義弟(74)

 

~ユノ34歳~

 

Bは「...そう」と、つぶやいただけだった。

 

ため息も俺に聞かせるものじゃなく、大きく上下したBの肩でそれと分かるものだった。

 

涙をこぼすでもなく、「どうして!?」と責めもしなかった。

 

Bは無表情だった。

 

俺は、といえば、断固とした意志と詫びの意思を込めて、Bから目を反らさなかった。

 

「行きましょう」

 

先ほどまでの重苦しい空気を断ち切るように、Bは立ち上がった。

 

そして、俺の手をひいて部屋へと向かう。

 

「どうした?」

 

ここでも気付かないふりをした。

 

「旅行の土産か?」

 

「避妊はちゃんとするから」

 

その言葉が嫌味に聞こえないことに、苦しくなった。

 

最後に抱いたのはいつだったか...。

 

1か月前...いや、3週間前だ。

 

イベント会場に向かう日の朝だった。

 

上の空だった。

 

Bが可哀想だった。

 

ここで拒んだら、Bのプライドをずたずたにしてしまう。

 

Bは俺の答えを最初から予想していたのかもしれない。

 

 

ことの後、白く華奢な肩を見せてBは眠ってしまった。

 

チャンミンを抱いた日に、妻を抱く。

 

萎えることなく、Bの丹念な愛撫に反応した。

 

チャンミンの中を荒したもので、妻の内部を埋めた。

 

俺はなんと、卑しい男なんだ。

 

女も男も抱くことができる男。

 

妻もその弟とも関係をもつことができる男。

 

彼女を起こさないようベッドを抜け出した。

 

眠るBの耳元で「仕事の電話が入った」と...「一人になりたいわけでも、誰かに会いにいくわけじゃないよ」の意味をこめて...囁いた。

 

後で「どこに行っていたの?」と咎められても、

「寝てたから聞こえなかったのかな?

仕事関係で連絡をいれたいところがあったんだ」と、堂々と言い訳できる。

 

スマホを取って部屋を出た。

 

エレベータホールに置かれた肘掛け椅子に腰かけた。

 

脚を組み、素足に履いたスリッパを揺らし、スマホを耳に当てた。

 

パタパタとスリッパを叩く自身の裸足のかかとを見ていたら、靴下だけを残して服を脱いでしまったチャンミンを思い出した。

 

鍵がかかっていたとはいえ、公共の場で...。

 

交わる時、チャンミンは着衣を好まない。

 

全て脱いでしまう。

 

昼間の時は靴下を脱ぎ忘れるほど、切羽詰まっていたのか。

 

網ストッキングの男娼の絵画も、制作途中で仕舞われたままだ。

 

「ふう...」

 

声を聞きたい相手はもちろん、チャンミンだ。

 

愛撫もなし、後ろから貫くだけの、繋がることだけが目的の行為だった。

 

フォローの言葉をかけてやらないと。

 

ところが、呼び出し音が1コールも鳴る間もなく、『おかけになった電話は...』とのアナウンスだ。

 

昨日の昼間を思い出した。

 

スマホのバッテリーが落ちているのか...、まさか、X氏に捕まっていることはないはずだ。

 

X氏はイベント終了まで会場にいた。

 

チャンミンが帰りの電車に乗ったのかは、見送ることもできなかった俺は確認していない。

 

帰り道ふと思い立ち、あてずっぽうで降り立った町で一泊しているとは思えない。

 

俺だったらやりかねない行動でも、チャンミンは計画無しの行動をとるような子じゃない。

 

とっくの前に帰宅してる頃だ、チャンミンの自宅の固定電話をタップした。

 

『まあ、ユノさん?』

 

陽気で朗らかなチャンミンの母親の声。

 

「チャンミンは?帰ってますか?」

 

挨拶もそこそこに...でも、気が急いた感は抑えて、穏やかな声音を意識して訊ねた。

 

『ええ。

突然帰ってくるから、びっくりしたわ。

ごめんなさいね、チャンミンの面倒を見て下さって。

お邪魔じゃなかったかしら』

 

「こちらこそ、相手をしてやれなくて申し訳なかったです」

 

『疲れて寝てるかもしれないわね』

 

「そうですか...。

起こしてしまっても可哀想ですから...これで」

 

チャンミンが無事、帰宅していることを確認できただけで十分だった。

 

休ませてあげたかった。

 

この3日間、17歳のチャンミンが経験するには重く辛いことだらけだった。

 

通話を切ろうとしたが、義母さんは電話の向こうでチャンミンの名を呼んでいる。

 

階段を上りながら、「チャンミ~ン」と。

 


 

 

~チャンミン17歳~

 

母さんから子機をもぎ取り、彼女が立ち去るまでジリジリと待った。

 

「...義兄さん?

