...と怖かったのだ。

 

(チャンミンの心配は先走っている)

 

責任をもってユノを卒業させる義務と挑戦、ユノへの想い、指導員としての自信喪失...今日もチャンミンはザワザワ悶々とした感情を抱えて、助手席に座っている。

 

同僚Kは、こんなチャンミンを放置はせず、「周回コースを回れるようになるまで3時間かかった子が、仮免試験を受けられるようになるまで指導したのはチャンミンだ。ここまでよく頑張ったよ」...と、常々フォローしてあげている。

 

それを素直に受け取らないのが、チャンミンなのだ。

 

 

「ブレーキを踏んで...次にクラッチを踏んで...」

 

空きスペースに車を停めるよう、できるだけ優しい声音でユノに指示する。

 

「クラッチから足は離さないで...そうそう。

うまいうまい」

 

前方につんのめってしまう停車の仕方が常なのが、今回は滑らかに停止することができた。

 

(ユノは褒めて伸びるタイプなのかもしれない。

今さら気付くなんて...遅すぎ。

いつも注意ばかりしていたかもしれない。

今度から気を付けよう)

 

「すみません!

俺っ...うまくできなくて...乱暴になってしまって。

やっぱ、初めてだし。

慣れてないし。

回数をこなせばうまくなるものですか?」

 

ユノは情けない顔をチャンミンに見せたくなくて、うつむいたまま一気にまくし立てた。

(違う意味に聞こえてしまう台詞だが、今は教習時間中で、ユノは真面目だ)

 

「優しく(操作)したいのに、焦っちゃって。

順番とか忘れちゃって、(ギアを)いきなりいれちゃったり、さっきだって(前を走る教習車に)カマほりそうになったり。

せんせもガチガチになってるし...俺...申し訳なくって」

 

「ユノさん、落ち着いて」

 

ユノの呼吸は荒く、はあはあと肩で息をしていた。

 

「はい、深呼吸。

吸って~、吐いて~。

吸って~、吐いて~」

 

チャンミンに合わせて、ユノは呼吸を整えた。

 

(俺ってカッコ悪い。

せんせといられるのは嬉しいけど、カッコ悪すぎ)

 

ユノは感情豊かな男だ。

 

みるみるうちに涙がこみあげてくる。

 

「...っく...くっ...っ」

 

「えっ、えっ!?

嘘!

ユノさん、泣いてるの!?」

 

「っく...くっ...うっ...」

 

「ユノさん!?」

 

ユノの嗚咽に、チャンミンは大慌てだ。

 

「俺...ダメっす。

退学ものです」

 

ぐすん、と泣きべそ顔の上目遣いに、チャンミンの胸はきゅん、としなった。

 

(か、可愛い...。

...と、萌えている場合じゃない)

 

「ユノさんは頑張ってます。

学科試験は一発合格、模擬テストも満点です。

遅刻はしないし、真面目で素直な生徒です。

退学なんてさせません。

僕がユノさんを卒業まで導いてあげます!」

 

ここでぎゅっと、ユノの手を握りたいところだったが、「セクハラ」の言葉がチラついた。

 

「せんせ...

いいんですか?

俺、滅茶苦茶下手くそですよ?」

 

「知ってます」

 

チャンミンのちょっぴり毒のある回答に、ユノはきゅん、としてしまう。

 

「俺の担当になって後悔しているんじゃないすか?」

 

「不出来な子ほど可愛いものです」

 

「可愛い、っすか?

やだなぁせんせ、俺、男っすよ」

 

この頃にはユノの涙は止まっていて、もう笑顔になっていた。

 

その笑顔を見てチャンミンは腹をくくった。

 

(次の仮免でユノを合格させてやるぞ。

次は無理でも、次の次で絶対に合格させてやるぞ)

 

「ユノさんはシフトレバーとクラッチペダルのタイミングがいい加減なんです。

それを今から矯正します!」

 

チャンミンの口調がびしっとしたものに変わった。

 

「は、はい...」

 

「手を触りますけど、いいですか?(指導法のひとつですからね)

こんな風に...」

 

チャンミンの手が、ユノの左手の甲に重なった。

 

(きゃっ!)

