(15)僕を食べてくださいBL)

 

 

~指だけじゃ足らない~

 

ベッドに上がると、壁にもたれて座る。

ティッシュペーパーの箱を引き寄せて、両脚を広げた。

勃ち過ぎて下腹が痛いくらいだ。

手の平全体でゆるく握ると、前後にピストン運動させた。

 

「はっ...はっ...」

 

すぐさま股間から弾ける快感に、夢中になる。

ユノとの絡み合いを思い出す。

一歩進んで、いやらしい恰好をさせたユノを妄想した。

人差し指で親指の輪で、亀頭の縁を摩擦させた。

 

「あっ...」

 

息が熱い。

同時に、指の付け根で裏筋を刺激する。

妄想の中のユノは手首を縛られていた。

 

「うっ...」

 

ヤバイ...もうイキそうだ。

 

イきそうなのを堪えて、根元から手の平を離して、亀頭だけを指でつまんだ。

親指でカリの部分をひっかけるようにこすった。

この自慰行為をユノに見られているのだと想像したら、ピクリと硬くなった。

射精に至るまでの時間が短い僕だ。

あっという間にイかないよう、コントロールする。

弱い刺激で、ゆらめく波のような快感に浸る。

物足りなくなった僕は、Tシャツの下から片手を入れる。

 

「あっ...」

 

固く尖った乳首に指先が触れた途端、上半身がゾクッとのけぞった。

乳首に意識を集中させる。

指先で転がし、ひねる。

 

「は...ん」

 

むず痒い電流が走る。

引っぱると、手の平に包み込んだ僕のものがさらに膨張した。

 

「チャンミンは感じやすいね」

 

耳元で囁くユノの声が聴こえたような気がした。

 

「っく」

 

背を反らし、頭頂部が壁をこするたびに、壁に掛けた賞状の額がカタカタと音をたてた。

輪にした二本の指に、透明な粘液が垂れる。

 

「はあはあ...」

 

前だけじゃ足りない。

全然...足りない。

再び襲われた波をやり過ごした僕は、ベッドに横向きに寝っ転がった。

お尻に手を伸ばして、過敏な箇所に指を突き立てる。

1本2本と容易に、飲み込むいやったらしい穴だ。

昨夜、たっぷりと注ぎ込まれたローションのおかげで、滑りはよい。

かぎ型に曲げた指の背で、中をぐるりとかき混ぜた。

 

「...んっは...」

 

ユノのものが出し入れする錯覚を楽しんだ。

僕の入口は柔らかくて、女の人のあそこに触れた経験はないけれど、きっとこんな感じなんだろうと思った。

 

ユノが好きだ、好きだ。

無茶苦茶にされたい。

 

『今なんて言った?』

 

フラッシュが瞬いたかのように、喉を締め付けたユノの冷たい指を思い出した。

喉ぼとけが押しつけられて、息が詰まって、殺されるのではと恐怖が沸いた瞬間を思い出した。

ユノの強靭な指と握力があれば、僕の首くらい簡単にへし折ってしまえるだろう。

 

「好きだと言って、悪いのか!」

 

絶頂の際、口走ってしまった言葉を咎められた。

腕をついて身体を起こして、ベッドから足を下ろした。

 

「はぁ...」

 

両膝に両肘をついて、両手で両目を覆った。

 

「なんだよ...」

 

僕の気持ちのやり場はどこなんだよ。

僕の身体を舐めたり触ったりしてくるくせに。

僕の身体に突き立てるばっかりで。

 

...それに。

 

指を挿入して気付いたこと。

ユノは達していないのでは?...ということだ。

ユノが放ったものの気配は、僕の中にはない。

快楽に溺れるばかりで、ユノの方はどうだったのか...。

僕の身体じゃ、物足りないのか...。

 

「...そんな...!?」

 

悶える僕を眺めるのを、ただ愉しんでいるだけなのだろうか。

萎えてしまったものを下着におさめ、デニムパンツを履いた。

よろめいてドア枠に肩をぶつけてしまい、その痛みによって不発に終わった苛立ちが消えた。

 

二の腕は全然痛くない。

ほどけかけた包帯を、むしり取った。

恍惚としたユノの視線を浴びた傷口がなくなってしまった。

僕は傷の周囲を舌先でたどられた感触に、ゾクゾクと感じたんだった。

開いた傷口をユノの指でなぞられて、激痛の中に快感を感じたんだった。

快感によがる僕を、ユノの身体を求める僕を、面白がってんじゃないよ。

下半身に支配された自分を抑えられないんだよ。

前夜、3回もヤッたくせにまだまだ足りないんだよ。

よろけたはずみで戸口に肩をぶつけてしまったけど、気にならない。

僕の腕はもう、痛まない。

 

 

「おーい!

チャンミーン、いるかあ?」

 

玄関先から呼ぶ声に出てみると、近所のNさんだった。

 

「おお、チャンミン、久しぶりだなぁ。

お前が帰ってきていると聞いてな」

 

Nさんは、両親の事故の際、行方不明だった僕を血眼に探しまわった末、灌木の影にいた僕を見つけてくれた人だ。

血まみれの顔でぼーっとしている僕を抱きしめて、「よかった、よかった」とおいおい泣いていたことを、よく覚えている。

 

「せっかくの休みのところを、すまないな。

男手が必要になったんだ。

ちょっとだけ手を貸してくれないか?」

 

「いいですよ」

 

僕は即答して、靴を履いてNさんを追った。

何かしら手を動かしていないと、頭の中がユノのことでいっぱいで、爆発しそうだった。

Nさんの車に便乗し、舗装されていない林道を数分ほど進んで着いた先は、捕獲獣処理場だった。

建って間もないここはシャッターを開けると直接建物の中へ、車を乗り入れることができる構造をしている。

車を降りた途端、けたたましい吠え声を浴びせられて、脚がすくんだ。

建物脇に繋がれた4匹の猟犬が、尖った歯をむき出しに、唾液をとばしながら、僕に向かってぎゃんぎゃんと吠えたてている。

 

「近づくなよ。

食い殺されっぞ」

 

「はあ」

 

「あの檻にも近づくな。

瓜坊を連れてたから、気が荒い」

 

鉄製の檻の中に子牛ほどある猪が、己を閉じ込める鉄棒目がけて突進し、助走をつけては突進しを繰り返している。

 

