(52)虹色★病棟

 

 

「ナマでやっちゃったね」

 

「ああ。

でも、中出しはしなかったからな」

 

「してもよかったのに」

 

僕の中に注いで欲しかったと残念がる僕は、好きな人に汚されたい人種なんだなぁ。

 

「ばあか、出来るかよ。

チャンミンの身体が心配だ。

どうだった?

無理させてなかったよな?」

 

「処女を奪った男みたいな台詞だね、それ」

 

「『みたい』じゃなくて、そのまんまじゃん。

チャンミンのお尻バージンを奪っちゃったなぁ...俺」

 

「その言い方、ウケる」

 

このやり取りが面白すぎて、くすくす笑いが湧いてくる。

 

「今夜は無理だった。

チャンミンの指輪、取れなかった」

 

ユノは悔しそうだった。

 

「そうそう簡単には回収できないかぁ...」

 

ユノはティッシュボックスを引き寄せ数枚を雑に抜き取ると、僕のお腹に放たれた二人分の白いものを拭いとってくれた。

 

その優しい手つきにじん、としてしまう。

 

「チャンミンの後ろを突くだろ。

そうすると、チャンミンの口からポン、って出るんだ。

それとも、チャンミンのあそこからほじくり出すとか?」

 

「え~」

 

僕らは全裸のまま毛布にくるまり、向かい合わせに横になった。

 

「僕の血肉の一部になっていたらどうしよう...」

 

もしそうならば、元婚約者と過ごした日々や喪失の痛みも含めて、懐かしく思い出す程度を超えて、刻印となって僕を今後苦しめるのでは...と怖くなった。

 

今はユノとの恋に浮かれているだけで、その実心の小箱は昂った感情が収まるのを待ち構えているのかもしれない。

 

例えば...LOSTを出た後、元婚約者に捨てられた記憶が色濃く蘇り、苦しみの日々に逆戻りしてしまうとか。

 

ユノがLOSTに現れた頃、僕の傷はほぼ癒えてはいても完全ではなく、新しい恋にうつつを抜かして、最後の仕上げをするべきタイミングを逃してしまったのでは?

 

駄目だ駄目だ、この恋のせいにしたらいけない。

 

「大丈夫さ。

もしそうならば、チャンミンは俺とセックスはしていない」

 

「あ...確かに」

 

「俺たちは手放さざるを得なかった過去を、打ち明け合った仲だ。

俺の話を聞かされたチャンミンは、俺よりも俺に詳しいよ」

 

「僕らは過去の話ばかりしてるね。

...なんか、ごめん」

 

「どうして謝る?

今さら。

俺たち、過去の話をするしかないだろう?」

 

「そうだね、うん」

 

これからの話をしたくても、僕らを隔てる大きな壁がある。

 

その壁はここ、LOSTだ。

 

LOSTでは僕らの仲は褒められたものじゃない。

 

僕はLOSTを間もなく出てゆくし、ユノは僕を追うことは出来ない。

 

「俺は...過去は消し去りたい

忘れたくないのに、消し去りたい。

そう思っていた」

 

「思い出とは消せないものなんだよなぁ」と心の中でつぶやいていたら、ユノはこう話し出した。

 

「大事な人を亡くしたばかりなのに、チャンミンに注目するようになった。

これは現実逃避なのだろうか、と最初は思ったよ。

そうやって気持ちを誤魔化すことも、心を守るためには大事なことなんだろう。

退屈しなかったし、チャンミンのことで気が反れているうちに、負った傷が癒えた感覚を覚えた」

 

「むぅ。

気を反らす?」

 

膨れた僕はユノの頬をつねった。

 

(変な顔にならないことが悔しい)

 

「それは最初の時だけだよ。

気を反らすどころか、のめり込むようになったよ。

チャンミン...分かってるだろ?」

 

「はい...。

はっきり言われると照れます」

 

「これってさ、古い池を修理するみたいだなぁ、って思った」

 

「?」

 

ユノの言う『古い池』の例えの意味が分からず、首を傾げた。

 

