(10)僕を食べてください(BL)

 

 

~揺さぶられて~

 

 

「ちょっと待って」

 

寄せた僕の唇を押しのけて、ユノは立ち上がるとケーブルドラムの上に置いた白い水筒の中身を飲んだ。

 

「水筒を買ってくれてありがとう。

便利だね、蓋が閉められるからこぼれないし。

冷たいものがいつでも飲めるし」

 

マットレスに腰を下ろした僕の元まで戻ってくると、点けっぱなしだった懐中電灯のスイッチを切った。

 

僕らは暗闇に包み込まれた。

 

 

 

 

 

僕の耳にふぅっと息が吹きかけられた。

 

「は...ぁ...」

 

僕の耳たぶが軽く咥えられ、耳の穴に舌が差し込まれた。

 

「あ...」

 

ぞわっと鳥肌がたった。

 

ユノの頬を両手で挟んで、唇を重ねた。

 

ユノの顎まで覆ってしまうほど大口を開けてできた空間で、互いの舌を絡めた。

 

唇を離して、ユノの舌を頬張り吸う。

 

僕の唇の間から舌を抜いたユノは、

 

「チャンミン...どこでそんないやらしいキスを覚えたんだ?」

 

と言って、今度は僕の舌を咥えこんだ。

 

「ん...ふ...」

 

ユノを押し倒そうとしたら、「待て」と僕を制した。

 

衣擦れの音から、ユノは着ているものを脱いだようだった。

 

僕も慌てて服を脱ぐ。

 

あまりに暗すぎて、互いの身体は見えない。

 

横たわったユノの上に、僕は覆いかぶさる。

 

片肘で上半身を支えながら、ユノの身体の凹凸を把握しながら、手の平で撫ぜた。

 

初めてユノの生肌に直接触れた。

 

体毛もなく、滑らかな触感に感動した。

 

手の平を押し返す筋肉の弾力と、固く頑丈そうな腰骨に僕の体内が沸騰してきた。

 

見えないからこそ、感覚が研ぎ澄まされる。

 

ひんやりとしたユノの肌と興奮で火照った僕の肌が重なった。

 

ユノの両腕が僕の脇から背中へまわされ、お尻を撫ぜ上げたりきつくつかんだりし、ぞくぞくと気持ちがいい。

 

ユノの首筋に唇をつけ、軽く吸い付いた。

 

僕もユノのお尻をすくいあげるようにして揉んだり、指を離してふるっと拡がる感触を楽しんだ。

 

唇を付けたまま、鎖骨をたどってユノの胸先を口に含む。

 

これも初めてだ。

 

舌触りで、その形と硬さを感じた。

 

前歯で軽く、ほんの軽く噛んでみたら、ピクリとユノの身体が震えて、それが嬉しくて、興奮を誘った。

 

ユノの太ももに僕のものが擦れて、あふれ出る先走りが潤滑剤となって、ますます気持ちがいい。

 

「あっ...」

 

僕のものがユノの手で柔く握られ、ゆるゆるとしごかれた。

 

「あ...ぁ...」

 

恥ずかしげもなく漏らす自分の喘ぎ声に、興奮した。

 

ユノを愛撫する余裕が、全くなくなってしまった僕。

 

もう、待てない。

 

ユノの下へ手を伸ばし、はっと驚くほど硬く硬く成長したものを握った。

 

「挿れて?」

 

脈打つそれはあまりに大きくて、これが僕の中を貫くのかと想像すると、恐怖と期待の狭間で...とてもドキドキする。

 

直後、ユノの上になっていた僕は、くるりとひっくり返されて仰向けにさせられた。

 

「膝を抱えて」

 

「え...?」

 

「膝を押さえているんだ」

 

ユノに促されて、両膝を胸に引き寄せた格好にさせられる。

 

恥ずかしすぎる体位なのに、お尻を突き出して「ここに挿れて欲しい」と懇願できた僕だったから、躊躇なく全てをさらけ出せるのだ。

 

「...うん...いい感じだ。

チャンミン...お前はとことんいやらしい男だなぁ。

この柔らかさ...普通じゃあり得ないよ」

 

ユノの指が、僕のナイーブな箇所を突いた。

 

「...んんっ」

 

「穴なんか...ひくひくしてるぞ?」

 

指先で円を描く。

 

「...ん...だって...」

 

「挿れられる為にある穴だなぁ」

 

そうだよ、早く挿れて欲しい。

 

「ああっ、あぁぁっ!」

 

ぷすりと堅い何かが差し込まれ、冷たい何かが僕の中に注入された。

 

「何っ?

何...!?」

 

流れ込む冷たい何かで腹底が満たされた。

 

「冷たかった?

ローションだ。

じきに温まるよ」

 

「...っ!?」

 

「穴を閉じてろ。

こぼれるだろう!」

 

「...だって...無理...!」

 

カランと音をたてて転がった物を目にしてしまい、僕はぞっとした。

 

嘘だろ...あの中身を全部、僕の中に入れてしまったんだ。

 

「垂れてるだろうが!

締まりの悪い尻だな!」

 

バチンとお尻を叩かれた。

 

その熱さと痛みに声をあげそうになるのを、歯を食いしばってこらえた。

 

直後、快感の電流が背筋を駆けのぼる。

 

叩かれて気持ちがいいだなんて、僕は変態だ。

 

「...んっ...」

 

漏れださないよう、必死で入り口に力を込めた。

 

力を抜くととろりと溢れてしまい、ユノにお尻を叩かれた。

 

ユノの両膝で僕の腰が持ち上げられた。

 

「ご希望のものをあげるよ」

 

緊張と期待でバクバクする心臓、上ずった呼吸を整えるため、深呼吸した。

 

「んん...っ、あっ、ああぁぁぁ!」

 

ずぶずぶとめりこむものに、未知の感覚に僕は怯えた。

 

「きつっ...!」

 

ユノの舌打ち。

 

めりめりと音がしそうだった。

 

ユノの低い唸り声。

 

「...大丈夫か?」

 

「うんっ...うん...だ、いじょうぶ...」

 

僕は大きく息を吸って吐いた。

 

根元まで沈めて、ユノはそこで動きを止め、もう一度「大丈夫か?」と僕に尋ねた。

 

「チャンミン、触ってみて、ここ」

 

膝を抱えたままの僕の片手をとって、ユノに誘導された箇所を触れてみる。

 

「...すごい」

 

「チャンミンの中に全部入ってるよ。

分かる?」

 

ユノの固く平らな下腹部と柔らかな毛、その下の太い根元が僕の中に埋められている。

 

「すごいね、チャンミンのここは。

俺のを突っ込まれてるんだよ」

 

