(17)時の糸

 

 

「チャンミンさん」

 

声をかけられて振り向くと、カイだった。

「昨日のこと聞きました?」

「ああ」

カイは早歩きのチャンミンと共に、ドームに向かう。

カイも長身でチャンミン並んでもほとんど差がない。

​「ぶわ~っと水があふれて、みんなてんてこ舞いだったんですよ」

カイは、大学卒業後にこの植物園に就職した24歳の快活な人物で、愛嬌たっぷり、屈託のない明るい性格だ。

​「うちの職場って、いい男が揃ってるのよねぇ。

恋が生まれないのはなんでぇ?」

 

と、Mがしょっちゅう嘆息するのも当然。

カイの髪と瞳、肌は色素が薄く、すっきりとした目鼻立ちで繊細な雰囲気を持っている。

人より一歩下がった態度のチャンミンに臆することなく、持ち前の人懐っこさでチャンミンに接するカイ。

「チャンミンさん、安心してくださいね、今週いっぱい僕が手伝いますから」

「あ、ありがとう」

チャンミンはカイの勢いに押されつつも、彼の明るさに微笑がもれる。

薄暗い廊下を抜けると一気に視界が開けて、そのまぶしさに目を細めた。

ドームを一周できる回廊には、クラシカルな円柱が立ち並ぶ。

リズミカルに通り過ぎる円柱越しに緑あふれる景色を見られるのも、ここに勤める者だけの特権だ。

二人は回廊を出て、区間分けされた畑が広がるフィールドを突っ切る。

「チャンミンさん、足早過ぎってば!」

「ごめん」

​​

言われて気づいたチャンミンは、歩を緩める。

チャンミンは、誰かと肩を並べて歩くことに慣れていないのだ。

「そんな歩き方じゃ、女の子にモテませんよ」

「え?」

「チャンミンさんって、俺についてこいタイプっぽいですもんね」

歩き方とモテるモテないが繋がらず、意味が分からなかったチャンミン。

カイは首を傾げているチャンミンを追い越して、ビニルハウスの扉を開けた。

水漏れ被害を被った第3植栽地は、ビニルハウスで保護されている。

​主に乾燥地を好む植物を植栽しており、乾燥した空気と土壌を再現するため、大型のエアコンも取り付けられている。

「暑いっすね、ここは」

乾いた熱風にカイは顔をしかめる。

​チャンミンは表情を変えることなく、中へ突き進んで被害状況を確認する。

「...よかった」

想像していた程被害が大きくないことに、チャンミンはホッとする。

​とは言え、畝には小川のように水が溜まり、排水が逆流した箇所は土砂が削れ、畝に石が転げ落ちている。

​溜まった水を取り除いて、崩れた石垣は積み直せば元に戻せる。

​逆流した水の勢いで外れたパイプは、Tがシリコンで固定してあった。

パイプの破損については、明日やってくる業者に任せればよい。

​チャンミンのこめかみを、つーっと汗が流れる。

(暑い中にいると、頭痛が始まるから、気を付けないと)

頭痛の予感に、ポケットの中の薬を意識する。

「チャンミンさん、まずは水を汲みだすんですよね?」

カイは腕をまくって、頑張るアピールしている。

「さぁ、アナログな仕事をやっつけましょう!」

「ありがとう、助かるよ」

カイはチャンミンの顔をしばし見つめていたが、

「へえ。

チャンミンさんも笑うんですね。

じゃあ、道具取りに行ってきまーす」

元気よく言ってハウスを出て行き、終始カイの勢いにおされっぱなしだったチャンミンが残された。

(ユノとはタイプの違う元気のよさだな)

思わず、クスクス笑ってしまった。

 

 

(つづく)

 

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(16)時の糸

 

 

ユノとTは、マスクとゴーグルをかけた格好で、保管室にいた。

 

エポキシ樹脂が半量まで入ったシリコン型の液面が水平を保つよう、慎重にUVライトのスタンドの角度を変えた。

 

ほぼ一日中、PC相手の仕事が多いユノにとって、資料保管の作業は化学実験のようで、いい息抜きになっている。

 

材料の計量を、真剣な眼差しで行っているTの横顔を、ユノはちらりと見た。

 