 

「それから...クラッチペダルを踏んだり離したりするタイミングで腿を叩きます。

こんな感じに(セクハラじゃないですよ?)」

 

タイトなボトムスを穿いているため、ぱん、と張ったユノの太ももを軽く叩いた。

 

「はい!

(大歓迎です!

もっと触ってください!)」

 

ユノの表情は、ぱあぁぁぁっと輝き、その眩しさといったら。

 

(大きい...)

 

どうしても、ユノの股間に視線がいってしまうチャンミンだった。

 

「他の教習生の方にはやっていないことなので、ユノさん限定です。

ですから、内緒にしておいてください。

しー、ですよ?」

 

「俺とせんせのひ、み、つっすね」

 

チャンミンに触れて欲しくて、操作ミスをわざとしてしまうかどうかは...現時点では分からない。

 

 

(つづく)

 

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(13)チャンミンせんせ!

 

 

「また『あの』教習生か?」

 

昼休憩時間、ため息をついてデスクに伏せるチャンミンに、同僚Kは声をかけた。

 

「ああ」

 

「今日は何をやらかした?」

 

「交通事故を起こすところだった...って、場内で交通事故もないのだけどさ」

 

『あの』教習生とはご存知、ユノのことである。

 

不良教習生なユノのせいで、チャンミンはここ2週間の間、ため息ばかりついていた。

 

ため息1つで1歳老けるとしたら、チャンミンはわずか1週間で100を超えた老爺になっていただろう。

 

「上達云々の前に、そもそも運転センスがないのかもしれない...」

 

「センスとなると絶望的だね。

特訓である程度マシになるかもしれないが...。

となると、どんだけ補習がいるんだ?ってなるなぁ」

 

この日チャンミンは、ユノの補習教習の5時間目を終えたところだった。

 

指導員のデスクが並ぶ教員室と受付カウンターは繋がっている。

 

休憩時間のカウンターの向こうは騒がしく、受付兼事務員Eさんがキャンセル枠があると、校内放送をかけていた。

 

指導員のほとんどは休憩室か喫煙所に居て、教員室はチャンミンたちを含めて数人もいない。

 

地元パン屋が配達してきたパンが、カウンター脇のワゴンで販売中だ。

 

Kはパンを買うと、そのうちの1つをチャンミンに渡した。

 

「チャンミン...お前、ちゃんとメシ食ってるか?

げっそりしているぞ?」

 

Kはチャンミンの正面の椅子に腰掛け、背もたれに深くもたれかかって足を組んだ。

 

悩み事は今ここで全部吐き出せ、とKの表情が言っている。

 

チャンミンは悩み過ぎてぐつぐつ煮詰まってしまうタイプだった。

 

そこでKは同僚のよしみで、時折チャンミンのガス抜きをしてやるのだ。

 

「『あの』教習生のことで悩んでるんだろ?」

 

「う~ん」

 

そうでもあるし、そればかりでもなかったため、チャンミンは返事に困った。

 

「ユノが上達しないのは自分の教え方が悪いのでは?」と思い悩んでいたのは確か。

 

でも、それ以上に正体不明のザワザワ感に悩んでいた。。

 

一つ一つ挙げてゆくと、まず失恋問題について。

 

チャンミンにマッチョ男の恋人がいることをKは知っていたが、別れたこと(フラれてしまった)は未だ話していなかった。

 

悲しさのあまり、破局を打ち明けた途端泣いてしまいそうで...では、ないのだ。

 

恋人との別れは悲しい、悲しいが、なんとなく落ち着かない気持ちでザワザワしている。

 

チャンミンは恋において依存体質だ。

 

置き逃げされた恋人の私物を一掃したことは、未練を断ち切る行為に繋がって功を奏したと言える。

 

依存相手がいなくなり、心もとなさによるザワザワなのか。

 

不良教習生ユノに振り回されていて、感情が安定しないせいでのザワザワなのか。

 

もしくは、時折どこかから視線を感じていて、そのせいで落ち着かないザワザワなのか。

(正解、実際にユノから見つめられている)

 