「汚れるからこれをつけろ」

 

手渡されたゴム製のエプロンと、手袋をつけゴム長靴に履きかえた。

コンクリート床の上に、大型犬サイズの猪がころがっていた。

 

「これは...?」

 

「罠にかかってたんだ。

まさか今日捕れるとは思わなくて、連れがいなくてな。

早く血抜きをしないと、使い物にならない...」

 

Nさんは天井に取り付けられたフックの位置を調節すると、僕に手招きした。

 

「小さい方だが、重いぞ。

腰を落として持ち上げるんだ」

 

僕とNさんが抱えたその猪を、いったんステンレス製の台に置くと、後ろ脚にワイヤーを巻き付けた後、天井から下がる杭にひっかけた。

ハンドルを回すと、猪の身体がくいくいと持ち上がっていく。

僕は、猟犬の牙や、黒々とした猪の死体や、意外に清潔な造りの処理場内や、全てに圧倒されてしまって、終始無言だった。

猪が放つ獣臭に鼻を押さえていると、

 

「もういいぞ。

ここまできたら、あとは一人でできるから」

 

そう言って、Nさんは巨大な金属たらいを、ぶらさがる猪の真下まで足で蹴り寄せた。

この金属たらいを満たすのは何なのか想像して身震いした。

 

「他に手伝えることは...?」

 

「ここからは、グロいぞ。

そんなに青い顔をしてたら、無理だ」

 

血の匂いを嗅ぎつけて、興奮した犬たちが唸り声をあげ、長い爪で壁をガリガリいわせていた。

 

「あいつらには、褒美にモツを投げてやるんだ」

 

「それじゃあ...僕...帰ります」

 

Nさんは、先が曲がった刃物を持った手を上げて、「助かったよ、じゃあな」と、日に焼けた顔で笑った。

外に出た途端、また猟犬に吠え付かれてビクついたが、建物内の生臭い空気から解放されてホッとした。

ばあちゃんちからこの処理場は車だと数分かかるが、山の中を突っ切れば徒歩で10分そこそこの距離にある。

スニーカー履きだったし、やぶ蚊に刺されるのは嫌だった僕は、来た道を辿って帰ることにした。

森林管理の車が通れるよう急場ごしらえした砂利道だ。

帰省して4日目。

2日後には、街に帰らなければならない。

怪我を負ったはずの二の腕を、反対側の手でさすった。

初めからユノとは出会っていなかったのかもしれない。

怪我などしていなかったのかもしれない。

到着したあの日は、山道で転んだだけで、頭を打つかなんかしてボーっとしてたんだ。

僕が密かに抱いている卑猥な欲望を、夢の中で実現させていたに違いない。

この3日間の僕は、夢の世界に生きていたということ。

夢精だったんだ。

そうに決まっている。

夢だったらいいのに。

夢だったら、ユノを恋しがっても仕方がないと諦められる。

砂利道は舗装道路にぶつかり、右に行けばばあちゃんち、左に行けば廃工場だ。

確かめてみないと。

あそこを目で見て、現実だったのかどうか確かめてみないと。

僕は左折し、くねくねとした坂道を歩いて行った。

ユノとの初めての出会いまでの時を巻き戻した。

仰向けに突き倒された時、頬を叩いた雨水と僕を見下ろしたユノの墨色に沈んだ瞳。

目覚めた時の乾いたシーツの感触、噛みつかれた唇の痛み。

 

「チャンミンは、いやらしい子」と耳元で囁かれた声音。

 

ユノがしたこと、ユノにしたこと、僕が漏らした喘ぎ声、身を貫くほどの快感を、ひとつひとつ反芻してみた。

こんなにはっきりと五感で覚えているのに、これが夢だと言いきれるのだろうか。

 

(つづく)

(14)僕を食べてください(BL)

 

~置いていかないで~

 

 

ユノはすやすやと眠るチャンミンの寝顔をじっと見つめていた。

 

顔から肩へ、呼吸で上下する胸へ、細く引き締まった腰へと視線を移す。

 

立ち上がると、毛布をチャンミンの背中にかけてやり、脱ぎ捨てた衣服を拾い集めた。

 

腕や胸、脚に乾いた血が付着していて、腕に付いたそれを舐めて顔をしかめた。

 

ケーブルドラムに置いた水筒を伸ばしたが、飲み干してしまっていたことを思い出して冷蔵庫に向かった。

 

冷蔵庫の中を覗いて、「ちっ」と小さく舌打ちをした。

 

(参ったな...)

 

背中を丸めて眠るチャンミンの方をふり返った。

 

 

(綺麗な男だ。

 

本当に美味しそうだ。

 

でも...。

 

俺らしくもない...。

 

これから、どうしたらいいのだろう)

 

 

熟睡するチャンミンを、穏やかな表情で見つめる。

 

ユノの瞳の色が一瞬、深い墨色に沈み、再び群青色に戻った。

 

X5のキーを手に取り、白いスーツケースを軽々と持って、裏口から廃工場の外へ出ていった。

 

足音も物音も、ユノはほとんどたてなかった。

 

チャンミンは多少の物音くらいでは目覚めないほど、深い眠りについていた。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

「う...うん」

 

目の詰まった白いシーツが真っ先に目に入る。

 

シーツの上にだらんと伸ばした腕に視線を移して、指を動かした。

 

(ここは...!?)

 

がばっと身体を起こすと、背中にかけられていた毛布が滑り落ちて、裸の身体が露わになった。

 

(ここは...そうだった!)

 

高い天井、金属製の柱と壁、製造過程のまま放置された錆の浮いた鉄骨、土ぼこりだらけのコンクリートの床、割れた窓ガラスから注ぐ日光。

 

(ユノとヤりまくって、ここで眠ってしまって...)

 

思い出してカーっと身体が熱くなる。

 

(ユノは...?)

 

マットレスの上は僕ひとりで、大声でユノの名前を呼んでみたが、返事はない。

 

喉の渇きを覚えて、工場端に置かれた白い冷蔵庫を開けた。

 

全身が重くだるい。

 

がらんとした庫内は、ミネラルウォーターのペットボトルが数本あるだけだった。

 

(ユノは、食事はどうしているんだろう?

