(17)僕らが一緒にいる理由

 

~夫の夫~

 

「チャンミンさんと居る時のユノさんって...お子様ですね」

 

「え?

お子様?」

 

俺はアオ君を手伝って寝床の用意をしていた。

 

夫は台所へ湯たんぽの湯を沸かしに行っている。

 

「はい」

 

アオ君はクスクス笑った。

 

「そうかなぁ...」

 

「そうですよ。

チャンミンさんに全てを任せてしまってる、っていうか。

チャンミンさんに世話をしてもらうのが好きっていうか。

良く言うと、信頼してるって言うんですかね」

 

「そういうもんかなぁ...」

 

「そうですよ」

 

「そうだな、うん」

 

バサバサとシーツをさばくアオ君に、「ホコリがたつから」と彼からそれを引き取った。

 

 

俺と夫、そしてアオ君との交流は加速していった。

 

夫のアオ君への過干渉は予想通りのものだった。

 

加えて、アオ君は夫の過剰な好意を丸ごと受け取りかけていた。

 

夫は毎晩のようにアオ君を泊めたがったが、俺は3回に1度は反対した。

 

「一緒に住めばいいのに...」とまで口にしていたくらいだ。

 

まさかアオ君に面と向かって「チャンミンと仲良くし過ぎるな」と注意もできないから、夫だけをたしなめることになる。

 

その度夫は「ふん、ヤキモチ妬いちゃってさ」と口を尖らせて、ぶうぶう文句を言った(30過ぎてふくれっ面ってどうなんだ?可愛いからいいけれど)

 

俺は最初のうちは「ヤキモチじゃない!」と否定していたが、次第に面倒になってきて、「そうだよ、俺よりアオ君と仲良くて妬けるなぁ」と答えてやると、夫は機嫌を直すのだった。

 

俺は2人の仲を邪魔しているかのように見えただろう。

 

しかし邪魔ではなく、あくまでも調整役として立ち回っているつもりだった。

 

俺がアオ君をチャンミンに紹介することを渋っていた理由のひとつが、度が過ぎた過干渉の恐れが夫にあったからだ。

 

俺だってアオ君を放っておけないし、初めて顔を合わせてすぐに打ち解けることができた。

 

血縁関係にあることに後押しされて、兄と弟とは違う絆を結べていると思う(アオ君の前では多少はカッコつけてしまうけれど)

 

アオ君もきっと、夫の前とは異なる甘え方を俺にしているのだろう。

 

俺の知らないところで夫とアオ君が何をしていたかについては想像するしかないけれど、容易に想像できる(詳細はきっと、夫の日記帳に記してあるだろう)

 

 

夫の話題のうち、アオ君に占められる率が日ごと増していった。

 

「まずい...」と焦っていた。

 

兄が弟を可愛がる以上の情を持って、アオ君と接している夫...そんな彼を傍で見つめていて俺は胸が痛くなる。

 

何が夫を突き動かしているのかその源が分かっているだけに、俺は夫をたしなめることは出来るが、阻止することも出来ない。

 

俺は未だ、夫に伝えていないことがある。

 

それを知った夫は、どのような反応を示すだろう。

 

(そういえば...)

 

時間とタイミングが合わなくて後回しにしていたことを、早々やらなければいけない。

 

 

この夜、俺はアオ君を外食に連れ出していた。

 

夫に内緒の行為ではなく、彼の方からそうするように言われていた。

 

「いつも僕がアオ君を独占していたから、たまには...」だと。

 

気軽なところがいいというリクエストに応え、チェーン系の焼き肉店だった。

 

「どんどん食え食え」

 

細身なのに大食いのアオ君のために、俺は切れ目なく肉を焼いてやっていた。

 

じゅうじゅうと肉が焼けるコンロを挟んで、俺たちは会話する。

 

「俺がお子様じゃなくて、チャンミンが誰かを甘やかすことが好きなだけだよ。

俺はそれに付き合っているだけ」

 

「へぇ~。

アオ君からそう見えるのなら、そうかもね」

 

