(1)会社員-愛欲の旅-

「で?」

 

「『で?』って、何の『で?』だよ」

 

カウンターの向こうで、ウメコは塗りたてのマニキュアの爪にふっと息を吹きかけている。

 

酒瓶を並べた棚の上に置かれたTVから、任侠映画が流れている。

 

店を入って右手に3メートルほどの長さのカウンターがあるきりのこぜまい店内で、客は俺ひとり。

 

俺はどろどろに甘ったるいカクテルをすすっていた。

 

ウメコというのは学生時代からの友人で、彼が脱サラしたバー『ウメコ』に週一ペースで顔を出すくらいの仲だ。

 

彼、と言ったのは、青々しい髭の剃り跡が厚化粧でも隠し切れない証拠に、ウメコは男。

 

俺とウメコは“そういう関係”ではない。

 

原則として、俺の恋愛対象は女性だ。

 

『原則として』と前置きしたのは、現在進行形の恋愛が『例外』に近いものだったから。

 

俺は今、同僚のひとりに真剣に恋をしていた。

 

その同僚の名前はチャンミンといって、年齢は俺と同じくらい。

 

『例外』と言ったのは、名前の通りチャンミンは男なのだ。

 

しかも、単なる男ではなく、軌道が数ミリズレたところを爆走する変わり者なのだ。

 

トリッキーな見た目と言動をする、という意味じゃない(髪型や服装はダサいが)

 

こういう受け答えが一般的だろうと予想したものとは違うリアクションが、ワンテンポ遅れたタイミングで返ってくる。

 

どんな変化球でも落とさず食らいついてゆこうとなれば、正面切って彼と向き合う必要がある。

 

そうなのだ。

 

俺は正々堂々と、全力でチャンミンと恋をしようと心に決めたのだ。

 

とはいえ、男を恋愛対象とするのは初めて。

 

この恋は片想いの段階はとうに済んで、俺とそいつは『お付き合い』しているところまで進展しているのだ。

 

(ここまでの経緯を語ると長くなるので、割愛する)

 

交際したてのホヤホヤ期なのにもかかわらず、俺が今、旧友の前でため息をついているのには訳がある。

 

 

 

 

「チャンミン君とヤッてどうだった?」

 

「......ヤッてないよ」

 

ぼそっとつぶやいて俺は、カウンターテーブルに身を伏せた。

 

ウメコの店に来ると大抵俺は、愚痴ってばかりだ。

 

オフィシャルな俺は人付き合いのよい、明朗快活、ポジティブシンキングな人物に見られている。

 

もし、まんまその通りだったら、単なる能天気な幸せ者だ。

 

(チャンミンの場合、俺よりも屈折した奴なので、彼のキャラについてはおいおい説明する)

 

俺にだって悩みはあるし、同僚、後輩たちに愚痴るわけにもいかず、独身だから部屋には誰も待っていない。

 

だからこうやって、弱みを見せられて、愚にもつかない会話、お友達価格で俺好みのドリンクを出してくれる場所は貴重なのだ。

 

「うっそぉ!

あの電話の後、てっきりあなたたちヤッたんだと思ってたのよ!」

 

「できるかよ!」

 

ウメコは呪術研究家で、怪しさ満点の丸薬や呪文の新作が生まれるたび俺を実験台にしてきた(これも説明が長くなるから省略する)

 

先日は、『元気が出る』呪文を教えてもらったところ、俺が唱えるべきものを、何をどう間違ったのかチャンミンが唱えてしまった。

 

そうしたところ、あら大変。

 

見た目はバンビで、下半身は虎になってしまった。

 

(あまりのトラぶりに、パンツを脱いでもいないのにアメパトに捕まってしまった)

 

マグマのように煮えたぎるヨクボウを処理しきれなかったチャンミンは、ショートしたみたいにプツン、と色っぽいシーンから離脱してしまった。

 

(ヨクボウとは、『欲棒』ではなく『欲望』だから、お間違えないよう。似たような意味だから、どっちでもいいか)

 

俺の方も同様で、男の身体をまさぐるのも初めてだったし、初めてを社用車でいたすのはちょっと、ムードがない。

 

『俺たち、好き合ってるんだよね?』

『はい、僕はユンホさんが好きです』

『次の休み、デートしようか?』

『わぉ、楽しみです。でも...初デートでえっちは早いですよ?』

『もぉ、チャンミンこそえっちだなぁ』

『いやん、ユンホさんったらぁ』

 