毎食、町へ下りていっているのかな)

 

と、不思議に思った。

 

場内はしんと静まり返っていて、屋外の蝉の鳴き声から、午前9時はまわっているのだろう。

 

(寝坊したな。

...早く家に帰らないと、ばあちゃんが心配する)

 

ペットボトルの中身をあっという間に飲み干して口をぬぐうと、まずは服を着なければと、脱ぎ捨てた服の在りかを探す。

 

僕のTシャツとデニムパンツは、マットレスの隅に置かれていた。

 

丁寧にたたまれている様が、ユノのイメージに合わなくて、嫌な予感がした。

 

もう二度とユノは戻らないのでは、という気がした、なぜか。

 

「ユノ!」

 

僕の声だけが、高い天井に響く。

 

デニムパンツだけを身につけて、もつれる脚で重くてきしむシャッターを押し上げると外に飛び出した。

 

初夏の白い光線をまともに浴びて、目が眩む。

 

廃工場脇にまわってみると、ユノのX5がない。

 

もう一度建物の中へ引き返すと、そこにあったはずの白いスーツケースもない。

 

(ユノがいない!

出て行ってしまったのか!?

僕を置いて行ってしまったのか!?)

 

もうユノに会えないのではないかという考えに取りつかれてしまった。

 

鼻の奥がつんとしてきた。

 

山の遠くから猟犬の吠え声が響いている。

 

続けて、だーんと銃声が、山にこだました。

 

「!」

 

眩しくて顔を伏せた際、下腹に付いた血の跡が目に入って一瞬ギョッとしたが、思い出した。

 

(僕は腕を怪我していて...)

 

「...え...?」

 

今になって、僕は腕の傷が全く痛まないことに気付いた。

 

(嘘だろ!?)

 

血で汚れた肌を情事の際、昨夜のユノが舌を這わせていた腕。

 

血をにじませた裂傷が消えていた。

 

震える手で、傷口があったはずの箇所をなぞる。

 

皮膚は滑らかで、傷跡の凸凹すらなかった。

 

怪我なんてしていなかったのか?

 

だって、一晩で怪我が治るなんてあり得ない話だ。

 

軽い眩暈がして、冷汗が脇を濡らした。

 

負った怪我が完治して、ユノがいなくなった。

 

僕は廃工場に沿って何周も歩き回り、工場の中も隅々まで見て回った。

 

かつては事務所になっていたのだろう、プレハブのような小部屋に新品の収納ケースが積んであった。

 

引き出しを開けてみるまでもなく、中身は空っぽだった。

 

事務デスクの下に、新品の白いスニーカーがタグが付けられたまま転がっていて、少しだけホッとしたが、単なる置き忘れなのかもしれないと思うと、胸が苦しくなった。

 

裏手の谷川へ下りていった。

 

急な斜面を滑り落ちないよう、生える草を握り締めて、石のひとつひとつに慎重に足を下ろす。

 

ユノが「子供みたいに水遊びができるよ」と話していた谷川だ。

 

谷川はさらさらと涼し気な水音をたて、川沿いの樹木の枝葉が日光を遮っていた。

 

上流にあたるこの谷川を数キロ下流に下ると、両親の事故現場になった橋がかかっている。

 

透明で冷たい水をすくって、血で汚れた腕を洗った。

 

ついでに、汗でべとついた顔も洗った。

 

尿意を覚えたが廃工場にはトイレはないから、仕方なく草むらで用を足した。

 

(そうだ!)

 

下る時よりは容易く谷川からよじ登ると、工場へ取って返し、マットレスの脇に落ちた包帯を拾い上げた。

 

(無傷になった腕をばあちゃんに見せるわけにいかない)

 

片手で巻くのは困難で、少々乱れているけれど仕方がない。

 

ユノは、買い物に行っているだけかもしれない。

 

用事を済ませるために、ちょっとの間でかけているだけかもしれない。

 

そう前向きに思うことで不安感をなだめて、僕は小さな車に乗り込んだ。

 

ユノの不在が僕を不安に陥れていた。

 

ぎゅっと目をつむって、ハンドルに額をつけて気持ちを落ち着かせた。

 

ユノなんて、初めから存在しなかったのかもしれない。

 

武骨で埃っぽい無機質なこの空間に、白いマットレスと冷蔵庫だけがあって。

 

そもそも、僕みたいな冴えない男が、ユノみたいな美人とどうこうすること自体が夢みたいなことだったんだ!

 

助手席のシートに置いた小さな懐中電灯が、昨夜のことを思い出させた。

 

思い出すだけで下腹部を熱くさせる営みが、遠い過去のように思えた。

 

 


 

 

車庫に車を駐車させていると、野良着を着たばあちゃんが小走りで近寄ってきた。

 

「いつ帰ってくるかと心配してたんだ」

 

家の脇に小さな畑があって、ばあちゃんは自宅で食べられる分だけの野菜を育てている。

 

「飲みすぎてそのまま泊ってきたんだ。

ばあちゃん、車を使いたかったんだね。

遅くなってごめん」

 

無理やり笑顔を作って、ばあちゃんに鍵を渡した。

 

「頭が痛いから、寝直すよ」

 

「ご飯は炊けているし、鍋に汁もあるから」

 

食欲なんてなかったけど、「ありがとう」とばあちゃんに礼を言って、玄関の戸を開けた。

 

僕は一体、何をしに帰省してきたんだろう。

 

唯一の家族であるばあちゃんの存在が、目が入らない。

 

僕の頭の中はユノのことばかりだった。

 

ユノがどこへ行ったのか、皆目見当がつかない。

 

肉欲にとりつかれた最中は、ユノの思惑と素性を問うタイミングもチャンスも後回しにしてしまっていた。

 

ユノと繋がることだけを優先させていた。

 

ユノを思い出したら、股間に血流が集中するのが分かり、指先に触れたものは固かった。

 

この身体の反応が証明する通り、僕とユノを繋げているのは身体だけ?

 

ユノがいなくなって困るのは、ユノとヤれなくなるからか?