僕の入口はユノのもので目一杯押し広げられていて、こんなに大きなものが刺さっているなんて...。

 

「動かすぞ」

 

「...うんっ」

 

僕の膝裏をつかみ、腰を前後に揺らし始めた。

 

ぐっぐと突かれる度に、腹底が押し上げられて苦しい。

 

くちゃくちゃとねばついた音が、静寂の場内に響く。

 

目がきかない暗闇で、ユノの荒々しい呼吸と僕のため息、マットレスの軋む音が、過敏な僕の聴覚を刺激する。

 

音だけで感じてしまう。

 

苦しい...苦しいけど、熱くて気持ちがいい。

 

滑らかに絡みつくユノの固さを味わい尽くそうと、感触に集中する。

 

美しいこの人を取り込む幸せを、穢され征服される悦びを味わい尽くす。

 

違和感と圧迫感が、快感に変わる瞬間をキャッチする。

 

「あっ...あっ...あっ、あっ...」

 

ぐりぐりと睾丸の裏側を刺激されて、僕はのけぞった。

 

なんだ、これ...やばい...。

 

気持ちいい。

 

ユノの首にしがみつく。

 

マットレスのスプリングの弾みを利用して、ユノはリズミカルに腰を振る。

 

「はぁ...はぁ...」

 

ユノが放つ甘ったるい香りを胸いっぱいに吸い込んだら、快感は増して頭の中が真っ白になった。

 

突き刺される角度を変えたくて、ユノの腰にぶらさがる。

 

「どう?」

 

「...っうん...いいっ...いい...すごく!」

 

「いい子だ」

 

尻の割れ目から垂れ落ちるものは、僕の中で温められたローションだ。

 

ユノのものが出入りする度、たらりたらりと溢れ出る感覚も、僕の欲を煽った。

 

「チャンミン...いい、いいよ。

お前の中は...最高だ」

 

ユノの低く、上ずった声。

 

たまらなくなって、ユノの頭を引き寄せて口づける。

 

「あっ...!」

 

先を握られ僕の背がびくりと震えた。

 

僕の内ももを濡らすものをなすりつけ、輪にした指でくびれの部分ばかり刺激される。

 

「はぅっ...」

 

のけぞる僕を、強靭なユノの腕で封じられる。

 

穴奥の刺激に、先端の刺激が加わって、快感を逃すコントロールがきかなくなってきた。

 

「...やっ...ダメっ...」

 

ユノは唇から離すと、僕の乳首に吸い付いた。

 

「くっ...駄目、駄目だって!

イっちゃうから...離せっ!」

 

ユノを押しのけようと腕をつっぱったが、彼の力は凄まじい。

 

「怖い...怖いっ!」

 

3方向から攻められて、強すぎる快感に足元をすくわれて足場を失い、どうにかなってしまいそうな恐怖に襲われた。

 

「怖い...怖い...やっ...やめてっ...もう!」

 

僕の懇願を完全に無視したユノは、顎をつかみ、歯を食いしばる僕の口をぴったりと覆った。

 

息継ぎが出来ず顎を緩めた隙に、ユノの舌が侵入してきた。

 

ユノの舌を追いかける余裕もなくて、なぶられるがままでいた。

 

ずるりとユノの口内に舌が引きずり込まれたかと思うと、甘噛みされる。

 

(噛まれる!)と覚悟したら、案の定、ユノの歯が瞬間的に食い込んで、パッと口の中いっぱいに血の味が広がった。

 

どちらが流した血か分からないくらい、口内を混ぜあう行為で、僕の下半身へ流れ込む血流が増したようだ。

 

ぐっと睾丸がせりあがってきたのが分かった。

 

「も...うっ、駄目...駄目!」

 

限界が近づいてきた。

 

「イっちゃうイっちゃうイっちゃう!」

 

まぶたの裏に赤い光が瞬く。

 

「いい...チャンミン...いいよ...」

 

ユノの首にかじりついていられる余裕を失った。

 

射精まで、あと少し。

 

ユノの腰のスライドが激しくなった。

 

がくがくと揺さぶられた...玩具のように、がくがくと。

 

ユノの腰を抱えた足首に力がこもる。

 

股間の筋肉が収縮した。

 

「イくっ...イくっ...くっ......!」

 

ふるふるっと腰が震えた。

 

そして、僕の上にユノの身体が崩れ落ちた。

 

 

 

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(9)僕を食べてください(BL)

 

 

~絶頂の末~

 

 

鉄骨に寄り掛かって立った僕の膝が割られた。

僕は抵抗もせず言葉も発せず、ユノになされるがままだった。

僕の中に挿れて欲しくて仕方がなかった。

昨日味わった、ユノの2本の指が生んだ快感をもう一度味わいたい。

ユノの手首をつかんで、僕の尻に導く。

全身の血流が脈動する音が、うるさいほど感じられて、まるで全身が心臓になったかのようだ。

もつれる指でウエストを緩め、下着もデニムパンツもまとめて膝まで下ろした。

 

「挿れて...挿れてよ...!」

 

尻を突き出して懇願した。

 

「昨日の今日には無理だよ」

 

「いいから...!」

 

切羽詰まった僕の口調に、ユノは呆れたように言う。

 

「焦ってできるものじゃないんだ」

 

「あ...!」

 

ぴとり、と僕の敏感な箇所に、ユノの冷たい指先が押し当てられた。

 

「ふっ...ううぅ...」

 

自分でも初めて聞くような、低い唸り声が出た。

 

「...力を抜け」

 

「...ぅん...」

 

大きく息を吐くごとに、僕のあそこはユノの指を飲み込んでいく。

 

「いい子だ」

 

「...はぁ...あぁぁ...」

 

「昨夜...自分でいじった?」

 

「......」

 

その通りだ。

昨日、ユノの指は僕の肉体に潜んだ...ユノと出逢わなかったら決して暴かれることのなかった...スイッチを押した。

ユノの指を想って、あの時の記憶を手繰り寄せようと、自身の指をあそこに埋めてみた。

固く閉じた入口に、そうだよな、そう簡単には受け入れてくれないことくらい、経験のない僕だって知っている。

それなのに、ユノの侵入はあっさりと許して、ひと撫ぜだけで昇天しそうになった。

ユノに触れられると、僕の全身から力が抜け、彼の全てを受け入れてしまうのだ。

どうしても奥まで届かない。

僕のぎこちない指使いじゃ、ぞわりとした痺れを覚えただけで、全然足りなかった。

欲だけはふつふつと沸くばかりで、欲求不満ばかりたぎらせて、悶々とした夜を過ごしたんだった。

 

「...っぐっ...!」

 

ぐるりとかき回されて、おかしな呻きを漏らしてしまう。

 

「っぐ...ん...」

 

この苦しい感じは...2本どころじゃない。

 

「すごいね、チャンミン。

2日目でこんなに柔らかくなって。

普通じゃないよ。

...やらしいね」

 

辱める言葉に、僕の中はユノの指を締め付けるのだ。

 

「うねってる...。

チャンミンのここは、女のものみたいだ」

 

ひやりとしたユノの頬が重なり、囁かれる。

 

「4本目...は、苦しいかな?