「底に穴が開いた池があって、その穴をふさぐ修理しないといけなくなった」

 

「穴って、喪失感のことだよね?」

 

「ああ。

水が入ったままじゃ修理できないから、その水を別の池に移すんだ。

空になった池の底を修理する。

穴を塞いだら、水を戻してやる...そういうイメージ」

 

ユノの例え話がどこに繋がるのか、やっぱり分からない。

 

「ハテナ?」な表情の僕に、ユノはふっと微笑んだ。

 

「つまりね。

ショックが大き過ぎるあまり、彼のことを一度、俺の心から抜き出して遠くへ飛ばしたんだ。

ほら、俺って大泣きもせず、平気そうな顔していただろ?

たまに涙を流すことはあっても、四六時中打ちひしがれているわけじゃない」

 

「あー、確かに」

 

中庭を初めて案内した日にほろりとこぼした涙と、ベッドに丸まって嗚咽していた姿くらいしか目にしていない。

 

「抱えるには重すぎたんだ。

だから、そいつを外に出して心を空にした。

そうしたらチャンミン、お前の存在が入り込んできた。

誤解するな。

彼の代わりの存在という意味じゃないぞ」

 

ユノは僕の考えを先回りして読んで 僕を安心させてくれた。

 

「すると、彼の存在が戻ってこられる隙間が無くなってしまった。

過去の恋を忘れるには、『時』と『新しい恋』だって、使い古された言葉があるだろう?

まさしくその通りのことが、俺に起こったわけ」

 

もともと満たしていた水とは『彼』のことで、ユノは辛さのあまりその水を抜いて、池を空にした。

 

傷心という穴を塞ぐ作業の最中に、僕が現れた。

 

穴が塞がってから、僕という水が戻されたとユノは言っていたけれど、実際は穴が塞がる前にユノの池に僕が注がれたと思う。

 

穴から漏れ出るペースよりも、注がれる僕の方が多いから、ユノという名の池は枯れないのだ。

 

 

「付けていい?」

 

「えっ、何を?」

 

「キスマーク」

 

「え...それはちょっと...見つかったらマズいよ」

 

「だいじょーぶ」

 

ユノはクスクス笑い、僕の内股に唇をつけた。

 

「そこ?」

 

きゅっと痛みが走った。

 

「ここと...ここ」

 

おへその横、乳首の横...ユノの唇はつつっと横に脇の下に移動した。

 

「んんっ」

 

ちゅうっと吸われて、全身敏感になっているせいで、びくんとはねた。

 

「ユノ...僕も付けてもいい?」

 

「いいよ」

 

ユノは「さあ、どうぞ」と、僕に向けて喉をさらした。

 

僕は鎖骨の下に3つ、マークを付けた。

 

「見えないとこだよな?」

 

「大丈夫」

 

「喉乾いたな」

 

「お茶飲む?」

 

毛布にくるまったまま目一杯手を伸ばし、トレーを引き寄せた。

 

「冷めてしまってるけど」

 

ユノはマグカップの一つをとるとぐびりと煽り、うつ伏せていた僕をひっくり返した。

 

「なになに!?

...んんー!」

 

ユノに唇を割られ、生温いものが口内へと流れ落ちた。

 

「もっと飲む?」

 

「うん」

 

「次はチャンミンがやって」

 

「いいよ」

 

両手で包み込んだユノの頬を斜めに傾けて、ぴったりと唇を重ね合わせた。

 

待ち構えていたユノの唇が開いて、僕はそこに紅茶を注ぎ入れた。

 

こんな感じに口移しを延々と繰り返した僕らだけど、これってキスより深い唾液の交換だよね。

 

 

(つづく)

 

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(49)虹色★病棟

 

 

真の意味でのエッチに及べないうちに数日が経った午後。

 

いつの間にか寝入っていたようだった。

 

僕の手をすり抜けた本が、床に落ちた音で目覚めた。

 

「こんな時間!」

 

ユノと午後の散歩をする時刻はとうに過ぎていた。

 

各々が自由に過ごせばいいことで、行動を共にしなければならない義務はない。

 

