(11)会社員-愛欲の旅-

 

 

「へえぇぇ。

チャンミン...小説書いてるんだ。

...へえぇぇ」

 

「どうせ、キモイ、とか言うんでしょう。

帰宅してからの僕の楽しみを笑わないで下さい」

 

ぷいっと顔を背けてしまったチャンミンを、「まあまあ」と俺は肩を叩いてなだめた。

 

「笑ってないだろう?」

 

「キモイって思いました?」

 

ちょっとだけそう思ってしまったけど、漏らすわけにはいかない。

 

「思わない。

いいんじゃないの、趣味も大事だ。

俺はこれといった趣味がないから、羨ましいよ」

 

「ふうん」

 

「どんな小説を書いてるんだ?

BLって言うと、男同士の恋愛だろ?

歴史もの?推理もの...なわけないか、恋愛ものだよな?」

 

「当然でしょう。

ボーイズラブなんですから。

LOVEです!

主人公のお相手は、ユンホさんなんです。

主人公の恋が成就したところにさしかかってます」

 

「はあぁ!?」

 

「あ、言っちゃった」

 

うっかり口を滑らしてしまった風に口を押えてるけど、今のはわざとだ。

 

「お、俺が主人公のお相手だって!?

...で、小説の中の俺は何をするんだ?」

 

「恥ずかしいから...内緒です」

 

真っ赤になった頬を両手で包んで、イヤイヤするみたいに首をすくめている。

(「キャー、恥ずかしぃ!」って女子がよくやる仕草だ。か、可愛い...)

 

「そう言わずに、教えてよ」

 

好きな奴は好きさ余ってからかいたくなるものだ。

 

「恥ずかしいです」

 

一部の女子たちに人気があることは知っていた(俺の妹がBL愛読者なのだ)

 

俺はその類のものを読んだことは当然、ない。

(一般的な反応として、『気持ち悪い』と思っていた)

 

男同士の恋だなんて、チャンミンが初めてだったんだ。

 

「恥ずかしいことなんだ?

へぇ...興味あるなぁ?」

 

「駄目です...。

は、恥ずかしい」

 

「そう言わずに、教えてよ」

 

「ユンホさん、きっとドン引きします」

 

嫌がるのを無理やり聞き出すのもなぁ、と反省し「しつこくて、ごめん」と引き下がった。

 

そうしたら、それまで俺に背を向け、身をくねらせていたチャンミンは、俺の方をバッと振りかえった。

 

「ひどい!」

 

「?」

 

「ユンホさん、知りたくないんですか!?」

 

「...え?」

 

眉はひそめられ、眉間にくっきりしわが寄っている。

 

「知りたかったけど、チャンミン嫌がってたじゃん。

だってさ...」

 

俺はここで言葉を切ったのは...チャンミンが喜ぶことを口にしてやろうと思ったのだ。

 

「『好きな奴』には嫌な思いをして...」

 

「ユンホさん!!」

 

俺の愛の言葉は、チャンミンの鋭い声で覆いかぶされてしまった。

 

「僕の趣味の話は興味ないんですか?」

 

なるほど...。

 

本当は話したくてたまらなかったのに、あっさり引き下がってしまった俺を咎めているらしい。

 

(難しい...チャンミンの扱いは難しい...。

チャンミンの「駄目、嫌」は、「YES、Please」の時もある。

それから、「駄目、嫌」と言っている間は、しつこめに「まあまあ、そう言わないで」と追及の手は緩めるな...と、心のチャンミン録にメモをした)

 

「興味津々だよ。

俺は...」

 

言葉をここで切ったのは、チャンミンの機嫌を直そうと、彼が喜びそうなことを言ってやろうと思ったから。

 

「『好きな奴』のことは何でも...」

「どうせ僕の話はつまらないですよ!!」

 

再び、俺の愛の告白はチャンミンの言葉で上塗りされてしまった。

 

「つまらなくないよ」

 

「ぼ、僕は、ユンホさんには全てを知ってもらいたいのに...」

 

「知りたいよ。

教えて?