もっと深くかがめよ」

 

ユノの命令に従い、一歩後ろに下がり頭を落として尻を突き出した。

僕の後ろがどうなっているのか...押し広げられた口にふぅっと息を吹きつけられて、背筋が震える。

前がどうなっているのか...確かめる余裕はない。

僕の中でユノの指は巧みにうごめく。

 

「...んあっ...あー!」

 

一か所、意識がとびそうになる箇所があって、僕の反応を愉しむかのように、不意打ちにそこを刺激する。

 

「あ、ああぁぁっ...あっ、ああぁぁ...!」

 

かと思えば、そこばかりをぐりぐりと刺激されて、場内に僕の叫び声が響き渡る。

 

「はあ...はぁ...もう、ダメ...やめて...ダメ...もう」

 

がくがくになった膝に、立っているのがやっとだった。

 

「突っ込んでやりたいところだけど...」

 

つかんでいた鉄骨を離してしまい、支えを失った僕はユノによって抱きとめられた。

 

「可哀想に...」

 

おどけているのか、憐れんでいるのか、ユノに頭を撫ぜられた。

ユノの胸に頭をもたせかけ、乱れた呼吸を整えた。

涙と鼻水を拭われて初めて、泣きじゃくっていた自分を知ったのだ。

快感が涙腺を緩ませたのだろう。

 

「指だけでこんなになっちゃって...可哀そうなチャンミン」

 

ユノに抱き上げられた僕は、あの場所...マットレスまで運ばれる。

 

「悪いけど、俺は残酷だから、こんな程度で解放してやるつもりはないんだ」

 

マットレスに下ろされ、膝まで落ちたボトムスを引き上げた。

 

「...あ」

 

ぺちゃりと腹を濡らすもの...Tシャツの裾に気付き、どうやら僕はいつの間にか達していたようだった。

前を刺激しないでイクことができるなんて...驚きだった。

 

「...これ、どうした?」

 

ユノの指が、僕の腕に巻かれた包帯に触れた。

 

「ああ、これは...」

 

昼間トタン板にひっかけて傷を負った件を話すと、ユノは

 

「包帯を外して見せて」

と、耳を疑うようなことを言った。

 

「チャンミンの怪我をしたところが見たい」

 

(やっぱりユノは頭がおかしい人なのかもしれない。

傷口が見たいだって?)

 

「見せて」

 

僕の隣に腰を下ろしたユノへ、怪我をした腕を差し出した。

そして、懐中電灯で自分の腕を照らしながら、包帯をゆっくりと解いていくユノの指の動きをくいいるように見た。

 

「眩しい!

照らすな!」

 

苛立ったユノの声に、僕は慌てて懐中電灯の向きを脇にずらした。

テープを剥がすため、皮膚に爪が立てられる感触に鳥肌がたった。

僕の傷に触れないように ひと巻きひと巻き包帯を解いていく行為を官能的だと思った。

ユノのまつ毛が震え、瞳がキラキラと光っていた。

ユノの温かい息が僕の腕にかかり、さらに鳥肌がたった。

傷を覆っていたガーゼが取り除かれた時、ユノの瞳の色が濃くなったような気がした。

あさってを向いた懐中電灯の乏しい灯りのもとだったから、なんとなくだけれど。

まだじくじくと血がにじむ傷口が、ユノの食い入るような視線にさらされて、僕は猛烈に興奮した。

ユノの白い喉が、ごくんと波打った。

ユノとぴたりと視線が交錯した。

吸い寄せられるように、ユノに顔を近づけたけれど、すんでのところで思いとどまった。

先刻、お尻を突き出し挿れてくれとねだったはしたない自分、下半身に支配された自分を恥じていたからだ。

キスなんてしたら、止められなくなる。

その代わりに、僕はユノに対して抱いている疑問をひとつひとつ、解消させることにした。

 

「ユノは...、ここに住むの?

電気も通っているみたいだし」

 

「そうだよ。

別荘代わりにするつもりだよ。

来週には工事が入る。

こんな状態じゃ...」

 

ユノはぐるりと見渡して、首をすくめた。

 

「あまりにも、酷すぎるだろう?

シャワー・ルームもトイレもない。

それじゃあ、チャンミンも困るだろうし。

汁をいろいろと...出しちゃうだろ?」

 

暗いから、カッと顔が熱くなった顔をユノに見られなくて助かった。

 

「ま、いざとなれば下で水浴びすればいいよね?」

 

ユノは裏手の方を立てた親指で指した。

 

「川。

子どもみたいに川遊びできるんだよ。

楽しそうだなあ?」

 

「う、うん。

ユノは...どこに住んでたの?」

 

「世界中、あちこち」

 

「結婚は?」

「独身」

 

「いくつ?」

「いくつに見える?」

 

「僕と同じくらい?」

「そう見えるだろうね」

 

「仕事は?」

 

僕とそんなに年齢が変わらなさそうなのに、高級車とこの建物を買ったか借りるかした資金力について気になっていた。

 

「投資」

 

「トーシ?」

 

「株とか、為替とかいろいろ。

あそこのスーツケースを持っておいで」

 

僕は立ち上がって、壁際に置かれた白いスーツケースを引きずってきた。

相当な重さで、傷を負った腕がひきつれるように痛んだ。

 

「開けてみて」

 

パチンパチンとロックを外して開けた中身を見て、絶句した。

 

「なんだよ、これ...」

 

隙間なく紙幣が詰められていた。

 

「当座の生活資金。

生きていくには、何かとお金がかかるだろう?」

 

「それにしたって...」

 

「欲しければ、いくらでも持っていっていいぞ」

 

「馬鹿にするな!」

 

そりゃあ、僕が呑気に学生をやっていられているのも、両親の事故によって支払われた賠償金のおかげだ。

でも、年をとっていくばあちゃんの面倒も、あちこちガタがきている家もいずれ何とかしなくちゃならないから、余裕はないのだ。

僕を弄ぶ代わりの代償か?

行きずりに出会った『セフレ』に?

