義弟(39)

 

 

~チャンミン17歳~

 

週末を利用して義兄さんのいるD県へ向かうことを、両親からあっさりと許可された。

 

無口で不愛想であっても、学校の成績がよく、身なりも地味で無断外泊もしない息子は信頼されているからだ。

 

「ユンホさんとそこまで仲がよかったなんて...」と、母さんは笑っていた。

 

『仲がよい』の言葉に、全身がカッと熱くなってしまって、母さんに「あらチャンミン、顔が赤いわよ」とからかわれた。

 

「...うるさいなぁ」

 

赤面した顔を見られたくなくて、その場を離れようとする僕に、母さんはこう言って笑った。

 

「お兄さんができたみたいでよかったわね」

 

「......」

 

ドキリとした。

 

母さん、知らないでしょ?

 

僕は『お兄さん』と寝てるんだよ。

 

僕にガールフレンドが出来ないのも、そのせいだよ。

 

1年間、毎週、1日に2度3度も、『お兄さん』とセックスをしているんだよ。

 

このことを知ったら、母さんはどう思う?

 

「向こうでBに会ったら、たまには実家に顔を出しなさい、って伝えてね」

 

「...うん」

 

無精そうに返事をした僕は、母さんが夕飯の支度をする台所を後にした。

 

 

特急列車に揺られながら、窓枠に肘をついてすごいスピードで過ぎ去る景色を眺めていた。

 

考え事で頭がいっぱいで、膝にのせた参考書はページがめくられることなく開きっぱなしだ。

 

クラスの同級生たちは、授業に試験に部活にと忙しい学校生活と同時進行で、恋愛に浮かれている。

 

これまでそんな彼らを馬鹿にしていたけど、僕もそれ以上だ。

 

義兄さんとの恋に夢中になっていた。

 

今日という日をずっと心待ちにしていて、ついつい顔が緩んでしまう。

 

何を着ていけば格好悪くないか、鏡の前で脱いだり着たりした。

 

ベッドの上に散らかった洋服が黒やグレーばかりで、そもそも迷うほど洋服を持っていないし、何を買い足したらいいのかも分からない。

 

僕の目は常に義兄さんを追っていて、自分の身なりのことなんて全然、興味がなかったんだ。

 

結局、いつもと同じような地味な装いになってしまったけど、大丈夫、義兄さんは気にしない。

 

到着したのは夕暮れ時だった。

 

ホームを早歩きで、階段は2段飛ばしで、改札を抜けた時には小走りになっていた。

 

ロータリーに停車された黒のSUV車に、僕の大好きな人が待っている。

 

自然と笑みがこぼれた。

 

「義兄さん!」

 

義兄さんは会場を抜け出して、僕を迎えに来てくれたのだ。

 

僕がしたマフラーに気付いて、義兄さんの眉が「おや」という風に持ち上がった。

 

これの出番が訪れたのは、今日が初めてだったのだ。

 

 

昨年、僕の誕生日に義兄さんが贈ってくれたマフラー。

 

実際は、誕生日から一か月以上も過ぎてから手渡されたもの。

 

これを贈られた日、僕と義兄さんは初めて繋がった。

 

甘い余韻に浸りながら帰宅して、自室に鍵をかけて受け取った包みと対峙した。

 

サテンのリボンをほどく指が震えてしまった。

 

包装紙を破らないよう慎重に外し、箔押の箱蓋を開けた。

 

それは、ネイビーブルーとブランデー色のチェック柄マフラーだった。

 

そっと手に取ると、見た目よりもずっと軽く、しっとりと柔らかいそれを僕は抱きしめた。

 

首に巻いて鏡の前に立ってみた。

 

自分で言うのも変だけど、似合ってると思った。

 

自分の黄味寄りの肌に、ブランデー色がしっくりときていた。

 

モデルを務めながら、色の名前や配色、色が与える印象など、義兄さんがぽつりぽつりと語るのに耳を傾けるのが楽しくて、自然と知識が豊かになっていたのだ。

 

冬はとうに過ぎていたから、これの出番は次の冬だ。

 

タグに刺繍されたブランド名が気になり、ネット検索にかけてみて、僕は驚いた。

 

桁がひとつ多い価格を知って、とんでもなく高価なものを贈られたことを知ったのだ。

 

「義兄さん...これを日常使いしろって言うのには、無理があるよ...」

 

義兄さんはきっと、時間をかけて僕に似合うものを探してくれたんだと思う。

 

女の人へのプレゼント選びよりも、難しかったんじゃないかな。

 

高校生男子へ何をあげたらいいか、悩んだんじゃないかな。

 

義兄さんのことだから、値段なんて全く気にしていなかったんだと思う。

 

だから、ハイブランドのこれが、庶民的高校生が無造作に身につけてたら変だ、ってことまでは頭が回っていなかったのでは、と推測している。

 

アーティストらしい鋭敏なところもあれば、抜けているところもある義兄さんらしいチョイスだ。

 

助手席に文字通り飛び乗った僕は、気が逸り過ぎてシートベルトすらスムーズに締められない。

 

「チャンミン、手を放して」と、義兄さんは僕の方に身を乗り出した。

 

突っ張ったベルトを一度緩めて引き直し、バックルに金具をカチリとはめるまでの一連の動作...義兄さんの指の動きから目が離せなかった。

 

僕よりも一回り大きい手、無骨に見えて実は繊細な指使いなんだ。

 

シートベルトの装着を終えた義兄さんの片手を捕まえて、そこに指を絡めた。

 

僕は明らかにはしゃいでいた。

 