 

コンロに火をつけて温めた汁を、器によそって立ったまま食べた。

 

ユノに噛まれた舌が、塩味に沁みた。

 

だしのきいた滋味深い味がうまかった。

 

ひとつに繋がって、何の感情も湧かないのかよ。

 

好きと言ったらいけないのかよ。

 

欲しいものはユノの身体だけじゃないんだよ。

 

気付けば僕は泣いていた。

 

むせながら、ばあちゃんが作った汁をすすっていた。

 

会いたいんだ。

 

僕を置いていかないでよ。

 

次から次へとあふれ出る涙が、僕の頬を濡らしていった。

 

居ても立っても居られず、まっすぐ自室に向かった。

 

耳をすまして、ばあちゃんの乗る車が走り去る音を確認する。

 

そして僕は、デニムパンツと下着を脱いだ。

 

 

 

(つづく)

 

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(13)僕を食べてください(BL)

 

 

「チャンミン!

これじゃあ、動けないよ」

 

ユノの下から両手両足でしがみつく僕に、ユノは呆れた声を出す。

力持ちのユノだから、僕の腕など簡単に跳ね飛ばせるはずなのに、ユノはそのまま僕に抱きしめられたままでいてくれた。

ひと息ついた僕は、自由になった両手をユノの胸についた。

手の平の下で、ユノの心臓がドクドクと打っていた。

互いの腰がぶつかり、ズンと快感の衝撃が僕の脳を痺れさせる。

結合部がにちゃにちゃと厭らしい音をたてる。

力いっぱい突き上げられると、ぐりっと奥底に当たって、その度僕は息をのむ。

その反応が、ユノを悦ばせている...そうあって欲しい。

 

「ふっ」

 

腰のスライドの強弱。

小刻みに揺らしたり、一気に突き上げたり、緩急をつけたり。

 

「...んっ...はっ...はっ...はあ」

 

背筋を突き抜ける快感の波が、ユノの動きに応じて変化するから、夢中になる。

 

「チャンミン...」

 

ユノの息遣いが乱れてきた。

 

「どこでそんないやらしい動きを、覚えた?」

 

僕の中がひくひくと痙攣して、ユノのものを積極的に締め付けたり緩んだりするのが分かる。

 

(これは...ヤバイ)

 

ユノの上で僕はのけぞる。

僕に余裕がなくなってきた。

縛られた根元の圧迫感が苦しい。

むずむずが堰き止められていて、破裂しそうに苦しい。

イキたいのにイケない苦しさ。

頷いたとき、僕の額からぼたぼたっと汗がユノの胸に落ちた。

狂ったように腰を上下に揺すった。

前がどうなっているのか、確認しなくても分かる。

怒張したあそこは、縛ったものが食い込んではちきれそうになっているはずだ。

苦痛の先に待ち構えているあの感覚を得たかった。

 

「あっ...あっ...だめ...もう...っだめっ...!」

 

互いの肌を打ち当たる音が大きくなって、僕の喘ぎは悲鳴に近い。

 

「...苦しっ...やっ...やだぁ...ふっ...」

 

「がむしゃらに動けばいいってものじゃないんだよ」

 

「...だって...」

 

出したいのに出せない。

ユノの白くて小さな顔が僕を見上げている。

潤んだ瞳が揺らめいていて、唇も濡れていて、ぞっとするほど美しかった。

ユノは腕を伸ばすと、両手で僕の頬を包んだ。

ひやりとした手の平が、僕の熱を冷却する。

 

「一生懸命だね...。

可愛いよ、チャンミン」

 

早すぎる鼓動がますます速度を増して、胸が苦しい。

たまらずユノに口づけた。

貪るようなものじゃなく、優しいキスをした。

ユノにも喘いで欲しい。

僕らは両手を繋ぎ、固く指を絡め合った。

ただ腰を上下させるだけじゃなく、角度や強さや速度に注意を払って。

 

「...んっ、んっ...んふっ...ん...」

 

しかし、股間から弾ける快感の調節はどうしようもできず、うめき声は駄々洩れだったし、意識しないとついつい乱暴に腰を弾ませてしまうのだった。

その度に、きつく縛られた根元が悲鳴をあげる。

 

「やーっ...やっ...キツっ、キツいっ...取って、ここ取って」

 

絶頂を迎えたくて腰を振るのに、それが許されない。

 

「やだっ...取って...苦しっ...苦しっ...やだ...」

 

もどかしさから逃れたくて、腰を振るのを止められない。

上下に跳ねるしか能がない玩具になってしまった。

縛られた前が痛い。

 

「イキそ...やっ...痛...痛いっ...苦しいよ...」

 

ユノの放つ甘い、百合のような、はちみつのような香りに包まれて、僕の欲情が沸点を迎えた。

 

「...取って...やだっ...苦しっ...やだ...これ...取って、取って」

 

両手を握られて、緊縛を解きたいのにそれが出来ずにいた。

ユノの爪が僕の手の甲に食い込んでいる。

 

「やだっ...取って、取ってよぉ...やだ...イキたい...イキたい」

 

まぶたの裏がチカチカしてきた。

 

「可哀想に...」

 

瞬間、前がふっと緩んだ。

僕の根元を縛っていた包帯が解かれたのだ。

腰を持ち上げられたと思ったら、猛スピードで浅突きされた。

 

「あーーーっ、あっ、あーっ...やっ、イく、イっちゃうーー!」

 

手前の固い部分ばかり、高速でこすられて意識が吹っ飛ぶ寸前だった。

 

「あーーーーーーっ、あっ、あぁぁーーーっ...そこダメ、そこダメぇ...」

 

ぐらぐらになってしまった僕は、ユノの上に崩れ落ちた。

すかさず口づけられた。

僕の下敷きになっているこの人が愛おしくてたまらなくなった。

 

「だめっ...も、だめ...っあーーっ、あ、あああぁぁーーー」

 

ユノと唇を合わせたまま、僕は悲鳴をあげる。

これじゃあ狂ってしまう!

上も下も絡みついて、突いて突かれてぐちゃぐちゃになった末、口走っていた。

 

「...好きだ...!