僕らは、ただヤるだけの関係なんだろうか...。

...そうだろうな。

複雑にこんがらかった気持ちの処理に困って僕は、ユノの肩に腕をまわした。

僕の我慢も小一時間が限界だった。

 

(つづく)

(8)僕を食べてください(BL)

 

 

~欲しいのは指だけ?~

 

小さな車を運転して、僕はばあちゃんちに戻った。

ユノはレジ袋から水筒とローションボトルだけを抜き出すと、「じゃあな」と僕に手を振って廃工場へ入ってしまった。

ユノの正体についてさっぱり分からないことばかりだけど、少しずつ聞き出せばいいや、と思った。

ユノと抱き合えるのなら、今は満足だ。

食料品を冷蔵庫におさめた後、着古したジャージに着替えて車庫に向かった。

見上げると確かに、錆びきった波トタンからいくつも光が漏れている。

ばあちゃんちは古ぼけていて、どこもかしこも壊れているんだ。

車庫内の物置棚の片づけに取りかかった。

雨水でふやけきった段ボール箱は、抱えるだけで底が抜けそうだった。

絶望的な状態なもの以外は、収納ケースへ中身を移しかえていく。

「あ...」

箱の底から発見されたのは、カビだらけになったワインレッドのハンドバッグだった。

亡くなった母の持ち物だ。

地域で行われた納涼祭りの帰り道のことだ。

両親と僕が乗った車と、対向車線を大きくはみ出した時速120キロの車とが正面衝突した。

この辺りの道路はS字カーブが続く峠道で、運転テクニックを試したい走り屋たちの格好のコースになっている。

100メートル後方の橋の欄干にぶつかるまで押された後、レスキュー隊が到着するまで持ちこたえられなかった僕らの車は、15メートル下の河原に落下した。

引き上げられた車内には父の遺体と瀕死の母だけで、後部座席にいるはずの僕がいなかった。

車外に放り出されて川底に沈んでしまったのだと落胆の空気が漂ったが、河原の灌木の陰に、丸まって眠る僕が発見された。

額を切って頬やシャツを赤く染めていたが、それ以外は無傷だった。

どうやって車外へ出られたのか、と大人たちは首をかしげていた。

衝突の瞬間、車外に放り出されたのでは、とか、墜落する前に自力で窓から抜け出したのではとか、結論付けられた。

前髪の生え際には、その時の傷跡が残っている。

小学生だった僕は、事故直後の混乱ぶりをなんとなく覚えている。

点滅する赤いランプと、クレーン車がたてる轟音、駆けつけたばあちゃんの叫び声。

病院の床に土下座をする青年たちに、怒号を浴びせる親せきの伯父さん。

輸血液が足りないと、近所のおじさんやおばさんたちが駆り集められていた。

同級生のお母さんたちの、沢山の同情の言葉。

母は2日後に息を引き取った。

僕の母は、ばあちゃんの娘にあたる。

僕の親代わりとなったばあちゃんは必死で、娘の死を悲しむ間もなかったと思う。

思い出を封印するため、目につく場所から母の持ち物を一掃した。

ばあちゃんは、何もかも段ボール箱に詰め込んで、車庫の片隅に押しやってしまった。

これら車庫に積み上げられ、10年以上放置されたものを、僕は片付けている。

今僕の手の中にあるハンドバッグを、河原で発見された当時、僕は胸に抱きしめていたそうだ。

このバッグのことを、今の今まで忘れていた。

ばあちゃんったら、形見に近いこのバッグまでこんな場所に置いていたなんて。

思い出を詰め込んだ収納ケースを僕の部屋の押入れまで運び、ごみ袋は車庫の脇にまとめた。

開け放った居間の掃き出し窓に腰かけ、よく冷えた缶ビールをあおった。

生まれ育った懐かしい家にいるのに、もっとばあちゃんを気遣わなければならないのに、ユノのことばかり考えていた。

数時間前に別れたばかりのユノが、恋しくてたまらなかった。

今日一日で、3度もユノに絞り取られた僕だったから、さすがにもう下半身の疼きはない。

それでも、ユノに会いたかった。

 

 


 

「チャンミンが作ってくれたのか?」

 

「うん。

さすがに猪鍋はキツイと思って」

 

ばあちゃんは美味そうに、肉野菜炒めとわかめスープを食べてくれた。

食後、ばあちゃんにお茶を淹れてやりながら、さり気なく質問した。

 

「ばあちゃん、Tさんの鉄工所ってあっただろ?

借金があったとか、後継ぎがいないとかの理由で、廃業したところ」

熱いお茶をゆっくりと飲みながらばあちゃんは、思い出そうと視線をさまよわせていたが、何度か頷いた。

 

「ああ、そんなことあったね」

 

「あそこって、今誰か住んでたりする?」

 

「やっと引っ越してきたのか?」

 

「やっと?

どんな人?」

 

「さあ。

芸術家だか、その後援者だかが、買い取ったって噂だよ。

作品を作るのに、ああいう広い建物がいいとかって、アトリエにするんだと。

でも、ずいぶん前の話だよ。

買ったものの、不便なところだから住むのは諦めたんだろう、ってみんな話してた。

あそこがどうした、チャンミン?」

 

「いや、あそこの前を通りかかったから」

 

廃工場を購入したのはユノなのだろうか?

 

「その誰かが買ったって、いつの話?」

 

「そうだねぇ...」

 

ばあちゃんは思い出そうと、しばらく目をつむって唸っていたが、

 

「10年は昔の話だよ」

と言った。

10年か...。

その誰かが買ったあの建物を、ユノは借りるか買うかするつもりなのだろうか。

ユノの愛車といい、彼は経済的に余裕がありそうだ。

謎だらけのユノ...色気の塊みたいなユノ...。

ユノに会ったとたん、肉体の全てを捧げ出したくなってしまう僕。

わずか2日で、僕はユノにのめりこんでいる。

ユノに会いたかったけど、今夜の僕の下半身はもう、使い物にならない。

心の通い合いはまだ、ない。

ユノに差し出しているのは、僕の身体だけ?

僕が欲しいのは、快楽をもたらすユノの手指だけ?