「ユノさんやチャンミンさんの好意に甘えっぱなしですみません。

甘えることに慣れてるからでしょうね」

 

「いや。

アオ君が謝る必要はないさ」

 

親元を離れて暮らすアオ君は、人の愛情に飢えているわけではないし、人の干渉を疎ましく思っているわけでもない。

 

「アオ君が言ったように、俺もチャンミンに甘えっぱなしだし、あいつに対して甘々だ」

 

俺はアルコール度数低めでジュースのような梅酒ソーダ―を飲んだ(我が家の自家製梅酒の方が、100倍美味しい)

 

「たまに不安になる。

俺にとってチャンミンは完璧な夫なんだ。

完璧過ぎて、こんな俺でいいのかと不安になることがある」

 

「その気持ち...僕も理解できます」

 

「だろうね」

 

ドリンクのお代わりを頼み終えた時、俺をじぃっと見つめるアオ君の視線とぶつかった。

 

「やっぱり似ているなぁ」と思った。

 

「どうした?」

 

「ユノさんってピアスホール開いてるんですね」と、アオ君は俺の耳たぶを指さした。

 

「若い頃にね。

チャンミンもピアス付けてたんだぜ。

もう塞がってるかもだけど」

 

「嘘!?

あのチャンミンさんが!?」

 

「ああ。

『あの』チャンミンが。

絶対に嫌だ、って嫌がってたのを、俺が無理やり強制的に開けたの。

ピアッサーで」

 

「酷いですね」

 

網の上には真っ黒になった野菜だけが残されていた。

 

「ピアスってペアで売ってることが多いじゃん。

両方付けたらくどかったから、余った片方をチャンミンにあげたんだ。

せっかくなら付けてみろよ、ってことになって。

痛いのは嫌だって、きゃーきゃー騒ぐのを捕まえてさ、あの時のぶるぶる怯えたチャンミンがすげぇ可愛くって...」

 

(あ...!?)

 

「や~っぱり。

ユノさんも旦那さんのこととなると、デレデレですね」

 

アオ君はしら~っと呆れた顔でいた。

 

「だから一緒にいるんじゃないか」

 

「そうですね。

そうですよね」

 

にっこり笑うアオ君の唇の端に、焼肉のたれが付いていた。

 

もしここに夫がいたら、ためらいなくお手拭きでアオ君の口元を拭ってやっただろうな。

 

恥ずかしくて俺にはできないけれど。

 

(つづく)

 

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(16)僕らが一緒にいる理由

 

 

「映画を借りてきたから観ようか?」

 

夫からの誘いに、「やったね」と僕とアオ君は顔を見合わせた。

 

「ポテトチップスを持ってきたんだ」

 

アオ君のボストンバッグから、スナック菓子の袋が2つ3つと出てきた。

 

湯上りでほこほこの僕ら3人は、これからD映画鑑賞をすることになったのだ。

 

「大丈夫なの?」

手渡されたDVDのタイトルに、僕は心配げに夫を窺った。

 

夫はホラー映画が苦手なくせに、怖いもの見たさ根性が勝ってしまって無理をするからだ。

 

僕にしがみつき、頭からかぶった毛布の隙間から片目だけ出して、殺人鬼の足音にガタガタ震える。

 

僕の耳元で悲鳴を上げるものだから、「怖いなら借りてくるな!」だの「離れろ、邪魔!」だのと、僕から徹底的にうっとおしがられる。

 

途中離脱せず無事クレジットロールを迎えるや否や、夫はリモコンの停止ボタンを押し、背伸びをしてこう言う。

 

「今回のはまあまあだったな」と。

 

外では『出来る男』の夫が、恥ずかしげもなく怯えた仔兎の姿でいられるひとときは、一種のストレス発散タイムになっているのではないだろうか。

 

映画の世界とはいえ、生き死にの瀬戸際でギリギリ闘った結果なのか、特にスプラッター映画鑑賞後、夫の性欲が増しているような気がする。

 

僕を無性に抱きたくなるようなのだ。

 

夫は僕を強引に寝室へ引きずっていく。

 