どうして?」

 

『スマホにかけても繋がらないから』

 

「うそっ」

 

ポケットから取り出したスマホは、バッテーリー不足で電源が落ちていた。

 

「...電源が切れてました」

 

『ふぅ...』

 

義兄さんの低いため息が、受話口を震わせた。

 

まるで僕の耳穴が、義兄さんの吐息がくすぐられたみたいに、ぞくりとした。

 

『昨日も電話が繋がらなくて、生きた心地がしなかった...』

 

X氏の部屋に居た時も、スマホが使い物になっていなかった。

 

僕は義兄さんに心配をかけてばかりだ。

 

「すみません...」

 

『無事に家に帰っていたようで安心したよ』

 

「僕に...何か?」

 

素っ気ない言い方になってしまう自分。

 

嬉しさで胸がドキドキしてるのに、義兄さんを前にするとひねくれ者になってしまうのだ。

 

かわりばんこに受話器を持ち替えて、汗がにじんた手の平を太ももで拭った。

 

背筋を伸ばして、義兄さんの言葉に集中し、反面、僕は彼に話したい言葉が見つからない。

 

突然の電話に、僕は嬉しさのパニックに陥っていたからだ。

 

『声が聞きたかっただけだ』

 

身体の芯がきゅっと痺れた。

 

「...はい」

 

やっとのことで、絞り出した「はい」だった。

 

『俺を信じて、な?』

 

「はい」

 

嬉しくて嬉しくて...嬉しくて。

 

『次の週末、近場にドライブに行こうか?』

 

「はい」

 

僕は泣き虫だ。

 

子機を返しに階下に下りるまで、30分が必要だった。

 

(つづく)

 

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義弟(73)

 

~ユノ34歳~

 

「そうだね。

リビングの広さ重視で選んだところだったからね。

今のところは売りに出すのか?

それとも賃貸に?」

 

Bが何を言いたいのか、俺は気づかない風にそう尋ねてみた。

 

Bにはさんざん、「ユノって鈍感ね」と呆れられていたのを、利用させてもらったのだ。

 

実際、制作が佳境にさしかかっている時の俺は、意識が作品世界に呑み込まれていて、Bの存在が目に入っていない時が多々あったから。

 

そんな俺の姿を交際中から見てきているBは、さして不満をこぼすこともなかった。

 

不満はこぼさないが、やはり寂しかったのだろう。

 

寂しさを紛らわそうと、旅行や買い物にいそしんでいたのだ。

 

Bの不在をいいことに、俺はチャンミンという愛人をこしらえていたわけだ。

 

チャンミンとのことがなくても、妻を放置していた俺は夫失格だ。

 

引っ越しに伴って湧いてくる、現実的で面倒なタスクを突きつけてみた。

 

「子供が欲しい」とはっきり言葉にされなかったことをいいことに、上気した肌を表現するには透明ガッシュを上塗りするか、それともけば立たせた筆で丹念に描き込んでいこうか、技法の探求に意識がとられているアーティストを装った。

 

チャンミンとの未来に向けて、慎重に事を進めていこうとした矢先、なんの準備も出来ていなかった俺は、とぼけるしかなかった。

 

Bは子供が欲しい、と言っている。

 

俺たちは夫婦だ、Bは特別なことを望んでいない、ごく当たり前のこと。

 

俺は迷った。

 

ひとまずここで、回答はあいまいにぼかしておこうか。

 

それとも、この場ではっきりとさせておいた方がよいのか。

 

...俺は子供を望んでいなかった。

 

この意志ははっきりと、早いうちに宣言しなければならないのだ。

 

「...ユノ。

とぼけてるのか、ホントに意味が分かっていないのか...」

 

ズルい俺は、Bの言葉が理解できない鈍感な夫を装い続ける。

 

「ごめんなさい」

 

「?」

 

今のBの謝罪については、意味が分からなかった。

 

「鈍感で絵に夢中なあなたが、浮気をするわけないわね」

 

「俺が?」

 

『浮気』の言葉に、心臓に氷が押し当てられたかのように、ぞくりとした。

 

Bは俺の手首を...Bから贈られたブレスレットに触れた。

 

「...付けてくれて...嬉しい」

 

ちくり、と良心が咎めた。

 

Bが贈ったものは失くしてしまい、俺の手首で輝くこれは買い直したものだったからだ。

 