(ユノのキラキラな目で見つめられているからだな、きっと。

学科教習中も、僕から目を離さないんだもの。

...そのわりに、ちゃんと話は聞いているし、メモも取っているし...いつも明るい優等生だ)

 

最近ではユノの視線攻撃に慣れてきていたし、悪い気は全然しなかった。

 

ユノが眉目秀麗な青年だったからこそ許された。

(チャンミンもなんだかんだ言って、面食いだった)

 

チャンミンは、「あの目は『恋』だな」といい気になる時もあったが、相手が10歳以上年下の大学生だと思い出しては、ザワザワと落ち着かなくなった。

 

...これらいくつものザワザワ感と、指導員としての自信を失いかけたこととのWパンチで、チャンミンは食欲を失っていた。

 

「今日のユノ君はどこまで進んだ?」

 

「停滞している。

3歩進んで2歩下がる感じだったのが、最近は、1歩進んで1歩下がってる。

試験を受けさせたくても、あと一歩のところで止まっているんだ」

 

「補習代も馬鹿にならないからね。

財布がもたないって、諦めた人もいるよ」

 

「Kは免許取得を諦めさせた人って、今までにいる?」

 

「過去に1人いるねぇ。

ただ、その人は70歳のおじいさんだったからなぁ...最初から難しいだろうってご本人も認識していたんだ」

 

「うちの子は20歳の大学生...。

運転テクニックに運動神経は関係ないとは言うけれど」

 

自分で口にしておきながら、『うちの子』の言葉に、チャンミンの胸はこそばゆくなった。

 

指導員にとって、担当教習生は『我が子』なのだ。

 

「今度飲みに行こうか?

チャンミンの悩みを聞かせてもらうよ」

 

Kは何が可笑しいのか、ニヤニヤ笑っている。

 

「!」

 

チャンミンは勢いよく後ろを振り向いた。

 

気配を感じたのだ。

 

(...あれ?)

 

Eさんは休憩にいってしまい、代わりの事務員がカウンターについている。

 

その向こうはがらん、と無人で、待合室の方から大音量のTVの音が聞こえてくるだけだ。

 

危なかった。

 

チャンミンが振り返ったその瞬間、ユノはカウンター下にしゃがみこんでいた。

 

教習簿を床に落としてしまったのだ。

 

そして、教習簿を落としてしまうまで、ユノはチャンミンを見つめていた。

 

(せんせの後頭部、かわいいなぁ。

ポカン、と叩きたくなるほどかわいいなぁ。

...せんせの前にいる先公はなんだなんだ?

K先生か。

単なる仕事仲間の関係だよな?

せんせは男が好きだから、次の彼氏候補じゃないよな?

やべ、K先生と目が合った。

目を反らしたの...バレバレだったよな。

ふう。

次の教習は、模擬テストだ。

問題集を出して、テスト勉強を...バッグから出して...。

あ...教習簿が滑り...落ちた!)

 

と、落ちた教習簿を拾おうとしゃがんだのある。

 

 

チャンミンが胃薬を欠かせなくなった原因が、もうひとつあった。

 

ユノの運転だ。

 

急発進急加速、エンストと内輪差を無視した左折と脱輪は日常茶飯事。

 

坂道発進に失敗して坂を転げ落ち(チャンミンが補助ブレーキを踏んで、周回する教習車との衝突をぎりぎり免れた)、駐車練習のポールとの接触、交差点の信号無視。

 

場内コースの暴走族。

 

チャンミンの左腕はグリップを握りっぱなしで、立派な筋トレになっている。

 

脇の下は汗でぐっしょり、濃い色のシャツは着てゆけないし、匂いエチケットに気を配るようになった。

 

ユノと乗る教習車は、ジェットコースター。

 

チャイムが鳴り、教習車から降りた時のチャンミンは、体重が500g減ったかのようだった。

 

同時期に担当になった50代のご婦人は、今や卒検を間近に控えている。

 

一方ユノと言えば、今日の仮免許の実車試験に落ちた。

 

不合格はこれで2度目だった。

 

仮免に落ちた場合、最低1時間の実車教習が必須だ。

 