...みたいな段階にはきていた。

 

(実際にこんな会話があったわけじゃなく、こういう関係性という例え)

 

だから、ほっとしたのだ。

 

知識はあるけれど、それを実行に移せるかどうかは甚だ自信がない。

 

だからといって、ハウツーについてその手のエキスパートであるウメコに伝授してもらう為に、ここに来ているわけではないのだ。

 

「確かに、車の中は狭いわよねぇ...。

あなたもチャンミン君も大きいからね」

 

それほど酒に強くない俺の為に、氷水を手渡しながらウメコは言った。

 

「言っとくけど、この『大きい』ってのは背の高さのことよ。

アソコのことじゃないから」

 

「おい!」

 

「あなたのサイズは、修学旅行でも、野郎どもでくだまいてた部屋でもさんざん見たから知ってるけど...。

チャンミン君の方は、どうかしらねぇ...。

Petitでも可愛いし、あの顔であなた以上のサイズだったら、それはそれで...」

 

「おい!

チャンミン相手にやらしい妄想をするなって!」

 

ニヤニヤ笑うウメコの肩を突く。

 

チャンミンの股間に関しては、社用車の中でなんとなくのサイズ感は確認済なのだ。

 

「で、ユノの相談事っていうのは、方法をレクチャーして欲しいってことね?」

 

「やり方くらい分かってるよ!」

 

『...頼む、ワシを男にしてくれ』

 

と、頭上のTVでヤクザ山守の名台詞が...。

 

ウメコはTVのボリュームを下げた。

 

「じゃあ、何に困ってるのよ?」

 

ウメコ相手に遠回しで開示していたら、茶化されるだけで話が進まない。

 

具体的な例を挙げながら順を追って、説明していこう...よし。

 

グラスに残ったカクテルをぐびっと一息で飲み干した。

 

「俺んちにチャンミンが来たんだ」

 

ひゅうっとウメコの口笛。

 

「...で、不発だったの?」

 

「俺の話を最後まで聞けったら。

成功したとか不発だとか、そういうんじゃないんだって」

 

「性交?」

 

「そっちのセイコウ、じゃない!」

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

 

(16)会社員-情熱の残業-

 

 

 

 

俺にぐたりと全体重を預けて、眠りの世界へと誘われてしまわれたチャンミン様。

 

チャンミンの柔らかな髪(整髪料で固めていたのが、すっかり取れてしまっている)が顎をくすぐる。

 

まぶたを縁どるまつ毛が扇型に広がって、その毛先が震えている。

 

むにゃむにゃとうごめく唇は、吸い付きたくなるくらい、可愛い。

 

ずっと眺めていたい寝顔だが、さすがに重い。

 

チャンミンこそ、センターコンソールを越えて助手席へ身を乗り出しているのだから、腰を痛める恐れがある。

 

「よっこらしょ」

 

運転席に身体を戻し、ワイシャツのボタンを留め、ファスナーを上げ、ベルトを締め直してやる。

 

チャンミンのア〇コは、通常モードに戻っていた(ちょっぴり残念)

 

最後に、スーツの上着とコートで身体を包んでやれば、オーケーだ。

 

「ん?」

 

荷台から聞こえる音は、俺のスマホの着信音だ(虎になったチャンミンが放り投げた)

 

「ウメコからの電話だ!」とシートの隙間に肩をねじこみ、腕を伸ばしてなんとか回収した。

 

『ユノ!

遅くなってごめんなさい!』

 

「遅い!」

 

『結論から言うわね。

呪文を解く呪文はないの』

 

「やっぱりな...」

 

『ユノの言い方が気に入らないけど、ま、いいわ。

それがない訳は、必要がないからなの。

あれを渡す時言ったでしょ?』

 

「ああ、俺も思い出したんだ。

効果は6時間だって。

それ以上効き目があると、抜け殻になってしまうって、言ってたよな」

 

『ええ。

しんどいかもしれないけど、呪文が切れるまで頑張って』

 

「まだ2時間くらいしか経っていないけど、チャンミン途中離脱してしまったぞ?

只今、おねんね中だ」

 

『それはきっと、チャンミン君の身体がもたなかったのねぇ...。

日頃、枯れた生活をしているせいかしら...』

 

「え!?

