(20)僕を食べてください(BL)

 

~人形のよう~

 

処理場に繋がる道から下りてきた1台トラックと、二人の乗ったX5が三差路で鉢合わせになった。

2台の車がすれ違えない道幅で、ユノはX5を退避場まで後退させた。

すれ違いざま、トラックの運転手は高級車の助手席に座るチャンミンに気付いて、停車した。

荷台には4匹の猟犬を閉じ込めた4台の檻と、イノシシ用の箱罠、何かが入ったポリタンク、鎖などの物騒なものが載せられている。

猟犬たちは、柵の隙間から鼻づらを出して歯をむき出して唸ったり、唾を飛ばしながらチャンミンたちに向かって吠えたてていた。

 

「おお、チャンミン!」

 

サイドウィンドウが開いて、Sがチャンミンに声をかける。

運転席のユノに気付くと、Sは驚愕の表情を見せたが、瞬時にそれを消した。

Sの問うような表情に気付いたチャンミンは、「ユノのことを、なんて紹介しよう」と逡巡しているうちに、

「同じ学校に通っています」とユノは如才なく答えた。

Sはしばらくチャンミンとユノを交互に見ていたが、「じゃあな」と手を挙げて発車させた。

クラクションを鳴らすと、吠え喚く猟犬の乗せたトラックは走り去っていった。

Sとユノの視線が、一瞬意味ありげに絡んだことに、チャンミンは気付かなかった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

僕の背後に音もなく忍び寄れるのだから、野生動物のような俊敏さを持っているはずだ。

けれど、今のユノは動きにキレがなく、気怠そうだった。

ところが、「お手並み拝見」

廃工場に着くなり、そう言ってユノは服も下着も全部脱いでしまった。

 

「今日はもう、ヤラないんじゃ...」

 

ユノに添い寝しながら、たわいもない会話を交わすつもりでいた。

 

「疲れているんだろ...だから、やめておこう...」

 

高い位置から差し込むオレンジ色の夕日に、ユノの白い身体が照らされて、息をのむほど綺麗だった。

肩からウエスト、腰へと逆三角形に流れる直線、太ももに挟まれた翳りなど、全身がきゅっと引き締まっていて、理想的なパーツを組み立てたらこうなるんじゃないだろうか。

そういえば、明るい日の下でユノの裸を見るのは初めてだった。

呆けてしばらく、見惚れていた。

彼が綺麗過ぎて、欲情がわいてこなくて焦った。

ユノに倣って僕も、Tシャツもデニムパンツも、下着も全部脱いだ。

僕のその気がない振りも、こんな程度だ。

数日前まで知らなかった愉悦の沼に足を浸けてしまった僕。

僕の中に天秤があって、片方に心という名の分銅が、もう片方に肉体という名の分銅が乗せられていて、その場の雰囲気で容易に揺れる。

両方がつり合っている時間が極めて短い。

今の僕の天秤が、どちら側に大きく傾いているかは言わずもがな。

もちろん、ユノとの精神的な繋がりを欲している。

小学生の僕とユノは会っていた。

墜落寸前の事故車から僕を救い出してくれた。

ユノ年齢のことや、くるくる変わる瞳の色のことや、不思議が沢山つまった彼のことをもっと知りたい。

もしかして、ユノは人間じゃないのでは?

シリコン製の人形のように温かみのない肌を持っている。

怪我をしたのかしていないのか、現実と夢も分からなくなってしまった。

きっとそうだ。

故郷に着いたあの日、僕はエアーポケットみたいな所に迷い込んでしまった。

そこで、僕は綺麗なお人形と戯れているんだ。

街へ帰らなければならない2日後に、気付いたら駅のロータリーにいたりするんだ、きっと。

 

それならそれで、いい。

 

いや、その方がいい。

 

白昼夢の世界にいるのなら、不思議は多いほどよい。

ユノの裸を前にしても、僕のものはわずかに顔をもたげた程度で、僕は焦った。

しごいても、反応がない。

 

「くそっ」

 

僕はユノが信じる愛に応えなければならないのに。

刺激すればするほど、僕の手の中でそれは惨めに小さくなっていくばかりだ。

情けない僕は、全裸でマットレスに腰掛けたユノの肩を押して仰向けにさせると、彼に身体を密着させた。

横抱きにしたユノの首に顔を埋めて、「ごめん」と謝った。

 

「チャンミンのは勃たなくてもいいんだよ」

 

「それはそうだけど...」

 

さらさらとこすれるユノの肌が冷たくて気持ちがいい。

僕も疲れているみたいだ。

ユノの耳に「好きだ」と囁いた。

今の僕は、ユノの信じる愛に応えられないから、僕の信じる愛を言葉で伝える。

 

(僕がここにいられるのは、あと2日。

それも、明後日の午前中にはここを発たなければならない。

時間がない)

 

