(52)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

「風邪ひくぞ!」

 

うつ伏せで息も絶え絶えなチャンミンの尻をパシッと叩いた。

 

「うう~ん...もうちょっと休ませて」

 

チャンミンは突っ伏したままで、起き上がれる状態じゃないようだ。

 

俺にはよく分からないが、とんでもなく気持ちいがいいスポットを刺激してしまったらしい。

 

喉をのけぞらせ腰をガクガクと痙攣させ、泡でも吹くんじゃないかと心配になるくらいの様態だった。

 

俺に満足してくれてるんだ、と悦に入ってしまう。

 

1か月前まで童貞だった俺でも、回数を重ねれば多少は上手くなる...多分、上手くなっていると思う。

 

すべて、チャンミンのリードのおかげだ。

 

チャンミンは俺の下や上で次々と体勢を変え、俺のものを前から斜めから後ろからと全方向から突き立てられたがった。

 

抱き合っている間のチャンミンは、俺の動きに身を任せ、なんなら自らどん欲に俺を求め、快楽に我を失っている。

 

俺の方も、快感に任せてチャンミンを玩具のように揺さぶってしまわないよう、セーブするのに必死だ。

 

我慢もむなしく、獣になった腰の動きを止めることができなくなる。

 

ホースを抱えて天国までの階段を無酸素状態で駆け上がり、最上段でホースの蛇口を全開。

 

1滴残らず放出し終えると、俺はその場で崩れ落ちる。

 

虚脱感から徐々に理性が戻ってくると、いいようのない違和感が気になる時がある。

 

今こうやって、俺の肩に顎をのせて「もう一回しようよ」とチャンミンは甘えているけれど、鵜呑みにできないと警戒してしまうのだ。

 

「チャンミンは心からリラックスしていないのか?」という疑いだ。

 

どこか緊張しているような気がする。

 

なぜだろう...?

 

過去の恋愛の詳細を訊ねられたくないから、とか?

 

あいまいににごした回答が気に入らなかった俺から、突っ込んだ質問をされるのが困る、とか?

 

誰だって、好きな奴には恥ずかしい過去を知られたくないものだ。

 

...違うか。

 

チャンミンの交際人数がとんでもなく多かったことは、既に知っている。

 

でもそれは身体だけの付き合い重視のもので、心の繋がりが伴う交際ではなかったってことも知っている。

 

「ユノの童貞を奪っちゃったじゃん。

責任を取らなきゃね」

 

と、どこまで本音の言葉なのか判断に迷う軽口を叩くらいなのだ。

 

徐々に化けの皮が剥がれていったのではなく、出逢った時から既に、チャンミンはちゃらちゃらとした態度でいた。

 

さらに、過去の男も登場したくらいだ。

 

何を今さら取り繕う必要がある?

 

「あ~あ」

 

心の壁を感じてしまうんだよなぁ。

 

さあ軽蔑してくれといわんばかりに、自分がいかにナンパな男だったかを、自虐的に 「それでもいいか?」と俺を試していたのかもしらない。

 

「はあ...」

 

深読みし過ぎているのだろうな、そうだな。

 

「ちゃんと楽しんでいるか?」

 

「俺は重すぎやしないか?」

 

俺の方こそ、チャンミンの様子うかがいなところがあるかもしれないなぁ。

 

チャンミンは一人の男と腰を据えて付き合った経験がないようだから、要は恋愛に慣れていないのだと思う。

 

だからこそ、俺は昔の男たちとは違う、ってところを証明しないと!

 

「...あ!」

 

俺は怖いことを考えてしまった。

 

チャンミンは他の男と寝ていないだろうな?

 

二股三股は当たり前だって、本人が言っていたじゃないか。

 

H初心者の俺じゃ満足できなくなって、身体だけの男を作るかもしれない。

 

過去の男たちや行きずりの男の身体の下で、喘いでいたらどうしよう。

 

胸が痛い!

 

嫉妬だ。

 

「くそっ」

 

俺は頭を振り、汚い妄想を追い払った。

 

「ちょっと、ユノ!