そういうものなの?」

 

『ユノみたいに潤った生活していれば、耐性があるけど、チャンミン君みたいな純粋な子だとねぇ。

 

世俗の汚れに慣れたユノとは違うの、純粋培養なの。

 

水槽しか知らない金魚を、釣り堀の池に放り込んだ感じ?

 

木の芽しか食べてこなかった鹿に、血がしたたるステーキを食べさせた感じ?』

 

「...なるほど。

ウメコ...お前の言い方は棘だらけだな。

俺の私生活だって、そうそう潤ってなんかいねーよ」

 

「まあまあ。

チャンミン君ったら、可哀想に...。

メーターが振り切れてしまったのね』

 

「そんな感じだな」と、深いキスと胸の先を舐められただけで、全身を痙攣させていたチャンミンを思い出してみた。

 

『ユノったら...うっふっふっふ。

これいい幸いだって、チャンミン君に突っ込まれたんでしょ?』

 

「突っ込まれてなんていねーよ!

あのな、どうして俺がそっち側になってるんだ?」

 

『ジョークよジョーク。

あたしが見るところ、チャンミン君は...。

あたしが言わなくても、ユノは分かってるでしょ?』

 

「......」

 

『目が覚める頃には、呪文は切れてるでしょうから』

 

ウメコとの通話を切った俺は、深々とシートにもたれ、ため息をついた。

 

チャンミンはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

 

崩れた前髪が額を覆い、幼い見た目になっていた。

 

渋滞はまだまだ解消される気配はないから、このまま寝かしておいても大丈夫そうだ。

 

チャンミンが目を覚ましたら、席を交代してやるか。

 

チャンミン...運転の交代要員として期待していたが、この大渋滞、運転席に座ってるだけで終わってしまったな。

 

それにしても、なんて濃密な時間だったんだろう。

 

くるくると表情を変えるチャンミンに、俺はもうお腹いっぱいだ。

 

鬱陶しいという意味じゃないぞ。

 

ここまで強烈な魅力を発散させる奴は、他にはいない。

 

このキャラクターを前面に出していたら、オフィシャルな場では浮きまくって、『変な人』のレッテルが何十枚も貼られてしまう。

 

だからこその、カチコチのクソ真面目君のモビルスーツが必要なんだな。

 

仕事上のトラブルに意識を向けると、腹立たしいことこの上ない。

 

でも、「ま、いっか」と思った。

 

チャンミンと一緒の、出張兼超過勤務、深夜残業は楽しかった。

 

そして、チャンミンのことがより一層好きになった。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ユンホさんを助けたくてついていったのに、役に立てなかった

 

ユンホさんといると、どうしても口が軽くなって、どうでもいいこともぺらぺらと喋ってしまう。

 

ユンホさんはくだらない僕の話でも、ちゃんと最後まで聴いてくれる。

 

ハンドルを握り、前方に注意を払いながら、相づちを打ちながら、要所要所で質問をはさんで、僕の話を遮らずに聴いてくれた。

 

驚いたり、呆れた顔をしたり、笑ったり。

 

興味がある姿勢をちゃんと見せてくれるから、僕は安心して会話に集中できるのだ。

 

ブレーキのタイミングが遅れて急ブレーキになりそうになった時、ユンホさんの片腕がさっと僕の前に差し出された。

 

そういうところに、キュンとしてしまう。

 

ユンホさんと濃密な半日を過ごせて、仕事中なのに僕は楽しくて仕方がなかった。

 

僕はいつの間にか眠りこけてしまったみたいで、目が覚めたら朝だった。

 

助手席のユンホさんも眠っていた。

 

「あ...」

 

ユンホさんは、自分のコートまで僕にかけてくれていたから、両腕で肩を抱きしめるようにして、縮こまっていた。

 

じん、と感動していると、真っ白な山陰からさっと朝日が差し込んできた。

 

雪景色がその光をもっとまぶしくさせて、ユンホさんの寝顔をキラキラと照らしていた。

 

濃いまつ毛がきめ細かい白肌に影を作っていて、少しだけ開いた唇が赤くて、とても綺麗だった。

 

ユンホさんを起こさないように、僕はそうっと彼にキスをした。

 

ドキドキ。

 

柔らかい唇の感触に、ぞくりとした。

 

もう1回くらい、いいよね?