ユノっ...好きっ...好き...ユノ...好き...!」

 

ユノの身体が一瞬強張った。

 

「す...好き...あぁぁぁっ...」

 

意識がどこか遠くへ飛んでいくような感覚に襲われた後、僕は絶頂を迎えた。

ユノのお腹の上に放った後も、腰が何度も勝手に跳ねた。

ユノの上に崩れ落ちて、はあはあと乱れに乱れた呼吸を整える。

 

「...んぐっ!」

 

突然、息が出来なくなって目を剥く。

 

「今...なんて言った?」

 

「く...くる...」

 

低く、固い声だった。

 

「ユノ...く、るし...」

 

ユノの頑丈な指が、僕の喉を締め上げた。

 

「チャンミン...何て言った?」

 

喉仏を圧迫する手を引きはがそうと、指をかけるが石のようにびくともしない。

 

「ユノ...!」

 

殺される...と、覚悟した。

視界が暗くなり、耳鳴りがしてきたところで、解放された。

喉をおさえて、ゲホゲホと咳き込んだ。

 

「僕を...殺す気か!」

 

涙を手の甲で拭いながら、ユノを睨みつけた。

 

「...何て言った」

 

マットレスの脇に全裸で立ったユノを、横向きで寝転がった全裸の僕は見上げる。

 

「好きだって...言ったんだ」

 

ユノは無表情で、しんとした眼差しで僕を見下ろしていた。

せき止められていた血流が頭に流れ込んで、僕の思考も回復してきた。

 

「悪いか!

好きだと言って、悪いのか!」

 

「そっか...」

 

ぽつりとつぶやいたユノは、哀しそうに微笑んだ。

ユノの表情の意味が僕にはわからなかった。

ユノの瞳の色を確認したくなって、懐中電灯に手を伸ばそうとしたが、セックスの振動でマットレスの反対側に落ちてしまっていた。

 

 

「傷が開いてしまったね」

 

急に優しくなったユノは、マットレスに腰を下ろし僕の腕をとった。

虚脱感著しい僕は無言だった。

絶頂の際、口走ってしまった言葉について考えていた。

僕は性的にいたぶられているけれど、貶められている気は全然しない。

密かに僕が望んでいたことを、心の襞の奥底に潜んでいた僕の本性を、ユノが引っ張り出したのだと思う。

いちいちものごとを難しく考えるのが僕の性だ。

お尻への刺激がもたらす恍惚感だけに惑わされていてはいけない。

僕が快楽の嬌声をあげるためには、ぴたりとユノの身体に接触していなければならない。

僕は初心な男だから、心と身体を切り離せるような器用な真似はできない。

ここまで、どろどろに身体を繋げておいて、心だけを他所に置いておくなんてことは、僕には出来ない。

身体の繋がりに引きずられて、心をユノに向けてしまっても仕方がないだろう?

僕の傷は熱を持って、ズキズキとうずいている。

 

「可哀そうに」

 

ユノは自身の指をくわえると、くっと噛みついた。

ユノの指が、濡れて光っていた。

 

「っつ!」

 

ズキリと傷口に痛みが走った。

ユノの指が僕の傷口をつーっとなぞった。

顔をゆがめている僕を、慈しむかのような優しい表情だった。

こんな表情をするユノを、初めて見た瞬間だった。

全身がだるくて、重くて、とにかく僕は眠かった。

 

「眠りなさい」

 

ユノの指が僕のまぶたに触れた。

眠りにつきながら、僕はこんなことを想像していた。

絡み合う僕らの姿を、窓の外から覗く自分の姿を。

廃工場の割れた窓から、中で営まれている行為を覗き見る。

たよりない懐中電灯の灯りが、僕らの裸の凹凸の影を作っているだろう。

それはそれは美しく、なまめかしい光景だろうと僕は思った。

 

(つづく)

(12)僕を食べてください(BL)

 

 

~縛られて~

 

 

目尻に涙を溜めて、僕はユノに哀願の眼差しを向けた。

能面のように無表情だったユノの頬がきゅっと上がって、笑ったのが分かる。

 

「チャンミンの願いを叶えてあげるよ」

 

「願い?」

 

仰向けになった僕は、両腕を頭の上で固くきつく縛られている。

こんな風に拘束された自分の姿を、第三者の目で想像してみたら、とても興奮した。

僕の性癖は、歪んでいるんだろうか?

誰もが皆、縛られて興奮するものなのだろうか。

 

「チャンミンのって小さいけど、真っ直ぐで硬くて、美しい形をしているね」

 

ユノは僕のペニスをゆらゆらと揺らしていたかと思うと、ぺろりと先端を舐めた。

 

「ふっ...!」

 

腰が反応して、ぴくりと震えた。

少しずつ少しずつ、僕のものがユノの口内に飲み込まれていく。

僕のものを飲み込みながら、ユノは僕から目をそらさない。

欲を浮かべたユノの目を見返す僕の目も、同様に違いない。

僕自身がユノの中に飲み込まれていくのか、それとも僕自身がユノの中を貫いているのか。

この眺めだけで、イッってしまいそうだった。

 

「ふぅ...」

 

快感のひと波をやり過ごした。

僕の根元まで咥え込んだユノは、きつく吸い上げた。

 

「ひっ...あっ...」

 

ユノのねっとりとした動きに合わせて、僕は嬌声を上げる。

アイスキャンディーのように、美味しそうに頬張るユノの瞳がギラギラと光っている。

どう猛なのに、美しい眼だ。

 

「...はっ...ああっ...!」

 

「チャンミンはフェラチオに弱いなぁ...」

 

ユノはくすりとほほ笑む。

 

「ああっ!

ダメ!」

 

悲鳴をあげたのは、僕の睾丸を握られたからだ。

 

「潰れる...潰れるって...!」

 

じわじわと力を込めるユノの指に、恐怖が喉までせり上がってきた。

 

「痛いか?」

 

「やめっ...ダメ...ううっ...!」

 

両手を拘束されている僕は、身をよじるしかなく、ユノを蹴り飛ばしたくても、僕の膝に腰を落とした彼に動きを封じられていた。

 

「潰れっ...痛いっ...いたっ、駄目っ...ああーーっ、駄目っ!!」

 

涙がにじんできた。

 

「本当に駄目なのか?

痛いだけか?

