(7)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

「う...ん。

気持ち悪い...」

 

「大丈夫か?」

 

席を立ったユノはテーブルを回って、僕の側にしゃがみ込み背中をさすってくれる。

 

「...大丈夫じゃない。

きもち...悪い」

 

僕は「うっぷ」と口を押さえて、呻いて見せる。

 

「便所に行くか?」

「あっ...!」

 

僕の肩を抱くユノの腕を、どさくさ紛れてつかんだ。

 

「大丈夫か!?」

 

ついでにと、よろめいてユノの胸に抱きとめられた。

 

この弾力...いい感じに筋肉がついている。

 

「...トイレはいい。

ここは空気が悪い...外に出たい...」

 

「よし!

外の空気を吸えば、気分はマシになるかもしれないぞ」

 

そう言ってユノは、僕の脇に腕を差し込んで、僕を立ち上がらせた。

 

並んで立ってみて初めて知った。

 

ユノって僕並みに背が高いみたい。

 

ますますこの男が欲しい、と思った。

 

 

僕らがいた店は、片側2車線の道路沿いにあり、大衆居酒屋というよりは、デート用にセレクトしたくなるようなところだった。

 

酒の種類は豊富、料理も美味しい、客層も若い、テーブル数も多く、適度に騒がしく、品定めする場所としては最適なのだ。

 

今夜の僕は本気モードで来店していたため、食べるつもりのないピザをとり、あとはアルコールをスローペースで摂取しながら店内を見回していたのだ。

 

そこでユノを発見した、というわけだ。

 

どこの店でも今が一番大盛況の時間帯で、店の品定めしている者や二次会へ向かう者たちで歩道は混雑していた。

 

ユノに肩を抱かれ歩く僕。

 

どさくさに紛れて腰に腕を回してみたりして...。

 

...拒否されない!

 

「どっかに座って休むか?」

 

今のタイミングで『ホテル』...なんて言ったら、下心がもろバレてしまうから口をつぐむ。

 

この後の展開を頭の中でおさらいする。

 

ホテル案は×...となると僕の部屋かユノの部屋の二択しかないが、自分の部屋にお相手を連れ込むのは好きじゃない。

 

目覚めた朝、隣で一夜お供した男のだらしない寝顔を見てしまうと興ざめだ。

 

「朝ごはんは何?」なんて恋人きどりなことを言われた日には、「僕はお前のカノジョじゃねぇよ」と鬱陶しく思う。

 

そもそも、自分のテリトリーに他人を入れることに抵抗感がある。

 

他人の私生活は知りたくないし、僕も見せたくない。

 

他愛のないトークも時間の無駄、僕をいい気分にさせてくれる身体が欲しいだけなんだから。

 

「...んっ、平気」

 

「無理するなよ。

便所にいかなくていいか?

水か何か、飲んだ方がいいぞ。

ウコンとか...気持ち悪くて飲めないか」

 

前方に目をこらし、ユノはコンビニか自販機を探しているようだ。

 

そっか...僕を介抱するのに必死で、腰に回された下心100%の僕の腕に気付いていないんだ。

 

互いに飲酒で体温が上がっていたせいで、2人分の濃い体臭が混ざり合い、それを嗅ぐだけでくらくらする。

 

ユノの横顔をそうっとうかがった。

 

参ったなぁ...なんて綺麗な横顔なんだろう。

 

顔の小ささときたら!(僕のこぶしくらいじゃないだろうか)

 

...それなのに、チェリー君だったなんて...。

 

「やった、自販機があるぞ」

 

横を向いたユノと鼻先が触れそうな距離で目が合った。

 

看板灯の五色の灯りが、ユノの白い顔と黒目を照らす。

 

視界がぐらりと揺れた。

 

「あそこに座って、ちょっと休もうか?

もっと俺にもたれていいぞ」

 

僕を覗き込んだユノの顔が、ぐるりと回転した。

 

(...あれ?)