ユノは1時間だけじゃ足らなさそうで...。

 

 

ぎゃぎゃっと嫌な音がした。

 

「クラッチ踏んで!」

 

「はい!」

 

「次、サードに入れて」

 

教習車はがっくんと急減速し、高回転のエンジン音がうるさい。

 

「そこじゃないです!」

 

「すみません!」

 

「セカンドに入れて。

左に寄せたまま下」

 

「はい」

 

教習車はノーマル状態で、惰行している。

 

「あれ?」

 

「クラッチから足を離して」

 

シフトレバーに乗せたユノの手は震えている。

 

教習車は減速し出して、カタカタと音をたてはじめた。

 

「ノックしてるよ。

ギア変えて」

 

「どっちですか?」

 

「サードです!」

 

「下ですか?

上ですか?」

 

「上です。

力を入れず、とんとん、です」

 

「あれ?

あれ?

ギアが...入りません!」

 

これまでの教習でチャンミンは、いっそのこと手と手を重ねて、ギアのタイミングを叩きこもうかと何度思ったことか。

 

一昔前なら可能な指導方法も、今は立派なセクハラ行為。

 

したくともできないのだ。

 

ユノの内心はプチパニック。

 

(どうして俺はこうも出来ないんだ?

せんせといられて嬉しいけれど、いくらなんでも酷すぎる)

 

ことごとくうまくいかない自分が情けなくて、泣きそうだった。

 

 

(つづく)

 

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(12)チャンミンせんせ!

 

 

 

ユノの恋心は複雑なルートを経てチャンミンに向かっている。

 

チャンミンの読み通り、ユノはノンケである。

 

よくあるパターンだと、『好きになったやつがたまたま男だった』とあるが、単純にそうくくることができない。

 

愛憎ほとばしる修羅場を目撃してしまった若き青年。

 

チャンミンの顔に真っ先にひかれた。

 

「結局は顔なのか?」と思われそうだが、そもそもひとめぼれとはルックスありきのものである。

 

裏切り、自分の元を去ってゆく恋人への涙の抗議。

 

その涙の主は大人の男。

 

ぼんやりと周りに流されるように生きてきたユノは、大人でも号泣するほどの恋ができる事実に歓喜したのだ。

 

「この人と恋愛ができるのか!

彼を守ってやりたい!

彼の笑顔を見たい!

泣かせたくない!」

 

乱暴な浮気男と別れて正解、自分の方が絶対にいい恋人になってあげられる...。

 

出会って早々に一方的に、ユノはそう決意したのだ。

 

こういった思考回路の末、恋した相手が男であることに抵抗を覚えることなく、チャンミンを追うことが可能になったのだ。

 

 

さて、実地教習1日目の二人の様子を覗いてみよう。

 

学科教習を2時限分(この日は違う指導員だった)受講したユノは、階段を駆け下り、校舎を飛び出した。

 

(待ちに待った実地教習!

せんせと二人きり!)

 

その姿はさながら、休み時間にグラウンドに飛び出す小学生のようだった。

 

胸の奥からぞくぞくと沸き起こる喜びと緊張が強すぎて、はやる気持ちはとても抑えられそうにない。

 

Qは自分を置いていったユノにムッとしながら、自身の担当指導員(30代女性)の方へ向かった。

 

腕を組み仁王立ちした指導員の姿に、Qは「気が強そう...きっと、厳しいんだろうなぁ...」と気が重くなった。

 

向こうから聞こえる「よろしくお願いします」と元気いっぱいな声は、ユノだった。

 

テンション高めのユノに、指導員は困った表情をしている。

 

Qは「いいなぁ...。イケメン先生が担当なのかぁ」と、ユノを羨ましく思う。

 

そして、「男の先生なら安心。だってユノはカッコいいから」と安心もしていた。

 

その男の先生にユノが夢中になっていることを、Qは知らない。

 

 

今どきの男子大学生や男子高校生の行動は、終始だらだらとしているものだと、チャンミンは決めつけていた。

 

ところが、背筋を伸ばし深々と頭を下げたユノに、チャンミンは困ってしまった。

 

「えーっと、ユノさん」

 

「はい、せんせ」

 

対面して立つ二人、よろめいたら胸で抱きとめられそうなその距離1メートル。

 

(ちか、ち、ちかっ!)

