(17)添い寝屋

 

 

 

「カップルの客を相手にしたのは初めてだった。

 

場所は俺の部屋。

 

トータル5回、添い寝をしてやった。

 

...ん、なんだその顔は...?

 

3Pなんかじゃないぞ」

 

 

「な、何も言っていないじゃないか!?」

 

 

「チャンミンの顔を見ていれば、何を言いたいのかバレバレなんだ」

 

 

むすっとする僕の頭をくしゃりと撫ぜて、ユノは仰向けになると頭の後ろに腕を組んだ。

 

僕はそんなユノの隣に胡坐をかいて、彼の言葉を待つ。

 

 

「2人はごく普通の20代カップルに見えた。

 

極端に醜くもなく美男美女でもなく、ごくごく平均的な見た目だったなぁ。

 

でもね、二人が漂わせている雰囲気は上品だった。

 

多分、いいところの坊ちゃんとお嬢さんだったのかもしれない。

 

着ているものとか、言葉遣いとか仕草とかで、育ちのよさってのは伝わるものだろう?」

 

 

「...うん、分かるよ」

 

 

「お互い好きで好きでたまらない...誰も彼らの間に入り込めない。

 

恋に酔っているような浮ついたものじゃないんだ...。

 

彼らのことは何も知らないけれどね、びしびしと伝わってきた」

 

 

ピンクとグレーのストライプのパジャマ...ユノに似つかわしくないドリーミーな色使いだけど、彩色されていない陶人形みたいな彼に似合っていた。

 

全体的に色素が薄いのとは違う...青白い肌と真っ黒な髪のコントラストが神秘的だった。

 

僕が想像する、氷の国の白皙の王子みたいだ。

 

冷えて固まった僕なんかより、ユノの方が氷が似合う。

 

ところが、触れて初めて知るのだ...冷たいどころか、灼熱の肌の持ち主だということに。

 

 

「幸福なはずの彼らが、『なぜ添い寝屋を雇った』のか?

 

1晩、2晩と添い寝をしてやっても分からなかった。

 

大抵の客というのは、『なぜ、眠れないのか』『なぜ、添い寝してもらいたいのか』を語りたがるものだろ?」

 

 

「うん」

 

 

「彼らはそれについては何も言わなかった。

 

俺も尋ねなかった。

 

添い寝屋とは強すぎる興味を客に抱いてはいけない...斡旋元から念を押されたことなかった?」

 

 

「あったよ。

くどいほどにね。

客とトラブルになるからね」

 

 

「さじ加減が難しいんだよなぁ。

 

彼らに突っ込んだ質問を浴びせないくせに、俺は彼らに興味津々だったんだ。

 

...今思えば、『どうして?』と尋ねていればよかったよ」

 

 

ユノの言いぶりが後悔じみていた。

 

 

「礼儀正しい人たちでね。

 

俺の仕事部屋は、チャンミンほどじゃないけど、デカいベッドがメインだ。

 

部屋着に着がえた2人は、ベッドに上がるだろ?

 

はて、俺はどこに寝ればいいんだ?って。

 

ここでクイズ。

 

俺はどこに寝たでしょうか?」

 

 

「...彼氏側?」

 

 

「ハズレ。

真ん中でした」

 

その光景を思い浮かべてみて...ラブラブだという二人の間に寝そべるユノ...シュールだなぁと思った。

 

 

「彼らに挟まれて、俺は落ち着かなかったよ。

 

普通ならくっついて寝たがるものじゃないか。

 

間に俺がいたら邪魔だろう?って。

 

ひと晩目の後、添い寝屋仲間に訊いてきたんだ、こういうのはアリなのか?って。

 

そいつの話だと、別段珍しいものでもないって言うんだ。

 

例えば、倦怠気味の夫婦とか禁断の兄妹愛とか...世の中、いろんな人がいるものだ」

 

 

僕の場合、2人以上の客を相手にした経験はない。

 

天井を見上げているユノの眼は、記憶を探っているからか、どこにも視点を結んでいない。

 

無の表情...もしかしてこれが、ユノの素に近い表情なのかもしれない、と思った。

 

辛かった思い出を語ろうとしているのに、表情は穏やかに見えた。

 

それでも、瞳はぐつぐつと沸騰していた。

 

ユノに沿って身体を横たえると、彼の腕が自然に伸びて僕の肩を抱いた。

 

「肩が冷たいぞ」

 

身体の下敷きになっていた毛布をひっぱり出してきて、僕の身体を包んでくれる。

 

僕は笑ってしまった。

 

だってユノったら、まるでミノムシみたいに僕をぐるぐる巻きにするんだもの。

 

ユノの方も、「デカいミノムシだなぁ」って吹き出して、僕らは顔を見合わせてしばらく笑いこけた。

 

そして、「キスし放題だ」と、ちゅっちゅっと派手な音を立てて、たて続けにライトなキスをした。

 

 

「彼らは間に俺を挟んで、ぽつりぽつりと会話をしていた。

 

あの時は楽しかったとか、いつかあそこに行きたいね、とか。

 

俺の方に話を振ることはなかったけど、俺の存在を無視している風でもなかった。

 

彼らはね...俺に聞かせていたんだよ。

 

俺というたった一人の聴衆に向けてね」

 

 

「へぇ...。

ひと晩じゅう、おしゃべりしてたの?」

 

 

「いや。

 

1時間か2時間くらいのものかな。

 

日付が変わる前には、『おやすみなさい』って言って、寝てしまったよ。

 

2晩目までは、彼らの会話に引き込まれてしまった結果、俺は目が冴えていた。

 

2人の寝息を両サイドから聞きながら、今みたいに...天井を見上げていた」

 

 

ミノムシになった僕は、顔だけを傾けてユノの表情を窺った。

 

 

「...ユノ?」

 

 

ユノの瞳の艶めきが増していた。

 

これってもしかして...?