ユノの身体に刻みつけなければ。

ユノのみぞおちに広げた片手を乗せた。

柔らかく押し返す弾力の心地よさを味わいながら、手の平で触れるか触れないかの距離で、そうっと下へ撫でおろした。

その間、半開きにしたユノの瞳から目をそらさない。

ユノの瞳の色が、瑠璃色だった。

やっぱり、ユノは人形だ、と思った。

僕の手はユノの太もものつけ根まで到達し、下へ忍び込む。

僕は初めてユノのそこに触れた。

なんて大きくて固いんだろう。

それから...なんて美しいんだろう。

人差し指と親指で輪を作り、ゆっくりと上下にしごいた。

ユノの肩に鼻先を押しつけて、僕は吐息を漏らす。

柔らかな袋をかき分けて、手の平で優しく揉んだ。

ユノの腰がぴくりと震えた。

指を濡らすユノの先から湧いた液に、僕の呼吸は荒くなる。

ユノの表情と身体の震えに神経を注ぐ。

どうやればいいか分からないけれど、ユノを気持ちよくさせたい。

指を手前に引いて、曲げた指先でそこをタップするように刺激した。

ユノの顎が上がって、半開きにした唇からかすかに声が漏れた。

じわっとぬるりとした粘液が溢れてきて、先走りという名の愛液か、と思った。

よかった、感じてくれてる。

僕はもう片方の手でユノの顎をつまむと、深く口づけた。

ユノの腰が浮いて、膝が小さく痙攣した。

ユノの甘い吐息を飲み込む。

嬉しくなった僕はユノの舌をからめて、ぐるりと上あごを舐め上げた。

僕の舌の動きに合わせて、ユノの引き締まった白い腹が揺れる。

ユノの手が僕の手首を押さえたが、僕は無視をした。

本気で嫌なら、ユノに手首をを折られているだろう。

僕の手はどんどん濡れていく。

僕の身体も火照ってきて、その熱はユノの肌に吸い込まれていった。

この数日、イってばかりの僕のものは半勃ちにしかならない。

次は僕の唇で。

両膝を大きく押し開き、僕はユノの両ももの間に顔を埋める。

舌全体を使ってぺろりと舐め上げ、尖らせた舌先でちろちろとくすぐった。

ユノのものが完全に直立した。

ユノを舌で刺激しながら、輪にした指も強弱をつけて上下にこする。

自身の自慰の時を思い出しながら。

もう片方で太ももを優しく撫でさする。

唇はもちろん、僕の鼻先からあご先までユノのぬめりにまみれて、僕は手探りでユノを愛した。

ユノの足先が伸びて、小刻みに腰が震えている。

いける。

ユノの腰の上に跨った。

ユノのものに手を添えて、ゆっくりと挿入した。

 

「は...あ...」

 

ユノのものは僕の中へと吸い込まれ、うごめく僕の中が窮屈だ。

 

「あ...」

 

なんて気持ちがいいんだろう。

最初は緩く大きくスライドしていたけど、駄目だ、余裕がなくなってしまう。

 

「はっ...はっ...」

 

ユノにぶち当てるように、激しく腰を突き落とす。

肌同士が叩く音が響く。

 

「好きだ、ユノ、好きだ」

 

もっと深く、深く、ユノに挿ってほしい。

仰向けだったユノの腕を引っ張って起こして、彼の首に腕を回す。

ユノに跨って、隙間なくぴったりと肌同士を密着させ、口づけて...上も下も全部、彼と一体になりたい。

それまで、僕に身をゆだねていたユノが、動きを開始させた。

ユノは僕の腰を押さえつけ、自身の腰をグラインドさせる。

ねっとりと、僕の吐息に耳をすましながら、僕の中をかき回すのだ。

 

「あっ...はっ...」

 

腰を大きく突き上げられる度に、僕の身体は踊った。

ユノと僕の腹の間で、僕のものもぴたぴたと揺れて叩く。

 

「好きだ...んっ...」

 

ユノは僕の胸先を口に含んで、舌で転がし、強く吸った。

 

「...あはっ...」

 

僕は喘ぎと共にユノに問う。

 

「好き?

僕のこと、好き?」

 

ユノを知りたい。

ユノの身体を通して、彼の心を探ろうとしても。

言葉で通じない代わりに、身体で愛を注ごうとしても。

ユノから快楽以外のものを引きずり出せない。

 

「好き?」

 

「...好きだ」

 

ユノはそう答えてくれたけど...彼が指摘した通りだ。

抱き合っている間は、互いのことしか考えていない。

ユノと繋がっているという行為に興奮し、全身を震わす快感に夢中になり、そして彼の心も欲しいと願う。

身体を離した後も、繋がっていたいと願う。

繋がるとは...心のこと。

でも、ユノはそうじゃないらしい。

だから僕は、ユノとずっと身体を繋げていないといけないんだ。

もっと話がしたいのに、結局交わり合うことに終始してしまうのは、そのためなのか?

ユノとの精神的な繋がりを求めれば求めるほど、かえって僕が溺れていくだけだった。

 

 

(つづく)

(19)僕を食べてください(BL)

 

~君を知っている~

 

 

目を何度こすっても、視界は赤く染まったままだった。

 

ぬぐった手の甲が真っ赤だった。

 

これは、血...?

 

耳がおかしくなったみたいだ。

 

無音世界だった。

 

僕はダークグレーのマットに四つん這いになっていた。

 

膝が痛くて体重移動させると、ぐらりと地面がかしいだ。

 

黒く濡れたマットに、ワインレッドのバッグが転がっていた。

 

母の誕生日に父が贈った、おろしたてのバッグだ。

 

助手席のシートの真下のそれを引き寄せた。

 

シートによじのぼったら、ガクンと傾いた。

 

ヘッドレストにしがみついて、窓を力いっぱい叩いたのに、誰も来てくれない。

 

僕は閉じ込められた。

 

パニックに陥ってもおかしくないのに、僕は叫び声ひとつあげなかった。

 

窓の外から目が眩みそうに強い光線が、差し込んでいる。

 

鈍い音とともに、ガラスのかけらが僕に降り注ぐ。

 

シートに散らばる透明で四角い粒が、おはじきみたいで綺麗だった。

 

二の腕を力強くつかまれたかと思うと、窓枠の外へ引きずり出された。

 

夜虫の鳴き声が、わんわんと五月蠅い。

 

何者かに抱きかかえられた僕は、昼間の熱がこもるアスファルトの上に下ろされた。

 

その人は膝を折って、僕の目線に合わせた。

 

お人形さんかと思った。

 

蝋のように青白いおでこをしていた。

 

目の縁だけが赤く色づいている。

 

赤くつややかに濡れた唇を、手の甲で拭った。

 

そして、人形のような青い目と真正面から目が合った。

「僕は...」

 

喉にひっかかって、思うように言葉が出てこない。

 

「...君を知っている」

 

ユノは僕の手の中のサングラスを取り戻すと、すかさずかける。

 

ユノの目元が、再びサングラスに覆われた。

 

「君に会っている」

 

僕の口の中が渇いていた。

 

「事故のとき」

 

セミの音も清流の音も、遠のいた。

 

「僕を...助けてくれて」

 

小学生だった僕が見た彼と、大人になった僕の隣に座るユノが、同じだった。

 

「僕は...子供だった」

 

しわひとつない顔。

 

「君は...」

 

今の僕と同い年にしか見えない。

 

「...いくつなんだ?」

 

「何歳だっていいだろ。

例えば、20歳と言えばいいのか?

