(3)19歳-初夜-

 

 

そこまであと少しのところで、俺はチャンミンの手を握りゆく手を阻んだ。

 

「駄目だ」

 

唇を離し、囁いた。

 

「駄目だよ、チャンミン」

 

ショックを受けているだろうチャンミンを、見たくなかった。

 

顔を背けなくとも車内は暗く、チャンミンの顔が見えなかったのは幸いだった。

 

俺の表情もチャンミンに見られずに済んだ。

 

チャンミンはアンドロイドであるにも関わらず、夜目がきかない。

 

チャンミンの肉体は、俺が把握している限りでは、きわめて人間と近いのだ。

 

ここで、俺は考えるのだ。

 

チャンミンは人間より肉体的に優れている点はあるのか?

 

チャンミン以外のアンドロイドを身近で目にする機会がないせいで、比較ができない。

 

頭脳明晰であるのは大前提だと聞く。

 

その他、人間より優れている才能として思いつくものと言えば、暗闇でもものが見える...足が速い...怪我をしても高い治癒力...食事をしなくてもよい...などなど。

 

チャンミンには突出した才能を与えられておらず、五感においては人間と同じだ。

 

コンパニオン役として生み出されただけに、アンドロイド固有の個性と情緒...チャンミンらしさ...を与えられているのではないかと俺は思っている。

 

チャンミンの取り扱い説明書なんて、最初からなかった。

 

もしかしたら、女中頭Kが預かっているかもしれないが、彼女のことだから、とっくに廃棄しているだろう。

 

チャンミンが「恋人」となった今、俺は以前とは比べ物にならないほど、「アンドロイドとは何か?」について熟考するようになっていた。

 

俺と同じところ探しに夢中になっていた、7歳の自分を思い出す。

 

同じところを見つけては喜んでいた。

 

俺と何ら変わらない、人間そのものと言っていい存在であって欲しい。

 

...俺の目に映るチャンミンは人間そのものだ...現在のところ。

 

 

俺の太ももに這わせた手。

 

俺を喜ばせるためなのか、チャンミン自身の欲求に突き動かされたものなのか。

 

「駄目だよ、チャンミン...」

 

本音は、触って欲しい!

 

これが引き金となって、一歩踏み込んだ関係を持ちたかった。

 

チャンミンにも俺と同様の欲求を持って欲しい。

 

握ったままのチャンミンの手を、俺は口元へと運び、その指先に唇を押し当てた。

 

「...ダメ、ですか」

 

「質問しづらいんだけど...。

チャンミンは俺とこれから...どうしたい?」

 

「...それは、どういう意味ですか?」

 

ああ...。

 

本当に意味が分かっていないのだとしたら、関係を深めようかどうしようかと、悩む以前の問題になってしまう。

 

チャンミンにはその手の欲求は「存在しない」となってしまうのだから。

 

「その...つまり、俺たちは恋人同士だろ?

えっと...もう2年以上になるよね?

俺は学校があって、会える日は少なかったけど」

 

「はい。

そうでしたね」

 

「俺は人間だから、こう思ってしまうんだ。

好きな人には触りたいし、触ってもらいたい。

この触りたい、というのは...」

 

俺は空いている手で、チャンミンの脇腹を突いた。

 

「こういう意味じゃないからね」

 

「分かってます。

僕はユノが好きだから、もっと近づきたいから...触りたいです。

だから、キスをします。

手を繋ぐより、もっと深いところで繋がり合えるので、僕はキスが好きです」

 

チャンミンにも『そういう』欲求が備わっていると、捉えていいのかな。

 

車が続けざまに2台通り過ぎた。

 

俺たちはとっさに身をかがめた。

 

ヘッドライトが運転席を、次いで助手席のヘッドレストを舐めていった。

 

週末を実家で過ごした生徒を送る車たちだ。

 

肥料倉庫の脇の俺たちの車は無人。

 

まさか人目を忍んでキスを交わしているとは、容易には思いつかないだろう。

 