手を握っているだけじゃ物足りなくて、義兄さんの太ももの上に身を伏せた。

 

「チャンミン!」

 

義兄さんの慌てた声に、僕はクスリと笑った。

 

「義兄さんにくっついていたいだけです」

 

今日の義兄さんは、グレーのデニムパンツを履いていて、頬ずりして生地の感触と彼の匂いを楽しんだ。

 

「悪さはするなよ」

 

僕の後頭部に、義兄さんの大きくて温かい手の平が降ってきて、くしゃりと撫ぜた。

 

「今日のチャンミンは、子供みたいだ」

 

本当は今すぐ義兄さんの素肌に触れ、彼の敏感なところに唇をつけたかった。

 

でも、我慢する。

 

義兄さんを困らせてしまうし、その気にさせてもここは外。

 

ホテルに着くまで我慢していないと。

 

義兄さんの指...力強いのに繊細で、僕の身体に厭らしいことをする...が、僕の髪を梳く。

 

頭皮にぞくりとした痺れが走って、気持ちいい。

 

ホテルに横づけした車から、なかなか降りようとしない僕に、義兄さんは苦笑した。

 

僕がしたがっていることはお見通しなんだ。

 

義兄さんも同じことを考えていることくらい、僕の方だってお見通しだ。

 

細めたまぶたの奥で煌めく瞳...その美しさに息をのむ。

 

やっぱり義兄さんは、美しい。

 

 

チェックインを済ませ、僕の為に用意された部屋に向かうまでの間、無言だった。

 

内に秘めた期待と緊張が、今にも溢れそうなんだ。

 

エレベーターに入るなり、義兄さんの腕にしがみついた。

 

ざっくりとした網地の二の腕に、すりすりと頬をこすりつけた。

 

大人の男の人に男子学生がしがみついている姿を、防犯カメラがとらえているはずだ。

 

人目を意識すると、急に恥ずかしくなってきて、ぽっと顔が熱くなったのが分かる。

 

「チャンミン...。

耳が真っ赤だよ?

子供みたいだな」

 

くくっと吹き出す義兄さんに、僕は「そうですよ、僕は子供です」と拗ねたように答えた。

 

部屋まで僕が先だって、小さな子供みたいに義兄さんの手を引っ張った。

 

「30分だけだぞ?」

 

ドアが完全に閉まる前に、僕は義兄さんの首にかじりついていた。

 

唇を割って侵入した義兄さんの舌に、僕は応える。

 

バッグを足元に落とし、義兄さんと唇を合わせたままコートを脱ぎ捨てた。

 

粘膜がたてる音と、2人の荒い呼吸音。

 

固く膨らんだ箇所を探り当て、ボトムスの上から形を辿るように撫ぜ上げた。

 

低く呻いた義兄さんの腰が、ぶるっと震えた。

 

義兄さんのそこが、エレベーターに乗り込む前からこうなっていたことを、僕は知っています。

 

「あっ...」

 

僕のトレーナーの下に、義兄さんの手が滑り込んできた。

 

僕の腰は義兄さんの逞しい腕にさらわれて、気付けばベッドに横たわっていた。

 

唇を離した隙に各々のベルトを外し、また唇を重ねる。

 

次に離した時に、僕はボトムスを腿下まで下ろし、義兄さんは前を緩めた。

 

ねちゃりと粘膜と粘液のたてる湿った音。

 

義兄さんとこれをするのは、2週間ぶりだ。

 

30分じゃとても足りない。

 

 

(つづく)

 

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義弟(38)

 

~ユノ33歳~

 

チャンミンに夢中になってはいけない理由を、俺は思いつく限り挙げて、気持ちにストップをかけようとした。

 

もしくは、割り切った関係性になれるよう、思考を歪めようとしてきた。

 

真っ直ぐ気持ちをぶつけてくるのは、「好き」が先行する若さ故の恋愛なんだ。

 

自身の優れた容姿と言動が、目の前の者を右往左往させられる万能感に浸っているだけなんだ。

 

恋をしたのか誘われたのかは分からないが、男性同士の行為の手ほどきを受け、その良さを経験し、淫らな行為に夢中になっているだけなんだ。

 

世間一般的に許されないことをしている背徳感と、誰にも知られてはいけない秘密とスリルを楽しんでいるだけなんだ。

 

そう言い聞かせてきたのに、俺の心はコントロール不能だ。

 

どうしようもなくチャンミンに惹かれている。

 

止められない。

 

それを認めた上で、次に俺がすべきこととは?

 

Bとの別れ。

 

それしかない。

 

チャンミンにもBにも申し訳ないが、不倫関係が始まってしばらくは、結婚生活を終了させる気は全くなかった。

 

BはB、チャンミンはチャンミン、と完全に別枠のものとして捉えていたからだ。

 

不倫だという認識すらなかった。

 

ところが、チャンミンを描き、抱き合い、熱に浮かされるように「好き」を繰り返し聞かされているうちに、そうも言っていられなくなった。

 

さらに、「愛している」と口にしてしまった。

 

チャンミンはあっけらかんと「バレなければいい」と言ったが、想いの本気度を意識してしまった以上、不倫関係は辛い、と思った。

 

今のまま、Bと夫婦でいられない。

 

チャンミンはもちろんのこと、Bに対して失礼だ。

 

別れの理由は、クリーンな立場でチャンミンと会う為にというより、現状の俺の立場では、B以外の誰かと恋愛するわけにはいかないのだ。

 

チャンミンと抱き合う前に、気持ちにブレーキをかけるべきだった。

 

