(51)虹色★病棟(R18)

 

 

「...ん...っ...」

 

重ね合わせた唇の中では、二つの舌が激しく暴れている。

内頬のぬめりと歯茎の凸凹、混ざり合った唾液を味わいつくした後、ようやく唇が離れる。

わざと開けた数センチを舌だけでも繋がろうと、やみくもに舌を伸ばし、べろべろと絡め合った。

ちゅぱちゅぱ、ちゅうちゅういう唇と舌の音に、僕の穴の奥が疼いてきた。

凄いよね、前じゃなくて後ろが反応するんだよ?

 

「っあ...」

 

僕の耳はユノに咥えられ、彼の吐息が鼓膜をビンビン叩いた。

窪みのひとつひとつをかたどるように丁寧になぶられると、身体の中心の下へ下へと痺れは落ちてゆき、高まりきった緊張で張り裂けそうになった。

 

「ねぇ...ユノ...。

僕、もう我慢できない...っはぁ...」

 

余裕ゼロの僕は、ユノの首筋に鼻をこすりつけて喘ぐだけ。

ユノのパジャマの襟元をつかんで下へと引き落とすと、彼に押し倒された格好で僕らは横たわった。

 

「俺も...もう限界。

いいか?」

 

「うん、いい...いいよ、ここで。

今すぐ」

 

ユノのズボンをずらし、跳ね出たそれをすかさず頬張った。

 

「チャンミン...っ...」

 

「...んぐんぐ...」

 

夢中にむしゃぶりつく僕のズボンも脱がされた。

 

「エッチだね」

 

「...うん...いい、でしょ?」

 

白いレースのパンティを穿いていた。

 

隠す面積が極めて狭く、お尻側はティバックになった扇情的なデザインだ。

 

昂った男のものは覆い隠され切れず、はみ出していた。

 

さらに、僕のパジャマは第2ボタンまで開けられ、「万歳して」とユノの言われるがままに従った。

こうして僕は上半身も裸になった。

今夜はブラジャーも付けていた。

こんな流れになるんじゃないかと、期待していた結果だ。

ブラジャーを付けた胸元を見られるのは初めてで、引かれたらどうしようと不安で 僕は両手で顔を覆っていた。

恥ずかしさとドキドキで顔が熱い。

指の間からユノの反応を窺った。

 

「!」

 

ユノの眼は舌なめずりするオオカミみたいにギラギラ煌めいていた。

 

「いいねぇ」

 

ユノはブラジャーの端に爪をひっかけると、わずかに横にずらし、そこからちろりと僕の胸先が露わになった。

 

「...っ!」

「......」

 

「...ユノぉ...恥ずかしい...恥ずかしいよ」

 

穴が開くほど見つめられているかと思うと、僕の乳首がピンと尖ってきたのがよく分かる。

 

「まだ触ってないのに...?」

「うん...だって、仕方ないじゃん」

 

「下も凄いね」

「でしょ」

 

小さな下着であそこはとても窮屈で、僕は膝をもじもじこすりつけていた。

 

「可愛いね」

 

ユノは僕のブラジャーとパンティを交互に見ては、ニヤニヤ笑った。

 

「うん...可愛い」

 

「似合ってる?」

「うん。

これ...俺の為に着てくれたんでしょ?」

「うん」

 

この真っ白のランジェリーは初めて身に付けた。

LOSTにえっちなランジェリーを持ち込んでいる謎は、廃人と化した僕に代わって、職場の後輩が僕の私物をまとめてここに送ったからだ。

引き出しに詰まった女性ものの下着やクローゼットいっぱいのワンピースにドン引きしただろうな。

 

(その後輩とも3年会っていない。)

 

「マジで可愛い...」

 

ユノは僕の胸の谷間からおへそまで、1本の指で撫ぜおろした。

 

「んっ」

 

僕の下腹は大きく波打った。

 

「大事なところ、出ちゃってるよ?

紐が食い込んで苦しそうだ。

楽にしてあげようか?」

 

「うん」

 

「と思ったけど止めた。

可愛いから付けたままね」

 

「...そんなぁ」

 

ユノはお尻の紐をずらし、露わになった僕のお尻の穴にぴとりと指を当てた。

 

「んんっ」

 

さあ、いよいよだ...と期待に胸を膨らませた瞬間、ゴムも潤すものも何も手元にない現実に思いいたった。

ここはLOST、用意したくともできない世界なのだ。

 

「絶対に痛いに決まってる...血が出るかもしれない」と覚悟した僕は、奥歯を噛みしめた...。

 

(あれ?)