 

 

「寝返りも打てなかった。

 

2人とも横向きで、俺の方を向いて眠っていたから。

 

他人の彼氏や彼女の顔がすぐ近くに迫ってるんだ。

 

夜中に目を覚まして、バチっと目が合ったりなんかしたら、困る」

 

 

ユノの言うことは、大いに頷ける。

 

寝起きの無防備な姿は、その者の素そのもの。

 

余程親しい間柄じゃなければ、見たくない。

 

 

「3晩目も、前の2晩と変わらず。

 

彼らは思い出話を滔々と続けて、『おやすみ』を言い合ってから、寝てしまった。

 

俺の方はハテナでいっぱいさ。

 

彼らの目的がさっぱりわからない。

 

俺がこの場にいる必要はあるのか?って、気味が悪くなってきた」

 

 

「......」

 

 

「俺が不気味に感じたのは、彼らの気迫というか...思い詰めた感。

 

気付いたんだ。

 

彼らの会話の中身は全部、過去のことだって。

 

もしくは、『これが出来たらいいね』っていう夢の話なんだ。

 

よくまあ尽きないもんだと感心するほど、彼らの話は際限がない」

 

 

「...不幸の匂い」

 

 

なんとなくユノの話の結末が、読めたような気がした。

 

 

「ああ。

 

深く愛し合っているはずの彼らは、不幸だったんだ。

 

不幸のエピソードは何も聞かされていないのにも関わらずね。

 

彼らは楽しかった思い出、希望に満ちた将来の話しかしていない。

 

それなのに、不幸の匂いがした。

 

4晩目の俺は、寝不足と大量の情報が頭の中でぐるぐる渦巻いているんだ。

 

彼らの念、みたいなものを俺は吸い込んでしまっていた。

 

受け身だったんだ。

 

へとへとだった」

 

 

ユノはミノムシになった僕を、抱き枕みたいにかき抱いた。

 

ユノの長い脚は、僕の腰に絡められた。

 

重いし苦しかったけど、僕は黙っていた。

 

多分これから、ユノの話はクライマックスを迎える。

 

分厚い毛布越しに、ユノの熾火の熱が伝わってくる。

 

 

「5晩目...最後の日。

 

彼らは酒を持参してきていた。

 

前の4晩も、ベッドに入る前にお茶を飲んだり、ビールを飲んだりしていたから、上等な酒の差し入れに俺は素直に喜んだ。

 

うん...うまい酒だったよ」

 

 

僕は身動ぎして緩んだ隙間から腕を引っ張り出し、ユノの背中を撫ぜた。

 

手の平でユノの肩甲骨や背骨の凸凹を確かめるように、丁寧にゆっくりと。

 

「いつもと同じように、2人に挟まれて横になった。

...なあ、チャンミン?」

 

 

「んー?」

 

 

「悟ったようなことを言ってたけど、俺だってね、客との距離の取り方に悩んでたんだ。

 

客の不幸にどこまで踏み込むのか?

 

これは攻めの姿勢だね。

 

客の不幸に、どこまで自分のことのように胸を痛めてやれるか。

 

これは受けの姿勢だ」

 

 

僕の場合はそのどちらでもない。

 

 

「昨夜はチャンミンを責めてしまったけれど、チャンミンみたいにビジネスライクなのが一番だ。

 

添い寝屋としての寿命は長いと思うよ」

 

 

「...ユノ、大丈夫?」

 

 

「ははっ...どうだろうね。

 

その夜の2人は、言葉少なげだった。

 

彼らの繋いだ手が、間に寝そべる俺の腹あたりにあった。

 

『変だなぁ』と思った。

 

2人の男の方が『ありがとう』と言って、女の方も『ありがとう』って。

 

俺は眠くて仕方なくて、目を開けていられない。

 

全身がだるくて、ずぶずぶと眠りの世界に引きずり込まれた」

 

 

僕はユノの頭を引き寄せて、その額に唇を押し当てた。

 

 

「彼らを恨むつもりは、全くないんだ、不思議なことに」

 

 

あつあつのユノの額。

 

 

「...多分、薬を盛られたんだと思う。

 

翌日、俺が目を覚ました時、昼過ぎだったかな。

 

いい天気だった。

 

俺の部屋にはカーテンを付けてないから...燦燦と太陽が、っていう言葉ぴったりの天気だった。

 

『変だ』と直感した」

 

 

僕に絡んだユノの腕や脚に、ぎゅっと力がこもった。

 

 

「彼らはね...動かなくなっていた」

 

 

「...そう」

 

 

ユノの話を聞きながら、途中でそうなんじゃないかと察していたんだ。

 

 

「俺は眠っていたけれど、彼らは看取って欲しかったんだね。

 

こんな添い寝屋の使い方もあるんだな、って、感心したよ」

 

 

ユノは泣いていた。

 

 

僕はユノの涙を、こぼれ落ちる端から唇で受け止めた。

 

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”23″ ]

 

(16)添い寝屋

 

 

 

パジャマが足元にぱさりとすべり落ちた。

 

裸の肩や背中が空気にさらされ、恥ずかしさと寒さに、女の子がそうするみたいに自身を腕で抱きしめた。

 

同性を前に裸の胸を見せることくらい、どうってことないことのはず。

 

初日の夜、ユノとは一緒に入浴した仲なのに、今この時、あらたまった場面で衣服を脱ぐと、気恥ずかしさでいっぱいだ。

 

このまま僕はユノと、『そういうこと』を始めてしまうのかな。

 

僕はユノと『そういうこと』をしたいんだ。

 

...でも、どうすれば?

 

確かに下腹部がうずうずする。

 

「もしかして?」と期待した僕は、ユノに気付かれないように、前の方に手をのばしたけれど...。

 

(ああ...ダメだ)

 

ユノにくすりと笑われてしまった。

 

落胆した表情をしっかり見られてしまったのだ。

 

「チャンミンはヤル気満々だね。

いい子だ」

 

褒められているのかからかわれているのか...その両方だ。

 

「今夜はチャンミンの坊やを生き返らせてあげるよ」

 

ぼっと顔は熱くなったけれど...僕の身体はやっぱり、いつも通りだった。

 

確かに火照っているはずなのに、手の平に触れる頬は冷たいままだったからだ。

 

僕の身体は数年をかけてどんどんと冷たくなっていったのに、凍えた感覚は不思議となかった。

 

けれども、ユノの身体と触れ合うごとに、かじかんだ指先と寒さに震える肌を自覚していったのだ。

 

股間だけじゃなく、感覚を失いつつある身体を、閉じ込められた氷の中から救い出して欲しい。

 

昨夜、ユノから喝を入れられた僕は気づいたんだ。

 

僕はユノに向けて心を開いていなかっただけじゃなく、添い寝屋ユノを心のどこかで小馬鹿にしていて、信用していなかった。

 

多くの客たちに対するのと同様、斜に構えた目でユノを見ていたんだ。

 

独りベッドに残されてしまった喪失感によって、ユノと向き合う覚悟が固まった。

 

そして、身も心もユノにゆだねて、彼の手により僕は心も身体も開くのだ。

 

ユノ相手にかつての僕が溺れた性的なことをすれば、元通りの身体になれるだなんて保証はない。

 

ふつふつと下半身に熱がこもり、よだれを垂らしていた当時と現在を対比させてみた。

 

『そういうこと』をすれば、血の通った心身に戻れるきっかけになるのでは?

