(20)僕の失恋日記

 

ユノが駅に着くまであと30分。

改札口の前で待っていよう。

残りページはあと少しだ。

僕は大きく息を吸って吐いて、ページをめくった。

とても大事なシーンだ。

丁寧に詳しく書いてくれてありがとう、と20歳の自分にお礼を言う。

だって、

これを読みながら、ユノのことをあらためて好きになっているから。

そうそう、ユノのこういうところに好きになったんだよね、って。

 


 

ー15年前の5月某日ー

 

<送別会の夜のこと>

勢い任せの告白。

するつもりのなかった告白。

思い出すだけで、火が出そうだ。

 

 

【僕の告白を受けて、ユノの反応】

泣き出した。

ポロポロ涙をこぼしていた。

 

ユノ

「悪くない。

全然、悪くないよ。

大歓迎だ」

 

僕もじんときてしまって、こぶしで涙を拭った。

互いの首をタックルするみたいなハグをした。

 

ユノ

「よりを戻すわけないじゃん」

 

「どうして元気がないの?」

 

ユノ

「俺って最低だなぁ、って。

俺は浮気は出来ない質なんだ...なんて言ってて、浮気したんだけど」

 

「あははは、そうだね」

 

ユノ

「元通り付き合おうと言われたとき、すげぇ腹が立った。

俺を2度もフッたくせに...って。

今さら遅いよって。

...まあ...とにかく、復活したいと言われて、お断りしたって話だ。

...それだけの話さ」

 

「駄目だよ、端折らないで。

それだけじゃ、ユノの元気がない理由が分からないままだ。

全部話して」

 

 

ユノ

「彼はね、初めての彼氏だったんだ。

付き合いの期間も長くて、別れるなんてあり得ないと思ってたんだ。

呑気に構えていた俺の隣で、彼の気持ちはどんどん離れていってたらしい。

純粋に気持ちが冷めたんだってさ...俺といると疲れるって。

そう言われた俺は、『至らない所があるなら直すから、別れるなんて言わないでくれ』ってお願いしたんだ。

チャンミンには偉そうなことばっかり言ってたのに...無様だろ?

俺の恋はそんな具合だし、チャンミンは失恋中だし。

その上、チャンミンを深く知りたいと思うようになるし、わけわかんなくなってきたんだ。

いい加減CCなんて諦めて、現実を見て欲しくて、あえてキツイことを言ったりした。

...ごめんな」

 

「謝るなって。

ユノの言葉に、僕はとても助けられたんだよ」

 

僕の言葉に、ユノの肩からはふっと力が抜けた。

 

「続きを話して、全部。

全部聞かせて。

どうして元気がないの?」

 

 

この後、ユノは何ていったんだっけ?

ユノと交わした言葉のひとつひとつを、鮮明に記録に残したかった。

ユノの腕の下から抜け出た僕は今、デスクにこのノートを広げている。

室内はとても蒸し暑く、エアコンを入れた。

ユノはぐうぐう寝ている。

ぽりぽりと裸のお腹をかいている。

さっき僕が強く吸いついた痕が痒いのかなぁ。

それは、生まれて初めて付けたキスマークだ。

 

(18)僕の失恋日記

 

ー15年前の5月某日ー

雨降り。

 

19:30より送別会。

(社員の×さんの結婚退職。

バイト生としては古株の僕とユノも呼ばれた)

 

参加人数14人。

××駅前の居酒屋××にて。

続きは明日書く。

(※以下は翌日、書いたもの)

 

 

最初、テーブルの端と端とに離れた席だったが、無理を言ってユノの隣に座らせてもらう。

 

(※ユノはカッコいい奴だから、女性スタッフから人気がある)

 

ユノの笑顔がぎこちないのが気になる。

昨日、バイトで一緒になった時は元気だったから。

前彼のことで何かがあったんだ、とピンときた。

料理にほとんど箸をつけないユノの分も、僕が食べる。

 

 

「元気?」

 

ユノ

「まあまあ、ぼちぼち」

 

猫背になったユノ、がぶがぶと酒を飲んでいる。

 

「顔が真っ赤だぞ。

飲み過ぎじゃないのか?」

 

心配する僕を無視して、すいすいとグラスを空けてゆく。

見かねた僕は、ユノを洗面所までひっぱってゆく。

トイレの個室に、二人まとめて入る。

ユノにハグする。

僕の行動にユノは目を丸くしていた。

4月以来、ユノとヤッていなかった。

ユノに近づくとドキドキする。

恥ずかしくて、顔から火が噴き出そうだった。

 

 

