【前編】7月8日のプロポーズ

 

『僕の失恋日記』のその後のストーリーです

 

 

<16年前の7月3日>

 

ユノといい感じになっている。

 

「付き合おう」の言葉は未だ交わされていないけれど、付き合っているみたいなものだと思う。

 

互いの部屋に交互に泊まりにいって、会うたび必ずヤッている。

 

僕もユノも失恋したばかりだったから、心に空いた隙間を埋めるために、互い求め合ったのでは、と思われても仕方がないと思う。

 

でも、恋の始まりなんて、こういうものじゃないかな。

 

きっかけは何であれ、『今』、互いに好き合っているのだからいいじゃないの。

 

「付き合ってください」と、いつ告白しようかなぁ。

 

今さら、って感じだけど、はっきりさせた方がいいよね。

 

 

 

<16年前の7月4日>

 

蒸し暑い日。

 

アルバイト、12時~20時。

 

昨夜、ユノは僕の部屋に泊まった。

 

シフトが同じだったため、僕らは一緒にバイト先へ向かう。

 

周りの者たちは、まさか僕らがデキてるとは想像もできないだろう。

 

更衣室で制服のポロシャツを着る。

 

他のバイト仲間がいるところでユノの半裸を見ると、2人きりでいる時よりもドキドキする(なんでだろう)

 

夏もの商戦に向けて、アルバイターたち(ショッピングセンター)の担当割りの発表がされる。

 

【ユノ】

夏物家電・遊具コーナーが担当。

ビニールプールや浮き輪を膨らませたり、サンプル家電を箱から出してディスプレイする。

七夕当日は、ビニールプールに水を張り、スーパーボールすくいの係員となる。

ユノはノリと愛想がいい男だから、ぴったりの役目だと思う。

 

【僕】

七夕飾りコーナーの準備と接客。

会議室で短冊に糸を通したり、折り紙を切ってじゃみじゃみの飾り物を作るなどの工作をする(網飾りというらしい)

お客たちに短冊を渡し、彼らが書いた短冊を笹にぶら下げる。

小さな子供たちがメインになるだろうから、ちょっと気が重い。

 

 

20:00、バイト終了。

 

湿度高めなのに、夕立上がりの空気が清々しい。

 

ユノと一緒に僕の部屋に帰る。

 

夕飯は、茹でたパスタをウインナーと玉ねぎ、ケチャップで炒めただけ。

 

一緒に入浴する。

 

身体を洗いっこしているうちに、そういう流れになってしまい、べしょべしょの身体のままベッドにもつれこんで...。

 

性欲はいくらでも湧いてくるし、ユノのことが大好きだしで、最中の僕から滝のように汗が噴き出してくる。

 

エアコンと扇風機の風で涼みながら、ユノと思いつくままのテーマのない話をする。

(ピロートークっていうの?)

 

 

「ユノは七夕っぽいことする人?」

 

ユノ

「全然。

最後にしたのは...小学校の時かな。

それらしいことをしなくなっても、7月7日には晴れて欲しいと思うし、雨が降ると残念だと思うね」

 

「夜空を見上げるよね。

織姫と彦星だっけ。

でも、どんな物語なのかあやふやなんだよね」

 

ユノ

「うん。

俺もあやふや。

1年に1度かぁ...俺じゃ無理。

だって、チャンミンと364日も離れ離れなんて、絶対に無理」

 

ユノは凄いことをさらっと口にした。

 

僕はびっくりしてしまって、言葉が出てこない。

 

僕はユノと、無言のまま見つめ合う。

 

ニコリともしないユノの表情に、「あれ?」と思った。

(※さりげなく口にした言葉は、実は勇気をふり絞ったものだったと、後日、ユノから教えてもらった)

 

これは聞き流したら駄目なやつだ、と思った。

 

「うん。

1年に1度なんて寂しいよ。

毎日会っていたいくらい」

 

ユノに応える感じに、僕も凄いことを言った。

 

僕の言葉に、ユノは喜んでくれた。

 

 

「バイト先で七夕気分を味わえるね。

明日には笹が運び込まれるよ」

 

ユノ

「チャンミンは七夕飾り担当だったよね?」

 

「うん。

今日は大変だった。

延々短冊に糸を取り付けたし、折り紙で飾りを作ったんだ。

小学校以来だよ」

 

ユノ

「せっかくだから、チャンミンも短冊にお願いごと書いたら?」

小さい頃は七夕飾りをしたり、短冊にしたためるお願いごとを真剣に考えたっけ。

何歳の頃だったか、『逆上がりができるようになりますように』と書いた記憶がある。

 

「ユノも書いたら?