 

僕が高級添い寝屋を雇った動機はこれなんだ。

 

お金ならいくらでもある。

 

そうしたら、次元を越えた美を備えた添い寝が派遣されてきた。

 

ユノを前にしているうち、どちらが客なのか、どちらが添い寝屋なのか曖昧になってきた。

 

昨夜のユノの言葉は、客でもない添い寝屋でもない立ち位置から発せられたものだと思う。

 

だから僕の心は揺さぶられた。

 

うん、そういうことなんだ。

 

僕は今、ユノと触れあいたいと思っている。

 

客でも添い寝屋でもないユノと。

 

僕は数年ぶりに、他人を欲していた。

 

ユノに惹かれているんだ。

 

そんなことを、ユノの白い喉を見つめながら考えていた。

 

「どうした?」

 

ユノの低い声に、僕はハッとして俯いていた顔を起こした。

 

すかさず唇が塞がれた。

 

「...ん」

 

ユノのふっくら柔らかい下唇を食んでは舐めた。

 

「...あ」

 

ねっとりとしたキスを繰り返すうちに、僕の腰に押しつけられたものを感じとっていた。

 

僕の方はさっぱりで、気が急いてきた。

 

ユノの唇が僕の耳の下から鎖骨へと、何度も行ったり来たりする。

 

触れるか触れないかのもどかしいキスだ。

 

ユノの熱い吐息が、その箇所を温める。

 

鳥肌がたった僕の皮膚が、ユノの体温をどん欲に吸い込む。

 

僕の肌は熱伝導率の高い金属になって、ユノと触れると火傷しそうなほど熱さを受け止める。

 

吐息だけじゃ足りない。

 

たまらなくなった僕はユノの両頬を挟むと、ぐいっと引き寄せもっともっと、深いキスを求める。

 

ユノの舌を追いかけながら、自ら大胆な行動をとったことに気付いたんだ。

 

僕は興奮...しているらしい。

 

しんと醒めた肉体のうち、ユノと接触した箇所だけは敏感になっていて、そのギャップに僕は混乱していた。

 

斜無二にユノの喉の奥まで、舌先を伸ばす。

 

さんざん男に抱かれていた過去はあるけれど、はっきりと言いきれるのは、男が好きなわけじゃないこと。

 

僕の場合、後ろを埋めて欲しいだけなんだ。

 

それは浅ましい身体の欲求に過ぎなくて、そこには恋だの愛だの一切介在していない。

 

でもね、今のはそうじゃないんだ。

 

僕は多分...ユノに恋してる。

 

「落ち着いて」

 

息を継ぐ間もないキスに、僕の呼吸は乱れていた。

 

つむっていたまぶたを開けると、10㎝の先にユノの青を感じさせる闇夜の一対の眼が。

 

ユノの瞳に吸い込まれそうだ。

 

昨夜の固く平坦なものじゃない、僕を潤そうとなみなみと水をたたえた瞳だ。

 

「ここじゃなんだから...ベッドにいこうか?」

 

僕はこくり、と頷いた。

 

 

 

 

ベッドに倒れ込んで、互いの衣服を脱がせ合うのかと思ったら、僕をベッドに横たえさせると、ユノはパーテーションの奥に引っ込んでしまった。

 

そしてパジャマに身を包んだユノが戻ってきて、僕はがっかりしてしまった。

 

その気になっていたのは僕だけみたいで、カッコ悪い。

 

「がっかりするな。

チャンミン...唇が真っ青だぞ。

手も...」

 

ユノは僕の手を包み込むと、ふぅと熱い息を吹きかけた。

 

「チャンミンをほぐしながら、順を追って焦らずいこうか。

こんなにカチコチじゃ、チャンミンが怪我をする」

 

「怪我?」

 

数秒後、何を指しているのか分かって、僕は「そうだよね...」とつぶやいた。

 

気持ちは高ぶっていても、ユノに触れられている一点と下腹部のうずうずを除いて、緊張で強張らせていたから。

 

「俺の過去の続きを話そうか」

 

僕たちには、打ち明け話の半分がそれぞれ残されていた。

 

『客たちの夜を全て引き受ける』と、悲壮なまでの覚悟を持つに至った過去が、添い寝屋ユノにはあるはずだ。

 

ユノは僕を両腕でくるみ直し、僕は彼の胸に片頬をくっつけた。

 

ユノの早すぎる鼓動がとくとくと。

 

「前にも言ったことだけど、俺は客が目覚めるまではずっと、眠ったりはしない。

チャンミンとは違ってね...ん...?

怒るなって、今夜の俺は非難はしていないよ。

客の求めに応じて、寝ることもある」

 

「『寝る』ってつまり...?」

 

「ああ。

チャンミンが知りたいのは、そこに『愛情』はあるのか、だろ?」

 

「うん...」

 

僕がこだわっている部分が何なのか、ユノはちゃんと分かっている。

 

僕には信じがたいことだし、ユノと客が『そういうこと』をしている光景を想像してしまったのだ。

 

むあぁっと重苦しいものが心を襲った。

 

なんだ、この不快な感じは...そんな感情が顔に出てしまったみたいだ。

 

「チャンミンのために『ない』と言いきってあげたいんだけどね。

心を留守にして誰かを抱くことは、俺にはできないよ。

...面白くない?」

 

なんだよ、まるで僕がヤキモチを妬いているみたいじゃないか!

 

僕の気持ちを見透かしてしまうユノを、睨みつけてしまっても仕方がない。

 

「ヤキモチ妬いてくれてるの?

