(最終話)僕の失恋日記

 

ー15年前の7月某日ー

 

暑い。

明日から夏休み。

バイト、休み。

 

14:00集合。

スーパーで食糧調達。

映画DVDをレンタル。

ユノから「ビッグニュースがある」と聞かされている。なんだろう?

 

 

H回数:42回

週に1,2度会えるのがやっとなため、会うたびヤッてしまう。

お互い夏休みに入ったことだし、回数は増えそうだ。

僕とユノは相性抜群。

 

ユノ曰く、

「俺はオープンでサバサバしたエロ、チャンミンはねっとり屈折したエロだ」なんだとか。

 

なんだよそれ?

 

 

一緒にシャワーを浴び、暑過ぎて下着のまま過ごす。

大量に茹でたソーメンを食べる。

 

「ビッグニュースって何?」

 

ユノのいたずらっ子なワクワク顔。

 

ユノ

「はい、どうぞ」

 

ユノに手渡された物に、僕はとても驚いた。

 

「...これ?」

 

指が震えてしまった。

 

「なんで...なんで!?」

 

ユノ

「当選したんだ。

CCの握手券」

 

「嘘!?

嘘!?」

 

ユノ

「新曲が出るって言ってただろ?

俺も気になったから買ってみたんだよ。

そしたら、まさかの当選。

喜んでもらえて嬉しいよ」

 

 

ユノ

「チャンミン。

CCのこと、どう思ってる?」

 

「すごいムカついてる。

好きなのに嫌い。

嫌いなのに好き。

酷い男だ」

 

お腹の底から、ムカムカ感が湧いてきた。

 

ユノ

「でも、握手会に行けるとなると、嬉しいんだよね?」

 

「うん...」

 

ユノ

「想像してみて。

チャンミンは今、握手会会場にいる。

そして、目の前にCCがいる。

10秒だけトークできるんだってね。

さあ、チャンミン。

何を話す?」

 

僕は目をつむり、その情景を想像してみた。

CCが目の前にいる。

少しだけ言葉をかわすことができる。

 

「『会えて嬉しいです。

ずっと応援してきました。

CCさんの歌を聴いて、元気づけられてきました。

ありがとうございます。

これからも頑張ってください』

...かなぁ?」

 

ユノ

「『好きだけど嫌い、嫌いだけど好き』そのまんまだね。

憎らしいと思うけど、チャンミンの本音は、ありがとうでいっぱいなんだね。

キラッキラの毎日を送れていたんだから」

 

ユノが言う通り、ドキドキワクワク、CCを追いかける日々は楽しかった。

 

ユノ「俺からのお願い。

バシッとCCと別れてきてよ」

 

「ぷっ...別れるって」

 

ユノ

「いくらアイドルでもなぁ...面白くないよ。

CCはアイドルだけど、チャンミンの場合はガチだったからなぁ。

あの落ち込みようといったら...すげぇ好きだったんだなぁって」

 

「ヤキモチ妬かなくても、僕が好きなのはユノだけだよ。

握手券が嬉しかったのは...多分。

『...ああ、これでケジメがつけられる。

気持ちよくチャラにできる』と思ったからなんだ。

ホントだよ。

お礼を言ってくるよ。

『あなたのファンを卒業しました』なんて、余計なことは言わないよ」

 

ユノ

「はははっ、優しいなぁ、チャンミンは。

もう1回、想像してみて。

CCがチャンミンと握手しながらこう言うんだ。

『今まで応援してくれてありがとう。

あのニュースで、驚かせ、悲しい思いをさせてしまって申し訳なかった』

...どうする?」

 

僕「そんなこと言われたら、泣いてしまうよ。

立場的に、絶対に言わない台詞だろうけどね」

 

ユノ「CCに優しい言葉をかけてもらえたら最高なのにね」

 

僕「そうだね。

今のCCにとって大事なのは、離れてしまったファン、離れかけているファンよりも、変わらず応援してくれるファン、これから好きになってくれるファンなんだ。

僕にはもう、CCは必要ないよ」

 

ユノ

「な~んて言って、やっぱり会いたいんだ?」

 

「ミーハー根性だよ」

 

 

握手券は無駄になってしまった。

2日前にインフルエンザになってしまったのだ。

でも、大丈夫。

 

CCとお別れの握手なんてしなくても、既に彼は過去の男。

 

さよならCC。

 

僕のリアルはユノだけだ。

 

 

(※バイトに学校と忙しく過ごしてはいたけれど、なんだかんだ言って暇だったのだ。

自分の感情にどっぷり浸かれた時期だったのだ。

勢いがあるくせに、回り道ばかりしてて、最短距離をとれない不器用さ。

アイドル相手に僕は本気の恋をしていた。

ユノとの恋を始めるのに躊躇してしまうくらい、真剣に恋をしていた。

以上が、若かりし僕の失恋物語だ)