手を出した俺が悪かった。

 

結果、チャンミンに脅迫まがいなことを言わせてしまった。

 

Bと別れることを反対するチャンミンの考えが分からない。

 

『僕らのことをみんなにバラします!』と叫んだチャンミンは、泣いていた。

 

チャンミンの言う通りにするしかない。

 

俺は結婚生活を続け、週に一度チャンミンと会い続ける。

 

内緒の逢瀬を重ね、先の見えない繋がりに、俺は神経をすり減らし、疲弊していくことになるんだろうな。

 

だとしても俺は、チャンミンを手放したくない。

 

会話の途中、仕事の電話という邪魔が入った。

 

じりじりしながらその通話を終えて振り返ると、着替えたチャンミンがアトリエにいた。

 

目も鼻先も赤くさせたチャンミンがいじらしくて、歩み寄った俺は彼の頭を引き寄せ抱いた。

 

「...っ義兄さん...」

 

俺の裸の肩が、チャンミンの熱い涙で濡れる。

 

興奮していたせいで、チャンミンの全身が熱を帯びていて、彼の後ろ髪も汗でしっとりと濡れていた。

 

「チャンミンの気持ちは分かった。

分かったよ」

 

チャンミンの後頭部をガシガシと撫ぜてやり、つむじに唇を押し当てた。

 

シャンプーの香りより、チャンミンの男くさい匂いが勝っていた。

 

いつの間にチャンミンの背は、俺と並ぶまでに伸びていた。

 

「チャンミン。

俺はお前のことを、セフレだなんて思ったことはないからな」

 

腕の中で、頷くチャンミンの頭がこくこくと揺れた。

 

ブラインドを通す光の角度が浅くなり、オレンジ色に変わっている。

 

そろそろ、チャンミンを家に帰さないといけない時間だし、俺自身もBが待つ部屋に戻らなければならない。

 

「こっちを見て」

 

俯いていたチャンミンの両頬を包んで、俺の方へ上向かせた。

 

「チャンミンが望む通りにする」

 

なおこぼれ落ちる涙を親指で拭い取ってやり、涙で潤った唇に自分のものを押しかぶせた。

 

俺の背にチャンミンの腕が回るのを確かめると、俺も腕深く彼を抱きしめた。

 

毒を食らわば皿まで...置かれた状況と心境に、いかにもぴったり過ぎる言葉だ。

 

 

 

 

Mちゃんをモデルに描いた作品が完成した。

 

最後のモデル料を受け取りに、Mちゃんは俺のアトリエを訪れていた。

 

両腕を後ろで組み、白いTシャツ、ブルーデニムといった軽装の女性が、窓辺で立っている...そんなシンプルな作品だ。

 

右頬を見せるように身体を傾けさせたポージングが、絵画作品では珍しいと思う。

 

既に買い手がついていて、こうして鑑賞できるのもあと数日だった。

 

Mちゃんに披露するため、制作中の作品たちは脇に寄せ、アトリエ中央に彼女の作品だけをイーゼルに掛けておいた。

 

俺から手渡されたモデル料が入った封筒を、Mちゃんは無造作にポケットに突っ込んだ。

チャンミンなら、受け取ったものをバッグの中に納め、ファスナーを締める所作まで丁寧だ。

 

キャラクターの違うチャンミンとMちゃん。

 

チャンミンと不倫関係に堕ちる前は、Mちゃんに対して嫉妬心を抱いていた。

 

同時に、真正面から受け止めてやる覚悟も立場もない俺は、チャンミンに彼女がいてくれたら助かると思っていたんだ。

 

さらには、行為に馴れた身体から判断したこと...俺と深い仲になる前から経験済で、今現在も、俺以外の誰かと関係を結んでいたらいい、とまで考えが及んでいた。

 

チャンミンとの繋がり合いは、脳ミソが痺れるほどの快感をもたらす。

 

過去の恋愛や、妻であるBとでは得たことのない、恐ろしいほどの快感だ。

 

一度はチャンミンと真剣に向き合い、彼に抱いている愛情めいたものをぶつけようと、心に決めた。

 

だから、チャンミンの「好きです」に応えて、「好きだ、愛している」と口にした。

 

ところが...。

 

口にした途端、以前から胸の奥でくすぶっていた疑念が姿を現わして、俺の覚悟を壊しにかかったのだ。

 

俺が思っていたような子じゃないのかもしれない。

 

純真そうな瞳と憑かれたように繰り返された「好きです」を、真に受けたら危ない、と。

 

俺の邪推でチャンミンを貶めることで、守りにはいった自分はなんて、狡いんだろう。

 

「ユノさん」

 

Mちゃんに呼ばれて、俺ははっと意識を現実に戻す。

 

最近の俺は、考え事でぼんやりとしてばかりだ。

 

Mちゃんは、脱色した白金の髪を背中に払いのけて言った。

 

「私ね。

知ってたと思うけど、ユノさんのことが好きだったんだ」

 

返答に困ってしまう。

 

Mちゃんは可愛い子だ。

 

10代、20代とモテなかったと謙遜しないし、講師を務めていた美術学校でも学生たちから、恋愛じみた視線を浴びることも多かった。

 

そういう類の視線や仕草が察せないほど、子供でも鈍感でもない。

 

「チャンミンとは?

付き合ってるんだろう?」

 

「ヤキモチ妬きましたか?」

 

「えっ?」

 

Mちゃんはニコニコ笑って、俺の肩を叩いた。

 

「ヤキモチ妬きましたよね?」

 

20そこそこの女の子にずばり言い当てられて、不意の指摘だったから俺は黙るしかない。

 

「...やっぱり!