 

チャンミンは1歩後ろに下がり、間近に迫るユノの顔面から逃げるしかなかった。

 

ここでユノをフォローしておくと、彼はチャンミンを困らせるつもりは全くない。

 

高すぎる恋のボルテージのせいで、適切な距離感が失われてしまっただけだ。

 

まじまじと、二人は互いを観察し合っていた。

 

ユノだけが一方的にチャンミンを追っていたわけではない証拠がここにある。

 

チャンミンの方こそ、初対面の瞬間、平均値をはるかに超えるユノのルックスに目がとまった。

 

キラッキラにかがやく眼、全身から放たれる好意の波に圧倒された。

 

初対面であからさまに好意をぶつけられるのは、初めての経験といってよかった。

 

なぜなら、恋愛対象が同性であるチャンミンは、周囲から気持ち悪がられることの方が多かったからだ。

 

(ユノ...綺麗な肌だなぁ。

若いって素晴らしい)

 

と、密かに感動するチャンミン。

 

(目が充血してますね。

昨夜も泣いていたのですか?)

 

と、チャンミンを心配するユノ。

「荷物は後部座席に置いてください。

 

教習簿を渡してください。

運転席に座って下さい...はい、そうです」

 

チャンミンの指示に素直に従うユノは、細身のボトムスを穿いていた。

 

チャンミンの視線は、自然とユノの下半身に吸い寄せられていた。

 

(いいお尻...)

 

「シートの位置を直して...。

膝が軽く曲がるくらいまで、下げてください。

レバーはそこです...いいえ、そこじゃなくて」

 

ユノはシートの横を探っているが、チャンミンの言うレバーの場所が分からない。

 

「せんせ、分かりません」

 

ボケているのではなく、ユノは本気でテンパっていた。

 

「どこ?

無いです!」

 

運転席のドアを開けシートの下を覗き込むユノに、チャンミンはしびれを切らせた。

 

「ここですよ」

 

チャンミンはユノの上に身を乗り出して、ユノがもたついている辺りを指さした。

 

その際に、どうしてもユノの股間に目をやってしまう。

 

(大きい...)

 

レバーが見つからなくて本気で焦っているユノは、チャンミンのエロい視線に全く気付いていない。

 

(チャンミンの元恋人が男だと知ってはいても、チャンミンの視線に性的な感情が含まれる場合があるとまでは、ユノは考えが追い付いていない)

 

「すみません!

どこ、どこですか!?」

 

「ユノさん、落ち着いて」

 

ユノの手に、金属製のものが触れた。

 

「せんせー!

ありました!」

 

ただ、それはチャンミンが指示をしていたレバーとは違った。

 

「そっちじゃなくて...あああっ!!」

 

がっこん!!

 

という音と共に、勢いよく背もたれが後ろに倒れた。

 

「!!」

「!!!」

 

同時に、ユノの上に身を乗り出していたチャンミンも、バランスを崩してしまった。

 

ユノの太ももの上に身を伏せてしまったチャンミン。

 

「......」

「......」

 

ぎりぎり股間に顔を埋めることからは、逃れられた...が...。

 

(『男同士とは言え、セクハラで訴えられる!)

 

チャンミンの背中にたらり、と冷や汗が流れた。

 

その汗がボクサーパンツを濡らした感触まで分かるほどの、大量の冷や汗だ。

 

「...チャンミンせんせ?」

 

硬直してしまったチャンミンを不審に思うどころか、具合が悪くなってしまったのかと心配するユノのなんと無防備なことよ。

 

チャンミンは、わずかであれ欲情を持ってしまった自分が情けないやら恥ずかしいやら。

 

「せんせ、顔、真っ赤っすよ」

 

「し、下を向いていたからです!

はい!

シートを前に出すのは、こっちのレバーです」

 

チャンミンはユノの太ももから身を起こすと、前髪を撫でつけた。

 

チャンミンが半身を起こした際、ふわっと香った体臭をユノはこっそり、すんすん嗅いだ。

 

(俺って変態...ぐふっ)

 

「ユノさん?