もしその日の僕がのり気じゃなかったとしても、巧みな手業口技で僕をその気にさせてくれる。

 

そして、交際したての10年前と同様の激しさで僕らは朝まで...(以下省略)

 

怖いDVDを借りてくるイコール、「性欲が溜まっているぞ」サインなのでは、と僕は思っている。

 

 

今夜の僕はがっちり両脇を固められ、スナック菓子に手を伸ばすこともできなかった。

 

意外なことにアオ君もホラー嫌いだったようだ。

 

「停めようか?」とリモコンに手を伸ばすと、「停めないで!」と2人同時に押しとどめられた。

 

意地でも最後まで鑑賞し続けるつもりらしい。

 

ムードを出すため照明は消され、TV画面が放つ光だけが光源になる。

 

恐ろしいシーンとは暗闇の中と決まっているから臨場感が増した。

 

毛布の隙間から覗く夫の目は恐怖で見開かれ、彼の眼球に殺人鬼のシルエットが映り込んでいた。

 

反対側のアオ君を窺うと、僕に抱きつくのはさすがに憚られるのか自身の両膝を抱え込んでいた。

 

第一の危機が去ったシーンに差し掛かると、夫とアオ君は僕から身体を離し放っていたスナック菓子やドリンクでエネルギー供給し始めた。

 

なんだなんだ、この懐かしい空気感は。

 

それなのに非日常的で、かつ貴重なひととき...そこに懐かしく馴染んだ感覚が加わる。

 

重なりあったギャップ感に頭がくらくらした。

 

 

明日も寝坊できない日だ。

 

映画鑑賞を終えた僕らは、てきぱきと就寝の用意にとりかかった。

 

夫とアオ君には布団を敷くよう依頼し、僕は湯たんぽ用のお湯を沸かした(客用布団の用意がある。妹は学生時代、我が屋をホテル代わりによく利用していた)

 

2人がいる部屋へと、僕はバスタオルにくるんだ湯たんぽを抱え向かった。

 

不器用な夫とアオ君のベッドメイキングは酷いものだろう、僕が直してあげないと。

 

「...チャンミンが...」

 

「!」

 

僕の名前を耳にした瞬間、僕は「どう?」の言葉を飲み込んだ。

 

夫とアオ君は、僕を話題にしているようだった。

 

「......」

 

耳をそばだててみると、僕の悪口を言っている風ではなく安心した。

 

安心した僕は足を忍ばせて後ずさりした後、バタバタスリッパの音をあえてさせて2人に声をかけた。

 

「どう?」

 

 

 

 

平坦な日常が通常の僕にとって、内容の濃い一日だった。

 

アオ君を我が家に連れてくるだけじゃなく、お泊りさせるのはやり過ぎだったかもしれない。

 

夫に相談しなかった強引さがダメだったな、と反省した。

 

「困ったことがあったら、僕も力になるからね」と、1歩下がった立ち位置でいるべきなんだろうし、夫もここまでの関わり合いを望んでいない可能性もある。

 

アオ君を放っておけないとか、時間の融通がきく身分であることを理由に、彼に関わろうとしている。

 

我が家に吹き込んできた新しい風だけど、大袈裟に捉える必要なし。

 

「おやすみ」

 

夫の頬へ軽くキスをして(毎晩の習慣)、僕は布団にもぐりこんで夫に背を向けた。

 

両足をすりよせ靴下を脱いだ。

 

と、その時、僕の背に分厚いものがのし掛かった。

 

夫の熱い吐息が僕の耳たぶに吹きかかった。

 

「...アオ君がいるからだ~め」

 

僕はそっけなく言って、背後の夫を肘でおしのけた。

 

「声を我慢すれば大丈夫」

 

「駄目だって。

準備してないし」

 

パジャマの中に忍び込んだ手も払いのけた。

 

「そんなの気にしない」

 

「ユノは気にしなくても、洗濯する僕の身になってよ!」

 

「じゃあ、俺がやる」

 

「明日、仕事じゃん」

 

「早起きする」

 

「そう言って実行できたためしがないじゃん」

 

「チャンミン...好きだ」

 

「っ!」

 

僕のガードが一瞬緩んだすきに、夫は僕の前をつかんでしごきだした。

 

「あっ!