短冊ならざくざくあるから」

 

ユノ

「何て書こうかなぁ...?」

「いざとなると、何て書けばいいか分からなくなる。

『○○が欲しいです』とか、『○○が上手くなりますように』って、そんなのしか思いつかない」

 

ユノ

「チャンミン、身構えすぎ。

人の目を意識し過ぎ」

 

「見られた時、恥ずかしいじゃないの」

ユノ

「そんなんじゃ、ホントウに欲しいものは手に入らないぞ。

欲しいものは文字にしたり、言葉にするといいんだって。

...って、何かで読んだことがある」

「ふ~ん。

ユノこそ何て書くの?」

 

ユノ

「それはもう...凄い事。

すぐに叶えられることじゃなくて、それをグレードアップさせた内容にするかなぁ」

 

「それじゃあ、何て書くの?」

ユノ

「明日のバイトの時、短冊に書くよ。

1枚頂戴」

 

「いいよ」

 

 

今夜のピロートークの話題は、七夕飾りについて。

 

僕が短冊に書くつもりのお願いごとは2つしか無くて、そのいずれもユノがらみのことだ。

 

恥ずかしいから、ユノに見られないようにしよう。

 

(※僕らは敢えて、『好き』と口にしない傾向にあるみたい。

今もそれは変わらない。

行動で示すのだ。

『どれだけ好きでいるか、伝わってるでしょ?』ってな具合に)

 

大きなショッピングセンターだから、吊り下げられる短冊の数も膨大だろう。

 

欲張りなことを書いても、大量の短冊に紛れてしまってどれが僕のものか分からなくなりそうだ。

 

僕は七夕飾り係の立場を利用して、ユノの短冊を探そうかな。

 

 

(つづく)

 

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(3)旦那さん手帖-ハロウィーン-

 

<11月1日>

 

私に課せられたノルマは、週に一度この日記を書くこと。

2、3日前に書いたばかりなのに、本日こうしてペンをとっているワケは、奥さんが伏せっているからだ。

ダイニングテーブルにこのゴージャスなノートを広げ、日記にしてはボリュームある文章を書ける状態にないのだ。

奥さんはベッドの中から、腹が減っただの、暑いだの寒いだの、トイレまでおぶってくれだの、遠慮なく私を呼ぶ。

私はとことん奥さんに甘い。

冷凍ピザを焼いたり、快適な温度になるようストーブを付けたり消したり、用足しが終わるまでトイレの前で待っていたり、奥さんの仰せの通りに走り回っているのだ(我が家は狭いから、走り回ることはできないが、イメージとしてはそう)

 

【奥さま追記】

ユノは僕に負けず劣らず、正確を期するための但し書きが多い。

長年一緒にいると、似てくるものなんだなぁ。

 

 

奥さんがベッドから出られないのは、私にも責任がある。

前夜の性交渉で、奥さんに相当無理をさせてしまったのだ。

どれだけ激しかったかは、後日奥さんが詳細をこの日記に書いてくれるだろうから、私は概略を述べるだけにする。

(今日明日と横になっていれば、回復するだろう)

お気に入りショップで注文した小道具とコスチュームに、私たちは異常なほどに興奮してしまった。

カボチャ尽くしの料理そっちのけで、精魂尽き果てるまで行為に没頭してしまった。

三十路に数度のフィニッシュと徹夜は辛い。

日常的に行っているものはどこか義務的なところがあり、正直マンネリ気味だ。

だから、ハロウィーンといったイベント事は、雄である自分たちを思い出させてくれる、いいスパイスだ。

 

【奥さま追記】

ハロウィーンでこうだから、クリスマス、バレンタイン、結婚記念日の盛り上がりは凄いのだ。

僕らは相性抜群。

出逢って15年も経つのに、互いの身体にはまだ暴かれていない快楽スポットがありそうなんだ。

 

 

<遡って10月31日>

ハロウィーンと言えば仮装。

結婚当初は、せいぜいキャラクターもののお面をかぶるレベルだったのが、年々本気度が増してきた。

参考までに、仮装の候補に最後まで残ったのがこれだ。

仕事帰りに仕込むにはかさばる為、却下した。

 

【今年の私】

駅のトイレで着替える。

ストッキングを穿くのに苦労する。

予行演習通りメイクをする。

脱いだスーツと革靴はコインロッカーに預ける。

(考えることは皆同じで、空いている最後のひとつだった)