 

ぬるりとした感触に驚いて、僕の両腿の間にいるユノを見上げた。

 

「これしかなくて...無いよりはマシかな」

 

「?」

 

「いいやつだから刺激は少ないと思うけど...。

違和感あったら、教えて」

 

ユノの手にはハンドクリームのチューブがあった。

 

「グッドアイデアだね」

 

ユノも僕もタチで、今夜僕は初めてウケの立場になる。

ドキドキだ。

僕はもともと『抱かれたい』側なのに、元婚約者が相手の時はちょっと無理をしていたのだと思う。

彼自身がウケだったことと、僕が性的な関係を持ったのは彼が初めてだたこともあり、自然な流れで僕は彼を『抱く側』となった。

僕に抱かれる時はいつも、彼はワンピース姿だった。

背中のファスナーを下ろし、優しく脱がせてゆくと、彼の薄い胸、細い腰に不釣り合いに大きなアレが露わになってゆく。

今この時、僕は元婚約者のことを思い出してなどいない、100%ユノに集中している。

 

 

指で念入りにほぐされた後、僕はユノを受け入れた。

上はユノの唇に、下はユノのあそこに。

僕の管は上も下もユノによって塞がれた。

ブラジャーもパンティも付けたまま僕はユノと交わった。

 

 

乳首を吸われながら僕のツボを擦られると、気持ち良すぎてどうにかなりそうで、止めてと懇願してしまう。

 

「動かないで、動かないで...やっ、やらっ...もう、や、やっ」

 

「しーっ、聞こえる」

 

「ごめん」と頷いて、僕は枕を抱きしめて口を塞いだ。

 

良すぎて怖くなり、逃げる僕の腰は即捉えられ、ユノのそこへと引き戻される。

ユノのモノを僕の穴はつるんと受けいれ、直後にずん、とそれに深々と突き刺された。

秘部に塗りたくったハンドクリームは、僕の体温と激しいピストン運動で溶け、滑りがよくなっていた。

くちゅくちゅと、なんと厭らしい音だろう。

 

「やぁ...そこばっか...やらぁ...」

 

「ホントに?

イヤなの?」

 

と、僕にイジワルしたいユノは腰の前後運動を止めてしまう。

 

「だめ、だめぇ」

 

「ほらね」と言って、ユノのピストン運動は再開された。

パンティは穿いていないも同然で、僕のアレはユノに突かれるごとに弾んでいる。

先端からは先走りがとめどなく垂れ、下腹を濡らしていた。

 

「んっんっんっ...」

 

声が漏れないよう、僕は必死だ。

自分が思う以上に僕は感じやすい体質なのようだ。

ヤる側だった時の僕は愛撫する側でもあったから、身体を念入りにいじられる経験はそれほどない。

ユノは膨らんだ首の部分でひっかけるように、ゆっくりと僕のあの箇所を擦り、かと思えば、腰骨がぶち当たる勢いでガツガツと突いた。

 

「んんっ...ああぁぁ...!」

 

「しーっ!」

 

「らって、らってさぁ...らめらってっば!」

 

「手加減して欲しい?」

 

と言ったそばから、ずんと突かれた。

イキそうになり、アソコの根元を握って堪えた。

惜しいことに逆光になってユノの表情が分からない。

ユノは僕の上から背後へと移動すると、横抱きして僕の片足を高々と持ち上げた。

 

「ひゃぁっ!」

 

敏感で快感のスポットをごりりと擦られたのだ。

直後、股間の圧が最高に高まり、下半身がビクビクっと痙攣した。

 

「...今のでイッた?」

 

「う...ん、わかんない」

 

「イってるよ」

 

「...ホントだ」

 

信じられないことに、僕のお腹に散った精液を指ですくいとると、ぱくりと舐めた。

 

「ユノ!?」

 

元婚約者相手にさえ、したことがない行為だ。

なんだか感動してしまい、僕はユノの胸を押して彼を仰向けにした。

 

「次は僕の番。

ユノ、まだイってないでしょ?」

 

横たわったユノの上に僕はまたがり、そそり立ったユノのそれを穴にあてがい、そろりと腰を落とす。

ところが、ユノを気持ちよくさせるつもりだったのに、僕の方が感じ入ってしまったのだ。

 

「んあっ!」

 

「しーっ!」

 

真下から突き上げられたのだ。

身体を支えるため、ユノの胸についた手の甲が濡れていた。

今ので再びイってしまったみたい。

 

「『僕の番』なんて言って、チャンミンばっかイってずるいなぁ」

 

「...ごめん」

 

僕はウケ初体験のくせに、お尻でめちゃくちゃ感じまくっていた。

感じやすい身体になってしまったワケは、数度にわたりユノの指で丹念に愛されたからだね。

そして、大好きな人と抱き合っているから。

ユノの手で腰を支えてもらいながら、僕は上下にお尻を揺する。

タイミングを合わせて、下から突かれる。

 

「イクっ...イクっ...」

 

ユノは掠れた声で「イク」を繰り返し、激しさを増すピストン運動。

射精は間もなくだ。

僕の中でイって欲しい、溢れるほど注いで欲しい。

願ったけれどその瞬間、ユノのモノは勢いよく僕の中から抜かれた。

僕のお腹を温かいものが濡らした。

後で確かめてみたところ、びっくりするほどの量と濃さだった。

 

