(12)ぴっかぴか

 

 

~チャンミン~

 

 

僕はテーブルに頬杖をついて、コーンフレークを咀嚼するザクザク小気味いい音を聞いていた。

 

胃がムカムカする僕は、グレープフルーツジュースがやっとだ。

 

僕に凝視されて、ユノは居心地が悪いようだった。

 

「食べにくいなぁ。

なんだよ、言いたい事でもあるのか?」

 

ユノはボウルに直接口を付けて、残ったミルクをずずずっと飲み干すと、汚れた食器を手に席を立った。

 

「うん。

ユノってカッコいいね」

 

食器をキッチンに運ぶユノの足が止まった。

 

そして、振り向いて言う。

 

「俺を褒めても何も出ないぞ?」

 

お!

 

この発言は、僕のことを意識している証拠だね。

 

昨夜、「僕は男の人が好き」とバラしてしまう作戦は成功かな?

 

僕の性の対象になっているのでは?と、警戒し出したね。

 

俄然ヤル気が湧いてきた。

 

「ジュースのお代わりはいるか?」

 

「もういいや。

ありがと」

 

がちゃがちゃと、食器がぶつかる音を派手にたてながら洗い物をするユノは、台所仕事が下手なのかな?

 

「ねぇ、ユノ」

 

「何?」

 

「シャワーを借りてもいい?」

 

「いいけど...。

着替えは?

汚れたやつをもう一回着るのか?」

 

ユノは僕の頭から足先まで見た。

 

「...そういうことになるね」

 

ちょっと困った風に答えたら、僕の期待通りに、

 

「俺のでよければ貸してやろうか?

ただし、パンツは駄目だ」

 

と言って、ユノはクローゼットの扉を開けている。

 

その中はぐちゃぐちゃに乱れていて、ユノという男は整理整頓が苦手なんだ、と新しい発見。

 

「昨夜、会ったばかりの素性の分からない、キモイ男に貸せないもんね」

 

「...その通りだ」

 

あっさり認めたユノを、見直してしまった。

 

そう言い切って、ユノは僕に背を向けてしまった。

 

正直でお人好しで素直なユノを、僕の毒牙の餌食にしてしまうのは、悪いなぁといった気持ちになった。

 

実をいうと、僕の股間の奥がウズウズしてきたのだ。

 

2週間の禁欲期間が身に堪えてきたようだ。

 

身体が寂しい寂しい、と僕に訴えかけている。

 

今夜あたり...あ、今日は遅番だった...仕事の後、半年前に寝た男を呼び出そう。

 

僕は抱かれたくて仕方がないのだ。

 

ユノを落とすには、長期戦になりそうだ。

 

「くんくん」

 

ユノの男くさい香り...。

 

「チャンミン」

 

ユノから借りたTシャツに顔を埋めて、匂いを嗅いでいた僕はハッとして、僕を呼ぶ声がする方へ向かった。

 

「バスタオルはこれ。

湯船につかるタイプ?

シャワーだけ?

シャワーの温度設定は分かるよな?

シャンプーは自由に...」

 

てきぱきと説明をしていたユノはそこで言葉を切ると、僕の髪をじろじろ見た。

 

「?」

 

「あんた、シャンプーとかにこだわってるだろ?」

 

「え...うん」

 

染めた髪色が褪せないよう、サロンで購入した専用のものを使っているのだ、僕は。

 

「俺の奴で我慢しろ。

ドラッグストアで買ったやっすいやつだけど」

 

「ううん。

十分だよ。

...あ、待って」

 

洗面所のドアを閉めかけたユノを止めたのは、気になっていたことがあるからだ。

 

「何?」

 

「まだ何か?」と、もの凄く面倒くさそうに、ユノは僕の方を振り返った。

 

「ユノって、綺麗な髪をしてるよね。

生え際もしっかり金髪でしょ。

2週間おきとかに通ってるの?」

 

ユノの頭を指さして質問すると、

 

