(最終話)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

 

チャンミンは、朝からキッチンでガチャガチャと忙しそうにしている。

 

予定通り誕生日パーティを開催するのだという。

 

俺を一人にしておけないからと、買い出しには出掛けず、冷蔵庫と食糧庫にあるもので料理を作ることにしたらしい。

 

手伝いを買ってでると、「誕生日の主役は座っていてください」と追い払う。

 

「チャンミンも主役だよ?」と言うと、「お兄さんはけが人だから寝ていてください」と返された。

 

「チャンミンもけが人じゃないか」とツッコむと、チャンミンは「お兄さんは先輩で、僕は後輩です。先輩はふんぞり返っていてください」と、「あっち行け」とばかりに、フライパン返しを振った。

 

俺の怪我は、というと、額の上を数針縫い、切れた口角と目の下は絆創膏で、肩と腹回りの打撲傷は湿布でと、大ごとにならずに済んだ。

 

治療を受けた診療所で、喧嘩傷のワケをしつこく尋ねられて、言い逃れに苦労した。

 

額の傷は、倒れた際に廃棄家電にぶつけてできたもので、俺は喧嘩の経験はないが、彼らのこぶしと蹴りに躊躇があったと思う。

 

その気がある者だったら、この程度の怪我ですまなかった。

 

チャンミンは脇腹に痣を作っただけで済んだことに、ホッとしていた。

 

従僕な犬の目をした優しいチャンミンが喧嘩傷とは...似合わないし、もう二度と負わせたくない。

 

 

料理が完成したのは夕方6時で、かれこれ8時間かかったことになる。

 

チャンミンはテーブルにクロスを敷き、ろうそくを灯した。

 

「お兄さん...どうぞ」と、椅子を引いて俺を座らせた。

 

皮で繋がったトマト、生煮えのジャガイモ、焦げた鶏肉、水浸しのサラダ。

 

口内を切った俺のために薄味だった。

 

決して旨いとはいえない料理だが、そこにはチャンミンの愛がつまっている。

 

グラスに水を注ぐ際、肩がずきりと痛み、顔をしかめた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ごめんな、こんなことになって」

 

「いいえ。

お兄さんにばかり背負わせてしまってごめんなさい」

 

「いいや。

チャンミンのおかげだ。

俺一人ではできなかった」

 

「僕、頑張ったんですよ」

 

「全くだ。

チャンミンは凄いね。

ありがとう」

 

「えへへへ。

映画みたいでした」

 

 

チャンミンの大冒険の顛末はこうだ。

 

チャンミンは昨日、買い主の甥に会いにいったのだという。

 

俺のスマホを盗み見て、甥の連絡先は知っていた。

 

そして俺のフリ...つまり、孫本人のフリをして連絡を取ったのだとか。

 

そして昨日、チャンミンはスーツを着て出かけた。

 

甥は買い主の孫の顔を知らないことを、チャンミンは知っていたため、作戦は上手くいくと自信があった。

 

中途半端な額では満足しないだろうから、かなりまとまった金が必要だろうと推測していた。

 

そこでチャンミンは、自分自身ができる限りの方法で俺を助けようとしたのだ。

 

...俺がかつて贈ったチョーカーだ。

 

目の玉が飛び出るほどの価値がある、ダイヤモンドのチャームが付いている。

 

俺がいなくてもひとりで生きてゆけるようにと、祈りをこめて贈ったものだった。

 

それをチャンミン曰く、「金のモージャ」にちらつかせ、惜しげなくくれてやった。

 

「『二度と近づくな』と念をおしたのですが、言うことをきくかどうかは分かりませんけどね」と、チャンミンは肩をすくめていた。

 

これが全て。

 

単純な解決法だった。

 

これが「何もかも終わらせた」の台詞の意味だ。

 

これで俺とチャンミンの平穏な生活を邪魔する騒音はなくなるだろう。

 

 

一帯を買収する計画が浮かんだ時に所有者を調べたところ、あの店の他、斜め向かいの店も甥の持ち物だった。

 

嫌がらせと言う反撃は、甥の方からくるか、あの地で生計を立てていた者からくるか、襲撃を受けるまで予想がつかなかった。

 

あそこはアングラな場所で、次々と買収されたことに黙っていられない者も多い。

 

自由を恐れ、自由を不都合だと感じる者もいる。

 

昨日の暴力は腹いせと、いらだちのぶつけどころが欲しかっただけの暴力だ。

 

近いうちに補償金が彼らの手に渡る。

 

うまい使い方をすれば、一般的社会人のレールに戻れるようになるだろう。

 

使い方は彼ら次第だ。

 

次に、甥との問題だ。

 

彼に直接金をやるのは癪だった俺は、不動産を購入することで、彼に金が渡る方法をとった。

 

俺はあまり出歩かない方がよいと判断し、仲介者としてアシスタントの彼女に動いてもらっていた。

 

出向く必要がある時は、俺は俺の仲介者を装った。

 

相場をはるかに超える額で買った。

 

もちろん彼は、買い主が俺だと知っている。

 

相続した金を今回の件で使い果たしてしまったため、今後、せびられてもまとまった金はもう出せない。

 

 

「一から稼げばいいさ」

 

「チョーカーを渡してしまって、ごめんなさい。

あれがあれば、生活してゆけたのに...」

 

チャンミンはしょぼりとしている。

 

「チャンミンがしたことは、大正解だったんだよ。

手放さないといけない物だったんだ。

もともとは買い主の金で買ったものだからね。

これでキレイさっぱり、無くなった」

 

「僕...一生懸命、働きます」

 

「ははは、その心配はいらないよ。

買い主の金だけじゃとてもとても、あれだけの不動産は手に入れられなかったよ。

相続後に殖やしたたんだ。

殖やすのが得意なんだ」

 

俺はこめかみをつついてみせた。

 

「なんてったって、俺は金のモージャだからね」

 

「じゃあ、この部屋は出て行かなくて済むんですね?」

 