(明日、回収する)

コートを羽織ろうかと思ったが、荷物になるため、これもロッカーに預ける。

街中は仮装した者があちこちたむろしていて、私の仮装など大したことない。

信号待ちをしていたら、テレビ取材に捕まった。

パンプスは歩きづらい。

帰宅予定時刻を30分も押していた。

仮装したチャンミンが、私を驚かせようとワクワクして待ちかまえているはずだ。

 

今年のチャンミンは気合が入っていた。

私は無様にも腰を抜かすこととなった。

 

 

家は真っ暗だ。

(私を驚かすため)

暗闇の中で私を驚かせようと、デカい身体を丸めて隠れているチャンミン...可愛い奴だ。

逆に驚かしてやろうと、音を立てないようゆっくり玄関のドアを開けた。

直後、「ひっ」と悲鳴の一端が喉にせり上がってきた。

チャンミンの作戦に早々のってたまるかと、その悲鳴を飲み込んだ。

満月の月明かりがガラス窓を通過して、玄関のたたきを青白く照らしている。

目をこらしてみると、玄関の上りから廊下へと、黒々としたもので汚れている。

市販の血のりがばらまかれているのだろう。

パンプスを脱いで、血のりを踏まないよう、抜き足差し足で台所を目指す。

(家にあがるには靴を脱ぐのだから、パンプスを履く必要はなかった)

(コートも然り)

床がきしむたびドキリとし、深呼吸をした。

バタン、という音に、飛び上がりそうに驚いた。

台所にたどり着くなり、私は照明をつけた。

ここでも、悲鳴をあげかけて、ぐっと堪えた。

シンクとガス台の下あたりが血の海だったのだ。

ところが、死体になりきって転がっているはずのチャンミンがいない。

別のところに隠れていて、私を驚かすつもりなのだ。

チャンミン、馬鹿だなぁ。

どこにいるのかバレバレだ。

血のりの足跡を追ってゆくと、トイレのドアの前で消えていた。

 

「この中を見たら、あなたはびっくりしますよ」とあらかじめ分かっていて、心の準備ができているのに、人というものは驚いてしまうものなのだ。

勢いよくドアを開けた。

ドアを開けた真正面、便座に腰掛けていたのは白いドレスを着たゾンビだった。

ドレスは泥だらけ、顔は腐りかけており、片目は真っ白に濁っている。

正体がチャンミンだと分かっているのに、悲鳴は止められない。

その悲鳴のデカいこと。

わあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!

私を認めるなり、チャンミンも悲鳴をあげた。

きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!

自分の悲鳴にびっくり、チャンミンの悲鳴にびっくり。

 

 

【奥さま追記】

字がデカいよ、ユノ。

血のりの海の中で寝っ転がって、ユノの帰りを待っていた。

ところが、なかなか帰宅しない。

30分も過ぎると、身体が痛くなってきたし、トイレにも行きたくなってきた。

トイレに駆け込む僕、帰宅したユノ。

便座に腰掛けた目の前で、ドアが開いた。

口裂け女!

白衣に血潮が!

白い帽子に、首から下げた聴診器。

頭には斧が刺さっている。

白のガーターベルトとストッキング。

ユノったら!

可愛い!

可愛いぞ!

 

 

10月31日は書くことがいっぱいだ。

身体が本調子になってから、続きを書くこと。

 

 

<20××年のハロウィーン仮装>

旦那さん・・・口裂け・ミニスカ・ナース

奥さま・・・ゾンビ花嫁

ハロウィーンって、こんなイベントだったっけ?

(2)旦那さん手帖

 

<10月某日>

 

2時間の残業。

チャンミンに電話をかける間もないほど、忙しい。

先に飯を食うこともなく、旦那の帰りを台所のテーブルでじーっと待つような奥さんだったら重い。

チャンミンはそういうタイプの奥さんではない。

それでも、チャンミンなりに段取りはあるだろうから、可能な限り、帰宅時間を前もって知らせるようにしている。

新婚ホヤホヤの頃、サプライズのつもりで、半休をとって帰宅した日があった。

少しでも離れがたい、熱々な頃でもあったから、いつもより早い帰宅に、めちゃくちゃ驚いてくれるんじゃないかな、とワクワクしていた。

帰宅した私は、音をたてないように忍び足でチャンミンを探した。

ところが、台所にも居間にも、風呂場にもチャンミンの姿はなく、スニーカーがあるから留守ではない。

苦し気な声が聞こえた。

出処は寝室だったため、腹でも壊して寝込んでいるのかと最初は思った。

その声は、痛みに苦しむものとは異なるタイプのものだった。

これはもしかして...?