30歳なら納得するのか?」

 

僕はユノに助けられたのだ。

ヘッドライトのハイビームが、僕らを眩しく照らしていた。

 

耳をつんざく轟音に驚いて振り返ると、僕を閉じ込めていた車が消えていた。

 

 

 

 

アスファルトにぺたりと座り込んだ僕の、手の平をじんじんと焼くアスファルトの熱さを、今も覚えている。

 

「若作りをしているだけさ」

 

僕の髪をくしゃっと撫でたユノは、立ち上がった。

 

「帰ろうか」

 

ユノは僕を残して、すたすたと歩き去った。

 

「置いていかれたくないんだろ?」

 

梯子の途中で、ユノが大声で僕を呼んだ。

 

 

 

 

ユノは僕の恩人だった。

 

墜落間際のつぶれた車から、僕を助け出してくれた。

 

母のバッグを抱きしめた僕を、カワヤナギの陰に寝かせた。

 

近づく悲鳴や怒号、サイレンの音に、ユノは立ち去った。

 

しばらくの間、僕は無言だった。

 

ユノも前方を睨みつけていて、助手席の僕をちらとも視線を向けなかった。

 

「僕を覚えていた?」

 

「あの河原で、チャンミンの話をきいて思い出した。

あの時は、旅の途中でたまたま通りかかった」

 

「そうだったんだ」

 

「あの時の、可愛い坊やだったんだって。

大きくすくすく育ったんだね」

 

あの時のユノは、若くて綺麗なお兄さんだった。

 

今のユノも若い。

 

エアコンがききすぎていて、鳥肌のたった二の腕をさすっていたら、「寒い?」とユノは風量を弱めた。

 

気にかかっていた一件を思い出した。

 

「変なことを聞くけど...僕って、怪我していたよね?」

 

顔を前方に向けたまま、サングラス越しのユノの目がこちらを向く。

 

「怪我って、どこ?」

 

「腕なんだ。

血が出ていなかった?」

 

傷一つない日に灼けた腕を撫ぜて見せ、ユノに尋ねる。

 

「いや。

怪我だなんて、大丈夫なのか?」

 

初耳のようなユノの様子に、僕の頭に困惑が渦巻いた。

 

(嘘だろ?

僕の気のせいだったのか?)

 

鋭いトタン板が切り裂いた瞬間の激痛を、覚えているのに。

 

血がにじむ傷口をユノに晒して、下半身が重く痺れた感覚を覚えているのに。

 

訳がわからない。

 

吐き気がした。

 

額に手を当てて考え込む僕の二の腕に、ユノの指先が触れた。

 

「気分が悪いのか?

家まで送るよ」

 

僕は首を横に振った。

 

冷たい肌を持った、年齢不詳のユノの側を離れたくなかった。

 

僕をばあちゃんちの前に降ろしたら、ユノのX5はうんと遠くまで走り去って、二度と戻ってこないのではという恐怖があった。

 

2日前、ユノと初めて食事をしたファミリーレストランの前を通り過ぎた。

 

「河原で話していたことの続き」

 

ユノが淡々と話し始めた。

 

「チャンミンの言わんとすることは、なんとなく分かっているよ」

 

膝にのった僕のこぶしに、ユノの冷たい手がのった。

 

「いいか、チャンミン?

『好き』だなんて言葉を簡単に口にするものじゃないよ。

まだ俺の身体のことを、知らないだろう?」

 

羞恥で僕の身体が熱くなった。

 

「チャンミンは経験がないから、仕方がないさ。

だから。

俺の身体をすみずみまで見て、触って、感じる前に、『好きだ』なんて早すぎるだろう?」

 

ユノの言う通りだ。

 

僕のセックスは、挿れられるだけだ。

 

自分が気持ちよくなることしか、考えていなかった。

 

恥ずかしい。

 

「好きだ」とささやくだけでは、ユノには不十分だった。

 

ユノが信じる愛は、互いの身体を繋げること。

 

「ユノ!

連れて行って!

ユノの家へ。

ユノを抱きたい」

 

ユノへ「好き」を伝えるために、僕はユノの身体を愛撫する。

 

「ユノを愛したいんだ」

 

 


 

 

チャンミンの言葉に応えず、ユノはしばらく黙り込んだまま運転を続けていた。

 

己の信じる愛とは何かを言及するうち、互いの相違が浮き彫りになった。

 

チャンミンの心中が、じわじわと焦燥感で侵食されていく。

 

「ユノの言う『愛』に応えるから、ユノの家に戻ろう」

 

チャンミンはシフトレバーに添えたユノの手を握った。

 

「今日は、無理」

 

間髪入れずに答えたユノは、チャンミンの手の下から自身の手を引き抜き、ハンドルの上へ移してしまった。

 

「どうして?」

 

こんな些細な行動さえ、チャンミンの不安を煽った。

 

「僕の身体が好きなんだろう?

僕もそれに応えるから」

 

「今日は、無理なんだ」

 

「嫌だ」

 

「やることが沢山あるんだ。

それに...少し、気分が悪くなったから」

 

ユノの顔は漂白した紙のように真っ白だったが、フロントガラスから降り注ぐ日光に誤魔化されていて、チャンミンは気付かなかった。

 

ユノの眼の下の隈が、殴られたかのように頬の上まで青黒く拡がっていたが、サングラスで隠れていたせいで、チャンミンはそれを窺い見ることはできなかった。

 

「ヤラなくていいから、ユノの側にいるだけでいいから。

ユノは横になっているだけでいいから」

 

「駄々をこねるなって。

頼むから」

 

「どこにもいかないって約束して。

明日会いに行って、もぬけの空だったなんてことは、絶対に嫌だから。

お願いだから、側にいさせてよ」

 

チャンミンはユノの肩を揺すって哀願していた。

 

「事故るから、手を離せ」

 

ユノはコンビニエンスストアの駐車場にX5を乗り入れると、停車させた。

 

「行かないから」

 

「...わかったよ」

 

チャンミンの切羽詰まった口調に折れたのか、ユノはため息交じりに答えた。

 

単なる早とちりだったが、この朝経験したぞっとした感覚はチャンミンにとって相当なものだった。

 

ユノと何度も繋がったのに、チャンミンは不安だった。

 

「どこにもいったりしない」

 

と、ユノは答え、「今のところは」とユノは心中で付け加えた。

 

(チャンミン...。

こんな展開になるとは思いもしなかった。

引きずり込んだ俺が悪い。

今の俺は、これ以上お前と過ごすのがキツくなってきたよ)

 

「本当に?

