(擦過傷2) あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

僕はお兄さんの前でひざまずき、ゆっくり、ゆっくりと彼のハーフパンツを下ろした。

 

お兄さんのおちんちんは既に大きくなっていて、ウエストのゴムがひっかかっている。

 

黒い下着の生地の1点が、より黒色に染まっていた。

 

人差し指でそこを押すとお兄さんの腰が震え、タップし続けると生地と僕の指の腹に糸がひく。

 

それから僕は下着からお兄さんのおちんちんを取り出して、ぱくりと咥えるのだ。

 

目線でベッドの上のモノを指す。

 

お兄さんは股間に僕の顔を押しつけると、腕を伸ばしてそれをたぐりよせた。

 

しゃぶり続ける僕の首にチョーカーが回され、バックルが締められる。

 

その手つきは風化して今にも千切れそうなぼろ紐を扱うようで、とても優しい。

 

お兄さんの爪先が首筋に触れた時、鳥肌がたった。

 

出会いの夜、GPS付きの首輪に触れたお兄さんの指を思い出した。

 

大量の涎で滑りがよくなった上に、破裂音を立てながらきつめに吸い上げた。

 

うんとうんといやらしく、お兄さんのものが甘くてクリーミーでフルーティな大きなキャンディのつもりで味わった。

 

僕がリードしているように見えるでしょう?

 

違うんだ。

 

ひざまずく僕を見下ろして、無言の命令を僕に下しているのだ。

 

「早く俺をイカせろ」と。

 

「...あっ」

 

僕の口からお兄さんのおちんちんが消えた。

 

「下手くそ過ぎてイケやしない」

 

お兄さんは太ももまで落ちた下着とハーフパンツを穿き、僕に背を向けた。

 

「やっ...や...いかないで」

 

ひざまずいたままだった僕は、とっさにお兄さんの足首を掴んだ。

 

「いかないで」

 

僕の目前には、お兄さんの大きな裸足、まっすぐな脛がある。

 

大丈夫、お兄さんは僕を蹴り飛ばしたり、僕の頭を踏みつけるなんて絶対にしない。

 

お兄さんのSはそういうんじゃないんだ。

 

「...っぐ」

 

僕の身体が真上にくいっと引き上げられた。

 

お兄さんがチョーカーに繋がった鎖を引っ張ったんだ。

 

ベッドまで引っ張られた僕は仰向けに転がされ、すかさずお兄さんに組み敷かれた。

 

お兄さんの顔を引き寄せ、僕の方からキスを仕掛けた。

 

「...っふ...んっ...」

 

キスを交わしながら、お兄さんは穿いたばかりのハーフパンツと下着を脱いだ。

 

僕の両足もそれをアシストした。

 

お兄さんのおちんちんを握り、既に柔らかくほぐれているソコへと誘導した。

 

「んっ...あれっ...入らない!」

 

「待て...焦るな」と、お兄さんは早急にねじ込もうとする僕の手を除けた。

 

いっとき僕から身を離したお兄さんは、僕ら愛用のクリームのチューブを手に戻ってきた。

 

道具のことで頭がいっぱいで、肝心なものを忘れてた。

 

チューブの中身を直に注入したのち、親指を何度も回転させ入り口をほぐしてくれた。

 

僕はその隙に、手枷の片方を手首に巻き付けた。

 

「これ...付けて?」

 

「...チャンミン」

 

「お願い」

 

僕らはしばし見つめ合い、目を反らす気のない僕にお兄さんは苦笑した。

 

「手を貸して」

 

お兄さんに両手を捧げ、手枷のバックルを留める彼の指の動きを見守った。

 

「もっときつく」

 

指1本分の余裕をもたせた締め付けに、僕はクレームをつけた。

 

両手枷の間は十数センチの鎖で繋がれ、さらにその中央からチョーカーへと鎖が繋がっている。

 

ある程度の自由は許されているから、それほどハードじゃない。

 

いよいよ用意ができた僕の身体は、お兄さんのおちんちんを迎え入れた。

 

「...ん...ふっ...んんっ」

 

一番太いところが通過する時が最も窮屈で、毎回息を止めてしまうのだ。

 

僕の腸壁がお兄さんのものでみっちり埋められている...この想像だけで僕は泣きそうになる。

 

お兄さんの腰が突如止まった。

 

僕から顔を反らし、その目は固く閉じられていた。

 

「...え?」

 

お兄さんはチョーカーを外してしまい、僕の首の締め付けがなくなった。

 

「首輪は止めよう」

 

