(5)チャンミンせんせといちご飴

 

(ユノに触れたい...でも、触れるまでに勇気がいる。

少しでも触れるだけで、ドキドキしてしまう。

まるで、思春期の気持ちになる。

どうしてだろう。

押し倒したいのに躊躇してしまう。

あの頃の僕は、どうだったかなぁ...。

クラスメイトのノンケの男子が好きだった...

騎馬戦で、僕は騎手で彼は騎馬役だった...僕の股間に彼の腕があって...むずむずしてしまって...反応してしまいそうになって...。

でも、隠さないといけなかった。

...なぜなら彼はノンケだったから...。

僕が男が好きな奴だと知らないから。

チャンミン、何を思い出してるんだ!

仕方ないよ。

ユノといると、僕は思春期に戻ってしまうんだ。

だって、ユノは僕がゲイであることを、全然頓着していない男だから。

だから余計に、手を出しずらい。

...でも、身体の欲求には逆らえない。

ユノに触れたい、触りたい。

抱きしめたい抱きしめられたい。

キスしたいされたい。

でも...今は駄目だ。

慌てたら駄目だ)

...と、心の中で葛藤していると、肩を揺さぶられ、自分を呼ぶ声が不意に耳に入ってきた

 

「お~い、せんせ~!

こっちに帰還してきてくださ~い」

 

「はっ!!」

 

チャンミンは我に返った。

 

「せんせったら。

事故りますよ。

運転に集中してくださいよ」

 

ユノは、チャンミンの取り扱いに慣れつつあった。

 

「すみません...」

 

「せんせ、腹減ってません?」

 

「そうですね...そういえば」と、チャンミンは下腹を撫ぜた。

 

(腹が出てきたかもしれない...)

 

2人とも試験に合格したおかげで、チャンミンの胃痛はおさまり、栄養不足気味だったのを取り戻すかのように、食欲が増していた。

 

「減ってますけど...。

ユノさんはどこか寄りたいところはありますか?」

 

「せんせが行きたいところでいいっすよ。

俺はどこでもOKです」

 

「ユノさんが行きたいところにしましょう」

 

「いやいや、俺はせんせについてゆきますって」

 

「僕こそ若者の店は詳しくないので、ユノさんにお任せしたいのです」

 

「俺だって詳しくないっすよ。

ファミレスとかファストフードとか、そういうとこばっかっす」

 

「長い間ハンバーガーを食べていませんねぇ」

 

「ハンバーガーがいいんすか?」

 

「いえ。

ハンバーガーは久しぶりだなぁと思っただけです」

 

「じゃあ、何が食べたいです?

ハンバーガーでもいいっすよ?」

 

「いえ。

ユノさんは何がいいですか?」

 

「せんせが決めてくださいよ。

俺はさっき食べたんでそれほど腹は減ってないんすよ。

せんせ優先です」

 

「困りましたね...」

 

「さっぱり系?

こってり系?

辛い系?」

 

「そうですねぇ...」

 

「せんせって、もしかしてメニューをなかなか決められない系の人です?」

 

「あ...そう...かもしれません」

 

歴代の彼氏たちに、「早く決めろよ!イライラする」と、急かされた時のことを思い出して言った。

「僕は自分で決められないので、ユノさんが決めて欲しいのです。

ユノさんが今、食べたいものは何ですか?」

 

「食べたいもの...何だろ。

う~ん...ホルモン焼き...かなぁ」

 

ユノは祭り屋台の鉄板で、じゅうじゅう油をはじいて焼かれるホルモンを思い出しながら言った。

 

「ホルモン焼き!?」

 

何でもいいと言っておきながら、ヘヴィな料理名が出てきて、チャンミンは焦った。

 

「ホルモン焼きはちょっと...。

もう少し、軽いものが...」

 

「ほ~らね。

やっぱ、せんせ基準がいいんすよ」

 

チャンミンはこっそりと、脇腹をつねってみた。

 

(中年にさしかかった僕...早めに手を打たないとみっともない身体になってしまう。

ユノの若い身体の隣に僕の身体。

裸になった時、ユノはどう思うのだろう?

男の身体である上に、腹が出ている。

ああ!