さっきからブツブツと、気持ち悪いんだけど?」

 

スマホをいじっていたチャンミンは、眉間にしわを寄せて俺を睨みつけた(いつの間にか虚脱から復活していたらしい)

 

「ごめん、独り言」

 

チャンミンは「シャワー、先に入っておいで」と、俺をベッドから追い出した。

 

「へーへー」

 

...そういえば。

 

俺と初めてHをした翌日には、チャンミンの耳からダイヤモンドのピアスが消えている。

 

 


 

~チャンミン~

 

「髪の根元、黒く戻ってきてるぞ」

 

隣の席の男が、僕の髪に手を振れた。

 

「そう?」

 

ここは僕みたいな男たちが集う店だ。

 

過去に関わりを持った男たちと顔を合わせる可能性はあるが、彼らが互いにけん制しあってくれるおかげで、衝突することは少ない。

 

高値の花をきどる僕を狙うより、ボーイに近づいた方がプライドに傷がつくことは少ない。

 

最近、この店は女性客も受け入れるようになったことで、僕に注ぐ飢えた眼も減ったような気がする。

 

今僕に声をかけてきた男とは、ありがたいことに寝たことはない。

 

理由は単純で、彼はウケなのだ(ついでに言うと、僕の好みの顔立ちではない)

 

男は「見てみろよ」と、コンパクトミラーをポケットから出した。

 

「あ~、ホントだね。

そろそろ行かなくっちゃ」

 

薄暗い店内でも分かるくらい、地肌から5ミリほどが黒くなっていた。

 

銀髪もさび色に色褪せてきていて、美容院に行かねばならない時期が過ぎていた。

 

ユノと付き合うようになってから、身だしなみに隙が出来てきた。

 

ピチピチのパンツやシャツの胸元を開ける機会も減った。

 

男をハントする必要が無くなったからだ。

 

多分、ユノで満たされているのだろう。

 

申し分のないルックスを持つ恋人との相性は抜群で、毎度腰が溶けるようなHをしている。

 

ちょっと抜けていて、お人好しで、無神経なところもあるけれど、優しい性格の持ち主だ。

 

厄介なことに、最高の恋人を持つ満足感よりも、「これでいいのかなぁ」といった迷いのような感情が巣食っていて、この恋にどっぷりつかることの邪魔をするのだ。

 

このモヤモヤの根っこが何なのか、ちゃんと知っている。

 

「いつかユノが離れていってしまうかもしれない」という恐れだ。

 

僕はユノに相応しい人間じゃないんだよね。

 

 

僕が軟派な男に転じてしまった理由は、よくありそうな話だ。

 

中学生の時、童貞を失うより先にお尻バージンを奪われ、そいつに開発された。

 

そいつは男とヤルことが好きなストレートの男で、僕は彼のことが本気で好きだった。

 

今思えば、快楽を与えられ支配されていることを、愛されている証だと錯覚していた。

 

そいつは僕の身体を作りかえてゆく過程そのものを楽しんでいたフシもある。

 

そいつとの別れで絶望のどん底に落ちた僕は、恋心の扉を閉ざすことを心に決めた。

 

10代のハートはナイーブだったのだ。

 

それ以降、警戒心の塊だった僕がユノと出逢ってしまったことで、閉めていた恋心の扉をフルオープンさせてしまったのだ。

 

厄介なことに、ユノならば僕のすべてを認めて欲しい欲が出てきた。

 

僕の恋愛観を塗り替えた例の過去を、暴露すべき否かを迷っている。

 

ユノならば真剣に耳を傾けてくれ、一緒になって憤ってくれるって分かってる。

 

でも、そこまでユノに甘えてしまってよいのかなぁ?

 

「お先~。

湯船に湯を溜めておいたぞ」

 

「ありがと」

 

先にシャワーを浴びたユノとバトンタッチで浴室へ向かう。

 

だから、今みたいにスマホをベッドに置きっぱなしのまま浴室へ行くこともある。

 

盗み見して欲しいなぁ、なんて思ったりして。

 

(つづく)

 

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(51)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

面会終了時間30分前に、ばあちゃんが入所するホームに滑り込んだ。

 

車いすに乗ったばあちゃんが、中庭を見渡せるホールの窓際でうつらうつらとしていた。

 

俺が近づいていっても、ばあちゃんの視線は外の景色へ向けられたままだった。

 

空はほんのり赤く染まり、網戸の向こうから虫の鳴き声が聞こえる。

 

夕立で濡れた芝生が光っている。

 

夏が終わりに近づいている。

 

「俺んとこの団子。

売り切れる前に取り置いてもらったんだ。

ばあちゃん、好きだろ?」

 

携えてきた団子のパックを見せると、ばあちゃんの表情に正気が戻った。

 

間続きになった食堂から、出汁の匂いが漂ってきた。

 