絶対に?」

 

チャンミンの目が必死に訴えていた。

 

(連れて帰らなければよかった。

まさかあの時の坊やだったとは。

いっそのこと、あの時食べてしまえばよかった)

 

「ああ。

だから今日は、帰れ、な?

頼む」

 

ユノはサングラスを外すと、薄墨色の瞳でチャンミンを正面から覗き込み、言い聞かせるようにゆっくりと発音した。

 

「嫌だ」

 

チャンミンはきっぱり拒絶して、ユノを睨みつけた。

 

「...チャンミン。

俺を困らせるな」

 

(僕を置いていってしまう。

僕が信じる愛と、ユノが信じる愛が乖離していることが浮き彫りになった今、

がっかりしたユノが、僕を捨ててしまうかもしれない。

ユノに置いていかれるかもしれない。

ユノに捨てられるかもしれない。

残された僕は、どうにかなってしまう)

 

ユノにまつわる不思議はすべてすっ飛ばして、ユノを失ってしまうのではないかという恐怖に支配されていた。

 

「わかった」

 

ユノはチャンミンに気付かれないよう深く息を吐いた。

 

チャンミンが放つ恐怖の香りが、ユノを苦しめた。

 

ハンドルを切って方向転換すると、2人の乗ったX5は元きた道を引き返した。

 

 

(つづく)

 

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(18)僕を食べてください(BL)

 

~繋がるだけが愛なのか~

 

「あ...」

 

ユノの喘ぎを聞いた気がして、ついで出たのは「好きだよ」の言葉。

目の前が真っ白になって、つむったまぶたの裏で赤い星がチカチカする。

奥深く突き刺されたまま、腰だけ小刻みに揺らした。

ユノの首にしがみついた両腕が限界だった。

ユノの熱い吐息が僕の首筋にかかる。

僕の吐息が、ユノのひと突きごとに不規則に乱れる。

 

「ユノ...好きだ」

 

感じるユノを見たくて、ユノのサングラスを取り上げた。

眩しいのかユノは、固く目をつむって顔をそむけた。

 

「ユノが...好きだ」

 

こんなにも綺麗な人から、例え同意のもとのものだったとしても、凌辱されているんだと想像すると、たまらなくなる。

貫かれることに幸福を感じている。

そう思った途端、僕の中が引き締まり、膨れ上がったユノのもので中が窮屈だ。

 

「んっ」

 

ユノの耳たぶを食み、耳を頬張った。

耳の穴に、溝に舌を這わせ舐め上げた。

 

「好きだ」

 

ユノの鼓膜に僕の言葉がダイレクトに伝わるといい。

「好きだ」と繰り返しつぶやいた。

ユノの両手が、僕の髪をかき乱す。

ユノの指が触れた頭皮から、ぞくぞくとしたさざ波が背筋へと下りる。

ぴったりと僕の唇がふさがれた。

同時に舌が強めに吸い上げられた。

 

「んっ...」

 

息が苦しい、だから余計に気持ちがいい。

痩せているとはいえ、大の男を軽々と抱えるユノ。

僕はまるで小柄な女の子みたいに、ユノに揺さぶられている。

 

「...無理、もう無理...!」

 

「そんなに...締めつけるな...」

 

他の体位を試す間もなく、僕の絶頂は間際まで来ていた。

 

「おくっ...奥はだめ...もう、ダメっ...奥だめ、奥...ダメっ...奥、奥はぁ!」

 

内へ内へと、ユノのものを飲み込み、うねる僕は...男を忘れた。

 

「ひぁ...ひぃ...や、やぁ...やめ、やめ...」

 

気持ちが良すぎる...。

歯を食いしばって、やり過ごそうとしたが、もう限界だ。

 

「好きだ」

 

抱え上げなおしたユノの腰も揺らし、僕の腰も揺らした。

心臓が痛いくらいに打つ。

鼻水が詰まって、口で呼吸するのがやっとだ。

 

「イキそう...!」

 

水浴びをした後のように、ずぶ濡れに汗をかいていた。

 

「んっ、んっ...」

 

こんなところで、何やってんだ。

両親の事故現場なんだぞ。

罰当たりな。

でも、いいんだ。

全然、構わない。

 

「ユノ...っ!」

 

股間の底が張り詰めてきた。

 

「イキそ...う...」

 

額をユノの肩にあずけ、僕は目をつむる。

 

「ユノ...っ...

ユノっ...。

好き...だ...好き。

...ユノ、好き...好き...はっ、んっ、はっ...」

 

最後のひと突きで絶頂を迎え、ドクドクと僕の中へ注ぎ込まれたもの。

これは...。

僕の排泄器官に満たされたもの。

これって...。

くっくっとユノの腰が痙攣し、最後の一滴まで、僕の中へ放った。

ユノのものが収縮しきるまで繋がったまま、僕は彼の肩に頭をもたせかけていた。

 

「はあ、はあ、はあはあはあはあはあ...」

 

自身の荒い呼吸音が鎮まるにつれ、周囲を包むセミの声と川音が戻ってきた。

ずるんと引き抜いて、僕の身体は地面に下ろされた。

かくんと膝が抜け、ユノに支えられた。

 

「ふらふらじゃないか?」

 

「う、うん...」

 

砂利上に膝をついてしまった僕。

ユノは互いの粘液だらけなのにも構わず、それを下着におさめると、脱ぎ捨てられていたTシャツをとって、僕の背にかけてくれる。

 

「起きれるか?」

 

僕の傍らにひざまずいて、肩を抱くユノの声音が優しい。

 

「...うん...」

 

