(22)僕らが一緒にいる理由

 

 

「ユノさんの邪魔になるから」と、アオ君はあっさり帰っていた。

 

始めの頃と比べると減ったけれど、たまにアオ君は我が家に泊ってゆく。

 

アオ君は我が家のごとく振舞っていたし、僕ら夫夫もそれを望んでいたし、その家族団らんな雰囲気は幸福そのものだった。

 

この時がずっと続けばいいな。

 

いい思い出になるだろうな。

 

両親から離れたくて寮生活を始めて、その生活もうまくいかなくて一人暮らしを始めたらしいけれど、本当の素性はよく分かっていない。

 

でも、夫の血縁者であることは確かだから、深く追求することはよしておいた。

 

(実は従兄弟の子ではなさそうだと気付いた時、隠し子説が思い浮んだ。

夫ではなくて、彼の親族間の誰かのだ。

アオ君は17歳。

夫の隠し子だとしたら、彼が中学1年頃にこしらえた子供になることになるため、考えにくい)

 

今夜もアオ君は僕をからかうことを忘れないかった。

 

帰り際、玄関の戸が閉まると再び開いて、言い忘れたとばかりに僕に向かってこう言うのだ。

 

「俺がいるせいでHの邪魔したら悪いじゃん」

 

「ば、バカっ!

熱があるんだぞ!」

 

「へぇ...。

熱が無ければやってるんだ」

 

「...っ」

 

アオ君はボンッと赤くなった僕を見て、ニヤニヤしている。

 

「君がいようがいまいが、ヤッちゃってます...」と、僕は心の中でつぶやいている。

 

「実はバレていたりして!」と青ざめる。

 

アオ君だけじゃなく、夫の方も僕を焦らせるのが目的で、アオ君が宿泊した日に限って僕を求めてくる。

 

声を出したらいけないと思う程に、聞かれたらいけない声が漏れそうになり、僕は手首を噛んで堪えるのだ。

 

 

僕は温タオルで微熱気味の夫の背中を拭いてやった。

 

それから寝室に電気ストーブを持ち込み、顎まで布団をかけ、新たに開封した冷却シートを額に貼ってやった。

 

夫は「ふぅ~」と気持ちよさげな吐息を漏らした。

 

「お利巧さんして寝ていなさい。

明日には楽になってると思うよ」

 

伏せっていたせいでぺしゃんこになってしまった髪を撫でてやった。

 

「う~ん...」

 

「おやすみ」

 

「...すみ」

 

弱々しい夫は何度見ても辛いものだ。

 

音をたてないよう閉めたつもりなのに、古い蝶番はぎぃと軋み音をたててしまった(油を差すこと)

 

今夜は夫がゆっくりと眠れるよう、かつ風邪をうつされないよう、今夜はリビングのコタツで眠ることにした。

 

 

僕は入浴を済ませると、書斎から取ってきたノートパソコン立ち上げた。

 

TVを付けていない部屋はとても静かで、マウスをクリックする音が大きい。

 

背筋がゾクゾクっとしてきて、灯油ストーブの火力をあげた。

 

ふと思い立ち、窓際まで這ってゆきカーテンを引いた。

 

結露を拭った窓ガラスに額をくっつけると、外はぼうっと白んでいた。

 

(雪かぁ...)

 

僕は再びコタツに戻り、背中をまるめて探し物に戻った。

 

「お!」

 

ネットサーフィンの末、自身の希望に近い工房にたどり着いた。

 

シンプルなのに、メッセージ性が伝わるデザインを得意とするらしい。

 

流通数の多いものではなくて、1点ものがいい。

 

過去の作品を眺めているうち、自分もお揃いであつらえようかな、と思ってみたりして。

 

でも、僕のピアスホールはほぼ塞がっているし、開け直すのは2度とご免だ。

 

 

週末には、その工房を訪ねていた。

 

風邪で仕事を1日欠勤した夫は、休日出勤している。

 

夫には内緒だったから都合がよかった。

 

僕はアオ君を誘い、電車で30分先のその工房まで出かけて行った。

 

住所は分かっているのに、店舗を発見するまでにずいぶん手間取ってしまった。

 

僕に負けず劣らずアオ君も方向音痴だったこと、店舗が著しく分かりにくい場所にあったことが理由だ。

 

通りに出された看板を見落とした僕らは、テナントビルの前を何度も何度も往復していたらしい。

 

こんなに分かりにくい所にあってお客さんは果たしてくるのか?と心配になってしまったが、想像に反してそこは小綺麗な店構えだった。

 

ビルに入りガタガタ振動が酷いエレベーターから下りるまでの間、アオ君は僕のことをを訝し気に見ていた。

 

「チャンミン、凄いとこみつけたね」

 

「でしょう?」

 

廊下に面した小窓の内は、ショーウィンドウ代わりにドライフラワーやビンテージ風の雑貨が飾られている。

 

僕は、ガラスに鼻をくっつけんばかりにして中を覗き込むアオ君の手を引いて、古めかしい木製ドアを開けた。

 

ちりんちりんと鈴が鳴り、奥から出てきた女性が僕らを出迎えた。

 

「いらっしゃいませ。

ご自由にご覧下さいませ」

 