でも、時間の重みが日ごと増してきて、可能な限り共に過ごしたい。

 

僕らはいまだ互いの指や舌で慰め合っただけの関係で、真の意味で身体同士を重ねたとは言えない。

 

僕がここを出る前に、ひとつになりたい気持ちはあるけれど、ユノのあの言葉を貰えた今、エッチにこだわらなくてもいいのでは?...という考えもあったりして。

 

大慌てでワンピースに着替えた僕は、中庭にいるだろうユノを追った。

 

スタッフステーションのノートには、今から1時間前の時刻が記入されていた。

 

エレベータに乗り込み1階で降り、売店で缶コーヒーを買ってから中庭へ駆け込んだ。

 

今日は曇り空で、やや肌寒い気温だった。

 

熱々の缶コーヒーを右手左手と転がしながら、中庭を見渡しユノを探した。

 

「...ユノ?」

 

中庭はコの字型になった建物をフェンスで塞ぐ構図になっている。

 

ユノはフェンスにもたれかかるように立ち、向こうに広がる景色に見入っているようだった。

 

LOSTを挟んで、エントランス側は街、反対側...つまりフェンス側は乾いた荒野が広がっている。

 

緑のない荒涼としたこの景色は、喪失体験を経て心が空虚になっている者には、自身の気持ちをそのまま表しているように見えるだろう。

 

そうそう、そうなんだよ、俺の心はこんなザマなんだよ、ってな具合に。

 

ユノはいた。

 

ユノはワイヤーに指をかけ、額も押し付ける格好で、ゴーグルもせずにいた。

 

ここからはユノの顔は見えないけれど、遠くを見通す彼の眼は容易に想像できた。

 

からからに乾いた砂地が延々と続こうと、ユノの瞳はこんこんと潤いが湧いてきて枯れることはない。

 

片耳にかけたマスクがひらひらと、風に揺れていた。

 

ユノは背後に立つ僕に気づいていない。

 

リラックスした背中だった。

 

ハリネズミの様に緊張の針で尖らせていた背中が、無防備なものになっていた。

 

ユノみたいにルックスが最高な人なら、誰しも彼を放っておかない。

 

大勢の中でぽつんと、ユノひとりたたずむ光景が思い浮かんだ。

 

ユノらしくて似合うと思ってしまった。

 

独りでいることをユノは寂しがってなどいない。

 

...そういうことかと、頭の中にカチリと歯車が合った音が響いた。

 

2つ目の仮説について、僕なりの答えが見つかったのだ。

 

ユノは独りでいることが好きなのだ。

 

誰にも近づいて欲しくないのだ。

 

誰でも疲れを癒すために、自分を取り戻すために1人でいる時間を欲するものだ。

 

(人付き合いが苦手な僕も可能な限りひとりでいたいし、婚約者も大勢でつるむことを嫌っていた。

 

似た者同士の僕らは、ぷらぷらと散歩をする時間を大切にしていた。

 

その時の彼はワンピースを着ていた。

 

例えば今、僕が着ているコーラルピンクのものがそうだ)

 

 

 

 

だから、独り好きであることは別段、珍しいことじゃない。

 

ユノにとって独りでいるとは、敵の存在を気にしなくてもよくなり、防御態勢を解くことができる時間。

 

独りが基本。

 

接近してくる者は敵に近い。

 

それなのに僕に対して懐っこかったのは、絶望感によって対人センサーがぶっ壊れていたのだろう。

 

ユノは未だ、背後にいる僕に気づかない。

 

右手に透明ゴーグルをぶら下げている。

 

ユノの手...。

 

以前も「あれ?」と違和感をもったこと。

 

手洗いを繰り返したせいで荒れてただれたものではなく、白くきめの細かい綺麗な手をしていた。

 

厳重に手袋をしていて、手洗いの必要がないと言えるかもしれないけれど...。

 

もしかして、僕が思う程手洗い、消毒をしていないのかもしれない。

 