立ち上がったことで僕の割れ目から、とろっとしたものが垂れる感触が。

指を濡らす白濁した粘液に、僕の幸福感といったら。

なんて光景だろう。

ユノのもので汚された証を目にして、彼の『獲物』になれたと満足だった。

同時に、征服欲が満たされた。

征服感...僕の身体はユノを絶頂に導いてやり、僕の中で放たせてやったのだ。

なぜか、そんな充足感があったのだ。

川砂に投げ捨てられたユノのサングラスを拾い上げた僕は、ふざけてかけて見せた。

そんな僕の仕草に、橋げた下の日陰のユノが微笑んだ。

つくづく、美しい人だと思った。

僕は下着を付け、デニムパンツを履き、Tシャツをかぶった。

下着の後ろがねちゃりと濡れて、その冷たさにうっとりとしてしまう。

僕は水際まで近づきしゃがみこんだ。

川水に浸した手で、火照ったうなじを冷やした。

 

「ユノ」

 

背後のユノに、川面を眺めながら語りかける。

 

「僕らは知り合って未だ4日だ。

『好き』と口にするには、早すぎるのかもしれない。

でも、好きだと言わずにはいられなかったんだ。

僕は明後日には戻らなくちゃいけない。

もし...もしもだよ。

ユノがよければ...もし、僕のことが嫌じゃなければ。

これからも僕に会って欲しい。

ここまで会いにいくから。

僕らはこんなことばかりしてるけれど...。

本当は、ユノと話がしたいんだ。

僕は...ユノのことを知りたい」

 

「知る必要がある?」

 

僕の真後ろからユノの声がした。

汗ばんだ僕の首筋に、ひやりとしたユノの指が触れた。

いつの間にか、足音なく背後にまわっていたらしい。

 

「あるよ!」

 

振り向くと、ユノのホワイトデニムの裾と、キャンバス地のスリッポンが視界に入った。

 

「どんな人なんだろう、って知りたくなるのは当然だろ?」

 

「愛し合うのに、そういう知識は必要なのか?」

 

「え...?」

 

「なあ、チャンミン。

お前は俺と抱き合っている間は、俺のことしか考えていないだろう?

それで十分じゃないか?

初めに言ったように、俺はチャンミンのことが気に入った。

今も、チャンミンのことが気に入っている。

初めて会った時から、チャンミンには俺の気持ちを伝えていたはずだ。

ちゃんと伝わっていなかったのか?」

 

穏やかな口調で、同時に冷静で淡々とした言い方だった。

それが寂しかった。

僕とユノとの間に、大きなすれ違いが横たわっている。

 

「チャンミンのことを気に入っているって言っただろ?

それで十分じゃないか?」

 

額の上に手をかざしてひさしを作ったユノは、僕の隣にしゃがんだ。

 

「チャンミンの顔も身体も声も匂いも、全部好きだ。

特に、お前が喘ぐ声が好きだ。

お前の細くて真っ直ぐなペニスが好きだ。

それじゃ駄目なのか?」

 

「セフレってことか?」

 

「どうしてそんな発想になるのかな。

好きじゃなければ、チャンミンのを舐めたりしないし、挿れたりしない。

俺の気持ちは伝わっていなかったのかな?」

 

そういうことか。

ユノは僕の顔と身体を気に入って、それを恋だと勘違いをしているのかもしれない。

肉体の愛。

互いの身体に舌を這わせ、指をなぞらせ、性器を接触させる行為そのものを、彼は愛と思い込んでいる。

僕はとっくの前に、彼に夢中になっているというのに。

ユノの身体を求めてしまうのは、股間を熱くさせてしまうのは、肉体の繋がりこそがユノの信じる愛なんだということを、僕は察していたのだろう。

僕の身体に触れることが、イコール、僕への愛情。

ユノに触れられて漏らす恍惚の喘ぎが、イコール、ユノへの愛のささやき。

身体の繋がりなしに僕らの関係は成立しないのか。

生まれてはじめての、脳みそまで痺れてしまうほどの愉楽を知った。

僕も僕だけど、ユノもユノだ。

今さら、心同士の繋がりを育てていくことは可能なのだろうか?

 

「僕は好きな人とヤリたいよ」

 

と、ユノの手が伸びて僕が制する隙もなく、デニムパンツのボタンが外された。

 

「やめろ!」

 

続けてファスナーが下ろされ、下着から萎えた僕のものが引っ張り出された。

 

「やめ...ろ!」

 

ユノは僕の股間に顔を伏せ、柔く小さくしぼんだ僕のものを口に頬張った。

 

「ひぃっ...」

 

ユノの肩を押して抵抗したけど、それは形ばかりのものに過ぎない。

口で愛撫されてしまったら...もう...僕は。

 

「ああぁ」

 

敏感に反応してしまう、自身の浅ましさときたら...。

ユノの口の中で、あっという間に勃起する。

亀頭を咥えながら、根元からカリの部分まで、ゆるく握った手でしごかれた。

最初は機械的なリズムで、ゆっくりと上下にしごかれる。

カリのくぼみをちろちろと舐めまわされ、唇でひっかけられた。

 

「あっ...」

 

裏筋が吸い上げられながら、小刻みに舐められる。

快楽の泥沼の底に沈んでいく。

僕は黄金色の沼に沈んだままだ。

恍惚の沼の底に横たわって、光きらめく水面を見上げていた。

黄金色の蜜がとろとろと揺らめいている。

綺麗だった。

僕はもう浮上できない。

 

「ひっ...」

 

たっぷりの唾液でぬるぬるになって、ユノの口内で舌が踊って、僕は天を仰いで恍惚の世界を漂う。

 

「あぁ...っ」

 

深く咥えこまれ、喉奥で圧迫された。

 

「ひっ...!」

 

かすれた悲鳴が漏れた。

きつく握られていた根元が解放された。

緩く早く、柔くきつく刺激されて、僕は達する。

ユノの喉が動いて、放出された薄い吐精がごくりと飲み込まれた。

これがユノの好意の証か。

顔を起こしたユノは、唾液でつややかに濡れた唇を手の甲で拭った。

 

「わかった?」

 

サングラスをかけていない、明るい日差しの下のユノの顔。

柔らかそうな前髪が、川風にさらわれおでこが露わになった。

 

「眩しい。

返せ」

 

かけたままだったサングラスを、僕は外してユノに手渡した。

僕の瞳は、色彩と光、そして現実世界を取り戻した。

 