「は、はい...」

 

狭い店内は家具も床も、新品には見えない木製、金属部分はは真鍮色、飾り棚に用途の分からない小道具が置かれ、壁には昔々の西洋の景色が描かれた額縁がかけられていた。

 

「......」

 

この手のお店が初めてだった僕とアオ君は、急にかしこまってしまった。

 

「俺たち...場違い?」

 

「緊張するね」

 

BGM無しの静寂の店内に、靴音も衣擦れもうるさく感じて、つい忍び足になってしまう僕ら(よりによって革靴を履いてきた)

 

「こちらは全て1点ものになっております。

注文も承っておりますよ」

 

覗き込む僕とアオ君に、お姉さん(ガラスで仕切られた店内奥の作業場で、男性が背を丸めて 彼の奥さんかな?と、勝手に想像)が優しく促してくれた。

 

「すみません...」

 

中央にクラシカルなショーケースが1台あるのみ。

 

店内奥が工房になっていて、作業中の男性が格子窓越しに見えた。

 

「どれにしようかな」

 

ベルベットが敷かれた棚板に指輪やペンダントトップ、ブローチなどがディスプレイされていた。

 

アオ君は僕の脇腹を肘でついた。

 

「よさそうなものがないね」と言いたげだ。

 

ピアスもあったが装飾が多いデザインばかりで、夫には女性的過ぎた。

 

「どうする?」と、僕とアオ君は無言で顔を見合わせた。

 

僕はとてもシャイなため、外出の際などコミュニケーションをとるのは専ら夫が担当している。

 

だから、普段物怖じしないアオ君を頼りにしていたのに、彼はもじもじしているばかりでお姉さんに声をかけることができないようだ。

 

意外なことにアオ君は内弁慶らしい。

 

考えあぐねている僕らを見かねて、「どういったものをお探しですか?」お姉さんは助け舟を出してくれた。

 

「...あの、プレゼントを。

男性なんですけど。

ピアスか指輪がいいかと思っています」

 

「それならば。

オーダーでお作りすることもできますよ。

ただ...お時間を頂戴します」

 

顔を輝かせる僕らに、お姉さんは「どのような方ですか?」とノートを広げた。

 

お姉さんは贈られる人物...つまり夫...の年齢や雰囲気を聞き取っては、オーダー用紙に記入していった。

 

「その人はすごいイケメンなんです。

背が高くって、スーツが似合ういい男です。

アクセサリーを付けない人なので、ピアスなんかがいいと思います」

 

と、アオ君は前のめりに自慢するものだから、隣にいる僕は恥ずかしくて仕方がない。

 

「指輪だとサイズを測らないと、ですね」

 

「それならば...」と、お姉さんはお店の奥に一度引っ込むと、トレーを持って戻ってきた。

 

「昼間はスーツ姿、休日はいい意味でのキザな大人の男性が、といったイメージに合うかと思います。

オーダー品ではありませんが、この店ではすべてが1点ものです。

ちょうど今朝、完成したものがあります」

 

「今朝ですか!

出来たてほやほやじゃないですか!」

 

「あそこの彼がデザインした1点ものです」

 

僕とアオ君は、ベルベットを貼ったトレーに視線を落とした。

 

「もし、お気に召したならば...これならば、お時間をとらせません」

 

鎮座した1対のピアス。

 

「あれ?」と思って、アオ君のピアスに目をやった。

 

 

(つづく)

 

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(21)僕らが一緒にいる理由

 

~夫の夫~

 

俺はアオ君を責めていない。

 

「このままじゃいけないよ」と、思い出させてあげただけだ。

 

「ずっとここに居続けるわけにはいけないよ」と。

 

「突然アオ君がいなくなったら、チャンミンの落ち込みようは酷いと思う。

もちろん、俺も寂しいよ、とても」

 

「......」

 

俯くアオ君の頭に片手をのせた。

 

垂れた前髪が濃い影を作って、アオ君の表情を覆っていた。

 

俺から頭を撫ぜられるがままのアオ君は、もう17歳、まだ17歳だ。

 

「俺の場合は最初から事情を知っていたから、多少はマシだろうけど、チャンミンは何も知らないからね。

 

最後まで内緒にしているのは、さすがにチャンミンが可哀想だ。

 

早いうちに、チャンミンには説明をしておいた方がいいかもしれないなぁ」

 

「そうですね...」

 

「アオ君だって、何も知らせずに行ってしまうのは嫌だろう?」

 

「嫌です」

 

「最初は最後まで知らせない方がいいと思っていた。

でも、アオ君の手助けを始めてすぐに、これは俺だけが抱えきれる秘密じゃない、と考えを変えた。

どうせすぐにバレるだろうからと、外出の言い訳も適当にしてたしさ」

 

「...じゃあ、爪痕を残してもいいんですか?」

 

「ああ。

ガツン、とね。

その時は俺も一緒にいるから」

 

アオ君の頭の上にあった手を彼の肩に落とし、ぽんぽんと叩いた。

 

「どう?