僕は気配りに欠けている男だ。

分かりやすく助けを求められたり、明らかに弱った姿を見せられるまで、動こうとしない。

気づけないんだ。

「あれ、おかしいな」と思っても、早とちりはいけないと、様子見する。

自分に対してさえこうなんだ、他人に対してはもっと鈍くさくなる。

この鈍くささのせいで、目の前に差し出されていた、いくつものチャンスを取りこぼしてきたのだろう。

僕はユノをほったらかしにしていた。

CCから離れられない自分にこだわってばかりで、リアルから逃げていた。

 

 

僕にとっての恋は、CCに憧れ見上げるものだけだった。

ところが、僕のすぐ隣を歩き、目を合わせ、言葉を交わし...キスをしたり、ヤッたり、触れて触れられ、心のひだひだがぞわり、とするこれら。

僕はようやく夢から覚めた。

大抵の場合、リアルより夢の方が幸福だと言うものだけど、僕の場合は違う。

僕はユノと恋をしかけていたんだ。

ユノの隣にいたのに上の空で、「CC、CC、CC...」と念仏のように唱えていた。

古い恋から新しい恋へと移り変わる瞬間。

とても淡くかすかな変化だから、その時には気付けない。

後になってふりかえって、ようやく「あの時」と分かるんだ。

僕はその瞬間を既に、経験していた。

 

 

送別会は途中退席。

ユノを部屋まで送っていくことにした。

ユノの足取りはしっかりしていたから、僕が付き添う必要は全くなかったけれど、ユノと話しがしたかった。

ユノ

「チャンミンと話しがしたかった」

ユノも同じことを思っていたと知って、びっくりした。

「元気がないみたいだけど、大丈夫?」と尋ねたら、「大丈夫じゃないから、話を聞いて欲しい」とユノは答えた。

 

退屈な講義。

板書をするフリをして、この日記を書いている。

あと5分で講義が終わる。

あと1つ講義を受けたら、今日はフリーだ。

続きは帰宅してから書く。

小説のストーリーも浮かんだ。

(17)僕の失恋日記

 

ー15年前の5月某日ー

 

休講になる。

ぽっかり空いた午後。

気温27度。

湿度45%。

晴れ。

 

ユノは何をしているかなぁ。

真っ先にユノのことが思い浮かんだ。

空を見上げて歩いていたから、車止めにつまづいて転んでしまった。

手の平を擦りむいた。

胸の奥に何かが詰まっているような感じは相変わらずだ。

その鈍痛よりも、手の平の擦り傷がズキズキ痛む方がマシだと思った。

 

 

(※ユノがその場に居合わせたら、こう言うだろう。

傷にふうふう息を吹きかける僕に、

「今どきの治療法は傷を乾かさない方がいいそうだぞ。

なんでかって言うとな、自分の身体から出る汁に秘密があるらしい...うんぬんかんぬん」)

 

 

帰宅したら、ファンクラブ会報誌が届いていた。

封筒を開ける指が震えていた。

 

『CC、再始動!

Newアルバムの制作秘話と思いを、ファンクラブの皆さんだけに語ります』

 

昨年の10月以降、CCは活動らしい活動をしてこなかった。

プライベートを充実させたからお仕事に戻りましょう、って?

 

『デビュー以来、これほど長期の休暇をいただいたのは初めてでした。

リフレッシュし、新たな力を得たこれからの僕を見てください...うんぬんかんぬん』

 

日焼けしたCCの写真を見つめる。

-夫夫で南の島にでも行ってきたんだろう?

 

『...初めて作詞に挑戦しました。

僕の愛の形をファンの皆さんにお届けしたく...うんぬんかんぬん』

 

ーふざけるな。

どうせ、誰かさんを想って描いた曲なんだろう?

他人のラブレターなんて読みたくない。

これ以上読んでいられなくなって、くしゃくしゃに破って捨てようかと思った。

 

『リリース記念。

握手会、抽選で〇〇名様ご招待!』

 

この一文に、僕の心臓はバクバクだ。

CCに会える。

何枚買えばいいかな?

10枚?

20枚?

30枚?

でもさ、冷静に考えろ。

奥さんに触れた手で握手したいのか、チャンミン?

握手したいから欲しくもないCDを買うのか?

CCの曲が聴きたいのか?

どっちだ?

 

 

CCから気持ちが離れてきたことに喜んだ束の間、あっさりと引き戻されてしまった僕。

僕のハートに根付いたCCはしぶとい。

決定的なネタを前にしたのに、スパッと諦めきれていない僕。

CCの物はほとんど捨ててしまったのに、気持ちだけは思い通りにコントロールできない。

半年以上経つのに、CCに関するニュースは、僕を動揺させる。

こんな自分がい、や、だ!