眉をひそめたお兄さんは、指の背で僕の首を撫ぜた。

 

「チョーカーだよ?」

 

「いや...これは『首輪』そのままじゃないか」

 

お兄さんの言う通り、黒のエナメル製で金属の鋲が打たれており、いかにもな見た目だけじゃなく、『上級者向け』のものなのだそうだ。

 

次いで手枷も外そうとするから、その手を払いのけた。

 

「これは外しちゃだめ...このまま!」

 

「...チャンミン」

 

これまでは手の動きを封じられることはあっても、ぎりぎりのところで手加減されるのが物足りなかった。

 

だから今夜は、徹底的に両手の自由を奪って欲しかった。

 

「縛って。

縛ったまま...お願い」

 

この時の僕の言葉はもちろん身体のことを指していたけど、それ以上に、僕の心も縛ってとお願いしていた。

 

「...分かったよ」

 

困った表情をしていても、お兄さんの眼にともる欲の炎は、より勢いを増していた。

 

お尻の奥の奥が切ない。

 

お兄さんは決して暴力的じゃない。

 

その手つきの優しさに、僕のまぶたの裏が熱くなる。

 

僕らは体位を変えては繋がり直し、ついにはベッドを下りていた。

 

胸の前で組んだ両手が邪魔だからと、それは頭の上へと持ち上げられていた。

 

さらには、鎖の先はドアの持ち手に括りつけられていた。

 

僕はその取っ手をつかんで、お兄さんの動きに合わせて揺れる身体を支えていた。

 

腕に力をこめるだけで、両手首にちりちりとした痛みが走る。

 

嫌ならば、今僕の手の下の鎖をほどけばいいのだ。

 

でも、ほどかない。

 

「ああぁ...ん!」

 

ひねりを加えた突きを不意に受け、驚いた僕は大き過ぎる喘ぎを発してしまった。

 

お兄さんの耳は誤魔化せない。

 

長年しみついてしまったオーバーな喘ぎ声に、演技の気配をいち早く聞き取るのだ。

 

瞬間、僕のお尻に平手が打ち下ろされる。

 

「フリは大嫌いだ。

いつになったら覚えるんだ?」

 

1コンマ遅れで焼け付く痛みがぱっと広がり、僕は悲鳴を上げる。

 

不思議なことに僕の入り口がぎゅっと縮まるのだ。

 

「...ふっ」

 

そしてお兄さんは呻き声をあげる。

 

「食いちぎる気か?」

 

「...だって...だって、お兄さんが...」

 

ひとしきり腰に叩きつけると、お兄さんは1歩後退する。

 

そして、ひとしきり腰を振ったのち、1歩後退する。

 

僕の手首は固定されていて、もうこれ以上は無理。

 

構わずお兄さんは僕の腰を後ろへと引き、腰を激しく打ちつけるのだ。

 

手枷が僕の手首にじわりじわりと食い込んでいく。

 

肩の関節がぎしぎしと軋み、手首の痛みと、お尻の奥の強烈な快感。

 

肌同士が打ち合う破裂音が、ガツガツと骨同士がぶつかる音へと変化していた。

 

「壊れるっ...やっ...壊れっ...」

 

滴り落ちるよだれがベージュ色のカーペットにシミを付けている。

 

「いっ...いいっ...いい」

 

ああ、痛くて気持ちよい。

 

指の感覚はなくなってきた。

 

ドアノブから手枷へと、鎖はぴんと張っている。

 

僕の腰を支えているのはお兄さんの腕だけで、彼の手が離れた途端、僕は顔面から床へと倒れ込んでしまうだろう。

 

踏ん張っていた僕の足先はとうとう限界を越え、床から離れた時、お兄さんに身をすくわれた。

 

僕を胸深く抱きしめて、お兄さんは僕の耳たぶを舐めながら囁いた。

 

「愛してる」

 

直後、僕の股間の圧が高まった。

 

「...イキそ...イク...早く...無理」

 

ドアノブに引っかけられていた鎖が外された。

 

両膝の裏を押され、僕は四つ這いになり、恐らくぽっかりと開いた穴はお兄さんのおちんちんを再び飲み込んだ。

 

僕の背にお兄さんの熱い身体が覆いかぶさった。

 

肘をついて身体を支え、お祈りするみたいに組んだ手がお兄さんの手で包み込まれた。

 

転ぶまいと背中を反らし続けたせいで、腰が痛かった。

 

膝がガクガクと震えていた。

 

お兄さんは僕のウエストに腕をまきつけて、崩れ落ちないよう支えてくれている。

 