本物はおそらく...そうではないかと俺が疑っている...チャンミンの手元にあるのだと思う。

 

「あなたはいつも疲れていて、上の空で。

夜はすぐに寝てしまうし...。

その気にならなくても仕方がないのだけど。

しょっちゅう家を空けていたのは私だったのにね」

 

「いや...それについては、俺が悪いんだ。

かまってやれなくて...。

Bにも息抜きが必要だ」

 

ブレスレットに視線を落としていたBは、顔を上げると真っ直ぐ、俺と目を合わせた。

 

「いい奥さんになるわ。

前にも子供が欲しい、ってあなたに言ったことがあったわね」

 

「ああ」

 

前回はペットを欲しがるような軽いノリだった証拠に、二度と話題にのぼらなかった。

 

気紛れで口にしてみたかっただけなんだろうと。

 

俺は自由に生きる都会的な夫婦であるのに安心しきっていて、チャンミンとの恋にのめりこんでいた。

 

Bとの夫婦関係はそのままに、妻の弟で未成年...ダメダメづくしの逢瀬のスリルが、日常生活のいいスパイスだったと、俺は認める。

 

今は違う。

 

「あの時はね、嬉しそうじゃなかったから...。

ユノったら、とても困ってた。

それでね、ああ、ユノは子供は欲しくないんだって。

もうしばらくは、夫婦二人でいたいんだって...そう解釈したの」

 

「......」

 

気まぐれだと短絡的にみなした俺は、Bの何を見てきたのか。

 

チャンミンと肉体関係をもつようになって以来、初めて妻と向き合った。

 

「...最近ね、いろんなことが虚しくなってきて。

好き勝手に暮らしてきた私が言う資格はないってのは分かってる。

でもね。

私はあなたが好きで、あなたも私が好きだったから一緒になったわけでしょう?

アーティストの妻は、ふわふわと上の空な旦那さんに不満を持ったらいけないって。

覚悟はしていたけれど...やっぱり、寂しいの」

 

「......」

 

「私、怖いのよ。

私たちが夫婦でいる意味はあるのかしら、って。

あなたが遠いのよ」

 

Bの言葉に俺は同意していた...その通りだと。

 

「不安だから、安心したいから、寂しいから

...子供が欲しいのか?」

 

俺のとぼけたフリもここまでだった。

 

「...そうね」

 

はっきりと認めるところ...自身の欲求に正直でいる...がBの美点であり、彼女に惹かれた理由のひとつだった。

 

子供が欲しい理由が、自身の不安を消すための手段だと知ってホッとした。

 

俺は狡くて、醜い男だ。

 

この結婚を解消する道を邪魔するものを、排除していく。

 

チャンミンに切ってみせた期限1年間。

 

チャンミンよりも、特にBが受ける傷を最小限で済ませられるよう、焦らず関門を越えていかないと。

 

「よく考えた方がいいんじゃないか?」

 

「よく考えているわ」

 

俺は見つけてしまった。

 

Bの瞳...チャンミンにそっくりな眼に、真剣さをたたえていることを。

 

アトリエでチャンミンと抱き合い、自宅に帰ると彼の姉がいる。

 

いつしかBを抱くことに、気が重くなってきた。

 

Bからチャンミンの面影を見てしまい混乱することに、疲れてきた。

 

「ユノ。

私に飽きたの?

愛していないの?」

 

「...愛しているよ」

 

「ユノの答えを教えて?

子供が欲しい。

ユノと私の子供が欲しいの」

 

「......」

 

「ユノ?

どう思う?」

 

 

「...俺は。

子供は欲しくない」

 

 

(つづく)

 

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義弟(72)

 

~チャンミン17歳~

 

1日早い僕の帰宅に母さんは当然、驚いた。

 

僕は素っ気なく「暇だったから」と、ボソッとつぶやいた。

 

「Bに会ったでしょう?

どう?