「ユノ...」

 

この時だ。

順光にさらされたユノの紺碧色の瞳と、初めて真正面から目が合ったのは。

 

(つづく)

(17)僕を食べてください(BL)

 

~僕は奴隷だ~

 

上では互いの舌を出入りさせ、下ではユノのものが出入りする音をたてている。

ユノと繋がっている感動と、昼間の屋外で行為に至っているふしだら感が合わさって、僕は興奮の真っ只中だった。

それでも、昨日のように無我夢中になり過ぎないよう、快感を逃すためたくし上げたTシャツを噛んだ。

 

「んっ...んっ...」

 

ひと振りされるごとに声が漏れ出てしまって、噛みしめていたTシャツがぱさりと落ちた。

僕の腰をつかんだユノの手が、僕の胸を這う。

 

「やっ...そこは、だめ!」

 

ユノの爪先に両胸の先端をひっかかれ、僕の背中が痙攣する。

 

「きっつ...。

締めすぎだよ。

感じすぎ」

 

僕をからかうように言って、ユノは全体重を僕の背に預けると、僕の身体をガクガクと前後に揺する。

ユノの腰の律動に合わせて、僕はひんひん喘ぐ。

川のせせらぎ、頭上を走り去る自働車、蝉の鳴き声...これらの音のおかげで、どれだけ大声を出したって大丈夫だ。

強弱つけて前後するユノの腰骨が、僕のお尻に打ちつける音もそう。

コンクリートブロックに両手をついて、崩れ落ちないよう必死で身体を支える。

項垂れた僕の目に映るのは、足首までずり落ちたデニムパンツと下着と、踏ん張るスニーカーの足先だけ。

ユノは「服が邪魔だ...」と苛立たし気に言った。

僕のTシャツは胸上までまくし上げられ、完全に脱ぎ切らないままでユノは手を放してしまった。

僕の頭はTシャツに覆われて、胸下を裸にさらした格好となった。

Tシャツに包まれて、目に映るものは真白な生地だけで、周囲の音からも遮られた。

自然と僕の全神経は、ユノと繋がるあの一点だけに集中することとなる。

 

「...あん...あっ...あん...ああ、ああっ...」

 

歓喜の呻きが、布地の中に閉じ込められて、僕の耳にダイレクトに届く。

自分の喘ぎ声に興奮してどうするんだよ。

ここは外だぞ?

 

「気持ちいいか?」

 

耳元でユノの低音に囁かれ、僕は振り子のように頷く。

 

「...うん、もっと...もっと、頂戴」

 

ずくんずくんと腹底から弾ける痺れ。

 

「これは...?」

 

腰を高く引き上げられて、僕の両手は支えを失い宙に浮いてしまう。

 

「ひゃぁっ...ん!」

 

入り口直ぐの底面ばかりを狙って、浅突きされた。

 

「そこっ...そこ、だめ...そこ、だめっ...だめだめだめぇ」

 

くの字に折った僕の身体は、玩具のようにぐらぐらと揺れる。

立っていられるのも、やっとだった。

遮二無二に肉欲を受け止める自分の、濫(みだ)りがましさを軽蔑する。

日常の僕は常識的で大人しくて、できるだけ道徳的な人物であろうとしていた。

冷静沈着さを装い、醒めた表情を取り繕いながら、むくむくと、密かに育ててきたものがあったのだ。

辱められたい、いたぶられたい、はしたなく乱れたい。

心の奥の襞と襞の間に、ひた隠してしてきたそれを、今ここで吐き出せる自分に悦んでいた。

真昼間に、屋外で、ガードレールから身を乗り出して見下ろせば見られてしまうかもしれない状況にも興奮した。

僕はユノに耽溺していた。

絶頂の際に口をついて出てしまった「好きだ」の言葉。

その返答は得られず、逆に諌められた。

にもかかわらず、ユノは僕の色欲を煽って、浅ましい僕の中に侵入してくる。

混乱する。

宙ぶらりんとなった僕の気持ちの始末に困っていた。

それならばと、ぽっかりと空いた心の隙間を埋めたかった。

言葉で通じないのなら、僕の身体をもって恋情を伝えるしかない。

前戯のイロハを知らない僕だった。

ユノを愛撫する余裕もなかったし、その隙も与えられていない。

やみくもに穴を差し出すことしかできない、自分の青臭さと不器用さにつくづく呆れる。

僕の中に渦巻く不安と焦燥、そしてユノへの恋情をぶつける方法が、今はこれだけしか思いつかない。

 

「くっ...」

 

ユノの喉から、くぐもったうめき声が漏れた。

それを耳にした僕の入口が、きゅっと閉まったようだ。

 

「締まるなぁ。

チャンミンのここ...女みたいだ」

 

両膝はがくがくになっており、今にも崩れ落ちそうな僕の爪先が、足元の川砂を乱す。

 

「だめっ」

 

僕のものに伸びてきたユノの手をかわそうと、身体を捻った。

勢いで、ユノのものがずるりと抜け去ってしまった。

脱ぎかけのボトムスが僕の足首をもつれさせ、バランスを崩した僕は尻もちをついてしまった。

視界を覆っていたTシャツを脱ぎ捨てた。

裸のお尻に、日光にあぶられた川石が熱い。

見上げた先に、濡れそぼったユノのものがてらてらと天を向いている。

たまらず、飛び起きた僕は正面から彼に抱きついた。

 

「チャンミン...どうした?」

 

たまらなくて、ユノの喉に吸い付いた。

息を荒げることなく、余裕たっぷりなユノを征服させたい。

その肌のきめ細かさと、静脈が透けて見える薄い皮膚を間近にすると、赤い痣でいっぱいにしたくなる。

 

「興奮し過ぎだろ」

 

「...うるさいっ...!」

 

ユノの喘ぎ声を聴きたくなった。

むしゃぶりつく僕のうなじをつかまれ、引きはがされた。

ユノの眼は濃いサングラスで覆われている。

白い顔にそこだけぽっと色づく唇を、片端だけくいっと持ち上げた。

 

「服が邪魔だ。

脱げよ」

 

「......」

 

...ユノには逆らえない。

 

命じられた僕は、デニムパンツを下着ごと脱ぎ捨てた。

裾にひっかかったスニーカーも脱いだ。

橋脚の間を吹き抜ける風が股間をなぶる。

真昼間の屋外で、僕はなんて恰好をしているんだ。

滑稽で情けないやら...それなのに、ぞくぞくと興奮した。

触れてもいない僕の先端から、透明な水滴が光っている。

ユノは僕の腰を抱えて持ち上げると、擁壁に押し付けた。

僕はユノの首にぶらさがり、両脚で彼の腰を抱え込む。

僕のお尻が左右に割られ、露わになった箇所にユノの先端が円を描いて遊ぶ。

 

「挿れて欲しいか?」

 

「...っうん、挿れて...早く!