「チャンミン」

 

両腕を広げて待つユノの胸の中へ、僕は身を伏せた。

汗まみれの僕の髪を、ユノは大きな手で撫ぜてくれた。

 

(つづく)

(50)虹色★病棟

 

 

僕はユノの部屋を訪れていた。

 

パジャマ姿の25歳男子二人が、ベッドの上でティタイム。

 

神経を刺激する青白い天井灯は消し、温かい枕元の灯りだけで落ち着ける。

 

アルコール禁止の場所だから、ほのぼの平和な光景になってしまっても仕方がない。

 

でも、話題は深刻だった。

 

僕はユノの為に十分煮沸消毒したお茶道具で紅茶を淹れた。

 

ユノは僕の為にホワイトチョコレートを取り寄せていた。

 

中庭の散歩だけでは話し足りず、就寝前の1,2時間をユノの部屋で過ごすことも多かった。

 

会話だけじゃ物足りず、キスを交わしたり、それ以上のこともすることもあったりして...でも、本番は未だだった。

 

十分ユノの指でほぐされてきたから、いつその時が訪れても大丈夫なんだけどね。

 

「で...スタッフから何か言われたのか?

その話がしたいんだろ?」

 

僕は頷き、齧りかけていたチョコレートを皿に戻した。

 

「退所することになった」

 

「えっ!?

...あちっ」

 

僕の発言に驚いたユノは、口をつけていたマグカップを揺らしてしまい、唇を火傷してしまったようだった。

 

「退所?

退所って...退所...かぁ」

 

ユノは視線を僕の膝元に落とし、大きな手で口元を覆い、噛みしめるように「退所」と繰り返していた。

 

「...正式な話は明日だけど多分、『いついつまでに退所してくださいね』っていう話だと思う」

 

「...ここは、『おめでとう』と言うべきなんだろうね」

 

ユノはトレーを押しやると、僕の隣までずりずり移動して僕の肩を抱いた。

 

僕はユノの肩に頭をもたせかけた。

 

「『おめでとう』なんて言えるかよ、俺は嫌だ」

 

期待していた言葉がもらえてニマニマする僕は、呑気なものだ。

 

ユノの答えは分かっていたくせに、「どうして?」と尋ねる僕に、彼は「マジかよ?」と目を剥いた。

 

「ごめん。

『おめでとう』って言われたらどうしようかと思った。

だから、嬉しい。

僕は退所したくないよ」

 

3年前の僕は打ちひしがれ過ぎていて、LOSTを退所する日の姿など想像できなかった。

 

自身の世界に引きこもり、無くした彼との思い出を何万回と反芻していた。

 

時の経過と共に、次第に周囲の景色や、他の入所者が視界に入るようになり、退屈さを感じるようになり、社会復帰した時の姿をリアルに想像できるようになった時。

 

ユノと出逢った。

 

このままLOSTに暮らし続けたい...理由はシンプルだ。

 

ユノの側にいたいから。

 

「前みたいな引き延ばし作戦はもう使えない。

僕たちは仲良すぎるって、スタッフたちに気づかれてると思う。

夜の見回りの回数が1回分、増えたことに気づいてた?」

 

「あー、確かにそうかも。

でも、毎晩確認しているわけじゃないけれど。

寝付きは悪いけど、寝入ってしまったら朝まで眠れるようになったんだ」

 

「そうだね。

ユノの顔色、とてもよくなった」

 

間近にあるユノの頬をつんつんつついた。

 

しっとりときめの細かい肌だ。

 

目の下の隈は薄くなり、パサついていた髪は艶を取り戻していた。

 

入所して数カ月足らずで、こうも分かりやすく生き生きと変化した姿に、これでいいのかなと信じられない気持ちになる。

 

『ゆっくりゆっくり』

 

ユノの恩人の台詞が思い出される。

 

ユノ、慌ててないよね?

 

 

「いつ頃になりそうなの?」

 

「歴代の退所者を見てきた感じだと...1週間か2週間後かな」

 

「あと少しじゃないか...」

 

「うん...ここを出たくないよ

イヤだよ...ユノと居たいよ」

 

僕は膝に顔をうずめた。

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

僕の肩を抱いたユノの腕に力がこもった。

 

「でもさ、ここに居なくても大丈夫になったことは喜ぶべきだね。

俺はボロボロだったチャンミンを知らないけど、俺がここに来た時よりも明らかにチャンミンは明るくなったよ。

ワンピースも似合ってきて、可愛くなった」

 

「ふふっ」

 

「......」

 

...と、ユノは考え事にふけり始めた。

 

火傷を負ってぷくっと腫れた下唇を親指で撫ぜていた。

 

それは熟れすぎた果実で、張りつめた皮はとうとう破れ、真っ赤な果汁が滴り落ちる。

 

色っぽいなぁと見惚れていていると、「どうした?」とユノと目が合った。

 

「ううん、何でもない」

 

