(35)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

「うわぁ...」

 

照明が絞られた閉店後の美容院。

タオルハンガーに大量のタオルが干されている中、僕は鏡の前に立っていた。

目にまぶしい白色のコルセットでウエストをしぼり、お尻がぎりぎり見える超ミニのプリーツスカートを身に着けている。

 

「ファストファッション店で買ってきたものを改造しているんですよ」

 

Kさんは僕の背後で、Kさんはコルセットに合皮の紐を編み上げながら言った。

 

「休日は、手芸店や古着屋を回っています。

衣装に使えそうなものを買い集めているんですよ」

 

コルセットには真っ白なスタッズがびっしりと貼りつけられている。

 

「地区予選の前の晩、Aちゃんと徹夜をして付けたんです。

延々と」

「すごいですねぇ」

 

スカートからは棒のような脚が突き出ていて、用意された靴のサイズが合わずに裸足のままだ。

 

「今年のテーマは『イノセント・フューチャー』です。

純粋無垢なアンドロイドをヘアカラーとスタイリング、衣装の3つで表現するのです。

だから、仮装大会じゃありませんよ」

 

黒のTシャツにベストを合わせたKさんは、鏡に映る僕と目を合わせて言った。

僕もにっこり笑った。

 

「Kさーん。

このラメじゃやり過ぎですか?」

 

椅子に乗って僕のまぶたにアイシャドウを塗っていた女の子が、メイクと衣裳を担当するAちゃんだ。

Kさんの勤めるサロンでは、もう一人ファイナル進出を果たしたスタイリストがいる。

反対側の鏡の前でKさんたちと同じように、モデルを囲んで衣裳合わせをしている。

折れそうに華奢なモデルに、シルバーのフェイクファーのドレスを着せていた。

 

「チャンミンさんは太ももが細いし、脚の長さを引き立てるような...」

 

Kさんは僕の下半身をひとしきり眺めたあと、何度も頷いた。

 

「もうすぐスカートの丈は短い方がいいかもしれません。

Aちゃん、ピンクのパウダー持ってきて」

 

Aちゃんはメイクボックスから探し出した容器を、Kさんに手渡した。

パウダーをたっぷりとつけたパフを、僕の太ももに叩いた。

くすぐったいのをぐっと我慢した。

 

「後で拭きとるので、安心してください。

うん、いいね。

タイツなんか履かずに、生足のままがいいね、うん」

 

「網タイツは無しですか?」

「そうしよっか。

トゥーマッチになってしまう。

チャンミンさんの魅力のひとつは脚ですからね。

アンドロイドなのに、ここだけ血色感があって...っていう風にしたいのです」

 

僕の脚を前にして、KさんとAちゃんがああでもないこうでもない、と衣裳づくりの相談をしている。

 

(Kさんは僕のコンプレックスを美点にしてくれる。

嬉しい)

 

Kさんは僕の正面に立ち、前髪をかきあげたり下ろしたりし始めた。

 

「お客さんとしてせっかく今の髪色にしたのに申し訳ありませんが、一度リセットさせてもらいます。

3日かけて髪をブリーチします。

もっと真っ白になるまで色を抜きます。

コンテストの前日に、色を入れます」

 

「ひどいんですよ、Kさんは。

私の頭はKさんの実験台なんですよ」

 

Aちゃんはダークグリーンの髪を引っ張りながら口を尖らせた。

 

「チャンミンさんと出会えてよかったです。

もしモデルが見つからなかったら、Aちゃんをモデルにして出場する予定でした」

「私みたいなちびっ子がステージに上がったら、それだけで落選ですよぉ」

 

「Kさん。

髪型のことですけど...」

 

僕は前日ユノさんに言われたことで、気がかりなことがあった。

Kさんは僕の心配が何であるかすぐに察したようだった。

 