ユノさん...チャンミンのこと、好きなんですね。

ユノさんに、良いこと教えてあげます。

私たち、付き合ってなんかいませんよ。

チャンミンはね、ユノさんひと筋です。

最初っからずーっと。

私はただ、チャンミンの恋の相談にのってただけです。

ユノさんはチャンミンのことが好きだし、チャンミンはユノさんのことが好きだし、私が出る幕ありません」

 

「......」

 

「奥さん、知っているんですか?」

 

「えっ...?」

 

「あたし、知ってるんです。

ユノさんとチャンミンのこと」

 

「!」

 

Mちゃんの言葉に、俺の背筋が凍る。

 

「恋の相談っていうのはね、チャンミンの恋のことですよ」

 

俺の強張った表情に気付いたMちゃんは、「私は誰にも言いませんよ。言えません」と言って、俺の腕をゆすった。

 

「チャンミン...本気ですよ。

チャンミンは奥さんの弟ですし、男の子だから、まさかお二人が関係してるだなんて、誰も想像つかないと思います。

それでも、見る人が見ればユノさんたちが、単なる親戚同士じゃないこと気付くと思います。

奥さんも、『変だな』って疑うようになると思います。

遊びじゃないですよね?

ユノさんがそういう人じゃないのは分かっています。

でも、チャンミン...苦しそうなんです、可哀想そうなくらい。

チャンミンの不安をやわらげてあげてください。

部外者の私がこんなこと言う資格はありませんでしたね。

生意気なこと言って、ごめんなさい」

 

俺は何も言えず、立ち尽くしているだけだった。

 

「チャンミンを描いた絵...見せて下さい」

 

「まだ6分ほどの出来だけれど」

 

そう言って俺は、壁に立てかけてあったチャンミンを描いた2枚目の絵...デニムパンツを履いた青年がこちらに横顔を見せたアクリル画...をひっくり返して見せた。

 

「あれ...?

裸じゃない」

 

Mちゃんが疑問に思ったのも当然で、彼女に一度だけ見せたことがあるのは、男娼に仕立てた例の作品だったから。

 

「あれは出来が悪くて、描くのを止めにしたんだ」

 

あの絵は俺とチャンミンだけのもの、誰にも見せられないし、見せたくない。

 

「...そうですか、残念」

 

Mちゃんは無言のまま、じぃっと食い入るように見ていた。

 

あまりにも長い時間そうしているから心配になって、彼女の目の前で手を振ってしまいたくなるくらいだった。

 

「チャンミン...綺麗...。

...ユノさん...チャンミンを大事に想っているんですね」

 

「...そう...かな」

 

「この絵は奥さんに見せない方がいいかもしれませんね。

女の勘は鋭いんですよぉ」

 

冗談めかして言った後、Mちゃんは、

 

「私を綺麗に描いてくれてありがとうございます」

 

深く頭を下げ、アトリエを後にしていった。

 

 

翌日から俺は、例のイベントに向けて出発する。

 

そして2週間後、チャンミンも俺を追ってやってくる。

 

 

(つづく)

 

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義弟(37)

 

 

~チャンミン16歳~

 

「結婚している身で、チャンミンとこんなこと...。

間違っていた」

 

「......」

 

僕の心は凍り付いた。

 

義兄さんは...僕とのことを、後悔しているの?

 

尋ねるのが怖くてたまらない僕は、義兄さんの次の言葉を待つ。

 

義兄さんは身体を起こし、僕の両肩に手を載せて覗き込んだ。

 

きっと...会うのはよそう、って言い出すんだ。

 

義兄さんを試すようなことを、口にしなければよかった!

 

黙っているべきだった。

 

義兄さんの視線を受け止められなくて、僕は顔を背けた。

 

「俺は、浮気とか不倫とか...したくないんだ。

Bとは好き合って一緒になった。

ところが、結婚して半年も経たないうちに、お前と...」

 

「......」

 

ついさっきの『Bと別れようか?』に、僕の心は喜びに満たされるのではなく、焦燥感でいっぱいになってしまった。

 

姉さんと別れてフリーになってもらったら、僕が困るからだ。

 

自分勝手な人間なことに、義兄さんには罪悪感を抱き続けて欲しかった。

 

義兄さんの罪悪感が、僕を繋ぎとめてくれるからだ。

 

「Bはもちろん...チャンミン、お前に対してフェアじゃない。

俺は...」

 

顔を伏せたままの僕の耳に、義兄さんは顔を寄せて言う。

 

「チャンミンによろめいてしまった時点で、俺とBの結婚は間違いだったんだ。

誤解しないで欲しいのは、チャンミン、お前とのことが間違いだったと言っているんじゃないんだ」

 

僕は義兄さんの胸に頭のてっぺんを押しつけて、呼吸に合わせて上下する彼のお腹を見ていた。

 

さっきまで自分だけのものだと思えた義兄さんの身体が、手の届かない遠いものに見えてきた。

 

結婚している人との恋において、その人の離婚は待ち望むものなんだろう。

 

高校生の僕には、結婚なんて遠い先のもので、実感がわかない。

 

義兄さんと姉さんが夫婦だという事実も、僕にとって遠かった。

 

義兄さんは、姉さんの夫でい続け、同時に僕と会い続けることに苦しさを覚えたんだ。

 

どちらかを選ばなければならなくなった時、多分、義兄さんはどちらも選ばない人だ。

 

姉さんと別れると告げた後、僕とも会わない、と宣言するんだろう。

 

そんな潔さを持った人なんだと思う。

 

でも、そんな潔さは義兄さんのエゴでしかない。

 

2人の間で迷った自分を許せないからって...じゃあ、僕の気持ちはどうなるんだ。

 

僕の思考は先へ先へと、短時間で暴走する。

 

『Bと別れようか?』なんて...僕の気持ちを確かめようとしてるの?

