(10)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

「いかがですか?」

 

大きな鏡に映る自分の姿に、自然と笑顔がこぼれた。

 

「はい、気に入りました」

 

頭を右へ左へと向けて揺れる髪に、僕のハートは満足感でいっぱい。

僕はヘアスタイルとカラーを一新したのだ。

プラチナホワイトに脱色し、長さも顎下までカットした。

女性スタイリストはワックスとヘアアイロンで巻いた毛先をつまみ、数歩下がってまじまじと僕を眺めている。

その観察する目に、不安になってきた。

 

「似合い...ませんか?」

「いいえ。

とても似合ってます。

お客様は色が白いですから、明るいカラーが合ってます」と、彼女は首を振った。

「お客様は、学生ですか?それとも会社員?」

 

なぜ職業を聞かれるのか疑問に思いながら、「えっと...求職中です」と答える。

 

「では、平日の昼間は空いていますか?」

「今のところは...はい」

「カットモデルをやっていただけないでしょうか?」

「カット...モデル?」

 

唐突に出された提案は驚くものだった。

僕の頭には、新人容師の実験台にされて無残な頭になってしまう自分が思い浮かんだ。

 

「それは...ちょっと...」

「ヘアコンテストのモデルのことですよ」

 

うつむいて黙り込んでしまった僕を安心させるように、彼女は言った。

 

「大きなコンテストが再来週に行われます」

「コンテスト...」

「コンテストとは、美容師の腕と感性を競う大会で、大手化粧品メーカーが主催しているものが多いのですが。

毎年、テーマが出題されて、そのテーマの世界観をヘアスタイルとメイク、衣装で表現するのです」

 

彼女は美容雑誌を広げてみせた。

 

「第一予選は写真審査。

ここで数千人から約3百人までに絞り込まれます」

 

小さな写真が数ページにわたって並んでいる。

 

「第二予選は、全国5か所で行われました。

制限時間45分で審査員と観衆の前でカットからスタイリングまで仕上げます。

ここで50人に絞り込まれます」

「はあ」

「私は写真審査も第二選もありがたいことに突破しました」

「うわぁ!

すごいですね!」

「ありがとうございます。

ところがひとつ問題が発生しました。

モデルに使っていた子が転職をして、平日に行われる大会に出られなくなってしまいました。

第二選と同じモデルをつかうのが通例です」

「それは大変ですね」

「ファイナルでは、カラーリングと衣装が重点的に審査されます。

あなたの場合、前のモデルの子と同じくらい細いですし、髪質も色がきれいに入りそうです。

どうですか?やっていただけないでしょうか?」

「...でも」

 

僕にはとても気になっていることがあった。

とっても素敵な思い付きに従ってここを訪れたわけだけれど、実際はドキドキする胸をなだめすかして来店したのだ。

今日の僕は大人しい服装...シャツワンピース...だけど、“男”だとバレていると思う。

 

(ユノさんは僕のことを“オンナ”だと思い込んでるのが不思議だ)

ここまでの道中、何人かに奇異な視線を向けられた...ような気がする。

ところがこのスタイリストは、男オンナな僕を前にしても何とも言わなかった。

(接客業の彼女が、『男ですか?』とぶしつけな質問ができるはずはないけれど)

 

「お気づきかと思いますが、僕...『オトコ』です」

 

勇気のいる発言だった。

多様性が許され、他人に無関心な人が多い都会に出てきたわけだけど、1、2日程度じゃあ、趣味を全開にすることは恐怖だった。

僕は新しい自分に慣れるために...Bさんがいつ起きだしてくるか分からない部屋に居られず...勇気を振り絞って街へ繰り出したのだ、実は。

故郷にいた頃から、中性的だと言われたことは何度もあった。

だからと言って、女子度が高い洋服を着ていても、メイクをしていても、僕はやっぱり“男”を隠しきれていないと思う。

ところが、彼女は僕の質問に対し、「それのどこが問題なの?」と言わんばかりに

「そうかもしれませんが、性別は関係ありませんよ」

と答えたのだ。

 

びっくりした。

 

「チャンミンさんが着ているお洋服、とても素敵です」

「ホントですか!」

 

嘘みたいだ。

僕は嬉しさのあまり、目の前の彼女に抱きつきたいくらいだった。

 

(こんなこと言われたのは、生まれて初めて!)