チャンミンが書く小説に俺が登場するんだろ?

どんな風なのか教えてよ?」

 

「...内緒です」

 

チャンミンはきっぱり言い切ると、「ユンホさんもピーナッツ、食べます?」と、きた。

 

コントのように、ずこっとしてしまった俺。

 

「教えてくれるんじゃなかったの?」

 

「ユンホさん相手でも、こればっかりは教えてあげられません。

秘密です」

 

チャンミンのお相手はやっぱり難しい。

 

ピーナッツをポリポリ食べている彼の横顔を、しみじみと眺めたのだった。

 

 

「ホテルまであとどれくらい?」

 

「え~とですね...2時間くらいですかね」

 

ビシッと整えられていた七三分けが乱れ、はらりと額に落ちたひと房を撫でつけてやった。

 

(飲み過ぎて気持ち悪いと言い出した者がいて、近辺のトイレを探し、バスを止め、背中をさすって介抱し...といったひと騒動があったのだ)

 

内股で座るチャンミンの太ももに乗せられた、彼のこぶしを包み込むように手を重ねた。

 

「ユ、ユンホさん!

み、皆に見られてしまうでしょう」

 

俺の手を払いのけ 通路側に身体をひねって背を向けてしまった。

 

その両耳は真っ赤になっている、か、可愛い...。

 

「大丈夫。

見られっこないさ」

 

俺たちの席は、一番前(添乗員チャンミンのため)

 

すぐ後ろはクーラーボックスとつまみの入った段ボール箱置き場になっている。

 

覗き込まない限り、俺たちが何をしているかまでは背もたれに隠されている。

 

そうじゃなくても、後ろの方では酒盛りでワイワイ賑やかだ。

 

バスでの社員旅行というのは、どこの会社でも似たようなものなんだな、と思った。

 

「......」

 

チャンミンは手の平を返すと、指と指とを絡める恋人繋ぎをした。

 

「お疲れさん」の気持ちを込めて、その指に力を込めた。

 

チャンミンも握り返す。

 

「ユンホさん」

 

「んー?」

 

「次のトイレ休憩で...」

 

「うん?」

 

「チューして下さい」

 

「......」

 

「チュー...」

 

「いいよ。

ついでに頭も撫ぜてやるよ」

 

「......」

 

「......」

 

「ユンホさんっ。

...好きです」

 

「......」

 

思いがけない言葉を投げかけられた時、俺たちには数秒~十数秒無言タイムがある。

 

俺の場合は、驚きのあまりのフリーズタイム。

 

チャンミンの場合は、俺からの言葉が心に染み入る感動タイム。

 

 

(つづく)

 

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(10)会社員-愛欲の旅-

 

 

「実行委員!」

「こっちにビールが回って来ないぞ!」

「つまみは乾きものだけかよ~」

 

可哀想に。

 

チャンミンは「ぱしり」になってる。

 

集合場所に着くなりチャンミンは、オフィスの冷蔵庫で冷やしておいたドリンクの運搬から、点呼、出発時間になっても現れない者への連絡入れと大忙しだ。

 

座席割りに文句たらたらの面々。

 

「部署ごとに固まらないようにするための席順です。

出発時間が30分遅れております。

ひとまずこの通りに乗っていただいて、次のトイレ休憩の際、交代でもなんでもしてください」

 

(30分遅れてしまったのは、我が部署のA子の遅刻による。

「ごめんなさ~い」と、手を合わして舌ペロ。

男性社員の9割は彼女を許した。

残りの1割は俺とチャンミンだ)

 

バスの席割りは、チャンミンの根回しのおかげで俺は彼と隣同士となった。

 

(俺たちは同じ営業部なのに、実行委員チャンミンの判断は時と場合によって柔軟になるらしい。ただし、俺限定)

 

...隣同士になったのだけど、酒が入って我が儘になった社員たちに呼ばれるたびに席を離れることもたびたび。

 

落ち着いて世間話も出来ず、さりげなく手も握れない。

 

(周囲の目を気にしながらのいちゃいちゃは、ときめきも興奮も倍増だったなぁ、高校時代を思い出したりして...)