チャンミンは真っ赤な顔をしているだろう証拠に、彼の頬を挟んだ両手が熱かった。

 

どちらからともなく、互い違いに傾けた顔が近づいた。

 

ここだと狙いを定めた着地点は、見事チャンミンの唇の上。

 

二度目のキスは一度目よりも荒々しく。

 

校舎は広大な農場のど真ん中にある。

 

閉め切った車内にまで、五月蠅過ぎるカエルの鳴き声が侵入してくるけれど、唇に集中する俺たちには聞こえない。

 

俺たちは無音空間におり、乱れた吐息音だけが近い。

 

「...んっ」

 

上顎をくすぐられた時、俺の股間がずん、と痺れた。

 

チャンミンは?

 

チャンミンのそこも反応しているのか?

 

伸ばしかけた手は寸前で止め、固く握りしめた。

 

(つづく)

 

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(2)19歳-初夜-

 

 

半年後、俺は高校を卒業する。

 

そして、父親の母校である大学に進学することが、我が家の長男が選択すべき進路だった。

 

俺にはそのつもりは全くなかったため、父親に反旗を翻すタイミングをはかっていた。

 

 

チャンミンが運転する車は、針葉樹林を貫く山道を下っていた。

 

密集した木々で日光は遮られ、常に薄暗い道だ。

 

山林を抜けると視界が突然開け、西に傾きかけた太陽の光が眩しくて、俺は目を細めた。

 

チャンミンの腕が助手席まで伸びてきて、グローブボックスを探りだした。

 

上半身を傾けたことで俺の鼻先に、夕日でオレンジ色に染まったチャンミンの耳があった。

 

サングラスをつかんだチャンミンは、運転席へと身体を起こした。

 

目の前を通り過ぎるわずかな隙をついて、俺はチャンミンの耳たぶを食んだ。

 

「わあぁぁ!

ユノ!」

 

チャンミンは悲鳴を上げ、車はぐらりと大きく蛇行した。

 

俺がとっさにハンドルを掴んだおかげで、トウモロコシ畑に突っ込んでしまうのは免れた。

 

「事故っちゃうじゃないですか!

もぉ!」

 

「立派な耳だったから、つい」

 

「びっくりしたじゃないですか!」

 

「ごめんごめん」

 

チャンミンのふくれっ面には媚びは一切ない。

 

純真そのままのチャンミンだから、俺は苦しむ羽目になるのだ。

 

ここ1年ほどの俺は以前よりも強烈に、チャンミンに触れたくて仕方がない。

 

舌先をくすぐるだけのキスとハグ...こんな程度の...親愛の情を伝えるだけの優しいものだけじゃあ...足りない。

 

でも、それ以上の行為は?

 

恋愛関係にある者たちは、どうしているのだろうか。

 

級友たちに尋ねることができない。

 

俺は男、チャンミンも男。

 

俺は人間、チャンミンはアンドロイド。

 

『禁断の』という言葉が頭をよぎる。

 

何度も何度も。

 

照れと恐れがあって、チャンミンに訊けずにいる。

 

触ってもいいか?

 

嫌じゃないか?

 

チャンミンのことが好きだから触れたいのに、世間の目はそう捉えてくれないだろう。

 

家庭用に普及しているアンドロイドは、人間たちのコンパニオン的存在だ..例えば配偶者や恋人代わりとして。

 

チャンミンと行為に及ぶことは十分可能だ。

 

...でも、チャンミンをずっと側に置いているのは、それが理由じゃないんだ。

 

...チャンミンと裸で抱き合うなんて...間違ったことをしている気がするんだ。

 

俺の葛藤を露とも知らず、チャンミンは屈託なく俺に触れてくる。

 

学習デスクに向かう俺の背を包み込むように身をかがめる...眠りに就く俺の額にキスをする...木立の下を手を繋いで散策をする...。

 

なんと幼く、ほのぼのと穏やかなことか。

 

俺の中でフラストレーションが溜まっていく。

 