...うっ...んんっ...」

 

僕の返事を待たず、押し入ってきたものに僕の内臓が持ち上がる。

抜けるギリギリまで腰を引いたのち、ずんと一番奥まで刺し貫かれる。

 

「ふ...あっ」

 

背筋に強すぎる快感の電流が走る。

どうして僕を攻めるの?

僕の身体がいいから?

僕はね、ユノの雄を刺激している自分が気に入っているんだ。

ユノを煽っている自分に悦んでいるんだ。

ユノの腰に絡める両膝に力を込めると、同時に入口にも力が入って引き締まる。

それまで固く引き結ばれていたユノの唇が開いた。

そして、低く掠れた湿っぽい呻き声が...。

ユノの感じている表情を見るのは初めてで、勇気づけられ、肉欲が煽られた。

ここは屋外で、川石がゴロゴロ転がるところで横たわることもできない。

限られた体位でしか繋がることができない点がもどかしくて、かえって興奮材料となった。

 

「...チャンミン。

誰かに見られちゃうぞ?」

 

「!」

 

ユノの囁きに、一瞬我に返った。

 

「誰かこっちにくるぞ?

渓流釣りの人かなぁ...」

 

「えっ...!?」

 

ここは川遊びに絶好の場所だけど、大の大人が水着もつけずに全裸でいるのは不自然だ。

しかも、性交の真っ最中なのだ。

 

「やっ...離して!」

 

腕を突っ張っても、足を揺らしても無理だった。

 

「ガードレールから、下を覗いているぞ。

チャンミン...どうしてお前は、服を脱いでいるんだ?」

 

「!」

 

ユノの腰に絡めていた両脚を下ろそうとしたが、彼の強靭な腕にそれを阻まれた。

 

「だって、ユノが...脱げって」

 

「嫌なら、イヤだって拒めばいいのに。

脱いだのはチャンミンなんだぞ?」

 

外気は暑く、前髪から汗がしたたり落ち、ユノの指摘に羞恥で熱くなった全身からさらなる汗が噴き出るのだ。

 

「...梯子を下りて来たぞ。

どうする、チャンミン?

見られちゃうぞ?」

 

ユノに命令されたからその通りにしたんだ、服が邪魔だったから脱いだんだ...それから、恥ずかしいことをしたかったから裸になったんだ。

そう認めなくても、ユノにはお見通しなんだ。

 

「締まってきた。

いやらしいなあ、チャンミンは...」

 

うねる僕の中が狭まったのか、ユノのものが膨張したのか、その両方なんだろう。

 

「見られちゃうぞ?

どうする?

おっと...また締まった」

 

「んっ...離して...見られちゃうから」

 

ユノは抱えた僕の腰を、ゆさゆさと揺らす。

 

「...あぁ、ダメだって...あっ...そんな...」

 

「早く終わらせないと、見つかるぞ?

厭らしいなぁ、チャンミンは?

興奮してるのか?」

 

僕の腰をきつく引き寄せて、奥深くまで挿入したままで、ぐるりと円を描く。

ダメだと思えば思うほど、止めないで欲しいと請う。

 

「どスケベだな。

お前はど変態だ」

 

「...ひっ...や、やっ...見られちゃう、見られちゃう!」

 

「チャンミンのはしたない尻の穴も、丸見えだぞ?

チャンミンは男にヤられてるんだ。

太いものを突っ込まれて、悦んでるところを見られちゃうなぁ?」

 

青い空、四方は濃い緑の山々に囲まれた、涼し気な水音を立てる清流。

僕の目には、風光明媚な景色など一切、映っていない。

中が苦しい。

気持ちよすぎて、苦しい。

僕は何をしているんだ?

前を出しただけの青年に、僕はカエルになってしがみついている。

ユノを前にすると、何でもできてしまう自分にくらくらする。

もっと辱めて欲しい。

僕はユノの、奴隷だ。

 

 

(つづく)

(16)僕を食べてください(BL)

 

 

~心もあげる~

 

 

木陰のおかげで日差しは避けられるが、気温は高く、汗がとめどなく噴き出す。

 

(しまったな...喉が渇いた)

 

立ち止まって、汗に濡れた前髪をかきあげ、ガードレール下の川を見下ろした。

 

廃工場の谷川と、他の支流が合流したものが、今見下ろしている川だ。

 

僕の陰毛に埋もれた美しい青白い顔が、パッと脳裏に浮かんだ時、ディーゼルエンジン特有のガラガラ音が後方から聞こえてきた。

 

ガードレールにくっつくほど身を寄せた。

 

アスファルトの隙間から生える雑草を踏みつけたスニーカーに視線を落として、車が通り過ぎるのを待っていた。

 

深いレッドが目に飛び込み、はっとして顔を上げた。

 

サイドウィンドウがゆっくりと下りて、サングラスをかけた白い顔が白い歯を見せて笑っていた。

 

「チャンミン」

 

この時の僕は、馬鹿みたいに惚けた顔をしていたと思う。

 

僕を置き去りにして、二度と戻ってこないのではないかと思い込んで泣いたこと。

 

ユノの不在に予想以上に衝撃を受けた自分がいたこと。

 

これまでの逢瀬は夢の出来事だと、半ば本気で信じかけていたこと。

 

これら僕を苦しめていた気持ちが、一瞬で消え失せてしまった。

 

「ユノ...」

 

叫びたいのに、ユノの手を取って頬ずりをしたいくらいだったのに、僕はかすれた声でユノの名前をつぶやいただけだった。

 