(相変わらずのハンサムさんやなぁ)

 

ユノより6歳年上のTは、知識豊富で頭がよく冷静で、ユーモアのセンスがあって優しい。

 

加えて背も高く、笑顔爽やかな大人の魅力たっぷりの人物だ。

 

ユノはTと同じ部署に配属されて以来、Tの魅力にジワジワやられてしまい、はた目からもバレバレな位、彼に夢中だったのだ。

 

スタッフたちの間でも、「ユノ=Tのことが好き」の図式ができていて、からかいの種にもなっていた。

 

何事にもはっきりさせたいのがユノの性格。

 

つのる想いに耐え切れず告白したが、「付き合っている人がいる」とあっさり玉砕。

 

(付き合ってる人がいなくても、俺は男だしなぁ。

フラれても当たり前か...)

 

大人のTは告白以前と変わらない態度で接してくれたので、一切気まずくなることはなかった。

 

「ああ、やっぱ、Tさん、カッコいい...」と、ますますユノは、Tに惚れ込んでいた。

 

(Tさんにメロメロだったのに、今日は胸キュン度が著しく低い...)

 

ユノは、作業するTに道具を取ってあげながら、自分の心の変化を分析してみる。

 

(よだれを垂らしたワンコみたいだったのに...。

今日の俺は、とっても冷静な気持ちでTさんを見ているぞ)

 

ユノが率先してTを手伝うのも、彼と30cmの距離に接近できるから。

 

(いつもは心臓ドキドキ。

「俺のことを好きになってクダサイ」アピールしまくってたのに。

Tさんの側にいても穏やかな気持ちでいられてる、俺...)

 

「手がお留守になってるよ、ユノ」

 

考え事をしていたら、ユノの手は知らず知らず止まっていたらしい。

 

「すみません!」

 

「寝不足だったからな、ユノは」

 

Tはにこやかに笑いながら、ゴーグルを外し、ユノの肩をポンと叩く。

 

(こらこら、そういう誤解を生むスキンシップはやめなされ)

 

「はぁ、頭がちゃんとまわってません」

 

ユノは素直に認める。

 

(爽やかな笑顔やなぁ、相変わらず。

その爽やかスマイルに、何度やられたことか!)

 

ユノもゴーグルとマスクを外して、乱れた髪を整える。

 

(笑った時の目尻のシワとか、たまらんかったのになぁ...)

 

Tは「やれやれ」といった風の微笑を浮かべて、ユノを見下ろしていた。

 

「ミスが起きたら困るから、ユノは自分の仕事をしておいで。

あとは、僕がひとりでやるから」

 

「すみません」

 

ユノはTに謝ると、資料保管室を出て、自分のデスクがある部屋へ戻ることにした。

 

振り返ると、天井灯を消して暗くした部屋で、作業テーブルの上のライトが青白く、彫の深いTの横顔を照らしている。

 

(あんなカッコいい顔見ては、メロメロやったのになぁ、俺...。

Tさんは、相変わらずパーフェクトなんやけどなぁ。

もう、違うんだよなぁ...)

 

ぼやきながらユノが歩いていると、ドームへ続く渡り廊下へ向かうチャンミンの姿を見かけた。

 

(おっ、チャンミン!)

 

その後ろ姿が消えるまで見送った。

 

 

(つづく)

 

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(15)時の糸

 

 

「おーい、ユノ。

チャンミンをいじめるな」

開け放たれた事務所の戸口から、Tが笑いながら入ってきた。

「!」

ふざけあっていた二人は、ぴたと動きを止めた。

ユノはパッと、チャンミンから離れた。

「Tさん、ひどいなぁ。

​心優しい俺がいじめる訳がないじゃないですかぁ」

(チャンミンとじゃれ合ってるとこを見られてしまったー!)