そう言いきれない自分がいた。

 


 

翌日。

廃屋レベルに壊れかかった車庫を、少しでもマシな状態にしようと、ごたごたと放置されたガラクタを片付けることにした。

軍手をはめて、劣化して穴のあいたプランターや、廃棄しそびれた灯油ストーブ、僕がかつて使っていた子供用自転車など、もっと早いうちに捨てるべきだったものを、取り除いていく。

斜めにぶら下がってしまった波板トタンを、真っ直ぐに直そうとした時、

 

「あっつ!」

 

トタン板の鋭くめくりあがっていた箇所に、腕をひっかけてしまった。

カッと熱い激痛が走った後、スパッと切れた傷口から血が流れた。

ばあちゃんは酷く心配して、医者に診てもらえと譲らなかった。

診療所で消毒をしてもらい、その後、ばあちゃんの買い物に付き合ってやった。

遠くのホームセンターまで向かって、雨漏りする屋根の応急処置として養生シートなどを購入した。

その帰り道、昨日遭遇した同級生につかまって食事に誘われた。

解放されたときには夕方になっていた。

「飲みに誘われちゃって」と、ばあちゃんに電話を入れる。

 

「帰りは?

車は運転できないだろう?」

 

「飲めない奴も一緒だから、送ってもらうよ」

 

ユノに会いたくてたまらなかった僕は、はやる気持ちを抱えて廃工場へ向かったのだった。

夕暮れから夜への狭間の時刻で、足元はまだ明るいけれど、建物を囲む木々は闇に沈んでいる。

ここには外灯などないから、グローブボックスから懐中電灯を取り出した。

廃工場に繋がる小道脇に車を停めると、蛙の鳴き声に包まれ、手足に群がる羽虫をよけながら、砂利道を歩く。

既に僕のあそこは熱くなっていた。

いやらしい奴だ。

なんて僕は、いやらしい男なんだ。

やりたくてやりたくてたまらないだけの、性欲の塊だ。

ユノを求めるこの感情は、肉欲によるものだけなのか?

今の僕がはっきりと言い切れることは、とにかくユノに触れたいということだ。

 

 

シャッターが下まで閉まっていた。

工場脇を見ると、ユノのX5は停まっている。

裏手まで回って裏口のドアのノブをまわすと、開いた。

 

(よかった)

 

ホッとして足を踏み入れたが、中は真っ暗だった。

 

暗くて当然だ、電気が通っていないんだから...。

いや、違う。

ユノが僕に冷たいミネラルウォーターを投げて寄こしたことを思い出した。

あちこちに横たわる鉄の塊に、ぶつかったり脚をひっかけたりしないよう、懐中電灯の乏しい灯りを頼りに進んだ。

薄闇の中で冷蔵庫の白が浮かび上がっている。

電源が来ている...ということは、電気工事は済んでいるのか。

冷蔵庫の扉を開けようとした時、

 

「!」

 

僕の肩に手がかかった。

その力強さに、一瞬で体の向きが180度変わって、背後にいたユノと対面した。

 

「びっくりした!」

 

足音もしなかったし、気配も一切感じられなかった。

 

「そろそろ来るんじゃないかと、思ってたんだ」

 

懐中電灯の灯りに照らされて、ユノの眼が赤く光っていた。

 

「眩しいよ」

 

「ごめん」

 

ユノの顔に向けていた懐中電灯のスイッチを、慌てて切った。

途端に視界が暗くなって、ユノの顔もぼんやりとしか判別できなくなった。

ユノの腕を掴んだ。

暑いくらいの気温なのに、ひんやりと冷たい肌だった。

 

(もう...駄目だ...我慢できない...)

 

自分の方に引き寄せて、ユノの首筋に吸い付いた。

ユノの冷えた皮膚に、僕の体温は吸い取られていく一方のはずなのに、欲にかられた僕はどんどん熱くなっていく。

反して、ユノは口角だけを上げただけの微笑みをたたえている。

首筋から唇を離して、間近に迫ったユノの表情を窺った。

暗くて瞳の色はわからないけれど、しんと醒めた眼差しをしているのだろう。

 

「そんなに俺に会いたかったの?」

 

ユノの手の平が、僕の耳のうしろに差し込まれた。

僕は頷いた。

 

「得体のしれない不気味な俺でも...。

チャンミンは、いいわけ?」

 

いいのか、悪いのか、そんなこと今はどうでもいい。

ユノの腕をとって、奥に据えられた白いマットレスを目指す。

何が何でも今すぐ、ユノによって乱されたい焦燥に駆り立てられていた。

昨日、ユノのX5の中でもたらされた、狂気に満ちた快感をもう一度味わいたかった。

ユノが漂わす香りがあまりにも甘くて、酔っぱらったかのようになった僕は、鉄くずのひとつに足を引っかけてしまった。

 

(危ない!)

 

大きくつんのめってしまい、転倒する間際に、鉄骨にしがみついた。

廃工場を斜めに横切るように放置された、巨大な鉄骨だ。

僕はそれにしがみついた。

ひんやりとしていて、ざらざらした表面、鉄臭さ。

背中から抱きしめられた。

ユノは僕のウエストに腕をまきつけて動きを封じると、僕を振り向かせ唇を覆いかぶせた。

 

「ふ...ふっ...」

 

ユノの唇に重ねる。

軽く触れて、すぐに離す。

また重ねる。

(つづく)

(7)僕を食べてください(BL)

 

 

~埋められた指~

 

 

ユノはそそり立った僕のものを、ゆらゆらと揺らした。

ユノの指が僕の先端から離れると、糸が引く。

 

「挿れたいか?」と僕に問う。

 

「ああ」と僕は答える。

 

拒むわけない、僕が待ち望んでいることだから。

 

「挿れたいって...どこに挿れたいの?」

 

「...っ」

 

欲の炎でぎらついた目をしたユノに問われ、僕は言葉を失ってしまうのだ。

僕に厭らしいことをしてくるくらいだから、ユノは男同士の行為に馴れているものだと思っていた。

僕の方も何ら、抵抗はない。

だから僕は、ユノを太ももの上に座らせて「ここに」と言って、彼の尻の割れ目を指でなぞった。

 

「そっか...チャンミンは挿れたいんだ」

 

ユノはにたりと笑うと、僕の首に両腕を回した。

僕はユノの顎をつまんで唇を開かせると、舌を伸ばして彼の口内を探った。

口づけながら、ユノのボトムスのボタンを外し、ファスナーを下ろす。

緩んだウエストから片手を滑り込ませて、ユノのすべらかな腰の奥の奥を探った。

 

「慌てるなって」

 

今まさにユノの入口に指がかかったとき、僕の手首ははねのけられてしまった。

 

「俺たち...凄いことになってるよ?」

 

ユノの視線の先につられて真下を見下ろした時、目に飛び込んできた光景にくらくらしてしまう。

天を向くユノのものと僕のもの。

似たようなシチュエーションは初めてではない。

お互いが初めて同士で、直前で怖気づいてしまった僕のせいで、場が白けてしまったのだ。

同級生の尻を前に、僕のものは急速に萎れてしまった。

僕の膝にまたがるユノ。

前だけを寛げたところから、さらけ出されたユノ自身。

ユノはとても...興奮している...僕以上に。

ユノの尻にまわした僕の手は震えていた。

僕は...うまく出来るのだろうか。

 

「どうする、チャンミン?