目尻に1滴膨らんだ涙は、お兄さんの唇に吸い取られる。

 

僕の呼吸に合わせてお兄さんのお腹も上下している。

 

お兄さんは根元まで埋めた状態で、僕のお尻にずんずんと振動だけを与える。

 

これはお兄さんの気遣いだ。

 

いつになく激しく出入りされた僕の入り口は、焼け付きそうにじんじんしていたから。

 

お兄さんの太いところが、最も過敏な1点ばかりを刺激する。

 

快感のさざなみが、大荒れの波となって僕を襲う。

 

僕の身体は崖から突き落とされたようにふわりと浮いて、途端に強烈な心細さに襲われた。

 

駄目だ...もうすぐ僕は意識を失う。

 

手枷の革に噛みついた。

 

僕の背中でお兄さんの下腹がぶるっと痙攣した。

 

同時に、僕もイったと思う...ううん、既に何度もイってたのかもしれない。

 

汗ばんで蒸れた手首に、ひんやりした空気が触れた。

 

手枷が外されたのだ。

 

皮膚が破れて血が滲んでいた。

 

もう一度、猛烈な不安感に襲われた。

 

僕はくるりと仰向けになり、お兄さんの首にしがみついた。

 

「お兄さんっ...僕を、僕を縛っていて」

 

お兄さんは僕の言葉の意味が理解できなかったようだ。

 

外した手枷と僕とを交互に見つめた。

 

「僕を縛っていて」

 

お兄さんの首筋に鼻をこすりつけた。

 

後ろ髪から滴る水滴は、シャンプーとお兄さんの汗が交じり合った味がした。

 

「ずっと、ずっと」

 

「縛る必要はないさ。

俺の方がチャンミンを離さないから」

 

そう言ってお兄さんは、僕の手首にそっと口づけた。

 

 

 

 

リビングは静寂過ぎて、エアコンの作動音が聞こえるくらいだ。

 

お兄さんはあの女と書斎に引っ込んだままだった。

 

僕は手首の傷をうっとりと眺めたあと、深いため息をついて気持ちを切り替えた。

 

鉛筆をとって参考書のページをめくった。

 

(つづく)

 

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(擦過傷1)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

痛いことに快感を覚えるようになったのは、いつだったけ?

 

『犬』だった過去も関係あるかもしれない。

 

僕は痛いことをする客を忌み嫌っている(他の犬たちも同じだろうけど)

 

だから仕事中の僕は、全身のセンサーの目盛りを最低まで絞っておく。

 

いくら慣れているからといって、身体の奥に与えられる刺激に毎度感じていたら、神経がおかしくなってしまうからね。

 

代わりに切なげな声を漏らし、感じているフリをする。

 

仕事部屋にはカメラが仕掛けられているから、よほど無茶なことをする客たちはいない。

 

商売道具に傷をつけられたら困るから、店長はカウンターにかかとを乗せ、女の裸がいっぱい載っている雑誌をめくりながらモニターを監視している。

 

客たちは僕の首輪をつかんでは、「上になれ」「しゃがめ」「立て」と命令するものだから、僕の首に茶色い色素沈着の痕ができてしまった。

 

感度を下げている僕の肉体は、引きずりまわすのは論外だけど、多少首輪を引っ張られる程度は平気だった。

 

触覚の目盛りを最低レベルまで下げているせいで...えっちな感度が鈍くなってしまったんだと思うんだ。

 

感じないようにしているうちに、感覚が馬鹿になってしまったんだと思う。

 

それなのにお兄さんとのえっち中の僕が狂ってしまっているのは、単にお兄さんが上手すぎるだけだ。

 

内心では客たちを小馬鹿にしながら、彼らをご主人に見立て支配される演技。

 

大袈裟に痛がってみせながら、実のところ僕は客たちを支配していた。

 

ところが、お兄さんとのえっちは話が別だ。

 

お兄さんの意のままに操られている感覚が好き。

 

お願い。

 

操られ、成すがままになっている姿を見て。

 

どれだけお兄さんのことが好きなのか、伝わってるかな。

 

あなたの為に僕はどんな恥ずかしこともやってのけます、といった感じ?