「ああ、これね」

 

ユノは寝ぐせであちこちはねた、自身の髪をかきあげた。

 

うわぁ、かっこいいなぁと素直に思った。

 

 

 

 

「これ地毛なんだ」

 

「えええーーー!?」

 

「大抵の人はびっくりするよね」

 

ユノは髪をくるくると指先に巻き付けながら、肩をすくめてみせた。

 

「嘘っ!?」

 

僕はユノに近寄り、彼の髪をかきあげては地肌を確かめた。

 

確かに、つい昨日ブリーチしたばかりのように髪の根元からしっかり金髪だ。

 

僕の食い気味の接近にもかかわらず、ユノは嫌な顔一つせず、じっと大人しくしていた。

 

僕の方と言えば、びっくりしてしまって、下心はゼロだった。

 

こういう企みのない行動だと、ユノは僕を避けたりしないのだ。

 

ふむ...なかなか繊細なセンサーを持った男だ。

 

「学生時代は大変だったよ。

黒に染めたりしてさ。

明るい色にしたい人とは真逆のことをしていたわけさ」

 

「ねぇ。

下の毛はどうなってるの?」

 

純粋な好奇心だった。

 

「は、恥ずかしいこと言うなよな~」

 

ユノの顔は真っ赤に染まっている。

 

「見せてよ」

 

「駄目に決まってるだろうが!?」

 

「僕のも見せてあげるから」

 

「そういう問題じゃない!」

 

股間を隠すユノの手首をぐいぐい引っ張った。

 

「ちらっとだけ。

興味があるんだ」

 

ついでにユノのアソコも見てやろうなんて...70%くらいかな。

 

残りの30%はアソコを保護するヘアを見てみたかった好奇心。

 

「やめろ!」

「わっ!?」

 

力いっぱい突き飛ばされて、僕は後ろに転がり、ついでに後頭部を洗濯機にぶつけてしまう。

 

「悪い!」

 

差し出されたユノの手に引っ張られて、僕は立ち上がった。

 

「大丈夫か?

痛かっただろう?」

 

おろおろと心配するユノは、善良過ぎる。

 

「アソコは頭より濃いよ。

ほら、西欧人もそうだろ?」

 

「そっか!」

 

過去に関係を持った男を思い出して、僕は頷いた。

 

「とにかく!」

 

ユノはバスルームへと僕の背中をぐいぐい押したのち、ぴしゃりとドアを閉めてしまった。

 

「早く風呂に入れ。

あんた、仕事があるんだろ?」

 

「お昼からだから、時間は余裕あるよ」

 

バスルームの曇りガラスに、ユノのシルエットが浮かんでいる。

 

スタイルいいなぁ、と見惚れてしまったのだった。

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”23″ ]

(11)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

ピピピと目覚ましアラームの音。

 

え~っと、今日は...休みだ...まだ寝ていられる。

 

手探りで枕元に置いてるはずのスマホを探る。

 

俺の手は一向にスマホを見つけられない。

 

スマホはどこだ?

 

背中が痛い...ん?...手の平の感触からして、俺は床に寝ている!?

 

すぅっとまぶたをゆっくりと開けると、真上に四角形の照明...やはりベッドの上じゃない。

 

「...んっ...」

 

それにしても、今朝の朝勃ちはリアルというか、触感を伴うというか...。

 

手を下半身に下ろしていくと...。

 

「!!!」

 

俺の手に何かが触れたことに驚愕し、ガバっと飛び起きた。

 

そこに尻もちをついた一人の男がいた。

 

真ん丸な目、ホワイトアッシュ・ヘア、第4ボタンまで開けた胸元、ぴったぴたの革パンツ。

 

「...あんた...!」

 

思い出した。

 

昨夜、美形のピタパン・ボーイを連れ帰ったんだった。

 

「...おはよう」

 

その男...チャンミンは身体を起こすと、完璧な歯並びでにっこり笑った。

 

「おはよう...」

 

待て。

 

うっかり、爽やかでかつ、甘やかな笑顔に騙されるところだった。

 

俺とチャンミンの手がぶつかったことを思い出したのだ。

 

俺はとっさに、自身の股間を両手で覆った。

 

チャンミンは俺の大事なトコロを触ってたんだ、きっと!