 

きっちり手を抜かないチャンミンに甘えて、委員の者たちも役割のほとんどを彼に任せっぱなしにしていたんじゃないかと推測される。

 

定時きっかりに帰るチャンミンだったのに、役目を完ぺきに果たすため、昼休憩や終業後に旅行会社との打ち合わせ、経理部への報告、異議を申し立てる他委員の説得、余興の景品の用意...。

 

『恋の媚薬事件』以前のチャンミンについては、今ほど彼の行動を注意深く観察していたわけじゃないから、旅行の準備に奔走する姿はほとんど知らない。

 

ご丁寧に『旅のしおり』まで制作していたチャンミン。

 

修学旅行かよ...でも、からかう気持ちは全くない。

 

チャンミンの一生懸命さと生真面目さに、心の中でそっとハンカチで涙を押さえるのだった。

 

その力作も開かれることなく、大抵はシート前の網ポケットに突っ込まれていた。

 

「どれどれ」とページを開くと、15分刻みのスケジュールが組まれている(チャンミンらしい)

 

ところが、立ち寄る先々で気ままに行動する社員たちのせいで、予定は後ろ後ろへとズレ込んでいる。

(社員旅行とはそういうものだ)

 

この様子だと、プランの3分の1は省略され、ホテルへは夕飯時間ギリギリ前に到着するだろう。

 

工程表を睨みつけ、ブツブツつぶやくチャンミンの脇を突いた。

 

「お茶でも飲んで一息つけよ。

お疲れさん。

カリカリしても仕方がないさ」

 

クーラーボックスからよく冷えたお茶を取り出し、チャンミンに手渡した。

 

「ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げて受け取ったお茶を、チャンミンはごくごくと一気に半分飲んでしまう。

 

喉が渇いていたんだな、頑張っていたもんな。

 

「ホテルに着いたら俺も手伝ってやるから、チャンミンは休んでいろ」

 

「...そんな。

ユンホさんに悪いです。

それに...」

 

「それに?」

 

「僕を手伝うカッコいいユンホさん。

女性の誰もがユンホさんに惚れてしまいます。

ああ~っ、どうしましょう!

もう惚れてしまった人、惚れかけている人、いっぱいいます。

まず、営業のA子さんでしょ、Bさんでしょ。経理部のCさん。ユンホさんが交通費と接待費の精算を忘れるたび、わざわざ営業部まで来るんですよ。ユンホさんに会いたいからです。企画開発部のDさん。ユンホさんにわざわざ意見を求めに来るでしょ。品質管理部のEさんとFさん。ユンホさんにわざわざ仕様変更のお知らせするために営業部に来るんですよ。メールでいいじゃないですか。広報のGさん。ユンホさんの新規営業についていったじゃないですか。受注センターのHさん。定期納品のものなのに、わざわざ確認に来るじゃないですか。ユンホさんを見る目が妖しいです。あれは女豹の目です。それから製造部のIさんにJさんにKさんでしょ。彼女たちは、ユンホさんが倉庫に顔を出すのを楽しみにしてるんですよ。きっとその日は、お化粧が濃くなってると思います。先月入社してきたばかりで、美人と呼び声が高い管理部のLさんでしょ。

ユンホさんに懸想してるんです!

彼女たちは僕ら1号車に割り振りませんでした」

 

「チャンミン...。

お前、実行委員の特権を悪用しまくってるな」

 

「あ、悪用だなんて、そんなこと...」

 

その語尾は消え入りそうで、うつむいて手指をもじもじとさせている。

 

か、可愛い...。

 

「それからそれから、E社のMさんとF社のNさん」

 

「うちの社員じゃないだろ?

この旅行について来てるわけないじゃん。

結婚してる人が大半じゃん」

 

「いいえ!