僕の思考はどうしていつも、エロへと行きついてしまうんだ!)

 

「せんせー?

意識どっかに行っちゃってます?」

 

チャンミンの太ももに、ユノの手が乗せられたのだ。

 

「ひっ!」

「危ねっ!」

 

車はぐらっと一瞬蛇行した。

 

前を走る車に追突しそうになったのを、急ブレーキで回避できた。

 

「び、びっくりした!」

 

「俺の方こそ、びっくりっすよ。

自動車学校の先生が事故起こしてどうするんす?」

 

「すみません...」

 

「せんせ、疲れが溜まってるんっすね?

今夜は真っ直ぐ帰りましょうか?」

 

「は、はい。

そうですね」

 

ユノに触れられた箇所から、ぞくぞくと甘い痺れが件の箇所へと走っていた。

 

(まずい...)

 

チャンミンは、その痺れを反芻させて味わいたいところだったが、件の箇所が反応しそうだった。

 

「はあ...」

 

気を静めようとチャンミンがついた深呼吸を、疲労によるものだと、ユノは受け止めた。

 

「ほらぁ、やっぱり。

なんでしたら、俺、運転変わりましょうか?」

 

「......」

 

「せんせの沈黙...なんかムカつくっす」

 

「運転は昼間にしましょうか?

片側2車線の広い道路で」

 

ユノの眼がすっと、細くなった。

 

「俺の運転は信用ならん、と言いたいのですね」

 

「(そうだけど)違いますよ。

初心者マークが無いから駄目、ってことです」

 

「ふん、そういうことにしておきますよ」

 

その後しばらくの間、チャンミンは運転に専念し、ユノはサイドウィンドウの外の景色を眺めていた。

 

車はユノのアパートへと向かっていった。

 

(つづく)

[maxbutton id=”23″ ]

(4)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「せんせ~!」

 

ユノは青色の車の接近に気付き、大きく手を振った。

 

チャンミンは、指定されたコンビニエンスストアの駐車場でユノをピックアップした。

 

仕事帰りのチャンミンの私服姿に、ユノはドキリとしてしまう。

 

さんざん目にしてきた教習指導員の制服姿...ネイビーのブレザーにグレーのスラックス、ボルドーのネクタイ...も好きだったけれど。

 

チャンミンは、車に乗り込んできたユノの全身を素早く見た。

 

「髪をセットしているユノさん...珍しいですね」

 

(どきぃ)

 

チャンミンはラフに分けた普段のユノの黒髪が好きだけど、軽くセットしてある今夜のスタイリングも新鮮だった。

 

気が進まないグループデートであっても、女子がいるからとヘアスタイリングしていたのだ。

 

ポロシャツとホワイトデニム姿で、ファッションについてもいつもよりきちんと感が高かった。

 

ユノは女子が好きな男子だ。

 

恋人がいても女子がいるのなら野暮ったいのは格好悪い、最低限のお洒落はしたいと思うものなのだ。

 

「さて、これからどこに行きましょうか?」

 

(『停車』とは、すぐに発進できる状態で5分以内...)

 

チャンミンは後方を確認し、ウィンカーを点滅させると慎重に車を発進させた。

(※チャンミンは自動車学校の教習指導員をしている。詳しくは『チャンミンせんせ!』を)

 

仕事帰りで夕飯を食べておらず空腹だが、ユノは買い食いをしていたと言っていた。

 

「ユノさん」

 

「!!」

 

ユノの方を振り向いた時、チャンミンの横顔に見惚れていたユノとバチっと目が合ってしまった。

 

まさか見られているとは思わず、チャンミンの挙動不審のスイッチが入ってしまった。

 

「よ、よっ...夜店はまだやっているようなら、何か食べてみようかな...」と、どもりながらの提案。

 

目が合うだけでドキドキトキメキ。

 

「10時くらいまでやってるらしいっすよ」

 

「行きましょうか」

 

チャンミンの車は祭り会場へと向かったのだが、気付けば渋滞の真っ只中に居た。

 

「あ~あ、マズった~。

通行止めのせいだ!」

 

「混んで当たり前ですよね。

全然頭にありませんでした」

 

花火大会帰りの人々がぞろぞろと、歩道いっぱいに占めていた。

 

アルコールで気が大きくなった彼らは騒がしく、水風船や巨大ぬいぐるみといった一夜限りの玩具を手にしている。

 

「進みませんね」

 

前の車のテールランプが付いたり消えたり、チャンミンの車はじりじりとしか前進しない。

 

「せんせ、ごめんね」

 

「何がです?