「もちろん。

チャンミンの屋上庭園もそのままだ」

 

「よかった~。

今年はキウイの木を植えてみたかったんです」

 

チャンミンのはじける笑顔。

 

「いっそのことジャングルにしちゃえ」

 

俺たちは大笑いした。

 

 

食後のデザートは、イチゴのリキュールを煮詰めたソースをバニラアイスクリームにかけたものだった。

 

怪我をしていたため、アルコールは禁止だ。

 

「あの土地はどうするつもりなのですか?」

 

「あそこは...更地のままにしておくよ」

 

「勿体なくないですか?」

 

「何も無いことが大事なんだ。

『無い』ことの象徴だ」

 

「ふ~ん。

お兄さんの言うことはいつも難しいです」

 

「そんなことより...」

 

チャンミンに教えてあげたいことがあった。

 

「俺が名前と存在を失った経緯を教えてあげる。

『犬』になってしまった理由については、まだ話していなかったね」

 

「はい」

 

「俺とチャンミンがいた店...俺がぶっ壊した店。

あの店に来た時に、俺は無き者とされたって、以前話したよね?

じゃあ、あの店に来る羽目になった理由は何だと思う?

びっくりするよ」

 

「え...なんでしょう」

 

「あの店に来る前、俺は別の店に居たんだ。

その別の店というのは...。

実は...俺の家族が経営していた店だったんだ」

 

「えっ...!」

 

「うちの店がヤバいことになって...俺は売り飛ばされちゃったわけ」

 

「......」

 

「存在を剥奪されたっていうのかな...つまり、死んだってことさ。

そうすれば、『犬』にしやすい。

俺は、『犬』を飼った経験も、『犬』になった経験も両方ある人間だった」

 

「飼ったのは、お兄さんの家族がでしょう?

お兄さんは悪くないです」

 

チャンミンは半泣き顔で、俺から目を反らさなかった。

 

「これで俺の過去は全部話したよ。

なぜ『犬』になる羽目になったのか。

身請けされた理由。

大金持ちになった理由」

 

「じゃあ...家族は?」

 

俺は手を伸ばし、テーブル越しにチャンミンの頬を指の背で撫ぜた。

 

「俺の家族は、チャンミンだけだよ」

 

チャンミンのまぶたがふるふると震えていて、今すぐ涙がこぼれそうだ。

 

「僕と同じこと言ってますね。

ふふふ...嬉しいです」

 

笑って目を細めたせいで、涙がつーっとチャンミンの頬をつたった。

 

「チャンミン」

 

俺は立ち上がり、泥だらけのバッグから一通の封筒を取り出した。

 

封筒から出した例の書類を、チャンミンの前で広げた。

 

昨日、役所で貰ってきたものだ。

 

「...これ?」

 

「読んでみて?」

 

「こ...ん...い...んと...どけ?

なんですか、これ?」

 

「もう一回、しっかり読んでみて?」

 

「こん...いん...とど...け」

 

チャンミンは記載された文字を、ぶつぶつと繰り返し音読した。

 

「!!」

 

ようやく言葉と意味が繋がったらしい。

 

「!!!」

 

絶句したチャンミンは、目を真ん丸にして、片手で口を覆っている。

 

俺はチャンミンの足元で膝まずいた。

 

「これが...チャンミンへの誕生日プレゼント。

喜んでもらえるかわからないけど...?」

 

チャンミンは固まっている。

 

「......」

 

「チャンミン、俺のものになってくれる?

これは正式なお願いだよ」

 

チャンミンは椅子から立つと、俺の真正面でちょこんと正座をした。

 

「お兄さんったら、僕の計画を壊してくれましたね」

 

「?」

 

「リボンを結ぶつもりだったのに!」

 

「リボン?」

 

「首にね、赤いリボンを付けて、僕をプレゼントするつもりだったんです。

そして、こう言うつもりだったんです。

『お兄さんに僕をあげます』って。

もぉ!

僕の計画を先回りしないでくださいよ~」

 

「ねえ、チャンミン。

俺、凄いことをチャンミンに言ったんだよ?

その紙の意味、分かってる?」

 

ぴたっとチャンミンの動きが止まった。

 

「お兄さんばっかりズルいです!

僕を喜ばせすぎです」

 

チャンミンは勢いよく俺に抱きついてきた。

 

「...っ」

 

脇腹の打撲傷が、ズキっと痛んだ。

 

「嬉しすぎて、何て言ったらいいか分かりません」

 

正座したまま俺にしがみつく、チャンミンの丸まった背中を撫ぜた。

 

手の平に感じる背骨の凸凹が愛しかった。

 

チャンミンのすべてが愛しかった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

お兄さんと出会ってどれくらい経ったのかな。

 

暖房が効きすぎた部屋から、バルコニーへと出て、熱くなった顔を冷やしていた。

 

そして、天を見上げると星空が広がっていて、瞬く星に純粋に感動した。

 

これまでの僕はずっと、お兄さんだけを見つめていた。

 

素晴らしい四季の景色に感動してはいたけれど、夜空を真上に見上げたことは無かったかもしれない。

 

お兄さんとの暮らしは幸福で充ち溢れていた。

 

でも、「いつか失ってしまうのでは」という不安がつきまとっていて、お兄さんから目が離せなかった。

 

今、僕らは手すりにもたれ手を繋ぎ合っていた。

 

お兄さんの手に繋がれた僕は安心して、空を見上げることができる。

 

「チャンミンと旅行に行ってみたいなぁ。

俺も『犬』以外の仕事をしたことがない世間知らずだ。

沢山のことを、チャンミンと経験したい」

 

「僕もです」

 

「チャンミン」

 

「はい」

 

お兄さんに抱き寄せられた。

 

「俺をチャンミンのものにしてくれる?」

 

「.....お兄さん?」

 

「俺...俺のすべてはチャンミンだ。

俺はチャンミンのものになりたい」

 