...本当は...気持ちいいんじゃないのか?」

 

「うっ...」

 

苦痛の先に待っていたのは、愉楽の世界への扉。

恐怖の裏側に潜んだ卑猥な快楽の境地に、1歩足を踏み入れた瞬間だった。

 

「...いいんだろう?」

 

ユノは先端を咥え、片手で陰嚢を握り、もう片方でペニスを素早く上下に動かす。

 

「やーっ...やめっ...やめっ...おかっ...かしくなっる!」

 

緩んだ入り口から体内に残されたゼリーがとめどなく、お尻を汚す。

 

「変に...っ変、変になる、なるからっ...イクっイクっ、イっちゃうっ...駄目っ、やっ...ああーーっ、あっ...」

 

僕の視界は真っ白で、わけのわからない言葉を発し続けた。

 

「...はあはあはぁ...はっ...はあぁはぁ...っく...っ...」

 

「...チャンミン、もうイっちゃったのかぁ...。

やれやれだ」

 

耳の穴を唾液が濡らす。

 

「仕方がないなぁ」

 

呆れたように首を振り振りユノは立ち上がり、彼の肌の上を艶めかしい黒い影が舐める。

戻ってきたユノは、僕の傍らに膝をつき、力を失った僕のものに何かを施し始めた。

 

「なにっ!?

何するんだ!?」

 

「射精コントロールしてやるしかないな」

 

窮屈感に下を見下ろすと、僕の根元が白い紐のようなもので縛られている。

 

「嘘だろ...」

 

それは僕の傷を覆っていた包帯だった。

 

「頭がおかしいんじゃないの!?」

 

ユノを非難するそばで、実は卑猥な期待感で腹の底がぞくぞくとしていたのだ。

僕の方こそ、変態で頭がおかしいんだ。

 

「こうでもしなきゃ、すぐにイっちゃうんだから。

まだまだ終わっていないんだよ」

 

そして僕の身体は、うつ伏せにひっくり返された。

 

「ぼさっとしていないで、尻を突き出せよ」

 

お尻を叩かれて、慌てて四つん這いになった。

手首を縛られているから、両肘をつくしかなくて、自然とお尻を高々と突き出した格好になってしまう。

額から汗がぽたぽたと、手首の革ベルトに落ちる。

 

「何もしなくても、穴がぽっかり...そんなに挿れて欲しかったんだ?」

 

「っ!」

 

ふり返ると、僕のお尻を覗き込んでいたユノと目が合った。

ユノと肌同士を重ねたいのに、彼は僕の身体をいじりまわすだけなんだ...それだけが不満だった。

腰をつかまれ、僕の胸は期待で踊る。

 

「かっ...はっ」

 

ずぶずぶと僕の穴に埋められる

僕の中が美しい人のもので満たされた。

ユノは腰を深く沈めたまま、円を描く。

 

「ん...あっ...あっ...」

 

うねるように四方から締め付ける粘膜を擦られて、これはこれで気持ちがいいのだけれど、もっと背筋を貫くような刺激が欲しい。

 

「はあはあはあ...」

 

物足りなくて、お尻を左右に揺すった。

 

「駄目だ、チャンミン。

じっとしてて、いい子だから」

 

と、僕の肩をマットレスに押しつけた。

僕のお尻はもっと高く突き出された。

立ち上がったユノは僕の腰を抱え直したことで、突き刺さる角度が変わり、彼のペニスの先が僕の底面に当たっているのが分かる。

 

「んふっ...」

 

でも、腰は振らない。

とんとんと軽く刺激するだけだ。

ユノに従って、頭も肩もマットレスに付けて大人しくしていても、すぐにじっとしていられなくなる。

 

「ユノっ...!」

 

両手を握り締める度、腕の傷に痛みが走った。

 

「...お願いだから...うっ...」

 

身をよじりたくてもユノに制された僕は、熱い喘ぎをこぼすだけだ。

焦れている僕を面白がって、ユノは腰を左右にくねらす。

 

「は...ぁっ...!」

 

「可愛いね」

 

焦れる僕の表情に満足したのか、ユノは僕の背中に覆いかぶさってきた。

ユノの重みが加わり、腕に傷口に痛みが走る。

そして、僕が待ち望んでいたピストン運動が開始された。

 

「あっ、あっ、あっ...あっ...」

 

揺さぶられるたび、視界が歪むほど気持ちがいい。

ごぼごぼと結合部から厭らしい音が鳴る。

 

「あ...!」

 

僕の中から引き抜かれたかと思ったら、再びひっくり返されて、仰向けになったユノの上に僕は乗っていた。

 

「動いたら駄目だぞ」

 

両手を封じられていて、バランスがとれずにいる僕を見かねたユノに腰を支えられた。

逞しいユノの胸に頬をこすりつけ、乳首を吸い、全身の窪みに指を這わせたいのに...手首を縛られている僕にはそれが叶わない。

激しく突き上げられたい欲求を、ぐっとこらえた。

 

「あ...あ...あっ...」

 

耐えきれなくなって腰を上下に揺らしてしまうと、その度にお尻を叩かれる。

 

「動くな」

 

上擦った声が漏れる。

ユノのものがゆるゆると出入りする粘り気のある音が、聴覚から僕を煽る。

 

(もう...駄目だ)

 

恨めしそうにユノを見上げると、ユノは瞳を揺らめかして僕に微笑みかける。

今のユノの瞳は、紺碧色になっているに違いない。

そうだった。

ユノの瞳は、色を変える。

不思議な肉体の持ち主だ。

ユノの身体が深く沈み込んだとき、ぐりっと固い箇所に当たって、短い悲鳴が出た。

 

「ひっ...」

 

ユノが腰をくねらしながら、大きなスライドで上下し出した。

ぺちぺちとユノの腰が僕のお尻にあたる音が、静寂の廃工場に響く。

 

「あっ...あ...あ...いいっ...いい...」

 

性感のとりこになってしまった僕は、ユノの動きに合わせて切羽詰まった喘ぎをこぼすばかりだ。

 

(もう我慢できない)

 

僕は自身の腰を上下に振り出した。

僕の中に注入されたローションが、溢れ出てユノの陰毛を濡らしていく。

 

「...っく...んっ...」

 

両肘をユノの胸について、お尻を振る。

手が使えないから、バランスを崩してばかりで、思うように動かせなくて苛ついた。

 

「わかったよ、わかったから」

 

ユノは僕の尻をなだめるように軽く叩いた。

 

「しょうがない子だ」

 

ユノは僕と繋がったまま、上体を伸ばして僕の手首に手をかけた。

そして、僕の手首をぎっちりと縛り付けていたベルトを外してくれる。

拘束がとかれて、手指に血流が戻ってきた。

強張ってきしむ肩の痛みに顔をしかめながら、ユノの頬を包み込んだ。

そして、優しいキスを贈る。

ユノと一体になりたい。

なみなみとたたえられた黄金色の蜜の池の底に、静かに沈んでいく光景が浮かぶ。

セックスに支配された僕はもう、浮上できない。

平凡な日常を不満げに生きてきた僕の目の前に、突如として現れた人。

理解が追い付かないまま、僕の身体に刻みつけられた肉体の繋がりから生まれる幸福感。

身体の芯まで貫かれ、目覚めさせられて、僕はもう日常に戻れないと思った。

 