 

俺たちの車はやがて田園地帯を抜け、学校のある隣市を目指している。

 

屋敷がそびえる山林が遠のいてゆく。

 

チャンミンが生まれた工場はあの山林の反対側にあって、ここから望むことはできない。

 

 

チャンミンはいつも、あと数キロで寄宿舎に着くという地点で車を停車させた。

 

そこは肥料倉庫の脇で、この道は学校に用事のある者しか通らない。

 

夕暮れ過ぎの時刻で、ライトを消してしまえば辺りは暗い。

 

俺たちの顔は吸い寄せられる。

 

唇と唇が重なり合い、熱く湿った息が鼻から漏れた。

 

互いの口内へ互いの舌をそろりと引き込んで、形と感触を味わうスロウなキスだ。

 

チャンミンのキスは、控え目な性格をそのまま表している。

 

だから、チャンミンを驚かせないよう、俺はたぎる欲望を全力で抑えているんだ。

 

ところが、今日のキスは今までと違っていた。

 

俺の太ももにチャンミンの手が添えられていた。

 

その手が、俺の太ももの上で動き出した。

 

どういうつもりでいるんだ?

 

男の生理がどんなものなのか、知らないはずはないだろう?

 

チャンミンは指先を、俺の脚の付け根へと滑らせていく。

 

そこより先は駄目だ。

 

キスに集中していられなくなった。

 

 

(つづく)

 

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(1)19歳-初夜-

 

 

初めて彼に触れた時、俺は7歳になったばかりだった。

 

その肌は温かく、しっとりと人差し指に吸いついてきた。

 

俺を覗き込んだ1対の眼の美しさに、幼い心でさえ打ち震えた。

 

あの日、目にした全てのディテールを、俺はひとつ残らず挙げることができる。

 

初めて愛した人、20年近く俺のそばに居てくれた人...。

 

死ぬまで愛し続けるだろうこの人は、哀しいことに人間ではない。

 

 

 

 

欄干下の池を一面に、蓮の葉が覆っていた。

 

時刻は朝方で、辺りの空気は朝靄で淡く煙っていた。

 

薄い桃色の蓮の花が、あっちにぽかり、こっちにぽかりと咲いていた。

 

この世のものではない...まるで生と死の狭間でしか見られない幻想的な光景だと思った。

 

「蓮の花って、たった一日でしぼんでしまうんですって。

...儚いですね」

 

花には興味がない俺の返事は、「へえ」といった程度の、気のないものだった。

 

「美しいから儚いのか、儚いから美しいのか...」

 

俺たちは欄干にもたれ、紙カップ入りの一杯の珈琲を交互に飲んだ。

 

俺はバゲットを脇に挟んでおり、チャンミンは焼き菓子の入った紙袋を持っていた。

 

休日の朝の、週に一度の贅沢だった。

 

「早く帰りましょう。

せっかく焼きたてなのに、冷めてしまいます」

 

「そうだね」

 

チャンミンの腰を抱き寄せると、彼は抵抗なく俺にもたれかかった。

 

そして俺の鎖骨に額を押しつけてきた。

 

俺の真横にあるチャンミンの眼が、熱っぽく揺らめいている。

 

わかったよ、と意味をこめて俺は頷いた。

 

近頃のチャンミンは、俺に甘えてばかりだ。

 

レンガ敷の靴音は徐々に早くなる。

 

街はまだ、眠りから覚めていない。

 

紙コップの珈琲がこぼれる前にと、一気に飲み干そうとして舌を火傷してしまい、「あわてんぼうなんですから」とチャンミンが呆れていた。

「急かすのはチャンミンなんだぞ?」

 

アパートに到着する頃には、俺たちは小走りになっていた。

 

エレベーターの鉄扉がガシャンと閉まるなり、俺たちは互いの唇を重ね、口内を舐め尽くした。

 

バケットと紙袋は床に落ちる。

 

互いの前を押し付け合う。

 

チャンミンと肉体的な繋がりを持ったのは5年前、俺が17歳の時だった。

 

俺は今、チャンミンと二人きりで、この古びたアパートで暮らしている。

 

 


 

 

 

 

日曜日の夕方といえば、寄宿舎に戻る時刻だ。

 

正午を過ぎた頃から徐々に、17歳の俺は寂しく切ない気持ちに侵食されていく。

 

チャンミンと5日間、お別れになるからだ。

 

「まだまだ肌寒いですから、カーディガンも持っていきましょう。

カモミールのティーパックも持っていきましょう。

よく眠れますから。

ほらほら、ユノ!