「では、早速で申し訳ありませんが、今週末に来ていただけませんか?」

「今週末ですか」

 

今の僕は無職で、毎日がホリデーで、スケジュールは真っ白だ。

 

「お店が終わってからなので時間は遅くなります。

何度か衣装合わせにご協力いただく必要があるのです。

問題ありませんか?」

「はい」

「衣装は、私たちの手造りなんですよ。

未だ完成していませんが」

「すごいですね!」

 

僕の眼はダイヤモンドみたにキラキラと輝いていたと思う。

 

「大会当日は、丸一日拘束されます。

もちろん、謝礼は差し上げます」

「いいんですか?」

「当然です。

ビジネスですから」

 

彼女はマロン色に髪を染めた20代半ばから後半頃。

ドロップショルダーの白いトレーナーに、カラーリング剤がところどころシミをつけている。

 

「紹介が遅れました。

私はこういう者です」

 

差し出された名刺を両手で受け取った僕は

「Kさんですね。

了解です。

私はチャンミンといいます」

と、深々と頭を下げたのだった。

 

(つづく)

 

 

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(9)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

ユノさんとの通話を終えた。

 

「どうしよっかな...」

 

ユノさんとBさんの邪魔をしたくないから部屋を出る、なんて言っちゃったけど、行くところなんて全然なかったんだよね。

お兄ちゃんのところは論外だし、かといって実家に戻るなんて嫌。

僕は人生を変えるためにここに来たのだから。

『チャンミンちゃんには居て欲しい』だって...ふふふ。

ユノさんに引き止めてもらえてよかった。

ユノさんって優しいな。

強い日差しが半袖の腕をじりじりと焼いている。

昨日、ユノさんと待ち合わせたモニュメントの前に僕はいた。

夕方までの6時間ばかりをどこで過ごそうかしばし考えた末、素敵な思いつきが浮かんだ。

早速、スマートフォンでめぼしいところをネット検索し始めた。

 

「ここにしよう!」

 

僕はウキウキとした足取りで、表示された地図を頼りに歩き出した。

 

 


 

~B~

 

ユノとBのベッドはとても大きい。

180超えの俺と170超えのBがのびのびと寝られるようにと、かつて選んだベッドだ。

ユノの手によってしわ無く整えられたベッドで、小一時間ほどまどろんでいた。

外は眩しくて暑いのに、寝室の中は遮光カーテンを閉めてあるから薄暗く、26℃設定のエアコンで快適だ。

何もかもうまくいかなくなった。

ぬくもりを求めている時に限ってユノはいない。

昼間は仕事で不在なのは当たり前なのに、何事も己が可愛いBには通じない。

 

(普段は鬱陶しいくらいに、私を構ってくるくせに!)

 

Bはメイクを落としていないことを思い出し、シャワーを浴びることにした。

 

(今夜は優しくしてあげよう。

ユノはその気になるかもしれない)

 

シャワージェルを落とした湯船に横たわり、泡の中から片脚を高く突き出した。

Bは、形の良い自分の脚を気に入っていた。

そして、この脚がキスの雨で愛撫されたことを思い出す。

 

(...でも、ユノのぎこちないものと違って、『あの人』のは凄い)

 

太ももの内側に赤い痕が2つある。

 

(『あの人』ときたら、一晩だけで私を解放するなんて!

いつもだったら、2晩も3晩も私を離さないのに!

持て余した熱を、ユノに慰めてもらいたい!)

 

入浴を終えたBはバスローブ姿でリビングのソファに寝転がった。

 

「ぶはぁっ...うまつ」

 

ビールで火照った身体を冷ましながら、「『あの人』は、新しい『専属』を見つけたのかしら...」とひとりごちた。

 

(そんな!

...そんなはずはない。

イライラして疲れているから、悪い方に考え過ぎてるだけだわ)

 

ぐしゃり、と空き缶を凹ませた。

 

「あら?」

 

寝室の隅にうず高く積み上げられたものに気付いた。

収納ケースや段ボール箱だった。

中身は詰め込まれたBの洋服で、ファッション雑誌は紐でひとつにくくられていた。

 

(どういうこと!?)

 

Bは買い物をするたび不要になったものを、空き部屋に放り込んでいたのだ。

 

(私の物を片付けてしまうなんて...どういう意味よ。

ユノ、何のつもりよ)

 

焦燥と不安でいっぱいになったBは、寝室を出てリビングを横切り空き部屋のドアを開けた。

 

「え...」

 

足の踏み場がないほどBの物で溢れていた部屋の中が、きれいに片付けられていた。

 

(嘘でしょ!?)

 

そしてBを驚かせたのは、三つ折りに畳んで積まれた布団一式。

 

(お客さん?)