 

 

CC事件からちょうど2年後、僕が書いた小説が新人特別賞を貰った。

 

『大人気アイドル(♂)が男子大学生に一目惚れ。

アイドル(♂)は有名人パワーを使ってその男子大学生を、アシスタント・マネージャーにする。

紆余曲折の末、アイドル(♂)と男子大学生は結婚する』

 

このベタな内容がウケてしまった。

 

アイドル(♂)のモデルはユノなんだ。

 

初めて読んでもらった時、ユノは照れて照れて照れまくって、床を転げまわっていて、とても可愛かった。

 

男子大学生のモデルは、もちろん僕だよ。

 

 


 

 

 

ー15年後の10月ー

 

 

今朝のことだ。

 

来るハロウィーンパーティの仮装に使えそうな物はないか、自宅のクローゼットを引っかき回していた。

 

目当ての収納ケースは、ユノの私物が詰まった段ボールの下にあった。

 

段ボールを持ち上げた途端底が抜け、中身が派手な音を立てて落下した。

 

「ユノの馬鹿!

雑なんだから!」

 

僕は息を飲んだ。

 

それらはCDで、全部同じモノだった。

 

数えたら27枚あった。

 

最初は自分が買ったものだと思った。

 

若い頃、熱心に応援していたアイドル...CCのものだったから。

 

何年ぶりだろうか、CCの顔を見て懐かしい気持ちでいっぱいになった。

 

そこで、実家の秘密の隠し場所から、このノートを探したのだ。

 

 

日記の最後の1ページを読んだ時、あのCDの持ち主が誰か分かった。

 

ユノ。

 

ユノったら。

 

CCの握手会に行かせてやろうと、CDを27枚も買ったんだね。

 

たまたま当選した、なんて顔していたくせに。

 

涙が溢れてきて、困ってしまった。

 

 

いつの間にか、店内の客は僕一人になっていた。

 

会計を済ませ、店を出る。

 

小脇に挟んでいたノートを、トートバッグに入れようとした。

 

ひらりと地面に落ちた一枚の紙切れ。

 

北風に吹かれてひらりひらりと逃げる紙切れを、僕は必死で追う。

 

無事キャッチしたそれを、大切にノートに挟んだ。

 

握手券。

 

行けずじまいになってしまった握手券。

 

アーケード街の巨大時計が示す時刻に、僕は走りだした。

 

猛烈にユノに会いたくてたまらない。

 

美味しいものを食べながら、思い出話をしよう。

 

15年前の若くて勢いのあった僕らの話を。

 

改札口の向こうから現れた僕の旦那さん。

 

スーツ姿が滅茶苦茶カッコいい。

 

「お~い!」と手を振ったら、顔をくしゃくしゃにさせて、こちらに駆け寄ってきた。

 

大きな袋を下げている。

 

カボチャだ。

 

ジャック・オ・ランタンを作るつもりで買ってきてくれたんだろうけど、普通のカボチャだった。

 

ちょうど良かった、もうすぐハロウィーンだから。

 

「今夜、何食べようか?」

 

「今夜はチャンミンが選んでいいぞ」

 

「そうだなぁ...何がいいかなぁ...」

 

僕らは手を繋ぐ。

 

15年前も今も、これからも。

 

 

 

(おしまい)

 

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(21)僕の失恋日記

 

ー15年前の5月某日ー

 

<送別会の夜のこと>

 

ユノ

「チャンミンを放っておけなかった。

そんな俺を側で見ていた彼はどう思ったか。

分かりやすい俺の変化に『あれ?』って変に思うだろ?

たちが悪いことに、俺は全然気付いていないんだ。

チャンミンの世話に奔走してしまう動機が恋だってことに。

彼から『ユノの態度が変だ。好きな奴が出来たのか?』と訊かれても、ハテナ?だ。

『俺を疑ってるのか?』なんて、逆に彼を責めたりしてさ。

一緒にいたくなくなって当然だ」

ユノは僕をハグしたまま、話し続ける。

 

ユノ

「...昨日呼び出されて、『よりを戻したい』って言われて、すぐに断った。

『好きな奴がいるから無理だ、ゴメン』って」

 

ドキッとした。

 

ユノ

「そうしたらこう言われた。

『やっぱり...そいつだったんだ。

俺と付き合ってるのに、そいつとずっと会ってたんだろう?