肝心のノートを入れ忘れてますよ」

 

バッグに荷物を詰め込む俺の背後から、チャンミンの世話焼き言葉がポンポン降ってくる。

 

「俺はね、チャンミン。

子供じゃないの」

 

「ユノはいくつになりましたか?」

 

「知ってるくせに、さ。

17歳だよ。

もうすぐ学校も卒業だし」

 

チャンミンはいつまでも俺を子供扱いしたがる。

 

9歳だよ、12歳だよ、16歳だよ...俺は指折り、大人になるのを今か今かと待ちわびていた。

 

大人になって、弱いチャンミンを守ってあげたい一心だった。

 

「チャンミンの寿命って...いくつなの?」

 

アンドロイドと聞くと、「永遠」の答えが相応しいだろう。

 

でも俺は、正しい答えを知っていた。

 

「世の中のものは全て有限です」

 

「チャンミンも俺とおんなじわけか」

 

「はい。

食事をし排泄をする。

呼吸をしているだけで、僕は老朽化していっています。

ユノも1分1秒とおじいさんに向かっているのですよ」

 

チャンミンは人差し指で山を描き、「あなたはまだまだ上り調子です」と言い、その指を頂点から斜め下に描いて「僕は下り調子です」

 

「そんなんじゃあ、アンドロイドの利点はないじゃないか?」

 

「ありますよ。

代わりはいくらでもある、という利点がね。

もしユノが望めば、新品の僕と交換できますよ」

 

チャンミンはたびたび、自虐的なことを口にする。

 

「馬鹿言うな」

 

吐き捨てた俺に焦ったチャンミンは、俺の鎖骨の窪みに額を押しつけた。

 

これはチャンミンが甘える時に決まってする仕草だった。

 

俺はチャンミンの後ろ髪を梳いてやる。

 

15歳の夏、心と心を繋げ合った日から、絆はより強化なものへと変化した。

 

ハグと軽いキス...俺たちの関係は清いものだった。

 

けれども、17歳の俺はより深い繋がりを欲していた。

 

 

(つづく)

 

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(18 最終話)19歳-初恋-

 

 

 

「血迷った行動は...止めなさいっ!」

 

「ユノ...ダメですよ...何てことを...」

 

チャンミンはおろおろしている。

 

「叔父さん...。

俺はね、しませんからね。

叔父さんと変なことはしたくありません」

 

「...変なことって。

何を言ってるんだね。

君だって、早くしたくて仕方がなかったんだろう?

指をくわえて見ているだけだったのが、やっとでその時が来たんだぞ?」

 

叔父さんの顔は歪んで、醜い。

 

「あぁっ!」

 

バランスを崩したフリをしたら、一歩前に近づこうとした叔父さんの足は止まる。

 

「俺のことはどうでもいいんです。

そんなことよりも...チャンミンです」

 

「...チャンミン?」

 

「とぼけないでください。

チャンミンが欲しかったんでしょう?」

 

「......」

 

「いつからか叔父さんが欲しいのは、チャンミンになっていたでしょう?

俺は気づいていましたよ。

駄目です。

チャンミンだけは、絶対に駄目です!」

 

「...アンドロイドなのに?

お前の身代わりに、こいつを差し出すという話じゃないのか?」

 

「逆ですよ。

チャンミンの身代わりになるのは、俺の方です」

 

「...頭がおかしいんじゃないのか?