「はい。

お兄さんは僕だけのものです」

 

僕はお兄さんの背中を追いかけて。

 

追いつかれて、お兄さんはどこかほっとした顔をしていて。

 

自由になった僕らは手を繋ぐ。

 

夢が叶って幸せ過ぎて、胸が苦しい。

 

初めて出逢った日から願っていたこと。

 

ずっとずっと願っていたこと。

 

あなたのものになりたい。

 

むき出しの僕の首に、お兄さんのキスが落とされた。

 

 

(おしまい)

 

 

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(50)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

今日やるべきことを全て済ませた僕は、例の場所に寄ってみることにした。

 

解体した店の敷地がどうなっているのか、目にしてみたくなったんだ。

 

後になって思うと、何かしらの危機を察していたのかもしれない。

 

一度お兄さんと訪れたあの店の場所は、よく覚えている。

 

大きな雨粒がぼたぼたと傘を打ち、取っ手にその振動が伝わってくる。

 

水が沁みて濡れた革靴の指先が、凍り付きそうだった。

 

繁華街は多くの店が営業時間外のため、人通りは少ない。

 

「...!?」

 

僕は立ち止まった。

 

それは怒鳴り声だった。

 

トラブルに巻き込まれたくない通行人は足早に、うつむき加減で声がする辺りを通り過ぎていた。

 

けれども僕は、無視するわけにはいけない。

 

ガシャンと物が倒れる音もした。

 

その音はラブホテルと居酒屋のあたりからで、そこは裏通りに繋がる細路地がある場所なのだ。

 

この細路地を通らないと、あの店があった裏路地へはたどり着けない。

 

少なくとも3人の声がするし、この近辺は治安がよいとは言えないから、喧嘩だろう。

 

困ったなぁ、と思った。

 

細路地を塞いでもらったら困るなぁと思いながら、彼らに気づかれないよう、そうっと覗いてみた。

 

 

「...!」

 

2人の男が、うずくまった男を蹴り飛ばしていた。

 

乱暴している者たちは意外にもチンピラ風ではなく、黒いコートを着たスーツ姿、もう片方は小洒落た恰好をした若い男だった。

 

「てめぇのせいなんだよ」

「ざけんな」

と怒鳴っている。

 

僕は迷った。

 

仲裁に入るか入らざるべきか。

 

ついに横たわってしまった男は頭を守り、蹴られるがままでいる。

 

どうしよう...僕は弱い。

 

でも、あんなに蹴られたら、あの人は死んでしまう!

 

「......!」

 

男の1人が、壁際に捨て置かれたサラダ油の一斗缶を掴んだ。

 

あれで殴ろうとしているんだ!

 

覗き見で済ませられなくなったその時。

 

心臓が握りつぶされたような...氷水に突き落とされたようなショックに襲われた。

 

 

「やめろー!」

 

 

2人は僕の叫び声にハッとし、一斗缶を振りかざした腕が一時停止した。

 

僕は突っ立った男を押しのけ突きとばし、お兄さんの元に駆け寄った。

 

お兄さんの顔は血で汚れていて、両目をきゅっと閉じていた。

 

僕は膝まずき、お兄さんの頭をかき抱いた。

 

「お兄さん、お兄さん?」

 

お兄さんの頭を支えた僕の手が、血で濡れた。

 

雨粒が血を洗い流し、お兄さんの真っ白な肌が現れ、額から流れ落ちる血ですぐに白い肌は赤く汚れた。

 

お兄さんの白くしなやかな手は力なく、汚い地面に落とされている。

 

どうしよう...。

 

突如乱入してきた僕に、男たちはあっけにとられていたが、すぐに我に返ったようだった。

 

「なんだ、てめぇ?」

「おらぁ?」

 

次のターゲットは僕に移った。

 

こぶしを振り上げ僕を威嚇する彼らを睨みつけた。

 

緊迫したこの時、僕は彼らを観察していた。

 

...なるほど、同類はすぐに分かる。

 

醜く顔を歪ませた彼らは痩せた体形で、整った顔立ちをしていた。

 

でも、どこか荒んだ雰囲気を漂わせていた。

 

刃物は持っていない。

 

お兄さんは彼らにやられっぱなしで、手をあげていなかった証拠に、彼らの顔は傷一つなかった。

 

彼らも人を殴ることに慣れていないようだ。

 

力仕事も日焼けも知らない白いこぶしは擦り剝け、血が滲んでいた。

 

彼らがお兄さんに怒りをぶつけたワケが分かった。

 

自由になったことを喜ばない『犬』たちがいるだろうと、かつてお兄さんは話していた。

 

「どけよ!」

 

僕は蹴られた。

 

脇腹に激痛が走り、歯を食いしばって耐えた。

 

「おらぁ?」

 

次は背中を蹴られた。

 

お兄さんをかき抱いた両腕に力をこめ、地面につき倒されないよう耐えた。

 

「離せよ。

俺らはこいつに用があるんだ」

 

「お兄さんに触るな!」

 

僕は叫んだ。

 

「なんだてめぇ。

こいつの仲間か?」

 

一斗缶を放り捨てた男が、僕とお兄さんを引き離そうとした。

 

「うるさい!

お兄さんに触るな!」

 

僕は喧嘩の仕方を知らない。

 

叫び、お兄さんの盾になることしかできない。

 

「あっち行け!

お兄さんに触るな!」

 

身体を丸め、三打目の蹴りを背中に受け止めながら、この危機をどう抜け出せるか頭を巡らせた。

 

繁華街の通りまでは何メートルもあり、通行人は見て見ぬふりをしている。

 

でも、一か八か...。

 

僕はお兄さんを地面に寝かせた。

 

バネのように立ち上がり、通りに向かって走り出し、男たちに突進し、突き飛ばした。

 

「助けて!

助けて!」

 

通りに飛び出した僕は叫んだ。

 

通行人たちは足を止めた。

 

「警察!