椅子を並べ替えたり、テーブルを拭いたりしている職員の姿を見て、俺はハッとする。

 

よく考えずに買ってきてしまったが、夕飯間際の時間だった。

 

「ごめん、ばあちゃん。

もうすぐご飯の時間みたいだ」

 

と、ばあちゃんに持たせた団子のパックを取り返すと、ばあちゃんは「食べたいんじゃが?」と不服を申し立てた。

 

「夕飯が食べられなくなる。

スタッフさんに預けておくよ。

明日、おやつの時間に貰いなよ」

 

ばあちゃん担当のスタッフこそがチャンミンなのだ。

 

ホールを見渡してみたが、チャンミンの姿はなかった。

 

(今日のチャンミンは夕飯配膳担当ではないはず...食事のお迎えに行っているのか)

 

チャンミンのシフトを把握している俺はこう推測した。

 

このホームではシフトごとに担当が変わるらしい。

 

俺は近場にあったパイプ椅子を引き寄せ、ばあちゃんの正面に座った。

 

「母さんは来た?

新しい肌着を持ってくるって

ばあちゃんは今日、何した?

俺は仕事だった。

...忙しいかって?

繁忙期は過ぎたから暇だよ。

秋メニューの試食をしたよ。

ばあちゃん、栗ご飯好きだもんな。

ここの食事はどう?

...おいしい?

それはよかった。

...何して遊んでるって?

この前、友達と買い物に行ったんだ。

映画も観たよ。

ここでは何かリクリエーションってあるんだっけ?

...習字?

分かった、帰り際に見せてもらうよ」

 

ばあちゃんが聞いているか聞いていないか構わず話しかけていると、そのうちばあちゃんの意識と思考は眠りから覚め、やっとで会話ができるようになる。

 

ここでの時間の流れは緩慢過ぎて、うたた寝してしまいそうになる。

 

大声ではしゃぐ集団もいない、走り回っている者もいない、物のスケールが大人サイズの保育園のようだ。

 

芝生の広場には当然、ブランコも砂場もない。

 

すべての壁にぐるりと手すりが取り付けられている。

 

俺は日々、セールのアナウンス放送が延々と流され、商品があふれる店内は疲れ目にチカチカするような、目と耳に騒がしい場所で働いているから、余計にギャップを感じてしまう。

 

比較してしまうのはここがチャンミンの職場だからだろうか。

 

金魚の水槽や観葉植物や花瓶が置かれているのは、みずみずしいもので空気がよどまないようにしているためなのか?

 

「嫁さんは元気か?」

 

「は?」

 

「嫁さんとうまいことやっとるか?」

 

やれやれ、ばあちゃんの妄言が始まった。

 

ばあちゃんの意識は過去と現在、未来を行ったり来たりしている。

(未来というより、妄想の現在と言った方がいいかもしれない)

 

無下に否定したりせず、俺はばあちゃんの会話に付き合ってやる。

 

「子供らは元気か?」

「うん、元気元気」

 

ばあちゃんによると、俺には妻も子供もいることになっている。

 

俺はまだ25歳で結婚なんてリアルに考えたことはないし、特に今の恋人が男だということもあって、より遠くなってしまったイベントだ。

 

ばあちゃんはおもむろに、「こずかいをやろう」と車いすの脇ポケットからがま口財布を出してきた。

 

「いやいやいやいや。

ばあちゃん、いらないよ」

「ユノにお年玉をやらないと」

 

「今は夏なんだけどなぁ」と内心苦笑しながら、無理やり握らされたお札を無下に突っ返したりせず、「ありがたく」とポケットにねじこんだ。

 

もちろん、帰り際にばあちゃんの財布に戻しておく。

 

このやりとりは恒例のもので、ばあちゃんはいつでもこずかいをあげられるよう、財布を携えているのだ。

 

「ばあちゃんの担当の...チャンミンさんはどう?」

 

チャンミンの名前を出すだけでドキドキした。

 

まさか俺と恋愛関係にあるとは、誰も想像しにくいだろう......ばあちゃんの世代なら余計に。

 

「...チャンミン?」

 

ばあちゃんは一瞬視線を彷徨わせたが、

「あー、チャンミンさんね。

うんうん、あの子はいい子ね」

と、団子を見せた時以上に目を輝かせたから、チャンミンを気に入っていることが分かって安心した。

 

「喉を詰まらせる可能性のあるものはご遠慮ください」

 

突然、背後から声をかけられた。

 