元気にしてた?」

 

姉さんの名前が出た時、脱いだスニーカーを揃える手が止まってしまった。

 

「...元気だったよ。

ご飯を一緒に食べた。

また旅行に行ってたんだって」

 

『また』の部分に、僕の嫌味がこもっていた。

 

「またなのね。

あっちこっち出かけてばかりで...。

あの子ったら、ユノさんが大らかだってことに甘えて...」

 

「すごい服を着てたよ。

なんとか、っていうブランドの」

 

...ブランド名なんて分からない。

 

分かっていたのは、僕のTシャツが何十枚も買えるくらいの値段だってことと、義兄さんのお金で買ったこと。

 

「贅沢好きになってしまって...。

困った子だわ」

 

母さんの言葉に、少しだけ気持ちがすっきりした。

 

姉さんの存在が重くのしかかるようになってから、僕はとても嫌な人間になってきたようだ。

 

姉さんを悪者にしようとしている。

 

「夕飯は?」

「いらない」

 

姉さんの話題のせいでモヤモヤが大きく膨れ上がり、食欲がなくなってしまったのだ。

 

僕は2階へと階段を駆け上がった。

 

ベッドにうつ伏せになり、姉さんのことを頭から追い出そうと義兄さんを想った。

 

重苦しさが消えていく。

 

「はあ...」

 

ついて出たのは満ち足りたため息。

 

僕の中をかき回した、義兄さんのあれの余韻に浸った。

 

うとうとしかけてしまいハッと飛び起き、荷解きに取りかかった。

 

参考書、ノート、洗面用具、着替え、下着...。

 

参考書に挟んでおいた有効期限が1年後の航空チケット。

 

『1年待てるか?』と義兄さんは言った。

 

1年後の有効期限が印字されたチケットと、今日の義兄さんの言葉はリンクしているのだろうか?

 

チケットをくれた時のニュアンスは、一緒に旅行しようといった気軽なものに聞こえた。

 

でも、今日の台詞はもっと切迫した空気を感じとっていた。

 

疲れがにじみ出た顔に、瞳だけが熱っぽく潤んでいた。

 

義兄さんの中で、何か心境の変化があったのかな。

 

不安のお化けになってしまった僕を見て、安心させようと口走ってしまった言葉なのかな。

 

でも...気休めの、その場しのぎの言葉には思えなかった。

 

義兄さんは真剣で真面目だった。

 

これから1年以内に、大きな変化が僕らに訪れるのだろうな。

 

耐えられるものなのかな?

 

余韻に浸るため息をついたばかりなのに、期待と不安が混ぜこぜになったもので息苦しい。

 

『義兄と義弟でいて欲しい』

 

『当面1年は、行動を慎もう』という意味なのだろうな。

 

義兄さんと僕は幸いなことに男同士だ。

 

彼の部屋を出入りするところを目撃されても、疑いをもたれる可能性は低いのにな。

 

姉さんは義兄さんの浮気を疑っている風だった。

 

相手が僕だなんて、夢にも思わないだろう。

 

でも、大人の世界は分からない。

 

姉さんに疑われてしまう程に、義兄さんの仕草や口調、行動に、僕らの関係の影響が及んでいたんだ。

 

そこに僕への愛情の深さを感じとることができて、笑みがこぼれてしまった。

 

「ふふっ...」

 

じんじんと熱く疼く僕の後ろ。

 

何の用意なしに行為に及んだせいで僕のそこは傷つき、帰りの列車のシートが辛かった。

 

うん、頑張れる。

 

頑張ろう。

 

義兄さんの『1年待て』の言葉と、彼のものが僕の中を満たしてくれて、これからの1年を頑張れそうだ。

 

1年以内に姉さんと別れる...僕はそう受け取った。

 

『離婚』の言葉はひと言も出なかったけれど、義兄さんの口ぶりでは、つまりそういうことなんだろうな。

 

「よし」

 

中断していた荷解きにとりかかる。

 

そこには義兄さんに買ってもらったトレーナーはない。

 

X氏の部屋に置き忘れたトレーナーは諦めよう。

 

二度と会いたくなかった。

 

二度とX氏とセックスしたくない!

 

義兄さんは僕の持ち物に細かく注意を払う人じゃない。

 

これまでも、「あの時のトレーナーは着てくれないんだ?」と言われなかったんだ。

 

大丈夫だ。

 

バッグの底に押し込まれた紙袋の...渡せずじまいだったもの...しわを伸ばした。

 

あと2、3日もすれば、義兄さんは戻ってくる。

 

その時に渡そう。

 

「あ...そっか...」

 

今頃義兄さんは、姉さんと過ごしている。

 

つーんとさしこむような胸の痛みに、僕の顔はゆがむ。

 

イベントは何時に終わるんだろう。

 

帰ってしまわず、2人に鬱陶しがられてもあの場に残って、彼らを2人きりにさせないようにすればよかった。

 

それができるほど、強引で我が儘な人物になりきれない自分がいた。

 

夕食時間を過ぎた頃の現在時刻、2人は部屋にいるだろう。

 

久しぶりに会った夫婦...何をするのか想像するだけで苦しい。

 

これまで意識しないように、具体的に考えないようにしてきたこと。

 

『義兄さんは僕を抱くようになってからも、姉さんを抱くこともあったの?』

 

結婚した人たちがどれくらいの頻度で、セックスするのか僕には分からない。

 

子供を作る時だけにするものなんだろうな、多分。

 

「...あ」

 

義兄さんと姉さんは、子供を作るのだろうか?