謝るのは僕の方ですよ」

 

「せんせが何を謝るんです?」

 

見当がつかない風にユノから尋ねられて、チャンミンは「『会いたい』って...誘ってしまいまして...」と、ぼそりと答えた。

 

ユノはフロントガラス向こうに視線を向けたままのチャンミンを、ちらりと横目で見た。

 

(せんせ...照れてる。

カワユス)

と、じわりと感動していた。

 

「俺の方こそ、せんせに会いたかったっす。

ほら、卒業する前は毎日会えてたけど、今はたまにしか会えていません。

な~んて、まだ2週間ですけど」

 

「ふっ。

毎日電話でお話しているでしょう?」

 

チャンミンの言う通り、毎晩の電話が彼らの日課となっていた。

 

「足りませんね。

電話だけじゃぜ~んぜん、足りないっす。

今夜みたいに、会いたいなぁ...」

 

「ふっ。

ユノさんはストレートですね」

 

「俺がこういう人間だって、分かってるでしょ、せんせ?」

 

「そうでしたね」

 

徐行しては止まり、進んだかと思えば信号に捕まり、渋滞を抜けた頃には22時を過ぎていた。

 

それまでの間、ユノとチャンミンは会話を楽しんだ。

 

「隣でハンドルを握るこの人が、俺の彼氏だとは...」と、ユノは未だに信じられない気持ちになる。

 

「先生」でなくなったチャンミンにまだ慣れておらず、相変わらず敬語で名前ではなく『せんせ』呼びのままだった。

 

指導員として生真面目な顔をしたチャンミンも好きだったし、仕事帰りでポロシャツの片衿が立ってしまっているところも愛おしい(早くユノに会いたくて慌てたらしい)

 

年上だったり、先生生徒の関係だったこともあって、チャンミンを前にすると、子供っぽくはしゃいでしまう自分に反省してみたりもして。

 

一方チャンミンは、赤信号の度助手席におさまっているユノを盗み見する。

 

(この子が僕の新しい『彼氏』...。

凄いなぁ...信じられない)

 

3度に1度はユノの視線とぶつかってしまうが、クールに流せないチャンミンは慌てて正面を向いたりするから、ユノに大笑いされる。

 

「俺の顔に何かついてます~?」

 

「付いてます。

ソースが付いてます...ここに」と、チャンミンは頬を指してみせた。

 

「嘘っ!」

 

チャンミンに会う前、焼きトウモロコシとタコ焼き、屋台で買い食いしていたユノは、慌ててバックミラーに顔を映した。

 

「ホントだ!

うわ~、だっさ。

もっと早く教えて下さいっすよ~」

 

ユノは唇の端に付いたソースを親指で拭い取った。

 

「さっきまで暗かったから、今気づいたのですよ」

 

駅前通りに差し掛かったことで、通りの電飾が車内を明るく照らした結果だった。

 

チャンミンはユノの太ももに手を添えたい衝動と闘っていた。

 

シート周辺の暗がりでは、ユノのホワイトデニムは目立った。

 

教習中に、ボトムスの生地が太ももの筋肉で張りつめていた光景に、生唾を飲んだ経験があった。

 

両太ももの中心に視線が吸い寄せられそうになるのを、何度も堪えた。

 

指導員の立場でいた時は我慢するしかなかったのが、晴れて恋人同士となった今はそうじゃない。

 

(抱き合い、キスし合い、あれやこれやしたい放題。

僕は『下半身』のことばかり考えている。

ユノの身体が魅力的過ぎるからいけない。

好きな相手を前にして、性欲がくすぐられなくてどうする)

 

朴訥な雰囲気に反して、恋人モードのチャンミンは肉食なのだ。

 

甲斐甲斐しい世話焼き女房で、ベッドの上では奔放なのだ。

 

チャンミン自身そのギャップを自覚しているので、ノンケであるユノにドン引きされないよう気を配らないといけなかった。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(3)チャンミンせんせとイチゴ飴

次の教習開始まであと8分。

 

(何を話そうか?