「いじめてたじゃないか~」

Tは手にしていたタブレットをコツンと、軽くユノの頭を叩く。

「Tさんこそ、暴力反対です」

顔を赤くしたユノは、ポットの置いてあるカウンターへ。

チャンミンは思う。

(何赤くなってるんだよ)

チャンミンは二人のやりとりを無言で観察していた。

「今朝は早いんだね、チャンミン」

Tはチャンミンに声をかけた。

​「あぁ、はい」

​チャンミンは姿勢を正して、Tに会釈する。

(なんか、イライラする)

「はい、Tさん、コーヒー」

​「ああ、ありがとう」

爽やかな笑顔を見せてTは、ユノからマグカップを受け取った。

Tは立ったまま、ひと口コーヒーすする。

「ちょうどいいね」

「Tさん、薄いのが好きでしたよね」

「さすが、分かってるね」

チャンミンはユノとTの会話を聞いているうち、不機嫌になってきていた。

(なんだよ、あれ。

​このようなユノとTのやりとりは、いつものことなのかもしれない。

​​一昨日までは、目にしてはいたけど、全く気にならなかったのに。

​今は、すごく、すごく気になる)

Tは仏頂面のチャンミンに気付いて言った。

「チャンミン、昨日はいなかったから、知らないだろうけど、大変だったんだ。

​カイ君が出勤してきたら、一緒に行って様子をみてくるといい」

「何かあったんですか?」

ユノから何も聞いてなかったし、チャンミンは出社してから未だ、業務記録をチェックしていなかった。

「排水関係がね。

カイ君に聞くといいよ」

じゃっと手を挙げて、Tはユノの方を向く。

「ユノ、始業前に悪いんだけど、ちょっと手伝って欲しいんだ」

「いいですよ」

事務所を出る際、ユノは振り向いて、

「じゃあ、チャンミン、また後でね」

と、手を振った。

​そして、Tと肩を並べて彼らの仕事場へ行ってしまった。

 

ひとり残されたチャンミン。

ユノとふざけ合ったことがくすぐったかったし、ユノが「また後でね」と言ってくれたし。

同時に、ムカムカとした思いも抱えていた。

(なんだよ、Tさんは。

ユノの先輩だからって...。

僕は、彼が気に入らない)

チャンミンには、自分の気持ちの正体がまだ分かっていなかった。

胃の辺りがぎゅっとする、不快な感覚。

「あっ!」

(僕はユノと話したいことがあったんだ)

昨夜、チャンミン自身が挙げた3つのリストについてだ。

(ユノは後で、て言ってたから、その時にしよう)

自分の席に座り、デスクの上の自分のマグカップに気づく。

ユノが淹れてくれたコーヒーの存在をすっかり忘れていた。

カップに口をつけて、

​「うわっ!」

どろどろに濃くて苦いコーヒー。

​ユノの仕業だ!

ユノの小さな悪戯を可愛らしく思えて、ひとり笑いをするチャンミンだった。

 

 

(つづく)

 

 

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(14)時の糸

 

 

「おはよう、ユノ」

出勤してきたユノが資料室のドアを開けると、Tがヘラでボウルの中身をかき混ぜている。

「Tさん、早いですねー」

ユノはロッカーから、仕事用のジャケットに羽織る。

​​

普段、始業時間の1時間前には出社しているユノ。

自分より早く、他のスタッフが出勤しているのは珍しい。

「昨日は大わらわだったからね。

3時間のロスを取り戻しているんだよ」

植栽エリアの地下にある排水パイプが詰まり、大量の水が逆流したトラブルのことだ。

「大変でしたよね、昨日は...ふわぁぁ」

ユノが大あくびをすると、Tはぷっと噴き出す。

「寝不足?」

「ちょっとだけ」

​「目が充血してるよ」

おとといの夜は病院でチャンミンに一晩付き添い、昨夜は興奮し過ぎで寝付けず、ユノは睡眠不足だった。

「濃いコーヒーを飲んできま...ふぁぁぁ」

​「ははは。僕もこれが終わったら、一杯もらおうかな」

「はあい」

Tは、バッドに据えられたシリコン製の型に、ボウルで混ぜていた粘性の高い液体を注ぎ込む。

植栽場で採取された種子を、アクリル樹脂で封じる作業。

アクリル樹脂に閉じ込められた種子は、数十年、数百年後に取り出され芽吹くだろう。

時を閉じ込じこめる作業だ。

空気が入らないよう慎重にボウルを傾けるTを後に、ユノは廊下へ出た。

(眠い...眠い...眠すぎる...)