 

結婚してるんだもの、子供は欲しいよね。

 

子供が欲しいから結婚するんだよね。

 

気づけば僕は紙袋を握りしめていた。

 

嫌だ...そんなの...。

 

結婚している人と付き合うとは...。

 

気が遠くなるほど1年は長い。

 

1年後の僕は18歳になっている。

 

僕ができることとは沢山勉強をして、義兄さんとの秘密の関係を隠し通すことの2つだ。

 

義兄さんの出方次第で、全てが決まる。

 

...結局のところ、僕は待ち続けるしかないのだ。

 

耐えられるかな。

 

「チャンミン?」

 

母さんがドアから顔を出している。

 

ノックの音に気付かなかったようだ。

 

「何?」

 

僕は不機嫌さを隠さず答えた。

 

「チャンミンに電話よ」

 

「僕に?」

 

スマホじゃなくて、自宅の固定電話にかけてくる者が全然、思いつかない。

 

誰なんだろう?

 

「ユノさんよ」

 

「え!?」

 

思いがけない出来事で、僕の思考は一瞬止まった。

 

(つづく)

 

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義弟(71)

 

~ユノ34歳~

 

「ユノ?」

 

Bの手が俺の腕に触れて、上の空になっていた自分に気付く。

 

「ああ、ごめん」

 

「疲れがたまっているのね。

しばらくはゆっくりしたら?」

 

「そうだね...それが出来ればいいんだけど」

 

イベントが終われば、納期を遅らせてもらっていた仕事が待っている。

 

中断していた作品作りも完成させなければならなかった。

 

それから、X氏との今後の付き合い方についても、一度話し合う必要があった。

 

ミントカラー(複雑な名前のカクテルだ)のグラスに口をつけた。

 

俺とBはホテルのバーにいた。

 

最上階のラウンジバーを選択しなかったのは、俺の中の微かな抵抗心のせいだった。

 

コンベンションセンター7階でチャンミンと交わっていた時、彼の揺れる背中越しに窓外の景色があった。

 

俺たちが宿泊しているホテルが50メートル先にあった。

 

コンベンションセンター利用者の多くは、地下通路で繋がっているこのホテルに宿泊する。

 

そして今宵、50メートル先のコンベンションセンターを臨みながら、妻Bと酒を飲む。

 

大したことのないこだわりに過ぎないが...それは嫌だった。

 

「こんな薄暗いところ...陰気だなぁ...」

 

地階のバーに案内されてBは不服そうだった。

 

いつもならBの希望最優先に動く俺だったが、今夜に限っては自身の希望を通させてもらった。

 

店内の色彩は、黒い影とオレンジのランプの色のみで構成されている。

 

「陽」の姉に対して、「陰」のチャンミン。

 

妻Bとその弟チャンミンの間に挟まれ、行ったり来たりしている自分が滑稽で情けなかった。

 

どちらかを選ぶか、それとも...。

 

「お疲れ様」と、グラスを掲げたBは相変わらず美しい女だった。

 

彼女は、妻なのだ。

 

「Bのどこに惹かれたのだろう?」と、自分を問う気持ちはなかった。

 

俺はBに幻滅したわけでも愛想をつかしたわけでもない。

 

妻Bの魅力を軽々と飛び越えてしまう、圧倒的な存在と出逢ってしまっただけ。

 

世にいう『浮気』だ。

 

当たり前の事実に、これで何度になるか...黒々とした罪悪感が胸を重く塞いだ。

 

 

 

ランプに照らされたBの片頬はオレンジに、もう半分は陰で黒く塗りつぶされている。

 

「話って?」

 

昨夜からBは俺に話しがあると、言っていた。

 

いつもなら電話口やメール1本で済ましていたBが、面と向かって話したいとは、余程のことだと警戒した。

 

話の内容が全く予想つかない。

 

二人きりになれる時と場所を選んだあたり、欲しいものをねだるわけではなさそうだ。

 

だからこそ、俺は警戒した。

 

妻相手に警戒するなんて...俺の気持ちがすでにBから離れてしまった証拠なのだろうな。

 

 

昼間の出来事を思い返していた。

 

ことの後のことだ。

 