俺は知っていたよ。

別れ話の時、俺は追求せずにいたんだ...ユノはそいつが好きだったんだろ?』って。

...そう言われた」

 

「『そいつ』って...」

 

ユノ

「チャンミンのことだよ」

 

 

ユノ

「さらに彼から、こう言われた。

『ユノは酷い男だ。

とっくの前によその男に気持ちがいってしまっているのに、自分じゃ気付いていない。

その上、悪いところは全部直すから、別れたくない、なんて言い出すんだから。

どこまで無神経なんだよ』

...って言われた。

彼から見れば、俺は浮気をしてたってことだ。

恐ろしいことに、俺にその自覚ナシだったんだ。

チャンミンにぺらぺら偉そうなこと言っておいて、俺自身の恋愛はこんな有様なの。

俺はずっと、被害者意識でいたんだ。

心変わりしたのは彼じゃなくて、俺の方だったんだ。

彼を傷つけていたのは、俺の方だったんだ。

俺さ、すげぇ落ち込んでしまって...」

 

「ユノ...」

 

ユノ

「鈍感にもほどがあるよなぁ。

誤解するなよ?

チャンミンのせいじゃないからな。

俺が馬鹿だっただけの話だ。

俺が元気がない理由の話は、これでお終いだ」

僕らはずーっとハグしたままだった。

 

ユノ

「CC、新曲を出したらしいね」

 

「詳しいね」

 

ユノ

「もちろん、注文しただろ?」

 

「ううん、していない。

買うのは止したんだ」

 

ユノ

「どうして?」

 

「欲しがる理由がなくなったから」

 

 

集中して書き続けていたせいで指が痛い。

首をぐるりと回転させ、大きく伸びをした。

ユノは目を覚まさない。

ひと晩で視界がぐんと、広がった気がする。

たったひと晩で、随分遠くまでワープしたみたいな感じなんだ。

でも、CCによって負った傷の痛みは消えていない。

僕は分かりやすく打ちひしがれ、いつまでもいつまでも、いつまでもいつまでもCCを引きずっていたんだ。

そうそう簡単に消えるものじゃない。

しつこく残っているけれど、それどころじゃなくなってしまっただけのこと。

だからユノの登場は、CCの延長線上にあるものじゃない。

目が覚めた、と言った方が...

うまく書きあらわすことができなくて、ジレッタイ!!

 


 

(※ユノとのことをうまく言い表せなくて、苦労している様子が、何度も書き直した文章から伝わってくる。

当時の僕はとても素直で、うつむきもせず真っ直ぐ前を向いて、襲い掛かる負の感情をまともに味わいながら、前進していた。

心を庇うために中途半端な嘘までついたりして、それでも逃げていなかった。

早く楽になりたくて一生懸命、手足を動かしていた。

ポンポンと後ろから肩を叩かれた。

僕はわざわざなのか、敢えてなのか、振り向くことなく、肩を叩いた人物と会話を交わす。

その人物はもちろん、ユノだ。

僕の背中はムズムズしてくる。

振り向きたいのを我慢してた。

いよいよ耐えきれずに振り向いた時、凄いことが起こった。

その時がいつだったのか、20歳の僕は分かっているのかな?

正解は、初めて寝た日だよ)

 

(20)僕の失恋日記

 

ユノが駅に着くまであと30分。

改札口の前で待っていよう。

残りページはあと少しだ。

僕は大きく息を吸って吐いて、ページをめくった。

とても大事なシーンだ。

丁寧に詳しく書いてくれてありがとう、と20歳の自分にお礼を言う。

だって、

これを読みながら、ユノのことをあらためて好きになっているから。

そうそう、ユノのこういうところに好きになったんだよね、って。

 


 

ー15年前の5月某日ー

 

<送別会の夜のこと>

勢い任せの告白。

するつもりのなかった告白。

思い出すだけで、火が出そうだ。

 

 

【僕の告白を受けて、ユノの反応】

泣き出した。

ポロポロ涙をこぼしていた。

 

ユノ

「悪くない。

全然、悪くないよ。

大歓迎だ」

 

僕もじんときてしまって、こぶしで涙を拭った。

互いの首をタックルするみたいなハグをした。

 

ユノ

「よりを戻すわけないじゃん」

 

「どうして元気がないの?」

 

ユノ

「俺って最低だなぁ、って。

俺は浮気は出来ない質なんだ...なんて言ってて、浮気したんだけど」

 

「あははは、そうだね」

 

ユノ

「元通り付き合おうと言われたとき、すげぇ腹が立った。

俺を2度もフッたくせに...って。

今さら遅いよって。

...まあ...とにかく、復活したいと言われて、お断りしたって話だ。

...それだけの話さ」

 

「駄目だよ、端折らないで。

それだけじゃ、ユノの元気がない理由が分からないままだ。

全部話して」

 

 

ユノ

「彼はね、初めての彼氏だったんだ。

付き合いの期間も長くて、別れるなんてあり得ないと思ってたんだ。

呑気に構えていた俺の隣で、彼の気持ちはどんどん離れていってたらしい。

純粋に気持ちが冷めたんだってさ...俺といると疲れるって。

そう言われた俺は、『至らない所があるなら直すから、別れるなんて言わないでくれ』ってお願いしたんだ。

チャンミンには偉そうなことばっかり言ってたのに...無様だろ?