ユノは首を回しながら、電気ポットのある事務所へ向かった。

築100年を超える老朽化はなはだしいこの建物は経費の都合上、備品もクラシカルだ。

(おっと!)

デスクで頬づえをついているチャンミンがいた。

(チャンミン!)

顔がほてるのがわかる。

 

チャンミンも昨夜なかなか寝付けず、悶々として朝を迎え、職場が開錠する時刻になるや出社してきたのであった。

ぼんやりと無心でいるのは、いつものごとくのチャンミンだったが、胸の辺りがざわざわとして、落ち着かない。

ゆったりと落ち着いているように見えたとしても、実際はチャンミンの心臓は高まっていった。

つまり、チャンミンはユノが出勤してくるのを、「待っていた」のだ。

(緊張するなぁ。

​まず「おはよう」と挨拶して...次に何話そうかなぁ)

一方、不意打ちのチャンミン登場で、ユノの眠気はあっという間に消えてしまった。

「おはよ、チャンミン!」

何気なさを装ってユノは、元気よくチャンミンに声をかけた。

「......」

チャンミンは、気づかない。

(無視かよ!)

肩すかしをくらってムッとしたユノは、ガチャガチャと乱暴にカップを用意し始める。

(いつものチャンミンに戻っちゃってる。

​なんだよ~、意識してるのは俺だけかよ)

ユノはインスタントコーヒーにを自分のマグカップにスプーン3杯入れ、T用に2杯、チャンミンの方を振り返って、

(しゃあないな。

優しいユノさんだから)

と、チャンミン用に7杯入れ、ポットからお湯を注いだ。

(くくく、とんでもなく、苦いやつを作ってやったぞ)

小さないたずらにユノはニヤニヤしながら、

「チャンミン、はいどうぞ」

​ぼ~っとしているチャンミンのデスクに、マグカップを置いた。

チャンミンは目の前のマグカップを見、それから振り仰いでユノを認めると、

 

​「!」

 

チャンミンの表情は気の抜けたものから、硬直したものに変わった。

(おい、なぜ顔が固まるんだよ)

「おは...よう、ございます」

(やっぱりいつものチャンミンに戻っちゃってる)

内心がっかりするユノだった。

「あれ?」

チャンミンの後頭部の髪がひと房、カーブを描いて突っ立っている。

(珍しい。

毎日、ビシッときめてくるのにさ)

「チャンミン、はねてるよ」

「?」

ユノは自身の頭の後ろを指さすが、彼には意味がわからないようだ。

(飛び跳ねる?)

「ほらぁ、そこ、そこだよ」

​「え?」

チャンミンの頭を指さすと、彼は後ろを振り返る。

「しょうがないやつだなぁ」

ユノはチャンミンの後ろにまわって、彼のツンとはねた髪に触れる。

「!」

ユノに触れられて、ビクッとするチャンミン。

「怯えんでもいいやないの」

彼の髪を撫でつけながら、ユノは彼の後頭部をまじまじと観察してしまう。

(お!

チャンミンのつむじ、可愛い)

チャンミンは、ユノに触れられた頭から背筋まで、ゾクっとしたしびれを感じていた。

(あ...!)

鳥肌がたっている自分に気づく。

(まただ...。

僕はユノのスキンシップに弱い)

ユノはチャンミンの髪をツンツンと引っ張る。

​「痛っ」

 

「宇宙からの信号を受信しとるんか、お前は?」

ユノがチャンミンの頭を、ふざけてぐいぐい押さえつけているうち、チャンミンもだんだん可笑しくなってきた。

「電波妨害してやる!

これでどうだ!」

調子にのったユノは、チャンミンの頭をつかんで、前後に揺する

「やめろよ。

首の骨が折れる」

チャンミンはすっかり楽しくなって、大げさに首をすくめてみせる。

「ユノは、怪力だから」

「なんだとー!」

​「アハハハ」

(ユノと一緒にいると楽しい)

(チャンミンが笑ってる!)