 

さっきより、押しつける唇の圧を込めたキスをした。

 

ドキドキ。

 

これ以上は、恥ずかしいから我慢しておこうかなぁ。

 

「へっくしょん!」

 

ユンホさんったら、自分のくしゃみで目を覚ますんだもの。

 

(僕の方もびっくりした。だって、もう1回キスしようかなぁ、って思ってたから。うふふ)

 

一瞬、自分がどこにいるか分からなかったみたいだ。

 

きょろきょろと周囲を見回している。

 

僕と目が合った時、切れ長の目が真ん丸になり、それから笑った形に変わった。

 

その瞬間、僕は何万回目になるんだろう、ユンホさんにひと目惚れをした。

 

 

 

 

スリップして立ち往生したトレーラーで、道路が塞がれてしまったのが渋滞の原因だった。

 

僕らが件の荷物を南工場に配達できたのは、朝8時のこと。

 

真っ直ぐ会社に戻ってもお昼頃になるから、僕は遅刻確定だ。

 

「どうしよう」と半泣きの僕のために、ユンホさんが考えてくれた台詞通りに、会社に遅刻の旨の連絡を入れたんだ。

 

任務を終えたら温泉に行こう、と約束していたのに、ユンホさんに仕事の連絡が入ってしまて、温泉行は延期になってしまった。

 

ユンホさんの裸が見たかったのに...。

 

見たかったのに...。

 

がっくり肩を落とす僕に、ユンホさんは僕の頭をくしゃくしゃと撫ぜながらこう言った。

 

「今週末は、デートするんだろ?

映画観たり、買い物したり、カップルっぽいことしような」

 

「はい!」

 

嬉しくて、僕ははきはきと、優等生みたいな返事をしてしまった。

 

「へっくしょん!」

 

「ユンホさん、風邪ですか?」

 

「大丈夫だと思う...へっくしょん!」

 

僕にコートを分けてくれたりしたから、ユンホさんは風邪気味なんだ、ごめんなさい。

 

「風邪薬持ってますよ」

 

「さすが!」

 

「今回の温泉は諦めますけど、再来週には行けますね」

 

「再来週?」

 

「ほらぁ、社員旅行があるじゃないですか!」

 

「そういえば!」

 

「温泉ですよ!

ユンホさんの浴衣姿...ぐふふふふ」

 

 

 

 

ユンホさんには恥ずかしくて言えないんだけど、僕の身体が変なんだ。

 

妙に身体がだるい。

 

そして、おっぱいの先がムズムズするんだ。

 

あまりにもヒリヒリ、ちりちりするから、サービスエリアのトイレで、件の箇所を確認してみた。

 

「どうして...!?」

 

赤く、ぷっくりと腫れていて、びっくりだ。

 

触れてみると、熱をもっていて、とても敏感になっていた。

 

おっぱいの先が腫れるようなことは何もしていないのに。

 

虫に刺されたのか?それとも、寝ている間に無意識で、自分で触っていたのかなぁ、などと首をひねっていたら、

 

「チャンミン!

行くぞ!」

 

と、僕を呼ぶ声。

 

「行っきまーす!」

 

僕は元気よく答えて、大きなストライドで歩くユンホさんを追った。

 

 

『情熱の残業編」おしまい

(次編につづく)

 

 

 

[maxbutton id=”22″ ]

 

[maxbutton id=”23″ ]

 

(15)会社員-情熱の残業-

 

 

 

「とんでもないものを渡しやがって!」

 

『あたしが見るところ、ユノとチャンミン君は揃ってモジモジ君。

そんなんじゃいつまでたっても前には進めないでしょう?

背中を押してあげたわけよ』

 

「背中を押すどころか、崖に突き落としてどうすんだよ?

仕事中に唱えたりしたら大変なことになるじゃないか!」

 

『その時はトイレでも給湯室ででもヤッちゃえばいいじゃないの』

 

「できるかー!」

 

ウメコの奴、他人事だと思って面白がっている。

 

「ウメコ...実はな、その呪文のことだけど、俺じゃなくてチャンミンに効いてしまったんだ。

あいつ...虎になっちまった」

 

『あのバンビちゃんが虎に?

うふふふ、狙った通り、大成功ね』

 

「はあぁぁぁ!?」

 

『ユノのことだから、バンビちゃんを前にして勃たなくなるかもしれないでしょ?