ふっ...チャンミンは可愛いなぁ」

 

「可愛いって言うな!」

 

ムッとしている僕に、ユノは指の背で僕の顔の輪郭をすっとたどった。

 

僕の肌がぴくりと震える。

 

「何度も言うけど、俺は『客の夜は全て引き受ける』

ひと晩だけでも、俺は誠心誠意を込めて客と向き合うようにしているんだ」

 

「お客に心を持っていかれることは、ないの?

身体の関係をもったりなんかしたら...感情移入しちゃって、離れがたくなるんじゃないの?」

 

ユノはふっと笑った。

 

その花開くような華やかな笑みに、僕の心は捉えられてしまう。

 

「しない。

俺はね、『引き受ける』だけだ。

客が望むものを差し出すだけだ。

俺の心までは差し出さないよ。

ガードは固いよ」

 

ユノの親指が僕の唇を撫ぜた。

 

2日前、僕の部屋を訪れたユノは、気安く僕に触れたり、軽口をたたいたり、人懐っこそうに見えたけど、それは添い寝屋の顔に過ぎなかったのだ。

 

でも、今のユノはそうじゃないことを僕は望んでいた。

 

「添い寝屋を始めてしばらくした時、恐ろしい経験をしたと前に話したよね」

 

「うん」

 

「俺の元に、1組の恋人が客として訪れた。

二人とも若かった。

お互い想い合っていることは、初対面の俺にも十分伝わってきた。

そんな彼らが添い寝屋を雇う理由が、俺には分からなかった。

当時の俺は若かったから、彼らが漂わす切羽詰まった空気に気付けなかったんだ」

 

「その話は、ユノが『夜を引き受ける』覚悟を固めたことに繋がるの?

あ、ごめんね、話の途中に」

 

「そうだよ。

この出来事があったことで、俺の添い寝屋スタイルが出来上がったし、さらに付け加えると、俺が炎の身体になってしまったことにも繋がるんだ」

 

「...そっか」

 

僕も指の背でユノの顔の輪郭をなぞった。

 

つくづく小さな顔だな、と見惚れた。

 

額に汗がにじんでいたから、手の甲で拭ってあげた。

 

ユノが辛そうだった。

 

熱くて苦しいのかな。

 

ユノの話は最後まで聞くからね。

 

僕もユノを助けてあげたいんだ。

 

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”28″ ]

[maxbutton id=”23″ ]

(15)添い寝屋

 

 

 

ベッドにひとり残された僕は、まんじりともせず枕を抱えて夜を過ごした。

 

水補充を知らせる加湿器のランプ点滅を、じぃと睨みつけながら。

 

僕には考えなければならないことがいっぱいあったのだ。

 

ユノの言葉を頭の中で反芻して、そのひとつひとつに言い訳をしていた。

 

添い寝屋としての僕が『期待外れ』だって?

 

『脱力系添い寝屋気取り』だって?

 

『寝床の提供に過ぎない』だって?

 

うるさいうるさい!

 

これが僕のスタイルなんだ!

 

でも...ユノの言う通りだ。

 

ユノは僕の弱みを全部、言い当てた。

 

添い寝屋としての僕のこれまでは、真摯に耳を傾けているフリをして、何も考えていなかった。

 

彼らの悩みは彼らがなんとかすべきだ、僕の仕事じゃないって。

 

打ち明け話の場を提供してやってるだけ。

 

彼らの不満と不安が染みついたシーツを毎日洗濯するのも、彼らのそれらが僕に乗り移ることを恐れていたんだ。

 

人嫌いなくせに、見ず知らずの他人を自慢のベッドに寝かすという、無防備なことを続けてきた。

 

遮光カーテンの合わせから、ひと筋の日の光が射しこんでいて、朝の訪れを知った。

 

出ていくユノを追いかけていってもよかったのに、そうしなかった。

 

僕が添い寝屋を始めた理由を振り返ってみたかったからだ。

 

性欲がなくなったおかげで、肌同士の接触に反応してしまう恐れがない。

 

閉じた心のおかげで、客たちがまき散らす感情に飲み込まれずに済んだ。

 

数年前、淫乱になったせいで社会的な信用と仕事を失った。

 

長時間、大勢の人に囲まれるのが苦痛になり、気力も失われたせいで独りになりたかった。

 

それでも、働いて食べていかなければならない。

 

手に職のない自分が出来る仕事は限られている。

 

出入りしていたクラブの客のひとりから紹介された。

 

彼とは相性がよくて何度か寝た仲で、僕のモノが力を失ってしまった後、彼になんとかしてもらおうと身を預けてみたのだけれど...。

 

無職で困り果てていたこともあって、「添い寝屋なんかはどう?」と勧められたのだった。

 

客の隣で寝るだけなんて簡単だった。

 

報酬もよい。

 

冷え切った身体は、僕の魂をおさめただけの容れ物に過ぎないものになり、密着して眠る客の存在を、そのうち気にならなくなった。

 

客たちが語る打ち明け話を、他人事のように、暇つぶしに読む短編小説のように聞いた。

 

日に日に心は閉じていった。

 

他人に興味がないくせに、独り寝だと一向にぬくもらない布団の中も、客の体温で多少はマシになる。

 

なんだかんだ言ってて、人のぬくもりが欲しかったんだ。

 

『俺は客の夜を引き受ける』

 

ユノは凄い。

 

僕だったら、その夜に飲み込まれてしまう。

 

ただでさえ、心と身体が自分のものじゃなくなった僕なんだ、簡単に彼らに乗っ取られてしまう。

 

ユノは凄い。

 

知り合って2日の人間に、ああまではっきりと言い放てるユノは凄いと思った。

 

ユノは今夜、僕の部屋を訪ねてきてくれるだろうか。

 

はっとした僕は、PCに飛びついて何かしらメッセージが届いていないか確認した。

 

「よかった...」

 

辞退の通知が来ていたらどうしようと、不安だったのだ。

 

僕は数年ぶりに、寂しいと思った。

 

「......」

 

マウスを操作していた手を止め、その手をそろそろと下腹部に落とした。

 

ユノになぶられたそこに触れてみたけれど、いつものごとく小さくやわらかく萎んでいる。

 

僕はギュッと目をつむり、ユノに与えられた感触を思い起こした。

 

ここだけを刺激していても足りないんだ...となると、あそこしかないのかな...。

 