駄目っ!」

 

身動ぎして逃れようにも夫の力に勝てるはずもなく、彼の手業に僕は喘ぎをこらすしかない。

 

その乱暴気味な手つきに、「あれ?」と思う。

 

「もしかして...ヤキモチ妬いてる?」

 

「アオ君に?」

 

「う...ん。

あっ...家に連れてきたから...っ...」

 

「声、我慢しろよ。

アオ君に聞かれるぞ」

 

「ユノがっ...激しすぎ。

うっ...」

 

パジャマの袖口を噛みしめた。

 

「ヤキモチ妬くわけないよ。

チャンミンにその気がないってこと、分かってるから。

親心みたいなもの?」

 

「そうだっ...よっ。

でも...ごめん。

相談しなくって...ああっ!」

 

「しーっ!」

 

「痛っ。

もっと優しくしてよ、久しぶりなんだから」

 

「悪い」

 

「僕がやるから!」

 

「俺がやる」

 

夫は僕のパジャマの上着にもぐり込み、僕の敏感なところを左右交互に吸ったり噛んだりし始めた。

 

「相談されても、強行するくせに」

 

くすくす笑う夫の吐息がくすぐったい。

 

「ふん」

 

「...でも。

嫌われない程度にな」

 

「分かってる」

 

「俺の存在を忘れるなよ」

 

「あったりまえだよ。

一番はユノだから...ああっ!」

 

「ふっ...めちゃくちゃ感じてるじゃん。

すげぇ、デカくなってるぞ」

 

 

(つづく)

 

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(15)僕らが一緒にいる理由

 

夕飯の支度を

終えた僕とアオ君は、コタツで温まりながらテレビを見ていた。

 

夫の帰りが遅い日は帰りを待たずに夕飯を済ませてしまうけれど、今夜は彼と一緒に食べたい気分だった。

 

アオ君はビッグサイズの弁当を食べた後だというのに、二度目の夕飯を皆で食べたいと言い出したせいもある(高校生男子の旺盛な食欲は、僕も経験済みだから驚くことでもないけれど)

 

僕と夫とアオ君の3人で食卓を囲む光景を思い浮かべてみたら、「いいじゃないの」と心がほっこりした。

 

それにしても、同じ部屋に高校生がいる図が嘘みたいだ。

 

家に籠りきった暮らしをしているせいで、自分より下の年代の者と接する機会に乏しいせいだと思う(夫以外となると、町内会の面々)

 

「う~ん...」

 

「ただいま~」

 

アオ君がこの場にいることを、夫になんと言い訳すればいいのか考えあぐねているうちに、夫が帰宅してしまった。

 

今朝聞かされていたよりも1時間も早いじゃないか。

 

「おかえり~」

 

僕よりも早くアオ君が立ち上がった。

 

    

~夫の夫~

 

(アオ君!?)

 

帰宅した俺を出迎えたのはアオ君だった。

 

アオ君に遅れて、夫がいつもの「おかえり~」と共に顔を出した。

 

「えっと...これはどういう?」

 

現状を即飲み込めずにいる俺に、腹だたしいことに夫はへらへらっと笑った。

 

「連れてきちゃった」

 

「見れば分かるけど...」

 

靴を脱ぎ家に上がると、いそいそと夫...じゃなくてアオ君が俺からバッグを取り上げた。

 

「......」

 

いいとも悪いとも言葉が出ずにいる俺の様子に、アオ君は不安に感じたようだった。

 

「ユノさん。

俺が来て...迷惑ですか?」

 

アオ君は今にも泣き出しそうに顔を歪ませた。

 

「まさか!」

 

俺は慌てて否定した。

 

アオ君が我が家に居て迷惑だとは全く思っていない。

 

夫のことだから、いずれ自宅に連れ帰るだろうと予想はしていたけれど、 展開が早くないか?

 

夫は人恋しかったのか?