「乗る?」

 

僕はこくんと頷いて、助手席側にまわって乗り込んだ。

 

車内はエアコンが効いていて、乾いた涼しい風が心地よかった。

 

「ドライブしようか」

 

言葉が出てこない僕は、こくんと頷いた。

 

「そこに飲み物があるから」

 

助手席の足元にあったビニール袋から、よく冷えた炭酸水を1本とった。

 

ユノは次の退避場でX5の向きを変えると、道を下り始めた。

 

「どこに...行ってたんだ?」

 

ユノの横顔を、サングラスのつるを引っかけた白い耳を見る僕は、恋焦がれる目をしているだろう。

 

「荷物を受け取りに街へ出ていた」

 

「...僕も」

 

「ん?」

 

「僕も...連れていけばよかったじゃないか。

僕は...置いて行かれたかと思って...っく...」

 

「...チャンミン」

 

「もう戻ってこないのかと思って...ひっ...く」

 

言葉は途中から嗚咽交じりになった。

 

「ユノがいなくなって...全部夢だったんじゃないかって...」

 

しまいには、子供みたいに泣いていた。

 

「チャンミン...ごめん」

 

ユノはX5を停めるとシートベルトを外し、腕を伸ばして僕の頭を引き寄せた。

 

「寂しかったんだ」

 

僕の頬や首に触れるユノの腕が冷たい。

 

でも、僕の頭を撫ぜるユノの手が心地よくて、「ごめんな」という彼の声音が優しかった。

 

ユノにまた会えた安堵と、自分の思い込みの激しさに呆れた。

 

とにかく、ぐちゃぐちゃになった感情の処理が追い付かなくて、涙を流すことでしか表現できなかった。

 

 

 

 

ユノが停車した場所は、例の橋のたもとだった。

 

僕らはX5から降りて、眼下数メートル下を流れる川を欄干から見下ろした。

 

「ほら。

ここだけ新しいだろ?」

 

そこだけが塗料の色が濃い箇所を指さした。

 

ユノに問われてもいないのに、僕は滔々と子供の頃に遭った事故のことを、両親を亡くしたことを語っていた。

 

その間僕は、焦げ茶色のくすんだ欄干にシミ一つない白い手を置いたユノの、サングラス越しの視線を感じていた。

 

「...で、これがその時の勲章なんだ」

 

前髪をあげて、生え際の傷跡を見せた。

 

僕は目を閉じて、ユノのひんやりとした指が傷跡をなぞられるがままになっていた。

 

「チャンミンが発見されたっていう場所はどこ?」

 

「こっち」

 

河原へ降りるための梯子へユノを案内した。

 

夏の間、川遊びをする子供たちのために作られた木製の簡易的なものだ。

 

「滑るから、気を付けて」

 

僕らは1歩ごとにしなる足場板を下りてゆき、丸石に足をとられながら橋脚の傍まで行きついた。

 

「この辺りだよ」

 

カワヤナギの茂みを指さした。

 

十数年前、僕はこの茂みの中で、母親のバッグを抱きしめて眠っていた。

 

その時点では、父親の死のことも瀕死の母親のことも、知らずに。

 

「そうか...」

 

薄いブルーのTシャツとホワイトデニムを身につけたたユノは涼し気で、相変わらずスタイルが抜群だった。

 

「眩しいね」

 

僕らは橋脚の真下まで移動した。

 

コンクリート製の橋脚にもたれて、橋げたの真裏を見上げた。

 

時折、橋を渡る車の音がして、かすかに橋げたが揺れるのが分かる。

 

ユノの手が僕の腕に触れた。

 

「なあ、チャンミン」

 

僕の正面に立ったユノは、僕の腰に腕を回した。

 

「悲しかった?」

 

「当然だろ。

大切な家族だし、二度と参観日にも、運動会にも来てもらえないんだ。

家に帰っても『おかえり』と言ってもらえない。

悪さをして頭を叩かれることも、二度とないんだ。

お父さんとお母さんの、生身の身体がなくなっちゃうってことが辛かった。

でも、一番辛いのは、友達のお父さんとお母さんを見る時かな。

どうして僕にはいないんだろうって、羨ましかった。

まだ子供だったから、思い出が少なかったのが幸いだった」

 

ははっと乾いた笑いを浮かべた。

 

「でもね、僕も一緒に死んでしまえばよかったとは思わなかった。

どうして僕だけが助かったのかは謎のままだけれど...」

 

両親を思い出して、センチメンタルなことを話しているのに、僕の腕はユノの身体を力いっぱい抱きしめていた。

 

ユノの後ろ髪に鼻をうずめたら、あの甘い香りを思い切り吸い込んでしまって、抜き差しならない情欲に侵食されてきた。

 

ユノと会ったら、真っ先にしたいこと。

 

ユノの腰を引き寄せて、僕のそれに押し付ける。

 

「俺のことが好きなんだ?」

 

「うん」

 

「好きだから、したいんだ?」

 

「...うん」

 

頷いた僕は橋脚と擁壁が作る空間へユノの手を引いて連れて行き、彼の身体を擁壁に押し付けた。

 

腰を揺らめかせて、既に固く盛り上がったユノに自身のものをこすりつけた。

 

左右に腰を振って押しつけながら、ユノのホワイトデニムの前を緩めた。

 

ユノのものが勢いよく飛び出してきて、それを目にした僕の呼吸は荒くなる。

 

ユノに背を向けた僕は擁壁に手をつき、膝までデニムパンツを下ろした。

 

「挿れて?」

 

ユノのそれに手を添えて、僕のあそこにに誘導した。

 

ユノのものが侵入する。

 

「っんん...」

 

温かく潤ったものでユノのものを包み込み、僕は充足感に低い唸り声を漏らす。

 

ユノのものが、僕の中で脈打っていた。

 

ユノが戻ってきてよかった。

 

夢じゃなくてよかった。

 

ユノの身体が欲しい。

 

代わりに、僕の身体をあげる。

 

でも、僕は初心だから、心はあっち、身体はこっち、といった具合に分けられない。

 

心も一緒に差し出してしまうけれど、それで構わないよね?

 

 

 

(つづく)

 

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