 

布団の横に、段ボール箱が5つ。

いけないと思いながら、Bは箱の中を覗いた。

最初の箱には、トレーナーやパーカー、細身のパンツなど洋服類。

 

(ユノのものと同じくらい大きいから...男性もの)

 

2番目の箱は書籍。

 

(小難しい本を読むのね...ユノみたい)

3番目の箱には男物の靴が入った靴箱と文房具、化粧水のボトルとメイクポーチ。

(最近の男の人は、お肌のお手入れをするみたいだし)

 

4番目の箱を開けた時、Bの手が止まった。

 

「嘘でしょ...」

 

黒いブラジャー。

箱の中をさらにあらためてみると、男性もののボクサーパンツと女物のショーツ。

 

(男?

女?)

 

最後の箱には黒色の布地が詰め込まれていた。

広げてみると、それは可愛らしいワンピースだった。

ブラウスの袖はふんわり丸く膨らんでおり、スカートの裾はレーストリムになっている。

胸にあててみると、膝を隠すほどの丈だった。

入口ドア側の壁を振り向くと、コルセットとフリルたっぷりの白のエプロンがかかっている。

 

(嘘でしょ)

 

カーテンレールに引っかけたハンガーに、薄ベージュの網ストッキングがぶら下がっている。

 

(これって...メイド服?)

Bはよろよろと立ち上がると、リビングに戻ってソファにどさりと座った。

 

(あの荷物の持ち主は、女装家なのかもしれない...!)

 

(つづく)

(8)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

俺は社員食堂で昼食をとっていた。

壁に取り付けられた大型TVは昼のバラエティ番組を流し、食事をとる社員たちでがやがやと騒がしい。

 

「先輩って、相変わらず大食いですね。

見るだけで腹がいっぱいになりそうっす」

きつね蕎麦だけをトレーに載せた後輩Sは、俺の正面の席についた。

「午後に備えて栄養をとらないと」

午後には気が重くなるアポイントが入っている。

「それだけで足りるのか?」

「昼に腹いっぱい食べると、眠くなるんです。

先輩はそうならないんすか?」

「全然眠く...。

ん?」

 

テーブルに置いたスマートフォンが震え出したのだ。

発信者を確認した俺は食堂を足早に出、自販機コーナーのベンチに座ると、通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『チャンミン、です』

女性にしては低く、男性にしては高い声が耳をくすぐった。

電話越しの彼女の声を聴いた途端、俺の胸にほっとするような、わくわくするような気持ちがぱっと広がった。

 

『今、お時間よろしいですか?』

「うん、昼めし時だったから。

荷物はちゃんと届いた?」

『荷物は届きました』

「それはよかった」

『あの...ユノさんにご報告したいことがあります』

「ん?」

『Bさんが帰ってきました』

「Bが!?」

俺の背筋が一瞬に伸びた。

(帰りは明後日だったはず。

撮影の日程でも変更になったのだろうか。

参ったなぁ。

チャンミンを驚かせてしまった。

あのBのことだから、キツイことを彼女に言ったに違いない)

 

俺は恋人の反応よりチャンミンの心配をしていた。

「ごめんな。

チャンミンちゃん...大丈夫?

じゃないか。ハハハ」

『......』

「Bは?」

『寝室にいます。

お疲れのようでした』

「そっか...」

俺はため息をついた。

『ユノさんも呑気な人ですね。

Bさんに僕のことを話していなかったんですね』

 

1.Tからの依頼が急だったこと

2.Bが留守がちだったこと

3.相談する間も面倒で億劫だと感じていたため後回しにしていたこと

4.今日中に知らせるつもりだったのに予定より早くBが帰宅してしまったこと...

言い訳はたくさんあった。

例え1、2泊程度であっても同居している恋人の許可を取るべきなのに、親友の妹とはいえ他人を数週間単位で住まわせるのだ。

常識的にも礼儀的にも、やるべことをやっていなかった俺がすべて悪い。

 

「ごめん。

本当にごめん」

『僕じゃなくて、Bさんに謝ってください』

「そうだね」

帰宅次第、平身低頭になって謝るしかない。

『ユノさんはしっかりしていそうなのに、お間抜けさんなんですね。

Bさんに説明していなかったなんて』

「あ、ああ...。

ごめん。

いろいろ事情があって

言い訳のしようもない。

申し訳ない」

『別にいいですけど。

僕、Bさんに見つからないように隠れていました。

ユノさんが一緒にいる時に自己紹介した方がよいと思ったのです』

「気をつかわせてしまってごめんな」」

『Bさんに見つかりたくないので、家に居られません。

夕方まで外で時間をつぶしています』

昼食を終えた社員たちが、ベンチで項垂れる俺の前を通り過ぎていく。

 

(すべては俺が悪い。

Bと面と向かって相談をする時間がないことを理由に、ぐだぐだと先延ばしにしていた僕が悪い。

Bが納得するように、言葉を慎重に選ぶ手間すら面倒になっていた。

Bのご機嫌取りに疲れていた)

 

「ごめんな、チャンミンちゃん。

夜まで、どこかで時間を潰せるかな?