聞いてますか?」

 

「すみませーん!」

 

と、車がコースに走り出すまでに、二人は一汗かいたのである。

 

 

「ふうぅ...」

 

その日の夕刻、チャンミンは自宅へ向かう車内でため息をついた。

 

(ユノ...彼の教習はドタバタだった。

でも...楽しかったなぁ)

 

「...っと」

 

ブレーキペダルをきつく踏んだせいで、助手席の荷物のいくつかがシートから滑り落ちてしまった。

 

チャンミンがそれらに気をとられたちょうどその時、チャンミンの車の真ん前を通り過ぎる者がいた。

 

横断歩道を渡る自転車。

 

惜しい!

 

ユノの自転車だった。

 

チャンミンは気づかない。

 

チャンミンが車通勤していることも、彼の車も知らないユノは、当然気付かない。

 

ユノは日課となりつつある、チャンミンのマンションに立ち寄った帰りだったのだ。

 

 

(つづく)

 

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(11)チャンミンせんせ!

 

 

 

(自転車は軽車両。

軽車両は歩行者とは違う)

 

ぶつぶつつぶやきながら、ユノはペダルを漕いだ。

 

バイト代を注ぎこんで買ったこの自転車は、最高の乗り心地だった。

 

初春の夜は風が吹くとまだまだ肌寒く、ユノはブルゾンのファスナーを引き上げた。

 

(初の実車教習は明日だ!

せんせと密室で2人きり。

あ~、ドキドキする)

 

ユノは恋する乙女と化していた。

 

 

チャイムの連打に、「るせぇな」とまるちゃんは不機嫌顔でドアを開けた。

 

頭ボサボサ無精ひげの男...ユノの親友だ。

 

コミュ障なまるちゃんは、実はユノ以上のイケメンで、ユノ限定ですらすらと口数が多くなる。

 

「遠慮してたら、お前出てこないじゃん。

ほれほれ、差し入れだ」

 

2つのビニール袋を掲げてみせると、まるちゃんはその中身をひとつひとつ取り出し、「サンキュー」とぼそりとつぶやいた。

 

買ってきたものをコタツに並べ、「いただきます」と二人は手を合わせた。

(万年コタツ)

 

音を絞ったTV番組はBGM代わりだ。

(聞きたくない音、聞かせたくない音はあるものだ。壁の薄い部屋に住む者なりのエチケット)

 

「オンナの話か?

バイト先の後輩の話?」

 

「...違う。

ほれ、飲みなされ」

 

ユノはまるちゃんのマグカップになみなみと、ノンアルコールビールを注いだ。

(二人とも下戸だ)

 

バイト先の後輩とはQのことで、「懐いてこられて、対応に困る」と一度、まるちゃんにこぼしたことがあった。

 

「Qのことだろ?

俺は彼女のことはなんとも思ってないよ」

 

「でも、可愛いんだろ?

勿体ないじゃん、付き合っちゃえば?」

 

「可愛いが理由で付き合えないよ」

 

ポテトサラダが苦手なまるちゃんは、それをユノの弁当箱に移した。

 

「もしかして、好きな子いるとか?」

 

チャンミンが好きな『子』にあたるかどうか、一瞬迷った末、「うん」と素直に認めた。

 

(俺には好きな人ができた。

ひかないでくれ。

その人は男なんだ。

どう思う?)

 

と、ユノは相談ごとの出だしの台詞を練っていると...。

 

「ユノ~。

俺の話を聞いてくれ」

 

突如、まるちゃんはユノの二の腕をガシっとつかんだ。

 

ずいっと近づいたまるちゃんの顔を、ユノは押しのけた。

 

「どうした?」

 

「マッチングアプリをやってみようと思うんだけど~?」

 

「はあぁぁ?

お前コミュ障だろ?

急にどうしたんだよ?」

 

「一日部屋から出ず、唯一会う人間といえばお前だけ。

2次元を恋人にしていていいのか?

このままでいいのか?