他人の目にさらされる場では、徹底した完全防備のいでだちでいるのは、周囲へ威嚇の姿勢を見せるためだ。

 

傷ついたり傷つけられたりするのが嫌だから、潔癖症だと宣言することで人との距離をとろうとしているのでは?と考えたのだ。

 

他人とばい菌とを重ね合わせ、避けることを正当化しているのかもしれない。

 

ユノは人が怖いんだ。

 

人が怖いのか、独りでいたいのか、どちらが優勢なのかは分からない。

 

ユノが極度の潔癖症であることは事実だし、「僕が治してあげよう」と驕った思いは抱いてはいけない。

 

ばい菌を嫌うのは、自身の心を守るため。

 

ユノが潔癖症である理由のひとつがこれなんだと思う。

 

なぜそう思ったか。

 

今、ユノの後ろ姿を見て「そうなんだろうな」と分かったんだ。

 

どうしてわかったのかというと、僕はユノのことしか見ていないからだ。

 

僕自身の失恋や心の小箱なんて、今じゃどうでもよくなってきた。

 

出逢った場所が閉鎖空間であるLOSTでよかったと思った。

 

だって、独りの人間とここまで関われるのだから。

 

 

僕はユノに声をかけるのは止めて、ここを立ち去った。

 

ぬるくなってしまった缶コーヒーは...忘れてた。

 

公衆の場で購入したこれを、ユノが飲めるわけないじゃないか。

 

「ははは、抜けてるなぁ僕は」

 

僕の口移しだったら飲めるのかな...なんてね。

 

 

 

 

「チャンミンさん」

 

夕飯後、スタッフの1人に呼ばれた。

 

「はい?」

 

「明日の午前9時ごろに、面談室まで来てくださいませんか?」

 

「とうとう来たか...」と思った。

 

きっと退所日についての話だ。

 

「...はい」

 

僕の心はずんと落ちた。

 

さっきまで笑顔が曇った表情に変わってしまった僕を、離れた位置に立っていたユノが いぶかしげに見つめていた。

 

ユノに隠すべきか知らせるべきか、一瞬迷った。

 

ユノと想いが通じキスし合える関係となった今は、こうすべきだ。

 

(部屋で話そう)

 

僕はユノに目配せをした。

 

 

(つづく)

 

 

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(48)虹色★病棟

 

 

僕の両手で抱えられたユノの腰は数度小刻みに震え、それが収まった頃になって彼の両目は開いた。

 

ユノはしゃがむと、腰の辺りで彼を見上げていた僕と目を合わせた。

 

突如、顎をむにっとつかまれた。

 

「!」

 

あひる口になった中にユノの長い指が差し込まれ、口内をぐるっとかき混ぜられた。

 

「!!」

 

抜き出したユノの指には、どろっとしたものがまとわりついていた。

 

ユノがたった今吐き出したものだ。

 

「俺もチャンミンも汚れた」

 

ユノの言い方にムッとしてしまった。

 

「『汚れた』っていう言い方がなぁ...。

今さら、なんだよ。

そうだよ!

汚れないことにはエッチはできないよ」

 

「今までのは勢い任せというか成り行き任せというか...欲に従ってがむしゃらだった。

深く考えないようにしていたんだ」

 

ユノの両腕が僕の背中にまわり、柔らかく抱きしめられて彼の胸の中に閉じ込められた。

 

僕はレンガ敷の地面に直接女の子座りをしているし、ユノにいたっては片膝をついている。

 

ユノの潔癖はどこにいってしまったんだろう?