二度と顔を合わせる機会がない相手なら、忘れるまでの時間も短縮できたかもしれない。

あいにくCCは、これからも十分売ってゆける芸能人だ。

慎重にテレビやラジオを避けていても、街中の広告などでうっかり目にしてしまいそうだ。

店内BGMで、CCの曲を聴いてしまうかもしれないし、不意打ちに...例えば、信号や次の電車を待つ僕の後ろで、CCの話題で盛り上がる人々がいるかもしれない。

僕が完全に忘れてしまうまで、CCなんて無人島にでも行ってくれたらいいのに...。

 

 

【封筒の中身】

・会報誌

・ポストカード

(CCのサインが印刷されている)

・年会費振込用紙

(ファンクラブの有効期限が迫っている)

ファンクラブは更新しない!!

 

 

(※今だからわかること。

お知らせが来ると、Caution Cautionの赤ランプが点滅して、平静でいられなくなるのは、クセに近いものだ。

長らく何度も繰り返されて条件反射のようなものだ。

CCのことを色濃く引きずっているせいで敏感に反応してしまったと、20歳の僕は思い込んでいる。

堂々と「CCが好きだ」と言っている反面、ユノのことはあいまいなままだ。

ユノのことにほとんど触れていないこの日記。

僕らの将来を知っているから、当時の僕の心境はバレバレだ。

答えを出すまでに時間がかかる僕。

答えが出ているのに、気付かないフリも上手い。

アイドル相手の恋であの熱量。

恋の相手が生身の存在になった暁には...!?

その分、その気になった時の僕は凄いのだ)

 

(16)僕の失恋日記

 

 

ユノが駅に着くまであと30分。

 

改札口の前で待っていよう。

 

残りページはあと少しだ。

 

僕は大きく息を吸って吐いて、ページをめくった。

 

とても大事なシーンだ。

 

丁寧に詳しく書いてくれてありがとう、と20歳の自分にお礼を言う。

 

だって、これを読みながら、ユノのことをあらためて好きになっているから。

 

そうそう、ユノのこういうところに好きになったんだよね、って。

 

 


 

ー15年前の5月某日ー

 

<送別会の夜のこと>

 

勢い任せの告白。

するつもりのなかった告白。

思い出すだけで、火が出そうだ。

 

 

【僕の告白を受けて、ユノの反応】

 

泣き出した。

ポロポロ涙をこぼしていた。

 

ユノ「悪くない。

全然、悪くないよ。

大歓迎だ」

 

僕もじんときてしまって、こぶしで涙を拭った。

互いの首をタックルするみたいなハグをした。

 

ユノ「よりを戻すわけないじゃん」

僕「どうして元気がないの?」

 

ユノ「俺って最低だなぁ、って。

俺は浮気は出来ない質なんだ...なんて言ってて、浮気したんだけど」

僕「あははは、そうだね」

 

ユノ「元通り付き合おうと言われたとき、すげぇ腹が立った。

俺を2度もフッたくせに...って。

今さら遅いよって。

...まあ...とにかく、復活したいと言われて、お断りしたって話だ。

...それだけの話さ」

 

僕「駄目だよ、端折らないで。

それだけじゃ、ユノの元気がない理由が分からないままだ。

全部話して」

 

 

ユノ「彼はね、初めての彼氏だったんだ。

付き合いの期間も長くて、別れるなんてあり得ないと思ってたんだ。

呑気に構えていた俺の隣で、彼の気持ちはどんどん離れていってたらしい。

純粋に気持ちが冷めたんだってさ...俺といると疲れるって。

そう言われた俺は、『至らない所があるなら直すから、別れるなんて言わないでくれ』ってお願いしたんだ。

チャンミンには偉そうなことばっかり言ってたのに...無様だろ?

俺の恋はそんな具合だし、チャンミンは失恋中だし。

その上、チャンミンを深く知りたいと思うようになるし、わけわかんなくなってきたんだ。

いい加減CCなんて諦めて、現実を見て欲しくて、あえてキツイことを言ったりした。

...ごめんな」

 

僕「謝るなって。

ユノの言葉に、僕はとても助けられたんだよ」

 

僕の言葉に、ユノの肩からはふっと力が抜けた。

 

僕「続きを話して、全部。

全部聞かせて。

どうして元気がないの?」

 

 

この後、ユノは何ていったんだっけ?