 

ムラムラと怒りが湧いてきた。

 

「チャンミンとのことは、遊びじゃない。

俺は、Bと別れるよ」

 

「...何、言ってるんですか!」

 

僕は怒鳴っていた。

 

「...え?」

 

目を見開いた義兄さんは、僕の肩から手を放し、その手で自身の後頭部をガシガシとかいた。

 

義兄さんの白い肌と、二の腕をあげたことで露になった脇のコントランス。

 

いつもなら鼻づらをこすりつけて甘えて、義兄さんの香りを吸い込むのに、今はひとかけらもそんな欲求が湧かない。

 

僕の反応は、義兄さんにとって予想外だったみたいだ。

 

そりゃそうだ、一般的には喜ばしいお知らせなのに、僕は喜んでいないんだ。

 

「駄目に決まってるでしょう?」

 

「...駄目?

Bと別れることをか?」

 

「はい。

義兄さんは姉さんと別れちゃだめです」

 

「俺には理解できないよ。

俺には妻...チャンミンの姉さんだ...がいて、嫌じゃないのか?

それでいいのか?」

 

義兄さんの話しぶりだと、姉さんと別れて僕を選ぶらしい。

 

姉さんと僕の両方とも切り捨てるのでは?、と見込んでいたから、僕は混乱した。

 

嬉しくなかった。

 

僕は左右に首を振った。

 

「嫌ですよ!

嫌に決まってるじゃないですか!

嫉妬で苦しいですよ」

 

「じゃあ...なぜ?」

 

「不自由だからいいんです。

誰の目も恐れずに会えるようになったりなんかしたら...。

姉さんと別れてフリーになった義兄さんなんて...僕は嫌です!」

 

 

眉をひそめて、泣き出しそうに目を潤ませた義兄さん。

 

こんな状況下で、黒目がちの義兄さんの眼を綺麗だと感動していた。

 

僕の発言が、17歳も年上の綺麗な人を苦しめている。

 

不自由だからいい』なんて、嘘に決まってるでしょ。

 

義兄さんを苦しめて悦ぶ余裕はなくなっていて、僕の方こそエゴがパンパンに詰まっている。

 

簡単には切れない繋がりを失ってたまるか、と僕は必死だった。

 

「僕は義兄さんが好きです。

ただそれだけなんです。

今のままがいいんです」

 

「チャンミンはそれでいいかもしれないが、俺は...。

俺が嫌なんだよ。

お前と正々堂々と付き合いたいから、Bと別れるっていう意味じゃないんだ。

俺の問題なんだ。

けじめとして、Bと別れるよ」

 

「!」

 

気付いた時には、僕は義兄さんを押し倒して馬乗りになっていた。

 

義兄さんの喉を押さえつけていた。

 

「姉さんと別れたりなんかしたら...」

 

「チャ...!」

 

僕の手の平の下で、義兄さんの喉仏がごろごろいっている。

 

「姉さんと別れたら...。

僕は義兄さんと、別れます」

 

「!」

 

呼吸を忘れた義兄さんは、硬直させた表情で僕を見上げている。

 

「僕のことを少しでも好きならば、離婚なんてよしてください」

 

義兄と義弟じゃなくなったら、僕みたいな退屈なガキ...義兄さんはいつか飽きて、捨てるだろう。

 

義兄さんをずっと僕の元に繋ぎとめるには、義兄弟である今の関係性が必要なんだ。

 

でも、そんな僕の弱い心、打算を義兄さんに打ち明けるわけにはいかない。

 

それに、義兄さんには姉さん...妻がいるから、バランスがとれていた。

 

義兄さんの愛情を丸ごと受け止められるだけの器が僕には無い。

 

他人のものを奪う過程を楽しんでいたわけじゃないんだ。

 

妻がいるのに、会わずにはいられない恋しい人...僕がいる。

 

それくらいが、僕にはちょうどよかった。

 

「俺には理解できないよ...」

 

義兄さんは僕から喉を解放され、咳きこんだ後にそうつぶやいた。

 

両膝に肘をつき、両手で顔を覆って「理解できない」と繰り返した。

 

「理解できないでしょうね」

 

「......」

 

「もし、姉さんと別れたりしたら、僕はバラします」

 

暴走した僕は、自分を止められない。

 

「チャンミン...!」

 

「僕と義兄さんとの関係を...毎週、裸になって、ヤッてヤッてヤリまくってたこと...全部、バラします。

姉さんはショックを受けるでしょうね?

僕の家族も、義兄さんの家族もみんな、傷つくでしょうね。

僕は家族のつまはじき者になるでしょうし、悪い噂で義兄さんも困るでしょうね。

僕のことも義兄さんのことも、みんなは許さないでしょうね?」

 

「チャンミン...」

 

「義兄さんは僕とずっと、これからも、今まで通りに、僕と会って下さい」

 

「......」

 

義兄さんの瞳の中に、怯えの色があった。

 

僕は余裕を取り戻していた。

 

勝った、と思った。

 

「僕は本気ですよ?