家へは一緒に帰ろう」

チャンミンの言う通り、2人揃って登場した方が、Bの承諾を得やすいと考えたのだった。

『うーん...。

いいですよ。

なんとかしてみます』

「本当に申し訳ない」

『ユノさん』

「ん?」

『謝らないでください。

ユノさんは悪くないですよ。

彼女さんがいるユノさんのところに、転がり込んだ僕が悪いんです。

お二人の邪魔をしたくないので、ここを出ますね』

「駄目だよ!」

 

俺は大声を出していた。

自販機コーナーにたむろしていた者たちが、一斉に俺に注目する。

俺は立ち上がって男子トイレへ移動した。

「チャンミンちゃん。

Bのことは気にしなくていいから。

俺のところを出たら、行くところはあるの?」

『ホテルに泊まります』

「それじゃあ、お金が続かないだろ?

俺が誰と住んでいようと、本当に気にしなくていいんだよ」

俺は必死だった。

彼女に出て行ってもらいたくなかったのだ。

『ホントにいいんですか?』

男にしては高く、女にしては低い彼女の声が聴こえる。

 

「チャンミンちゃんには、居て欲しいんだ」

鏡の中の自分と目が合う。

鏡に映る俺が『居て欲しい』と口を動かしていた。

『居てもいいんですか?』

「チャンミンちゃんに居てもらったら、俺は楽しいんだ」

『嬉しい、です』

電話の向こうでふふふっと彼女が笑うから、俺もつられて笑った。

鏡の中の俺は笑みを浮かべていた。

 

(つづく)

 

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(7)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

お腹が空いてきた。

冷蔵庫の中にユノさん手製のおかずが入っているが、Bさんがいつ起きだしてくるか分からない状況でキッチンを使うのはリスキーだ。

ご近所を探索するのもいいかもしれないと、昼食がてら外出することに決めた。

Tシャツワンピースを脱ぎ、コルセットを手に取ったところで、届いたばかりの荷物の存在を思い出した。

ぶらぶら散歩に、昨日みたいなドレスはトゥーマッチだ。

ワンピースとフリル付きエプロン、スカートを膨らませるパニエがハンガーにかかってぶら下がっている。

僕の一張羅。

お兄ちゃん曰く、僕を居候させてくれるユノさんはきちんとした人だというから、僕もきちんとした格好で会いたかった。

ファーストインプレッションが大事だと聞いている。

だから昨日の僕は、持ちうる最上のお洋服でおめかししたのだ。

洋服ばかり詰め込んだ段ボール箱からスタンドカラーのシャツワンピースを引っ張り出し、胸に当て裾を揺らしてみた。

(今日はこれにしよう)

僕にはいろいろと事情があって、襟元が大きく開いた洋服は似合わない。

僕は世の女の子たちと比較して、背が高く肩幅も広い。

だから、サイズの合う洋服や靴を見つけるのに苦労しているのだ。

窓から燦燦と、初夏の太陽が差し込んでいる。

外は暑そうで窮屈な下着を身に付けるのは気が進まないけれど、まだ2日目だ。。

(僕は女の子!)

気を抜いたらいけない。

着替えを済ませた僕は、シュシュで結んでいた髪をほどき、ヘアターバンで前髪をまとめた。

僕のお化粧は控えめだ。

唇をつやつやにし、マスカラでまつ毛をくるんとさせ、アイラインで目尻をくっきりさせ、チークで血色のよい頬にする。

童顔で、ちょっと男顔の背が高い女の子の出来上がり。

ユノさんの反応を見る限り、バレていないみたい。

この街へ引っ越してくる際、お兄ちゃんと企んだのだ。

『いいか、チャンミン。

新しい自分として生きたいのなら、徹底的に貫くんだ』

「うまくいく...かな?」

お兄ちゃんは僕思いで、いたずら好きな人だ。

『幸いユノは人を疑うことのないお人好しだ。

チャンミンをありのままに受け入れてくれるさ』

「そうかなぁ。

騙すのは申し訳ないよ」

『バレたとしても、ユノなら怒らないさ』

「う~ん」

『いずれカミングアウトしないといけない時がくるかもしれないが、ユノならばお前に幻滅することは絶対にない。

せっかく、お前を知る奴が誰もいない土地に引っ越すんだ。

お前が望み続けた姿で暮らしなよ』

こっそりと狭い自分の部屋でドレスを身に付け、鏡の前だけで満足するだけの生活から抜け出したい。

だからと言って、ありのままの姿で外出しようものなら、嘲笑を浴びる自分を想像しては悔し涙を流していた。

「分かった!」

僕は19年暮らしてきた故郷を出ることを、心に決めた。

僕は男だ。

女の子の洋服を着るのが好きなだけなんだ。

 

(つづく)

 

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(6)オトコの娘LOVEストーリー

 

~B~

 

(今日も用意されていない...)