え~っと、ユノに質問したいことは何かな?

何かないかな?

何か面白いネタはないかな?)

 

チャンミンは頭フル回転で話題を探す。

 

ユノが卒業してしまった今、2人の間にこれといった話題がないのは事実なのだ。

 

ここに12歳の年齢差も加わるので、話題探しに脳内を奔走することになる。

 

実際彼らの場合、どんな話も面白いネタとなり、ポンポンと会話が弾む相性のよさがあるのだが、チャンミンはそれに気づけていない(同様にユノも)

 

『ユノさんは、何してますか?』

 

「俺っすか?

今...歩いてます」

 

『でしょうね』

 

ユノの乱れた呼吸が、チャンミンのスマホの受話口から聞こえてくる。

 

「せんせ、もうすぐ休み時間、終わるんじゃないすか?」

 

チャンミンは腕時計に目をやった。

 

「そうした方がいいっす。

ちょっと早いけど、切った方がいいですよね?」

 

『......』

 

「せんせ...あの...」

 

『はい、何でしょう?』

 

「来週の約束...すげぇ楽しみっす」

 

『ぼ、僕も...。

...楽しみです』

 

「楽しみです」の部分は消え入りそうだったため、チャンミンは「楽しみです!」と、ボリュームを上げて言い直した。

 

「せんせからそう言ってもらえると、ますます楽しみになってくるっす。

あ...。

もう切ります。

せんせも次の教習の用意もあるでしょうから...」

 

『えぇっ!?

もう?』

 

そのまま、電話を切ってしまいそうなユノの言いぶりに、チャンミンは慌てた。

 

今夜の約束をしないまま電話を切ってしまうのは寂しかったのだ(自らは誘わないという...)

 

『まだ...6分あります』

 

「そうすけど。

ホントに大丈夫っすか?」

 

ユノは我慢していた。

 

本日の教習もあと1時限、時刻はまだ20時で、仕事終わりのチャンミンと途中で落ち合うことも可能だ。

 

しかしユノは、恋人が『社会人』であることを、異常なまでに特別視していた。

 

(せんせは仕事でお疲れなんだ。

お気楽大学生の俺のペースを求めたらいけない!)

 

学生気分でホイホイと社会人を振り回したらいけないと、お利口さんモードを心がけていた。

 

数カ月近く「好き好き」アピールをしてきたのにもかかわらず、いざ夢が叶ってみると、どう関わり合ったらいいのか途方にくれてしまったユノであった。

 

(せんせの邪魔をしたらいけない。

ガキ臭く我が儘言うとか、絶対にNOだ!)

 

「切りますね。

せんせも...」

 

その直後、ユノの背後彼方でパッと閃光がひらめいた。

 

振り向く間もなく、ドーンと轟音が鳴り響いた。

 

(花火だ...)

 

街の人工照明で空の裾はぼんやり明るいが、花火の明るさの方が断然勝っており、目が眩んで夜空が見えなくなった。

 

超高層ビルはない地方都市。

 

丸ごとの花火が建物の輪郭をくっきり照らし出した。

 

(わあ...)

 

『その音は何ですか?』

 

「あ゛っ...」

 

ユノはチャンミンの問いかけにギクリとした。

 

これは、後ろめたいと思っている証拠だ。

 

チャンミンと電話中であることを一瞬忘れ、花火に感動してしまいそうになっていた。

 

自分は今、チャンミンに内緒で花火大会に来ていることを今さら思い出したのだ。

 

花火会場はユノの家からも大学、自動車学校からも、遠く離れたところにあり、これほどの大音量の花火の音は聞こえるはずはない。

 

つまり、ユノは現在、花火会場の近くに居るということ。

 

花火はボンボン打ち上げられ、とても誤魔化せるものではない。

 

「えーっと...」

 

嘘はいけないと思い、ユノは「花火大会に来てるんす」と答えた。

 

『1人で行っちゃうほど、花火を見に行きたかったんですか?』

 

「そう!」

 

(ちょっとだけ違うけど、認めてしまえ!)