 

「おい!」

 

突如立っていられなくなって、ユノに脇を支えられていなければ、アスファルトに顔面衝突するところだった。

 

ユノに正面から抱きつく格好になったけれど、これはお触りしたいからじゃない。

 

ホントのホント、平衡感覚がおかしくなって身体が傾いてしまうのだ。

 

地面と空が上下逆さまになる、目をつむってもその残像がぐるぐる回る。

 

「あ~あ...ったく。

ベロベロじゃん。

家に帰って寝るしかないな。

あんたんちはどこだ?」

 

「...う、う~ん...」

 

頭を少しでも動かすとこのぐるぐるが酷くなるから、呻くのがやっとだ。

 

ユノは僕を自動販売機にもたせかけるように座らせた。

 

僕はユノの肩に全身を預け、目をつむっていた。

 

「おい!

起きろ!」

 

「...う...ん」

 

ユノが僕の頬をぺちぺちと叩いているのは分かったけれど、僕は「う...ん」と唸るばかり。

 

ユノに介抱されたくて、酔いつぶれたフリをしているわけじゃなく(当初の予定ではそうだった)、ホンモノの酔っ払いになってしまったのだ。

 

焼酎三本はさすがに多すぎた。

 

僕がつぶれてどうするんだよ...。

 

いつも通りにうまくいかないことに焦れ、まるで水のようにハイピッチに飲んでしまったせいだ。

 

その間、グラスを口に運んでいた動作すら覚えていない。

 

なんとしてでもベッドに連れ込む算段に、頭をフル回転させていたせいだ。

 

それだけじゃないな...。

 

ユノは僕の好み的中過ぎて、舞い上がっていたせいもある。

 

「参ったな...」

 

ユノのつぶやき声は聞こえる。

 

僕だって「参ったな」だよ。

 

今はただ、静かなところで横になりたかった。

 

みっともない姿を見られ、お世話されている僕...カッコ悪い自分を恥ずかしがる余裕ゼロだった。

 

 

(つづく)

 

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(6)ぴっかぴか

~チャンミン~

 

金髪の男...ユノは思った通り素直で、さらには正直な奴のようだった。

 

恋愛対象が同性だと教えてあげたのは、実は僕の計算づくだったんだけどね。

 

ユノの反応を見たかったんだ。

 

僕は男が好きな質だと聞かされたユノは、「気持ち悪い」とはっきり認めた。

 

いいねぇ...素直で正直な男、好きだよ。

 

そして、席を立つこともなくここに留まり、僕の顔や身体をまじまじと観察している。

 

そろそろ、僕のルックスの良さに気付いたかな?

 

さすがに手を握った時は拒まれたから、ちょっと早すぎたかな?

 

面白くなってきたぞ、心中でニヤついていた僕。

 

待って。

 

ニヤつく前に、もっとショッキングなことがあったではないか!?

 

ユノが...童貞だった!

 

どうして!?

 

僕はジャングル奥深くに踏み入る探検隊員。

 

過酷極まる探索道程の末、ついに目にした幻の果実...ツヤツヤ、ぷるっぷるの美味しそうな果実

 

...そんな感じ。

 

ぴっかぴかを探していたところ、なってこったい、真正のぴっかぴかと巡り会ってしまった。

 

チェリー君なんて珍しくもなんともないが、ユノの場合は違う。

 

雑誌の中のモデルがそのまま抜け出たかのようなルックス、モテないわけがない。

 

爆イケ男がモテなかったり、機会はあるのにアレできなかったとしたら、性格と性癖に問題を抱えているのだ(シム基準)

 

ところが、会話をしてみて分かったのは、ユノはからっとした性格で、気遣いのできるいたって常識的な男...全然、チャラくないのだ。

 

なぜ?

 

性格に問題がないとしたら、考えられる理由は三つしかない。

 

その1・・・小指サイズ。

その2・・・バットサイズ。

その3・・・ユノは女性だった

(僕のいい男センサーが狂っていたことを認めることになってしまう)

 

想像を巡らす前に、手っ取り早く目視確認をすればいい。

 

僕は肘でおしぼりを床に落とした。

 

「落としちゃった...拾わなくっちゃ」

 

それを拾おうと身をかがめ、対面に座るユノの股間を確かめる。

 

「ごくり...」

 

スリムパンツを履いてくれてありがとう。

 

サイズに問題なしだ。

 

他には、極度の緊張しぃか、速度の問題くらいしか考えられない。

 

半袖から伸びる二の腕は太く、手を動かす度に素晴らしい筋肉の盛り上がりを見せてくれる。

 

あの逞しい腕に腰を抱かれたい!