(真っ先にそう決めつけてしまう俺は、つくづく偏見の塊だ)

 

俺のアソコに興味津々なんだ!

 

俺のアソコが狙われてる!

 

「ボタン...乳が見えてるぞ」

 

「え?

...あ、ホントだ」

 

俺の指摘に初めて気づいた風に、チャンミンは第一ボタンまできっちりと留めた。

 

わざとらしい...。

 

いかにも、わざとらしい。

 

チャンミンは裸の胸を俺に見せつけてるんだ、そうに決まってる!

 

俺に見せつけてどうしたいんだ?

 

俺にドキッとしてもらいたいのか?

 

あいにく俺は男の胸を見たって、どうってことないのだ。

 

ムラっとするのは女の子の胸を見た時だ。

 

ムラっときても俺はグッと堪える。

 

身体を触るくらいはするけど、そこまでだ。

 

大事なトコロ同士を繋げ合うのは、『この子なら』と身を預けられると確信した時だ。

 

俺は立ち上がり、テント状態になったソコのポジションを斜め右に直した。

 

騒がしい店でほろ酔い、失恋気分で見た時は、単なる派手できざったらしい奴だと思っていた。

 

俺の部屋というプライベートな空間...2Kの平均的な20代独身男性の部屋に、なんと浮いていることか!

 

新進気鋭デザイナ―のファンションショー、ランウェイを歩くモデルを拉致してきたみたいな。

 

あらためて見ると、チャンミンという男...いい男だ。

 

ムード重視の店内照明では分からなかったけれど、チャンミンの着ている白シャツは透け感のある素材だった。

 

タイツレベルに細身の革パンツもラメが散っていて、こんな格好で昼間の住宅街を歩かせたら、浮きまくってしまうだろう(犬の散歩中のご老人やジョギング中の女子、ベビーカーを押したママが思わず避けてしまうような...)

 

漂白された銀髪も、よく見るとアッシュブルーとブラウンのメッシュがはいっていて、髪に奥行きを出している。

 

知らず知らずのうちに、チャンミンの全身を舐めるように見ていたらしい。

 

「ねぇ、ゆの」

 

「!!」

 

チャンミンに膝をつつかれて、俺は身体をびくつかせてしまう。

 

「怖い顔してるよ?

寝不足なんでしょ?

ごめんね?」

 

「いや...俺は...その...別に...。

当たり前のことをしただけで...」

 

しどろもどろになってしまった俺はつまり、チャンミンに圧倒されていたのだ。

 

「寝起きでぼーっとしていただけだ」

 

動揺を隠すため湯沸かしポットのスイッチを押し、シンクに溜まった食器を洗いだした。

 

「朝めし食べる?

シリアルしかないけど?」

 

振り向いてチャンミンに声をかけた。

 

チャンミンはフローリングの床に胡坐をかいて、キッチンに立つ俺を観察していたらしい。

 

どうりで背中に視線を感じたハズだ。

 

「うん。

ありがと。

二日酔いみたいだから...いいや」

 

「そうだよな。

あんた、だいぶ飲んでたから。

もし俺があの量を飲んでたら、病院送りだったよ」

 

「お恥ずかしい姿をお見せしました。

ごめんね」

 

なんだよ、その上目遣いは。

 

「ゆの」だとか「ごめんね」とか、甘ちゃんな話し言葉は素なんだろうか?

 

「それから...」

 

「!!!」

 

俺のすぐ真後ろで声がして、食器を濯ぐ手がぴたっと止まる。

 

近い近い近い近い近い...!

 

首の後ろに吐息を感じるくらいの近さだ。

 

怖くて振り向けない。

 

そうか、分かったぞ!