 

「ユノ...?」

 

「冷静になった時が怖かったからだよ。

だから、頭の外に追い出していた。

潔癖だけどこうやって誰かを好きになることはあるし、性欲もある。

好きになった奴には近づきたい。

ご存知の通り、俺は汚いものが大嫌いだ」

 

「汚れることも、汚されることも嫌い、でしょ?」

 

「ああ」

 

「それから...相手を汚してしまうことも...?」

 

この言葉に、僕の肩につけていたユノの頭が持ち上がった。

 

「チャンミン...」

 

そうじゃないかな?と思っていたことだ。

 

「恋愛とばい菌との攻防戦でユノは大変だったと思う。

彼にしても僕相手にしても、さ。

えっちなんて、大抵は裸でやるものだし、綺麗とはいえないものがいろいろ出る。

激しい時なんて、汚れ度MAXだよ。

服を着たままでもできるけど、僕はやっぱり裸で抱きあいたい」

 

「......」

「ユノはもしかして、僕を汚してしまうのを怖がってるんじゃないかなぁ、って思っていた。

自分のもので相手を汚してしまうのは嫌だ...これは僕だって同じこと思ってるよ。

『汚い』って思われたり、『臭い』って言われたらショックをうけるよ」

 

「......」

 

「その度合いがユノは強いんだろうな...と思った。

それなのに、ユノの場合は愛情が増せば、潔癖というルールがキャンセルされるんだよ。

『許可する』っていうのかな?

僕は専門家じゃないから、あくまでも僕の素人的解釈だからね。

ここは喜ぶべきなんだ。

だってさ、ユノに触れることを許されたんだから」

 

最後の方はちょっと卑下し過ぎたかな、と思わないでもない。

 

今日のところは、ユノ自身が潔癖症でいる理由...第二の仮説については触れずにおいた。

 

現段階では筋道だった説明ができず、もやもやしている。

 

「俺に許されたなんて...そんなこと言うなよ」

 

ユノはふぅ、と息を吐き、僕の頭を撫ぜた。

 

「許されたのは俺の方さ。

チャンミンに触ることを、俺が許されたんだ。

さっき言っていただろう?

俺は『相手を汚すことを恐れている』って」

 

「うん、言った」

 

「さっき、チャンミンからフェラされてた時に分かったんだ。

エロいことをやりながら、彼との時はどんなんだったっけ?と思ったんだ」

 

「ちょっ、ひどいよ!」

 

ユノの腕の中から逃れようともがいたが、悔しいことに彼の力の方が上だった。

 

「比べたんじゃない。

分かったんだ」

 

「じゃあ、何だよ」

 

ユノの過去については寛大に受け止めようと努力してきた僕だった。

 

でもなぁ、アレしている時に比較されるのは、もの凄く嫌だ。

 

僕はユノの胸から引きはがすように身を起こし、彼を置いて温室を出ようとした。

 

「チャンミン!

ちゃんと説明するから。

お前に触ることができたワケが分かった、ってことなんだ!」

 

僕は勢いよく振り返った。

 

 

 

全部受け入れるか否かが、ユノの愛し方なのだ。

 

唯一無二と敵の2択しかない。

 

ユノの台詞、『俺もお前も汚れた』はそのままの意味だった。

 

ユノと僕は一体になった。

 

一体になったのだから、相手を汚らしいと思う必要はない。

 

とある泥沼に僕らは共に沈み、僕らの身体にはその沼の泥が塗りたくられている。

 

僕らを汚すものは同一のものだから、抱き合うことで互いを汚す汚さないの概念はなくなる。

 

ユノの台詞の意味はそう言う意味だったのだろう。

 

僕の心の小箱の鍵を、ユノは飲み込んだ。

 

そこでユノは、僕の心を得た。

 

次に、互いの身体のデリケートな箇所を触れあうことで、肉体を得ようとしている。

 

重い...ユノの愛し方は確かに重い。

 

大切な人を失って、その喪失感に廃人になりかけた僕ら。

 

地底深くまでぽっかり空いた喪失の穴は、熱く重い恋じゃないと埋められないのだろうな、と僕は思ったのだ。

 

 

(つづく)

 

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(47)虹色★病棟

 

 

「『転勤先』と言い方を以前したのは、施設とか就労移行を受け入れている職場とか、説明が面倒だったからだよ」

 

「あ...そういえばそうだったね」

 

「何事も慌てちゃいけないんだ。

俺をサポートしてくれた人の『焦らずゆっくりいきましょうね』の言葉に励まされていた。

パニクってしまった時は、SOSを出せば駆けつけてきてくれたりね。

俺が社会に出てゆけるようになったのは、その人のおかげだ。

 