振り向くと、ジャージにエプロン姿のチャンミンがぬうっと立っていた。

 

長い前髪はゴムでひとつにまとめている。

 

「あ...ども」

 

会釈をすると、チャンミンはよそ行きの笑顔を見せて挨拶した。

 

「こんばんは、ユノさん」

 

(けっ。

ユノ『さん』だってさ)

 

よく見るとチャンミンの笑顔はぎこちなく、気を許して意味ありげな視線を送ってしまわないよう抑えているようだ(それは俺も然り)

 

ここは恋人の職場だから、節度ある言動をとらねばならない(トイレや備品室に引き込んでヤるとかあり得ない)

 

今日はこの後俺んちにお泊りするくせに、チャンミンは「仕事帰りですか?」ととぼけた質問をしてくる。

 

「はい。

遅くなってしまって...夕飯間際にすんません」

「食事の介助をされていくご家族もいらっしゃりますから、大丈夫っすよ」

 

食事の配膳まで済ませると、チャンミンの今日の仕事は終了だ。

 

そして、ばあちゃんの見舞いを終えた俺と合流して、俺んちに向かう。

 

途中で食事をしてゆくか、できあいの物を買っていくかは道中決めればよい。

 

恋で頭がいっぱいになってしまうような若造じゃないから、寸暇を惜しんで会うような無理はしない。

 

俺たちはそもそも休日が合わないし、徹夜が辛くなってきたから、そうしたくてもできないというの正直な話だ。

 

チャンミンの顔を見たのは10日ぶりだった。

 

「ウメさん。

お団子は僕が預かりますね」

 

「チャンミンさんよ」

 

ばあちゃんに手招きされて、チャンミンは車いすの傍らにしゃがんだ。

 

「な~に、ウメさん?」

 

「うちのユノを婿としてどうや?」

 

「ムコ?」

 

「ユノは25にもなって結婚もしとらん。

うちのユノは優しくていい子だ。

ムコに貰ってくれんか?」

 

「ばあちゃん!」

 

俺はチャンミンとばあちゃんの間に割って入った(年齢だけは正確に覚えているんだ、と思いながら)

 

「変なこと言わないでよ!

チャンミンさんは男だよ!」

 

「ユノや。

変なこと言ってるのはお前だよ。

嫁さんに失礼なこと言ったらだめだよ」

 

(嫁さん?)

 

今日のばあちゃんは、彷徨い方のふり幅が大きくて付き合いきれない。

 

「お前は、思っていることをす~ぐ口に出す癖があるからの。

チャンミンさんに失礼なこと言ったら駄目だよ?」

 

ばあちゃんは再びがま口財布を取り出した。

 

「ユノや。

チャンミンさんと美味しいもの食べておいで」

 

ばあちゃんは抵抗する俺の手に、紙幣をねじ込んだ(こういう時のばあちゃんは馬鹿力を発揮する)

 

「さっきもらったばかりだから!」

 

「けち臭いムコは嫌われるよ?」

 

「わかったわかった。

ばあちゃんの言う通りにするよ」

 

チャンミンの方を振り返ると、彼は吹き出すのを必死でこらえていた。

 

(つづく)

 

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(50)ぴっかぴか

 

「ヤキモチ妬いた?」の問いに、「そりゃもちろん」とためらいなく認めるところがユノらしい、というか...。

 

「ヤキモチもあるけど、俺には心配なことがあるんだ」

一転ユノの表情が曇った。

 

「心配?

僕がまた、ナンパを始めるってこと?」

 

今のユノが抱えているだろう不安要素とは、僕の尻軽さだと思う。

 

僕は性的に気持ちよくなることや、男たちに組み敷かれることが大好きなエロ男だ。

 

ここで誤解して欲しくないのだけど、H相手がユノオンリーになってしまうのが嫌だったから、ユノとの交際に躊躇してしまったわけではない点だ。

 

ユノはこれまでの男たちと同じような扱いをしたらいけないタイプの男だ。

 

脱チェリーだの「運命だ」だのユノの勢いに流されるかたちで、付き合うことになってしまったけれど、決して物理的な力でねじ伏せられてはいない(誘ったのは僕だけど)

 

ユノは僕の質問に、「いいや」と否定した。

 

「違うの?」

 

「俺が心配なのは、昔の男がゴロゴロ出てきて、恨みつらみであんたが絡まれたりするんじゃないかってこと」

 

ユノの中で、あのタクシードライバーの一件が色濃く印象に残っているようだ。

 