 

探検隊は数日間飲まず食わずだった。

 

...水を、水を下さい...。

 

僕に甘くて、果汁たっぷりの果実を下さい...。

 

従僕でチェリーな男相手に、こうまで苦戦するなんて悔しすぎる。

 

加えて、ユノの股間を(生地越しとはいえ)目にしてしまったら、僕のアソコをあの太いものでみっちみちに埋めて欲しくなった。

 

好みの男を見つけたら、まず身体つきに目がいってしまう僕は、つくづく下半身に支配されている男だなぁと呆れてしまう。

 

でも...仕方がないだろう?

 

僕をすみずみまで満たし、刺激して、幸福にして欲しいのだから。

 

だから、ここで諦めるわけにはいかないのだ。

 

「おい。

口開いてるぞ」

 

「へ?」

 

間抜けな顔をさらしてしまった。

 

考え事に夢中になっていて、目の前の獲物の存在を忘れていた。

 

ユノの指摘に、羞恥の汗がにじんだ額をおしぼりで拭こうとしたら、「それ、床に落ちたやつだぞ」と注意された。

 

もっと恥ずかしくなった僕は、うつむくしかない。

 

(カッコ悪すぎ...。

なんだよ、これ。

いつの間にかユノのペースになってるじゃないか)

 

幻の果実は強風にあおられ、手を伸ばしても寸でのところでかわされ、それをもぎとることができない。

 

「これで顔を拭け。

あんた...顔が真っ赤だぞ。

具合が悪いのか?」

 

新しいおしぼりをユノから受け取った(いつの間に、店員に頼んでいたらしい)

 

ユノという男...気が利く...僕の方がくらっとしてしまうよ。

 

僕のペースに早く戻さないと!

 

アルコールは得意じゃないと言ってたわりには、色白な肌は白いまま、口調もしっかりとしている。

 

案外酒に強い奴なのかもしれない。

 

ハイボール一杯程度じゃ足りないってことか。

 

僕なんて焼酎の中瓶3本開けていて、アルコールには強い僕でも酔いが回っていた。

 

「男もいいかもしれない...」とくらっとさせて、深酔いさせてホテルに連れ込む作戦は、早い段階で諦めていた。

 

僕の方が深酔いしそうだった。

 

これまで成功に導いてきた色気作戦が、ユノには通じない。

 

今夜中にいただくのは無理かもしれない、とくじけそうになった。

 

でも、正真正銘のぴっかぴかを簡単に諦めてたまるものか。

 

処女雪の最初の一歩は、僕で決まり。

 

「もっと飲むか?

酒で失恋を吹き飛ばそうぜ」

とユノは言って、ボトルが空くなり四本目を注文しようと手を挙げた。

 

「待って。

僕...もう限界みたいだ」

 

じわじわ作戦だ...なんてトロいことをしていられる余裕は、今夜の僕にはない。

 

僕のアソコをガンガングリングリン、イジメて欲しいのだ。

 

ぴかーんといいアイデアが浮かんだ。

 

僕はテーブルに突っ伏した。

 

「チャンミン!

大丈夫か!?」

 

ユノのお人よしで世話好きそうなキャラを利用させてもらうよ。

 

ぷー、くすくす。

 

 

(つづく)

 

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(5)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

銀髪の男、チャンミンの恋愛対象は『男』だという。

 

おとこ、男、男、男、男、男、男、♂、おとこ、おとこ、おとこ、OTOKO...。

 

俺は男...!!!!

 

...もしかして俺、狙われてる!?

 

突然、俺のテーブルについた時点で不自然だ。

 

「好みだわ」って射止められたんだろうか?