『恩人』と言ったのはそう言う意味」

 

「うん」

 

「俺はこんなんだから、友人が出来たためしはないし、彼女が出来た試しがない。

俺はひとりぼっちだったよ。

彼女が唯一、俺と社会を繋いでくれる窓口だったんだ」

 

『彼女』の言葉に、僕は敏感に反応してしまった。

 

眉をひそめた僕に気づいたユノは、慌てた風に付け加えた。

 

「サポートしてくれた人は女性だったんだ」

 

表情が変わらないままの僕がこだわっていたのが、そちらの『彼女』ではないのだとユノは悟ったようだった。

 

「そっちの『彼女』か。

『ノーマル』という言い方は好きじゃないけどな。

初めての真剣勝負な恋愛も恋人がたまたま男であり、彼だっただけさ」

 

ユノにとってのその人は、余程特別な人だったんだ...元気をなくしてしまいそうになって、すぐに思い直す。

 

僕の方だって、結婚したいと願う人がいたんだから、イーブンだ。

 

「潔癖という名の強迫観念と恋愛感情のせめぎ合いだった。

俺をサポートしてくれた人は、俺の恋愛に乗り気じゃなかった。

『ゆっくり、ゆっくり』としつこかった。

でも俺は、恋愛を優先させた。

努力しなくても、彼に身体を触られても平気になった。

...俺は他人との接近戦に慣れていない。

時間はかかったよ。

彼には付き合ってる人がいた、ってこともあるけれど...」

 

「だから、褒められた関係じゃないってこと?」

 

「それもあるけど...恋路を邪魔する彼女がうっとおしくなって、邪険に扱うようになった。

サポートの度が過ぎて、執着しているように感じるようになった。

好きな人が現れたことで、俺の傾向がマシになるのなら大歓迎じゃないか。

それなのに彼女は、恋に夢中の俺の姿に危なっかしさを感じたんだろうね。

しつこいようだけど、俺は接近戦が苦手だ。

俺のテリトリーに入り込める奴は1人で十分だ。

彼との恋でハンパな自信がついていた俺はこともあろうに、彼女は俺に対して恋愛感情を抱いている、と思い込むようになった。

今となっては、そうだったのか、プロとして当然のことをしただけなのかは分からないけどね...。

俺とは恋人以外の者には冷酷になれる人間なんだと、初めて知ったよ。

支援施設に訴えたんだ。

彼女は担当を外された。

俺も施設と距離を置くようになった」

 

 

話し終えたユノと聞き終えた僕は口を開かず、中庭のフェンス向こうの景色を眺めていた。

 

砂色の荒野の遠い向こうに、高層の建物群の影が霞んで見えた。

 

荒野を間に挟んで、僕はあっちにユノはこっちに暮らしていた。

 

「ごめんな...聞いていて愉快じゃないだろ」

 

「ううん...。

僕とユノはLOSTで知り合ったんだ。

過去は吐き出すべきなんだ」

 

「話す方も聞かされる方もシンドイなぁ...」

 

ユノのうんざりとした言い方に、「そんなことないない!」と僕はきっちり否定した。

 

ユノがもてあそんでたマスクの耳紐は千切れ、鼻のワイヤーは折れ曲がり、不織布は毛羽立ち、無惨な有様になっていた。

 

 

「今度は僕の番だよ」

 

「?」

 

きょとん、としたユノを温室の方へと誘った。

 

「チャンミン...!?」

 

僕はひざまずいて、ユノのファスナーを下ろした。

 

僕の意図を知ったユノが拒絶するかと思ったら、すぐに成り行きに任せたあたり、期待していたのだろう。

 

まだ頼りないものを頬張った。

 

「うっ...」

 

反射でくくっと痙攣したユノの腰を、腕で抱えた。

 

ふにゃふにゃとしていたものが、徐々に張りと固さを増し、ついには息継ぎが難しい程のサイズになる。

 

その変化が自分の愛撫によるものと分かり、喜びでいっぱいだ。

 