得られたものはあった?」

 

「あったと思います」

 

「それはよかった。

じゃあ、どこかで場を設けるよ」

 

「理解してもらえるでしょうか?」

 

「するさ。

チャンミンは小説家をやってるだけあって、感情面で柔軟性はあると思うよ」

 

パタパタと、聞きなれたリズムのスリッパ音に顔を上げると、夫が寝室の戸口に立っていた。

 

「ユノ~。

具合はどう?」

 

「楽になったよ」

 

「ホントに?」

 

俺の言葉を信用していない夫は「どれどれ~?」と、俺の額に手を当てた。

 

炊事中の夫の手は冷たくて気持ちがよかった。

 

「昼間より下がったかなぁ?

夫は反対側の手をアオ君の額に当ててみせると、「あれ?アオ君の方が熱い?」と首を傾げて今度は自身の額に手をやった。

 

「あれ?

僕も熱があるかも」

 

「それは手が冷たいからだよ」

 

「ユノの風邪がうつったかも。

ほら、おでこに触ってみて。

熱いから」

 

「いや...全然」

 

「体温計使えばいいじゃないですか」

 

「そりゃそうだけど」

 

俺たち3人は、互いの額の温度を比較し合っては笑った。

 

 

 

~僕~

夫が風邪をひいた。

 

朝出勤していった夫が、昼食前にふらふらになって帰宅したのだ。

 

「もぉ!

僕の言うことを聞かないから!」

 

湯上りの身体で寒空の下、出掛けていった夫が悪い(寒い季節、暑いくらいに暖房がきいた部屋で食べるアイスクリームが最高なんだとか)

 

僕は夫を着替えさせ、寝床に押し込んだのち、執筆の続きに戻る為書斎に引っ込んだ。

 

キーボードを打つ指のスピードは落ちない。

 

生活が充実しているおかげなのか、近頃の僕は冴えているのだ。

 

気持ちが若くなったと感じるし、夫のダメダメなところが気になりにくくなった。

 

第一章まで書き上げた時、夫を寝かせてからちょうど3時間が経っていた。

 

音をたてないようドアを開け、寝室の様子をうかがうと、夫はまだ寝息をたてていた。

 

額に貼っていた冷却シートを新しいものと交換してやる間、風邪薬がよく効いているのか夫はぴくりとも動かなかった。

 

口元に耳を寄せ、呼吸音とリズムを確かめた。

 

吐息は熱く、うっすら開いた唇はかさかさに乾いている。

 

「......」

 

僕ら以外誰もいるはずないのに、キョロキョロ周囲を見回してから夫にキスした。

 

今のキスの相手が素面の健康体の夫だったとしたら、首根っこをつかまれベッドに引きずり込まれていただろうな。

 

 

お粥でも用意しようと台所に立った丁度その時、チャイムが鳴った。

 

「寒い寒い!

ぼたん雪っていうの?

でっかい雪が降ってきた」

 

前髪と両肩に雪をのせたアオ君だった。

 

今夜、アオ君を夕食に誘っていたことを忘れていた。

 

夫が風邪で寝込んでいることを知らせると、アオ君の表情が瞬時に曇った。

 

「えっ!?

大丈夫なの?」

 

「だいじょーぶ。

ユノはひと冬に必ず1度は風邪ひく人なの。

僕は滅多にひかないんだけどね~、はは~」

 

アオ君のおろおろ具合が面白かった。

 

「病院は!

病院に連れていかなくてもいいんですか?」

 

心配する挙句、寝室まで突撃しようとするアオ君を引き留めた。

 

「今はゆっくり寝かしておくことが、一番の養生だよ」

 

「...分かったよ」

 

「お粥を作るんだけど、教えてあげようか?」

 

「...しょうがねぇな。

教えてもらうよ」

 

アオ君は僕の隣に立って、米の研ぎ方包丁の持ち方などを手取り足取り指導した。

 

ネギに添えたぶきっちょなネコの手に、僕は心の中でクスクス笑っていた。

 

 

夫が目覚めるまでの間、僕とアオ君は共にコタツでみかんを食べていた。

 

外皮をむくなり、2,3房まとめて口に放り込むアオ君に対して、僕はみかんのスジを丁寧に取り除く派だ。

 

「チャンミンらしい食い方だなぁ」

 

「うるさいなぁ。

そうだ!」

 

僕が夫の浮気を疑う以前、密かに温めていたプランについて、アオ君に助言を仰ぐことにした。

 

引きこもりの僕よりも、若者の感覚の方が頼りになりそうだった。

 

「ユノに贈り物をしたいと思ってるんだ。

まとまった原稿料が入ったんだよ。

何をあげた方がいいと思う?」

 

「名目は何?」

 

アオ君は2個目のみかんの皮をむきながら尋ねた。

 

「クリスマス兼誕生日兼バレンタイン兼ホワイトデー兼いままでありがとう、これからもよろしくね兼、「大好きだよ」プレゼント...とか?」

 

「う~ん」

 

「財布やパス入れ。

万年筆、ネクタイ。

王道なものでいいんじゃね?」

 

「実はね...大体のものはあげつくしたんだ」

 

各種イベントごとに、ちょっといいモノをお互いに贈り合ってきたから、近年ネタ切れになってきていた。

 

「旅行もいいかなぁ、と思ってはいるんだけどさ」

 

アオ君は僕の左薬指を見て、「アクセサリーは?」と訊ねた。

 

「ファッションリングってこと?