 

固まってしまった俺に、チャンミンは泣いてしまった。

 

...マズいな、傷つけてしまったかな。

 

初対面の他人にカミングアウトした結果、ドン引きされたのだ。

 

泣いてしまっても仕方がないか。

 

「これで涙を拭けよ」

 

両手で顔を覆ってしまったチャンミンに、おしぼりを差し出した。

 

チャンミンは素直にそれを受け取り、そっと目頭を押さえた。

 

その拭き方が上品で、女の子がメイクを崩さないよう涙を拭く風に見えて、俺の目にはチャンミンが女っぽく映ってしまう。

 

白シャツにレザーの超細身のボトムスに身をつつんでいる辺り...いかにも『それ』っぽい(偏見の塊だな、俺)

 

「......」

 

チャンミンは頭を上げ、ごしごし目をこすってから、にこり、と笑った。

 

うわぁ...いい笑顔じゃん。

 

つい見惚れてしまい、あぶないあぶない、男によろめきそうになってしまった。

 

チャンミンは俺に対して、やたら前のめりだし、気を付けないとこの男に食われてしまうかもしれない!

 

と、自分を叱りつけたが、さっきがぶ飲みしたアルコールのせいでぐらり、と視界が揺れた。

 

これ以上は控えた方がいい、この後の自分に責任が持てない。

 

つぶれてしまったら、この男にホテルに連れ込まれてしまうに決まってる!

 

「...ユノ、大丈夫?

顔が真っ青。

外の空気を吸おうか?」

 

「いや、平気だよ。

チャンミンこそ飲みたければ、もっと注文しなよ。

すみませ~ん!」

 

チャンミンの前の空になったジョッキを指さし、追加の酒を注文しようとした。

 

この奇妙な雰囲気をかき消したいと思ったのだ。

 

もっとも、気まずく感じているのは俺の方だけかもしれない。

 

「これと同じもの...ハイボールでいい?

焼酎?

オッケ。

焼酎をお願いしまーす。

え?

ボトルで?

オッケ。

銘柄は何でもいいよな?」

 

注文を終えた俺は姿勢を正して、目前のチャンミンと対峙した。

 

俺のカミングアウト、チャンミンもカミングアウト。

 

互いにデリケートな内容を共有したおかげで、ぐっと距離が狭まったのは確かだ。

 

「...つまり、俺たち二人とも、チェリーってことか、ハハハ」

 

何かを誤魔化したい時の俺の癖、ピアスをいじった。

 

「ユノもピアスしてるんだ。

ほら、僕も」

 

チャンミンは真ん中で分けた長い前髪を耳にかけ、自身のピアスを披露してくれた。

 

互いのカミングアウトまで、見ず知らぬ男の接近で緊張していた俺だったから、今になってチャンミンのピアスに気付いたのだ。

 

「これ、もしかしてダイヤモンド?」

 

「うん」

 

こんなピアスを付けている男なんて...堅気じゃないに決まってる!

 

職業は何なんだろう?

 

「ずっと前、付き合ってた人からもらったんだ」

 

「チャンミン...前に付き合ってたっていうのも、男だったんだ?」

 

「...そうだよ」

 

「フラれたって言ってたよね。

そいつも、男だったんだ?」

 

「当ったり前でしょう?」

 

チャンミンは人差し指でつん、と俺の腕を突いた。

 

(ひぃっ)

 

チャンミンの行動に、俺はつい腕を引っ込めてしまった。

 

鳥肌が立っていた。

 

さっきまで慰めようと肩をさすってやっていた俺が、カミングアウトを受けて突如、態度を変えてしまって、失礼だったかな、と思う。

 

嫌がってるわけじゃないぞ、の意を込めて、引っ込めた腕をテーブルの上に戻した。

 

チャンミンは気分を害した風でもなく、俺の顔をニコニコ笑みを浮かべて見つめてくる。

 

俺もぎこちない笑みを浮かべる。

 

第3ボタンまで外したシャツ、ぴっちぴちにタイトなボトムス...派手な髪色、整えられた眉毛...男のものにしては細い指...そして何より、男にしておくのは勿体ない『美貌』

 

恋愛対象が同性と知ってしまうと、チャンミンの見た目は「いかにも」だ。

 

この手の奴に会うのは25年の人生、初めてだった。

 

「びっくりした?」

 

「うん」と、俺は正直に認めた。

 

「気持ち悪いと思った?」

 

「...うん」と、これも正直に認めた。

 

拒否感は否めない、受け入れたふりはよしておこうと思ったから。

 

いつか、何かしらのタイミングで、嫌な顔をしてしまいそうだから...こういう生理的なものは隠し切れないものだろうから。

 

...ん?