俺の恋はそんな具合だし、チャンミンは失恋中だし。

その上、チャンミンを深く知りたいと思うようになるし、わけわかんなくなってきたんだ。

いい加減CCなんて諦めて、現実を見て欲しくて、あえてキツイことを言ったりした。

...ごめんな」

 

「謝るなって。

ユノの言葉に、僕はとても助けられたんだよ」

 

僕の言葉に、ユノの肩からはふっと力が抜けた。

 

「続きを話して、全部。

全部聞かせて。

どうして元気がないの?」

 

 

この後、ユノは何ていったんだっけ?

ユノと交わした言葉のひとつひとつを、鮮明に記録に残したかった。

ユノの腕の下から抜け出た僕は今、デスクにこのノートを広げている。

室内はとても蒸し暑く、エアコンを入れた。

ユノはぐうぐう寝ている。

ぽりぽりと裸のお腹をかいている。

さっき僕が強く吸いついた痕が痒いのかなぁ。

それは、生まれて初めて付けたキスマークだ。

 

(18)僕の失恋日記

 

ー15年前の5月某日ー

雨降り。

 

19:30より送別会。

(社員の×さんの結婚退職。

バイト生としては古株の僕とユノも呼ばれた)

 

参加人数14人。

××駅前の居酒屋××にて。

続きは明日書く。

(※以下は翌日、書いたもの)

 

 

最初、テーブルの端と端とに離れた席だったが、無理を言ってユノの隣に座らせてもらう。

 

(※ユノはカッコいい奴だから、女性スタッフから人気がある)

 

ユノの笑顔がぎこちないのが気になる。

昨日、バイトで一緒になった時は元気だったから。

前彼のことで何かがあったんだ、とピンときた。

料理にほとんど箸をつけないユノの分も、僕が食べる。

 

 

「元気?」

 

ユノ

「まあまあ、ぼちぼち」

 

猫背になったユノ、がぶがぶと酒を飲んでいる。

 

「顔が真っ赤だぞ。

飲み過ぎじゃないのか?」

 

心配する僕を無視して、すいすいとグラスを空けてゆく。

見かねた僕は、ユノを洗面所までひっぱってゆく。

トイレの個室に、二人まとめて入る。

ユノにハグする。

僕の行動にユノは目を丸くしていた。

4月以来、ユノとヤッていなかった。

ユノに近づくとドキドキする。

恥ずかしくて、顔から火が噴き出そうだった。

 

 

僕は気配りに欠けている男だ。

分かりやすく助けを求められたり、明らかに弱った姿を見せられるまで、動こうとしない。

気づけないんだ。

「あれ、おかしいな」と思っても、早とちりはいけないと、様子見する。

自分に対してさえこうなんだ、他人に対してはもっと鈍くさくなる。

この鈍くささのせいで、目の前に差し出されていた、いくつものチャンスを取りこぼしてきたのだろう。

僕はユノをほったらかしにしていた。

CCから離れられない自分にこだわってばかりで、リアルから逃げていた。

 

 

僕にとっての恋は、CCに憧れ見上げるものだけだった。

ところが、僕のすぐ隣を歩き、目を合わせ、言葉を交わし...キスをしたり、ヤッたり、触れて触れられ、心のひだひだがぞわり、とするこれら。

僕はようやく夢から覚めた。

大抵の場合、リアルより夢の方が幸福だと言うものだけど、僕の場合は違う。

僕はユノと恋をしかけていたんだ。

ユノの隣にいたのに上の空で、「CC、CC、CC...」と念仏のように唱えていた。

古い恋から新しい恋へと移り変わる瞬間。

とても淡くかすかな変化だから、その時には気付けない。

後になってふりかえって、ようやく「あの時」と分かるんだ。

僕はその瞬間を既に、経験していた。

 

 

送別会は途中退席。

ユノを部屋まで送っていくことにした。

ユノの足取りはしっかりしていたから、僕が付き添う必要は全くなかったけれど、ユノと話しがしたかった。

ユノ

「チャンミンと話しがしたかった」

ユノも同じことを思っていたと知って、びっくりした。

「元気がないみたいだけど、大丈夫?」と尋ねたら、「大丈夫じゃないから、話を聞いて欲しい」とユノは答えた。

 

退屈な講義。

板書をするフリをして、この日記を書いている。

あと5分で講義が終わる。

あと1つ講義を受けたら、今日はフリーだ。

続きは帰宅してから書く。

小説のストーリーも浮かんだ。