筋とシワの1本1本丹念に、ぺろぺろと舐めた。

 

ほおばった頭を前後にスライドさせた。

 

「...はあ...はぁ...」

 

さらにむくむくと、大きく固く育ってゆく。

 

最も太い血管が脈々と拍動するさまが、舌に感じられるほどだった。

 

はあはあ言う、ユノの低い声音が色っぽくて、僕を興奮させた。

 

僕のものだって、小さな下着じゃ覆いきれずに、下から顔を出していると思う。

 

「いいね...チャンミン...うまい、うまいよ」

 

ユノの両手に髪をかき混ぜられた。

 

「すげぇ、いい。

気持ちがいい」

 

気持ちよくなってくれて、僕は嬉しかった。

 

嬉しくて、持っている技を総動員させて頑張ってしまう。

 

ついに放たれたものを喉奥で受け止めながら、僕は頭上を見上げた。

 

ユノの頬を歪められ、目をつむっていた。

 

その表情は甘く切ないもので、先ほどの彼を思い出して顔を歪ませたものとは対極にあるものだった。

 

 

(つづく)

 

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(46)虹色★病棟

 

 

「はあはあはあ...」

 

僕はレンガ敷の地面に膝をついて、息が整うのを待った。

 

「ユノっ...話の途中だよ...!

 

『恩人』...のところで、なに始めるんだよ!?」

 

「あ...そうだった」

 

と、ユノは笑って、僕を引っ張り起こした。

 

「話しにくいからって、こんなことするなんてっ...」

 

「バレてた?

そのわりに、すごい感じてたじゃないか?」

 

ユノとは既に数回、エッチなこと(未挿入)をしているけれど、それらが刹那的なものではない証拠に、こうやって軽口がたたける。

 

エッチなこととエッチなこととの間に、打ち明け話を挟む傾向があった。

 

洗いざらい過去の恋は吐き出すべきだ...ユノと僕との共通認識だ。

 

 

「『恩人』の存在が『褒められない関係』に繋がるんでしょ?」

 

「ああ。

思いっきり繋がってる」

 

 

 

 

「聞かせて」

 

僕らは温室を出て、僕らの指定席であるベンチについた。

 

こんなにいい天気なのに、中庭は僕ら二人だけだった。

 

(あんなことをしていたんだから、無人じゃなきゃ困るんだけどね)

 

「いいよ。

後味の悪い話だから、落ち込んでしまうけど...いいよな?」

 

「うん」

 

ユノはカーディガンのポケットからマスクを一枚取り出したけど、装着せずに手の中でもてあそび始めた。

 

節が太く、長くて美しい男の指に、目が釘付けになる。

 

この指が、僕の中で踊っていたのだ...。

 

「!」

 

ユノの指...さっきまで僕のお尻に突っ込んでいた指。

 

今さらながら、思い出した。

 

「ユノ!?」

 

僕はぞっとして、マスクをいじるユノの手を、自分の方へと引き寄せた。

 

「何だよ!」

 

ユノは勢いよく手を引っ込めると、僕を睨みつけた。

 

忘れてた...エッチなスイッチが入っていない時のユノは、取り扱い注意なのだ。

 

不意に素手で触れたりなんかしたら、ユノの潔癖センサーが振り切れてしまい、パニクらせてしまう。

 

「ごめん...。

指...汚いでしょ。

さっきの...だから、洗った方がいいよ、って思って...」

 

 

抱き合いキスをし、デリケートな箇所を触れあう仲にはなったけれど、長年にわたって築かれたユノのデフォルトは瓦解できるはずない。

 

僕は無遠慮だった。

 

「びっくりさせてゴメン」

 

しょんぼりしている僕に、ユノは「悪い」と謝り、僕の肩を抱いた。

 

「慣れていないんだよ。

それにこれくらい...」

 

ユノはパーに開いた手を子細に眺め、

 

「大したことない」と言って、指を...まさしく、僕のお尻に入れた指をぱくりと咥えたんだ。

 

「ちょっと!