 

チャンミンという男、俺との間合いの取り方が近過ぎるんだ。

 

両手で包みこむように握られた手とか、酔っ払って俺の胸にしなだれかかったり。

 

何て言うのかな、抵抗なく身を預けるというか、差し出すというか...そんな感じ。

 

その手の男ってそういうものなんだろうか?

(だ~か~ら、俺は偏見だらけなんだって!)

 

「僕を連れて来てくれて...ありがと」

 

俺のTシャツの裾をつんつん、って...何だよ、その可愛い仕草は!

 

「別に...放っておけなかったから...」

 

チャンミンに見られているだろううなじや肩が、むずむずした。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(10)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

お~い、チャンミン。

 

僕はどこにいるんですかぁ?

 

僕は洋服を着たままだ。

 

ヤッた後に、上下ともご丁寧に服を着せてくれる者など滅多にいない。

 

その上、お尻の感じだと、昨夜はここを使っていない。

 

「......」

 

寂しいからと言って、少しでもいい男だと思えた者と肌を重ねてきた。

 

こんな生活に虚しくなり、いい加減止めないといけないなと...。

 

僕を突如襲ってきた自己嫌悪感に、僕は驚いた。

 

昨夜知り合ったばかりのユノが「信念を持った童貞」だったのと同じように、僕は信念をもった...?

 

相応しい言葉が見つからない。

 

肌を重ね熱い体温を全身で感じ、意識がぶっ飛ぶほどの快楽に浸ることこそ、僕のエネルギー補充法なのだ。

 

それのどこが悪い。

 

二日酔いになること自体、僕には珍しいことだ。

 

具合が悪すぎて気弱になってるせいだ。

 

割れそうに痛む頭を揺らさないよう、そうっとベッドから下りた。

 

男が寝ている間に、この部屋から退散しようと思ったのだ。

 

気まずい思いをするのは勘弁だ。

 

裸足の下はフローリングの床だ、やはり僕の部屋じゃない。

 

眩暈にふらつきながら、足音をたてないようゆっくりゆっくり、部屋のドアがあるだろう方向へ忍び足。

 

「う...ん...」

 

ソファの上の黒い塊がごそごそうごめき、僕は息を止めた。

 

「ふぅ...」

 

寝息を確認し、持ち上げたままだった片足を床に落とす。

 

(でも...)

 

ちょっとだけ、この男の顔を拝んでみようかな。

 

そんな誘惑に負けて、僕は後ろ歩きで引き返した。

 

男は鼻上まで毛布にくるまっていて、顔はよく見えない。

 

毛布をつまみ、そうっとめくってみた。

 

ユノ!!!

 

僕の好みどんぴしゃの、チェリー青年。

 

僕は今、ユノの部屋にいる!!

 

根元まで綺麗にブリーチした金髪、細面の頬のライン、形のよい眉毛、すっとした鼻梁...。

 

つくづく綺麗な顔をしているなぁと感心した。

 

「う、うーん...」

 

むにゃむにゃとうごめく赤みを帯びた唇。

 

(ごくり...)

 

ヒツジがオオカミを部屋に入れたら駄目でしょう?

 

僕に襲われちゃっても、文句は言えないよ?

 

「......」

 

僕はしばし、ユノの寝顔に見惚れた。

 

キスしたい...。

 

その柔らかそうな唇を味わってみたい!