困ったあなたがあの呪文を唱えると、目の前にいるバンビちゃんに呪文がかかるのよ。

するとね、バンビちゃんが繁殖期の雄シカに成長する...ってわけ。

バンビちゃんにしか効かない呪文なの...凝ってるでしょ?』

 

「いや...それが...唱えたのはチャンミンなんだ...」

 

『うっそぉ!

どうしてそうなっちゃうのよ!』

 

「成り行き上、そうなっちゃったんだから仕方がないだろう?

雄シカどころか、発情した虎みたいになっちまって...。

どうすればいいんだ?」

 

『それは...マズイわ、一大事だわ』

 

「チャンミンに食われそうになってるんだ」

 

『その場から離れなさいよ。

猛ダッシュで逃げればいいじゃないの』

 

「それが出来ないから困ってるんだ。

俺たちはな、車ん中に閉じ込められてるんだ...話すと長くなるから、説明はしないぞ」

 

そっと視線を後ろにやると、チャンミンはスマホゲームに夢中になっている。

 

(股間は?と確認してみると...相変わらずの膨張率だ)

 

『想定外だわぁ...どうしたらいいかしら。

本人が唱えたりなんかしたら...効き目は倍以上よ!』

 

「あいつを落ち着かせる呪文はないのかよ?」

 

『あったかしら...。

探してみるから、時間を頂戴。

電話で教えたら、ユノが呪文にかかってしまうから、後でメールしたげる』

 

「ユンホ!」

 

「うわっ!」

 

肩に手が乗ったかと思うと、ぐいっともの凄い力で運転席に引っ張られる。

 

耳に当てたスマホを奪われた。

 

そして...。

 

「オレたちの邪魔するんじゃねー!

お前...ユンホのスケじゃないだろうな?

失せろ、ユンホはオレの女だ!

はっ!」

 

(女!?)

 

電話向こうのウメコに罵声を浴びせて通話を切ると、チャンミンの奴、俺のスマホを荷台にぽーいと投げてしまった。

 

「はあはあはあはあ...」

 

熱くてしかたないのか、ジャケットを脱いでワイシャツ1枚だけになったチャンミン。

 

「ユンホ...ズボンを脱げ」

 

「わっ!」

 

チャンミンの遠慮のない手が、俺のスラックスの前から突っ込んできた。

 

「なんだなんだ、お通夜みたいなち〇ち〇は?」

 

(この状況で勃つわけないだろう!)

 

いっちゃってる目とニタリと笑った口が不気味でいやらしいが、色っぽくも見えた。

 

「咥えてやろうか?」

 

「いえいえいえいえいえいえ!

チャ、チャンミン様のお口にそんなことさせられません!」

 

俺の股間に屈むチャンミンの頭をつかんで、ええいとばかりに彼の口を塞いだ。

 

(こうするしかない!)

 

ぶちゅり。

 

「...んっ...ん、んー!」

 

顎の力を抜いた途端、チャンミンの熱い舌が挿入してきた。

 

喉奥まで届くほど長いチャンミンの舌に、上顎、歯茎、舌の根元をねぶられる。

 

「ん、んん...っん」

 

口の中じゅう、チャンミンにかき回される攻めのキスが、俺の欲を刺激する。

 

(ヤバ...変な気持ちになってくる)

 

俺の頭は、チャンミンの両手でがっちりとホールドされていて、彼にされるがまま右へ左へと傾けさせられた。

 

(強引にされるキスって...いいかも...)

 

ボタンを外した胸元から、チャンミンの男くさい濃い匂いが、ふわっとたちのぼる。

 

(堅物チャンミンのくせに...やたらとキスが上手いんですけど!?)

 

「ふぅ、ふっ...ん...ふう」

 

チャンミンの熱い鼻息が、俺の頬を湿らす。

 

狭い車内。

 

シートを目いっぱい下げていても、ハンドルやセンターコンソールが邪魔をしていて、身動きがとりづらい。

 

チャンミンとはいずれ深い関係になるだろうけど、呪文でおかしくなっちゃった彼と、ハプニングの最中に初めてをいたすのは、嫌だ。

 

(興奮を煽る舞台設定であることは認める)

 

互いにリラックスした時と場所で、前戯にたっぷりと時間をかけて愛し合いたいと望む俺は、ロマンティストだろうか?

 

でも。

 

このまま先に進みたい!