 

僕らの関係は「ご主人さまとゲボク」とはちょっと違う。

 

言葉で囁かれる「好き」も嬉しい。

 

叩きつけるように肉体に刻まれる愛情も嬉しい。

 

お兄さんは僕とは真逆のタイプだと思う。

 

快感や苦痛で歪んだ表情を見て、ぞくぞくするタイプだ。

 

視覚的、物理的に苦痛に歪む姿を前にして、初めて愛情の存在を確かめられる人間なんだ、きっと。

 

悲鳴も甘い喘ぎ声に聞こえるんだ、きっと。

 

お兄さんがどんなえっちが好きなのか、僕はすぐ分かったよ。

 

僕とお兄さんは似た者同士で、ベストな組み合わせ。

 

冒頭の僕が自分に投げかけた質問に戻ろう。

 

痛いことに快感を覚えるようになったのは、いつだったけ?

 

...お兄さんと初めてえっちをした時。

 

場所は店のビニール製のベッドの上。

 

性急にねじこむような真似も、おかしな体勢をとらせることもなかった。

 

僕の身体を気遣いつつも、有無を言わせない強引さがあった。

 

顎をつかまれ荒々しく重ねられた唇、足首をつかまれ高々と持ち上げられた。

 

あ...この人に好きなように扱われたい願望が湧いた瞬間だった。

 

僕の中のMにぽっと火が灯った。

 

密かに隠しもっていた傾向が、お兄さんによって掘り起こされ、抱かれるごとに磨き上げられていった。

 

 

僕はベッドに腰掛けて、お兄さんがお風呂から上がるのを待っていた。

 

インターネットでお取り寄せしたものは、開封してシーツの上で出番を待っている。

 

僕は下着姿になっていた。

 

お兄さんとのえっちで道具を使うのは初めてで、期待で胸いっぱいだった。

 

これはチョーカーと手枷が繋がったもので、両手首と首の3点を拘束できるんだ。

 

そのため、青いチョーカーは外してサイドテーブルに置いてある。

 

パソコンの画面に表示される文字が読めるようになるにつれ、インターネットの中での僕の世界は広がった。

 

えっちな言葉が並んだボタンをおしたら、カラフルな画面が目に飛び込んできて、そのどぎつさとごちゃつきに目がチカチカした。

 

僕も知らない道具がいっぱい並んでいた。

 

全身の表面が熱くなり、首筋の後ろに汗がにじんだ。

 

ドキドキする胸を押さえ、震える指でマウスのボタンをカチリ、と押した。

 

 

昨夜のお兄さんは「仕事が残っているから」と、えっちするつもりじゃなかったみたいだ。

 

「先に寝ておいで」と言うお兄さんに、「寝るまで添い寝して」なんて駄々をこねた。

 

「よし、チャンミン。

寝るぞ」

 

ボディソープの香りの湯気をまとったお兄さんが寝室に顔を出した。

 

「!」

 

マットレスの上に鎮座した物...僕の指さす先の物が何なのか分かると、お兄さんの目がゆっくりと大きくなった。

 

「...チャンミン」

 

僕を問う目のお兄さんは困ってる。

 

「言っただろう?

今夜は忙しいんだ」

 

僕のことを変態、だと思っただろうか...いや、それはない。

 

口を塞がれる、手首や首をつかまれる、お尻を叩かれる...当たり前になってきて、飽きてきていたところだった。

 

「お前という奴は...」

 

唇の端だけ微笑んだお兄さんはとても、とても悪い顔をしていた。

 

お兄さんのスイッチが入った証拠に、彼の黒い眼が、赤色に染まったように見えた。

それは血に飢えた豹や虎の目だ。

 

前じゃなくて後ろがウズウズしてきた僕の身体はやっぱり、お兄さんの下敷きになるように出来ている。

 

 

ああ...これから僕らは、僕らだけの禁断の沼に沈んでゆく。

 

 

(後編へつづく)

(21)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

何千回と抱かれてきて、商売道具であるあそこがだらしなく緩んでもおかしくはない。

 

ところがチャンミンのそこは緩みなどなく、絶妙な締め付けと柔軟さを保ったままだ。

 

素人風の肉体に玄人らしい腰の動きとは、なんと最高の組み合わせか。

 

夢中になってしまっても仕方がない。

 

埋めた奥はふっくらと柔らかい極上の空間で、そこは女のものとは違い男ならではの感触だ。

 

俺の根元に食い込む入口は、やみくもに締め付けるだけの経験の浅い者のとは違う。

 

これほどの肉体を手に入れたのに、チャンミンの先代の所有者はなぜ彼を返品したのだろうか?