ねえ、義兄さん。

僕は、義兄さんが好きなんです。

大好きなんですよ?」

 

「俺は...」

 

言いかけて直ぐ、デスクに置いたスマホが振動し始めた。

 

ブーブーとしつこく震え続けるスマホ。

 

義兄さんは立ち上がり、僕に背を向けて電話に出てしまった。

 

『俺は...』の続きが聞きたかったのに。

 

義兄さんの通話は終わらない。

 

言葉の断片から、仕事の話をしているみたいだ。

 

仕方なく着がえようと、ソファから腰を上げた。

 

アトリエからオフィスへと順に脱がされていった衣服を、拾い上げながら順に身につけていった。

 

オフィスの床に落ちた下着を、部屋境に落ちたボトムスを、アトリエの床に落ちたシャツをと、順に身につけていった。

 

(あ...)

 

キャビネットの上に光るアクセサリーが目にとまった。

 

プラチナ製のブレスレット...姉さんが義兄さんの誕生日に贈ったものだ。

 

絵画制作の間、僕を抱く間は、僕への礼儀として、義兄さんは必ずこれを外している。

 

義兄さんと関係を持って、もうすぐ一年になろうとしていた。

 

僕はそれをつかむと、ボトムスのポケットに突っ込んだ。

 

ここまでの動作は、無意識で当たり前で、自動運転だった。

 

義兄さんを独り占めする気はないはずなのに、僕は焦れていた。

 

 

(つづく)

 

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義弟(36)

 

~チャンミン16歳~

 

要点に触れない、上っ面をかするだけの会話。

 

それでいいんだ、僕と義兄さんには会話は必要ない。

 

意味深だった『身体を大事にしろ』の言葉以来、義兄さんは何ら深く追求してこなかった。

 

僕も頓着していないふりをしていた。

 

義兄さんが何に気付き、どう誤解したんだろうって、不安でいっぱいだったけれど、義兄さんの態度は今まで通りだったから。

 

僕にとっての初めては義兄さんなんだ。

 

義兄さんの為に、あれらの時はずっと心を閉じていたから、義兄さんは心配しなくていいんだからね。

 

でも、そんなこと...急に語りだしたら言い訳に聞こえてしまう。

 

黙っているのが、一番いいんだ。

 

週に一度、アトリエを訪れてモデルを務め、毎回じゃないけれど義兄さんに抱かれて、次の週末を心待ちにする。

 

それだけで僕は、幸せだった。

 

淡々と繰り返される僕らの関係に、普通は退屈と嫌気を感じて、変化を求めるものなんだろうけれどね。

 

僕らの関係で変化を求めたら、きっと壊れてしまう。

 

もっともっと欲張りになって、義兄さんを欲しくなる。

 

義兄さんを僕だけのものにしたくなった時、次は彼が僕から離れていってしまうのを恐れるようになる。

 

僕だって夢見たよ。

 

義兄さんが姉さんと別れれば、僕と大っぴらに会えるようになる。

 

でも、義兄さんがそんなリスクを負わなくても、僕らは義兄弟。

 

もともと、2人でいることを隠す必要がないんだ。

 

義兄さんの車の助手席に座っていても、一緒にどこかへ出掛けても、アトリエに入り浸っていても、家を訪ねていっても、何を疑うと言うんだ?

 

このままでいいじゃないか。

 

男同士でよかった、と思った。

 

それじゃあ、義兄さんが姉さんと別れたらどうなる?

 

義兄弟じゃなくなった僕と義兄さんは、他人同士になる。

 

義兄さんと交際したくて近づく女の人...男の人も...は沢山いるはずだ。

 

姉さんの夫でいる限り、妻の弟である僕をそう簡単には捨てられないでしょう?

 

だから、今のままが一番、いいんだ。

 

 

画材を変更して新たに描き始めた作品制作も順調そうだった。

 

あの男娼の絵はまだ制作過程だったのに、義兄さんがどこかに仕舞ってしまったらしく、ずっと目にしていない。

 

あのまま、描きかけのままにしておくのかな。

 

僕はデニムパンツ姿でスツールに腰をひっかけ、イーゼルの前でポーズをとっていた。

 

義兄さんに横顔を見せながら、彼と目を合わせられないのが残念だった。

 

モデルを務め始めた頃は、恥ずかしくて義兄さんの顔をまともに見られなかった。

 

今の僕は、義兄さんを真っ直ぐ見つめることができる。

 

 

僕らはオフィスのソファで抱きあったばかりで、離れたがたくて義兄さんの胴に腕を巻きつけていた。

 

「会期は1週間ずつの2か所なんだけどね、設営が大変なんだ。

それぞれにパーティも行われるから、ビシッとしていないとね」

 

義兄さんの仕事内容になんて興味がなかった僕は、彼と3週間も会えないのが寂しい寂しいと、そればかり繰り返していた。

 

デザインの仕事が忙しくて、絵を描く時間をなかなか確保できないことをぼやいていた。

 

加えて、全国2か所で開催されるアート展(新進気鋭のアーティスト5人のひとりに、義兄さんが選ばれたんだ)に同行するため、3週間ここを留守にする。

 

「...姉さんも一緒に行くんですか?」

 

意地悪な質問を口にしてから、僕は義兄さんの乳首をちゅっと吸った。

 

義兄さんは「んん...」と呻き、ちゅうちゅうとしつこく吸い続ける僕の頬を挟んで引き離した。

 

「赤ん坊みたいなこと、やめろ。

後半のパーティには参加するって言ってたけど...。

旅行がてら、ふらっと顔を出すかもしれないな」

 

「ふぅん...」

 