 

チャンミンとは今この酒の場だけのつもりだったのに、今後も会うつもりでいるのか?

 

「気に入った。

ユノが気に入ったよ」

 

メロンソーダのグラスを持った手が、チャンミンの両手に包まれた。

 

「!」

 

払いのけそうになるのを、ぐっと堪えた。

 

偏見は...駄目だよな、うん。

 

俺は童貞だけど、手を握られることくらいどうってことないのだ...ハグやキスまでは出来るのだ...ただし女子限定。

 

「やだな。

警戒しなくても大丈夫だよ。

そりゃあ、僕は傷心中で寂しいけどね。

だからって、ユノをどうにかしようなんて考えてないから」

 

チャンミンの言葉に俺は、安堵した。

 

今夜ひと晩、酒を酌み交わすだけの仲だ...のつもりでいたけれど。

 

予定が変わりそうだった。

 

俺はチャンミンという男...恋愛対象が同性だというこの男の生態に興味津々になっていた。

 

だから、ひと晩だけだなんて、つまらないなぁと思ったのだ。

 

(つづく)

 

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(4)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

見ず知らずの男に、俺の恥ずかしい秘密を暴露しようとしている。

 

どうせこの場限りの仲だ。

 

恥をさらしたって、構いやしない。

 

とは言え、『例』のワードを口にするには勇気が必要だ。

 

脇に押しやっていた、濃い目のハイボールをぐびぐび飲んだ。

 

銀髪の男...チャンミンは「無理したら駄目だよ」と、ジョッキをあおる俺の腕を押しとどめた。

 

客たちでぎっしり席を埋めた周囲を見渡して、「よし」と気合を入れた。

 

チャンミンに手招きする。

 

身を乗り出したチャンミンの、目鼻口が正しい位置に正しいサイズでおさまった顔が近づいた。

 

ふわっといい香りがして、最初の印象通り、きざったらしい男だなぁと思ったけれど、イヤな香りじゃない。

 

ん...?

 

イヤな香りじゃないけど...これは、多分女もの(後輩の女の子も似たような香りを漂わせていたから)

 

攻めた格好をしているわりに、香りといい優し気な話し言葉といい、つかみどころがない男だ。

 

近すぎるだろ...吐息がかかるくらい距離を詰めてくる。

 

「俺さ、チェリーを大事に守ってるんだ。

そうそう簡単に、えっちしたくない」

 

チャンミンの頬がぴくっと震えた。

 

「ホント?」

 

俺はこっくり頷いた。

 

『この子だ』と思える子じゃなければ、大事に大事に守ってきたアソコを捧げるつもりはないのだ。

 

「俺の主義を受け入れられなかったから、彼女は俺をフッたんだ。

...彼女の言い分はわかるけど...。

つまり、俺が悪いんだ」

 

男のくせに何言ってるの、と馬鹿にしたければすればいい。

 

男友達にも白状したことのない、俺の信念。

 

「『この子』だと心から思える子としたいんだ」

 

チャンミンは乗り出した半身を起こす。

 

「そうなんだぁ」

 

「え...?」

 

思いっきり馬鹿にするかと思ったのに、予想に反してチャンミンは腕を組んでしみじみと、うんうんと頷いている。

 

「そうなんだぁ」

と繰り返したチャンミン、なんだか嬉しそうだぞ。

 

「笑わないのか?」

 

「笑うもんか。

これまで、『この子だ!』と思えた子はいたの?」

 

俺は首を左右に振った。

 

「君は童貞君なんだ」

 

恥ずかしくて口に出来なかったワードを、目の前の男はズバリ言う。

 

俺は首を縦に振った。

 

「そうなんだぁ...へえぇ...」

 

「感心するようなことじゃないと思うけど?」

 

「僕らは『同士』だね」

 

「同士?」

 

「僕もね、童貞君なの。

だからユノと一緒、チェリー仲間だよ」

 

チェリー...?

 

「ええぇぇ!?

嘘だろう?」

 

派手な髪色、キザなファッション、女ものの香水...それなのに童貞...!?