マンネリ化した夫婦生活。刺激が欲しいんです。不倫!夫は単身赴任。欲求不満がたまった身体の火照りをユンホさんのテクで冷ましたいんです。夫に内緒のアバンチュール...燃えるわぁ。ああ...ユンホさんの逞しい身体に組み敷かれたい...って」

 

ああ...チャンミンよ。

 

「どうしてそこまで話が飛躍するんだ!?」

 

「ユンホさんこそ、否定しないんですね。

モテてることを認識しているんですね」

 

「認識も何も。

詳しすぎてビックリだよ」

 

チャンミンのことだ、全社員の名前は把握しているんだろうな。

 

「ほとんどチャンミンの妄想だよ」

 

チャンミンが挙げていったメンバーのうち1人くらいは、もしかしたらいるかもしれない。

 

もっとも俺は鈍感だから、告白でもされない限り気付かない。

 

「Bさんには確か、婚約者がいるはず」

 

チャンミンの顔がたちまち険しくなった。

 

「どうしてBさんに婚約者がいるって知ってるんですか!?」

 

「ちらっとBさんが漏らしていたから」

 

「ふう~ん。

...まさか!?」

 

チャンミンの目が大きく見開き、俺の二の腕をぎゅっと握った(もの凄い握力だ)

 

「Bさんを狙っていたんですね!

...浮気です。

僕という恋人がいながら、酷いです。

やっぱり、女性がいいんですね。

どうせ僕にはおっぱいはないですよ。ぺったんこですよ。可愛くないですよ。ユンホさんより2センチ背が高くて、余分なものがくっついてますよ。堅物で面白みがなくて、しがない事務員ですよ。お弁当を作るしか能がなくて、スポーツなんて筋トレだけですよ。地下アイドルを追っかけてて、同人誌を作ってコミケで売ってて」

 

「同人誌!?」

 

初耳だった。

 

「はい。

BL小説を書いてます」

 

「びーえる!?」

 

「...あっ!

言っちゃった!」

 

しまった、とチャンミンは自身の口を両手で覆った。

 

意外だったけど、納得してしまう俺。

 

...となると、それなりの知識はあるわけだ。

 

ちょっと頼もしかったりして......こら!

 

 

(つづく)

 

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(9)会社員-愛欲の旅-

 

 

以前勤めていた会社では、社員旅行はあるにはあったが自由参加だった。

 

気をつかう者たちと2日ないし3日も行動を共にしなければならない煩わしさから、非参加の者もいる中、普段交流のない支社の者と交流ができる機会だと、俺は積極的に参加していた。

 

チャンミンのキャラクターから予想すると、彼は不参加組だろう(「オフィスを出たところで交友を深める必要がどこにあります?」と言いそうだ)

 

幸いなことに、転職先であるこの会社は半強制スタイルだ。

 

俺の場合は、自由参加だろうが強制だろうが、参加するんだけどね。

 

 

 

 

集合時間は午前7時。

 

時間厳守できない奴は置き捨てていくルールではなく、メンバー全員が揃うまで、バスは発車しない。

 

遅刻して、白い目を一斉に浴びながらバスに乗り込むなんてことは避けたい。

 

早起きできるか不安だったが、俺にはチャンミンという目覚まし時計がいたから、心配無用だった。

 

チャンミン目覚まし時計は、スヌーズ機能付き。

 

寝ぼけ声で電話に出て、「あと5分...」と二度寝してしまう俺を見越したチャンミン。

 

しゃきっと電話に出るまでしつこいのなんのって!

 

身支度を済ませ、靴を履いている時にも着信があり、「もう家を出るところだよ!」と答えたら、やっとで安心してくれた。

 

玄関ドアを開けてびっくり。

 

チャンミンがぬっと立っていた。

 

「おはようございます」

 

「あ、ああ。

おはよう」

 

どもってしまったのには訳がある。

 

スーツを着ていないチャンミン...私服姿のチャンミンを見たのは初めてだったから。

 

(風邪をひいた俺を看病しようと我が家に泊まった翌日は休日だった。

結局、チャンミンは朝までぐっすり。

パジャマは持参してきても着替えを忘れてくるドジっ子で、スーツを着て帰宅していったのだ)

 

挨拶を交わした後、俺たちはしばし無言だった。

 

チャンミンはお祈りポーズに手を組み、大きく見開いた眼をきらっきらに輝かせている。

 

「ユンホさん...素敵...素敵です...」

 

そう言うチャンミンのとろけた表情が、俺の目に眩しい。

 

後光が射しているように見えたのは、顔を出したばかりの朝日が逆光になっていたからだ。

 

「そう?