と怖くなったんだ」

 

「無理しなくていいんじゃね?

そのまんまのまるちゃんでいいと思うよ?」

 

まるちゃんはコタツの天板にごんごん額を打ちつけ始めた。

 

「声優さんのイベント行くのがギリ。

2.5次元もギリ。

3次元はキツイ!」

 

「『二次元を愛するヲタクはキモい。

二次元の女と結ばれることなんて、あり得ないのにばっかじゃないの~』とか抜かす奴がいるとか?」

 

「直接は言われたことはないけど、一般的にそういう風潮だろ?」

 

ユノは目をつむり、「う~ん」と唸り、言葉を探した。

 

「そういう奴がいたら、言い返してやれよ。

『そう言うてめぇこそ、そもそも論、三次元の奴に振り向いてもらってるのか?』っつうんだよ。

『同じ次元の奴に振り向いてもらえねぇくせに、異次元の者を愛する上級者に何えらそうなこと抜かしとるんじゃ、ぼけぇ』って言ったれ!」

 

チャンミンを前にすると「せんせ」と甘えた声を出せるのに、まるちゃんへのアドバイスの際は、威勢のいい言葉使いになるユノだった。

 

まるちゃんを慰めながら、「俺の恋も前途多難だなぁ」と心の中でぼやいていた。

 

(次元を乗り越えなければならない恋。

年上男子に夢中になっている俺。

いずれもクリアせねばならない案件は多くて、成就までの道のりのなんと厳しいことよ)

 

昼間のユノは、チャンミンの前では明るく無邪気に装っていただけで、実際は緊張ものだったのだ。

 

気持ちに気づいてくれ、と視線攻撃をしてみたが、早すぎたかな?やり過ぎだったかな?と振り返り反省していた。

 

ユノはあらためてまるちゃんを見た。

 

無精ひげを剃り、どてらを脱がせ、床屋に連れてゆき、こざっぱりとした服を着せれば、相当なイケメンになる。

 

潜在スペックが高い男なのだ。

 

この物語ではまるちゃんは主役ではないため、この辺で割愛しておく。

(みにくいアヒルの子なヲタク男子が、恋に目覚めた途端、白鳥に生まれ変わる...みたいなスピンオフ連載が始まったりして...)

 

「やってみたいのなら、一度試してみれば?」

 

「反対しないんだ?」

 

「反対して欲しいのか?」

 

「いや。

背中を押して欲しい。

会う時は、ユノについてきて欲しい」

 

「できるかよ!

会う会わないの前に、目当ての子はいるのか?

見せろよ」

 

ユノは手をひらひらさせ、まるちゃんのスマホを取り上げた。

 

「えっ!?

アプリもダウンロードしてないじゃん。

貸して、俺がやってやる」

 

ユノはさくさくと手順を踏んで、条件入力まで到達するとまるちゃんに尋ねた。

 

「まるちゃんの理想の子ってどんな子だよ?」

 

「同担OKなヲタクッ子」

 

「なるほど~。

まるちゃんの推しはマニアックだからなぁ、同担の心配はしなくていいんじゃね?」

 

...と、その夜は、自分の恋の相談どころじゃなくなってしまったユノ。

 

自身の恋については若葉マークなのに、他人の恋となると的確な恋愛アドバイスができるまるちゃん。

 

それはユノの場合も然り。

 

チャンミンとの恋も、まるちゃんの助言のおかげによるところが多いのである。

 

 

まるちゃんちからの帰宅途中、ユノはチャンミンのマンションに寄った。

 

(せんせ...もう寝ましたか?

俺、明日が楽しみです)

 

「おやすみなさい」とつぶやいて、ユノはその場を立ち去った。

 

危なかった。

 

あと少しでユノとチャンミンが鉢合わせするところだった。

 

ユノがマンション前を立ち去った直後、コンビニへ出かけようとするチャンミンがマンションから出てきたのだ。

 

このタイミングだったら、張り込み感はなく「偶然ですね~」で言い逃れできる。

 

あと少しのところでのすれ違い。

 

教習1日目の二人の距離は、まだまだだ。

 

 

(つづく)

 

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