 

店一番人気のプライドが生んだ、従順ではない態度が度を超したのだろうか。

 

互いの過去には一切触れずに、これからの未来だけを作ってゆくつもりでいたのが気が変わった。

 

チャンミンの生い立ちを知りたくなった。

 

意図して深みにはまっていくのだ、俺は。

 

 

書斎のドアを開けた時、廊下にいるだろうと予想に反してチャンミンの姿はなかった。

 

急な打ち合わせが入ってしまい、チャンミンを放ったらかしにしていた。

 

拗ねて俺たちに見せつけるように、裸のまま日光浴でもしているかと思った。

 

彼女にチャンミンの出自を簡単に説明したところ、なるほどと納得した様子だった。

 

『犬』出身のひと言で、非常識な振る舞いがすべて片付けられることに切なさを覚える。

 

チャンミンを見守り慈しむ間、俺自身も『犬』出身であることをしばしば忘れてしまっている。

 

チャンミンと比較すると、俺はまだ恵まれていた方だったと思うのだ。

 

こんな言い方だと、まるでチャンミンの過去が不幸と決めつけているようだ。

 

チャンミンの過去がどうであれ、人としての価値は彼の方がずっと輝いている。

 

自由を許されない管理下で長年生きてきたわりには、チャンミンは粗削りさ...ベタな言い方で表現すると、磨かれていない原石であった。

 

俺の心はパサパサに乾ききってしまったのに、感受性の豊かさを残している点が奇跡だ。

 

子供っぽいと言い換えることができるだろう。

 

嫉妬心をむき出しにしたチャンミン。

 

子供っぽいと責めたらいけない。

 

チャンミンには俺しかいないのだ。

 

客の手前、きつい言い方をしてしまったこと深く反省していた。

 

「何かあったら連絡します」

 

俺がどんな人間なのか知っている彼女は、珈琲一杯勧めない俺を意に留めない。

 

用件を終えると、彼女は帰っていった。

 

彼女が俺に対して特別な感情を抱いていることを、俺は気付いている。

 

そして、俺が気付いていることに彼女は気づいている。

 

チャンミンの存在がなければ、虚しさを抱えた砂の生活を送っていた頃だったら、彼女とそういう関係に陥っていたかもしれない。

 

今の俺は彼女には指一本触れることは決してない。

 

俺が男女問わず抱くことができるのは、それが仕事であるからで、本来はストレートに近い。

 

同性を抱くことができるテクと、同性を前にしても勃つことができたのも、生きていくために必要だったからだ。

 

犬を卒業した俺には、手を十数センチ伸ばせば触れそうな距離に、彼女の胸や太ももがあっても、欲情の欠片も湧いてこない。

 

この点からも、俺がいかにチャンミンに参っているかの証明になるだろう?

 

 

一生かかっても使いきれないほどの金。

 

俺の所有者から贈られた金。

 

本来、彼の親族たちが相続するはずの全財産を、身分の卑しい俺がかっさらった。

 

良心が咎めて相続を放棄したくとも、譲り先が不在だった。

 

慈善団体に寄付するつもりはなかった。

 

どう使うかは自由だが、使い方を誤れば...いや、どんな使い方をしたとしても『偽善』と『金の亡者』に見られてしまう。

 

金に執着がないくせに、ずいぶんと矛盾した行いだ。

 

正しい使い方をするつもりもない。

 

出来るだけ悪いことに、自己中なことに全財産を使い切ってしまうつもりだった。

 

俺だってこの金を譲るべき存在がいない。

 

今現在の俺は...。

 

チャンミンのために使おう。

 

彼と出逢い、俺は初めて金に不自由しない立場を幸運だと思った。

 

 

ダイニングテーブルに頭を伏せ眠るチャンミンがいた。

 

問題集とノート、筆記用具に電卓。

 

近頃は語学のほかに、計算問題に挑戦している。

 

伸ばした腕に片頬を乗せ、軽く口を開けていた。

 

長いまつ毛が頬に繊細な影を落とした、幼い寝顔だった。

 

うなじに手を置くと、日焼け後の肌が火照って熱かった。

 

ぐっすり眠り込んでいるチャンミンは、指の背で頬を撫ぜた程度では目を覚まさない。

 

隠しているつもりはないけれど、互いの正体を何も知らず探らずの同居生活も、そろそろ限界かなと思うようになった。

 

探ろうにも過去が全くなかったのならば、罪がない。

 

俺の場合は敢えて説明しなかっただけで、チャンミンの方も適当に話を反らしていた。

 

愛する相手を知りたくなることは、束縛への第一歩だ。

 

激しく交わり合うだけでは満たされない。

 

軽いフラストレーションを抱えている。

 

俺もようやく人間らしくなったようだ。

 

 

深夜2時のプール。

 