脱ぎ捨てた洋服を1枚1枚手渡してやり、チャンミンの着替えを手伝った。

 

「義兄さんは会場に戻ってください。

あとはひとりで平気です」

 

「そういうわけには...」

 

チャンミンの後ろに目をやったのは、彼の中に放ったものが心配だったからだ。

 

「ウォシュレットがあるので。

僕は平気です」

 

「...そうか」

 

チャンミンはコートを羽織ると、

 

「義兄さんは会場に戻ってください。

僕は、帰ります」

 

俺は乱れたシャツをしわを伸ばしてスラックスにたくしこみ、ベルトを締めた。

 

俺は何をしていたんだろう。

 

今さっきまでの行為は後悔していたが、『1年待て』の言葉については、伝えてよかったと思った。

 

先延ばししていた答えが今日、言葉にできてよかった、と思った。

 

「姉さんの元に戻って下さい」

 

そう言ってチャンミンは、哀し気に微笑んだ。

 

 

俺はチャンミンと別れるつもりだった。

 

この行き止まりの恋で、未来のない関係をチャンミンに強いり、もがき苦しむ彼の姿を見たくなかった。

 

X氏との一件で傷つき、俺からの愛情を失うのではと怯えたチャンミンのために、あのタイミングで別れを告げるのは酷過ぎる。

 

昨夜までの俺が出していた答えはそれだ。

 

口にしかけた言葉を飲み込んでしまったのは、健やかに眠るチャンミンの寝顔を目にしたから。

 

乱れた前髪を梳かしつけた。

 

実は。

 

もうひとつの答えがあったのだ。

 

二人の間で立ち回るなど、何様だ。

 

チャンミンを手放して、Bとの結婚生活に戻る。

 

チャンミンを獲って、Bとの結婚生活を破綻させる。

 

どちらか一方を獲ることなど、俺にはできない。

 

チャンミンとB、両方を手放し、その場から立ち去る。

 

チャンミンに別れを告げて、Bの元に戻ることはできない。

 

Bへ抱く愛情と、チャンミンへのそれとは違う。

 

いずれにせよ、『今すぐ』は時期が悪い。

 

ところが、今朝のことだ。

 

チャンミンとBをひとつ部屋で、目の当たりにして気持ちが変わった。

 

昨夜、飲み込んでしまった答えが、180度ひっくりかえった瞬間でもあった。

 

平静を装うとするチャンミンがいじらしかった...まだ17歳なのに。

 

『1年待て』と、チャンミンに頼んだ。

 

計算高い自分に嫌気がさした。

 

でも、こうでもしないと、正面に立ちはだかる壁を乗り越えられないのだ。

 

 

「ユノ。

...私」

 

テーブルに乗せた俺の手は、Bの手で包み込まれた。

 

本物の石がはめ込まれた本物の金属製のリングをいくつも重ね付けした、労働を知らない白く細い指。

 

結婚指輪はしない、と夫婦で取り決めていた。

 

「あなた、最近変でしょう?」

 

「そうかな?」

 

チャンミンとの関係を感づかれたかと、体温が下がった。

 

でも、チャンミンは義弟にあたるし、高校生で...何より男だ。

 

それはない。

 

Bに気付かれないよう、唾を飲み込んだ。

 

 

「上の空、なの。

一緒に暮らしているのに、夫婦なのに。

あなたが遠いな、って」

 

「...すまない。

疲れが溜まってるのかな」

 

真顔のBから目を反らしたいのを、必死で堪えた。

 

「私。

引っ越しがしたい」

 

「えっ...!?」

 

今住んでいる部屋は、何軒も探し回った末に、二人で決めたところだった。

 

地上30階、素晴らしい眺望、広いリビング、寝室の他に衣装持ちのBのための一室があった。

 

「街中じゃなくて、少しだけ郊外に近いところ。

あなたなら仕事場がどこにあっても構わないでしょ?」

 

「その通りだけど」

 

「もう一部屋か二部屋多いところにしましょう。

今のところは手狭になるから。

...ほら、私たちもそろそろ。

ね?」

 

Bが何を示唆しているのか、理解するまで十数秒必要だった。

 

(つづく)

 

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義弟(70)

 

~チャンミン~

 

 

一昨日から「抱いて」とねだっているのは僕ばかりだ。

義兄さんの方から肌に触れてくれない。

義兄さんから飛び上がるほど嬉しい言葉をもらったばかりなのに、再び僕の心に不安感が忍び寄る。

僕はいつからこれほどまでに『不安屋』になってしまったんだろう。

思い出してみて、義兄さんと関係を持つようになる前からだったことに愕然とした。

そうか...僕は義兄さんといると不安になってしまうんだ。

僕は「不倫をしている」意識が、実は上っ面でしか感じていなかったんだ。

無意識に、「悪いことをしている事実」から避けていたことが、1年以上経ってようやく、僕の心を苦しめだした。

 