その頃、芸能ニュースを騒がせていた、不倫現場(合体中)に突入してしまった夫(または妻)の姿が頭をよぎった。

5センチ程の隙間から寝室を覗くと...。

片手は胸先を、もう片方でお尻をいじる...つまり、オナ中の奥さんを目撃してしまったのだ。

私はそっと、その場を立ち去った。

一旦外へ出て、チャイムを連打し、「ただいま~!」と騒がしく帰宅した。

頬を紅潮させたチャンミンが、

「あれ?早退?」と私を出迎えた。

あの件について、何事もなかったかのようにスルーしてしまっていて、悪かった。

見られたのか見られていないのか、モヤモヤしていただろうから、今、この場を借りて告白する。

あの瞬間、チャンミンと目が合ったよな。

YES。

見ました。

エロかった。

あの夜、激しく求めてしまったのは、そのせいだよ。

 

 

この週末、リンゴ狩りツアーに参加した。

制限時間でそういくつも食べられるものじゃない。

(持ち帰り用に1箱買って帰る)

腹が膨れてしまい、名物のなんとか料理を残してしまった。

持ち帰りたいチャンミンと、食中毒をおこしたくない店側としばし押し問答。

折れたチャンミン、私の残りを全部食べてしまう。

次の立ち寄りスポットで、ソフトクリームサービス、チャンミン食べられず。

(腹が膨れてしまったのだ)

代わりに私が2個食べる。

頭上に腕を上げっぱなしだったせいで肩が痛い。

アップルパイが焼けるいい匂いがしてくる。

※ユノは日記帳の中では自身のことを『私』と称する。

 

 

【奥さま追記】

やっぱり見られていたのか。

 

(1)旦那さん手帖

 

<10月某日>

 

休日

男心と秋の空。

チャンミンにこの日記帳を手渡され、「書け」と言われた。

 

 

栗の皮剥きが、ああも面倒なものとは知らなかった。

去年、チャンミンが作った栗きんとんを、一口で雑に食べてしまい、軽い言い争いになったことを思い出した。

チャンミン、ごめん。

今年は大事に食べるよ。

 

 

チャンミンのページを読んでみた。

日記、というより日報に近いものだが、チャンミンは日々、何を見て、何を思っているのかを知ることができて面白い。

常々、細かい男だなと思っていたけれど、全くその通りだった。

細かすぎて腹が立つことも多い。

適当に言ったこともこと細かく記録してあり、適当なことは口にできないと思った。

さすが小説家だけに、鋭い観察力を持っている。

 

 

回数をカウントしていたことに驚いた。

挿入はしたものの、フィニッシュを迎えられなかった回については、1回分としてカウントしているのだろうか?

1,900回の数字に、私たちのこれまでの付き合いが、いかに長く濃いものだったかがよく分かった。

世の中の夫婦の平均値は何回くらいなのだろうか。

回数をカウントしている妻なり夫は、少数派だと思う。

さすが私の奥さんだ。

 

 

正直、何を書いたらいいのか分からない。

この日記はチャンミンも見るわけで、言いたいことがあれば口で言えば済むことである。

でも、これは奥さんと私の交換日記なのだ。

文章で伝える大切さがあると思う。

チャンミン、いつもありがとう。

※ユノは文章の中で自分のことを、「私」と称する。

 

 

追記

【22:00】

ユノ、早々と就寝。

ユノの日記を読んでみた。

堅苦しい文章は、肩に力が入り過ぎてるよ。

冒頭のことわざは何?

相変わらず、キザ男だ。

日記なのに、手紙みたいになってるよ。

ユノこそ、小説家になれそうだよ。

ユノ、いつもありがとう。

 

 

【23:00】

映画『チャイルドプレイ』が始まったのに気づいて、大急ぎで録画した。

 

【明日のやることリスト】

・ユノと一緒に『チャイルドプレイ』を見ること。

・冷凍のフライドポテトを買ってくること。

(映画を観る時に食べる)

・回覧板をまわすこと

(来週水曜日に、電気工事のため午後2時から4時の間、停電になる、とのこと)

・小説『恥辱の学生服』の第3話を仕上げること

 

保護中: 旦那さん手帖

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