「そいつらにいつか刺されるんじゃないか、ってさ。

でも、安心しろ。

そんときは俺が守ってあげるからな」

 

「守る?」

 

「ああ」

 

「ユノが?」

 

「ああ。

俺よりあんたの方が非力に見える」

 

ユノはつんつんと僕を指さして言った。

 

「い、いや...そんなこと求めていないよ」

 

またまたユノの大袈裟発言が始まったよ、と思った。

 

さっき見た映画の影響も受けているようだ(いわゆる、ヒーローもの)

 

「もし、何かがあったとしても昔のことは僕の問題だよ。

ユノを巻き込むわけには...」

 

「いいや!」

ユノは身を乗り出し、テーブル越しに僕の両肩をつかんで、グラグラ揺すった。

 

「因縁を付けられた時。

話し合いで解決できそうになかったら、あんたのことだから、『一回抱かせてやれば気が済むだろう』って、パンツを脱ぎそうなんだって!」

 

(どき)

 

「あんたの性生活って爛れていたんだろ?」

 

「相変わらず酷い言い方をするんだね」

 

「すまん」

 

「事実だけど」

 

「あんたは簡単に身体を差し出しそうだ。

そこんとこが心配なんだよ」

 

「......」

 

猪突猛進、純粋培養な単純天然野郎は、鋭い勘の持ち主だったりする。

 

「昔の奴らに絡まれたら俺を呼べ、ってこと!」

 

 

ユノが言う通り、昔の男に絡まれることは今後ありうる。

 

僕みたいな男たちの世界はとても狭く、前カレの元カレのセフレが僕、なんてパターンがあっても不思議ではない。

 

必ずしも特定の相手が欲しいわけではなく、ただ男とヤりたい、てっとりばやくヤレる奴、セフレが欲しいっていう奴もいる。

 

僕はボーイをやっていない。

 

金銭的なやりとりはない(僕を繋ぎ止めようと、高価な贈り物をくれることはあったけれど)

 

僕は男に抱かれるのが好きなだけ。

 

1回ポッキリにしたいのに、僕に惚れてしまう男が多いから、Hの後トラブルに発展しやすいのだ。

 

彼氏持ちや妻のいるノンケの男もその気にさせてしまったり、ぎゃあぎゃあ皆騒ぎ立てて、心底うんざりしてしまって、深く関わるのはよそう、と心に決めるのだ。

 

でも、たまに身体の相性のいい奴が現われて、手放しがたくて2度3度とベッドを共にするなんて気を許した挙句、「チャンミン、彼氏と別れてきたから付き合ってくれ」と懇願してくるのだ。

 

この手の男たちは、タクシードライバーの彼みたいに僕を恨みに思っていて、いつかどこかで出くわしたら面倒だ。

 

あの夜も僕に恨み言を吐き、1発ヤッて解放するつもりだったのではないか、と推測していた。

 

殴られるより、お尻を差し出した方が身のためだ。

 

「そんな怖い顔をしていないで、僕とHしようよ」と提案して、機嫌を直してもらうのだ。

 

(ダイヤモンドをくれた男は海外に行ってしまい、関わる機会がなくなって助かっている。気持ち悪い男なんだ)

 

...これが僕。

 

あの夜はユノが助けに来てくれて、僕のお尻は守られた。

 

 

でも、ユノに伝えた通り、今日のデートは楽しかった。

 

恋人同士っぽくて、胸がこそばゆい。

 

身の丈にあったありきたりなデートは、初めてだったかもしれない。

 

 

「チャンミン?」

 

頬に冷たいものが押し付けられ、僕は飛び上がった。

 

またまた上の空になっていたようだ。

 

両手でカップを包み込んでいたせいで、スムージーはどろどろに溶けてしまっていた。

 

ぼうっとしていた僕のために、アイスティーを買ってきてくれたようだ。

 

「暑さにやられたんか?

あんたは夜行性だからなぁ」

 

「ごめん」

 

「ま、いっか。

この話はまた今度。

帰ろうっか?」

 

僕らは連れだって店を出た。

 

手を繋ぎたくても、右手はカップ、左手は買い物袋で塞がっていた。

 

もちろん、手を繋いだりなんかしない。

 

ユノに迷惑をかけたくないし、僕だって興味津々な視線を浴びるのは好きじゃない。

 

でも、夜に限ってはOKだ。

 

 

(つづく)

 

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(49)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

喉が渇いた僕たちは、最初に目に付いたカフェに飛び込んだ。

 

クーラーの効いた店内に入るなり、汗がすっとひいた。

 

「チャンミンは何が飲みたい?