何してんだよ!」

 

勢いよくユノから自分の手を取り戻し、彼に向けてべぇと舌を出した。

 

この子供っぽい仕草が、余程面白かったみたい。

 

「あはははは」

 

(あ...)

 

ユノ、笑ってる...と思った。

 

からからと明るく、透き通った笑いだった。

 

「ううん、汚くない。

洗わなくていいんだ」

 

「...ユノ。

無理するなよ。

僕が傷つくと思ってんでしょ?

あの後は手を洗うのは普通のことだよ?

僕だって洗うよ?

洗って欲しいんだ」

 

ユノという人間は、洗う洗わないの基準が一般的な人とは極端にずれているし、ユノ自身、その基準点がどこにあるのか分からずにいるのだと思う。

 

だから、僕と深い仲(未挿入だけど)になった今、手を洗う行為を目の当たりにさせてしまうことで僕を傷つけてしまうのなら、洗わないと決めたのだろう。

 

極端なあまり、一般的な感覚の持ち主なら絶対に洗う場面であっても、ユノは頑として洗おうとしないかもしれない。

 

汚いものを自ら口にするという、大胆なことまでして見せて、僕に好意を伝えようとしてくれる。

 

嬉しいけどさ...嬉しいけど、やりすぎだよ。

 

「ホント。

無理してない。

汚いと思う必要がなくなったんだ」

 

「?」

 

「この感覚...思い出したよ」

 

「!」

 

亡くした彼のことを思い出したのだろう。

 

この時ばかりは嫉妬で、僕の胸がズキっと痛んだ。

 

横目に映るユノの横顔は寂し気で、細めた目は遠いところを見ていた。

 

なるほど...僕と抱きあえるようになった理由はそこなのか...と思いかけた時、

 

「恩人の話に戻るね」と、ユノは話題を切り替えてしまった。

 

「彼との恋が褒められたものじゃない訳は、恩人、が関わっているからなんだ」

 

「おんじん...ですか」

 

伸ばした足をぷらぷら揺らして、ユノの語りを待つ緊張をほぐした。

 

「俺が一会社で働けるようになったのは、その人のおかげだった。

ご想像の通り、俺にとって社会とは、恐ろしいものだらけの辛い世界なんだ。

普通の会社勤めするには、相当な頑張りが必要だ」

 

と、ユノはベンチに置きっぱなしだったゴーグルを指さした。

 

「今ほど酷くはなかったけれど、克服しなきゃいけないことは沢山あった。

専門の施設に厄介になって、専門家の指導を受けながらの、社会デビューだ」

 

「施設?」

 

「ああ。

家族の元にはいられなくて。

俺は施設慣れしてんの。

LOSTとその施設の違いは、こっちの方が掃除がなっていない。

それから、もっと大きな違いは自分の意思で出られるか否かだね」

 

「そっか...」

 

「最初の一歩は独り暮らし...次に仕事探し。

外出は俺にとってサバイバル。

部屋探しから買い物に付き添い、日々の様子覗いと定期的なインタビュー。

...俺が独り立ちするまで、サポートしてくれる人が1人つくルールになっている」

 

僕らは今、世間と隔絶された閉鎖空間にいる。

 

ユノの普通っぽくないところは、大して問題になりにくいし、僕も気にならない。

 

むしろ、強力な魅力として映っていた。

 

僕らの恋を阻むものであり、恋を盛り上げる設定として。

 

でも、一般社会を生きていくには、ユノの傾向は度が過ぎているため、どんな暮らし方をしていたのだろう、と疑問に思っていたのだ。

 

ユノが話していたように、潔癖度はひどくなっていったそうだから、学校を卒業して、ハイ就職と、スムーズには進まなかっただろうと想像はできた。

 

手助けをする人物の存在。

 

「じゃあ、その人が?」

 

「ああ。

俺の恩人と言える人だ」

 

「結婚した『彼』とは別の?」

 

「ああ。

そうなんだ」

 

その人と、結婚相手とどう話が繋がっていくのだろうと、僕はユノの話の続きを待った。

 

 

(つづく)

 

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