警察、警察!」

 

通行人たちは僕に注目し、そのうち何人かが駆け寄ってきた。

 

「助けて!」

 

あんなに大きな声で怒鳴ったのは生まれて初めてだったと思う。

 

カッコ悪い突破方法だったと思われるかもしれない。

 

お兄さんをボコボコにした仕返しに、彼らを殴るべきだった、と。

 

僕はそれができない。

 

喧嘩の経験がなく、弱すぎて、こぶしはかすりもせず空振りし、倍返しでボコボコにされてしまうだろう。

 

結局、喧嘩に慣れていない彼らはぶっ倒れた僕に怖気づいて、逃げだしてしまうだろう。

 

今回のことでよく分かったのは、僕とお兄さんはいかに平和な...暴力とは無縁の...世界に生きているか、ということだ。

 

これって、感謝すべきことだと思った。

 

 

ふり返ったら、細路地の男たちは消えていた。

 

僕はお兄さんの元に駆け戻った。

 

「お兄さん、お兄さん!」

 

頭を揺すったらいけないと思い、お兄さんの手を握ったり擦ったりした。

 

「お兄さん!」

 

「...っ」

 

お兄さんの目がうっすらと開いた。

 

「...チャンミン?」

 

屋外で、お兄さんの顔をこんなに間近で見下ろしたことはなかった。

 

雨降りだけど屋外は室内よりも明るい。

 

雨粒をはじくお兄さんのきめの細かい肌、漆黒の短いまつ毛、そして眼は潤んでいて光を宿していて...ああ、よかった、と安心して力が抜けた。

 

「お兄さん、大丈夫ですから。

全部、終わらせましたから」

 

「...チャンミン?」

 

よかった...お兄さんが無事で本当によかった。

 

「全部終わりましたよ」

 

「終わったって、どういうこと?

教えてくれる?」

 

お兄さんの声を聞いたら、身体の力が抜けた。

 

「お兄さ~ん...怖かった。

怖かったよ~」

 

「...そうだね。

俺も怖かった」

 

首筋に鼻をこすりつけた。

 

お兄さんの片手が持ち上がり、僕の後頭部を撫ぜた。

 

お兄さんから借りたコートもスーツもドロドロでびちょびちょで...お兄さんはもっと酷い有様...僕らはお互いの無事を確かめあった。

 

 

(つづく)

 

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(49)あなたのものになりたい

 

 

 

~ユノ~

 

今月に入って4度目の外出だった。

 

チャンミンは不貞腐れるのではなく、不安げな表情を見せるようになった。

 

普通じゃないことが起きていると、察しているのだろう。

 

電話が鳴る頻度が高いことに、チャンミンは興味と不安を覚え始めたようだ。

 

リビングや寝室に置きっぱなしにしたスマホを、俺の入浴中などの間に、チャンミンが何度か盗み見していたことを知っている。

 

突如スマホを肌身離さず持ち歩くようになったら、余計に不審がられることを恐れた結果だ。

 

俺はそのことに気づかないフリをしてしまったが、そろそろきちんと説明すべき頃だと思い始めていた。

 

 

俺は今、いくつかのことを同時進行させていた。

 

その一つは、俺が俺の仲介者に紛して、彼...買い主の甥と接触していることだ。

 

俺の素顔をさらしてまで会う価値はないため、電話越しに甥の出方を探っていた。

 

手っ取り早く安全に解決する方法とは、チャンミンが言った通り、甥を黙らせるだけの金額を提示し、専門家の仲介のもと『二度と接近しない』等念書を条件に渡す。

 

あの店のオーナーが甥だったと知った時、あの地の縁から逃れることとは、巡り巡って買い主の一族と縁を切ることに繋がると気付いたのだ。

 

俺自身の時と肉体の代償をなぜ、台無しにした者に支払わないといけないのだろう?

 

ゆすられる弱みはなく、記録上では俺の存在は確かなもので、彼に金をやる義理は一切ないが、いち早く縁を切るには、金で解決するのが一番の方法だ。

 

だが、ただで金をやる方法はとりたくなかった。

 

そこで俺の中で、ある計画が立ち上がったのだ。

 

ここで、甥が本物の「孫」と会ったことがないことを活かせるのだ。

 

欲と絶望が渦巻くあそこの地縁は根深いもので、彼は必ずあの店以外にも関与しているはずだと俺は読んでいた。

 

順を追ってひとつひとつ計画を遂行していったところ、事態が大きく動いた。

 

計画の仕上げに近づいたこれからは、身辺に気を配らなければならないかもしれない。

 

俺の家に出入りするチャンミンもマークされているだろうから、計画が完了するまで引きこもっているように注意をしておこう。

 

大袈裟過ぎるが、何かが起こってからは遅いからだ。

 

 

朝から雨降りだった。

 

今日も出掛ける俺に、チャンミンの表情は曇った。

 

「今日で用事は終わるよ。

明日からはずっといるからな」

 

「......」

 

チャンミンは俯き、それから頭を上げて俺を睨みつけた。

 

「どこに行くんですか?」と、初めて行き先について尋ねられた。

 

チャンミンは俺のパーカーを着ただけで、細い素足にニットの靴下を履いていた。

 

後ろ髪は寝ぐせではねていた。

 

「銀行とアシスタントの彼女と会う約束がある」

 

鋭いチャンミンのために、嘘はつかなかった。

 

「ホントですか?」

 

「ああ」

 

「女の人とえっちしないでくださいね?」

 

「はあ...。

仕事で会うんだ。

するわけがない」

 

「ならいいですけど...」

 

「家でいい子にしておいで。

今日は寒いから、出掛けるのは控えた方がいい」

 

チャンミンを抱き寄せた。

 

「風邪をひいて欲しくないから」

 

チャンミンは俺の腕から身を起こすと、眉間にシワを寄せた。

 

「お兄さん!

忘れてませんか?

明日は誕生日です。

誕生日パーティですよ」

 

「あー!