 

僕はそうっと、その場に腰を下ろし、片膝をついた姿勢になる。

 

僕は傾けた頬を、ユノの顔にじりじりと近づける。

 

ユノは眠ったままだ。

 

あと1センチでユノの唇に着地する...。

 

パチっとユノの目が開いた。

 

「......」

「......」

 

僕らはしばし、目を合わせたまま一時停止していた。

 

「......」

「......」

 

ユノのとろんとした目の色っぽさに、僕の胸はドキドキ高まる。

 

そのドキドキに、性的なものが含まれていないことに驚く。

 

「......」

「......」

 

「ぐー」

「!!!」

 

ユノのまぶたが落ち、彼は眠りの世界に帰還してしまった。

 

「......」

 

今のは単に寝ぼけていただけらしい。

 

ユノに見惚れてキスしようとした瞬間...気付かれずに済んでほっと胸をなで下ろしたけど...。

 

なんだこいつ...。

 

これまでの僕だったら、濃厚なキスで相手のヤル気を振るい立たせ、目覚めの第一発にしゃれ込むのに。

 

もっとも、そんな朝は滅多にないんだけどね。

 

(半同棲状態だった恋人や前夜激しい行為にふけったせいで寝坊した朝などは、目覚めのセックスをしてしまうこともしばしば。あまりやり過ぎると、仕事に支障が出るからほどほどに)

 

とにかくユノ相手には、肉欲を刺激する方法は取れないのだ。

調子が狂う。

 

心の距離を縮めるなんて...僕にしてみたら高校生以来だよ。

 

恋のふわふわした気分を楽しめた頃のこと。

 

必要以上に心同士を接近させ、僕の感情をいたずらに揺さぶられることは御免なのだ。

 

気が進まないけど、この方法をとるしかない。

 

ユノは善良そうだから、彼に興味があるフリをして、ニコニコしていれば、コロッと騙されそうだ。

 

2シーターのソファに四肢を窮屈そうに折り曲げて、毛布にくるまるユノ。

 

僕をベッドに寝かせて、自分はソファに。

 

優しい奴だ...まてまて、感動してどうする。

 

「ぐごー」

「!!!!」

 

ごろん、と寝返りをうったユノが床に転げ落ちたのだ。

 

ユノの頭がごつん、といい音を立てた。

 

飛び退かずに、受け止めてやればよかったと反省した...ところが。

 

「ぐーぐー」

 

ユノはまだ眠っている。

 

僕の目は自然とアソコに吸い寄せられる...。

 

男の生理現象。

 

スウェット生地を高々と内から押し上げている。

 

「ごくり」

 

分かりやすく迫ってもいいけれど、がっついた途端、ユノはドン引きするだろう。

 

僕の恋愛対象、寝る対象が男だということを、ユノに教えてしまったことを、ちょっと後悔した。

 

警戒させてしまったせいで、さりげなく何気なく、肉体的な距離を縮めようと思っていた作戦が使えなくなってしまった。

 

ユノに触りたい(特にアソコ)衝動を抑えた。

 

心理作戦に変更だ。

 

つまり、友人関係にまで発展させて、できるだけ多くの時間を側で過ごすことで、警戒心を緩められそうだ。

 

僕がどうしてここまで、ユノに執着してしまったのか、分からない。

 

見込みがなければ、さっさと他の男をハントしに行けばいいことだ。

 

もしくは、過去の男たちを当たればいいことだ。

 

僕の目の前であどけない寝顔をさらしている、美形の男。

 

僕の嗜好に分かりやすい嫌悪感を示したのに、酔いつぶれた僕を置き去りにせず連れ帰ったお人好しな性格。

 

...そして何より、ユノは真正ぴっかぴかだ。

 

ふふふ、僕が男のよさを教えてあげる。

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

(9)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

背負う力が枯れてしまっていた俺は、チャンミンの両手首を持ってベッドまで引きずっていく。

 

床との摩擦でチャンミンのシャツが顎下までめくり上がり、両乳首が丸見えになったが、男の乳首でドキッとなんて当然しない。

 

テーブル越しでちらっと見てしまった時、「あれ?ニップルピアスはしていないんだ」と思ってしまった俺は、やっぱり偏見の塊だ。

 

チャンミンの長い身体、部屋の入り口で引っかかってしまったため、一旦行き過ぎた後、今度は両足首を持って同様に引きずっていった。

 

 

「...よいっしょ!!」

 