注文しておくから、先に席についてて」

と、ユノは財布を出しかけた僕を制した。

 

「え、でも...」

 

「いいからいいから。

席なくなっちゃうし」

 

ユノはしっしっと手を振って、僕をレジカウンターの前から追い出した。

 

僕は窓際の席を選び、ユノがやってくるまでの間、通りの人々を眺めていた。

 

街路樹はギラギラ太陽にあぶられて、ぐったりしているように見える。

 

女の子たちが薄着になる季節、身も心も開放的になる夏。

 

多くの男たちは、女の子たちの襟元からのぞくブラジャーの紐、白いパンツに透けた下着...女の子たちの隙に股間を膨らませるのだろう。

 

(こういうのを見ても、全~然そそられないんだよなぁ...)

 

僕なんて、膨らませた股間の方に興味がある。

 

突然、キンと冷えたものが頬に押し当てられた。

 

「つめたっ!」

 

犯人はユノで、頬に押し当てられたのは僕がオーダーしたフルーツスムージーのカップだった。

 

「エロいこと考えてたんだろ?」

 

「YES。

ユノの裸」

 

「おい!」

 

真昼間の下ネタが苦手なユノは顔をぷいっと背け、太いストローでチョコレートシェイクを吸った(チョコレートソースにナッツ、ホイップクリームをのせた甘々な、女の子が好みそうなドリンク)

 

「そうだ!

精算するよ」

 

いそいそと財布を取り出そうとした僕の手を、「いや、いらない」とユノの手が制した。

 

「なんで?」

 

「チャンミンは出さなくていいよ。

俺、男だし、払わせてよ」

 

「男?

僕も男なんだけど?」

 

ユノは「やべっ」といった風に、片手で口を覆った。

 

「デートん時の男は、女の子に奢ってやるのが普通だってこと?

ユノったら、僕を女子みたく扱うんだね」

 

この程度で腹を立てたりしないけど、眉根をよせ不機嫌ヅラを作ってみせた。

 

「いや...そういうつもりはなくて...」

 

ユノにしてみたら、ごく自然な行為だったらしい。

 

(そうだろうと思った)

 

「いつもの癖。

悪気は全くないよ」

 

「映画代出してもらったんだよ?」

 

「いや。

チャンミンが昼飯代を出したんじゃん。

カフェ代は俺が持つべきだ」

 

「ランチセットだったじゃん。

映画チケットの方が高かったよ?

もぉ、ユノ!」

 

きりのない押し問答に苛ついた僕は声を荒げた。

 

「あのねぇ、ユノ。

カフェ代くらい出させてよ。

ユノはいつも友達の分も払ってやってるの?」

 

「まさか!

あいつらの分を奢ってやるわけないじゃん」

 

「でしょう?

僕は男だし、男友達みたいに扱ってよ」

 

「そうだな...ははは。

チャンミンも男なんだよなぁ」

と、ユノはうなじをポリポリ掻いた。

 

「そうだよ~」

 

男と女を比べてしまうユノを攻めたらいけない。

 

だって、ユノはノンケなんだもの。

 

どっちがカフェ代を出すのか悩んでしまったのもそうだ。

 

男と交際するのが初めてだから、女の子の時と比較してしまったり、行動に迷ってしまったり、今みたいに女の子扱いをしそうになったりする。

 

(それにしても...)

 

「男は奢るべきだと考えてるユノって、考えが古いよね?」

 

「そういうつもりはないよ。

俺だって割り勘の方がありがたいけど、そういうもんだって刷り込まれてるから、疑問にも思っていなかっただけだ」

 

ユノは半分空になったカップをテーブルに置くと、チェアの背もたれにもたれ脚を組んだ。

 

(健康そうなくるぶしだ)

 

僕は、期待に反して甘すぎたスムージーを持て余していた。

 

「払ってあげたくなるんだよね。

今のも、チャンミンに冷たいものを飲ませてやりたかったし、2人で楽しみたいし。

お洒落な店って一人じゃなかなか入れないからね。

俺が奢らなくても、チャンミンはもともと奢られ慣れてそう」

 

「うっ...」

 

今度こそムッとしてしまったが、悔しいことに否定できない。

 

「わかった!