仕込まれたライトに映し出された水面が、天井に青く揺らめいていた。

 

都会のど真ん中の地下深く、限られた者だけ入室を許された幻想的な空間だ。

 

専用コードでロックを外し、背後でカチリと錠がかかる音を確認するや否や、ここまで大人しかったチャンミンのスイッチが入る。

 

はしゃいで逃げるチャンミンをプールサイドまで追いかける。

 

キスを交わすごとに1枚ずつ衣服を脱がせ合い、一糸まとわぬ姿になった俺たちは揃ってプールに足から飛び込む。

 

青く霞む水中で微笑み合う。

 

チャンミンは手首の擦り傷がしみるのか、顔をしかめていた。

 

俺の心配そうな表情に、チャンミンは「平気です」の意をこめて親指を立てる。

 

貸し切りとなったここで、イルカの交尾みたいにヤリたいと言うチャンミンの願いを叶えてやりたかった。

 

実際のところ、理想通りにはいかなかった。

 

互いの身体が浮力で浮いてしまい、腰を振ることができない以前の問題だった。

 

体位は限られていて、2つしかない。

 

チャンミンは俺の首と腰に両手両足でしがみつき、俺は彼の尻を抱える。

 

もしくは、チャンミンの背に覆いかぶさる。

 

「や...動かして」

 

静止したままの俺に焦れて、腰を揺するチャンミンの尻をなだめた。

 

そして俺は、チャンミンを恥ずかしめ煽るのを開始する。

 

 

(つづく)

 

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(20)あなたのものになりたい

 

~チャンミン~

 

 

僕がすねているわけは、お兄さんに怒られたからだ。

 

リビングのソファの上に寝っ転がって、背中を丸めていた。

 

「パンツなんて穿いてやるもんか!」

 

お兄さんたちを困らせてやりたくて、裸ん坊のままでいた。

 

洋服なんて邪魔なだけだ、肌ん坊の方が慣れている。

 

僕は頭だけを起こし、リビング繋がる廊下の方を窺った。

 

また「あの女」が我が家にやってきた。

 

「今日は休日だ」ってお兄さんはお酒を飲んでいたくらいだ、約束無しで訪れるとは、常識知らずな女だ。

 

「犬」時代の僕は、女の人を目にする機会はほぼ、ないと言って等しい。

 

稀に客が女の人を同伴してくる時があった。

 

客の男と連れの女の人、そして犬の3人でしたいから、と。

 

「当店はお客様は男性に限っております。お客様と犬と1対1のプレイをお楽しみいただく場所であります」

 

たまにはクソ店長もいいこと言うなぁと、見直しかけていたら、「ただし、お買い取りいただけましたら、どうぞお好きになさってください」と抜かすんだ。

 

僕はこれまで2回、お買取りされた。

 

2回目はお兄さんに、お買取りされた。

 

お兄さんも、1度は誰かにお買取りされた。

 

お兄さんにお買取りされた僕は、お兄さんだけのもののはず。

 

あの女の登場で、僕の立場が危ぶまれてきた感が濃くなってきた。

 

お兄さんの愛情を、僕はあの女と分け合わないといけないなんて!

 

「あの女とは仕事関係に過ぎず、えっちしたことはない」と、お兄さんは僕を安心させようと、まっすぐに僕と目を合わせて断言していた。

 

...でも、不安になってきたんだ。

 

僕は女の人には叶わない。

 

あの女は身体の曲線を強調する服を着ていた。

 

太ももまで切り込みのあるスカートと、タンクトップみたいなシャツを着ていた。

 

髪の毛も長くて、花の匂い...花の種類は分からない...をさせていた。

 

一体、お兄さんの部屋で何をするんだろう。

 

お兄さんを誘惑しに来たのかな。

 

居ても立っても居られなくて、お兄さんの書斎まで走り、ドアに耳をくっつけた。

 

「もう一度行ってみないと...」「危険...」とか漏れ聞いた。

 

なんのことかさっぱり分からない。

 

その後は聞き取れなくて、諦めた僕はリビングに戻った。

 

バルコニーへ戻り、脱ぎ散らかしたままだったパンツとTシャツ、ショートパンツを身に着けた。

 

裸ん坊でいる自分が恥ずかしくなったんだ。

 

まるで犬みたいじゃないか。

 

お兄さんと「あの女」は難しいことを話し合っているんだ。

 

僕にはとても理解できない単語も使っているんだ。

 

文字も満足に読めない自分が情けなかった。

 