「ねぇチャンミン。

『もう平気だからここを出してくれ』と頼んでも、出してもらえないんだよな?」

 

「そうなんだ。

退所の判断は、あくまでもLOST側だ」

 

「そっかぁ...だよなぁ」

 

ユノは立てた両膝の間に、がっくりと首を落とした。

 

実はもうひとつ、LOSTを出る方法がある。

 

ラムネを飼い始めた入所者も、その方法を使ってここを出た。

 

不可能ではない。

 

ユノと僕はこの方法を実行するしかないのだろう。

 

困難な方法だけど、やるしかないようだ。

 

「チャンミン」

 

両膝の間で俯いているから、ユノの声はくぐもって聞こえる。

 

「なあに?」

 

「今からお前から指輪を取り出してやるよ」

 

「え...っ?」

 

3年前、絶望のあまり飲み込んだ婚約指輪のことだ。

 

勢いよく身体を起こしたユノの眼差しは、切羽詰まった真剣なものだった。

 

「時間がない。

俺もチャンミンのために、何かしてやりたいんだ」

 

「ユノ」

 

ユノの手は僕のうなじに添えると、ぐいっと自身の元へと引き寄せた。

 

僕らは口づけ合った。

 

 

(つづく)

 

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(62)虹色★病棟

 

 

 

午前3時。

 

見回りを終えたスタッフが仮眠室へと引っ込んだのを確認し、ステーションの壁にひっかけた懐中電灯を拝借する。

 

僕らはこそこそとネズミのように、洗濯室へと移動した。

 

荷物...僕のリュックサックとユノのショルダーバッグ。必要最低限のものを詰めてある...はあらかじめ運び込んであった。

 

懐中電灯をゲットできて、幸先良いスタートを切れそうだと思った矢先、僕は青ざめることになった。

 

フェイクの観葉植物の根元、フェイクの苔を剥がした中にあったはずの鍵は無くなっていたのだ。

 

「鍵が!

鍵が無い!」

 

絶望感で背筋を凍らせた僕に、ユノは「ちっちっちっ」と人差し指を振るのだ。

 

「俺のポケットにあるのだ」

 

「嘘っ!」

 

「LOSTが敢えて仕込んだものならば、俺たちを攪乱させることもあるだろうと思って。

チャンミンの退所を1日早めたのって、大いに怪しいだろ?

夕飯の後、回収しておいた」

 

「もぉ、驚かせないでよ」

 

ぷりぷりふくれっ面の僕は、「故障中」と書かれた洗濯機のドアを開け、その中に頭を突っ込んだ。

 

「やっぱりそこだろ?

消灯後に脱出しようとしたら、建物から外に出る出口が要る。

昼間の脱出ならば、この出口は要らなかった。

夕方のうちに脱出しておけばよかったな」

 

と、ユノは悔しそうだった。

 

ドラム内の正面の円形の部品を回すと、それはパコっと外れ、直径50センチの穴が現れた。

 

「ずっと故障中って変じゃん。

新しい洗濯機を買ったのに、壊れたものはそのままなんだ。

行くよ!」

 

僕は懐中電灯を首にぶら下げ、身をくねらせ、洗濯機の穴へと侵入していった。

 

中は長々とトンネルが奥へと続いており、洗濯機に繋がっている時点で、この穴は換気口ダクトではない。

 

明らかに脱出のために用意されたトンネルだった。

 

天井は低く四つん這いにならないといけない。

 

床についた手の平は汚れていない。

 

つい最近、誰かが通過した証拠だ。

 

「マズい...肩が引っかかって...!」

 

背後でユノは舌うちしている。

 

僕より肩幅が広く、筋肉で分厚い体つきのユノは、さらに大荷物で、最初の関門でつまづいている。

 

「荷物が邪魔なんだ」

 

ユノのショルダーバッグには着替えの他、除菌スプレーやティッシュ、マスク、手袋、タオルなどなど、彼にとって大事なアイテムが詰まっている。

 

「ここから出たら風呂に入ればいい。

ユノ!

荷物を捨てろ」

 

しばし迷っていたユノだったけれど、ショルダーバッグは洗濯機の外へと投げ捨てたようだった。

 

 

数メートルほど進むと梯子が現れ、延々と下りて行った。

 

その間僕らは「頑張れ頑張れ」と互いに励まし合った。

 

下りきった後、四つん這いで数メートル進んだ先は突き当りだった。

 

「あれ...?」

 

一瞬、このルートは囮なのかと思いかけた。

 

「上だ。

蓋になってる」

 

ユノは懐中電灯で天井を照らした。

 

「これ...めちゃくちゃ重いな」

 

鉄製にしては重かった。

 

「俺がやる。

場所を代ろう」

 

ところが通路は狭く、ユノと身体の位置を入れ替えることは難しく、もやしな僕が頑張るしかない。

 

「おもっ...重いっ」

 

僕は頭と肩で、渾身の力を振り絞って蓋を持ち上げた。

 