そうだったね」

 

誕生日のことはすっかり、頭から抜けていた。

 

小さな子供になってしまったチャンミンは、パンパンに頬を膨らませている。

 

「そこ...まだ痛むか?」

 

だいぶ薄くなってきたチャンミンの両手首の痣を指さした。

 

「痛くないです」

 

つい数日前にしたセックスの名残だった。

 

「誕生日、楽しみだなぁ。

パーティを開くんだろ?」

 

「...そうですけど...」

 

渋々そうな言い方だったが、機嫌を直した証拠にその目は輝いていた。

 

「行ってきます。

留守番、よろしくな」

 

チャンミンと軽いキスを交わし、俺は部屋を出た。

 

 

自由を得るためには痛みが伴う。

 

 

銀行に寄り必要な手続きを終わらせた後、ホテルのロビーでアシスタントの女性と落ち合った。

 

「今まで世話になった。

報酬は振り込んであるから」

 

彼女と握手を交わした。

 

「今までありがとう」

 

「ユノさんも、お気をつけて」

 

俺が現世の人間として生きてゆくための足場作りに、彼女はよく動いてくれた。

 

チャンミンの件でも世話になった。

 

俺の買い主は、俺から時と尊厳を奪ったが、金と一緒に、見守り役としてアシスタントの彼女を与えてくれた。

 

彼がしたことは許されないことだが、その点に関しては小指の爪先程度の感謝の気持ちは持っている。

 

 

その後、俺は役所に立ち寄り、必要な書類を発行してもらった。

 

ここからあの店があった所までは、タクシーで5分程だ。

 

靴が濡れるだろうが、歩いていくことにした。

 

傘をさすほどまではない細かい雨で、コートの襟をかき合わせた。

 

あの店で俺とチャンミンは出逢い、すべてが始まった。

 

飲み屋街をしばらく歩き、ラブホテルと風俗店の間の軒先の、人ひとりがやっと通れるだけの路地を突っ切った。

 

ゴミのポリバケツや段ボール箱、壊れた家電がごたごた置かれ、煙草の吸殻や使用済みコンドームが捨てられた極めて薄汚い道だ。

 

突き当りは黄色いバリケードで塞がれており、そこをまたいで裏路地に出た。

 

数台の重機が稼働中で、エンジンとドリルの音が一帯に響き渡っている。

 

トラックの荷台には、コンクリートの瓦礫が積まれていた。

 

しばし、俺はこの光景を眺めていた。

 

そこそこの身なりの男が立ち寄るのに相応しくない場所だが、作業員たちは俺の存在を無視していた。

 

俺こそがこの工事の依頼主であり、ここ一帯の所有者だとは、作業員たちは知らない。

 

そう。

 

俺はあの店だけじゃ足らず、この裏路地一帯の地を買い占めたのだ。

 

営業していた店の者たちは追い出すという、極めて強引な手を使った。

 

結果、財産の大半は失われたが。

 

全て更地になってから、チャンミンに披露しようと思った。

 

あの店だけが無くなるだけじゃ生温い。

 

この一帯を...隣の店も、斜め向かいの店も、同じ類のものを売っていた...消してしまおうと考えたのだ。

 

この手の店が軒を連ねる地区がひとつ消えても、また別の地で出没すると分かっている。

 

この地を消したい衝動は、チャンミンよりも俺の方が強烈だ。

 

俺の方がより、この地の呪縛に捕まっているからだ。

 

その訳を、チャンミンに話してあげようと思った。

 

 

30分程はそこにいただろうか。

 

雨足が強くなってきた。

 

留守番しているチャンミンを思い出した。

 

きびすを返し、繁華街の道へと戻るため、もと来た軒下の路地へ足を向けた。

 

軒から落ちる氷交じりの雨音と、建物から漏れる、ビデオかリアルかどちらかの喘ぎ声。

 

背後の気配で直ぐに察した。

 

下腹に力がこもった。

 

「俺に乱暴しても、何も解決しないし、事態は変わらない」と、内心でため息をついた。

 

単なる腹いせのものだと分かっていたから、死ぬようなことはないだろう...と思いかけて、それが楽観的過ぎる考えだと訂正した。

 

俺が死ねば明らかに得をする存在を、思い出したのだ。

 

場所が悪い。

 

事態の深刻さに気付くまで、ひと呼吸遅れてしまった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

玄関ドアが閉まった後、お兄さんが忘れ物を取りに戻ることもあり得るから、たっぷり15分は待った。

 

「よし!」

 

僕は衣裳部屋に走り、スーツを着た。

 

お兄さんと僕はサイズが似ているし、彼が着替えるところを観察していたから、着られないことはない。

 

でもネクタイは最初から諦めた。

 

慣れない恰好をして、自信なさげな一人の男が鏡に映っている。

 

首の色素沈着の痕は薄くなっている。

 

お兄さんの家でたくさん美味しいものを食べ、お風呂に入って、プールで泳いで、勉強をして、植物を育てて、...それからそれから、お兄さんにいっぱい可愛がってもらったおかげだ。

 

お兄さんからプレゼントされたチョーカーを付けた。

 

綺麗な青色をした、シープスキンのやわらかい素材で出来ている。

 

喉仏のあたりで揺れるチャームを、指先で揺らした。

 

衣裳部屋のダウンライトの灯りで、ダイヤモンドがキラキラと瞬いた。

 

「よし!」

 

洗面所で、お兄さんのヘアワックスとくしを使って、髪を整えた。

 

有能な銀行マンに見えなくもない。

 

帰りが遅くなってしまった時、お兄さんに心配かけたくないので、メモを残していくことにした。

 

『オニーサンヘ

デカケテキマス。

ユウガタマデニカエリマス。

シンパイシナイデクダサイ。

チャンミンヨリ』

 

足が痛くなるだろうな、と思いながら、お兄さんの革靴を履いた。

 

マフラーをぐるぐる巻きにして、チョーカーを隠した。

 