「安心してください。

ファイナルステージでは、髪はほとんど切りません。

ヘアはあらかじめ作りこんでおいて、ステージ上ではスタイリングの仕上げを行うだけです。

少しだけハサミを入れますが。

突飛なヘアスタイルとカットテクニックを披露するコンテストじゃありません。

日頃のサロンワークを通して身につけたテクニックとセンスを駆使して、モデルのもつ美をどれだけ引き出せるか...っていう趣旨なんですよ。

衣裳は別にして、髪型はサロンスタイルじゃなくっちゃ駄目なんです。

街中で歩いていてもおかしくない髪型じゃないと。

カット主体のコンテストは、それこそなんでもありですがね。

髪の色はすごいことになると思いますが、コンテストの後に色は戻してあげますから。

安心してください」

 

目を輝かして語るKさんの話を聞いているうちに、僕の気持ちもワクワクしてきた。

 

(日々のサロンワークから吸収したものを、ここぞという時に発揮するんだ。

技術だけじゃなくて、アートな才能も必要なんだ。

YUNさんもそうだけど、Kさんもアーティスト。

きっと彼らの頭の中は、目指す色や形がはっきりとあるんだろうな)

 

ふとした時に、YUNさんが宙を見つめてじっと動かないままでいる時があった。

 

(きっと、浮かんだイメージを逃さまいと追っているときなんだ)

 

(つづく)

(34)オトコの娘LOVEストーリ

 

~チャンミン~

 

粘土の捏ね方の指導を受けている間、粘土を捏ねるYUNさんの手を食い入るように見ていた。

YUNさんの大きな手の中で、石膏粘土の真っ白な塊が形を変える。

YUNさん手の甲に浮かんだ血管だとか、節が太くて力強そうな指だとか、短く整えられた爪だとかに目を奪われていると。

 

「チャンミンくん?」

(YUNさんは僕のことを『チャンミンくん』と呼ぶ)

 

「届いたばかりの粘土は固すぎるから、水を少し加えて練ることで、手の平の体温でほど良い柔らかさになる」

 

YUNさんは、ポリ容器からどろりとしたものを、捏ねかけの粘土にひと垂らし加えた。

 

「これは水を加えてゆるくした粘土ペーストだ。

液状にまでゆるくしたものも、完全に硬化させたものも使うよ。

作品の部位によって、使い分けているんだ。

君には『頃合いのいい』粘土をあらかじめ作っておいてもらいたい」

 

ステンレス製のラックにずらりと並んだポリ容器を指した。

 

「へぇ...使い分けるんですね」

「君の仕事になる」

「はい」

 

YUNさんは脇にどき、いよいよ僕が粘土を捏ねる番になった。

べニア板を貼っただけの作業台にかがんで、両手でぎゅっと押し、ひっくり返してまた押しを繰り返した。

彼の高い身長に合わせて作られた台だったから、高さはちょうどよい。

 

(ひっ)

 

耳の後ろに生温かい息がかかった。

YUNさんが僕の真後ろに、触れそうで触れない距離に接近している。

 

近いです。

近すぎます!

 

これっていわゆる、セクハラ...?

シチュエーション的にそう感じてもいいはずなのに、YUNさんの場合は全くそう思わないの。

もしYUNさんが、私の好みじゃない中年オヤジで、異性としての好意を持てない人だったら、張り倒してた。

でも、僕はYUNさんのことが好きだから、全然そんな風に思ったことない。

 

「そんな優しいやり方じゃなくて...」

 

背後からYUNさんの日焼けした腕が伸びて、僕の手の上にYUNさんの手が重なるから、私は卒倒しそうになった。

 

「もっと力いっぱい」

 

(まるで映画のワンシーンみたい!)

 

「分かった?」といった感じで横目で見られて、そのくっきりとした二重瞼の下の黒い瞳に吸い込まれそう。

 

「あとは、一人でやってみて。

それにしても...君の腕は細いね」

 

彼は粘土で白く汚れた手を、濡れタオルで拭きながら言った。

 

「...そうですか?」

「栄養足りてる?」

「毎日、お腹いっぱい食べてます。

横にじゃなく、縦に栄養が取られてるんだと思います...」

 

男の身体。

脂肪になりにくいのだ。

ここでふと疑問に思うのは、YUNさんは僕のことを女の子だととらえているのだろうか?