「駄目だ。

場所を考えろ。

それに、そろそろ...」

 

義兄さんはドアの方を振り返り、首を横に振った。

僕ばかりおねだりしている。

義兄さんは大人だから、我慢ができるんだろうな。

それに、僕と関係を持つことに罪の意識を抱き続けてきた、とはっきり認めたじゃないか。

緊張と不安だらけなのに、僕のアソコは勃ち上がっていた。

 

「駄目だ。

...駅まで送ってやれないから、タクシーを使いなさい」

 

財布を取り出した義兄さんの手を、払った。

 

「...チャンミン」

 

「子供扱いは、止めて下さい!

そういうこと...悲しくなるから、止めて下さい」

 

義兄さんは床に落ちた財布...ブランドものの高価なものなんだろう...を拾い上げた。

それはきっと、姉さんからの贈り物なんだ。

...それに、義兄さんの手首を飾るブレスレットがずっと、ずっと気になっていた。

突然の僕の出現に驚いた義兄さんは、外す間がなかったんだろうけど...。

 

「チャンミン...。

俺はお前が大事...好きだ。

この気持ちはホンモノだ。

チャンミンが不安がっていると、俺まで胸が痛くなる」

 

「そう言うんでしたら...」

 

僕はスニーカーとコートを脱いだ。

 

「チャンミンっ!」

 

駆け寄り、僕の腕を制止する義兄さんの手を、全力で振り切った。

 

「離して下さい!」

 

パーカーもボトムスも脱いだ。

羽交い絞めする義兄さんを突き飛ばした。

最後の一枚を脱いでしまった時には、義兄さんは諦めたようだった。

暖房がついているとはいえ、この部屋は広い。

鳥肌が立った。

 

「俺を信じろ。

何を怖がってる?」

 

「義兄さんはっ...。

どうして結婚してるんですか!?」

 

「だから、1年待ってくれ、と...」

 

「どうしてっ...姉さんと結婚してるんですか!?」

 

姉さんとの結婚がなければ、僕と義兄さんは出逢っていなかった。

分かってる。

そんなことくらい、子供の頭でも分かってる。

 

「どうして僕は子供なんですか!?

どうして僕は男なんですか!?

義兄さんは大人なんですか!?」

 

僕は義兄さんの二の腕をつかんで、前後に揺すった。

義兄さんのスーツにしわがついてしまっても、構わなかった。

 

「チャンミン、落ち着け」

 

床に崩れ落ち嗚咽する僕の背中を、優しく撫ぜた。

 

「ありがとう」

 

義兄さんの言葉の意味が分からず、彼を見上げた。

 

「俺に正直な気持ちを吐き出してくれて、ありがとう。

俺がどれだけ『好きだ』と伝えても、安心できないくらい、チャンミンは不安なんだね?

隠さず教えてくれてありがとう」

 

「え...」

 

「チャンミンの気持ちを分かってやろうとしなかった、これまでの俺が悪いんだ。

ちゃんとした会話もなかった。

今は...」

 

義兄さんは僕の頬を両手で包み込んで、唇を押し当てた。

途端に僕の膝の力が抜ける。

いつものように口を開いて、義兄さんの中に舌を入れようとしたら、彼は唇を離してしまった。

 

「え...」

 

唖然とする僕の手を義兄さんは握った。

 

「今は...これからは、チャンミンの不安な気持ちを理解する努力をするから。

チャンミンはまだ17...ははっ、ごめん。

子供扱いは禁止だったね」

 

義兄さんは僕の手を引いて、部屋の奥に置かれたソファまで誘った。

 

「...義兄さん?」

 

義兄さんは僕の背を力強く、でも優しく押した。

そして、ベルトを外す音。

僕はソファの座面に両手をついて、お尻を突き出した。

後ろを振り向くと、義兄さんは自身のものをしごいていた。

 

「...は、ぁ..」

 

僕のあそこに、唾液で濡れた義兄さんの指。

それだけで、僕の全身に鳥肌がたった。

しごいて十分なサイズまで育てたもの。

弾力あるものが、割れ目に押し当てられ、円を描く。

 

「力を抜いて。

痛いかもしれない」

 

「大丈夫...です」

 