 

俺の股間はGOサインを出しているけれど、俺の理性は「待った」をかけている。

 

今は嫌なのだ。

 

「ぷはっ」

 

チャンミンの肩をつかんで、引きはがした。

 

唾液の糸が引き、虚をつかれた風のチャンミンの顎を濡らして、いやらしい光景だ。

 

「はあはあはあはあ」

 

肩で息をして、チャンミンは濡れた唇を手の甲で拭った。

 

「オレを拒むのか?

怖いのか?」

 

「はい。

なんせ俺は、『バージン』ですから、緊張しているのです。

ガチガチに緊張しているのです。

これをほぐさないことには...。

そうそう!...ほら、あの人!

彼らの歌を聴かせてくださいよ」

 

(適当に思いついたことに過ぎないが、チャンミンの気を反らせる作戦だ)

 

「歌?」

 

チャンミンはペットボトルの水をイッキ飲みし、くしゃっと握りつぶし、ぽいっと荷台にそれを放り投げた。

 

「お前も飲むか?」と、買い物袋から新しいものを取り出した。

 

「チャンミン様が追っかけ...じゃなくて応援しているという地下アイド...じゃなくてアーティストの?

チャンミン様のお気に入りの...えーっと、『さくらんぼちゃん』!

『さくらんぼちゃん』の写真も見せてほしいなぁ?」

 

チャンミンの動きが、ぴたっと止まった。

 

「......」

 

「?」

 

「さくらんぼじゃねぇ!

『いちごちゃん』だあぁ!!」

 

「す、すみません!」

 

「...さくらんぼって、さくらんぼって...。

ユンホ!

オレを馬鹿にしてるのかぁ?

生涯かけて愛し抜くと誓う運命の男の為に、純潔を守ることのどこが悪い?」

 

(え?

え!?

えーーー!?

今の言い方だと...もしかしてチャンミン...チェリー?)

 

「......」

 

「......」

 

(か、可愛い!!)

 

たまらなくなって、チャンミンの唇を再び覆う。

 

(こうなれば、成り行き任せだ!)

 

ひとしきり唇を重ね、舌を絡めた流れで、首筋を吸った。

 

「...あぁ...」

 

さっきまでのどすをきかせた声から一転、チャンミンはかすれた甘い声をあげるのだ。

 

欲が煽られてしまって、チャンミンのワイシャツの下に片手を忍ばせる。

 

当たり前だけど、固くて平べったい男の胸だった。

 

膨らみなんてないのに、慎ましい2つの突起は柔らかいから、そこをいじりたくなってしまうのだ。

 

「あぁ...あん」

 

指先で転がすと、きゅっと硬度を増すところは女性と同じ。

 

喘ぐ声質も、女性とほぼ同じ。

 

(チャンミンの声が可愛い!

興奮するじゃないか)

 

チャンミンは俺の肩に顎を預けて、俺が与える刺激に合わせて呼吸を乱す。

 

ピンッと弾いた時には、「ああんっ」とびっくりするくらい大きな声で反応した。

 

もっともっと刺激してやりたくなって、ワイシャツの裾から頭を突っ込んだ。

 

真っ暗で何も見えないが、指先と舌先でその箇所を探りあてた。

 

「あ...ひゃ...あん...ダメぇ」

 

いちいち反応してくれるのが嬉しくて(同時に面白くて)、しつこくしつこく愛撫した。

 

舐めたり吸ったり、歯を当てたり。

 

俺の人生史上、最長記録かもしれない。

 

「ダメっ...ユンホ...ダメ...それ以上...っあ」

 

なあんて、言われたら、もっといじりたくなるだろう?

 

空いていた片手を、チャンミンの股間へと移動させると、予想通りぎっちぎちになっている。

 

窮屈そうだったから、引っ張り出してやろうかな。

 

この先、どっちがどうなるとか何も考えていなかったけれど。

 

「ん?」

 

もっと舐めろという意味なのか、チャンミンは胸を俺に圧しつけてくる。

 

それにしても強引過ぎるなと思った。

 

「んぐっ!

チャンミン!」

 

チャンミンの胸と背もたれの間に、俺の頭が挟まれてしまった。

 

びくびくと震わせていた肌が、弛緩している。

 

完全に体重を俺に預けている。

 

すーすーと寝息が聞こえる。

 

「嘘だろ?」

 

チャンミンの胸の下から抜け出て、彼の横顔を覗き込んだ。

 

「はあ...」

 

チャンミンの奴、眠り込んでしまったのだ。

 

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

 

(14)会社員-情熱の残業-

 

 

「何、ボーっとしてんだ?