どっちなんだろう...と心の中で首を傾げいたところ、

 

「それじゃあ、横にも栄養がいきわたるように、美味しいものを食べさせないとね。

来週あたりに夕飯を食べに行こうか?」

「え...?」

 

彼からの突然のお誘いに、粘土を捏ねる手が止まった。

 

「はい...お願いします」

 

上司にあたる人と、勤務時間外に1対1で食事をするなんて...YUNさんが初めて。

YUNさんは誰に対してもいつもこんな感じなんですか?

前にいたアシスタントの子にも、こんな感じで接してたんですか?

スキンシップとか誘ったりしたら、僕、いっぱい勘違いしてしまいますよ。

下のオフィスから、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「行かなくちゃ!」

 

YUNさんはちらりと壁の時計を確認すると、慌てて応対しようとする僕を押しとどめた。

 

「俺が行ってくる。

手が汚れているだろ?

君はこの続きをやっていなさい」

私の肩をポンと叩くと、YUNさんは螺旋階段を下りて行った。

 

「ふう」

 

YUNさんに“ポン”とされると、僕のハートもポンと跳ねて、腰から力が抜けてしまいそうになる。

ユノさんに頭を“ポン”とされる時、僕の気持ちはどんな風だったっけ...?

 

 


 

~YUN~

 

俺の言動一つで、振り回される相手を目にするのは愉快だ。

自分の外貌が周囲に与える影響を承知しているから、恵まれた条件を利用させてもらっている。

飛んで火にいる夏の虫。

光に誘われて集まる不快な虫たちの中には、稀に美しい蝶が迷い込んでくる。

羽を休めて眠りについている時刻になのにも関わらず。

 

 

俺は美しいものが好きだ。

俺の手のひらにひらりと止まったそれを、眺めて愛でた後その羽をむしる。

羽を失い毛虫と成り下がったそれも、しばし眺めた後、手の平を傾げて地面にポトリと落とす。

残酷だろう?

真白な造形を指先から創造するには、破壊行為が必要なんだ。

 

「YUNさん...」

 

液状粘土の入ったポリバケツを下げたチャンミンに呼ばれた。

 

「あの...出来ました」

 

必死に作業していたのだろう、長めの前髪が汗で額に張り付いていた。

細かくちぎった粘土に水を少しずつ加えて揉みこんで、どろどろの状態にするよう指示をしておいたのだ。

粘土10㎏分。

前のアシスタントだったら1日かかったものを、この子は半日でやり遂げたか。

細い腕を肘まで白く汚していて、汗をぬぐった時に付いたのか額に乾いた粘土がこびりついている。

 

「こんな感じで...よろしいですか?」

 

丸いカーブの上瞼の下のみずみずしい瞳が、俺の言葉を待っている。

褒めてもらいたがってる顔をしている。

 

「付いているよ」

 

チャンミンの額の汚れを親指で拭ってやる間、ギュッと目をつむったりして、可愛い顔をするんじゃないよ。

滅茶苦茶にいじめたくなるじゃないか。

まさか本気にするとはな。

面白半分で「来ないか?」と誘ったのを真に受けて、ここまで訪ねてきた。

飲み込みも早く、真面目で賢そうな子だと、接客してもらった時に見抜いていたが、そんなことよりも、民の見た目や佇まいが好みだったというのが、チャンミンを誘った最大の動機だ。

悪いが俺は、残酷な男だ。

疑うことを知らない純真な眼を見ていると、君の羽をむしりたくなるんだよ。

チャンミンの尻に手を伸ばしかけたが、「まだ早い」と思いとどまった。

 

(つづく)

(33)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

俺は床に腰を下ろし、飽きもせず彼の寝顔を見続けた。

しかし、困ったな。

布団を敷いてあげたいけれど...。

三つ折りにした布団に上半身がもたれかかっている。

どかしたいけど...。

身長が高いせいで太ももがむき出しになっていて、ぞんざいに巻いただけのバスタオルが頼りない。

男だと知ってしまったが、その太ももは色気を放っている。

俺は目をそらした。

 

困った!