ネックレス...ユノなら付けそうだね、休みの日とか」

 

「ピアスなんかはどうかな?

ユノさん、ピアスホール開いてたし」

 

アオ君は自身の耳たぶを指さした。

 

「ユノさんなら、30過ぎてもピアスが似合うイケオジになれるよ」

 

「あのね~、ユノはオジサンな年じゃないよ」

 

「俺からみたら、30過ぎたらオジサンだよ」

 

「...っ」

 

いちいち相手にしていたらきりがない、スルーすることにした。

 

「ピアスか~。

ちゃんとしたものはあげたことないかも」

 

夫から無理やりピアスホールを開けられた過去を思い出していた。

 

ファッション雑貨コーナーへふくれっ面の僕を連れてゆき、揃いのピアスを買ったっけ?

 

1ペアを半分こしたはず。

 

懐かしいなぁ...。

 

「いいね。

ピアス、いいかも」

 

土鍋の蓋がカタカタ音をたて始めた。

 

出来上がったお粥は、アオ君が寝室に運ぶことになった。

 

 

(つづく)

 

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(20)僕らが一緒にいる理由

 

 

「やっぱり、ユノから聞いていないんだ?」

 

「あ、うん」

 

姪の誕生日パーティに誘われていたとは知らなかった。

 

「『行けない』って」

 

「そっか...」

 

「行けない」というより、「行かない」「行きたくない」が本心だろうなぁ、と思った。

 

僕に意向を訊ねる前に断っていたからといって、僕は全然腹が立たない。

 

誘いに応じてパーティに出席したところで、そこは針のむしろだ。

 

結婚の意志を伝えにいったあの日から10年...僕ら夫夫が揃って訪ねられるようになるまでに、まだまだ時間が必要そうだ。

 

Jちゃんは、兄から断られることを知っていても、もしかしたら...」の期待をこめて何かと誘ってくれるのだ。

 

僕らが知らないだけで、夫と両親の間を取り持とうと気を配り続けていたのかもしれない。

 

「...でも、親戚ばっかりで堅苦しい感じになるだろうから、参加しなくてよかったかもしれないわ」

 

「あははは」

 

(...ん?)

 

夫の親戚が集まる...ということは、アオ君の両親もその場にいる可能性があるかもしれないということか。

 

駅から僕の家までは、車で3分足らずの距離だ。

 

「今日は何時まで大丈夫?」

 

「夕食はこちらの友人ととる約束をしているから、それまではフリーよ」

 

「せっかくだから僕んちに寄ってよ」

 

タクシーが自宅前に到着した時、僕はJちゃんを誘っていた。

 

「いいの?」

 

「全然オッケーだよ。

ごちゃごちゃしてて悪いんだけど...」

 

「ふふっ。

そんなことないわよ」

 

僕はタクシーから降りるJちゃんの荷物を引き取った。

 

 

「ごちゃごちゃしててゴメン」

 

僕はJちゃんをリビングに通すと、大慌てで部屋干ししていた洗濯物を除け、斜めになっていた座布団を真っ直ぐにした。

 

「ホッとするのよねぇ、この部屋」と、Jちゃんはキョロキョロと室内を見回している。

 

「いい風に言えばね」

 

「あら?」

 

「どうしたの?」

 

お茶の用意をしていた僕は、Jちゃんの方を振り向いた。

 

「これ...」

 

「あ!」

 

Jちゃんが手にしたものに、僕は大声をあげてしまった。

 

「これって...?」

 

アオ君の忘れ物...数学の教科書...だった。

 

よくアオ君は持ち込んだ教科書や問題集を、我が家のコタツに広げていた。

 

「え~っと」

 

アラサー男2人暮らしの部屋に、高校数学の教科書...「なぜ?」となるだろう。

 

Jちゃん相手ならば、アオ君が我が家に出入りしていることを話してしまっていいものか迷った。

 

でも、夫だからこそ頼ってきたのかもしれないから、内緒にした方がいいだろう。

 

「昔の教科書が出てきてさ。

懐かしくってさ」

 

「今も取っていたんだ。

チャンミンさんらしいわ。

こんな難しいものを、よく昔は解いていたなぁって思うよね」

 

「うんうん、そうそう」

 

お茶と茶菓子の用意が整い、僕らはしばらく互いの近況や配偶者についての話題で盛り上がった。

 

「パーティにはどれくらいの人が集まるの?」

 

僕はおもむろに、話題を変えた。

 

「さあ...母が取り仕切ってるから詳しいことは分からないけど、多分30人くらい?」

 

「Jちゃんとこは親戚が多いんだってね。

従兄弟って何人くらいいるの?

僕の従兄弟は3人だっけなぁ」

 

「従兄弟?

何人いるかなぁ...。

父方、母方どちらも兄弟が多い方だから...そうねぇ」

 

Jちゃんは空を睨んで、指折り数え出した。

 

僕はJちゃんに訊きたいことがあったのだ。

 

「従兄弟っていっても、うんと年上の人がいたりしない?