 

「そんな感じです」

 

『よほど行きたかったんですね』

 

疑いをもたないチャンミンに、「せんせ、ごめん」と心の内で謝った。

 

『お友達と一緒じゃなくて、“1人”なんですか?』

 

チャンミンにしてみたら、若者がたった1人で花火を見に行くことが珍しいと思っただけなのだが、ユノの耳には念を押したように聞こえてしまった。

 

後ろめたい気持ちがあった証拠である。

 

ユノは考える。

 

(今はひとりでいるし、そもそもあの集まりには俺はほとんど参加していなかった。

あいつらの後ろを付いて歩いただけだったから...)

 

「はい、1人っす」

 

『そうですか...。

今夜、一緒に行かれなくてすみませんでした』

 

「いや!

謝らないでくださいよ。

仕事なんすから」

 

本来の予定では、今夜の花火大会はチャンミンと行くはずだったのだ。

 

チャンミンの同僚Kが夏風邪をひいてしまったため、チャンミンがKのシフトを受け持ったのだ。

 

「来週の予行演習のつもりっす。

せんせと夜店で何を食べようかなぁ、とか。

下見っす。

来週の会場とは場所が違いますけどね、あは」

 

ユノの可愛い行動に、チャンミンの心はキュンとする。

 

「じゃあね、せんせ。

お仕事頑張ってください」

 

『はい。

ユノさんも、気を付けて帰ってくださいね』

 

「はい」

 

通話を切るなり、ユノのスマホは着信音を鳴らした。

 

「あっれ~、せんせ?

どうしたんすか?」

 

相手はチャンミンだった。

 

『忘れ物をしました』

 

「忘れ物...?」

 

すぅっと息を吸う音が聞こえる。

 

『今夜、会いませんか?』

 

「せんせ...」

 

『仕事の後、会いましょう』

 

思いがけないお誘いに、ユノは心の内で号泣していた。

 

(せんせ、好きぃ~~~~!!)

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(2)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

(あ~あ。

せんせに会いたいなぁ...)

と、呑気にしているユノだったが、今の光景を愛しの彼氏チャンミンに見られたりなんかしたらどうするつもりなのだろうか。

 

ラブコメでは、目撃されることでストーリーが動くお約束になっているのである。

 

(ま、いいや。

来週こそ、せんせとお祭りデートだぁ)

 

今週は駄目でも、花火大会は隣町で翌週開催される。

 

(花火観て、せんせに居酒屋へ連れていってもらって、それから...。

やっべぇー!)

 

 

ここで、“例えば”の展開を想像してみよう。

 

夜間教習中。

チャンミンは教習車から、女の子連れで歩くユノを目撃してしまう。

当然、教習どころじゃなくなるが、曲がりなりにも中堅教習指導員(中年の入り口にも足を踏み入れかけていたりする)

先月、大型自動車教習指導員資格取得試験に合格したばかりのチャンミンせんせ。

はらわた煮えくりかえっているが、平静を装って教習を続けるしかない。

ガチガチにハンドルを握る教習生(19歳専門学校生)に命じて、縁日広場に乗りつけさせ、教習車を飛び出してユノを捕まえ、問いただしたい衝動をぐっと堪える。

自動車学校に到着し、終了チャイムが鳴り終えるなり、チャンミンはスマホを取り出す。

『ユノさん!

あなたは今、どこにいますか?』と、即効電話をかけるだろう。

ここでユノは正直に答えるのか否か。

ユノのことだから、

「せんせ!

お仕事お疲れ様ぁ」と、チャンミンからの電話を呑気に喜ぶだろう。

ケロリとしたユノに、チャンミンはもっと腹を立てるのだった...。

 

...こんな、ラブコメでありがちなエピソードがこの先起きるのだろうか?