ユノと交わした言葉のひとつひとつを、鮮明に記録に残したかった。

ユノの腕の下から抜け出た僕は今、デスクにこのノートを広げている。

室内はとても蒸し暑く、エアコンを入れた。

ユノはぐうぐう寝ている。

ぽりぽりと裸のお腹をかいている。

さっき僕が強く吸いついた痕が痒いのかなぁ。

それは、生まれて初めて付けたキスマークだ。

 

 

 

 

 

ユノ「チャンミンを放っておけなかった。

そんな俺を側で見ていた彼はどう思ったか。

分かりやすい俺の変化に『あれ?』って変に思うだろ?

たちが悪いことに、俺は全然気付いていないんだ。

チャンミンの世話に奔走してしまう動機が恋だってことに。

彼から『ユノの態度が変だ。好きな奴が出来たのか?』と訊かれても、ハテナ?だ。

『俺を疑ってるのか?』なんて、逆に彼を責めたりしてさ。

一緒にいたくなくなって当然だ」

 

ユノは僕をハグしたまま、話し続ける。

 

ユノ「...昨日呼び出されて、『よりを戻したい』って言われて、すぐに断った。

『好きな奴がいるから無理だ、ゴメン』って」

 

ドキッとした。

 

ユノ「そうしたらこう言われた。

『やっぱり...そいつだったんだ。

俺と付き合ってるのに、そいつとずっと会ってたんだろう?

俺は知っていたよ。

別れ話の時、俺は追求せずにいたんだ...ユノはそいつが好きだったんだろ?』って。

...そう言われた」

 

僕「『そいつ』って...」

ユノ「チャンミンのことだよ」

 

 

ユノ「さらに彼から、こう言われた。

『ユノは酷い男だ。

とっくの前によその男に気持ちがいってしまっているのに、自分じゃ気付いていない。

その上、悪いところは全部直すから、別れたくない、なんて言い出すんだから。

どこまで無神経なんだよ』

...って言われた。

彼から見れば、俺は浮気をしてたってことだ。

恐ろしいことに、俺にその自覚ナシだったんだ。

チャンミンにぺらぺら偉そうなこと言っておいて、俺自身の恋愛はこんな有様なの。

俺はずっと、被害者意識でいたんだ。

心変わりしたのは彼じゃなくて、俺の方だったんだ。

彼を傷つけていたのは、俺の方だったんだ。

俺さ、すげぇ落ち込んでしまって...」

 

僕「ユノ...」

 

ユノ「鈍感にもほどがあるよなぁ。

誤解するなよ?

チャンミンのせいじゃないからな。

俺が馬鹿だっただけの話だ。

俺が元気がない理由の話は、これでお終いだ」

 

僕らはずーっとハグしたままだった。

 

ユノ「CC、新曲を出したらしいね」

僕「詳しいね」

 

ユノ「もちろん、注文しただろ?」

僕「ううん、していない。

買うのは止したんだ」

 

ユノ「どうして?」

僕「欲しがる理由がなくなったから」

 

 

集中して書き続けていたせいで指が痛い。

首をぐるりと回転させ、大きく伸びをした。

ユノは目を覚まさない。

ひと晩で視界がぐんと、広がった気がする。

たったひと晩で、随分遠くまでワープしたみたいな感じなんだ。

でも、CCによって負った傷の痛みは消えていない。

僕は分かりやすく打ちひしがれ、いつまでもいつまでも、いつまでもいつまでもCCを引きずっていたんだ。

そうそう簡単に消えるものじゃない。

しつこく残っているけれど、それどころじゃなくなってしまっただけのこと。

だからユノの登場は、CCの延長線上にあるものじゃない。

目が覚めた、と言った方が...

うまく書きあらわすことができなくて、ジレッタイ!!

 

 


 

(※ユノとのことをうまく言い表せなくて、苦労している様子が、何度も書き直した文章から伝わってくる。

 

当時の僕はとても素直で、うつむきもせず真っ直ぐ前を向いて、襲い掛かる負の感情をまともに味わいながら、前進していた。

 

心を庇うために中途半端な嘘までついたりして、それでも逃げていなかった。

 

早く楽になりたくて一生懸命、手足を動かしていた。

 

ポンポンと後ろから肩を叩かれた。

 

僕はわざわざなのか、敢えてなのか、振り向くことなく、肩を叩いた人物と会話を交わす。

 

その人物はもちろん、ユノだ。

 

僕の背中はムズムズしてくる。

 

振り向きたいのを我慢してた。

 

いよいよ耐えきれずに振り向いた時、凄いことが起こった。

 

その時がいつだったのか、20歳の僕は分かっているのかな?

 

正解は、初めて寝た日だよ)

 

 

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