俺が先にベッドに上がり、チャンミンの両脇を持って引っ張り上げた。

 

「はあはあはあはあ...」

 

額の汗を拭い、チャンミンのブーツを脱がせた。

 

手入れの行き届いた靴で、「伊達男だなぁ...」と感心してしまった。

 

 

入浴を終えて部屋に戻ると、さっきと同じ仰向けの姿勢でチャンミンはすやすやと眠っていた。

 

タイトなボトムスの中身はさぞ蒸れているだろうが、そこの面倒までは俺には見られない。

 

男友達だったら、ウエストを緩めてやるくらいはできるかもしれない。

 

でも、チャンミンに関しては、よからぬことをしている気がしてしまうのだ。

 

...男同士のアレってアレだろ?

 

「女の子としたことないの。

だから僕も童貞なの」

...と、言っていたチャンミン。

 

男の中には挿れてるけど、女の子の中には挿れたことがない、という意味の童貞宣言なんだろうか?

 

俺なんて、どちらも経験がないから、正真正銘の童貞だ。

 

男の中...。

 

つまり...!?

 

出すべきところに挿れるって!?

 

(身体に悪そうだな...)

 

あ~あ、やっぱり俺は偏見の塊だな。

 

目元を覆ったチャンミンの長い前髪をかきあげ、片耳にかけてやった。

 

昔の男に贈られたというピアスが、ピカピカっと光った。

 

健やかな寝顔をしちゃってさ。

 

俺はこんなに苦労したというのに。

 

さて。

 

俺はどこで寝たらいいのだろう?

 

ベッドはいびきをかいて眠るチャンミンに占拠されている。

 

脇にどかせば、隣に寝られないことはない。

 

しかし...。

 

チャンミンは男が好きな男だ。

 

寝ぼけたチャンミンに、身体をまさぐられるかもしれないぞ。

 

朝目覚めたら、パンツを引きずり下ろされてるかもしれないぞ。

 

ぞうっとした。

 

あ~あ、俺は偏見の塊だ。

 

「しょうがないなぁ」

 

押し入れから冬用毛布を引っ張り出し、2人掛けのソファに横たわった。

 

狭い。

 

だからと言って、チャンミンとひとつベッドで眠るなんて御免なのだ。

 


 

~チャンミン~

 

自ら望んで童貞を守ってきたと言っていた。

 

『この子だ!』と確信が持てた子としか、ヤりたくないんだそうだ。

 

ユノをフッたあの女の子はつまり、ユノの『この子だ!』じゃなかったわけだ。

 

僕が見たところ、彼女はまあまあ可愛い子だったのにな。

 

外見じゃないのなら、一体どんな子なら、ユノの『この子だ!』センサーに反応するんだろう?

 

ユノはこだわりの強い人物のようだ。

 

僕にしても男に関してのルールが多い。

 

見た目がいいことは第一条件。

 

反吐が出るほど嫌いなのが、『フィーリング』とか『ハート』とか『人格』を重要視する奴だ。

 

ごちゃごちゃ言っていないで、パンツを脱ごう。

 

我を忘れて抱き合い繋がり合い、強烈な快感に全身を震わせる。

 

互いの肉体をむさぼり合うその瞬間、好きも嫌いもない。

 

僕の中を埋めてくれるモノの持ち主を愛す...ただし、その時だけ。

 

チェリーを捧げられる運命の子を待つようなユノは、僕の嫌いなタイプそのままだ。

 

ところが不思議なことに、ユノに対しては嫌悪感が湧かない。

 

僕を辟易とさせた過去の男たちのように、自分の気持ちを押しつけるような傲慢さがない、というか...。

 

...いや、そうでもないか。

 

自身の信念を貫くためセックスを拒み続けたユノ...彼女たちが気の毒になった。

 

セックスへの理想が高いんだろうな、きっと。

 

ユノ...メンズ用貞操帯をした男...まったくもって強敵だった。

 

 

パチリ、と目が覚めた。

 

視界はぼんやり、薄暗い...ここは...?