後ろに伸ばしかけた手を止めた。

 

当時のことを思い出してしまった。

 

狂っていたあの頃は、頭がおかしくなっていて、常に何かを埋めていないと耐えられず、日中は道具を使っていた。

 

「ふう...」

 

カーテンを勢いよく引き、窓ガラスを開け放って、新鮮な空気をよどんだ寝室に取り込んだ。

 

外の世界は快晴で、洗濯日和だ。

 

いつものルーティンであるシーツの洗濯は、今日はしない。

 

ユノの香りが消えてしまうから。

 

不思議な男だ。

 

漆黒であるのは変わらないのに、濃さを変える闇夜の瞳。

 

青ざめた白い肌をしているのに、50℃の熱を帯びた身体。

 

今夜もここに来てくれるといいのだけれど...。

 

 


 

 

チャイムが鳴り、僕はインターフォンを確認する間もなく玄関に走る。

 

ローテーブルに脛をぶつけてしまったけど、その痛みなんか気にならないくらい慌てていた。

 

「ユノ!」

 

ドアの向こうに立った、精巧な人形のように整った男の胸に、僕は飛び込んだのだった。

 

「来ないかと思った...!」

 

「来るに決まってるだろう?

俺は客の夜を全て引き受ける。

最後まで面倒を見るよ」

 

僕の頭をぽんぽんとした後、僕の背中をさすってくれた。

 

パジャマ越しに、じわっとユノの熱が伝わってきた。

 

僕はユノの胸にぐりぐりと頬をこすりつけた、まるで犬みたいに。

 

ユノ独特の香りは、衣服に閉じ込められていて残念だけど、きっとこの後、直接肌に触れられるから大丈夫だ。

 

「昨夜はキツイことを言って悪かった」

 

「ううん。

僕の方こそ、ユノに対して失礼だった。

正面からぶつかっていくから...覚悟してね」

 

ユノは毛糸の靴下を履いている僕の足に目をやると、

 

「可哀想に...俺がなんとかしてやるからな」

 

そう言って、僕の肩を抱いて寝室へといざなった。

 

「ユノの方こそ辛そうだね。

プールに行ってきたの?

消毒の匂いがする...」

 

「ああ。

気になるのなら、シャワーを浴びてこようか?」

 

浴室に向かおうとするユノのシャツの裾をつかんで止めた。

 

(今夜のユノもやっぱりカッコいい。ユノはお洒落さんだ。グレンチェックのコートに、モスグリーンのニット、黒の革パンツに身を包んでいた)

 

「時間が勿体ないから、行かないで」

 

ユノの眉が持ち上がり、しばし僕の顔を見つめていた。

 

「へえぇ...。

甘えん坊さんのチャンミンも可愛いな」

 

直後、伸ばされたユノの手に僕のうなじが引き寄せられた。

 

ちょっと強引な感じに唇が塞がれた。

 

自然な流れだった。

 

僕もそのキスに応える。

 

「...んっ...ん」

 

ユノの背中に両腕を回して、自分の方に引きつけた。

 

唇同士をくっつけたり離したり。

 

次に離した時には、その隙間で互いの舌先をくすぐった。

 

空調が完璧な静寂の部屋に、ちゅうちゅうと僕らがたてる水っぽい音だけが響く。

 

ユノの熱い熱い吐息が、僕の頬と顎を湿らせる。

 

ぞくぞくした。

 

僕の指は、ユノのニットを握りしめていた。

 

「このキスは、仕事として?」

 

昨夜ふと湧いた...ビジネスなキスは嫌だと思ったことを、今夜もう一度口にしてみた。

 

「チャンミンはどう思う?」

 

昨夜と同じ答え。

 

「...違うと思う」

 

そう答えた僕の顔が熱くなった。

 

あれ...?

 

僕を閉じ込める氷が、溶けた水で表面が水浸しになってきているのが分かった。

 

「正解」

 

ユノの唇の両端がにゅうっと持ち上がり、彼の両手は僕の頬を包み込んだ。

 

鼻先が触れ合わんばかりの距離で、真正面からユノの眼と対峙する。

 

吸い込まれそう。

 

僕の凍り付いた心も身体も、ユノの中に取り込まれて混ざり合い、ポンとユノの外に出た時には、元通りになっていそうな予感がした。

 

初日にユノとした会話の中で挙がったたとえ話。

 

美味しいシェイクの話だ。

 

瑞々しい果物と冷えたミルクをジューサーに入れる。

 

出来上がったものは、砕かれ混ざり合っているせいで、どれがどれだか区別はつかないのだ。

 

後ろ髪の生え際に、ユノの唇が押し当てられた。

 

「あ...」

 

じじじっと、ユノの唇を通して熱と電流が、僕の背筋を通って指先まで行き渡る感覚がちゃんとある。

 

膝の力が抜ける。

 

「正解って、どっちの言葉?」

 

脚の付け根の中間が、ぐんと重くなった感覚。

 

「『違うと思う』の方だよ。

このキスはビジネスじゃないよ。

チャンミンは?

俺もチャンミンの客でもあるからね」

 

「ビジネスのキスじゃない。

僕は客とはキスをしない主義なんだ。

知ってるだろう?」

 

「意見は一致した」

 

ユノの指が、僕のパジャマのボタンをひとつひとつ外していく。

 

恥ずかしくて、ユノと目を合わせられなくて、僕は俯いたままだった。

 

鼓動が早い。

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”23″ ]

 

[maxbutton id=”2″ ]

 

(14)添い寝屋

 

 

「俺に仕事をさせてくれよ?」

 

「......」

 

「怖いのか?」

 

数年来、外界から身を隠し、心身の感覚が麻痺したような日々を送っていた。

 

閉じこもりの自分が虚しく怖くなってきて、何を思ったのか添い寝屋が『添い寝屋』を雇ってしまった。

 

オーダーしたあの日は確か...人妻の添い寝をしてやってたんだっけ?