自分の親世代の年齢くらいに」

 

「ううん」

 

Jちゃんは左右に首を振った。

 

「両親は上の方だから。

一番年上の従兄弟でも38歳だったかなぁ」

 

「......」

 

「どういうことなんだろう?」と首を傾げた。

 

アオ君の両親はどんな人たちなのか知りたかった。

 

Jちゃんは、一番年上の従兄弟が38歳って言っていた。

 

でも、アオ君の両親にあたる「50代後半」の人物は夫の従兄弟衆の中にはいないらしい。

 

アオ君は夫の従兄弟にあたるのに、「従兄弟の子」だと僕が聞き間違えただけかもしれない。

 

「チャンミンさん?

私たちの従兄弟が、どうしたの?」

 

Jちゃんは黙り込んでしまった僕に、首を傾げていた。

 

「いやっ。

何でもない...」

 

 

「しばらくはこちらにいるから、近いうちに私たちだけでしましょうよ」

 

Jちゃんは1時間ほど滞在したのち、帰宅するためタクシーを呼んだ。

 

「いいね!

僕んちでやろうよ」

 

「そうしましょう!」

 

僕は走り去るタクシーに手を振り見送った。

 

 

 

    

~夫の夫~

 

結婚以来、俺は何度か風邪をひき、その都度夫に手厚く看病してもらった。

 

早退してきた俺に、夫は「やれやれ」とため息をついた。

 

「昨日、湯冷めしたんだよ。

薄着のままでコンビニに出掛けるんだからぁ」

 

「...うん。

ごめん」

 

昨夜の俺は、突如アイスクリームが食べたくなり、夫の反対を押し切って外出したものだから、秘密でもなんでもない。

 

夫は慣れたもので、てきぱきと俺の手当てを済ませると書斎に引っ込んでしまった。

 

なんとドライな扱いなんだろうと、落ち込んだりしない。

 

結婚当初は、俺が心配だからと熱にうなされる俺の側から離れずにいたのだが、年を経るごとに加減を知っていったのだ。

 

どれくらいうとうととしていたのか、目覚めるとアオ君が俺を見下ろしていた。

 

なぜアオ君だとすぐに分かったのかというと、シルエットの形が夫のものではなかったからだ。

 

「来てたんだ?」

 

枕元の目覚まし時計の針は18時を指していた。

 

廊下の照明の光が、開けたドアから薄暗い部屋へと差し込んでいる。

 

夕飯を我が家で摂ろうと、いつものように訪ねてきたのか、それとも夫が呼んだのか。

 

「ユノさん...大丈夫ですか?」

 

「ああ...喉が渇いた」

 

身体を起こすと、視界がぐらりと揺れ、頭がガンガン痛んだ。

 

「はい」

 

アオ君は枕元に置いたトレーから、水のグラスを手渡してくれた。

 

「ありがとう」

 

冷えた水が、干上がってひりひり痛む喉を潤してくれる。

 

「食欲はありますか?」

 

「吐き気はおさまったから、食べられそうかな」

 

「じゃあ...お粥はどうですか?

僕が作りました」

 

トレーにはグラスの他に、小さな土鍋もあった。

 

「へぇ、凄いじゃん」

 

「チャンミンさんに教えてもらったんです。

米から煮て、中華スープの素を入れて、最後に卵を落として。

味見してみたら、美味かったです」

 

俺は火傷しないよう、レンゲにすくったお粥にふうふう息を吹きかけた。

 

「うん、美味しい。

いつもの味だ」

 

風邪をひいた俺の為に夫が作ってくれるお粥の味だ。

 

とろとろの煮加減やダシの濃さ、馬鹿みたいに散らした輪切りネギ。

 

アオ君は枕元に正座をして、お粥を食べる俺の様子を観察している。

 

「ごちそうさま」

 

俺は完食した鍋をトレーに戻し、グラスの水を飲み干した。

 

「...アオ君。

いつ頃帰るんだ?」

 

「え...?」

 

俺の雰囲気で何となく察してはいただろうけど、まさか今この時切り出されるとは思いもしなかったのだろう。

 

「いつまでもここに居られないよね」

 

「......」

 

「...はい。

分かってます」

 

うつむいたアオ君は、小さくかすれた声で頷いた。

 

(つづく)

 

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(19)僕らが一緒にいる理由

 

 

洗濯ものと弁当を携え、アオ君のアパートメントを訪ねた帰り道のことだ。

 

夫用のビジネスソックスを新調してやろうと、駅近の商店街へと足を向けていた。

 

ついでにアオ君の靴下も買ってあげようかと思いついた後、大股歩きだった足を止めた。

 

「やり過ぎかな?」と迷ったのと、夫の怒った顔が浮かんできた為、靴下のアイデアは却下した。

 

夫愛用の靴下がセール中だったことに僕はご機嫌で、いい気分ついでに夫お気に入りのコロッケをたくさん買い求めた。

 

肩にかけたトートバッグから、揚げ物のよい匂いが漂ってくる。

 

キャベツは千切りしただけにしようか、軽く塩もみしようか...と、夕食の段取りを考えながら駅前のタクシー乗り場を通り過ぎたちょうどその時、

「チャンミンさ~ん」

僕の名を呼ぶ声に振り向くと、一台のタクシーからひとりの美女が手を振っていた。

 

「あれぇ?