蓋を脇にずらし、梯子を登りきった瞬間、ガツン、と頭を何かに打ちつけてしまった。

 

「ふがっ!」

「大丈夫か!」

 

外でスタッフが待ち構えていて、逃亡しようとする僕の頭を殴ったのかと思った。

 

「う...ううっ...」

 

頭を抱えていると、ユノは「上に何かがある」と僕の背後から腕を伸ばし、出口を遮るものを探った。

 

ユノの胸に僕の背中はすっぽりとおさまっていて、ドキドキなシチュエーションだけど、今は気を引き締める時だ。

 

僕の頭をぶつけたものは、僕らがいつも座っていたベンチだった。

 

ベンチを脇にずらした途端、雨粒が頭に肩にと降りかかる。

 

「ここは...」

 

僕らは中庭に来ていた。

 

「凝った造りになっているなぁ」

 

重いはずだった、蓋の表面にはレンガが貼りつけられていている。

 

「ライトは消せ」

 

中庭に面しているのは入所者たちの部屋ばかりだが、いつスタッフは目を光らせているかしれない。

 

「濡れる前に!」

 

雨足は強い。

 

僕らは温室へと走った。

 

 

 

鳥籠の中のラムネは、胸の羽毛のにくちばしを埋め眠っていた。

 

テーブルの下にもぐり込み、夕方、目途をつけていた箇所を懐中電灯で照らした。

 

その灯りを遮るため、ユノは僕の背後に立った。

 

「これを使おう」

 

ユノがポケットから取り出したのは、愛用の教鞭棒だった。

 

「こいつを隙間に刺して...」

 

てこの原理でレンガのひとつが持ち上がると、周囲のレンガも次々とはがすことが出来た。

 

「やった...!」

 

レンガの下から再び鉄製の板が現れ、取っ手の下に鍵穴があった。

 

「ふふふ。

ここで使うんだね」

 

僕はパジャマの胸ポケットから取り出した鍵を、鍵穴に差し込んだ。

 

カチリと錠が外れる音がした。

 

蓋を引き上げると、穴が下へ下へと通じているようだった。

 

あまりの暗さに、吸い込まれそうだった。

 

地下へと下りる梯子がかかっている。

 

日の出まで2時間の空は暗く、荒野の彼方も真っ黒に塗りつぶされている。

 

ユノと一緒なら大丈夫だ、怖くない。

 

「ここを下りていくんだな。

ん?

怖いのか?

俺がついているからな」

 

ユノは僕をぎゅっと1秒抱きしめた。

 

転落しないよう握る手すりは冷たくて、何階建てのビルなんだ?と思う程、延々と梯子を下りていった。

 

懐中電灯の灯りは闇に吸い込まれ、ゴールが分からない。

 

緊張と不安で鼓動が早い。

 

「つめたっ!」

 

突然、片足がじゃぶんと冷たく濡れて、悲鳴をあげてしまった。

 

「着いたよ」

 

梯子を下りたったそこは、地下道のようだった。

 

「...すごいね」

 

前方へ延々と伸びる道はコンクリート製で、天井や壁から染み出た水で、地面には水が溜まっている。

 

「これ...まさか下水道管じゃないよな」

 

ユノは水の正体を探ろうと、懐中電灯で足元を照らしている。

 

ユノはここまでよく頑張った。

 

ユノにしてみたら、汚物のプールに飛び込み、全身ばい菌に侵される感覚に襲われているのだと思う。

 

「それは無いと思う。

地下道の出発点がこの梯子だもの。

脱出のために用意された道だと思う」

 

「...だよな。

先を急ごう。

後を追ってくるかもしれない」

 

僕らは手を繋いだ。

 

 

 

僕らは走った。

 

くるぶしまで浸かった裸足が凍えそうだった。

 

固く握りしめたユノの手。

 

温かく頼もしい...愛しいその手が僕を導いてくれる。

 

道は果てがない。

 

ユノは何度も振り返り、僕を励ますように握りしめる指に力をこめた。

 

天井からぽたぽた落ちる水で、僕らのパジャマはぐっしょりと濡れている。

 

水を蹴散らすパシャパシャ音が反響している。

 

「粋なことをしてくれるね」

 

「ホントだよ」

 

洞窟の天井には照明が設置されており、進むごとに色が変化している。

 

 

赤。

 

 

橙。

 

 

黄。

 

 

 

「脱出成功した僕らを祝福してくれてるの?」

 

「かもね」

 

トンネルはいつまでも長く続いていて、荒野の下を貫いているのか、それとも街なのか検討がつかないけれど、ユノと一緒ならどちらでも構わない。

 

ここまで来てしまえば、追うものなどいないだろうけど、僕らは先を急いでいた。

 

 

緑。

 

 

青。

 

 

 

小休止を挟みながら、僕らは駆けた。

 

「エネルギー補給だ」と、ユノからキャンディーを口の中に放りこまれた。

 

へとへとに疲れていた僕は、キャンディの色なんてもう、どうでもよくなっていた。

 

「さあ、行くぞ」

 

「うん」

 

 

藍。

 

 

紫。

 

 

ついに地下道は行き止まりになった。

 

梯子があり、僕らは1段1段、疲れ切った手足で上っていった。

 

この先がゴールだと、僕らには分かった。

 

1段上る度、真っ白な光が、穴倉の僕らを明るく照らしていく。

 

 

あともう少し。

 

 

もうすぐだ!