じわっと涙が浮かんできたのを、仰向いてこぼれないようにした。

 

...でも、お兄さんは僕のことを好き、って言ってくれた。

 

えっちの時は沢山、「好き」をくれる。

 

えっちの時の僕だけが好きなのかな。

 

えっち以外の僕は行儀が悪くて無知で、仕事をしていなくて、お兄さんに追いつけない。

 

お兄さんの隣に立つ資格なんてないんだ。

 

ぼんやりしていられないぞ。

 

教科書とノートをテーブルに広げた。

 

靴箱から筆記用具と電卓を取り出した。

 

最近の僕は、算数の勉強も始めたのだ。

 

ふと思うところがあって、電卓を叩いてある数字を打ってみた。

 

そして、僕が壊してしまった電子レンジの値段で割り算してみた。

 

「20...」

 

あの電子レンジが最上位モデルだってのは知ってるけど...それにしたって...。

 

僕の価値は電子レンジ20台分に過ぎないんだ。

 

犬時代は店一番高額な自分に、僕は鼻高々だった。

 

小さな世界で...しかも、場末のいかがわしい店...一番だったとしても、電子レンジ20台と交換できてしまうのだ。

 

僕自身の価値を高めないといけない、と途端に焦り出した。

 

お兄さんに捨てられないように、「あの女」より知識を蓄えないと!

 

 

 

 

とても集中していたみたい、時計を見ると1時間以上経過していた。

 

鉛筆があたって痛む中指を擦る時、手首の包帯に目が留まった。

 

包帯を解き、絆創膏と湿布を剥がした。

 

赤黒い痣が手首を一周、擦り傷も出来ている。

 

昨夜の激しいえっちで付いた傷だ。

 

お兄さんが僕に怪我をさせたんじゃなくて、僕がお兄さんに頼んだんだ。

 

「そういう」えっちをする時用の道具があるんだ。

 

お兄さんに黙って、インターネットで注文したんだ。

 

それを見た時、お兄さんはびっくりしてたなぁ。

 

「チャンミン...お前...」って。

 

戸惑うフリはしなくていいよ、僕は知っているんだから。

 

お兄さんの眼の中で、めらめらと炎が揺れていたことを。

 

お兄さんも好きだよね?

 

この傷はお兄さんに愛された徴。

 

それにしても、痛いことが好きなんて、僕は変態だね。

 

腰の奥がウズウズした。

 

 

(つづく)

 

 

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(19)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

 

俺たちは屋上庭園にいた。

 

夏も終わりの頃だというのに残暑厳しく、「気温35度になるでしょう」と天気予報士が深刻そうな表情で言っていた。

 

確かに、手すりの向こうのビル群は熱気で歪んで見える。

 

チャンミンは酷暑のせいで黄色くなってしまった葉を取り除く作業をしていた。

 

いつもの麦わら帽子をかぶり、花壇の前にしゃがみこんでいる。

 

多少は俺の注意を受け入れるようになったチャンミンは、Tシャツに短パン姿だった。

 

「お兄さん、僕のことずーっと見てるでしょう?

恥ずかしいです」

 

チャンミンは振り向いて笑顔を見せ、日焼けした頬がつやつやに光っていた。

 

短パンから伸びる長い脚は細く、膝頭の骨が浮き出ており、ビーチサンダルを履いていることもあって、とても子供っぽかった。

 

子供っぽいのに、いざ裸になって抱き合う時は大人以上に色っぽく成熟しているのだ。

 

子供と大人の間をくるくると行ったり来たりする。

 

どれが本当の姿なのか、本人も分かっていないのだろう。

 

精神の着地どころを探っている。

 

それが見つかった時こそ、彼が彼らしい人生を歩む時なんだろう。

 

それの手助けを俺はしているに過ぎないのだ。

 

「一生懸命に仕事しているなぁ、って感心していたんだ。

俺だったらとてもとても...外に出ようって気にならないよ」

 

俺はリビングの窓から張ったサンシェードの下にいた。

 

今日は仕事を休みにしようと決め、昼間から酒を飲んでいた。

 

「僕...日焼けしたでしょう。

でも...ほら、服のあとがくっきり」

 

チャンミンはTシャツの袖をまくって見せた。

 

「裸になった時、恰好悪いです」

 

「俺しか見ないんだから、構わないよ」

 

我ながら恥ずかしい台詞だなぁ、と口に出した後に自分で自分に驚く。

 

チャンミンと一緒にいるうち変わってきたこと。

 

それは、思っていることをそのままに近い形で、チャンミンに伝えていることだ。

 