 

ベッドに入るなり夫への愚痴が始まって、僕は一通り聞いてあげた。

 

泣き出したかと思うと、どこかへ電話をかけ始めるから、「ベッドにはスマホの持ち込みは駄目だって言ったでしょう?」と諌めた。

 

その途端、彼女は電話相手に『迎えに来て!』って叫んだりするから、わけが分からない。

 

30分もしないうちに、彼女の夫が僕の部屋に血相抱えてやってきた。

 

彼は僕を突き飛ばすと、彼女を引きずるように連れ去ってしまった。

 

とんだ茶番劇だった。

 

今回が初めてのことじゃないのだろう、彼女は僕を『浮気相手』に仕立て上げ、夫の気を引こうとしたんだろうね。

 

僕の気分はズドンと底の底まで沈み、虚しくなってしまった。

 

それから、泣いて叫んで感情むき出しにした彼女と、困り者の妻を即迎えに来た彼のことが羨ましく思ったんだ。

 

そこで僕は、かじかんで震える指に悪態をつきながらネットサーフィンに没頭し、たどり着いたサイトで、添い寝屋を雇った。

 

この空虚な心を癒し、しんと冷えた心を揺さぶって欲しい。

 

「辛いね」と誰かに背中をさすってもらいながら、眠りにつきたい。

 

それから、強張った身体をほぐしてもらい、死んでしまった感覚を生き返らせてもらいたい。

 

 

 

 

「おい!」

 

知らぬ間にウトウトしかけていた僕は、ユノの鋭い声でハッとした。

 

ユノの両手が僕の脇に回り、持ち上げられた僕はユノの上にまたがっていた。

 

「頼むから、俺に仕事をさせてくれ。

グズグズうじうじしていたら、いつまで経っても変われないぞ?」

 

「...だって」

 

僕の脇を支えたユノの手は、身をよじるくらいじゃびくともしないくらい力強かった。

 

「怖いのか?」

 

「...うん」

 

ユノの体温で血行がよくなったせいで、彼の胸に置いた両手の指先がじんじんした。

 

それに...僕のお尻にユノのものがあたっている。

 

ユノがやってきてから、僕の身体に変化が生じている。

 

ささいな刺激に弱くなっていた。

 

「触るぞ」

 

「ああっ!」

 

そう言った直後、ユノの手がパジャマのズボンに滑り込んできた。

 

「...やっ...離せ!」

 

僕のものを鷲掴みにするんだ、驚いた僕は叫んでしまう。

 

身を引こうとしたら、起き上がったユノにのしかかられ、僕は仰向けに組み敷かれていた。

 

身動きしようにも、ユノは全体重をかけているし、僕の肩を抱きすくめているから不可能だった。

 

「チャンミンのオーダーに応えてるんだ。

安心して俺に任せろ」

 

ユノは「安心しろ」と言ってるけど、彼のホカホカの手に包まれた自分のモノが気になって仕方がない。

 

ふにふにと僕のモノがユノの手によって遊ばれている。

 

ユノの手の中にすっぽりと覆われてしまうくらい、小さく萎んだモノ。

 

これがかつては、四六時中と言っても過言じゃないくらいに猛々しくなっていたなんて、信じられない。

 

情けなくて涙が浮かんできた。

 

「...あっ」

 

ユノったら僕の耳たぶを咥えるんだ、大きく身体が跳ねてしまっても仕方がない。

 

「昨日よりも敏感になってるよ」

 

「...あん」

 

熱く湿った吐息が僕のうなじにかかり、後ろ髪が逆立った。

 

自分の首筋にさーっと鳥肌がたつのが分かる。

 

「や...離せっ...!

止めて...怖い...怖いよ!」

 

「離していいのか?

一生、ふにゃちんのままでいいのか?」

 

「それはっ...嫌だ...けど」

 

ユノは僕の耳下に吸い付いたまま、僕のモノから手を離した。

 

「身体の力を抜いて。

俺を抱きしめて」

 

ユノの裸の背中に腕を回し、手の平いっぱいに筋肉が作る凹凸を確かめた。

 

ユノの体温で温められ、僕らの身体で閉じ込められた彼の匂いを吸い込んだ。

 

興奮しているのかな...無臭だと思っていたユノの肌から、動物的なのに甘い香りがたちのぼっている。

 

頭の芯がぼうっとしてきた。

 

僕はユノの首にしがみついて、ちろちろと僕の先っぽに与えらえる感触に集中した。

 

「...んっ...ん...」

 

くすぐったい...だけだ。

 

以前も、その手のサービスを依頼した経験があるけど、成功した試しはない。

 

どれだけしごかれ舐められても、僕のモノはうんともすんとも反応しなかった。

 

もっとも、これ以上自分の身体に触れられるのが気持ち悪くなって、腰を引いてしまう僕に彼女たちは匙を投げたのだ。

 

僕は今、男の人に押し倒されている。

 

前が駄目なら...やっぱり僕は、埋められる側なのかな。

 

などと思っていたら突然、ユノの顔が消えた。

 

「ひゃっ!」

 

ユノの口内に僕のモノが吸い込まれていた。

 

柔らかく萎んだままの僕のモノは、ねっとりと口内でねぶられた。

 

「駄目...やめて...やめて!」

 

昨日会ったばかりの人物に、それも男のモノを何の躊躇なく口にできることが信じられなかった。

 

自分にはとても出来ないことだ。

 

これは僕からのオーダーに応えての行為で...そんなのイヤだと思った。

 

急にイヤになったんだ。

 

仕事だからとキスをするユノも、お金を払ったのは僕の側だからって、どんな行為もユノにしていいなんて...そんなの、心がこもっていない。

 

あれ...?

 

『心』って言った?

 

心を込めるとか、目の前の人に心をさらけ出すとか、心をさらけ出して欲しいとか、ずいぶん長く望んだことなかった。

 

丹念に舐められて、おしっこが出そうな感覚と、でも出せないもどかしさを覚えた。

 

「...やっ...や...」

 

数年前、あのクラブでの僕は、毎夜のように男たちの下になったり、女たちに道具で攻められたりしていた。

 

再び、僕はケダモノになってしまうのか!?

 

ぞっとしていると、

 

「指をいれてやろうか?」

 

「ええっ!?」

 

ユノの言葉に僕は、全力で彼の胸を突きとばしてしまった。

 

「『添い寝屋』がそこまでするなんておかしいよ!

セックスも引き受けるなんて、そんなの『添い寝屋』じゃないよ!」

 

ユノはひっくり返った姿勢で、怒鳴る僕をあっけにとられた表情で見上げていた。

 

「ユノはっ...僕の隣で寝てくれるだけでいいから!