とっととオレにキスをしろ!」

 

シートに横たわったチャンミンは、俺をギロリと見ると目をつむってしまった。

 

俺からのキスを待っているらしい。

 

真一文字に引き結ばれたチャンミンの唇を前に、俺は「うーむ」と悩んでいた。

 

チャンミンの急変についていけなくて動揺していたのもそうだし、「伸るか反るか」激しく迷っていたのだ。

 

なぜなら、チャンミンのアソコに俺の視点が数秒間、ロックオンされてしまったからだ。

 

(俺は、チャンミンに食われてしまうかもしれない...!)

 

頼りないルームランプの下でもよく分かる。

 

チャンミンの細身のスラックスの...あの辺り...盛り上がっている...アレの形まんまに。

 

俺はゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 

どうやらチャンミンは、性的に興奮しているらしい。

 

ちょいダサで真面目で、ちょっとズレてるけど頭の良い、ヲタ気味の実は美青年の、元気なアソコを目にするのは感慨深いものがある。

 

「まだか!?」

 

鋭い声にビクッとした俺は、チャンミンの股間から彼の顔に視線を移した。

 

俺をギリリと睨みつけている。

 

丸いカーブを描いたまぶたと、濃いまつげ、ふっくらとした涙袋。

 

なるほど、チャンミンを可愛らしく見せているのは目の形なんだな、と心のチャンミン録にメモをした。

 

見た目は可愛いのに口調だけが乱暴で、なかなかキスをしようとしない俺に焦れて、口を尖らせた様子はいつものチャンミンだ。

 

眉根を寄せて俺を睨んでいるけど、全然怖くないわけでして。

 

(ヤバイ...可愛いんだけど!)

 

こみ上げる笑いに耐えきれなくなって、「ププー!」と吹き出してしまう。

 

「オレを馬鹿にしとるんかぁ!?」

 

キレたチャンミンにシャツの衿をつかまれて、上下にシェイクされた。

 

「してませんしてません」

 

チャンミンとしては、もっと乱暴なことをしたいんだけど、根の優しさがそれを邪魔しているんだろう。

 

そんなチャンミンが愛おしい。

 

「キスしろ!」

 

俺はチャンミンにのしかかられた格好になっている。

 

「ユンホ!

ズボンを脱げ!」

 

「わっ!

待て!」

 

俺のベルトを外そうとするチャンミンの手を、全力で阻止する。

 

「離せ!」

 

「チャンミン...一度、落ち着こうか?」

 

「ああん?」

 

ギロリと睨まれ、「チャ、チャンミン様!」と言い直す。

 

「お前...バージンか?」

 

(バージン?

男の俺が、『バージン』?)

 

「!!!」

 

チャンミンの言う『バージン』が、何を指すのか分かって、真っ青になった。

 

「...はい」

 

俺の返事に、チャンミンはなぜか安心したようで、俺のベルトから手を離すと自分のシートに戻った。

 

「ユンホはバージンか...ぐふふふ」

 

ひとり気持ちの悪い笑みを浮かべるチャンミンに、冷や汗が流れた。

 

ズボンを脱げ発言といい、バージン発言といい...。

 

「社用車の中で、チャンミンはコトを成そうとしているのでは!?」の予感しかしない。

 

これまで恋愛関係になったのは女性とばかりだ。

 

そんな俺がチャンミンと出逢ったことで、相手の性別にこだわらなくてもいいのでは?と思うようになった。

 

前にも言ったことだけど、綺麗なものは綺麗だ。

 

綺麗なものに惹かれる気持ちに、ブレーキはかけられない。

 

チャンミンの場合、ユニークなキャラクターが俺の好き度を上昇させるのだ。

 

とは言え、恋人同士になった大人がハグとキスだけで満足していられるわけがない。

 

俺だって人並みに性欲はあるし、好きになった奴の裸を見てみたいし、触りたいし、俺の身体を触って欲しい。

 

アソコとアソコを繋げたいなぁ、と望んでしまう。

 

困ったことに俺もチャンミンも男だから、女性相手のようにはいかないのだ。

 

ちらりと隣のチャンミンの様子を窺うと、買い物袋の中を漁っている。

 

(腹が減ったのか?股間は相変わらず逞しくさせている...この後の為にエネルギーチャージしているのか?)