 

 

僕らは泥だらけだった。

 

「頑張れ」

 

まぶしく目を射ったのは、真っ白な朝日だった。

 

先に到達していた僕は、後からくるユノの手を引っ張った。

 

 

「わぁ...」

「綺麗だな...」

「うん」

「綺麗だ」

「うん」

 

 

ユノのまつ毛の先が、朝日を受けて透明に光っていた。

 

雨上がりで空気は澄んでいた。

 

 

「ご苦労様」

 

僕は携えていたメレンゲの箱の蓋を開けた。

 

淡い桃色のこの箱に、ラムネを入れてここまで連れてきたのだ。

 

僕らが初めて心を通じ合わせたあの日、そこにラムネがいた。

 

メレンゲの箱からラムネを出してやった。

 

「好きなところへ行きな」

 

ラムネは羽ばたくと、空彼方ではなくユノの頭のてっぺんに、ちょこんと飛び乗った。

 

「ユノと居たいって言ってるよ」

 

「そうかな?」

 

ユノは照れくさそうに笑った。

 

 

 

ふり返った彼方には街並みが霞んで見えた。

 

 

僕らは十分、多くのものを失った。

 

 

同時に、それを上回るものを手に入れた。

 

 

さよならLOST。

 

 

僕らは何も失うつもりはない。

 

 

(おしまい)

(58)虹色★病棟

 

 

「気持ちの整理はついた、って言っていいのかな」

 

「そうだろうな」

 

ユノはスーツケースへと中身を順に戻していった。

 

「不思議な場所だね、ここは」

 

「イメージとしての実体だったのか、それとも実体はあったのだけど、LOSTという場所柄いずれ消滅してしまうのか」

 

「LOST...名前の通りだな」

 

2人で脱走の意志は固まった。

 

「脱走に成功したら、どこに住もうか?

あっち?

こっち?」

 

「ユノは?」

 

「俺はあっちもこっちも両方住んだことがあるから、どちらでも構わない。

もともとはあっちに住んでいて、結婚を機にこっちへ引っ越してきたんだ」

 

「へぇ。

どこかですれ違っていたりして」

 

「もしそうなら、絶対に覚えていたよ。

ユノって目立つもの。

いろんな意味で」

 

ユノは僕の鼻をつまんだ。

 

「ふ~ん、どうかなぁ。

お互い他の人に恋をしていたんだから、目に入っていなかったよ」とユノは答えた。

 

その回答に少し傷ついてしまったけれど、僕の方も同じ答えを返していただろう。

 

前の恋があったから...その恋を失ったから...喪失に耐えきれなくてLOSTに逃げ込んだから、僕らは出逢ったのだ。

 

 

僕とユノの脱出計画は具体性を帯びてきた。

 

最初の鍵は既に見つけていた。

 

洗濯室の隅に、毒々しい赤い花を咲かせた造花の観葉植物がある。

 

「ホコリをかぶっているのに、根元だけ不自然に綺麗なんだ」

 

根元を覆った偽物の苔をめくると、銀色の鍵が現れた。

 

「鍵...?」

 

ユノは手袋をした手のひらに乗せられた鍵に、首を傾げていた。

 

「出口の鍵だと思う」

 

「なぜここに鍵があるんだ?

脱出してくれってお膳立てしてるみたいじゃないか?」

 

「その通りさ。

確かにここは、本人の要望があれば出してくれる場所ではない。

でも、脱走自体は悪いことじゃない」

 

「どういう意味?」

 

「脱走するほどの情熱があるのなら、もうLOSTに居る必要はないってことでしょ?

脱走に成功することは、傷を癒すためにLOSTに長期間滞在することと同じ意味だ。

ここを出たいという生命力を確かめるために、LOST側も本気で脱走を阻止する。

簡単に脱出を許していたら、LOSTの名が廃る」

 

「例えば俺の場合だと、過去の恋を塗り替えるほどの人と出逢って、離れ離れになりたくない思いが燃え盛っている」

 

ユノはコツコツと壁をノックしてみたり、僕が以前やってみたように、壊れた洗濯機の中をのぞいたりしていた。

 

「理由はひとそれぞれ。

引き離された人に会いに行きたい、逝ってしまったその人の元へと自分も追ってゆきたい。

...LOSTに耐えきれなくなる理由は人それぞれだ」

 

「...そうだな」

 

「ユノが僕についてきてくれると聞いて嬉しかった。

 

僕らは囚人じゃない。

 

LOST側も鬼じゃない証拠に、こうやってアイテムを仕込んでくれている。

 