こいつは...」

 

叔父さんは親指で後ろに立つチャンミンを指した。

「アンドロイドなんだぞ?

こいつらが存在するのは、人間を助けることだろう?」

 

「チャンミンは俺のものです。

そのチャンミンを傷つけるようなことをしたら、俺は許しませんよ?」

 

叔父さんの呆れた表情を見れば、俺ごときが口にする「許さない」、なんて迫力がないものなんだ。

 

だから...。

 

「もし、チャンミンに手を出したりなんかしたら...」

 

俺は叔父さんとチャンミンに背を向けた。

 

「ユノ!」

 

屋敷は山林の頂に建てられている。

 

濃紺の夜空の円周を、山々の黒いぎざぎざが縁どっている。

 

瞬く無数の星も、今の俺には目に入らない。

 

「...こんな風に。

こんな風に...。

叔父さんへの恨みつらみを全部手紙に書いて、例えばここから飛び降りる、とかしますよ?

...困りますよね?」

 

振り向いたら、本当にバランスを崩してしまいそうだったから、俺は背中を見せたまま言った。

 

「チャンミンは俺のものです。

俺のものに手を出さないでください。

そこにいるアンドロイドは、『俺だけ』のものです。

アンドロイド相手に...なんてお思いでしょうね?

そうですよ。

俺は、そこにいるアンドロイドを愛しています。

子供のくせに、愛の何が分かる?ってお思いでしょうね?

でもね。

俺はチャンミンと一緒に育ったのです。

俺にはチャンミンしかいないのです。

そう思う気持ちこそ...『愛している』じゃないですか?

チャンミンはアンドロイドです。

叔父さんは、アンドロイドなら何でもしてもいいとお思いです。

でもね。

さすがに叔父さんでも、俺の愛する人を傷つけようとは出来ないでしょう?」

 

「......」

 

俺はそこに立ち続けた。

 

足音と扉を開け、閉まる音。

 

「...ユノ」

 

俺の足首に、チャンミンの温かい指が触れた。

 

緊張の糸が切れ、膝の力が抜け、後方へ傾いた身体。

 

大丈夫、チャンミンが抱きとめてくれるから。

 

羽交い絞めされた俺は、チャンミンの腕の中でくるりと向きを変え、彼の胸にしがみついた。

 

押し当てた耳の下で、チャンミンの心臓の音がドックンドックンいっている。

 

「...チャンミンっ...」

 

「...ユノ。

アツアツですよ...寝ていないと駄目でしょう?」

 

鼻声になっている。

 

チャンミンは感動屋だから。

 

泣いても仕方ないか。

 

俺だって似たようなもの。

 

今夜は満月。

 

涙でぐちゃぐちゃな顔を、チャンミンに全部見られてしまった。

 

 

 


 

 

Dearチャンミンさん

 

 

前略。

 

覚えていらっしゃいますか。

 

ユノの友人、ドンホです。

 

突然のお便り、失礼します。

 

これまで僕は、父の転勤について世界中を旅してきました。

 

僕も高校生になったということで、僕だけがここに残れるようになり、ようやく一つ所で落ち着くことができそうです。

 

僕は今、海辺の街に住んでいます。

 

寮から5分も歩けば、浜辺に出られます。

 

水は透き通っていて、とても綺麗な海です。

 

 

僕があなたに手紙を書こうと思ったのは、ユノのことで伝えたいことがあったからです。

 

お気づきのように、僕はユノに恋をしていました。

 

僕にとって初めての恋でした。

 

過去形で書いている通り、僕とユノは現在、ただの友だちになっています。

 

一緒にボートに乗った日のことを覚えていますか?

 

楽しかったですね。

 

あなたを見るユノの目が、とても優しかったです。

 

気付いていましたか?