 

...そうなんだろうな。

 

俺と2人きりの暮らしは物足りないのかもしれない。

 

アオ君のことを捨て犬をかわいがるような真似はしないと思うけど、度が過ぎないよう釘を刺しておかねば。

 

くんくん鼻をうごめかさなくても、家じゅうカレーのよい匂いが充満していた。

 

夫の後頭部から上機嫌なオーラ―が出ていた。

 

「お~、いいね」

 

食卓テーブルの上には、ずらり3人分の料理が並んでいた。

 

「俺が帰るまで待っててくれたんだ?」

 

「そうですよ~。

僕は夕方、チャンミンさんのお弁当を食べてたんですよ。

でも、チャンミンさんの料理を見たら腹が空いてきました。

だって、すごい美味そうなんですもん」

 

「お世辞ばっかり」と言って、夫はアオ君の言葉をスルーしたように見えたけれど、夫が照れている証拠に耳が赤くなっていた。

 

「弁当?」

 

振り向くと、夫はちろりと舌を覗かせていた。

 

週末は俺がいて出来なかったことを、週明け早々実行に移したようだった。

 

「僕も手伝いました」

 

「お、すごいじゃん」

 

アオ君は17歳だが、お手伝いをした7歳の子を褒めるかのようだった。

 

「これくらいできますよ。

7歳の子供じゃあるまいし...」

 

「ははっ、ごめんごめん」

 

実家で何から何までやってもらっていたせいか、不器用さも手伝って茶碗ひとつ上手く洗えない(おっかなびっくり、汚れた野良犬を洗うかのような手つき)

 

「ユノ!

手を洗ってきて!

うがいもしてね」

 

「ああ」

 

温かな台所とダイニング風景に目と心を奪われながらネクタイを外していると、夫の小言が飛んできた。

 

「もぉ!

台所でスーツは脱がないでって言ってるじゃん!」

 

「あ、ごめん」

 

「ネクタイは洗うから、クローゼットに戻さないでね」

 

「ああ」

 

「さっさと用意してきて!

すぐにご飯にしたいから」

 

先にテーブルについていたアオ君は、ニヤニヤ顔で頬杖をついている。

 

夫に言われるがままの俺を見て、何を思っているのか想像がつく。

 

アオ君の前では、俺は頼れるちょっとカッコいいお兄さんの顔をしていたからなぁ。

 

恥ずかしい限りだ。

 

 

「それでは、いただきましょう」

 

湯気をたてる料理は、いつもより肉増し サラダ用のドレッシングも市販のものではなく、ホームメイドとみた。

 

俺以外の者に手料理を振舞う機会はほとんどない。

 

だから、町内会の催し物の際や帰省の際などに焼き菓子やオーブン料理を差し入れするなどして、その欲求をはらしている。

 

夫は自身の席を譲り、代わりに踏み台代わりにしている丸椅子に腰掛けた。

「お代わりもいっぱいしてねぇ」

夫はいきいきとしていた。

細身体型に見合わず、アオ君は大食漢だ(その辺りは夫に似ている)

 

俺たちで2日かけて食べきるカレーの鍋も、アオ君の参加によりひと晩で空になった。

 

アオ君が食器を下げるそばから、夫が食器を洗ってゆく。

 

「ユノはお風呂の用意をして」

 

夫はテーブルを拭き終えた俺に声をかけた。

 

「ああ」

 

「それから...アオ君用にバスタオルも用意して。

おろしたばっかのやつにするんだよ?」

 

「ああ」と頷いた後に遅れて、夫からの言いつけの内容にひっかかった。

 

「え!?」

 

俺は洗面所へと夫の腕を引っ張って行った。

 

「決まってるじゃん。

今夜、アオ君はうちにお泊りするんだよ。

「泊っていくだって!?」

 

夫は俺がつかんだ手を振り払った。

 

「夜も遅いし、外は寒い。

部屋も一応、あるんだし」

 

「まあ、そうだけど...」

 

我が家は部屋数の少ない小さな平屋建てだ。

 

寝室と夫の書斎を除くと、空き部屋がひとつ(前の持ち主一家は4人家族だったのでは?と想像。家族構成は両親に子供2人だ)

 

「アオ君には最初から泊ってもらうつもりだった。

着替えも持って来てもらってるから、全然おっけー」

 

「そうなのか!?」

 

「そんなにびっくりすることじゃないでしょ?