(つづく)

(11)僕を食べてください(BL)

 

~欲しがる~

 

 

愛し合った、と言えたのだろうか。

慣れない僕はやっぱり余裕がなくて、自分だけの快楽に夢中になってしまった。

ユノの喘ぐ声も聴けなかった。

腰を打ちつける荒々しさは、多分、僕を欲してくれていた証しだと思うけど、昂る欲望を堪えている風ではなかった気がする。

そうだとしても...。

初めて愛情をもってユノに触れた、と思った。

僕の手の平に吸い付くほどしっとりとした肌や、鞭のようにしなる背や僕の中を荒す逞しいあれに心震えた。

冷たい肌。

けれども、あれは脈々としていて熱いのだ。

不思議な肉体の持ち主だ。

この行為に愛が宿っているのかどうか、ユノがどう考えているかは分からない。

ほんの少しだけであっても、ユノの実体を把握できたことに安心した僕だった。

これまで出会った男性の中で(なんて言っても、わずか20数年間の人生では)、最も美しい人で、バックグラウンドがいまいち掴み切れない謎な部分に惹かれている。

惹かれてる...なんて言い方はささやか過ぎる。

僕は初めて会ったときから、ユノに夢中だったんだ。

例え性愛からスタートしたものだったとしても、快楽に溺れた末のものだったとしても。

僕の肉体ならいくらでも、ユノに捧げるよ。

雨降る山道で、ユノに襲われた。

ユノは僕の捕食者で、僕はユノの獲物だ。

僕は、ユノの側にいたい。

僕をいくらでも食べていいから。

ユノといられるのは、あと3日。

 

 

「痛いか?」

 

ユノは僕の腕に触れて言った。

割れた窓ガラスから見える外は真っ黒で、月明かりがほのかに場内に差し込んでいる。

マットレスに仰向けになって、一糸まとわぬ僕らは寝ころんでいた。

 

「少しだけ...痛いかな。

でも、平気だよ」

 

実際はズキズキと痛かった。

裂けた箇所は、医療用テープで止めてあるだけだから、もしかしたら傷口が開いているかもしれない。

マットレスの下に転がり落ちた懐中電灯を、手探りで拾い上げてスイッチを入れた。

何枚かのテープが剥がれてしまった箇所から出血し、それが二の腕から脇までこすれた痕を作っていた。

隣のユノの身体に灯りを向けると、彼の腕にも、胸にも、内ももにも真っ赤な血筋が付いていた。

今さっきのセックスで重ねた身体同士で、塗り広げてしまったみたいだ。

アルビノの肌が、僕の流した血液で汚された光景を、官能的だと感じた僕は異常だろうか。

 

「ごめん...汚してしまった」

 

白いシーツにも、赤い痕がところどころにある。

 

「どうってことない。

シーツを洗えばいい」

 

半身を起こした僕は、横たわるユノに問いかける。

 

「ねぇ。

ユノは不思議な身体をしているね」

 

「どこが?」

 

「肌はこんなに冷たいのに...」

 

ユノの下腹に手の平を載せ、そうっと撫で上げた。

厚く盛り上がった胸筋を手の平のくぼみに収めて、手のひらに当たる乳首を転がすように柔く揉んだ。

ユノの肌はやっぱり冷たくて、僕の手の平がいかに熱くなっているかがよく分かる。

 

「死体みたいに?」

 

「僕は死体とヤッてることになるんだ」

 

つんと勃った乳首を突いたら、ユノがくすぐったそうにして、僕は少し嬉しかった。

 

「もし、死体とセックスしているんだとしたら...。

チャンミンはどうする?」

 

「どうするも何も、ユノの中は温かいし」

 

僕はユノの唇の中に、人差し指を押し入れた。

 

「温かいから、ユノは死体じゃない」

 

ユノの舌が僕の指に絡みついた。

口内の粘膜を、ぐるりとなぞった。

その指をユノの舌が追って、軽く指の付け根が甘噛みされた。

それから、指の股をくすぐり、口をすぼめて僕の指を舐め上げたり、出し入れしたりした。

 

「はぁ...」

 

かと思うと、ちゅるっと指先だけが吸われて、ちろちろとくすぐられた。

 

「...っあ、はぁ...」

 

(指一本で、こんなに感じてしまうなんて...)

 

まるで自身のものを、口で奉仕されているんだと錯覚してしまう。

僕の下腹部が重ったるく痺れてきた。

僕のものが、首をもたげて勃ちあがってきているのが分かった。

ユノの両頬をとらえようとしたら、手首をつかまれた。

 

(あいかわらず、なんて力だ...)

 

僕はこれ以上逆らわず、両手をマットレスの上に落とした。

 

「いいことしてやるよ」

 

ユノは立ち上がると、何かを持って戻ってきた。

僕の両手首をぐっとつかむと、万歳の恰好で頭の上に持ち上げた。

 

「!」

 

ユノが僕の手首に何か硬いものを巻き付けている。

カチャカチャという音と手首に冷たい金属が触れて、僕のベルトだと分かった。

 

「ユノ!

何をするんだ!」

 

「チャンミンを悦ばせてあげるんだ。

こういうの、好きなんじゃないかって思ってさ」

 

そう言うと、僕にぴったりと寄り添うように横たわった。

 

「やっ...外せ...!」

 

巻き付けられたベルトを外そうとしたが、びくともしない。

 

「もがくと手首を怪我するぞ」

 

そう言うとユノは、僕の手首の内側にキスをした。

手首から怪我をした箇所に向かって、ついばむようにキスをしていった。

 

「はぁ...」

 

そして、傷口には決して触れないよう、ぺろぺろと周囲を舐めた。

 

「ふっ...」

 

ズキズキ痛む傷と、その周囲の温かく柔らかな感触の対比に、腹の底からぞわっとした痺れが生まれた。

二の腕の内側に軽く歯があてられるだけで、ふっと全身の力が抜ける。

脇の下からどっと汗が噴き出した。

ユノの唇が、二の腕の内側を通って僕の脇に到達した。

べろりと僕の脇が舐められた。

身体が跳ねる。

 

「やっ...!