 

チャンミンに手招きされて、今度は俺の方が身を乗り出した。

 

ずいっとチャンミンは顔を寄せてくる。

 

近い近い!

 

「僕ね、女の人とヤッたことないの。

したいとも思わない」

 

「!」

 

俺の片手が、チャンミンの両手で包み込まれた。

 

「...え~っと。

こ、これは、どういうつもり...なの...かな?」

 

手を握られて、ぐんと体温が上がった。

 

重ねられた下の手を動かせずにいた。

 

「女の人を見ても、ぜ~んぜん興奮しないの。

だから、女の人とヤッたことないの。

ユノと同じ童貞なの。

男の人が好きなの」

 

「うっわ~。

モテそうなあんたが、俺とおんなじ...ど、どーてぃ...。

ん?」

 

この男...聞き逃せないことを言ったぞ。

 

「ええぇぇっ!?

...あんた、『ゲイ』なのか?」

 

さっき摂取したアルコールが、俺を大胆にした。

 

「ストレートに言っちゃうんだねぇ。

...好きだよ、そういうとこ」

 

チャンミンはとろんとした眼差しで、俺を見る。

 

こ、この目は...「眠たいんだ」の目じゃない!

 

「待て待て待て待て!

俺はそういうつもりは、全然ないんだ!」

 

チャンミンの両手の下から手を抜いて、身を乗り出した彼の肩を押した。

 

「...僕のこと、気持ち悪いって思った?」

 

上目遣い。

 

「い、いや...」

 

「僕は、気持ち悪い?」

 

「いや...えっと...」

 

チャンミンの両眉が下がった。

 

そして、大きな目が潤み、ぽろりと涙を流したのだ。

 

女の子にフラれて泣いていた俺が、初対面の男を泣かしてしまった!

 

 

(つづく)

 

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(3)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

思案を巡らす僕を、ユノは「大丈夫か?」と、心配そうにのぞき込んだ。

 

控え目ロゴのTシャツとアイスグレーのスリムパンツ...さりげなくテーブル下をのぞくと、流行りのスニーカー履き。

 

ブリーチしたてなのか、こまめにアフターケアをしているのか、髪の根元まで綺麗な金髪で、白い肌によく似合っている。

 

片耳にはピアスが3つ。

 

ところが、その黒目がちな眼は小動物のように無垢で、今どきな若者の見た目とのギャップにやられた。

 

しまった...人選を誤ったかな。

 

この男は『善良』過ぎるかもしれない。

 

騙して押し倒して、ヤルことだけヤッてバイバイする予定でいた僕。

 

ユノのアレを僕のアソコにずぶりと埋めて、がんがんに腰を振ってもらうつもりでいたのになぁ。

 

僕の欲望を満たす為に利用されるユノを思うと、ちくりと良心がとがめた。

 

「いただきまーす」と大口を開けた直前に、慈悲の情に邪魔されて、丸飲みすることに迷ってしまった虎...こんな感じ。

 

でも、ここで引いてしまうにはいい男過ぎた。

 

そうだそうだ、僕は恋愛に関してはクズ男なのだ。

 

僕の考えなど露知らず、運ばれてきたハイボールをちびちびとすすっている。

 

アルコールが苦手だという話は、本当のことみたいだった。

 

僕は店員さんを呼び止めて、イケメン過ぎる下戸のためにメロンソーダをオーダーしてあげた。

 

こういうさりげない気配りが、男の心をくすぐるんだなぁ。

 

計算づくの僕の言動...おいしそうな男を前にすると僕は下心を隠した...爪を隠した虎になるんだ。

 

「ズバリ訊いてしまうけど、フラれた理由って何?

あ!

言いたくなかったら、いいんだぞ」

 

ユノは僕を慰めようと、話を振ってくれた。

 

困ったな...。

 

ユノの警戒心を緩めるために、僕も失恋した設定で近づいてはみたものの、具体的なエピソードを何も用意していなかった。

 

「泣き言でも愚痴でも、口に出すと気が楽になるぞ。

俺はあんたとは初対面だから、かえっていいんじゃないかな?

これが友人だったら全力で励まされたり、別の子を紹介されたり余計なおせっかいを焼かれたりしてさ。

無理に話せとは言わないから」

 

本気で親身になってくるユノに、調子が狂う。

 

これぞというネタが思いつかなかった僕は、代わりにユノに話をふった。

 

「ユノは?