僕の腰は、義兄さんの力強い手で抱えられた。

熱い熱い手だった。

僕は目をつむり、ついた両手を握りしめた。

 

「...はぁ...はっ」

 

義兄さんは抜き刺ししながら、僕に負担がかからないよう時間をかけて埋めてゆく。

 

「...んっ...ん...」

 

「痛いか?」

 

入口の縁と義兄さんの根元が擦れて、痛かったけれど我慢した。

僕はぶんぶん首を左右に降った。

痛い、なんて言ったら、義兄さんは止めてしまう。

これ以上は挿入できないところまで埋めると、奥深く埋めたまま、僕の腰を揺らした。

僕の視界は、ソファの合皮の黒。

視線をもっと奥に移すと、義兄さんのスラックスの足とつやつやの靴...僕ときたら靴下を履いたままだった。

もっと深く繋がりたくて、ソファの座面に乗って両膝を折った。

僕の中で義兄さんの先が、こりこりと僕の快感スポットを執拗に刺激する。

ゆさゆさと僕の身体が揺さぶられる。

 

「...あっ...はっ...あ、あぁ...」

 

義兄さんの手が僕の前に伸びて、僕のものを握った。

 

「はぅっ...」

 

先走りを塗り広げながら、僕のものを素早くしごく。

 

「やっ...離して、ダメ...」

 

「しー。

静かに。

声は我慢だ」

 

「でもっ...んんっ」

 

前も後ろも同時にいたぶられて、ソファの黒なんて目に入らなくなる。

義兄さんは、「これを噛んで」と、ソファに丸まっていた毛布を取って寄こした。

ついた手から振動が伝わり、ソファがきしむ。

 

「...んん、んっ..」

 

鳥肌なんてとっくに消えて、全身に甘い汗の膜がはる。

しっかり腕で身体を支えていないと、つんのめってしまう。

前髪から落ちた汗が、合皮の座面にぼたぽた落ちる。

 

「んっ、くっ...んん..んっ、くっ」

 

背もたれをつかんで、義兄さんの前後の振りを受け止めた。

僕の背に義兄さんがのしかかる。

義兄さんの片手が顎に添えられ、半ば強引に振り向かせた。

僕の肩ごしに、義兄さんと口づける。

唇を合わせた中で、僕らの舌は激しく踊る。

僕に負担をかけないよう、義兄さんのものは深く埋められたままだ。

そして、僕の腰をつかんで、前後左右、上下にと僕を揺する。

その度に義兄さんの先が、いいところに当たったり、より深いところを刺激したり...。

 

「やっ、やっ...だめ」

 

「しー」

 

意識が飛びそうだ。

当然、涙が出る。

この涙は、先ほどまでのものとは種類が違う。

陶酔の涙。

 

 

義兄さんの「好き」がこもった言葉を沢山もらったのに、僕は全然、満足しないんだ。

義兄さんとの関係が深まるごとに、僕はどんどん欲張りになる。

不安ばかり育ててしまう。

小さな言動で、たやすく揺れてしまう僕の心。

大人になれば、義兄さんのように自信が持てて、冷静になれるのかな。

 

...1年。

 

義兄さんはそれまでに、何を準備するんだろう。

義兄さんが何をしようとするのか、僕でも分かった。

怖くて口に出すことは出来ない。

1年待て、と言っていた。

「今」僕らの関係を明らかにするのは得策じゃない、と義兄さんは言っていた。

どうして?

僕が好きならば、「今すぐ」でもいいのに...。

義兄さんの思惑が、僕には理解できない。

1年後に、僕と別れるつもりなのかな。

飛躍した考えがつい浮かんでしまい、「こんな風だから僕は駄目なんだ」とすぐに打ち消した。

僕と義兄さんと姉さん。

3人ともぐちゃぐちゃになる。

義兄さんのブレスレットが、しゃらしゃら音を立てる。

僕のものをスライドさせる手の速度が増した。

 

「んっ...んっ、ん、くっ、んんー...んんーっ」

 

毛布に閉じ込められて、僕の喘ぎは喉にこもる。

 

「ん、ん...くっ...」

 

義兄さんの唸り声。

僕のお尻に密着した義兄さんの腰が、くくっと大きく痙攣した。

義兄さんが出したものを、僕の中いっぱいに広がるのがわかる。

お腹の底からぞくぞくとした快感が沸き上がる。

義兄さんはテーブルからウェットティッシュを取って引き返してきた。

床にうずくまる僕の頭を撫ぜた。

そして、ソファに放たれた僕のものを拭き取った。

 

(つづく)