汚いから...駄目...だって」

 

両腕を下ろそうとしたら、すかさずユノに押さえつけられた。

ふふっとユノは鼻で笑うと、舌でとんとんと叩いたり、体毛ごと肌を吸ったりした。

くすぐったいけれど、下腹がじんと痺れる。

 

「はぁ...ぁん...」

 

かすれた喘ぎが漏れる。

 

そんな僕の反応を、ユノは面白がっているようだった。

 

「チャンミンは感じやすいんだな」

 

喘ぐたび、ユノは僕の唇に軽いキスをする。

 

(脇をいじられるのが、こんなに気持ちがいいなんて...)

 

「チャンミンの匂いがする」

 

「あ!」

 

ユノは僕の脇に鼻を押し付けて、思いっきり吸い込むんだから!

 

「駄目...!

臭いから...やめ...て!」

 

一日の終わりで、たっぷりと汗をかいた後で、さぞかし匂うだろうと、恥ずかしくてたまらない。

ふうっと息を吹きかけられて、僕の体毛が震える。

 

「ふ...ん」

 

僕はぎゅっと目をつむる。

股間に血流が集まっているのが分かった。

今夜は2度も達したのに、僕の精は尽きていないみたいだ。

いやらしい。

僕は性欲に支配された卑猥な男だ。

両腕を緊縛されていたため、快感によじる動きを制限されてしまっていた。

こんな状況に、かえって興奮した。

縛られて、身動きできなくて、ユノにいじられるがままで、熱い吐息を漏らすだけで。

自由になる両膝を立てて、寄せた両腿をこすり合わせることで快感を逃す。

両脚をよじるたび、膨張した僕のものが弾んで揺れる。

ユノの視線が、僕の股間に注がれているのが分かる。

見られていると意識したら、ますます怒張していく。

ユノの人差し指が、僕の唇をなぞる。

 

「口を開けて」

 

口内に侵入したユノの指に舌を絡め、指全体を舐め上げる。

 

「そんなんじゃ駄目だ。

もっといやらしく舐めろ」

 

僕が知っている限りの方法で、ユノの指を舌で愛撫する。

 

「下手くそ。

チャンミンは、まだまだだ」

 

僕の額にキスすると、ユノはくすくすと笑った。

ユノは僕の腰の上にまたがって膝立ちした。

マットレスに転がした懐中電灯の灯りが、ユノの身体をぼんやりと照らしている。

ユノの肩からウエスト、そして腰をつなぐカーブを描いたシルエットが綺麗だった。

視線を下に辿ると、ユノの脚の付け根の中心に、ひときわ濃い影があって、ぐんと鼓動が早くなった。

僕は今、対面している。

美しい、裸の男性が僕の上にまたがっている。

性急過ぎた2回のセックスの際は、じっくりとユノの身体を視的に愛でることができなかったから感動した。

ユノに触れたい。

でも、僕の腕は自由を奪われている。

ユノは僕の乳首を、2本の指でぎゅっとつまんだ。

 

「は...ん」

 

ぴくりと僕の腰が浮き上がった。

 

「そうだったね。

チャンミンは、乳首が弱いんだったね」

 

親指で押しつぶされた。

 

「んっ...」

 

両手を強く握る。

敏感な突起を、捻り上げられ引っ張られる。

 

「...んんんっ!」

 

ビクビクと下腹が波打った。

千切れるんじゃないかと、怖くなるくらい捻られた。

 

「いいっ...いいっ...もっと...もっと!」

 

痛いのに...気持ちいい。

もっと痛くして欲しい。

 

「ここに、ピアスしてやろうか?」

 

「...え?」

 

「冗談」

 

僕の唇から、たらたらと唾液が流れる。

 

「縛られて、興奮してるね。

チャンミンはどMの変態だ」

 

ユノは僕の首筋に軽く吸い付いた。

ぞわっと下半身に向かって鳥肌がたつ。

ついばむように、僕の耳の下に、鎖骨の上にと軽いキスを降らした。

膝を立てて腰を持ち上げることで、僕の上に膝立ちしたユノの尻に、僕のものをこすり付けた。

腰をゆらすと、ちょうど僕のものの先がユノの尻に当たる。

 

「いやらしいね、

チャンミンはいやらしい子だ」

 

ユノは後ろ手に、ぴくぴくと小さく震える僕のものを握った。

 

「ふっ...」

 

ユノの親指が、亀頭の上をくるくると円を描く。

ぬるぬるとしているから、さぞかし先走りがあふれているのだろう。

今すぐ自分の穴に、ユノのものを埋めて欲しい衝動に襲われていた。

前じゃなくて、後ろを虐めて欲しいのに。

腰を浮かせようとすると、ユノの両腿で制される。

僕の内面に暴れる肉欲が高まり過ぎて、耐えられない。

拳の中で、爪が手の平に食い込む。

じれったくて、焦らされて、苦しい。

 

「...がい...」

 

「なあに?」

 

「お願い...だ」

 

「何が?」

 

「お願いだから...」

 

ユノが僕の頬を優しく撫でた。

乏しい灯りの元、ユノの1対の眼がぎらっと光った。

見入られて、快楽と焦燥の間で僕の眼は潤んでいるだろう。

 

「挿れて...」

 

「何を?」

 

「ユノの...ものを...」

 

「俺のものって...なあに?」

 

分かっているくせに、ユノは分からないふりをしている。

 

「ユノのを...」

 

(そんなこと...恥ずかし過ぎて言えないよ)

 

でも、ここではっきりと言わないと、ユノは僕のお願いをきいてくれないに決まっている。

 

「恥ずかしいのか...可哀そうに」

 

呆れたような表情をしたユノは、僕の口元に耳を寄せた。

 

「何を挿れて欲しいんだ?

教えてチャンミン」

 

...もう駄目だ...。

 

「言え」

 

ユノが欲しい。

僕はユノに逆らえない。

顔を寄せたユノの耳にむかって、囁いた。

 

「わかったよ。

いい子だ、チャンミン」

 

ユノは僕の髪を優しく撫でる。

僕は堕ちた。

僕の目尻から、涙がつーっと流れ落ちたのが分かった。

 

(つづく)