困ったぞ!

 

今夜の俺は、チャンミンの下半身をこれ以上見るわけにはいかない!

気持ちよさそうに眠っているのを起こしたくないんだけどなぁ。

 

「起きて!」

 

肩を揺する。

 

「う...ん」

「チャンミン...ちゃん!」

 

もっと肩を揺する。

 

「う...ん」

 

彼の頭がぬーっと持ち上がった。

目をつむったままボーっとしている隙に布団を敷いた。

 

「ぐー」

 

「あ!

こら!

寝るな!」

 

首をもたげて座ったまま、眠ってしまった。

 

「世話が焼けるなぁ!」

 

彼の裸は見てはいけない気がするし、だからと言ってこのままにしておけない。

床にタオルケットを敷いて、その上にチャンミンを横たえた。

バスタオルがずれてチャンミンの胸が目に飛び込んできたけど、これは事故だ、仕方がない。

同性だが、なぜか服を着せてやることに抵抗を感じた。

女ものがいいのか、男ものがいいのか?

彼にショーツを履かせ、ブラのホックをはめてやる妄想図が浮かんだが、首を振って消去した。

彼をごろごろ転がして、タオルケットですまきにした。

それから、す巻きにされた彼を、敷布団の上まで引きずった。

 

(身長が身長だけに...それ相応に重い...)

 

ぐるぐるにす巻きにされた彼を見下ろして、俺は深い深いため息をついた。

気持ちよさそうに寝ちゃってさ、全く。

チャンミンの裸に反応したりしたら駄目じゃないか!

今夜の俺は...抜く必要があるな。

以上が、大ハプニングの顛末だ。

 


 

~B~

 

見た目が派手なせいで、放埓だと誤解されがちだった。

熱しやすく冷めやすい恋愛をしがちであると認めていた。

文字通り「炎のよう」に熱く燃え上がって、全身全霊でその男性を愛す。

2,3か月もするとその炎の勢いが落ちてくるけれど、気持ちが冷めた訳ではない。

焚き木の追加が欲しいだけだった。

Bの激しい恋に疲れるのか飽きたのか、離れていってしまう人が多い中、ユノは違った。

熱く激しい火力はないものの、ユノが恋人に注ぐ愛情とは熾火のように、長く注ぎ続けるものだった。

チヤホヤされることに慣れていたBにとって、彼の控えめな愛情表現じゃ物足りなかった。

照れ屋で「愛してる」の言葉も、ベッドの中で絶頂の最中で口にするくらい。

顔もスタイルもいいものを持っているのに、トレーナーにデニムパンツという野暮ったい恰好ばかりしていた為、Bは自分好みの男に仕立てた。

自分の手によって、見栄えのする男に変身させていくのを楽しんでいた。

家事が苦手なBに代わって、料理も掃除もすべてを担ってくれて助かったけれど、住まいを共にして1か月もしないうちに「長年連れ添った夫みたい」になってしまったことにがっかりした。

レシピ通りに忠実に料理をする彼の背中に、手にしたマスカラを投げつけたくなる。

キツイ言葉を投げつけても、最初はムッとした顔が困った表情に変化して、「嫌なことでもあったのか?」って心配してくれた。

イラつくけれど、ユノの存在はBにとって大切なものだったのだ。

 

(ユノには100%、私の方を見ていて欲しい。

心のバランスを保つために、なんだかんだ言ってユノが必要なの)

 