俺たち...こんなだよ?」

 

ユノは自身のものを揺らして、僕のものをとんとん叩く。

 

「...っ」

 

「チャンミンは、挿れたいのか?」

 

「...うん」

 

「お前...俺の尻に突っ込みたいわけ?」

 

こくりと頷く僕に、ユノは唇の片端だけゆがめて、再びにたりと笑った。

妖しくて美しいダークブルーの瞳。

 

「その前に...俺のも満足させてくれよ?

しごけよ」

 

そう言って、握らされたユノのもの。

その太さと固さに、僕の喉はごくりと鳴る。

自慰の時のように、手を動かしたんだけど...。

 

「下手くそ。

そんなんじゃ、いつまでたってもイケないよ」

 

ユノの言葉に、僕はぎくりとして彼を見上げた。

 

「ごめん...」

 

ユノをがっかりさせてしまったと、僕の顔はしょげ返った。

ユノは僕の上から降り、僕の腰をつかんだかと思ったら、今度は僕の方が彼の両腿にまたがっていた。

 

「こうやるんだよ」

 

ユノは人差し指をしゃぶって、それにたっぷりと唾液をまとわせた。

この後の展開が読めず、唾液でぬめぬめとした人差し指から目が離せずにいた。

 

「あっ...!?」

 

腰にまわされた両手が、僕の両尻を左右に押し広げたんだから、驚いてしまう。

ユノが何をしようとしているのかが分かった。

 

「なにすっ...!」

 

「チャンミンにやり方を教えてやるんだよ」

 

「やっ...駄目だっ...そんなっ...!」

 

そして容赦なく、僕のそこでグネグネと指先をうごめかすのだ。

 

「駄目っ、汚い...っから!」

 

ぞわぞわとその一点から、悪寒のようなものが走る。

 

「何で僕が...ここをっ...!?」

 

くすぐったいのと、未知への恐怖と慣れない感触に、僕のものは急速に勢いを失っていく。

挿入するのは僕の方だと決めてかかっていたから、ユノに尻をいじられるなんて予想外の流れで、ついていけないのだ。

 

「気持ちよくさせてやるよ」

 

腕をつっぱっても、膝から降りようとしても、どんなに抵抗しても、僕の腰を抱えたユノの力は凄まじいのだ。

びくともしない、とはこういうのを言うのだろう。

僕はもう、観念して、虎ばさみにかかった動物のように、ユノに身を預けることにした。

尻をいじられるなんて、おかしな展開になってしまったけど、ユノは経験豊富に見えるし、彼に任せていればいい、きっと...きっと、いい思いをさせてくれる。

それにしても、尻を触られるなんて...初めてだ。

未だ経験がないのだとしても、挿れるのは僕のはずだったから。

途中何度か唾液を足しながら、入り口を緩めていくユノの指。

差し出されたユノの人差し指を...僕の穴に突っ込んでいた指...僕は何の躊躇もなく咥えた。

 

「いい子だ」と、ユノはふっと優しい微笑を見せると、僕の唇を塞ぐのだ...まるで穢れた僕の口内を清めるように。

尖らせたユノの舌を、僕は咥えて前後に頭をスライドさせる。

ユノの首筋からあの甘い香りが、ふわっと漂った。

僕はギュッと目をつむり、それを胸いっぱいに吸いこんで、頭の芯がしびれるのに任せた。

ぺちゃぺちゃと湿った音が、車内に満ちる。

時折、車が通り過ぎる。

 

「...チャンミンのここ...慣れてないね。

自分でいじったこと...ないの?」

 

僕は勢いよく、首を左右に振る。

緩みかけた穴に、ユノの指先がじりじりと埋められていく。

 

「...っ...ふ...ああっ...駄目」

 

尻から広がる感覚に変化が訪れるまでに、大した時間はかからなかった。

いつの間にか僕は、甘い悲鳴をあげているのだ。

ユノの指に合わせて、僕は全身をビクビクと震わせていた。

なんだ...この感覚は...!?

 

「...ひゃ...あ...あ、あ、あ、あ、あ...」

 

苦痛に近いんだけど、痛いわけじゃない。

ユノの冷たい指が、僕の中へ逆流していく。

 

「...んぐっ...ダメっ...奥...もうダメ」

 

「大して挿ってないぞ?

これくらい...ビビるなよ」

 

「違っ...怖くはっ...ない...!」

 

「これは?」

 

直後、目の奥が真っ白になって、僕の身体は激しく跳ねる。

 

「あああっ...ん!」

 

直に触れたらいけない場所を...例えば、喉の奥を、内臓を触られたような。

 

「...チャンミン。

素質があるなぁ。

ホントにここを使ったことないの?」

 

「...ないよっ...」

 

なんだ、この感じ...。

立っていた地面の蓋が開いて、足からすとんと穴に落ちる感じ。

そして僕は、温かくて甘い蜜の井戸にどぼんと沈むのだ。

 

この時には僕の全身から力が抜け、完全にユノにゆだねていた。

ユノは服を着たままだったけど、僕の熱い頬が彼の冷たい肌に冷やされて気持ちがよかった。

 

「ほら...2本目。

いやらしいなぁチャンミンのここは。

挿れられるためにあるようなものだ。

ゆるゆるだぞ...これは?」

 

「...っは...」

 

「いい反応だ。

これなら、もう少し慣れせば俺とセックスができるぞ?」

 

「え...?」

 

ユノの発言に驚いて、身を起こしてしまった。

 

『セックス』のワードに激しく反応してしまったのだ。

 

望んでいたことなのに、立場が逆になっていた。

昨夜の僕は、僕に貫かれるユノを妄想して抜いていたのに...。

 

「チャンミン。

俺のとこに、挿れたいか?」

 

僕の気持ちを見透かしているユノ。

 

「ううん」

 

「じゃあ...挿れられたいか?」

 

数秒、逡巡した後、僕はこくりと頷いた。

 

「よし、いい子だ」

 

ユノは僕の頬をつるりと撫ぜた。

 

「チャンミン、自分とこ見てみろ」

 

確かに...ゆるく勃ち上がった僕のもの。

 

「ちゃんと感じてて、いい子だ。

イカせてやるよ」

 

顎までつたった僕の唾液をユノは舌で舐めとると、僕の唇を隙間なく覆った。

間近に迫ったユノの紺碧色の瞳と目が合う。

 

「...んっ!」

 

ユノの左手は僕の尻に、右手は僕のものをしごいている。

同時に攻められて、僕の下半身丸ごとどこかへ行ってしまいそう。

首を振ってユノのキスから逃れた。

素早く、複雑にうごめくユノの手の中で、僕のものは硬度を増していく。

と同時に僕の穴の中でも、指の腹で腸壁のある個所がとんとんと刺激されている。

 

「駄目だよっ...