一人ぼっちは寂しいよ?

ユノもアオ君をめちゃ可愛がってるんでしょ?」

 

「うん、まあ...そうなんだけど...」

 

「ゆずとミルクと...どっちがいい?」

 

「え?」

 

夫は今夜の入浴剤について尋ねているのだった。

 

(つづく)

 

(14)僕らが一緒にいる理由

 

「ユノさん言ってたよ。

チャンミンに家のことを任せっきりで申し訳ない』ってさ」

 

「『申し訳ない』...?」

 

「『俺は家のことは何もできないし、仕事に集中できるのはチャンミンが家事部門を担当してくれてるおかげだ。

チャンミン自身も仕事に集中したいだろうに、何でもできるチャンミンに甘えてしまっていてダメ夫だ』ってさ」

 

夫はアオ君にそこまで深い話をしていたのか、と驚いた。

 

「そんなこと...ユノは言ってたんだ...」

 

じん、と胸が熱くなった。

 

「実際には言ってないけど。

...俺の想像」

 

「はぁ!?

想像かよ!」

 

アオ君はガクッとした僕の頭を、あやすようにポンポンと叩いた。

 

「絶対そう思ってるって。

ユノさんがチャンミンの話をしょっちゅう出してるのは事実だしさ。

あ~あ。

実際のところ、俺はチャンミンのドジっ子話になんて全然興味はないんだけどなぁ」

 

「えっ!」

 

アオ君の言葉に僕は顔を輝かせた。

 

「ドジっ子話に興味があるんですけど?

ねぇ!

ユノは何て言ってたの!?」

 

夫が僕のことを何と評していたのか、その詳細を他人の口から聞かされることって、ワクワクするじゃない?

 

「ん~。

話すのめんどい」

 

アオ君は僕のお願いをあっさりかわし、サラダの刻みキャベツをつまんだ。

 

「つまみ食い禁止!」

 

僕はアオ君の手の甲をビシ、っと叩いた。

 

するとアオ君は、「暴力反対」と椅子から立ち上がった。

 

「野菜だから、いいじゃん」

 

「痛くなかったでしょ?

ちょっとだけ、ぴしってしただけじゃない」

 

アオ君の不機嫌そうな顔に、僕は慌てた。

 

おろおろする僕に、アオ君は「便所に行くだけだよ」と呆れた顔をした。

 

「あ...そうなの?」

 

「チャンミンさぁ、俺のことをヒヤヒヤ見すぎ。

もっと雑に扱っていいよ」

 

「それなら...いいけどさ。

僕ってすごく口うるさいよ?

細かいよ?」

 

「知ってる。

ユノさんからそう聞いてたから」

 

「え~。

僕のことを『口うるさい』って言ってたの?」

 

「言ってない。

ユノさんの話から想像してただけだよ。

実際に会ってみたら、ユノさんの説明通りだった。

オーラからしてそんな感じだった」

 

「神経が細かくてひがみ屋でケチな奴だって思ったんでしょ?」

 

「そこまで言ってないけど?

俺だってガキで面倒な奴だし、完璧に見えるユノさんもいっぱい欠点あるだろうね。

外の顔はやっぱ、すましてるもんだからさ。

今夜、オフの時のユノさんが見られるから楽しみなんだ」

 

「そうだよ~。

ユノったらね、抜けてるところがいっぱいなんだ。

例えばね、お風呂の時...」

 

湯水のように出てくる夫についてのアレコレを、嬉々として話し出そうとしたところ、「はいはい、ストップ」と、アオ君は手を叩いてそれを阻んだ。

 

「惚気はいいからさ。

それよりも、さっきチャンミンが言っていた『情けない』についての話についてだけど」

 

「...うん?」

 

「情けないと思ってるのならさ、外に働きにいけばいいんじゃん」

 

「あ...」

 

「チャンミンは健康体なんだろ?