 

身を起こそうとした時...。

 

「あがぁっ!」

 

ガンと頭を襲う鋭い痛み。

 

胃袋はムカムカ、口の中はカラカラ、頭はガンガン、全身が重だるい。

 

滑らした手の平の下の生地感から、自分が寝ているここは布団の上だと分かった。

 

頭を出来る限り動かさないよう、うすぼんやりした周囲の景色を見回した。

 

...僕の部屋、じゃない!

 

「う~ん...」

 

ここは...どこだ?

 

この具合の悪さ、昨夜の僕はしこたま飲んだようだ。

 

下半身の蒸れ感と窮屈さに、洋服を着たまま眠ってしまったことが判明。

 

記憶をたどる。

 

昨日の僕は、えーっと...仕事の後、一旦帰宅して着替えをして出かけた。

 

出会いを求めて、半年前にオープンしたばかりのいい感じのお店を訪れた。

 

「あっ!」

 

思い出した!

 

あそこで『極上の男』をハントしたんだった!

 

何て名前だったけ?

 

ユノ...ユノだ!

 

僕の色気を前にしても、きょとん、としていたユノの真顔を思い出した。

 

それも仕方ない、ユノはノーマル男子だから。

 

今どきファッションに僕好みの端整な顔立ちの若い男。

 

斜め下から、すーすーいう寝息が聞こえる。

 

寝息の出処は、ベッドの足元に置かれたソファの上の黒い塊。

 

僕をベッドに寝かして、この部屋の主はソファに寝たってわけか...へぇ、優しい奴じゃないか。

 

(待って!!)

 

ユノを落とせず、手近な男で間に合わせようとしたのだろうか。

 

どうしよう...覚えていない!!

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]

 

(8)ぴっかぴか

 

~ユノ~

 

困った。

 

俺は大いに困り果てていた。

 

俺の頬にふわふわ柔らかい髪が触れ、視線を下げるとぐっすり眠りこけた男の寝顔。

 

女ものの甘い香水と、アルコールの匂いが混じっている。

 

この男...チャンミンは、意味の分からない男だ。

 

自動販売機の照明で、伏せたまつ毛の影を作っている。

 

上半身ごと俺にもたれかかっているから、俺が今立ち上がったら、ごろんと地面に倒れてしまう。

 

「はあぁ...どうしよう」

 

2時間前に知り合ったばかりの、知人友人でもない他人が、俺の肩に頭を預けている。

 

チャンミン、性別男、25歳...ゲイ。

 

分かっている情報はこれだけだ。

 

もし凄い色気を出して迫られたら、断り切れる自信がなかった。

 

これだけの美貌で迫られたら、性別なんてすっ飛ばして、「うん」と頷いてしまうかもしれない。

 

でも、俺に色目を使うこともなかったから安心した。

 

手を握られただけで、全身に鳥肌がたったんだぞ。

 

男に抱きつかれたり、キ、キスされたり、それから、アレなことされるなんて...!

 

ぶるぶるぶるぶる...無理だ。

 

泣いたり、俺の手を握ったり、初対面の者にカミングアウトしたり、笑ったり...失恋のショックで感情のセンサーがぶっ壊れたんだな、きっと。

 

フラれたばかりで意気消沈、失恋の痛みをチャンミン相手に滔々と語るつもりだったのに、彼のキャラクターが強烈過ぎてそれどころじゃなかった。

 

見た目はきざったらしい奴だけど、どこか隙だらけで、こんな挑発的な恰好でうろちょろしてたら、その気のある者に襲われちゃうぞ。

 

と、地面に長々と投げ出した長い脚に目をやる。

 

光沢のある革生地は肌に張り付くほどタイトで、膝や太ももの凹凸をひろっていて...。

 

「!!」

 

こいつ...勃ってる!?