オーダーは全部、取り消す!」

 

ユノはゆっくりと身体を起こすと、低くどすのきいた声で「いい加減にしろ」と言った。

 

上目遣いのユノから、笑みが消えていた。

 

「俺は、客の『夜』を全て引き受けるんだ。

その覚悟がなければ、この仕事はできない。

添い寝屋によっては、性的サービスを一切お断りな奴もいる。

例えば、チャンミンのように」

 

「なっ!

僕には『覚悟』がないっていうの?」

 

ムカッとした。

 

「敢えてキツイことを言わせてもらえば。

チャンミンの添い寝屋業は、単なる『寝床の提供』だ」

 

「それのどこが悪いんだよ!」

 

「悪い、とは言っていない。

俺のスタイルとは真逆だなぁと思っただけ。

チャンミン...一度でも、客の悩みに寄り添ったことはあるのか?」

 

「え...」

 

「聞き流しているだろう?

チャンミンが本気でこの仕事を続けてゆきたいのなら、

もっと『夜を引き受ける』ことについて、深く考えてみる必要があるんじゃないのか?」

 

ユノの瞳は黒一色なのに、ブラックホールのように中心にむかって渦を作っていた。

 

吸い込まれまいと、僕も眼力を込めて見返した。

 

イライラ、ムカムカしていた。

 

胸の奥底で、ぽっと小さな炎が上がった。

 

「及び腰の『添い寝屋』に、俺の過去や弱みを打ち明けるのが怖くなってきたよ」

 

ユノは立ち上がると、ベッド下に落ちたパジャマを拾い上げた。

 

「客は添い寝屋のチャンミンを買ったんだ。

それも安くはない金額で。

チャンミンの心も身体も、ひと晩だけとは言え、客のものだ。

『脱力系添い寝屋』気取りでいるのもいいけど...もっと、親身になれよ」

 

「...なんの資格があるんだよ?

僕にそんなこと...僕の仕事の仕方に口出しする資格はないはずだ!」

 

「...そうだな」

 

ユノははっと息を吐いた。

 

「俺は、お前に雇われた『添い寝屋』に過ぎない。

チャンミンの言う通りだよ」

 

パーテーション内にユノの姿が消え、しばらくして着がえた彼が出てきた。

 

「...え?」

 

肌に張りつくほど薄くてスリムな革のパンツに、麻のシャツを着ていて、今夜のユノも完ぺきだった。

 

スポーティでカラフルなブルゾンを手早く羽織ると、

 

「じゃあな」

 

片手を上げて、ユノは背を向けてしまった。

 

「待って!」

 

歩み去ろうとするユノを呼び止めた。

 

「帰るの?

添い寝は?

僕に添い寝してくれるんじゃないの?

ユノの話も途中なんだよ?」

 

「チャンミンが心と身体を閉じている限り、俺の方も全てをさらけだすのはよそうと思った。

いいか?

俺たちはそれぞれ、『添い寝屋』であり『客』なんだ。

こんな偶然、滅多にないんだぞ?

イヤイヤ言っていないで、真摯に向き合えよ?」

 

「ホントに帰っちゃうの?

添い寝屋が客を置いていくなんて、変だよ!」

 

「...チャンミン、俺の方も『客』なんだ。

期待外れだったなら、先に帰る資格が客にはあると思うんだけど?」

 

そう言って、ユノは僕を置いて出ていってしまった。

 

 

 

 

(つづく)

(13)添い寝屋

 

 

肌と肌同士がこすれる感じが気持ちいい。

 

呼吸に合わせて上下するユノの胸から、彼の甘く濃い、男の人の匂いがする。

 

自慢のベッドリネンに客の匂いが付くのを嫌って、客が肌をさらすことを僕は禁じていた。

 

そんなルールも、ユノと接していたら忘れていた。

 

「添い寝屋業は気付いたら、始めてた。

きっかけは、当時の恋人の母親に添い寝をしてやったことかな」

 

「は、母親!?」

 

「恋人の両親の仲は最悪でね、その子の父親は留守がちで、どうやら不倫をしているらしかった。

『なぜ、別れないんだ?』となるだろ?

その辺は当事者じゃないと理解は出来ないし、母親は夫が外で何をしていたにせよ、三下り半を叩きつける気はなかったんだ。

俺は恋人の家に入り浸っていた。

貧乏学生で金欠で、常に腹を空かせていた。

恋人んちに行けば、腹いっぱい食べさせてもらえた。

ある日、いつものように恋人んちを訪れたところ、母親がいつものように出迎えてくれたんだけど、あいにく肝心の恋人は留守だった。

帰ろうとする俺を彼女は引き留めて、『ご飯を食べていって』と、強く勧めたんだ。

そりゃありがたい、って俺は素直に従った。

その後どうなったか...チャンミンはどう想像する?」

 

「...えっと...彼女と...『そういうこと』をしたってことでしょ?」

 

「...と、考えるだろう、普通?

俺は彼女と寝たりなんかしなかったよ。

第一、   恋人がいるのに、恋人の母親と寝るなんて、常識的な俺には無理」

 

 

「うっそ!

ユノって常識的なの!?

...いたっ!」

 

 

ユノは僕の鼻をつまむと、僕を覗き込んだ。

 

 

「チャンミンは俺のことを、誤解しているなぁ。

とっかえひっかえ相手を変える私生活の、淫乱な男娼だと、思い込んでるだろ?」

 

 

「いえいえ...そんな、滅相もない」

 

 

「ふん...どう思われても、いいけどさ。

抱きつかれた時は、俺とセックスがしたいんだと思った。

彼女は胸も大きいし、美人な方だし、恋人がいなければ年上の女もいいもんだな、って。

困ったなぁ、って、無下に突き放すのも、彼女のプライドを傷つけてしまうよなぁ、って。

彼女に抱きつかれたまま、俺はじっとしていた。

そうしたらね、彼女、寝入ってしまったんだ。

俺は、朝までその姿勢のままでいたよ」

 

「彼女は、寂しかったのかな」

 

「だろうね。

朝になったら、彼女は変によそよそしくなることもなく、いつも通りだった。

恋人は帰ってこないし俺もバイトがあるしで、おいとましようとしたら、彼女からお金を渡された。

馬鹿にされた、とカッとなったよ。

でも、彼女は『受け取ってくれないと、惨めな気持ちになる』と言った。

そして、こう言われた。

『ユノ君は落ち着く。何もせず、添い寝してくれたお礼だから』って。

その日以来、恋人が留守の日に限ってだけど、俺は彼女に添い寝してやった」

 

 

「グラマーな熟女だったんでしょ?