これからは割り勘でいこう。

そうしよう」

 

「わかった。

ルールがあると分かりやすいよな。

俺、男と付き合うの初めてだから」

 

「ルールって...。

普通にしててよ」

 

無駄に悩みそうなユノの真面目さに不安になった。

 

「早く飲めよ、溶けちまうぞ。

チャンミンのも飲ませてくれよ。

俺のもひと口やるから」

 

むすっとしている僕をよそに、僕のスムージーを奪い、僕にシェイクのカップを持たせ、「あっめぇ!」「水はいるか?」「トイレへ行ってくる」とひとりうるさいユノ。

 

僕はいろいろと考えていた。

 

トイレから戻ってきたユノに、ぽつりとこぼした。

 

「僕さ、普通の恋愛ってしたことなかったから、新鮮なんだ」

 

「え...どうした、チャンミン?」

 

「こういうのがデートなんだなぁ、って」

 

「これが?

ベタなコースで申し訳なかったな、って思ってたくらいなんだぞ?

あんたこそ、いろんなところに連れて行ってもらったんだろうって。」

 

「ううん。

僕のデートって、いつも夜だったから。

分かるでしょ?」

 

「あ~、分かる...かも」

 

「ヤること前提だからね。

前戯のデートはいらないの」

 

ユノは「そっか...」とつぶやいて、ため息をついた。

 

「俺なんて、夜のデートはしたことない」

 

「そうだろうね。

ユノはおひさまの匂い」

 

「健全、ってことか?」

 

「うん。

僕は...ローションの匂い...っ!」

 

ユノに口を塞がれた。

 

「ひるまっから、エロいこと言うなよな~。

恥ずかしいじゃん」と赤くなっていた。

 

僕の自虐ネタに、「過去の話とかいい加減、イタイんだけど?」と苛ついたのかと思った。

 

僕は指折り数えてみた。

 

関係を持った男たちの数を。

 

100人を超えるかもしれない。

 

ユノに伝えた数を大きく超えている。

 

僕にとってH1回は ビール1缶程度の軽さ。

 

恋人がいたとしても(向こうが恋人だと錯覚しているに過ぎない間柄)、同時進行はザラだった。

 

「...チャンミンはいろんな奴と付き合ってきたんだなぁ」

 

ユノは腕を組み、しみじみと感慨深そうに頷いている。

 

「何それ?

『ローション』と聞いて思いついたの?」

 

「そんなところ」

 

「昔の彼氏にヤキモチ妬いた?」

 

ジョークで訪ねてみた。

 

 

(つづく)

 

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(48)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

ドレスシャツとぴったぴたパンツは、ナンパ用のコスチュームみたいなものらしい。

 

日常のチャンミンはいたって普通の青年だ。

 

俺並にシンプルイズベスト。

 

夏の盛りの今は、Tシャツにピタパンの逆をいくゆとり幅のハーフパンツ。

 

足元はビーチサンダル。

 

すね毛は当然ない(全身無毛男だから)

 

30℃越えの今日に相応しいファッションだと言えるが、ラフな恰好をしたからといってカタギには見えない美貌やエロい空気感は、隠しきれていない。

 

撮影現場を抜け出してきたモデルのよう。

 

「あんたって、マジで目立つんだな」と、しみじみ感心したら、「知ってる」としれっと認めるチャンミン。

 

「すげぇ...。

自分で認めちゃうんだ?」

 

「だって、そう思ってるから。

でしょう?」

 

「ああ。

あんたはイケメンだ」

 

チャンミンは「ユノこそ、目立ってる」と唇を尖らせた。

 

わざとなのか無意識なのか、チャンミンのベタな言動にまだ慣れない。

 

(どエロくて、幼な小悪魔ってヤバいだろ?

いたずらを仕掛けたのを俺に見つかって、舌ペロとか、アカンベーとか、猫の鳴きまねとかヤバいだろ?

それがことごとく似合っているから怖いだろ?

女の子座りして俺のチンコしゃぶるとかヤバイだろ?