 

俺の『バージン』は、チャンミンに捧げることになるのだろうか?

 

いや...待てよ...?

 

チャンミンが話を持ち出してくれて助かった。

 

チャンミンと恋愛するにあたっての重要事項、つまり...チャンミンには男との経験があるのかどうか?

 

たまにカマっぽい言動をすることがあって、それがよく似合っているが、それイコール『経験有』と言いきれない。

 

(ずっと気になっていたんだよなぁ)

 

「あのー、チャンミン様。

ひとつお尋ねしたいことがありまして...」

 

「ああん?」

 

ポテトチップスをむしゃむしゃ食べるチャンミンは、ぎゅっと眉間にしわをよせて俺を横目で見た。

 

油でてらてらとさせた唇の端に、ポテトチップスの欠片を付けている。

 

(か、可愛い...)

 

「何ぼーっとしてんだ。

質問するのなら、早うせい!

とろくさい奴は嫌いなんだ!」

 

「へ、へい(お前は岡っ引きの手下かよ...)

チャンミン様の方こそ、『バージン』なんですか?」

 

「......」

 

チャンミンは、次のひと口を放りこむ格好のままフリーズしている。

 

固唾を飲んでチャンミンの回答を待っていると...。

 

薄暗い車内でもはっきりと分かるほど、チャンミンの顔が一瞬、青くなったかと思うとみるみる赤くなってきた。

 

(ん?)

 

「ざけんな!

オレ様にしていい質問と、絶対禁止の質問があるんだ!」

 

興味津々な俺は、もう一度尋ねてみる。

 

「チャンミン様は...バージンなんですか?」

 

「ノーコメント!」

 

チャンミンの動揺から判断する限り...駄目だ、ア○ル経験有りとも無しともどっちでもとれる。

 

もう一歩踏み込んでみよう。

 

「俺には経験がありませんので...。

チャンミン様に是非、ご教授いただければと思いまして...」

 

「ふっ。

オレ様の身体で教えてやるよ」

 

チャンミンは唇をべろりと舐めると、ベルトを緩めファスナーを下ろし始めた。

 

(しまったー!

スイッチを入れてしまった!)

 

「チャチャチャンミン様!

ここは車の中です!

思い出してください、今は勤務中、残業中、出張中ですよ!

チャンミン様はその辺、けじめをしっかりとつけてらっしゃるお方だと思っていましたが」

 

外は氷点下。

 

窓ガラスは白く曇っている。

 

全身からかっかと熱を発散するチャンミンによって、車内は蒸し風呂のようだった。

 

なんだよ、この滅茶苦茶な展開は...。

 

(そうだ!)

 

 

「お!

電話だ、こんな時間に何だ何だ?」

 

鳴ってもいないスマホを耳に当てた。

 

邪魔が入ってムッとしたチャンミンに、片目をつむって謝ってみせた。

 

俺はチャンミンに背を向け、スマホを素早く操作してウメコへ電話をかけたのだ。

 

俺たちの任務が完了するまで、熱くなったチャンミンとの2人きりは辛すぎる。

 

チャンミンを虎にする呪文があるのなら、それを解く呪文もあるはずだ。

 

「ウメコ、俺だ、ユノだ」

 

『ユノォ、今夜は暇なのよ。

ただ酒飲ませてやるから飲みに来ない?

面白いアクセサリーを作ったから、ユノに試してもらいたいのよぉ』

 

「アクセサリーとか酒とか、今はそれどころじゃないんだ!

お前のみょうちきりんなもののせいで、こっちはエライことになってるんだ!」

 

『あらあら』

 

「この前、俺を元気づけるとか、癒すとかいうおまじないを俺に教えただろ?

紙に書いて渡してくれたヤツ」

 

『試してみた?

効果抜群だったでしょ?』

 

「効果があったのかなかったのかを確認する前に...結局アレはどういった類のおまじないなんだ?」

 

『元気付けて、同時に癒してくれる、と言ったら、アレしかないじゃないのよ』

 

「俺になぞなぞはいいから、ズバリ教えてくれよ」

 

『いちいち教えなくても、身体の変化で分かるでしょ?

ユノのセックスライフを充実させてあげる呪文よ』

 

「はあぁぁぁ!?」

 

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”23″ ]