家にいるのが嫌ならさ、どっかに就職して社会に出ればいいことじゃん」

 

「......」

 

「それをしないってことはさ、『今の生活』を気に入っていることじゃないの?」

 

アオ君から真っ直ぐに見つめられドキリ、とした。

 

その目には僕を諫めようとする意志はなかったから、腹は立たなかった、

 

つい3日前に出会ったばかりのこの少年は、僕の身近にいなかったいわば異星人なのに。

 

彼の言うことならば素直に受け入れようと思えてしまえるほど、親密さがあると思った。

 

アオ君が夫に懐いていることも影響しているだろうけど。

 

「...アオ君の言う通りだね」

 

アオ君に指摘されるまで、その発想はなかった。

 

「チャンミンはこういうことが好きなんだよ」

 

アオ君はS字フックにぶら下げた輪ゴムを指さした。

 

「...好き」

 

僕は生活情報誌やライフスタイル・エッセイ本を読むことも大好きだ。

 

「好きなら、それを情けないと思う必要な無いんじゃね?

今の暮らしが嫌なら、とっくの前に外に働きに行ってるだろ?

そうしてないってことは、チャンミンは理想の暮らしをしてるってこと。

チャンミンは恵まれてるよ」

 

「あ...確かに」

 

台所の戸を開けたまま会話を続けていたため、室内の気温が下がってきた。

 

僕の視線に気づいたアオ君は廊下に出ると、閉めかけた戸の隙間から顔だけ覗かせた。

 

「お互い引け目を感じていることを吐き出して、すっきりして...で、愛し合ってるのを確認し合うってのもいいかも。

それでさ、めっちゃやりまくるの」

 

「アオ君!!」

 

アオ君はニヤニヤ顔をしている。

 

「結婚して10年だっけ?

未だムラムラっとくるわけ?」

 

「ノーコメント!」

 

「顔、真っ赤じゃん。

チャンミン、分かりやす過ぎ~」

 

そう笑ってアオ君は用を済ませに行ってしまった。

 

アオ君は同性カップルに抵抗がないんだなぁ、と思った。

 

アオ君の両親の話をもっと聞きたかったけど、途中で僕ら夫夫の話にすり替わってしまった。

 

今度、じっくり話を聞いてみようっと。

 

 

(つづく)

 

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(13)僕らが一緒にいる理由

 

成り行き上、というか、僕がそうしたくてアオ君を自宅に連れ帰った。

 

空になった弁当箱を携えて、アオ君のアパートメントから僕の家までの道すがら僕らはいろいろな話をした。

 

アオ君は僕と夫との馴れ初めを聞きたがったから、ほとんど僕が話していたんだけどね。

 

嬉々として、夫との距離が近づいたきっかけ...男性アイドルにのめり込んだ挙句、彼の結婚によって儚く散った恋のこと、失恋に苦しむ僕を夫が支えてくれたこと、いつの間にか惹かれ合っていたこと、そして七夕飾りにプロポーズの言葉が添えられていたこと...などを熱く語っているうちに自宅に到着していた。

 

アオ君は僕と夫の住まいに興味しんしんで、すみずみまで見て回った(『ここが寝室だよ』と案内したら、『さすがに夫夫の愛の営みの現場まではちょっと...』と遠慮するものだから、僕は大赤面してしまった)

 

夕飯の用意をする間、アオ君は我が家のごとくごろりと横になりテレビを見ていた。

 

ふわっとカレーの香りが家じゅう漂い始めた頃、アオ君はテレビを消して僕の元へやってきて「手伝うこと、ある?」と申し出た。

 

「やっぱりイイ子じゃん」と感心したけど、アオ君は家事がからきしであることをすぐに思い出し、「いや...座ってて」と断りかけた。

 

「でも...」と思い直した。

 

家のことをある程度出来るように仕込みたくて連れ帰ったようなものだ。

 

夫の予言通り、僕はお世話したくて仕方がないのだ。

 

3歳の子供でもあるまいに、食器を並べることくらい出来るだろうと、食卓の用意を依頼したのだった。

 

ヒヤヒヤしながら見守る僕の視線に気づいて、アオ君はムッとしたようだ。

 

「あのなぁ、俺を何だと思ってるんだよ?