 

お兄さんへの誕生日プレゼント。

 

お金じゃ買えないものに決めた。

 

首に赤いリボンを結ぶんだ。

 

ラブラブの恋人同士がよくやることらしい。

 

僕はお金では買えない。

 

お金では買えないものをお兄さんにあげるね。

 

お兄さんに僕の全部をあげるね。

 

僕の全部を貰ってね。

 

お兄さん...ユノさん。

 

僕はあなたのものになりたい。

 

 

(つづく)

 

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(48)あなたのものになりたい(R18)

 

 

~チャンミン~

 

お兄さんは僕が手にした物を見て目を丸くすると、唇の片方だけを持ち上げてにたりと笑った。

 

この笑顔を見せた時のお兄さんは、もの凄いえっちになる。

 

僕と目を合わせたまま、お兄さんは全裸になった。

 

その美しい身体を目にして、僕のおちんちんがもっと固くなった。

 

僕はそれをベッドに放り投げ、お兄さんの上にのしかかり、彼の頬を両手で挟んでキスをした。

 

唇を合わせたまま、お兄さんの舌と僕の舌をべろべろと絡ませあった。

 

ぺちゃぺちゃえっちな音がして、ますますえっちな気持ちになる。

 

僕の腰にお兄さんの腕がまわり、ぐっと引き寄せ、彼のおちんちんと僕のおちんちんが重なりあった。

 

おちんちんの先っぽ同士がずりずりと擦れあり、我慢汁が塗り広げられてぬるぬると気持ちがいい。

 

「あれ...付けて...ください」

 

ベッドに放り投げたあれを、指さした。

 

「変態チャンミン。

頭を下げろ」

 

ぐいっと背中を押されて、僕は四つん這いになった。

 

「まずはケツを濡らしてやるか」

 

僕の背中にお兄さんはのしかかり、突き出された僕のお尻にゼリー状のものをたっぷりと垂らしたようだ。

 

「っ...」

 

「手を後ろに回せ」

 

僕はお兄さんの言いなりになった。

 

背中に回した両手首の辺りで、僕が用意したものを装着するカチャカチャ音がする。

 

「チャンミンは緊縛プレイが大好きなんだなぁ。

デカくなってるぞ」

 

と言ってお兄さんは、僕のおちんちんを指で弾いた。

 

「んんっ...ひゃぁっ」

 

「えっろ。

お前の穴、震えてるぞ?

欲しくてたまんないんだなぁ?」

 

「んっ...くっ...くっ、くっ...」

 

本物の犬みたいになった自分が恥ずかしいのに、恥ずかしい恰好をさらしている自分に興奮する。

 

「それからそれから...こいつも挿れればいいんだな?」

 

「...はい」

 

つぷり、と差し込まれたのはお兄さんの指、次にもう一本。

 

僕のそこは、お兄さんの二本の指で押し広げられた。

 

「へぇ...ピンク色なんだ。

うねうねしてる。

お前の尻ん中、丸見えだ。

すごいな...女ん中と一緒だな。

そうかぁ、チャンミンは女になったのか?」

 

お兄さんが事細かに実況してくれるから、恥ずかしい。

 

「違っ」

 

「エロチャンミンは、俺の指だけじゃ足りないってさ。

指を抜いても...穴開きっぱなし」

 

「...うぅっ...違う、違うもん」

 

ゆうべもしたから、僕のお尻は柔らかいままだ。

 

「お待ちかねのやつを入れてやるぞ。

スイッチを入れて...っと」

 

ぶぶぶと振動をたてているものは、僕が用意した小型のバイブレーターだった。

 

カチカチとプラスチック同士がぶつかる音がするのは、バイブレーターが全部で3個あるからだ。

 

「1個目~」

 

「んんっ」

 

「2個目~」

 

「...は、はぁ...んっ...」

 

「この勢いじゃ、全部入るんじゃないか?」

 

お兄さんはくすくす笑った。

 

イジワルなお兄さんは、バイブレーションのレベルを極小から上げることはせず、弱すぎる刺激で僕は切なくて切なくて。

 

「やだ...やだ...早く挿れて?

挿れてよ」

 

半泣きでお兄さんに懇願した。

 

「ふうん。

何を挿れて欲しいんだ?」

 

「おちんちん...。

お兄さんのおちんちん。

ああぁっ!」

 

お兄さんがバイブレーションレベルを1段階上げたのだ。

 

両腕を拘束されている僕は、悲鳴を上げるしかない。

 

「道具を用意してるなんて、俺のでは全然満足していないってことだろ?

悲しいよ」

 

「そんなんじゃない!

お兄さんに悦んでもらいたくてっ」

 

「俺が悦ぶって思ったんだ?」

 

「はい」

 

僕のお尻の中で、振動する2つの塊が暴れている。

 

ますます切なくなって、それらがいいところに当たるように、お尻を揺らした。

 

「やっ...あっあっ、いいっ、いいっ!」

 

突如、目の前が真っ白になった。

 

僕の穴から繋がるコードをお兄さんが引っ張ったのだ。

 

イッた。

 

「あああ...あっああああ、あああ」

 

その場にとどまって小刻みに叩く。

 

ひっぱったり緩めたりを不規則に繰り返したかと思うと、お兄さんの指が僕の玉の下を 押さえたのだ。

 

意識がぶっとんだ。

 

「あ~あ。

もういっちゃったの?