 

ユノの話題といえば、あなたのことばかりでした。

 

その時のユノの顔といったら、とても楽しそうで、僕はジェラシーを感じてしまいました。

 

 

あなたはアンドロイドです。

(僕の家にもアンドロイドがいます。父の持ち物です)

 

悔しかった僕は、ユノに意地悪をしました。

(ユノには内緒です)

 

アンドロイドはいくらでも替えがきくんだよ、って。

 

僕の家にいるアンドロイドも3代目だよ、って。

 

ユノを怖がらせようと思ったのです。

 

僕の話を聞いたユノは、深く考え込んでいるようでした。

 

あなたが人間ではないことを、あらためて思い知ったのでは?と思います。

 

 

僕とユノは、前ほど頻繁ではありませんが、手紙のやりとりを今も続けています。

 

その中でもユノは、あなたのことばかり書いているんですよ。

 

僕が思うに、ユノはあなたのことが好きです。

 

恋をしていると思います。

 

ユノは照れ屋だから、その気持ちをあなたになかなか伝えられないんじゃないかな。

 

どうです、当たっていますか?

 

あなたもユノに恋をしているのではないですか?

 

当たりですか?

(僕はその辺、鋭いのです)

 

 

人間とアンドロイドの恋について、ユノはもちろん、あなたも悩んでいるのではないでしょうか。

 

安心してください。

 

僕は人間とアンドロイドの恋は成立すると思っています。

 

なぜかというと、僕の父もそうだからです。

 

ユノから聞いているかどうかは分かりませんが、父はアンドロイドの女性を愛しています。

 

その女性は、僕の母と同じ顔をしています。

 

生身の母とは共に暮らせないけれど(事情について詳しくは述べられませんが)、

 

アンドロイドだけど、彼女の性質やハートは母と同じだと思っています。

 

彼女はこれまで2回、命を落としました。

 

でも、アンドロイドなので、新しい彼女をまた手に入れることができたのです。

 

新しい彼女は、かつての彼女と同じでした。

 

いくらでも代わりがきく、というのは悲しく見えるでしょう。

 

でも、父は永遠に彼女といられるのです。

 

そして、新しくやってきた彼女も父を愛しているのです。

 

彼女は献身的に父に尽くしています。

 

不思議でしょう?

 

あなたのことだから、その不思議を知っているでしょうね。

 

 

いつかユノと一緒に、僕の街に遊びに来てください。

 

海水浴を楽しみたいところですが、あなたは水が苦手でしょうから、浜辺でキャンプなんかどうですか?

 

最後に。

 

ユノはあなたのことを心底、大事にしています。

 

このことに自信を持ってください。

 

ユノによろしく。

 

ドンホ

 

P.S.

この手紙はユノには内緒にしてください

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ユノへ

 

 

16歳の誕生日おめでとうございます。

 

早いもので、あなたの元にやってきて9年が経ちました。

 

僕の可愛い可愛いユノが、かっこいい大人に近づいて、あと7センチで僕の背に追いつきますね。

 

ちょっと悔しいです。

 

大人になっていくのを側で見ていて、嬉しい反面、少し寂しかったです。

 

一緒に虹を見ましたね。

 

生まれて初めて見た、美しい景色でした。

 

なぜだか分かりますか?

 

僕のことを初めてLOVEって言ってくれた日だったんですよ。

 

人生で最高の、一大イベントでした。

 

あの虹を僕は一生忘れません。

 

さらに、僕のことを愛していると言ってくれました。

 

僕を助けてくれた時のことです。

 

LOVEに溢れた一日でした。

 

あなたのその言葉、僕の一生の宝物です。

 

僕もあなたを愛しています。

 

とても。

 

 

あなたの永遠の味方 チャンミンより

 

 

P.S.

バルコニー事件ももちろん、一大イベントでしたよ。

 

思い出すと、ドキドキします。

 

 

P.S.

僕はあなたへプレゼントを買ってあげられません。

 

毎年恒例で申し訳ありませんが、『何でも言うことをきくチケット』を贈ります。

 

今までのチケットを無くしていないでしょうね?