俺の中の心のガードが緩んできたこともあるが、チャンミンの自信のなさを何とか消してあげたいからだ。

 

チャンミンは頻繁に自分を卑下するような言葉を吐く。

 

俺からの「そんなことを言ったらいけない」の言葉を期待しているのではなく、本心からそう思っているようなのだ。

 

チャンミンに自信を持たせる。

 

俺だけの言葉じゃ不十分なのだろうか。

 

俺以外の人間と接する機会を作ってあげた方がいいのでは、と考えるようにもなってきた。

 

そこで、先日、我が家に訪れた女性に異常に反応したチャンミンを思い出す。

 

その人物が異性であることもあってか、敵意をむき出しにしていた。

 

チャンミンに伝えた通り、俺と彼女は仕事上の関係で、ちらとでも恋愛感情を抱いたことはない。

 

恋愛感情なんて...これまでの俺には不要だった。

 

久方ぶりに得た誰かを愛しく想う感情。

 

悪くない、と思った。

 

同時に恐怖も手に入れてしまった。

 

チャンミンを「所有」しているつもりはないが、敢えて「所有」という言葉を使って言い表してみる。

 

「所有」することは、そのことに縛られてしまう。

 

つまり、失う恐怖と隣り合わせになる。

 

いつか俺も「所有」することに疲れてしまうのだろうか。

 

かつて俺の「主人」が「所有」することに疲れて、俺を手放したように。

 

それは出来ない。

 

理由はふたつある。

 

ひとつ目は、チャンミンはまだまだ、独りで生きてゆけるだけの術を会得していないから。

 

ふたつ目は、今の俺はチャンミンが愛しすぎて、手放したくなる時のことを想像することができないからだ。

 

「お兄さん、今夜もプールで泳ぎたいです」

 

無邪気に言っているが、その眼の奥に妖しく誘う光がある。

 

「泳ぐって...違う目的だろ?」

 

「まあ...その通りですけど」

 

チャンミンはストレートに認めて、ペロッと舌を見せた。

 

ああ、こういう仕草に弱いのだ。

 

苦笑した俺は、早速電話をかけた。

 

チャンミンの望みを叶えてあげられるだけの金があって、俺は幸運だと思った。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

まるで肌色の洋服を着ているみたいになってしまった、自分の身体が格好悪い。

 

お兄さんは家の中に引っ込んでしまって、バルコニーにはいない。

 

よし、と僕は洋服を脱いでサマーベッドの上に寝転がった。

 

外した青いチョーカーはサイドテーブルの上に置いた。

 

太陽が眩しく目を開けていられない。

 

全身まんべんなくキツネ色になりたい僕は、ぎゅっと目をつむって我慢することにした。

 

お兄さんの前では綺麗でいたい。

 

お兄さんに抱かれている間、もうひとりの僕が覗き見している。

 

僕らが抱き合い、ごろごろ転がったり、複雑にからまりあっている光景を、息をのんで見つめているのだ。

 

逞しいお兄さんの下になる僕まで筋肉むきむきになってしまったら、むさくるしい。

 

女の人になりたいとは全く思わないけれど、「チューセイテキ」っていうの?

 

店にいた時のような身体付きでいたい。

 

お兄さんのところに来たばかりの時は、頑張って腕立てふせをしていたのが、今は全然していない。

 

お兄さんの家は、3方がバルコニーに囲まれていて、日当たりがいい。

 

ここまで小鳥は飛んでこない。

 

溶けてしまいそうに暑いんだもの、小鳥たちも木陰で涼んでいるだろうな。

 

「暑いなぁ...」

 

喉が渇いた僕はジュースでも飲もうかと、ビーチベッドから下りた。

 

その際、日光が目を射っていっときの間、くらっとした。

 

サンシェードまで辿りついた時には視力は回復した。

 

「あっ!?」

 

窓ガラスの向こうにいた女の人と目が合った。

 

また「あの女」がやってきたんだ、って、ムカムカした。

 

女の人は「まあ」と口を手で覆い、くるりと背中を見せてしまった。

 

「?」

 

お兄さんも切れ長の目を丸くして、ソファからクッションをつかむと、こちらへ向かってきた。

 

その行動は素早かった。

 

慌てたお兄さんの様子に、僕は訳が分からない。

 

窓を開けるなりお兄さんは、「服を着ろ!」

 

押し殺した声で、クッションを僕に押し付けた。

 

ここで僕が裸ん坊だったことを思い出した。

 

お兄さん、ごめんね。

 

 

(つづく)

 

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