にもかかわらず、Bは新しい恋をしている。

モデルの仕事は下降線だったけど、誘われて始めたラウンジの仕事は割と楽しい。

沢山の男の人たちと接することができるし、彼らを褒めたたえる振りをして、「君こそキレイだよ」のお返しを期待していた。

 

(熱烈な恋愛をしたいだけ)

 

今回の恋はのめりこみ過ぎて、危なっかしい空気をはらんでいた。

いつ捨てられてもおかしくない。

 

(あの人は惹きつけたかと思うと冷たく突き放すのを繰り返して、私は翻弄され余計に燃え上がった)

 

深夜ユノの寝顔を横目に、アルコールでむくんだ脚を毛布に滑り込ませる。

 

(この人は、待ってくれる。

あの恋が破れて捨てられても、帰る場所がある。

だからやっぱり、ユノが必要)

 

(つづく)

 

(32)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

6階の奥まったところにあるオフィスが、YUNさんの仕事場になる。

木製の家具とポップなカラーの張地、沢山の観葉植物(僕が知っているポトスとかゴムの木とかじゃないものばかり)が温かみを醸し出していた。

オフィスの中央に、螺旋階段がある。

黒い鉄製の手すりが、ナチュラルポップな雰囲気をキリっと引き締めている。

木製パーテーションに仕切られた箇所に、ガラス天板の大きなテーブルがあって、椅子が透明でここだけが未来的だった。

出勤してきたらオフィス内を整える。

例えば、打ち合わせテーブルを拭き、掃除機をかけて、観葉植物に水を与える。

1階エントランスの花瓶の水を取り替え、自動ドアのガラスをピカピカに磨き、彼宛に届いたメールをチェックし、打ち合わせ等に訪れる方たちへ、お茶を出す。

ビルやマンションを所有することで発生する細かい雑事を受け持つのも僕の仕事だ。

「管理会社に任せていたら駄目だ。

オーナー自らが心配りをしてやる面も持たないと、店子が逃げてしまうからね」と、YUNさんは言っていた。

デスクに置いたスマートフォンが鳴った。

彼は大抵、外出しているか上の階にいるから、用事がある時は電話をかけて僕を呼ぶ。

彼に呼ばれて螺旋階段で7階へ上がると、「忙しいところ悪いね」って口元だけで笑いながら振り向くんだ。

彼のまっすぐな背筋や、がっちりと広い背中、分厚い胸を見ると思わず抱きつきたくなってしまう。

そんな気持ちをグッと隠して、彼からの指示を待つ。

男の人にドキドキしてしまう自分は「もしかして...」って思ってしまうけど、今は取り上げたくない事案だ。

彼はいつも白いシャツとチノパンを身に着けている。

よくよく見ると、少しずつデザインや素材が違っているから、相当のお洒落さんだな、って感心している。

「配合を教えるから、覚えるんだ」と、僕の肩を抱いて奥の作業テーブルへ案内した。

彼のスキンシップに毎回、ドキッとする。

心臓の音が彼に聞こえないか心配になるくらい。

彼がかがむと艶やかな長い髪がさらさらと肩からこぼれ落ちて、いい香りが広がる。

至近距離の精悍な横顔が眩しくて、心臓が口から飛び出しそう。

彼は身を固くする僕に気付いて、「申し訳ない」と手を離す。

彼のことが好きな僕はもっと触れて欲しいのに、って残念に思うんだ。

やっぱり僕は「もしかしたら、僕は男の人が...」

 


 

~ユノ~

 

「仕事はどう?」

 

夕食後、俺はソファに、チャンミンはソファにもたれて、のんべんだらりと過ごしていた。

2人とも風呂上がりで真っ赤な頬をして、首にタオルをひっかけていた。

彼はソーダ―味のアイスキャンディーを舐めながら「頑張ってます」と、答えた。

兄弟のように、交際5年のカップルのように、俺たちはリラックスしていた。

 

「仕事内容は?」

「アシスタントです」

 

『アシスタント』という響きが怪しかった。

 

「雑用係です。

観葉植物に水をあげたり、電話をとったり。

ひとつひとつは大したことありませんが、やることは沢山あります」

 

「そっか」

 

俺は正面のTVが流すバラエティ番組をよそに、携帯電話を操作していた。

『明日、外で食事をしないか?』と、Bにメールを送信していた。

 

「チャンミンちゃん!