 

 

(せんせに電話しよう)

 

ユノは友人グループから徐々に距離を取り、人ごみに紛れる形で完全に離脱した。

 

バックレたのである。

 

(せんせの声が聞きたいなぁ)

 

ユノは後ろポケットからスマホを取り出すと、現在時刻を確認した。

 

(電話、しちゃえ)

 

ディスプレイの発信中番号は、当然チャンミンのもの。

 

『もしもし』

 

2回目の発信音が鳴り終える前に電話に出たということは、チャンミンはユノに電話をかけようか、電話がかかってくるのを待っていたのか、スマホを手にしていたということだ。

 

「せ~んせ。

お元気ですか?」

 

『ユノさん。

僕はまだ仕事中なのです』

 

今日初めて聞くユノの声に、チャンミンの耳たぶがぞくぞくした。

 

恋愛体質で交際相手にはメロメロとろとろになる質のくせに、ユノ相手だとなぜか調子が狂う。

 

今までの恋愛経験から学習したノウハウや、ありがち思考パターン等、役に立たない。

 

これは、入校日の教室で、ユノの「好きです」視線光線を浴びた時から、うすうす気づいていたことだった。

 

『仕事中の電話は駄目ですよ』と忠告する必要はなかった。

 

昼間、電話をかけてくるとしても2日に1回程度、チャンミンの休憩時間か終業時間後を見計らったもので、ユノは飼い主の気持ちまでキャッチできる天才犬のようだった。

 

チャンミンは電話を受けることはあっても、かけることはほとんどなかった。

 

大人の余裕を見せつけているわけでも、意地をはっているわけでもなく、調子が狂っているだけのことだった。

 

調子が狂ったチャンミンは、例えば極端な照れ屋になり、突き放してみたり、物欲しげな言動をとってしまったりと、ツンデレ男子になりがちなのだ。

 

もっと甘えたい、頼って欲しい...でも恥ずかしい。

 

2週間かそこらだから、時間の経過と共に関係性もほぐれてくるだろうと分かっていても、「こんなんじゃ駄目だ」という焦りは止められない。

 

「休憩時間でしょう?

ちゃんと教習1分前には切りますから」

 

『...それならいいですけど...』

と、チャンミンは渋々といった風を装うのだ。

 

『そうだ、ユノさん。

ちゃんとご飯食べましたか?』

 

「もち。

タコ焼きと~、焼きトウモロコシとクレープを食いました」

 

『夕飯のメニューにしては...屋台メシのようですね』

 

(しまった!)

 

ユノは、『屋台メシ』の言葉に、ハッと気づかされた。

 

花火大会に来ていることは、チャンミンには内緒なのだ。

 

祭り会場から数百メートルは離れた場所からかけている電話だから、賑々しい音楽やカラオケ大会の歌声はほとんど遠のいていた。

 

だとしても、油断してしたせいで、ポロリと本当のことを漏らしてしまったのだ(ユノは嘘をつき慣れていない青年である)

 

「あ~、それは...。

腹が減り過ぎて、買い食いしてたんすよ」

 

『そうでしたか。

ユノさんは若いですからね。

お腹も減るでしょう。

でも、もっとバランスの良いものを食べましょうね』

 

つい2週間前まで心労のせいで胃を傷め、頬をこけさせていた者からの説得力のない小言だ。

 

「せんせぇ。

俺、子供じゃないっす」

 

『ふっ、まあ、いいですよ。

今日も元気でしたか?』

 

英語の例文のような質問内容に、チャンミンは自分が嫌になる。

 

『お前と居ると退屈なんだよ』と、過去の恋人に吐かれた言葉に傷ついたことを思い出してしまった。

 

ところがユノは笑ったりはせず、「元気っす、いつも通り」と答えたのだった。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(1)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

カランコロンと浴衣女子たちの下駄の音。

 

一帯はガヤガヤざわざわ騒がしく、浮かれた空気で満ち満ちている。

 

日が暮れても蒸した空気は相変わらずで、肌がベタベタする。

 

彼は耳たぶを蚊に刺されムズムズ痒くて、つまんだり引っかいたりしていた。

 

(あ~、かったるいなぁ)

 

頭数を合わせるために呼び出された花火大会の夜店。

 

客寄せの呼びかけや、醤油やソースが焦げる匂い、発電機のエンジン音、子供を叱りつける親の声。

 

「わっ!」

 

ぽん菓子の爆発音に、彼はまともに驚いてしまい恥ずかしさで周囲を見回す。

 

ぶつからずにすれ違うのもやっとの通りでは、誰も彼のことなど気にはしていない。

 

皆、目を離した途端行方不明になること確定の子供たち、夏休み中にくっ付いた彼氏彼女の顔しか見ていないのだ。

 

(心から花火を楽しむ者などいるのだろうか?)