『せいぜい頑張れよ』とけしかけているんだよ、きっと」

 

「罠じゃないよな?」

 

「その可能性もなきにしもあらず」

 

「この鍵ってどこで使うんだろう?」

 

「簡単には見つからないけど、よく探せば見つかる場所だと思う」

 

ユノは観葉植物の根元に鍵を戻す僕に、「なぜ戻す?」と尋ねた。

 

「鍵を見つけてしまったことをバレたくない」

 

「へえぇ」

 

浴室、脱衣室、インタビュールーム。

 

ダメ元で食堂と給湯室を探ってみた。

 

ユノと夢を共有し、実現するためのカギを見つける作業は楽しい。

 

「決行はいつ?」

 

「僕の退所日の前日」

 

「夜?」

 

「うん。

夜勤のスタッフだけになるから」

 

「映画みたいだ。

ワクワクする」

 

「頑張ろう」

 

僕らは顔を見合わせ頷き合い、笑顔で握手をした。

 

 

明日から天気が崩れるそうだ。

 

僕の退所の日は2日後に迫っていた。

 

だから、今日の散歩はLOSTでの最後のものになりそうだった。

 

そこで僕はとっておきのワンピースを着ることにした。

 

それはバナナ色をしていて、ウエストの後ろでリボン結びするデザインになっている。

 

いつかこのワンピースを着て好きな人と、海辺を散歩できたらいいなぁ、なんて夢見ていたなぁ。

 

荒野から吹く風にスカートをたなびかせ、僕とユノは手を繋ぐ。

 

苔むしひび割れたレンガ敷きの地面に、2人の白いスニーカー。

 

爽やかで絵になる光景。

 

うらびれた中庭と乾いた荒野の中で、僕らだけは瑞々しいのだ。

 

いいね、いい。

 

とてもいい。

 

クローゼットからワンピースを取り出し、胸に当てて鏡の前に立った。

 

それは元婚約者のもので、胸元に金メッキの熊のブローチを付けたのは彼だった。

 

これを着た彼とどこかへ出かけた記憶はなく、常にクローゼットに仕舞われていた。

 

彼が留守の間、僕はワンピースを着てみては、鏡の前でポーズをとったり、自慰行為にふけっていた。

 

ノックの音と共に「まだか?」と僕を呼ぶユノの声。

 

僕はブラジャーを付け、脇に消臭スプレーを吹きかけているところだった。

 

「ごめん、先に行ってて」と、ドアの向こう側へと声をかけた。

 

 

食堂にはひとりで将棋をさしているもの、送る宛がない手紙を書く者。

 

通り過ぎる華やぐワンピースに注意を払う者はいない。

 

彼らと僕との間には遠い隔たりがある。

 

僕も少し前までは、あの一員だったのだ...信じられない。

 

外出簿に記名し、僕はエレベータに乗り込んだ。

 

脱走を検討するようになった以降、何度も確認したエレベータホールとエレベータには、隠し扉のようなものはない。

 

ユノという新しい観察眼が加わったのに、どうしても最後の出口が見つからず困っていた。

 

過去に何人もの脱出者が存在するのだ、必ず出口はある。

 

エレベータの扉が開くなり飛び出し、小走りで中庭へと向かった。

 

ユノとの未来が開けたのだ。

 

そりゃあ、足取り軽くなるよ。

 

(つづく)

 

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(53)虹色★病棟

 

 

ベッドを取り囲む室内温室の壁が、僕らの熱気で曇っていた。

 

ユノとくっ付いたまま眠りにつきたいけれど、それはできない。

 

時計を見るとあと十数分後にはスタッフの見回りがやってくる。

 

ユノの素晴らしい身体と僕のランジェリー姿はパジャマの下に隠れてしまった。

 

僕はお茶道具を携えてベッドから立ち上がった。

 

「おやすみ」

 

「おやすみ。

また明日ね」

 

名残惜しい僕らはしばし見つめ合った。

 

見送りのためユノも室内温室から出てくると、オゾン発生器の電源を入れた。

 

僕がネガティブな意味にとってしまう前に、「切ってたらスタッフが変に思う」と説明してくれた。

 

ドアを数センチ開け、暗い廊下の先の煌々と明るいスタッフステーションが無人であることを確かめた。

 

僕は振り返ってもう一度「おやすみ」を告げると、するりとユノの部屋を抜け出した。

 

幸運なことに老朽化がすすむLOSTでは、フロア内すべてに監視カメラなど設置されていない。

 

そうであっても、コソコソ後ろめたい気持ちがある僕だから、自然と忍び足になってしまった。

 

「ふう...」

 

室内に戻るなりお茶道具はデスクに置き、スリッパを脱ぎ捨てベッドに飛び込んだ。

 

頭のてっぺんまで布団にもぐり込んだ。

 

両腕で自分自身を深く抱きしめた。

 

パジャマの襟元からユノの香りがする。

 

「はあぁぁ」

 