垂れてるよ」

 

溶けたアイスが彼の指に垂れていた。

 

「あー!」

 

慌てた彼は、指に滴ったシロップをぺろりと舐めとり、角がとれた水色のアイスキャンディーを口に含んだ。

「ちゅるっ」と頬張る彼の口元に視線は釘付けになって、「ごくり」と喉が鳴った。

 

(こらー!

こらー!

何を想像してるんだ!)

 

「あわわわ...」

 

彼は軸が抜けてしまったアイスを大きな口で丸ごと受け止めた。

きーんとこめかみが痛いのだろう、ぎゅーっと目をつむり、鼻にしわを寄せている彼が可笑しくて。

この時の俺の眼差しは、とても優しかったと思う。

彼は背中を見せていたから、俺がどれだけゆるんだ顔をしていたのかを知られずに済んだ。

 

「あ~あ、冷たかったです」

 

彼はこめかみを揉みながら、俺の方を振り返った。

への字に眉を下げて「てへへ」と笑っていた。

俺はこの笑顔に弱いんだ。

 

「チャンミンちゃん。

ペディキュアが剥がれかけてるよ」

 

胸がきゅっとしたのをごまかしたくて、彼の足先を指さして言った。

 

「え、嘘!」

 

彼は床に長々と伸ばしていた脚を、引き寄せて爪先を確認している。

 

「ホントに...どうしよう」

 

ゆるいTシャツの衿から、彼の長い首と薄い肉付きの背中がのぞいていて、慌てて目を反らした。

俺はおかしい...。

どんどんおかしくなってゆく。

そこはかとなく漂わせている色気に、欲情が揺れてしまう。

彼は男だ。

彼の感情が真っ先にあらわれる、ピンと立った耳。

柔らかそうな耳朶を「はむ」っと咥えたくなってしまう俺は、いやらしいオヤジと化している。

突然彼は、「コンビニに行ってきます!」と立ち上がった。

 

「今から!?」

 

彼は6畳間から愛用のリュックサックを背負って戻ってきた。

 

「ユノさんも、一緒に行きます?」

 

君の誘いを断るわけないじゃないか。

 

(つづく)

(31)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

Tから電話があった。

 

『チャンミン、仕事決まったんだってな』

 

相変わらず声が大きい。

 

「ああ。

喜んでるよ」

 

『町に出てくるって聞いた時は、大反対したんだ。

あいつは頑固だから、言い出したらきかないからな。

仕事が決まって一安心だ』

 

「しっかりした子だと思うよ」

 

『ユノ、ありがとうな

お前のおかげで助かった』

 

「大したことはしていないよ」

 

『騙してしまって悪かった』

 

チャンミンの口から、前夜の事件を聞かされていたようだった。

俺に嘘をついたことや、ずっと黙っていたこと自体は非常に腹立たしいが、不思議なことに、その怒りはすっと、消えてしまっていたからだ。

チャンミンとは既に仲直りをしていたことだし、騒ぎたてるのもどうかと思った俺は、わざわざTに電話をかけなかった。

Tからの謝罪の電話を待てばいい、と思っていた。

チャンミンが男だった事実については、未だ消化できずいるのだが...。

 

「しょうがねぇなぁ。

ま、いっか。

許してやる」

 

『ほんとすまなかった。

とっとと住むとこ探させるからな。

...だがなぁ、チャンミンは騙されやすいところがあるからなぁ。

面倒ついでに、アパート探しを手伝ってやってくれないか?』

 