 

あなたのことだから、いっぺんに全部使いそうで、僕はドキドキしています。

 

チケットを出されなくても、僕はあなたの言うことは何でもきくんですけどね。

(追伸の方が長くなりそうなので、この辺で)

 

 

『初恋編』おしまい

 

 

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(17)19歳-初恋-

 

 

叔父さんは室内を見回すと、「安心したかい?」と肩をすくめてみせた。

 

「......」

 

「俺がユノを呼んだ理由...分かっているんだろう?」

 

「え...っ!?」

 

にたり、と怪しく笑った叔父さんは美しかった。

 

手籠めにされたチャンミンの姿を想像していたから、そうじゃなくて安堵していた俺は油断していた。

 

あっという間に、叔父さんの肩に担ぎ上げられ、ベッドの上に放り出された。

 

落とされた振動で、スプリングが弾んだ。

 

叔父さんは寝室のドアを閉め、ガチャリと閂を下ろした。

 

予想通りの展開だった。

 

俺がいつも押し込められていたクローゼット内は、洋服の箱が積み上げられている。

 

伊達男の叔父さんは、大量の衣服をクローゼットに納める作業を途中で断念したみたいだ。

 

「...あっ!」

 

ズボンを下ろされむき出しになったお尻を、叔父さんの生温かく湿った手が撫ぜた。

 

触れられたそこから、ぞわりと寒気が走った。

 

「...ひっ...」

 

「ユノにはお勉強してもらったから、やり方は知っているよね?」

 

叔父さんは荒い息まじりに囁き、衣擦れの音から彼自身もズボンを脱いでいるようだった。

 

俺は腕を囲った中に、顔をつっぷして固く目をつむった。

 

「最初だから、先だけにしておくよ」

 

「...っ!」

 

ぬるりと何か...油か何か?...が塗られた。

 

「緊張してるね...縮こまってる...」

 

叔父さんに握られ、俺の背は跳ねる。

 

俺は頭の中でこれからの流れをシミュレーションした。

 

ひとまずここは我慢して、叔父さんのいいなりになってやる。

 

それから大騒ぎをして、屋敷中の者をこの部屋に駆けつけるくらいの大騒ぎをして、叔父さんが俺にしたことをつまびらかにしてやる。

 

ズボンを脱がされた俺の姿に、叔父さんが何をしたかは明らかだ。

 

使用人たちも叔父さんの性癖については見てみぬふりをしていただろうけど、恐らく、父さんは知らないはずだ。

 

男同士の行為だなんて、頭の固い父さんなら絶対に許さないだろう。

 

俺は当然、キツい罰を受けるが、叔父さんの方も同様だ。

 

この屋敷を追い出されるだろう。

 

父さんの逆鱗に触れる決定的な現場を、父さん自身で目撃させるのだ。

 

敏感な場所に、叔父さんの指が食い込んできて、俺は唇を噛みしめた。

 

「...様?」

 

隣の部屋に誰かがいる、この声は...。

 

「...様?」

 

チャンミンが戻ってきたんだ!

 

チャンミンがここを去るまで、声を殺していよう。

 

どうせこの後バレてしまうことであっても、俺がこんな有様になっている現在進行形の光景は、さすがに見られたくない。

 

「...お仲間が増えたね。

連れてこようか」

 

「!!」

 

俺の耳に吹き込まれた、叔父さんの言葉にカッとなった。

 

「...っく!」

 

叔父さんの腕の中から逃れようとしたが、筋骨たくましい彼にのしかかられていてびくともしない。

 

「動くな...」

 

「...離せっ」

 

「...ユノ?」

 

ドアのすぐ向こうから、俺を呼ぶチャンミンの声。

 

「連れてくるまで、大人しくしていなさい」

 

ベッドに積み上げられた帽子箱の一つが、床に落ちた。

 

「ユノ?

そこにいるの?」

 

ドアノブが回るが、閂に阻まれて開けることは不可能だ。

 

次いでドアをノックする鋭く乾いた音。

 

「チャンミン!

あっち行け!」

 

「ユノ!