僕とユノ...えっちしたんだ。

 

僕のあそこにユノのあれが入ったんだ。

 

気持ちがよかった。

 

その事実を噛みしめる。

 

ホントのことなのに信じられなくて、火照った顔を両手で覆った。

 

でも、これは現実だ。

 

全身ユノとえっちな匂いに包まれている。

 

ゴーグルマスク男だったユノと初対面した日には、まさか僕らが深い仲になるとは思いもしなかった。

 

あの日の僕は、ユノのインパクトある見た目に興味をそそられて、ちょっかいを出したくなったんだよなぁ。

 

初対面なのにもかかわらず、部屋を訪ねていったりして...強引だった僕。

 

「...頑張らないと」

 

ユノと一緒にいられるために、僕は頑張らないと。

 

興奮で寝付けそうにないのに肉体は疲労していて、ギラギラとヘトヘトが攻防した末、ヘトヘトが勝ってしまった。

 

だって、全力疾走なえっちだったんだもの。

 

 

 

LOSTを出るには2つの手段がある。

 

1つ目は最も穏便なものは、退所手続きを済ませ正々堂々正門から出るというもの。

 

これが2週間後の僕が辿る道。

 

2つ目は、突如ふいにいなくなった入所者...例えばラムネの元の持ち主...がとった手段になる。

 

LOSTは閉鎖病棟を改築した建物だ。

 

フロア入り口とエレベーターホールを仕切る壁は透明アクリル製で、椅子を叩きつけても割ることはできない(実行に移した入所者が過去にいた。僕ではない)

 

開け放つことのできないはめころし窓、フロア入り口ドアは夜間、施錠される。

 

スタッフステーションの中には、猿股が置いてあることを僕は知っている。

 

入所者を易々と逃がしてしまったら、LOSTの名が廃るのだ。

 

僕にできるだろうか?

 

 

ユノと結ばれた夜の翌日、LOST側からのお達しは予想通りの内容だった。

 

前回のように奇声をあげて大暴れはしなかった。

 

告げるスタッフを真っ直ぐに見、「はい」と優等生の返事をした。

 

 

朝食の前に昨夜の下着を洗濯しようと、洗濯室へと向かった。

 

僕のランジェリーには、昨夜のユノと僕のあれこれが付着しているからだ。

 

シンクにぬるま湯を張り、専用洗剤を溶かした中へランジェリーを沈めて、やさしく押し洗いした。

 

ユノってすごいなぁ...ブラとパンティを付けた僕を抱くことができたんだもの。

 

見た目にとらわれず、ありのままの僕を好きになってくれたってことだよね。

 

お腹の底から湧き上がる幸福感で、ニマニマしていた。

 

「あてっ!」

 

僕の頭に何かがパシッと振り下ろされた。

 

ふり返ると背後にユノがいて、僕の頭を叩いたのはいつもの教鞭棒だ。

 

「いったいなぁ。

何だよ」

 

ユノの登場のおかげで、昨夜のことで気まずい雰囲気にならずに済んだ。

 

「棒を使うなんて...僕はばい菌じゃないよ。

今さら何だよ。

あんなことしたのにさ」

 

ぷりぷりする僕に、

 

「いつも通りにしてろといったのは、チャンミンじゃないか?

『あんなこと』って...何のこと?」と、ユノはニヤニヤした。

 

「うるさいなぁ」

 

マスクに隠れているけれど、ユノがどんな笑顔でいるのか、僕にはちゃんと分かっている。

 

僕はユノの笑顔が好きだ。

 

離れたくない。

 

 

決心してからの僕は、天井や壁すみずみまで視線を巡らすようになっていた。

 

「どうした?」

 

挙動不審な僕に、ユノが気になっても仕方がない。

 

「ちょっとね...」

 

僕の視線を追って上下左右を見回すユノに、「ユノは僕に構わず、普通にしていて」とお願いした。

 

「変なヤツ」

 

そう呆れるユノも、見た目だけは十分変なヤツだ。

 

今日のユノも透明ゴーグルとマスク、手袋マスク、教鞭棒を手にしている。

 

僕にだけ素顔を見せてくれるけど、その他大勢の前では潔癖スタイルなのだ。

 

潔癖の度合いについては問わないと、僕は決めていた。

 

「それはお互い様」

 

何かを探していることを、スタッフたちに気取られたらいけないのだ。

 

 

LOSTからの脱出を検討していた。

 

前例があるから不可能ではない。

 

ただ、出口が見つからない。

 

昨夜のユノの様子では、僕の提案に乗り気になってくれると思う。

 

...でも、躊躇がある。

 

慌てていないだろうか。

 

離れたくない気持ちを優先させて、ユノの心の傷が癒えるのを待たずに、彼をここから連れ出してもいいのだろうか。

 

その迷いから、脱出作戦についてユノに話すのは、もうしばらく後にしようと思った。

 

待てるほど時間の余裕はないんだけどね。

 

 

(つづく)

 

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