Jちゃんじゃん」

 

Jちゃんとは夫の妹だ。

 

色白な肌に今どき珍しくカラーリングしていない髪色は漆黒で、スレンダーな身体つき、切れ長な目元など...つまり、Jちゃんは夫に似て美人さんなのだ。

 

「こっちに帰ってきてたんだ。

どうしたの、こんなところで?」

 

「昨日、帰国したの」

 

「そうだったんだ」

 

Jちゃんは海外在住で、現地で知り合った男性と結婚し、一昨年女の子を出産した(交流がある親戚の貴重なひとりだ)

 

「家族みんなで?」

 

「ええ。

ちょうど会えてよかった。

チャンミンさんたちにお土産があったから、ご自宅に寄ろうと思ってたの」

 

「ちゃんと片付いていたっけ?」と不安になっている僕の考えを、Jちゃんは察知したようだった。

 

「アポなしでごめんなさい。

お渡ししたらすぐに帰るつもりだったから」

 

「いや、いいんだ。

上がってもらっても構わないんだけど、散らかってるからさ。

昨日、締め切りだったもので...」

 

「ふふ。

チャンミンさんの言う『散らかってる』は散らかっていないんだから。

チャンミンさんは片付けに関しては厳しかったよね」

 

「そこは否定しません。

へへへ」

 

似たようなことをアオ君からも言われたばかりだったなぁと、僕は苦笑してぽりぽり鼻をかいた。

 

タクシーの後部座席のドアが開いた。

 

「?」

 

「乗ってください。送るわ」と、Jちゃんは座席奥に移動した。

 

「それじゃあ...」

 

僕はお言葉に甘えることにした。

 

「JJちゃんは?」

 

「夫に預けているの。

ホテルにいるわ」

 

JJちゃんとは、Jちゃんの子供の名前だ(彼女とは未だ会ったことはない。写真を見せてもらっただけだ)

 

「だよね。

海外だもの。

簡単に帰ってこられないよね」

 

「ええ。

JJの2歳の誕生日がもうすぐなの。

だから、初顔見せも兼ねて帰ってきたのよ」

 

「そうだったんだ!

ごめん、何も用意していないや」

 

姪にあたるJJちゃんの誕生日は、僕の頭になかった。

 

「実家でJJのバースデーパーティを開くの。

集まれる親戚一同集まってね。

...兄も誘ったの。

きっと断られると思ったけれど...」

 

「そうだったんだ」

 

「チャンミンさんもご一緒に、ってね。」

 

初耳で驚く僕の様子に、Jちゃんは悲し気に笑った。

 

夫の実家は田舎の旧家の為、親戚縁者が特に多い。

 

そこで開催されるパーティは、さぞ華やかで盛大なものになるだろう。

 

 

僕は夫の実家へ、たった一度だけ訪問したことがある。

 

夫の両親へ僕らの婚約を報告するためだ。

 

夫は「その必要はない」と反対したけれど、「人生の上で大切な節目だから挨拶すべきだ」と、僕は意見を押し通した。

 

「ユノがその...ゲイだってこと、ご両親は知ってるんでしょ?」

 

「...ああ」

 

「これまでも普通に帰省してたじゃん。

ってことは、認めてくれてるってことじゃないのかな?」

 

「認めてないさ。

ブチ切れて俺を勘当したりなんかしたら、彼らが困るからだよ。

俺、一応長男だからさ」

 

「そう...だったね」

 

「若いうちは好きにさせておいて、30過ぎてそろそろ...って時になったら、見合いでもさせればいい。

彼らには、俺に男の恋人がいることと、女と結婚できないってことが結びついてないんだよ。

男と結婚がしたい...と知って、卒倒するだろうね」

 

化膿しかけたピアスホールを消毒しようと、夫は僕の耳たぶをつまんでいた。

 

僕は膝を抱えて座り、夫は片膝をついていて、僕らの足元に列車の切符が2枚あった。

 

「息子の幸せそうな顔を見られるんだからさ。

家族なんだもの...喜んでくれるよ」

 

全くもう、当時の僕ときたら呑気で視野が狭かった。

 

受け入れてもらおう、とまでは思わなかった。

 

許しがたい事だけど本人たちが幸せならば、少しだけでも祝福してあげようではないか...と期待していたのだ。

 

「俺さ、目が全然笑っていない両親の笑顔を見てきたんだ。

どこかでドカン、とくるだろうな、って覚悟してた。

怒鳴られるなり追い出されるなり、はっきりしてくれた方が分かりやすい。

うやむやにされているのは気持ち悪い。

両親に大切な人を紹介する...いいことだよ、とってもいいことだ。

...でも。

『分かってもらいたい』と押し付けるのは、俺たちのエゴさ。

相手をいたずらに刺激してしまうのは、彼らにとって害でしかないよ」

 

「......」

 

「俺を罵るなり嫌な顔するなり、それは構わない。

気乗りしないのは、チャンミンを傷つけたくないんだよ」

 

「......」

 

「すげぇ嫌な思いするかもよ?

いいのか?」

 

「うん」

 

夫は2枚の切符を取り上げ、印刷された駅名に視線を落とした。

 

ビリビリに破られてしまうかも...と、ドキドキしたけれど、夫はそうはしなかった。

 

「行ってみようか?