どうして、ユノ?」

 

「部屋に戻ってろ!」

 

...なんて命じても、チャンミンは聞きっこないか。

 

チャンミンは体当たりを始めたようだ。

 

屋敷の建具は頑丈だ、体当たり程度じゃこのドアを開けることはできない。

 

「ちっ」

 

舌打ちをすると叔父さんは、俺に巻き付けた腕を離し、身体を起こした。

 

伏せた体勢から、俺は跳ね起きる。

 

「ユノ!」

 

チャンミンはドアを揺らしている。

 

ドアの前までつかつか早歩きで向かった叔父さんは、手早く閂を外した。

 

「あっ!?」

 

急にドアが開いたことにより、寝室にチャンミンが転がり込んできた。

 

暗闇で目が慣れず、視線を彷徨わせていたチャンミンだったが、ベッドの足元にへたりこんでいる俺を発見して、眼を見開いた。

 

ズボンを膝まで下ろされた俺の姿に、はっと息をのんだチャンミンの眼はもっと見開かれた。

 

そして、目の前に立ちふさがる叔父さんを、ゆっくりと見上げた。

 

「やあ。

役者は揃ったね?」

 

叔父さんはチャンミンの腕を引っ張って、荒々しく立ち上がらせた。

 

チャンミンは叔父さんに逆らえない。

 

突き飛ばすことも出来ない。

 

この場では、チャンミンにとって、俺よりも叔父さんの方が立場が上なのだ。

 

「閉めなさい」

 

叔父さんに命じられたチャンミンがドアを閉めたため、寝室は再び暗がりとなり、閂の金属音がカシャンと不吉に響いた。

 

チャンミンと俺は互いに目を反らさない。

 

叔父さんは、ベッドの方へとチャンミンの背を押しながら言った。

 

「ユノ...うるさくしたら、このアンドロイドはどうかなってしまうからね。

それから...」

 

叔父さんは、チャンミンのうなじを引き寄せチャンミンの耳へと、俺にもはっきりと聞こえる声量で囁いた。

 

「アンドロイド...逆らったら、お前のご主人が泣くことになるよ?」

 

チャンミンはこくり、と頷いた。

 

「さて、と。

これから3人で“いいこと”をしようか?」

 

羽織っていたガウンを、叔父さんはすとんと床に落とした。

 

俺はこくり、と唾を飲み込んだ。

 

室内は、窓からさす外灯とドアの四隅から漏れる細い光のみだけど、真っ暗というわけじゃない。

 

チャンミンが恐怖のあまり硬直している証拠に、彼の顔の凹凸が作る濃い影は微動だにしない。

 

「...様。

これから何をするのですか?

“いいこと”とはどういうことなんでしょう?」

 

チャンミンの質問に、叔父さんは虚をつかれたようだった。

 

「何をとぼけたことを言ってるのかね?」

 

「申し訳ありません。

僕にも分かるように、どういうことをするのか教えていただけませんか?

ユノ様と共に3人で、何をするのでしょうか?」

 

チャンミンと目が合った。

 

俺は頷いた。

 

チャンミンが閂を下ろさずにいたドアはすぐに開き、俺は煌々と明るい居間に駆け込んだ。

 

「ユノ!」

 

俺を追いかけてくる叔父さん。

 

俺は開け放った窓の外へ飛び出し、バルコニーの手すりによじ登った。

 

「ユノ!?」

 

一瞬、よろめきかけてひやっとした。

 

両手を水平に伸ばしバランスを取って、窓辺でこわごわ俺に近づけにいる叔父さんを見下ろした。

 

近づいたら、俺が飛び降りてしまうことを恐れているのだ。

 

真夏の夜風が、うなじの産毛をふわりと撫ぜた。

 

辺りを包み込んでいるはずの夏虫の鳴き声は聞こえない。

 

石造りの手すりが、足の裏にひんやりしている。

 

予想外の行動に、叔父さんの背後に立つチャンミンも青ざめていた。

 

 

 

(つづく)

 

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