頬を膨らませて、不機嫌な拗ねた顔を作る。

 

義兄さんといるうちに、こんな幼稚な表情を見せられるようになった。

 

「...ごめんな、しばらく会えなくて」

 

義兄さんの大きな手、長く繊細な指が僕の髪を優しく梳いてくれて、とても気持ちがいい。

 

僕は義兄さんの胸から顔を起こし、彼を見上げる。

 

「僕も遊びに行こうかな...」

 

義兄さんの眼に一瞬、困惑の色が浮かんだことに、傷ついた。

 

「週末に遊びに行こうかな...。

義兄さんと同じホテルに泊まって...」

 

冗談っぽく言ってみたけれど、真剣みを帯びていたことに義兄さんは気づいたみたいだ。

 

ちゃんとしたベッドで...ソファの上なんかじゃなく...義兄さんと思いっきり深く深く繋がりたい。

 

昼間のアトリエで、ソファで慌ただしいセックスをして、まどろむ時間もない。

 

ひと晩中一緒にいられたら...素敵だろうなぁ。

 

「...駄目ですか?」

 

「...いいよ」

 

「えっ!?」

 

許してもらえるとは思っていなかったから、僕は驚いた。

 

「でも、オフの日はないし、夜7時までは会場にいないといけないから、会える時間は限られてるぞ?」

 

「いいんですか!?」

 

「ああ。

でも...Xさんもいるけど...いいのか?

あの人のこと、嫌いなんだろう?」

 

「...Xさんも...どうして?」

 

「展示予定の作品の数点は...他のアーティストのも、俺のも...彼が所有しているものなんだ。

イベントのスポンサーのひとりだしね。

Mちゃんの絵も、彼からのオーダー品なんだよ」

 

僕は迷った。

 

「構いません。

僕のことを気持ち悪い目で見るから、苦手なだけです。

...じゃあ、会場には近づかないようにしてます」

 

X氏からの誘いを巧みに避けていた。

 

隠し撮りしたものをばら撒かれたらどうしよう、それが義兄さんの目にとまるようなことがあったらどうしよう、と恐れていた。

 

でも、そんなことは今のところなくて、きっと動揺する僕を見たかっただけだったんだろう。

 

「そうした方がいいね」

 

「ホテルで義兄さんを待ってます。

『愛人』みたいに、待ってます」

 

「チャンミン...」

 

義兄さんの眉はひそめられ、その眼は哀し気に潤んでいた。

 

僕はもっと、義兄さんに意地悪したくなった。

 

ホテルのベッドを想像してみたら急に、僕らのセックスは義兄さんのアトリエ内に限られていることが悲しくなってきたのだ。

 

「僕らの関係って...何でしょう?」

 

今までしたことのない質問。

 

義兄さんを困らせる質問。

 

「...そうだな...」

 

義兄さんは撫ぜていた僕の頭から手を放し、仰向けになると天井を見上げた。

 

「チャンミンとこういう関係になった時から、ずっと考えていた。

俺とチャンミンは、一体何なんだ?って。

『恋人』か?」

 

『恋人』の言葉に、僕の胸は熱いものでいっぱいになる。

 

でも、義兄さんは『恋人』だと言いきっていなかった、疑問形だった。

 

「ぴったりの言葉がありますよ。

それは...『セフレ』です」

 

「...チャンミン」

 

「僕は義兄さんの『セフレ』なんです」

 

「...確かにその通りだな」

 

自分で煽ったくせに、義兄さんの口からそう認められると、僕の心臓がナイフで刺されたみたいに痛んだ。

 

「義兄さんが惹かれているのは、僕の顔と身体でしょう?

会う度、僕らはヤラずにはいられない。

セフレそのものじゃないですか?」

 

『セフレ』なんて言葉、適当に聞きかじった程度の知識で、高校生が口にするものじゃない。

 

義兄さんが好きなのに、義兄さんを傷つけたかった。

 

僕のことで胸を痛めて欲しい。

 

困った顔をして欲しい。

 

初めて義兄さんを目にした時、階段ホールから見下ろした僕の心中に湧きおこった欲求を思い出した。

 

『義兄さんの美しい顔を、苦痛や悲痛で歪ませたい』

 

「単なる性欲のはけ口なんですよ。

僕という存在は!」

 

「チャンミン...!」

 

僕の顎は義兄さんにつかまれた。

 

「ひどいことを言うんだな...傷つくなぁ」

 

「その通りでしょう?」

 

僕は義兄さんの指から逃れ、身体を起こして彼を見下ろした。

 

しばらくの間、僕らは無言で睨み合っていた。

 

目を反らさない僕に、義兄さんは、ふうっと息を吐いた。

 

そして、こう言ったのだ。

 

「Bと...別れようか?」

 

...と。

 

 

(つづく)

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義弟(35)

 

~ユノ35歳~

 