でも...どうなるか、知らないからな?」

 

 

結果はどうだったかというと、予想通りだったというか...なんだかよく分からない反応だった。

 

激高されて、玄関先でつまみ出されはしなかったし、手土産も受け取ってもらえたし、応接間まで通してもらえた。

 

ここまでの道中、たくさん用意してきた言葉は必要なかった

 

「結婚」の言葉に、夫の父親の眉毛がぴくり、と動いた(寝耳に水はよろしくないからと、前もってだいたいのことを手紙で伝えておいたらしい)

 

「そうか」と頷くと、彼は席を立ってしまった。

 

夫の母親は僕に一礼すると、遅れて応接間を出ていった。

 

供された紅茶はまだ湯気をたてていた。

 

 

タクシーを待つ間、僕らは無言だった。

 

石垣に座って、立派な門構えの大きな大きな家を眺めていた。

 

(なんだったんだ...あれは?)

 

拍子抜け...というか、夫が言っていた通り、怒鳴られた方がマシだったかもしれない、と思った。

 

僕を傷つけてしまうから両親に会わせたくない、と夫は言っていた。

 

逆だ。

 

ここまで夫を引っ張ってきた僕こそが、彼を傷つけてしまったのだ。

 

「ごめん」

 

しょんぼりしている僕の気持ちを読んだかのように、夫は言った。

 

「勘当されなかっただけマシだったよ。

はははは」

 

「そうだけど...」

 

「ムカつくけどさ、俺たちのことを受け入れられなくて当たり前なんだ。

彼らを刺激しないよう距離を置くのがいいね。

今回のことで、よ~く分かった」

 

「う~ん...そうなの...かなぁ?」

 

「俺の家族はチャンミンだよ」

 

「うん。

僕の家族はユノだ」

 

「『ふうふ』だね」

 

「ああ。

チェックインまで時間があるから、観光でもしようか?」

 

「うん」

 

せっかく遠くまで来たのに、そのまま帰るのは惜しいので、僕らは旅館を予約していたのだ。

 

「あ!

タクシーが来たぞ!」

 

「うん」

 

僕の存在を完全に無視されなかっただけマシだった。

 

わずか1分足らずの会見の間、夫の父親は息子だけを見ていたけれど、一瞬だけ、僕にその視線を向けた。

 

その眼力の鋭いことといったら。

 

夫の眼差しに力がみなぎっているのは、親譲りのものなんだろうね。

 

 

(つづく)

 

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(18)僕らが一緒にいる理由

 

~夫の夫~

 

数日前の夕飯の席での話だ。

 

夫がアオ君用の下着を買おうとしていたから、「お前はアオ君のお母さんか」と、軽口半分たしなめ半分で笑ったところ、彼はすっと顔色を変えてしまった。

 

「そっか...そうだよね。控えないとね」と、しょんぼり肩を落としてしまった夫が可哀想になってしまった。

 

「若い子なりの好みがあるから、アオ君に要るかどうか訊いてみなよ」とフォローしたら、夫は浅く笑った。

 

「うん。

僕も分かってるんだ。

僕とユノってそっち系じゃん。

その僕がベタベタしてきたら、気持ち悪いよね。

『もしかして、俺のこと好きになったとか!?

キモイんだけど』ってさ。

アオ君はいい子だから、あからさまにしていないだけかもね」

 

と、夫は自嘲気味に言って、くくくっと肩を揺らして笑った。

 

「ああ...そういうことね」

 

夫が言わんとすることは、痛いほど伝わってきた。

 

俺はアオ君に対して、そっち方面の心配...男同士で愛し合っていること...はしていなかった為、夫の言葉に初めて気づかされたのだ。

 

「今さら何言ってるの?

さんざんちょっかい出しといて」

 

「え〜!

ユノが『やめろ』ってしつこく言ってたのは、そういうことじゃなかったの?

嫌われる、ってのは、変な意味にとられかねないってことでしょ?」

 

「いや、違う。

 

俺が言いたかったのは、親の過保護が嫌でこっちに来たのに、チャンミンが世話焼き過ぎたら元も子もないだろ?

だから、セーブしろよ、ってこと。

アオ君から聞いてるだろ?

こっちにやって来た理由」

 

「うん」

 

夫とアオ君は既に突っ込んだ会話をしているだろうと、思っていた通りだった。

 

「その言葉に裏はない?」

 

夫の目は疑わしげに細められていた。

 

「ない」

 

俺は力強く頷き、シチュウのスプーンを口に運んだ(ガスコンロにかかった鍋のサイズから判断するに、アオ君の分も作ったのだろう。そして、彼のところへ配達済なのだろう)

 

「チャンミンに『その気』はないってこと、俺もアオ君もよ~く分かってるよ」

 

「あぁ、よかった」

 

ニコニコ顔に戻った夫を見て、俺は安堵した。

 

「お茶飲む?」

 

「ああ」

 

ヤカンに水を注ぐ夫の背中を眺めながら、俺はそっとため息をついた。

 

夫は日頃、人付き合いの機会が少ない。

 

 

 

アオ君と適切な距離感がとれなくなっている理由が、そのせいだけじゃないことを俺は知っていた。

 

俺と夫とアオ君。

 