 

キャッキャとはしゃぐ女子と、彼女たちの背に手をまわし、人混みの中スマートにエスコートしている(つもりの)男友達。

 

女子たちは水飴でコーティングされた串刺しのイチゴやレインボーカラーのシロップかけのかき氷、それから揃ってラムネの瓶を手にしている。

 

(あれは食うためのものではない。

持っている自分を可愛く見せるための小道具なのだ)

 

と、彼は意地悪に思う。

 

男友達はビールのプラカップやねじ巻き状の揚げポテト、割り箸に刺した醤油漬けきゅうり、焼きイカと、極めて俗物的だ。

 

30分後に花火が打ち上げられる予定だからと、鑑賞スポットまで移動している途中だった。

 

(花火に見惚れながらも、互いの指はもぞもぞと近づいて、パッと光が弾け彼女の頬が明るく映し出される...そんでもって、ドーンと轟音をバックにチューをするんだろ?)

 

(俺なんていなくていいじゃん。

今、バックレても分かんないよな)

 

彼は頭数合わせの為しぶしぶ参上したのにも関わらず、肝心の女子が1人欠席したことで、必然的にあぶれてしまった。

 

彼の名はユノ。

 

20歳の元気いっぱい、明るく素直な大学生だ。

 

ユノは心の芯から退屈していた。

 

早く帰宅して、恋人の声を聞きたくてたまらなかった。

 

花火大会とは、デート場所の花形だ。

 

その花形な場所へ、ユノは恋人に内緒で訪れていた。

 

「女子もいるけど、2人きりじゃないからOK」だと判断してしまうユノの甘さ。

 

確かにスケジュールは空いているし、誘われて断る理由もないけれど、グループデートということで一瞬間、返答につまった。

 

その一瞬の躊躇をつかれたユノは、

 

「頼む!

ユノはそこにいてくれるだけでいい!」

と友人に泣きつかれ、嫌々頷いたのだった。

 

つい先日、晴れて交際できるようになった恋人がいるというのに、早速、喧嘩の種をこしらえてしまったユノだった。

 

 

ユノには恋人がいた。

 

恋人とは自動車学校の指導員で12歳年上...まあまあな年の差だ。

 

さらに言うと、男性だった。

 

ユノはノンケ。

 

ユノのひとめ惚れから始まった恋。

 

 

ノンケがゲイに恋をした。

 

ドラマティックである。

 

さて、この夜はせっかくの花火大会だったが、あいにく彼氏は仕事だったため、スケジュールは空いていた。

 

自動車学校の補習代を稼ぐ必要がなくなり、アルバイトも週4日でよくなっていたのだ。

(なぜ補習代を稼いでいたかの事情は『チャンミンせんせ!』を読んでください)

 

スケジュールが空いてたから、渋々承諾した...ユノにしてみたら、それ以上もそれ以下もない単純なことだった。

 

恋人のために捧げる時間は増えたのに、社会人と学生とではフリーな持ち時間に大きな差がある。

 

ユノは恋人に会いたい気持ちを抑えて、彼宅へ突撃することを控えていた。

 

(毎日会いたいくらいだ)

 

恋人の休日に、彼から手料理を振舞われたことが一度あったくらい。

 

(俺の彼氏は、とっつぁんぼうや風だけど、年齢はれっきとした『大人』だ。

大人の色気ぷんぷんの30代。

俺は大人の彼氏に相応しい男にならねばならぬ!)

 

2人が付き合い出してまだ2週間だ。

 

健康な肉体を持つ青年2人が恋人同士になって、何もないとは信じられないかもしれないが、2人は唇同士のキスはおろか、2秒以上のハグひとつもしていないのである。

 

 

(つづく)

[maxbutton id=”23″ ]