フラれた理由は何だったの?」

 

「んー」

 

言い渋るユノ。

 

ユノの過去の話なんて全然興味がなかったけど、僕は興味津々とばかりに、ずいっと身を乗り出した。

 

この角度だと、第3ボタンまで外した襟元から、僕の胸が見えるハズ。

 

マッチョ過ぎないギリギリラインを狙ってつけた、ガリガリでもない、ムッキムキでもない...いい感じの胸板が見えるはずだ。

 

もっと深く屈めば、乳首を見せられるけど、やりすぎは禁物。

 

ユノは女の子が好きなノーマル男子だから、男オトコしていない中性的であるのがいい。

 

「おい。

乳首が見えてるぞ。

ボタンをかけた方がいいんじゃないか?」

 

...駄目か...。

 

顔を赤らめている風でもなく、僕の胸元を指すユノはしごく真面目に言っているらしい。

 

見えたとしても初対面の者にずばり指摘できないのが普通だろう。

 

気づいていても気付いていないフリ、っていうの?

 

「かけた方がいいぞ。

ボタンが取れてるのかな?って、さっきから思ってたからさ」

 

「教えてくれてありがと」

 

「もしファッションとしてボタンを開けてたのなら、ごめんな。

見せつけたいのかな?とも思ってたからさ」

 

まるで僕に露出癖があるみたいじゃないか、と僕の方が顔を赤くして、ボタンを留めた。

 

「どうりですうすうするなぁって、思ってたんだ」

と、答えるしかない。

 

ユノには色気作戦は通じない。

 

これは強敵だぞ、と思った。

 

流れが中断してしまったが、

「話の続き。

フラれた理由って何?」

 

色気が無理なら、心の距離を縮める作戦に変更だ。

 

ユノの失恋に同調して、慰め、励まし...失恋同盟を結んで、「やっぱり寂しいな。ひとりになりたくない...」と言わせられれば、僕の作戦勝。

 

ユノは数秒ほどテーブルに視線を落としていた後、勢いよく顔を上げた。

 

そして、僕を上目遣いで見る。

 

黒目がちの目が小動物のようで、やっぱり可愛い、と思った。

 

(僕の方が、ユノにくらくらっときてどうするだよ、ね?)

 

「もし、付き合ってる子がえっちするのを拒んでいたら...どう?

あんたはどう思う?」

 

あり得ない...。

 

僕の常識ではあり得ない。

 

セックス無くして恋人でいる理由はどこにある?

(僕は恋愛感情抜きの方がリラックスできるけどね)

 

「...僕だったら落ち込むかなぁ。

好きじゃないのかな?って思うだろうね。

好きになったのなら、えっち抜きはダメでしょう」

と、答えた。

 

すると、

「...そっかぁ」

 

ユノはがっくり首を折り、「はあぁぁ」と深いため息をついた。

 

ユノの反応に、「ん?」と思った。

 

「ということは、彼女がえっちするのを嫌がってたの?」

 

「嫌がったというかなんていうか...。

え~っと、それは...うまくいかなかったっていうか」

と、歯切れが悪い。

 

ユノの太い首筋と太い鎖骨に僕はくらっときていて、早くこの身体に組み敷かれたくて仕方がなかった。

 

上品な顔つきのくせして、首から下は逞しい男そのもので、そのギャップにそそられる。

 

ユノの彼女の気が知れない。

 

だって、こんなにいい男なのに、彼とヤるのを渋るとは、なんて贅沢な子なんだ。

 

本当に今夜はついてる!

 

裸になってしまえば、そいつがどんな服を着てたなんて関係ないけれど、センスがいいにこしたことはない。

 

例えホテルに向かう道中であっても、互いに腰を抱いて歩く時、見栄えのする男だといい気分になる。

 

まあ、ちんちくりんだったり、太っちょにはそもそも食指が動かないんだけどね。

 

ルックス抜群、センスのいい服装...。

 

ユノが欲しい。

 

「嫌がってたのは俺の方なんだ」

 

「なんで!?」

 

 

(つづく)

 

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