道具だけで十分みたいだなぁ。

もう止めようか?」

 

お兄さんは僕から身体を離してしまった。

 

「そんなのヤダ...ヤダよ」

 

僕はお尻から2つのコントローラーをぶら下げたまま、お兄さんの背中にすがった。

 

「行っちゃヤダ」

 

「ふ~ん。

挿れてやってもいいけど...」

 

お兄さんの手にはアレ...僕が用意したモノの最後のひとつがあった。

 

「その前にこれを...付けないとな」

 

何度もイッたのに、僕のおちんちんは衰えを知らずびんびんに勃ったままだった。

 

そんな僕のおちんちんの根元が、革製のベルトで絞めつけられた。

 

「やっ...!」

 

「...今夜のチャンミンは射精禁止だ」

 

「っく...」

 

このベルトは僕自身が注文したものだから文句は言えない。

 

「どMの変態だな。

お待ちかねの3個目」

 

最後のバイブレーターは僕のお尻の中へと飲み込まれた。

 

僕のお尻に3つの異物が入っている。

 

埋め込まれる時は苦しいけれど、一旦体内に入るとその異物感は無くなるのだ。

 

「はあはぁ、はぁはぁ」

 

お兄さんは面白がって、バイブレーションレベルを上げたり下げたりするんだ。

 

「はぁぁぁ!!

ああ、いく、いくっいくっ、いくいくいくいくいく!!」

 

僕はその度に、背筋を痙攣させ、もだえて叫び、でも血流はベルトで堰き止められて、射精も許されず、頭が狂いそうだった。

 

どうにかなりそうで怖い。

 

気持ちがよくて怖い。

 

怖い。

 

怖い。

 

身体が宙を浮いている。

 

狂ってしまいたい。

 

お兄さんの手で、変態にして欲しい。

 

「あああっ!!」

 

イッた...と思う。

 

ベルトで締め付けられているのに、イッたと思う。

 

ここまでくると、僕にはおちんちんは必要なくなる。

 

「はぁん!!」

 

崖から突き落とされたみたいな感覚で目が覚めたのだ。

 

意識にとんでいたみたいだ。

 

バイブレーター3個がお尻の中に入っているのに、お兄さんのおちんちんが入ったんだ。

 

そりゃあ、意識もぶっとぶよ。

 

またイッたと思う。

 

「ああぁっ...おちんちん、おちんちん...おにぃの、おちんちん」

 

お腹がはちきれそうだ。

 

「んあっ...!」

 

またイッた。

 

間髪入れず、ガツガツ突かれた...さらに、お兄さんの片手が僕の前に回り、ベルトから顔を出したおちんちんの先っぽを擦った。

 

「いいいい、おちんちん...いいっ、いいっ、おちんちん、おちんちん...いいっ」

 

イッた。

 

痺れて感覚が無くなりかけた両腕がふっと、軽くなった。

 

お兄さんが手首の緊縛をほどいてくれたらしい。

 

僕のおちんちんの先から、透明の液体がだらだら垂れている。

 

ベルトの中で僕のおちんちんは小さくしぼんでいるのに、またイッた。

 

何回イッたのか、数え忘れた。

 

お兄さんはまだ1度もイっていない。

 

僕ばかりズルい。

 

お兄さんを喜ばせようと道具を用意したのに、彼は相変わらず余裕たっぷりで、僕ばかりおかしくさせられてしまっている。

 

僕の意志を完全に無視して、お兄さんに食いついて離さない僕の穴。

 

僕の穴とお兄さんのおちんちんは溶け合ってひとつになった。

 

窓ガラスに絡みもつれあう僕らの裸体が映っている。

 

部屋の灯りがつきっぱなしで、覗き見したくなくとも外から丸見えだ。

 

もしかしたら今この時、どこかのビルディングから高性能双眼鏡でこちらを覗き見している人がいるかもしれない。

 

お兄さん曰くど変態な僕は、誰かに見られていると思うと、何倍も興奮してしまう。

 

そんな僕をぎらついた目で見るお兄さんもど変態だ。

 

僕は大好きなお兄さんとするえっちが、ほんっとーに大好きなんだ。

 

 

(つづく)

 

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(47)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

パソコン画面とにらめっこしていたら、あっという間に1時間が経っていた。

 

誕生日パーティの料理メニューは何にしようか、調べていたのだ。

 

僕らの食生活を振り返ると、当日は料理を取り寄せることになりそうだった。

 

それじゃあちょっとつまらないから、僕が作ってみようと思い立ったわけだ。

 

お兄さんの家に来たばかりの頃、僕はまさしく犬そのもので、ナイフとフォークも上手く使えなかった。

 

そんな僕がレシピを読めるようになり、炒めるだけ煮るだけの簡単な調理なら出来るようになった。

 

電子レンジを爆発させることもない。

 

パーティのメニューは失敗はしたくないから、背伸びし過ぎないメニューにしよう。

 

僕に作らせたら...魔女が煮込んだみたいな不気味などろどろスープに真っ黒こげの塊、べちょべちょぶよぶよの麺...大いにあり得る。

 

ケーキも手作りするのが理想だけど、ここは無理せず、スポンジだけを買ってきて、ホイップクリームとイチゴでデコレーションするのはどうかな?

 

うん、大丈夫だ。

 

「ジャガイモとニンニク...クレソンって何だろう?

イチゴと鶏肉。

牛乳は家にあるから...」

 

必要な材料をメモ書きしていった。

 

煮込む時間を考慮して、買い出しは前日にしよう。

 

誰かのために特別な食事を用意する、僕の初体験。

 

上手くできるといいな、お兄さんが喜んでくれるといいな。

 

きっと喜んでくれると分かる僕って、自惚れてるかなぁ?

 

 


 

 

~ユノ~

 

用が済んだのは夕刻だった。

 

予定より遅くなってしまい、留守番中のチャンミンを按じて気が急いた。

 

日没につれて辺りは闇に沈んでゆくのに抵抗して、建物の照明、看板灯、車のヘッドライト、街灯が空に向けて灯りを放つ。

 

細かな雨が降り始め、歩行者たちの吐く息は白い。

 

ひとりぼっちの頃は、春夏秋冬朝昼晩、景色や気候の変化には無頓着だったなぁ、とタクシーの車窓を眺めながら、しみじみと思うのだった。

 

 

チャイムを鳴らしてから玄関ドアを開けた。

 

「ただ...」

 

リビングの方からチャンミンが猛ダッシュで駆けてきた。

 

「お兄さん!