別に...普段通りだよ」

 

照れくさくて謙遜したわけじゃなく、俺の服装はいたって普通。

 

パーカーにデニムパンツ、上にコートを羽織って、以上だ。

 

「もぉ!」

「んぐっ!」

 

みぞおちにチャンミンのパンチが飛んでくるという予測不能のリアクションに、彼の出で立ちにドキっとする間もない。

 

(チャンミンは胸キュンするあまり、その相手に暴力をふるうこともある、とチャンミン録にメモをする。

同じような項目を過去にメモしたことがあったような...とページをめくったら、その通りだった)

 

「ユンホさんったら...僕を何度惚れさせようとするんですか?

罪なオトコですね」

 

顔を赤らめるチャンミンは乙女のように身をくねらせているが、仕草と恰好がミスマッチだ。

 

 

 

 

オフィシャルなチャンミンしか見たことがない者は、私服もとんでもなくダサいだろう、と想像するだろう。

 

オフィスでこっそりやってみたことがある。

 

コピー機の前で小難しい顔をして立っているチャンミンを、俺は自身のデスクから眺めていた。

 

見惚れていた、のではなく、観察していた。

 

七三分けした頭を、片手をかざして隠してみる。

 

ダサく見えてしまうのは、ヘアスタイルだけが問題なんだろうか?と思っていたからだ。

 

そして首から下を観察する。

 

手足が長い痩せ気味の長身の男。

 

緩くもなくきつすぎず、肉付きに合ったスーツを着ている。

 

そのスーツも膝が出ているとか、安っぽいテカリもないから、もしかしたらオーダーメイドなのかもしれない。

 

それなのに...ダサい。

 

なぜだ?

 

紙つまりを起こしたのか、トナー交換なのか、チャンミンはコピー機のカバーを外して悪銭苦闘している。

 

手伝ってやりたいが、チャンミンの観察を続行することにした。

 

どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろう。

 

スラックスの丈が短いのだ。

 

お洒落上級者なら着こなせる、あえて丈短のボトムス。

 

ばりばりのビジネススーツで、アンクル丈か...チャレンジャーだ。

 

チャンミンの場合、靴下がいわゆるビジネスソックスだから、余計にミスマッチ感がアップする。

 

スーツを仕立てた後に、脚が伸びたのか?

 

(まさか!三十路にもなって成長期なんてあり得ないだろ)

 

スーツの袖の長さはぴったりサイズだから、首を傾げてしまう。

 

答えが見つかり満足した俺は、コピー機の前で手を真っ黒にさせたチャンミンを助けに行ったのだ。

 

 

そうなのだ。

 

スーツを脱いだチャンミン...滅茶苦茶、カッコよかった。

 

ダッフルコートに細身のボトムス、ショートブーツ。

 

凝ったものを着ているわけじゃなく、普通のものを普通に着ているだけなんだろう。

 

でも、それがよかった。

 

昨年までの社員旅行でも、チャンミンはこうだったのだろうか?

 

社内でのチャンミンの評判は、「ダサい」「細かい」「くそ真面目」「ヲタクっぽい」「アイドルの追っかけをしていそう(大正解)」「恋人は二次元」「融通がきかない」「とっつきにくい」「でも、仕事は正確、迅速」

 

ところが、今みたいな格好で、社員旅行に参加したりなんかしたら、女子たちは色めき立つ。

 

スーツを脱いだチャンミンは、実はイケメンだった。

 

このギャップに、チャンミンの評価がぐんと上がっていてもよさそうなものなのに、そうはなっていない。

 

...なぜだ?