召使がいるような家庭で育ったわけじゃないんだし」

 

アオ君の家庭事情に興味しんしんだった僕は、おずおずと訊ねた。

 

「...アオ君のお父さんとお母さんって、どんな人?」

 

僕の質問にグラスを並べていたアオ君の手が止まった。

 

「......」

 

(やば、地雷だったかな?)

 

アオ君は僕から目を反らし、しばらくの間俯いていた。

 

伏せた目の目尻のラインが夫に似ていた。

 

「ごめん!

答えたくなければいいよ。

今の質問、忘れて」

 

慌てた僕はぱたぱたと手を振った。

 

自宅を出て寮生活を選択したのは、行きたい学校が遠方にあったから、という理由も当然あるから不自然ではないのだけど。

 

でも、基本的な生活術が未熟なアオ君が、両親ではなく遠い親戚の夫を頼らずにはいられないところに事情がありそうだと思ったのだ。

 

夫がアオ君の世話役をかってでたのは、アオ君の両親から依頼されたからとは見えなかった。

 

僕は夫の両親とは1度だけ会ったことはあるが、その他親族は知らない。

 

学生結婚だった僕らは結婚式など挙げておらず、僕らを表立ってお祝いしてくれたのは、僕の家族と夫の妹、数人の友人たちだけだ。

 

没交流だったのに、「息子が一人暮らしをするから」と近場に暮らしていた従兄弟(つまり夫)を頼るのはあまりに都合が良すぎる。

 

「いや、いいよ。

話すよ」

 

アオ君は苦笑するとダイニングチェアに座り、僕も席に着くよう促した。

 

「俺の両親は...俺を邪険になんかしていない。

いい人たちだ」

 

「え!?

そうなの?」

 

「うん。

俺のやりたいことを全部、自由にやらせてくれてる。

失敗したとしても、『次頑張ればいいさ』と許してくれるし、次にやりたいことを応援してくれるんだ」

 

僕が思っていたのと真逆の回答で、頭の中にクエスチョンマークが飛び交った。

 

アオ君は僕を見て、ふふっと笑った。

 

「ヤな親だと思ったっしょ?」

 

「う、うん...」

 

「理解ある親を持っているのに、親じゃなくてユノさんに頼ってる。

ヘルプを出せば、俺の親のことだから飛んでやってくるだろうね。

...でも、そうしたくないんだ。

何でなのか、気になるっしょ?」

 

僕はうんうん、と頷いた。

 

「これも俺のやりたいことだったんだ」

 

「やりたいこと?」

 

「親から離れたかった、っていうか...。

とか言って、アパートとか生活費は援助してもらってるんだけどさ。

半端なとこが笑えるだろ?」

 

「ううん。

高校生なのに、一人暮らししてるだけでもすごいよ。

僕だったら無理かも...」

 

「チャンミンなら出来るさ。

家のこと、完璧じゃん」と、アオ君は台所をぐるりと見渡した。

 

使いかけの乾物の袋の口を留めた洗濯ばさみ、冷蔵庫の扉にはレシピの切り抜き、資源ごみの日に赤丸をつけたカレンダー、夫にDYIしてもらったキャスター付きワゴン...。

 

古いけれど工夫を凝らして、1日のうち2番目に長く過ごす空間。

 

「家にいる時間が長いだけ。

僕ってほら、小説家だし...全然売れてないけどさ。

ユノに養ってもらってるんだ。

情けないよね。

ははは」

 

鍋の中身が焦げ付きそうだった為、軽くかき混ぜたのちガスの火を止めた。

 

「情けないなんて...。

そういうこと、ユノさんには言わない方がいいよ」

 

「どういうこと?」

 

頬杖をついたアオ君は、ちょっと怖い顔で僕を見た。

 

「ユノさん、悲しがると思うよ?」

 

「......悲しがる...?」

 

アオ君の言葉に僕は首を傾げた。

 

 

(つづく)

 

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