「俺の部屋に住んだらどう?」と言えなくなってしまった事情が悔しい。

 

『1階は駄目だぞ。

一応オトコだが、女ものの服が紛らわしい。

営業マンにのせられてほいほい決めてきそうだから、お前がジャッジしてやってくれたら助かる』

 

「俺が見張っておくよ」

 

互いの近況を報告しあった後、Tとの通話を終えた。

仕事と住まいを決めたら彼は出て行く。

MAXで一か月。

そういう約束で彼を迎い入れた。

あっという間に仕事を決めてきた行動力を考えると、とんとん拍子に新しい住まいを見つけてきそうだった。

彼に出て行ってもらったら、俺は困る。

あんなに面白い子と暮らせたら、毎日笑っていられそうだ。

抜けてる彼の為、あれこれ俺が世話をしてやるのも楽しい。

 

 

別れ話のタイミングを図りながら、このことを常に頭の片隅に置いて、ベッドの反対側で眠るBを横目に出勤した。

業務に追われている間は忘れているが、ふとした時に「そうい言えば」と思い出した。

別れを決心してからわずか数日間で、俺は消耗していた。

ぐずぐずしている自分が不甲斐なかった。

べた惚れだった自分だっただけに、NOを突き付けるには気合が必要だった。

これを解決しなければ、前へ進めない

一方、チャンミンの存在は摩耗した俺の心を癒してくれる。

 

 

彼の初出勤の日、洋服を貸してやった。

その日は、淡い水色のストライプシャツ。

スタンドカラーが彼のほっそりした首を引き立てて、俺が着るよりずっと似合っていた。

女ものの洋服を除いてしまうと、彼のワードローブは乏しいものだった。

「お洋服を買う余裕がなくて...」と、恥ずかしそうにうつむく彼の頭を「ちょっとずつ揃えればいいよ。俺が貸してあげるから」ってポンポンした。

チャンミンに自分の洋服を着せることを、密かに楽しんでいた。

彼に洋服を買ってあげたいけれど、兄妹でもない、友人でもない、恋人でもない相手に買い与えるなんてやり過ぎだろうから。

彼は親友の『弟』だ。

それじゃあ、『友達』?

それだけのものなのか?

彼は『兄の友人』、としか見なしていないだろうけどね。

俺のシャツを着て、彼は張り切って出勤していった。

 


 

~チャンミン~

 

仕事場へ行くには、正面エントランスのエレベーターを利用する。

面接の日に使った黒い扉のエレベーターは、ビルの上階に住むYUNさん専用のもの。

10階建てのこのオフィスビルのオーナーなんだって。

このビルの他にもいくつか不動産を所有しているんだって。

凄いなぁ。

 

「一番おいしいのは、田舎の商業施設に駐車場用地を貸すことだ。

税金も安い、面積は広大で、余程のことがない限り貸し続けることができる」

 

彼はそう言ってニヤっとし、その『悪そうな』笑いにしびれてしまった僕はおバカさんだ。

彼と僕が接点を持てたのが、以下の通りだ。

当時、彼は現地の仲介業者さんとの打ち合わせの為、僕が住んでいた田舎町に訪れていた。

僕はショッピングセンターの電化製品店で、フルタイマーとして働いていた。

仕事用のノートPCの調子が悪いからと、急遽買い替えを迫られた彼の接客を担当したのが僕だった。

YUNさんが求めるスペックを聞き取って適切なものを選び、データ移行と必要とされるソフトのセットアップまで行った。

僕の仕事ぶりに満足してくれた彼は、会計カウンター越しに名刺を渡してくれた。

常識的に考えてみても、ホイホイと見ず知らずの、会ったばかりの大人の男性の車に乗るなんて、世間知らずもいいところだ。

でも僕は男だから何かされる心配はない。

YUNさんの車に乗っても大丈夫なのだ。

彼の車の助手席に座ったおかげで今の仕事にありつけたのだから。

 

(つづく)