 

カジュアルな服装に七三分けなのがいけないのかなぁ...。

 

最寄り駅までチャンミンと肩を並べて歩きながら、以上のことを考えていた。

 

俺のことを「罪な男」と言うチャンミンこそ、罪な男だよ。

 

朝いちばん、俺を出迎えた私服チャンミンに、俺の胸はときめいた。

 

 

 

 

「ねえ、ユンホさん。

僕たち、朝帰りみたいですねぇ...。

まるでユンホさんのお家にお泊りしたみたいですねぇ」

 

「そうかなぁ?」

 

「僕ら二人とも寝不足みたいな顔をしていたら。

皆さん、『あの二人...昨夜は激しかったのね』

 

『大人しい顔してチャンミンさんは、激しいのね』、って思うかもしれませんね。

ぐふふふ」

 

やっぱり...。

 

チャンミンは、俺を押し倒す役のつもりでいる...。

 

この流れをこの旅行中に変えないと。

 

2泊3日の社員旅行に、7泊8日サイズのスーツケースを転がしているチャンミン。

 

「荷物多すぎやしないか?

何が入ってるんだよ?」

 

「僕は実行委員ですので、余興用とか用意するものがいろいろありまして...」

 

「大変だな。

俺が持ってやるから、貸せよ」

 

チャンミンのリュックサックを代わりに背負ってやる。

 

そして、昨夜見た夢に俺が出てきたと語るチャンミンの話に、「へぇ」とか「そうなんだ」と相づちを打ったのだった。

 

 

(つづく)

 

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(8)会社員-愛欲の旅-

 

 

翌朝。

 

眼前のタイルの目地であみだくじをしていたら...。

 

「ユンホさん...」

 

耳元でささやかれ、首筋に温かい吐息。

 

「チャンミン!

こぼすところだったじゃないか!」

 

ここは男子トイレ、俺は用足し中だったのだ。

 

ぼうっとしていて、背後に近づいたチャンミンに全く気付かなかった。

 

(違うな...チャンミンは俺に気付かれないよう、抜き足差し足、忍者のように忍び寄ったんだ。『ユンホさんを驚かしちゃお』なんて可愛いいたずら心を起こしてさ)

 

「......」

 

「...ん?」

 

俺の肩に顎を乗せたチャンミンの視線は、俺のあそこに注がれていて...。

 

「見るなって!

恥ずかしいだろ」

 

肘でチャンミンを押し避けて、下着の中に納めスラックスを元にもどした。

 

「ユンホさん、おはようございます」

 

「おはよう」

 

俺の後にくっついてくるチャンミンに、「あれ?お前はしなくていいの?」と尋ねた。

 

「ユンホさんにお話があったのです」

 

手を洗う俺の背後に、ぬっと立つチャンミンが鏡に映っている。

 

いつもと変わらない七三分けヘアに紺のスーツも白シャツもシワひとつない...ビシッとしているのに、どこか垢抜けないのだ。

 

「話?

何?」

 

話があるって一体、今日は何を言い出すんだろう?

 

愉快な気分になるけれど、ウメコに何やら仕込まれているチャンミンだから、何を言い出すのか想像つかない。

 

濡れた手をハンドドライヤーで乾かそうとしたら、さっとハンカチが差し出された。

 

遠慮なくイチゴ柄のハンカチを借り、相変わらず気が利くなぁと感心した。

 

(チャンミンがイチゴ推しには、ちゃんと理由があるのだ。『情熱の残業』編を参照のこと)

 

「ユンホさん。

喜んでください!」

 

「?」

 

「ユンホさんと僕。

おんなじ部屋ですよ」

 

同じ部屋?と首を傾げていると、

 

「旅行ですよ、社員旅行」

 

「へえぇ。

部屋割り、もう決まってるんだ?」

 

「実行委員の特権を利用して、ユンホさんと同じ部屋にしたのであります。

えっへん!」

 

「えっ!?