 

ボトムスがピッチピチ過ぎるんだ、蒸れや締め付けはアソコにはよくないんだぞ。

 

まじまじとチャンミンのアソコを凝視していたことにハッと気づき、通りへ視線を戻した。

 

チャンミンのだらりと地面に落とした片腕を持ち上げ、元気なソコを隠してやる。

 

通り過ぎる者たちは大抵、俺たちに好奇な視線を向ける。

 

酔いつぶれて地面に無様な姿をさらす者など、珍しくもなんともないが、俺たちの場合は違う。

 

俺、じゃなくて、連れのチャンミンが目立つからなぁ。

(白シャツ黒パンであってもチャンミンの場合、舞台衣装のように派手に見えるのだ)

 

「チャンミン、起きれるか?」

 

無駄だと分かっていたが、肩を揺すってみる。

 

「......」

 

ぐらぐらと俺に揺すられるだけで、呻き声もあげない。

 

参った...ぐっすり眠ってる。

 

ゲロしたり、奇声をあげて暴れないだけマシか。

 

さっきからパタパタと寄って来る蛾がうっとおしく、振り仰いでそれらが自動販売機の灯りに誘われたからだと気付いた。

 

「!」

 

俺たちが腰を下ろしているここが、ラブホテルだということにも気づいた。

 

なるほど...通行人たちが俺たちを一瞬凝視したあと、バツが悪そうに目を反らしていった理由が分かった。

 

チャンミンがチャンミンだけに、ゲイカップルに見えるかもしれない。

 

俺は白に限りなく近い金髪頭だし、チャンミンも白に限りなく近い銀髪だ。

 

似たような背恰好で、身を寄せ合いラブホテルの脇で待機している青年二人。

(宿泊タイムの23時になるのを待っているのだ)

 

そう思っているのは、俺だけかもしれない。

 

俺は偏見の塊だし、チャンミンの告白を受けたばかりだったから、そっち方面に思考が偏ってしまうのだ。

 

チャンミンの家がどこにあるのか分からない。

 

ホテルのエントランスは数歩先にある。

 

チャンミンをこの場に置き捨てていける冷酷さは、俺にはない。

 

チャンミンの爆弾発言(僕はゲイだよ)に、俺はどう対応したらいいか分からず、誤魔化すために、空になった彼のグラスに酒を注ぎ続けた。

 

だから、チャンミンを酔いつぶしてしまった責任は俺にあるのだ。

 

 

「はあはあ...」

 

重い...。

 

脱力した者は誰でも重いが、俺並みに長身の男はもっと重い。

 

数十メートル歩いては、背中にチャンミンを載せた状態で、両手で膝を支えて息を整える。

 

両腕の疲労が回復したら、チャンミンを背負い直して数十メートル歩く。

 

タクシーでは乗車拒否されてしまい、仕方がない、自力で運ぶしかなかったのだ。

 

これを10回ほど繰り返してようやく、俺の住むマンション下までたどり着いた。

 

玄関ドアを開けた時には精魂尽き果てて、俺はチャンミンを背負ったままうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 

「はあはあはあはあ...」

 

なぜチャンミンを自宅に連れ帰ったのか。

 

目と鼻の先にあるホテルに部屋をとり、チャンミンを寝かせて帰ってきてしまってもよかったはずだ。

 

それはなんだか可哀想な気がしたし、あれっきり別れてしまうのも寂しかったんだ。

 

チャンミン...この男は実に興味深い。

 

甘ちゃんみたいな話し言葉で、男が好きなイケメンで、傷心でメソメソしてるのに、エロい革パンを履いている。

 

見ず知らずの者(つまり俺)と相席する度胸と、赤面したかと思えば、酔いつぶれて素性のよく分からない者(つまり俺)に介抱されるというガードの緩さもある。

 

チャンミンのレーダーチャートはいびつな星を描いている。

 

涙を流すほど前カレを想っているのに、乳首が見えるシャツを着ている...一途なのかナンパなのか...どっちなんだよ?

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]