​ユノは初めてチャンミンの笑い声を聞いた。

ますます楽しくなってきた二人。

「せっかくだから、全部ボサボサにしてやる!」​​

「やめろって」

「朝から元気だね」

​「わ!」

「!!!」

 

事務所入り口の方からの声にチャンミンとユノは同時に振り返った。

(つづく)

 

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(13)時の糸

 

 

~ユノ~

 

 

(どうにかなりそう!)

 

火が出そうに顔が熱い。

 

俺の心臓はバクバク、喉から飛び出しそうだった。

チャンミンのマンションを出た途端、どっと疲れが出た。

涼しい顔を保つのも、ここまでが限界。

あまりに恥ずかしくって、恥ずかしがってるとこを見られたくなくて、平静を装ってみたけど、まぢでキツかった。

俺の馬鹿!

​あんな醜態をさらすなんて!

​自宅への道を、大股で歩いた。

いくら死ぬほど心配だからって、不法侵入した上に、だ、抱きついてしまうなんて!

おまけに、泣くなんて!

いい年した大人が何やってんだ。

しゃがんだ膝に顔を伏せた。

「落ち着け~」

いつの間にか、息が荒くなってた。

興奮してんじゃねーぞー。

​​

自分に正直になろう。

チャンミンの裸をバッチリ見ちゃった。

バッチリ記憶に焼き付いているんだから。

ぐふふふふ。

顔がニヤついてしまう。

でもなぁ...。

全裸の男が、魅力的な男に抱き付かれたりなんかしたらさ。

 

欲望にボッと火がつき、彼を押し倒す...。

 

​ってのが、普通だろが!

全くそんな気配の、けの字もなかったし...。

待て待て、俺は何考えてんだ!

俺は男にドキドキする質だけど、チャンミンの性癖は知らん。

 

男に抱きつかれたりしたら普通、ドン引きするよなぁ。

それに、エロい雰囲気になるのをぶち壊したのは俺だったし、大泣きしちゃってたからなぁ。

バスルームの床に伸びてるチャンミンを予想してたから、洗面台の前に立っている彼を見てまずビックリ。

さらに、全裸でビックリ。

驚愕過ぎて、一瞬頭の中が真っ白になっているにも関わらず、チャンミンの全身を舐めるように観察してしまったし。

サンキュー、チャンミン。

いやぁ、いいモン見させてもらった。

ひょろっと縦に長いから、薄っぺらくて、なよっとしてるかと予想していた。

 

ところがどっこい、いい意味で予想を裏切ってくれたぞ、チャンミン。

めちゃくちゃ鍛えてるじゃないの。

静的で大人しいのに、ジムに通い詰めてんのかな?

ギャップ萌え。

抱きついたときの胸、背中、お腹の堅い筋肉具合といったら。

ごちそうさまです、存分に堪能させてもらいました。

欲求不満たっぷりの三十路男の妄想。

おいおい、俺は乙女か!

ここで、一応言い訳。

チャンミンが無事と分かって、腰が抜けるくらいホッとした。

膨らませに膨らませた悪い予想が裏切られて、ケロッとしているチャンミンを見て、彼に対しても、自分に対しても腹が立ったし。

目をまん丸にして、あの驚いた顔があまりにも可愛らしくて。

そんないろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、チャンミンに突進してしまった。

昨夜、チャンミンがずぶ濡れの子犬みたいに弱ってて、俺に抵抗できずに結局言いなりになってて。

可愛いんだもの。

日頃のむっつりした彼を見ているから、ギャップ萌えだな、やっぱり。

きっと頭のネジはゆるんで、どこか彼方、宇宙まで飛んでいってしまったに違いない。

俺は知らぬ間に、彼にやられてしまったらしい。

俺は、チャンミンに「男」を感じてしまった。

 

俺も男だけどね。

まずいなぁ。

今回のハプニングでうっかり油断してたら、こうなるんだもの。

チャンミンは、単なる...単なる...?

好きなったりしたら、面倒なことになるのに!

 

 

 

 

​リストバンドが、メッセージ着信を震えて知らせる。

送信元は確認しなくても、分かってる。

 

俺は大きく舌打ちをしてつぶやいた。

 

「このタイミングに、これだもの」

​俺はタクシーを呼ぶと、自宅へ向かっていた足をUターンさせて大通りへ出た。

 

 

(つづく)

 

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