出ちゃうから」

 

レザーシートを汚してしまう。

出したらいけない、出したらいけない、出したらいけない、出したらいけない!

 

「駄目だって...ユノっ!

離して!」

 

「いい子だ」

 

「...あっ...あぁぁぁ!」

 

かすれた悲鳴と共に、僕は射精した。

2日の間に、よくもこう出せるものだと呆れるくらい、放出しきるまで何度も痙攣を繰り返した。

ユノの肩に頭をもたせかけ、僕は息も絶え絶えだった。

 

「チャンミン...お前もしかして...童貞だろ?」

 

ずばり聞かれて、一瞬の間をおいて、僕は頷いた。

 

「どうして、分かった?」

 

「チャンミンの身体は、素直過ぎるからね」

 

にやりと笑ったユノの唇の、そこだけが紅色で、美味しそうだと思った。

 

 

 

「チャンミンはいつまでここにいる?」

 

今になって、自分は帰省中の身で、4日後には寮に戻らなくてはならないことを思い出した。

ユノと会えるのはあと4日。

 

「4日もあるんだ。

ふふふ。

たくさん愛し合おう」

 

ユノは僕の額にキスをした。

僕はユノを深く抱きしめた。

 

 

(つづく)

(6)僕を食べてください(BL)

 

~足の指を~

 

 

最後の一滴まで絞り取られた僕は、ユノに「食べられた」のだろうか。

ユノに問いたいことは沢山ある。

 

「食べるって...どういう意味だ?」

 

サングラスをかけたユノは、じっと前方を向いたままだ。

僕がいつまでも見つめていると、

 

「アハハハハ」

 

と、喉をそらして笑った。

あまりにも大きな声で、僕はぎょっとする。

 

「そんなに可笑しいことか?」

 

「最初に言ったこと、気になってるわけだ?」

 

真っ黒なサングラスで、ユノがこちらに視線を向けているかどうかは分からない。

 

「そうだろうね」

 

ユノは僕の方に顔を向けた。

 

「まだ、食べていないよ」

 

「え...?

それってどういう...意味?」

 

「おいおい教えてあげるよ。

チャンミンを傷つけたりはしないから、安心しろ」

 

ユノは車を減速させた。

 

「ここでいいよな?」

 

ファミリーレストランへ車を乗り入れる。

巧みなハンドルさばきで狭い駐車場に車をおさめると、エンジンを切った。

ファミリーレストランの席につくと、ユノはサングラスを外す。

 

「俺は、チャンミンが気に入ったんだ」

 

そう言いながらも、ユノはまるで整い過ぎた陶人形のようで、揺らめきが一切ない平坦な目をしていた。

僕は、気づいてしまった。

ユノの瞳に浮かぶ色には、「静」と「欲」の2パターンしかないことに。

 

 


 

 

オーダーしたハンバーグ定食を平らげている間、ユノはシーザーサラダをフォークでつつきまわすだけで、その量は減っていかない。

 

「お腹が減っていたんだね」

 

ユノは食べる僕を微笑んで見つめているが、まぶたの下の瞳は揺らめきがなく、感情がない。

 

「美味しいか?」

 

「うん」

 

ユノの指は、ロールパンをちぎっては皿に落とし、ちぎっては落とすばかりで、皿の上はパンくずの山が築かれていた。

 

「いらないの?」

 

「うん、今はいらない」

 

そう答えると、ユノはサラダボウルを脇に押しやってしまった。

僕はそれを手元に引き寄せて、ユノがぐちゃぐちゃにしてしまったサラダの残骸を、食べだした。

 

「ユノは、どこから来たの?

旅行?

ここに引っ越してきたの?」

 

ユノは頬杖をついて食べ続ける僕を見つめるばかりだ。

 

「もったいぶらずに、教えてよ」

 

「そうだね。

謎の男じゃ、チャンミンも気持ちが悪いだろうから。

俺は下見に来たんだ」

 

「ここに?」

 

「ああ」

 

僕は安堵した。

旅の途中だったら、ユノは数日のうちにここを立ち去ってしまうだろうから。

 

「いいところだったら、ここに引っ越してくるってこと?」

 

「そんなところ」

 

「で、どう?」

 

「気に入ったよ。

条件をほぼ満たしているし」

 

ユノはテーブル越しに手を伸ばすと、僕の下唇を人差し指で拭った。

 

「こぼれてる」

 

ドレッシングのついた指を、僕の唇に押し入れた。

 

「!」

 

ユノの長い指が僕の舌に触れた瞬間、思わず彼の指に舌を絡めそうになった。

でも、公衆の面前だと気付いた僕は慌てて、レストラン内を見渡した。

昼食どきにはまだ早い、平日のファミリーレストラン内は、数組の客がいるだけだった。

周囲から、僕らは友人同士に見えるだろうか?

もっと観察眼の鋭い者だったら、単なる友人同士じゃなくて恋人同士なのでは?と疑ってくれたりして。

そうだったらいいな。

だってユノはとても綺麗だから。

 

 

 


 

 

昼間のうちにしなければならない用事を思い出した。

近隣市町村中の買い物事情を支える、生鮮食品も取り扱う巨大ドラッグストアへユノの車で向かった。

買い物カートを押して、缶ビール、野菜、調味料を次々と選んでいった。

そんな僕の後ろを、ユノは興味深そうにフルーツ牛乳のパックやカラフルなグミのパッケージを手にとっては、元に戻している。

 

「欲しいものがあったら、入れていいよ」

 

「色合いがきれいだなぁ、って思って」

 

「サングラスをかけたままで、色が分かるんだ?」

 

可笑しくて吹き出すと、ユノは不思議そうに僕を見た。

 

「チャンミン...やっと笑ったね」

 

そういえば、ユノとまともな会話を交わしたのは、これが初めてだった。

返答の言葉が見つからなくて無言のまま、僕は精肉コーナーへカートを向けた。

豚にしようか鶏にしようか迷う僕の手元を、ユノが覗き込んだ。

僕の二の腕にユノの温かい息がかかって、鳥肌がたった。

ユノの肌は冷たくひんやりとしているのに、唇の中はとても温かいんだ。

思い出した途端、じゅんと下腹部が痺れて、慌てていやらしい記憶を振り払う。

 

(僕ったら、こんなことばかり考えている!)