アオ君は俺との付き合いとはまた違ったベクトルで、夫との心の距離を少しずつ縮めていっているようだ。

 

いつまでもこの時が続けばいいのだけれど、それは叶わないことを俺は知っている。

 

(...でも)

 

幸せの感じ方は人それぞれだけど、この先には不幸は待っていない。

 

「そこは安心していいからな」と、心の中でつぶやいた。

 

 

 

~僕~

 

 

買い物途中、僕は駅前でアオ君とばったり顔を合わせた。

 

アオ君と会ったのは、僕と夫とアオ君の3人でゲームセンターへ遊びに行った日以来だった。

 

夫からの忠告を守った僕は、アオ君宅へ食事を運ぶのを控えているのだ。

 

「チャンミン、俺もついていっていい?」

 

駅近くの商店街へと、暇だからと言うアオ君を伴って行った。

 

「お菓子を買って貰いたいんでしょ?」

 

「うん」

 

僕の隣から前方へ、足を止めて僕の後ろへと、まるで子供みたいに落ち着きのないアオ君に呆れてしまう。

 

夫と一緒の僕も、ご機嫌な時は似たようなものだけどね。

 

「前にも行ったけど...俺は両親に愛されている。

胸を張ってそう言えるよ」

 

「?」

 

アオ君はふいに話し出した。

 

スピーカーからの流行曲、セールのアナウンスや客寄せの声でガヤガヤ騒がしいアーケード街に相応しくない話題だった。

 

「でも...ある時を境に、両親からの愛情がうっとうしくなったんだ。

だってさ。

完璧なんだよ、俺の両親は」

 

「そう言ってたね」

 

アオ君の両親についての話は、初めて彼を我が家に泊めた日以来、中断したままだった。

 

「ご両親はいくつくらい?」

 

円形広場の中心に時計塔が建っており、僕らはその下のベンチに腰かけた。

 

「あと数年で60。

 

俺、遅くに出来た子なんだ」

 

「そうなんだ」

 

夫の従兄弟にしては、アオ君の両親はずいぶん年上だなぁ、と思った。

 

「だからかなぁ...。

すげぇ優しいし。

ちょいグレかけた俺の気持ちを理解しようと、心を砕いてくれている」

 

「そっかぁ...」

 

「そんな両親をうさん臭く思うようになっちゃってさ。

一旦離れて、拗ねた気持ちが俺の中から消えるまで、離れた方がいいんじゃないかって...」

 

「高校生のくせに考え過ぎだよ。

 

親のありがたみなんて、大人になってから気付くものだよ」

 

「チャンミンやユノさんって、普通なのに普通じゃないから面白いよ。

あ!

普通じゃないってのは、変な意味じゃないぞ?」

 

「分かってるよ。

ねぇ。

アオ君のご両親は僕らのこと...つまり、僕やユノのことをあまりいい風に言っていないの?」

 

ちょっとストレート過ぎたし、アオ君が答えずらい質問をしてしまったかな、と訊ねた後に後悔した。

 

アオ君の両親が僕ら夫夫に眉をひそめていたとしても、アオ君はそれを正直に伝えるわけがないのだ。

 

世間がどう思うと、どんな視線を向けていようと、僕と夫は愛し合っているのだから、僕らの仲は揺るがないと信じている。

 

僕は隣を歩く夫に見惚れる。

 

夫の瞳からも、好き好き光線が僕の瞳に注いでいる。

 

でも...それでも、言いたい者には言わせていけばいいし、珍しがられるのも仕方ない、だって少数派なんだもの...と100%開き直れない。

 

人目がある場所で手を繋がないのは、周囲の人たちの興味を刺激してしまう行動を慎んでいるだけ...いるだけなんだ。

 

「......」

 

僕からの質問に、アオ君は言葉を探しているようだった。

 

アオ君は僕ら夫夫を自然に受け入れている風に見えた。

 

だから、アオ君自身の考えはきっと、肯定的なものであって欲しい。

 

けれども、『アオ君の両親』の考えを、息子であるアオ君に答えさせるのは酷だった。

 

「ごめん!

今の質問、忘れて!」と、僕は両手をパタパタ振った。

 

「ううん。

俺の両親はどう思ってるんだろうね。

あんまり『そういうこと』について話題にしないから。

ごめん、分からない」

 

アオ君はぽつりとつぶやいた。

 

「そっか」

 

「チャンミン!」

 

アオ君は勢いよく立ち上がると、僕の手を引いた。

 

「今夜、チャンミンとこで夕飯食べてもいい?」

 

夫のたしなめる夫の目が浮かんだけど、今回のはアオ君からのお願いだ、僕から誘ったものじゃない、と言い訳する。

 

「いいよ。

メニューは何がいい?」

 

「ステーキ!」

 

「もぉ。

僕んちの家計を圧迫させる気?」

 

「ごめ~ん。

じゃあ、俺が払うよ」

 

「ふん。

ジョークだよ。

これくらい平気だ。

 

ずっと2人暮らしだったから、誰かの為に作る料理が楽しくて楽しくて仕方がないんだ」

 

「それならよかった」

 

僕らは肩を並べて、スーパーマーケット目指してアーケード街を闊歩した。

 

 

(つづく)

 

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