チャンミン、実行委員だったの?」

 

チャンミンの「えっへん」はスルーした。

 

「そうですよ。

ユンホさんは再来年くらいに回ってくるでしょうね」

 

「面倒くさそうだなぁ」

 

実行委員メンバーは、各部署から1名ずつ選出された者たち。

 

(実行委員なんて皆のお世話係、遠足に引率する担任教師のような役割。皆がやりたがらない役目なのだ。立候補する者などおらず、部署によってローテーション制やくじ引きで決定しているらしい)

 

「僕らが男同士で助かりましたね」

 

「?」

 

「ユンホさんが男だったおかげで、疑いをもたれる恐れなし、です。

正々堂々と同室です!

6人部屋、というのが面白くありませんけど...」

 

鼻にしわを寄せたチャンミン...か、可愛い。

 

「お布団は隣同士に敷きましょうね。

ユンホさんの浴衣姿...ぐふふふ。

はだけた胸...ぐふふふ。

ユンホさんと温泉...ぐふふふ。

背中を流しっこするのです...ぐふふふ。

旅行まで我慢するつもりでしたが、さっき息子さんを見ちゃいました...ぐふふふ」

 

そうだよなぁ、じっくり観察していたからなぁ。

 

「あとはバスの席順を隣同士にするだけです。

ユンホさんを狙う女豹がいっぱいいるから、ちょっと骨が折れますが頑張ります」

 

口を覆う両手の指先から、半月型に笑った眼が覗いていて、か、可愛い...。

 

今朝は始業前からチャンミンに萌えてしまった。

 

「いつまで便所にいるつもりだ?

オフィスに行くぞ」

 

チャンミンの腕をとり、トイレを出ようとしたら...。

 

「わっ!」

 

俺の方が腕をとられ、あっという間にチャンミンに抱きすくめられていた。

 

「???」

 

「チューしてください」

 

「ちゅー」の形に尖らせた唇がずいっと迫ってきた。

 

「待て待て!

ここは職場だぞ?

お前の主義に反するんじゃないのか?」

 

「始業前なので『可』とします」

 

「なんだよ、それ...」

 

俺の返事もきかずに重ねられた唇。

 

チャンミンの常識や信念はわりと柔軟で、その時々で緩くなることがある、と心のチャンミン録にメモした。

 

この大胆さはウメコの呪術のせいか...?

 

違う、呪術は未だ効いていないはずだ。

 

じゃなきゃ、重ね合わすだけのキスで済むはずない。

 

俺とキスを交わして満足したらしいチャンミンの、廊下をずんずん歩く彼の猫背を見ながら安心した。

 

 

(つづく)

 

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(7)会社員-愛欲の旅7-

 

 

「ウメコ~、何したんだよ?

おまじないか?

毒薬か?」

 

「不正解!

毒薬って...私が捕まっちゃうじゃないの。

そのどちらでもないの」

 

ウメコはカウンターから出ると、「そろそろお店を閉めようっと」とつぶやいて、通りに置いた看板照明を回収に行ってしまった。

 

「はあぁぁ」

 

俺はカウンターに突っ伏した。

 

おかしなものに頼らなくても、抱き合った時に分かると思うのだ...どちらが征服する側になるのか。

 

ウメコの媚薬めいたものに惑わされて、俺たちが本来こうなるべき役割があべこべになってしまっては困るのだ。

 

...いや、待てよ。

 

案外いいかもしれない...。

 

『ユンホさん...可愛いです』

『最初は優しくしてくれよ?』

『ユンホさん...震えてますね。

安心してください、僕がいいところに連れてってあげます』

『チャンミン...怖い』

『怖いなんて言ってるくせに、ユンホさんの大きくなってますよ、ぐふふ』

『あああっ!

いい!

すげぇ、いいっ!』

 

 

駄目だ、駄目駄目!