 

「豚か鶏か、ロースか手羽先か、迷ってるんだ」

 

ぴっちりラップで覆われた、ピンク色の生肉のトレーを両手に持って、ユノに見せる。

 

「そうだなぁ...どれも色が薄くて不味そうだ。

あれはどう?」

 

切り口から真っ赤な血がしたたる、ローストビーフをユノは指さした。

 

「美味しそうだけど、予算オーバーだ。

ユノの欲しい物はない?

レジに行くよ」

 

「欲しいものがある」

 

すたすた先を歩くユノを追いかける。

小さな後頭部が、広い肩幅を際立たせていた。

細身のボトムスの下で、太ももとふくらはぎの筋肉が歩みに合わせて盛り上がる。

いずれもが僕の胸を、甘く切なくときめかせた。

廃工場の出来事に結び付けてしまう。

どうかしてる。

薬局コーナーの陳列棚の中から、ユノは迷いなく見つけると、それを買い物カートに放り込んだ。

 

「!」

 

かごの中にが、キャベツと肉のトレー、めんつゆと一緒に、潤滑ゼリーのボトル。

 

「一度使ってみたかったんだ」

 

「......」

 

(使うって...僕相手にだろ?)

 

いやらしい妄想図が鮮明に浮かんだ。

眩暈がした。

店内の明るすぎる白い光に照らされたボトルが、カートの車輪の振動でカタカタと音をたてている。

 

「きゃー、チャンミン!」

 

前方から見知った顔が手を上げた。

狭い町だ、遭遇してもおかしくない。

進学せず地元で就職した同級生の一人だった。

 

「元気?」

 

「ああ、そっちは?」

 

「元気元気ぃ?

あれ...お友達?」

 

どう説明したらよいか分からずにいる僕をよそに、彼女はユノに向かって会釈した。

 

「えっと...」

 

ユノの方を振り向くと、彼女に向けてお愛想たっぷりの微笑を浮かべていた。

 

「かっこいい...。

ふぅ~ん」

 

ユノに見惚れる彼女の前に、僕は立ちはだかって、買い物カートの中身を見られないよう冷汗をかいていた。

ユノを紹介して欲しそうな同級生に、僕は気づかないフリを貫いた。

同級生と別れて僕は、ため息をついた。

 

(焦った...)

 

ユノの姿を探すと、水筒売り場でひとつひとつ手に取っては、真剣に物色中だった。

 

「ユノ!

欲しいのなら買ってあげるから。

早く帰ろう」

 

 


 

 

山道の道幅は狭く、2台の車はすれ違えない。

そのため、退避場が何か所も設けられていて、そのひとつにユノはX5をガードレールぎりぎりまで寄せると、エンジンを切った。

ユノがここに停車させた理由はわからないけれど、僕の身体はこれからのことを察知しているみたいだ。

だーんと、銃声が山に轟いた。

 

「猟銃の音か?」

 

ユノは運転席のドアを開けると、僕にも降りるよう目で合図した。

 

「この辺りは獣害がひどいんだ。

人を恐れないから、たちが悪い。

夜は一人で外を歩くのは危ない」

 

車から降りた僕は、後部座席に座るようユノに促された。

猟犬たちの吠え声も響く。

子供の頃、はぐれた猟犬の一匹が自宅の庭をうろついていて、外出ができなかったことがあった。

 

「猟犬はな、ペットじゃないからな。

絶対に外へ出るんじゃないよ」

 

ばあちゃんはそう言って、犬が迷いこんでいるとどこかに電話をかけていたっけ。

身体が大きくて、愛玩犬とは違う獰猛な目と、牙がむき出しのよだれだらけの大きな口に、怯えていた。

 

「銃殺した獣は、食用には卸せないらしいね」

 

広々としたX5の後部座席に深く腰をかけると、ユノも僕の隣に乗り込んだ。

 

「自宅で食べる分には構わないけど、お金がからむような場合は、罠猟のものじゃないといけないんだそうだね」

 

「へえ。

そういえば、うちの近くに処理場が出来たんだ、ジビエ料理用の」

 

「らしいね。

散歩してた時見かけた。

死んで1時間以内に血抜きをしないと、使い物にならないそうだね」

 

「じゃあ、処理場ってのは血抜きのための場所か」

 

僕と会話を続けながら、ユノは僕のスニーカーと靴下を脱がせにかかっていた。

 

「ユノ!

何するんだ...あっ...」

 

裸足の僕の親指を、ユノがしゃぶりだしたのだ。

 

「駄目だってっ!

汚い..って...はっ...!」

 

ユノの口内で僕の親指が、丹念に舐め上げられた。

温かくて柔らかいユノの舌が、指と指の間をたどる。

 

「ふっ...」

 

僕は甘くて切ないため息を漏らす。

足の指を舐められるのが、こんなに気持ちがいいなんて。

薬指と小指の間に舌が這わされたとき、身震いした。

足指の愛撫を終えたユノは、唾液で濡れた唇を手の甲で拭うと、

 

「もう勃ってる」

 

と、僕のデニムパンツの股間部分に手の平を乗せた。

ひと撫でだけで僕の腰がぴくりと震える。

僕のものの形がくっきりと浮かんだそこを、ちらりと見やったユノは、

 

「服を脱いで」

と、僕に命じた。

ユノに狂っている僕は、応じる。

贅沢で高級なシートに腰掛けた僕は、一糸まとわない姿になった。

ハザードランプを点けて停車したX5の脇を、時折車が通り過ぎる。

真っ黒なスモークが貼られた後部座席は、覗き込まない限り車内で何が行われているか見られることはないだろうけど。

昼間に、いつ誰かにのぞかれるかもしれない車内で、裸になって。

 

「チャンミン...興奮しているね」

 

僕ときたら、一体何をやってるんだ?

 

「誰かに見られるかもしれないよ」

 

僕はいつから羞恥プレイを好むようになったんだ?

 

「こんなに大きくしちゃって。

...いやらしいね、チャンミン」

 

ユノによって、3回イカされた僕。

そのいずれもユノは着衣のままで、彼の素肌を拝めなかったばかりか、生肌に触れることも許されていなかった。

僕はユノの胸に、腰に、脚に直接手を触れ、彼のくぼみや突起に指を滑らせたかった。

そうしようと思えばできたはずだけど、僕の力では到底抗えないユノの馬鹿力と、鋭利な眼光を前にすると、間抜けな“でくの坊”になってしまうのだった。

ユノから一方的に与えられる快楽に溺れている僕だけど、いい加減、彼と一体になって性の悦びを堪能したくなってきていた。

 

(つづく)