...おっと、話がずれてしまった)

 

「ユノの方がカッコいいよ」

 

「俺がか!?」

 

チャンミンのジョークに、俺は今日の身なりをチェックし髪を手ぐしで梳かした。

 

昨夜はチャンミンちに泊まったため、彼と同じシャンプーの香りがした。

 

背が高いのは有利だけど、髪型もこだわっていないし、洋服もしっくりくるものを着ているだけ。

 

女の子にも振られまくってる。

 

「俺は~...ぎり普通じゃね?」

 

俺の回答に、チャンミンは呆れたように首を振った。

 

「僕はさ、自分のことカッコいいって知ってるくせに、半端に謙遜する奴が嫌いなんだ。

でもユノは謙遜していないんだよね。

だって、すごいイケメンだってことに、本気で気付いていないんだもの。

そんなユノ、僕、好きだよ」

 

チャンミンが口にする「好き」に、まだ慣れない。

 

その「好き」に真実の「好き」が込められているのか、ついつい疑ってしまう俺がいた。

 

だからと言って、俺は「好き」の出し渋りはしない。

 

「俺も、チャンミン、好きだよ」

 

「...っ!」

 

毎度耳を赤くするチャンミンを意外に思う。

 

恋愛百戦錬磨のくせして、俺の「好き」に戸惑っている風なのだ。

 

軽い恋愛しかしてこなかったから、俺の重たい「好き」の扱いに困っているだけなんだ、と解釈している。

 

 

お互いの服を見繕ってやろうと、チャンミンと街に出かけていた。

 

交際2週間にして、思えば初めてのデートと言っていい。

(たまに合った貴重な休日をベッドの上だけで過ごしてしまったり!

童貞期間、溜めに溜めていた精力をチャンミンに注ぎ込んでいるのだろうか?)

 

映画を観て、小洒落たところでランチをとり、買い物に付き合ってやって、カフェでお茶して、自宅まで送ってやる。

(この定番中の定番デートコースは、恥ずかしながら過去の恋愛してきたものをなぞらえただけのお粗末なものだが、それくらいしか思いつかない)

 

思い返せば、彼女の喜ぶ顔が見たいからとサプライズ的な何かを計画してやるでもなしで、俺ってつくづく退屈な男だったんだな、と猛省。

 

フラれた理由が、Hをしなかったから...だけじゃなくて、つまらないデートしかできない俺に愛想をしたんだと、今さら気付いた。

 

チャンミンと付き合うようになって、過去の恋愛と今とを比較することや、自分のいたらなさに気付かされることが多くなった。

 

それは、チャンミンが男だからだと思う。

 

相手が同性な分、紳士的な言動や騎士道を相手に見せなくてもいい。

 

交際相手のために何をしてやれるかを、フラットな視点で考えることができる。

 

チャンミンと付き合いながら、「もしこれが女の子が相手だったら」「もしこれがチャンミン相手だったら」と比較の連続ということを、チャンミンには言いづらい。

 

「ユノ?

ボーっとしてる」

 

背中を小突かれはっと我に返ると、1着のTシャツが胸にあてられた。

 

「これなんかどう?」

 

チャンミンはTシャツと鏡の中の俺とを交互に見比べている。

 

「ちょっと明るすぎる色かなぁ?

どう?」

 

「俺、Tシャツは腐るほど持ってるんだけど?」

(俺はTシャツをコレクションしている)

 

苦情を申し立てたら、チャンミンは「ん~」っと渋い顔をした。

 

「今日みたいなのは好きなんだけどね。

ロゴも小さいしシンプルだから。

でもさ、ユノって外出用のTシャツって2パターンくらいしか持ってないでしょ?」

 

「夏はすぐに乾く。

少ない枚数でローテだ。

それに2枚じゃなくて、3枚だ」

 

「2枚も3枚も一緒だよ。

まさか、彼女と会うときもシンプルイズベストなファッションを貫いていたの?」

 

「ああ」

 

チャンミンは「まあ、信じられない!」といった風に、目を丸くして言った。

 

「ユノってホント、ナチュラルな男なんだね。

いい意味でも悪い意味でも。

素材がいいから許されるけどさ」

 

「うるさい。

頭がこれだから、半端に洒落っ気出すと見た目が過剰になるんだよ」

 

「自慢のTシャツコレクションは、外出には相応しくないっていう認識はあるんだね」

 

「もしか、俺を馬鹿にしてる?」

 

俺はチャンミンの膝裏に軽くキックを入れた。

 

チャンミンはギリギリのところでかわすと、「してないしてない」とケラケラ笑った。

 

「これからは僕が選んであげる~」

と、チャンミンは歌うように言うと、「別のやつにする。これはイマイチだった」と、店の奥へと行ってしまった。

 

互いに互いのファッションにケチをつけながら、今日の目的は果たせた。

 

チャンミンは俺のためにTシャツを、俺はチャンミンのためにスニーカーをそれぞれ選んでやった。

 

 

(つづく)

 

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