ムラムラはしなかったの?」

 

「しない。

仕事だと思うと、そんな気は起きないよ」

 

相変わらず、僕の下腹に押しつけられた、固さと弾力を持ったものを意識しだした。

 

ユノが僕の身体に寄り添っているのは、仕事の範疇に入っていないことなのかな、と疑問に思った。

 

 

「恋人にバレなかったの?」

 

「両親の部屋から出てくる俺を、彼にバッチリ見られたんだ。

そんなんじゃないって否定しても、信じてもらえないのが普通だろうね」

 

 

「えっ!?

今、『彼』って言った?

恋人って、男の人なの?」

 

「うん...変か?」

 

 

僕はぶるぶると首を振ったけれど、急に下腹に当たる『もの』から脈打つ熱さを感じ始めてきた。

 

ユノは本気で、僕に興奮しているんだ!

 

 

「以上が、俺が添い寝屋を始めたきっかけの話だ。

...つまんなかったかな?」

 

 

「ユノ...僕が知りたいのは、ユノが経験した『恐ろしい思い』のことなんだけど?」

 

「わかってる。

俺にもウォーミングアップさせてくれ。

自分の話をするのって...恥ずかしいもんだな。

湯の張っていない湯船と、湯が出ないシャワー...そんな浴室で素っ裸になった感じだ。

分かる?」

 

 

「うーん、なんとなく」

 

熱いシャワーでも浴びようと裸になった自分を想像してみた。

 

蛇口をひねってもお湯が出ない寒々とした浴室で、全身鳥肌がたっていて、途方にくれたマヌケな自分の姿を。

 

外交的に見えるユノは、実は孤独なのかもしれない。

 

緊張させる隙なく、僕の心と身体にするりと寄り添ってきて、わずか2晩目で僕に秘密を暴露させた。

 

ユノは頼られるばかりで、自分自身が誰かに頼ることはほとんどないんじゃないかな、そう思った。

 

「キスしていい?」

 

「うん」と僕は答え、ユノの唇が降ってくる前に、彼の首にかじりついた。

 

積極的な僕にユノは驚いたみたいだ。

 

固く結ばれていた唇は、すぐに柔らかくほぐれて僕の舌を受け入れた。

 

僕らはどうしてキスをしているんだろう。

 

なぜか、ユノとキスがしたくなった。

 

その訳は...分からない。

 

何度も顔の傾きを変えて、口づけ直し、さっきはユノの舌が次は僕の舌をと、唾液の交換をする。

 

「あ...」

 

僕の腰にはユノの片腕が巻き付き、もう片方の手は、僕の背中から脇腹を何度も往復している。

 

「ひゃん...」

 

僕の肌に手の平全体をぴたりと密着させての愛撫に、のけぞってしまった。

 

「逃げないで」

 

「...だって。

なんか...変」

 

ユノに触れられて全身に走る痺れには慣れてきたけれど、今のタッチにはいけない。

 

僕は脇腹が弱いのかな、胃の下辺りがウズウズするのだ。

 

例えて言うなら、足が痺れた時、少しでも触れられるとくすぐったくって、「うわ~」となる感じ。

 

「...やっ、離して」

 

「嫌だ。

これはオプションサービスだよ」

 

「...でも、心の準備が...」

 

「『本番あり』

そう希望したのはチャンミン、お前だ」

 

「でもっ!

ユノは...ユノは平気なの?

初めて会った人と、こんなことするの...?

ぼ、僕だったら...無理っ」

 

「これは『サービス』なんだぞ?」

 

ユノはそう言いながら、その手を僕のズボンの中に滑り込ませて、僕のお尻をがしっと掴んだ。

 

「ひゃっ」

 

ユノの指の一本が、僕のお尻の割れ目にかかっている。

 

もう1センチ内側にずらせば、かつて、奥の奥まで埋めて乱暴にかき回されたいと、ぱくぱくと口を開けていた箇所に届く。

 

今の僕の入り口は当然、きゅっと閉じているはずだ。

 

「ちんたらしてたら、いつになっても『本番』にたどり着けないぞ?

あと3夜しかないんだ」

 

「...やっぱり、心の準備が...!」

 

「仕方がないな」

 

ユノはふんと鼻を鳴らして、「今夜はこれくらいにしておこう」と呆れた風に言って、僕から身体を離した。

 

「......」

 

頭の後ろで腕を組んで、ユノはじっと天井を睨んでいる。

 

不貞腐れたみたいな言い方と、その横顔が怒っているように見えて、僕は「ごめん」と謝った。

 

僕の恥ずかしい過去の半分を暴露してしまっていた。

 

何でも受け止めてくれるユノの頼もしさに、甘えられた。

 

それでも未だ、ユノに対して躊躇があった。

 

多分、僕は怖いんだ。

 

社会生活に支障が出るほど性に溺れに溺れて、狂ってしまった過去があったから。

 

そうなってしまうくらいなら、僕は再び氷河に閉じ込められて、氷の板越しに僕の元にやってくる客を眺めている方がマシだ。

 

どうして、添い寝屋なんか雇ってしまったんだろう、と後悔し始めていた。

 

初日の会話から、ユノは男女を問わない遊び人だと勝手に判断していた。

 

ユノという人物は、男の人と恋人関係を結べること、僕みたいな『不能』で根暗な男相手に反応すること、僕の方も、ユノに触れられると身体をびくつかせてしまうこと。

 

これら3つの判断基準から推測できること...これはこれはホントのホント、僕とユノはヤッてしまうことになるかもしれない。

 

自分で申し込んでいておかしな話だけど、

 

きっと僕のことだから、最後の最後まで拒み続けて、サービス内容が実行されるつもりはなかったんだ。

 

「嫌だ、止めて」と、ユノの手を払い除け続けるうちに、契約期間を終える...そんなつもりでいたんだな。

 

 

ユノとのキスは確かに、いい感じだ。

 

それ以上のことは、怖いんだ。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]