Bはダイニングテーブルを見るなりため息をついた。

ユノがBのために作った料理がラップをかけられてテーブルに用意してあるのが常だった。

用意してあったからといっても、万年ダイエッターのBがそれを口にすることはほとんどない。

口にすることはなくても、ユノがBの帰りを待っていたという証を確認できる安心材料だった。

3か月ほど前から、テーブルの上に何も用意されない日が出現した。

自分への関心が薄れてきたのでは、とBは不安に陥る。

(そっか...今日の場合は3日帰らないって連絡を入れたんだった)

この日のBはむしゃくしゃしていて、虚しさと小さな怒りを抱えていたからユノのぬくもりを必要としていた。

ワンピースを脱ぎ、下着だけになったBは冷蔵庫のドアを開け、直接口を付けたペットボトルから水をがぶ飲みした。

「...気持ち悪っ」

蓄積した昨夜のアルコールが、疲労した身体に堪えていた。

足を引きずるように寝室へたどり着くと、ダブルベッドへうつ伏せに倒れこんだ。

シャワーを浴びる余裕などなく、肌に悪いと分かってはいるけれどメイクはそのままだ。

両脚をこすり合わせ、剥がすようにストッキングを脱ぎ捨てた。

「暑っ...」

エアコンのリモコンを操作し、足元に折りたたまれた薄掛け布団を脚で蹴っ飛ばした。

ユノが整えたベッドはあっという間に乱れてしまった。

(なんだかんだ言ってても、私の帰る場所はユノの元なんだわ)

Bはそう再認識しながら、ずぶずぶと眠りの世界へと落ちていった。

 


 

~チャンミン~

 

ガチャリと玄関ドアを開け音に続いて、僕がいるリビング近づく誰かの気配を察した。

(Bさんだ!)

僕ったら、宅配便の荷物を待つ間にソファで寝入ってしまったようだ。

Bさんの帰りは明後日頃になると聞かされていたから、予定より早い帰宅に焦ってしまった。

(どうしよう...)

寝たふりをしてやり過ごそうか、立ち上がって「初めまして」と挨拶をすべきか迷った。

Bさんは「気持ち悪い」だのため息だの漏らしていて、とても機嫌が悪そうだった。

ソファで背中を丸めて横たわっている僕の存在に気付いていないらしく、僕は気配を消すことに決めた。

入口からリビングを見渡した時、この巨大なソファは背を向けている。

Bさんはよほど喉が渇いていたようで、ごくごくと喉を鳴らして水を飲む音がここまで聞こえてきた。

 

(...どんな人なんだろう)

 

ユノさんの彼女とやらがどんな見た目の人なのか気になってきた。

僕は頭にひざ掛けをかぶり、クッションとクッションの隙間から目を覗かせた。

(すごっ!)

僕は心の中で驚きの声を上げた。

ゆるいウェーブをかけた長い髪に、濃い目の化粧に負けない彫りの深い目鼻立ち。

グロスが塗られた唇はぽってりとしている。

こぶし位に小さな顔は細い首に支えられている。

細い腕、細いウエスト、細い白い脚。

(すごっ!)

全部全部完璧だった。

「あ~あ。

まじ疲れた。

寝よ」

Bさんは飲み残しのペットボトルをそのままに、リビングから立ち去ってしまった。

バタン、と寝室のドアを勢いよく閉める音。

とても疲れていたようだから、これから眠るのだろう。

「ふぅ...」

僕は耳をそばたて、寝室のドアが閉まったままなのを確認したのち、そろりとソファから身を起こした。

声をかけなくて正解だった。

ユノさんが不在のタイミングで挨拶したとしても、歓迎されない予感がした。

ほんの十数秒のぞき見しただけの判断に過ぎないのだけど、なんとなく...なんとなく、Bさんは気が強い女性なんじゃないかと思ったのだ。

不意打ちにピンポーンとチャイムが鳴った。

僕は飛び上がった。

実家から送った荷物が届いたようだ。

Bさんが目を覚まし、部屋から出てきたら大変だ。

僕は足を立てないようにつま先だちで、寝室の前を駆け抜けた。

 

(つづく)

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