お兄さん!」

 

俺に飛びついてきた。

 

その勢いの強さと言ったら...玄関ドアに後頭部をぶつけてしまうほどだった。

 

留守番をさせられたペットが、待ちわびていた飼い主の帰宅に、大きな尻尾をバサバサと振っている様を思い浮かべる。

 

「おかえりなさい!」

 

「ただいま」

 

「遅いです!」

 

チャンミンは顔面を俺の胸にぐりぐりと押しつけた。

 

「ごめんな」

 

「遅いです!」

 

「ごめん、ごめんな」

 

「ずっと待ってました!」

 

「ごめん」

 

俺はチャンミンの頭をがしがしと撫ぜて、何度も謝った。

 

チャンミンに留守番をさせた機会は、これまで数えるほどしかないため、寂しさと不安感が辛かっただろうと想像できる。

 

「夕飯は?」

 

「お兄さんの帰りを待ってました。

ご飯は食べてません。

お腹ペコペコです」

 

「チャンミンにお土産があるよ。

美味しいって評判らしいよ」

 

さっきの勢いで、床に落としてしまったビニール袋を指さした。

 

「やった...!」

 

すぐに機嫌を直す、チャンミンの単純さを可愛らしく思うのと同時に、怖くなる。

 

俺がそう仕向けていたくせに、チャンミンは俺べったりだ。

 

もし俺がいなくなったら、チャンミンはどうなってしまうのだろう。

 

...いや、悲観的な「もしも」について考えるのはよそう。

 

 

「寒いだろう?」

 

「寒いからこそいいんです」

 

冬感を楽しみたいチャンミンのリクエストに応え、俺たちはバルコニーへと出た。

 

「これをかぶって下さい」と俺に毛布を手渡すと、チャンミンは家の中に引っ込んだ。

 

バルコニーに戻ってきたチャンミンはトレーを持っており、そこにはマグカップが2つ乗っていた。

 

そして、折りたたんでいた寝椅子を広げて、俺を先に座らせた。

 

「こういうの、してみたかったんです」

 

チャンミンは俺の両腿の間におさまった。

 

「そういうことね」

 

何がしたがっているのか分かり、背中にかけた毛布でチャンミンを包み込んだ。

 

「お酒入りのココアですよ~」

 

カップに口をつけると、アルコール感ある香味が鼻腔をくすぐり、ひと口すすると、ぴりりとした刺激が舌に感じた。

 

遅れて腹のあたりが熱くなる。

 

「ブランデー?」

 

「はい」

 

「テレビ?」

 

「インターネットです」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

得意げなチャンミンが可愛らしくて仕方ない。

 

高層のここは、風が強い。

 

チャンミンが大事にしている木々が、枝をしならせざわざわと揺れている。

 

鼻先は凍り付きそうなのに、チャンミンと俺の体温が溶け合った毛布の内はこんなにも温かい。

 

俺たちの視線は自然と、手すりの向こうの眼下へと吸い寄せられる。

 

無数の光の粒が点々と、すみずみまで広がっている。

 

何百万もの人と物事は、複雑に絡みあり、繋がっている。

 

俺とチャンミンの出逢いも、偶然で片付けられない。

 

それ以外のうっとおしい奴らとの繋がりも、当然といえる。

 

繁華街の裏の裏。

 

秘密クラブを出入りする客、そこで働く者、所有する者は、地縁のようなもので結びついている。

 

小さな世界でぐるぐるとまわっていて、そこから飛び出すのは容易ではない。

 

『犬』だった過去を思い出させようと、いつまでも追いかけてくる。

 

手に入れた平穏のこれからを脅かそうとしてくる。

 

今、俺がしなければならないのは、『犬』の輪から抜け出ることだ。

 

 

「チャンミンはなぜ、買い主に捨てられたんだ?」

 

チャンミンを深く抱き直し、彼の肩に顎をのせた。

 

チャンミンを『犬』として初めて抱いた日、『返品されちゃったんですよね、僕はお買い得ですよ』と、自身を嘲るように話していて、ずっと気になっていたのだ。

 

「買い主がムカついたから、僕、ハンガーストライキしてやったんです。

ムカついて、ずーっとご飯を食べませんでした。

だって、買い主の前で、もうひとりの『犬』とヤれと命令されたんですよ?」

 

「...それは...きついな」

 

『犬』が抱いたり抱かれるのは客限定だ。

 

『犬』同士のセックスはいわゆる、『交尾』とみなす為、タブーに近かった。

 

「無理やり食べさせようとするから、ガブって噛みついてやったんです。

あいつ...『いってぇ~』って言って、僕を蹴っ飛ばしたから、もう一回噛みついたんです」

 

と言って、チャンミンはくすくす笑った。

 

「そりゃ酷い目にあったなぁ」

 

「酷いって、どっちが?」

 

「買い主の方」

 

「もぉ!

お兄さん!

酷いです!」

 

「あはははは、冗談だよ。

チャンミンに手をあげる奴は、絶対に許さない。

その場に俺がいたら、代りにやり返してやったのになぁ」

 

「お兄さんは喧嘩に強そうです」

 

「そう見える?」

 

「死闘を潜り抜けてきた感じがします」

 

「あははは。

喧嘩は弱いよ。

...その後、ちゃんとメシ食ったか?」

 

「はい。

『いらねぇよ』と店に送り返された後に」

 

「そっか...」

 

会話が途切れた俺たちは、目を合わせた。

 

揃って立ち上がり、バルコニーから直接寝室へと行く。

 

「する?」

 

「うん」

 

自ら全裸になる日もあれば、俺に脱がされたがる日もある。

 

「待って...」

 

唇を離すと、チャンミンは下だけ脱いだ姿でクローゼットへと走った。

 

チャンミンが手にした物を見て、俺の欲に火がついた。

 

今夜は滅茶苦茶に抱いてやろうと思った。

 

 

(つづく)

 

 

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