 

「あなたも手伝って」

 

看板照明を引きずってきたウメコに急かされ、俺も台フキンでカウンターを拭いたり、汚れた食器を洗ったりと手伝う。

 

(お友達価格で飲み食いさせる代わりに、俺をこきつかうのだ)

 

コートを羽織ったウメコは、俺のコートを放って寄こした。

 

「そうねぇ...あなたたちの関係性をゆがめたりしたら駄目よねぇ。

まだ何の作用も起こっていないでしょうから...今なら間に合うわ」

 

「今度のは一体、どんなのなんだよ?」

 

「雄々しくなるの」

 

「頼むよウメコ~。

お前のは毎回、エロに結び付くのばっかだなぁ」

 

「今回のは凄いのよ。

ユノ、あなただけじゃなく、老若男女問わず周りにいる人みんなに効いちゃうの」

 

「はぁ?」

 

俺の脳裏に、目をらんらんとさせたチャンミンが、A子やその他女性社員だけじゃなく、営業部長にまで襲い掛かる光景が浮かんだ。

 

「いでっ!」

 

「違うわよ。

逆よ、逆」

 

俺の想像図を読んだウメコに頭をはたかれた。

 

「フェロモンを発散させるんだから

チャンミン君がモテモテになっちゃうの」

 

ウメコは店の鍵を閉めると、手を振り先にいくよう俺に促した。

 

おんぼろ雑居ビルにあるウメコの店、地上に出るため狭苦しい階段を上る。

 

「俺の恋路を邪魔する気か!」

 

「まさか。

チャンミン君に足りない男のフェロモンを足してやろうと思っただけよ。

モテモテになっちゃうのは、副作用よ、諦めて。

フェロモンMAXなチャンミン君に、あなたがメロメロになって、30うんねん大事に守ってきた秘部をチャンミン君の為に捧げるの」

 

「はうっ!?」

 

ウメコに尻の真ん中をブスリ、と刺されたのだ。

 

「何すんだ!?」

 

背後のウメコを振り向き、怒鳴りつけた。

 

「感度良好」

 

「ふざけんな!」

 

ウメコは100㎏越えの巨漢、俺は太い指で突きをくらったあそこをさすった。

 

「お前はなんとしてでも、俺を襲わせたいんだな」

 

「...と思ってたけど、可哀想だからユノを助けてあげる。

自然な流れでどっちに転ぶのか...あなたたちの相性を魔術で歪めてしまうことに良心がとがめてしまってね...。

あなたはそれを阻止すればいいことよ」

 

深夜近くの飲み屋街、通行人はへべれけの酔客か身を寄せ合った男女くらいと、まばらだった。

 

そういえば2週間ほど前に、俺はチャンミンの腰を抱いてここを歩いたんだよなぁ、と思い出していたりして(あそこの角を曲がった先にある喫茶店で、俺はチャンミンに唇を奪われたのだ)

 

「阻止って...どうやって?

解毒剤、とか?」

 

「今回のは、媚薬でも呪文でもないの」

 

やっとで素の姿でチャンミンと付き合えると思っていた矢先なのだ。

 

チャンミンは素直な男だから、呪術の効き目は抜群なのだ。

 

男の色香ダダ洩れ状態になってしまい、周りの女性たちの注目の的になってもらったりしたら、俺が困る。

 

やっぱり女性には負けるから(チャンミンは元々はストレートだろうから)

 

「じゃあ、何だ?」

 

ウメコは俺の耳の元で囁いた。

 

「...それだけ?」

 

「ええ、そうよ」

 

その阻止法とは、いたって簡単だった。

 

「じゃあ、頑張ってねぇ」

 

ウメコはひらひらと手を振って、お迎えに現れたボーイフレンドと腕を組んだ。

 

ウメコのボーイフレンドは俺を睨みつけると、ウメコを伴って歩き去った。

 

(超絶イケメンの年下のボーイフレンド。俺とウメコの仲を疑った彼に殺されそうになった過去があるのだ)

 

その後ろ姿を見送る俺。

 

どっちがそっち側なんだろう、こういうことは見かけによらないというし...。

 

彼らの行為を想像しかけて、「駄目だ、駄目!」と、その想像図を振り切ろうと俺は首を振った。

 

 

(つづく)

 

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