俺はホスト役として、客のグラスが空になれば満たし、ふんだんに用意した料理...Bが注文したケータリングもの)を勧めて回った。

今夜の集まりの目的は、大量に貰った魚介類を振舞うためだったはず。

俺たち夫婦とチャンミンと3人で、食卓を囲むはずだった。

それが 十数人を招待したホームパーティじみたものになってしまって、気持ちがついていけない。

チャンミンと2年に及ぶ深い関係がなかったとしても、Bとの夫婦関係に疑問を持ち始めていた俺だった。

3年前、作品モデルを探していたところ、Bの姉から紹介されて彼女と知り合った。

ほぼ毎日、アトリエで対峙していれば、恋が生まれたのも自然な流れだった。

当時の熱く、甘い想い...遠い過去。

結婚とは、こういうものなんだろうな。

隣にいるのが当たり前になる。

Bと2人、平穏な日々を過ごすだったのに、3年前には想像もつかなかったこの展開。

皆思い思いに楽しんでいるのを見渡し、安心した俺はその場をそっと離れた。

軽い頭痛が始まったのと、気乗りがしなかったのだ。

視界の隅で、ソファの背にもたれていたチャンミンが、腰を上げていた。

それに気づかぬふりをして、俺は腰をかがめて足にまとわりつく豆柴(最近、飼い始めた)の頭を撫ぜた。

寝室に併設した洗面所で、ざぶざぶと顔を洗った。

鏡に映る水を滴らせた己の顔を、子細に眺めた。

青ざめた30過ぎの男の顔が映っていた。

俺は何をしたいんだ?

Bとの結婚は失敗だったのか?

2年もの間、Bを裏切り続けている。

Bに罪はない。

Bへの愛が冷めたわけじゃないのだ。

欠点を挙げろと問われても、今日のように相談なく物事を進める自分勝手さと、若干、贅沢好きな点くらいかな。

押し寄せてきたチャンミンという大波に、Bの存在が洗いさらわれた。

俺の中でチャンミンが圧倒的な存在感を放っている。

洗面ボールの縁についた左手。

 

結婚する際、俺たちが決めたこと...結婚指輪はしない。

自由な夫婦でいよう、だなんて気取って交わした決まり事があだとなった。

チャンミンを抱く左手でそれが光っていれば、ストッパーとなってくれただろうに。

寝室のヘッドボード上に、50号の絵画が掲げられている。

2年前、チャンミンを描く数週間前に仕上げたBの絵だ。

あの頃は、まさかチャンミンと不倫関係になるとは、露ほどに想像していなかった。

この作品以来、Bを描いていないし、アトリエを訪れたがるBをあれこれと理由をつけて制していた。

気まぐれに訪れるチャンミンと抱きあっている場面を、Bに目撃されるのだけは避けなければならない。

...Bは気づいているだろうか。

気まぐれに開くパーティ、気まぐれに連れて帰ってきた小型犬、腰まであった髪を先日、ばっさりと切った。

最近では、引っ越しをしたいと言い出した。

彼女は不安なのだ。

開け放ったドアをノックをする音、振り返らなくても誰だか分かる。

 

「...義兄さん」

 

チャンミンだ。

 

「...義兄さん?」

 

「皆がおかしいと思う。

さっさとリビングへ戻るんだ」

 

「僕らは男同士ですよ。

誰も疑いませんよ」

 

「Xが来ているんだぞ?」

 

「それのどこが問題なんですか?

Xさんとはもう...何もありませんよ」

 

チャンミンとX氏の件で、俺がどれだけ振り回され、苦い思いをしたか。

そう言うチャンミンは、じとりと湿った目で、口元だけふっとほころばせた。

俺をからみとるような、執着心を込めた湿った眼だ。

 

「義兄さん...お願いします」

 

チャンミンのお願いが何なのか分かっている俺は、腰に回されたチャンミンの手から逃れる。

 

「僕を抱いてください。

ブレスレットのこと...困らせてすみません。

もうあんなこと、しませんから」

 

「...怒っていないよ」

 

俺の頬はチャンミンの両手で挟まれ、斜めに傾けた顔が近づき、彼の唇で塞がれた。

ビールとつまみで出されたチーズの香りがする。

 

「やめろっ...」

 

俺に突き飛ばされても、チャンミンの腕は俺を逃さない。

18歳のチャンミン...俺の身長をあっさり抜き、華奢だった身体も男らしく逞しさを増している。

力強く腰を引きつけられ、チャンミンの手が俺のボトムスの中に滑り込み、その中身を上下に撫ぜだした。

 

「っ...ふっ...ん...ん...」

 

「よ...よせっ...!」

 

口では「よせ」と言っているのに、慣れしたんだ愛撫に身体は反応し、欲の火が灯る。

チャンミンの指がボタンを外し、ファスナーを引き下ろす。

俺たちのキスは熱を帯びたものになり、互いのボトムスを下にずらす。

 

「...ゴムは?」

 

チャンミンは後ずさりしてゆき、ベッドに到達するやいなや、俺ごと横倒しになった。

 

「...ない、けど、このままで...いいっ...」

 

シーツを汚してしまう。

 

「僕のは...こうすれば」

 

チャンミンは自身のものを、トレーナーの裾で包み込んだ。

 

「義兄さんは...僕の...中で...っ」

 

チャンミンに腕を力いっぱい引っ張られ、彼の上に覆いかぶさる姿勢になった。

俺の昂ぶりはもう、引き返せない。

チャンミンのボトムスを太腿まで下ろし、その箇所にあてがいゆっくりと腰を埋める。

 

「...んん...」

 

強烈な快感に、思わず唸り声が出てしまい、焦って喉奥に飲み込んだ。

楽々と受け入れられるのは、ここへ来る前も繋がっていたからだ。

 

「...っあ...あぁぁ」

 

「声は駄目だ」

 

俺の言葉に、チャンミンはトレーナーの袖口で口を覆った。

マットレスをきしませないよう、奥深くまで埋めたまま揺さぶった。

早く皆の元に戻らないと。

様子を窺いにBがドアを開けるかもしれない。

手首を噛んで喘ぎ声を閉じ込めるチャンミン。

夫婦の寝室で、チャンミンと抱きあうのはこれで2度目だった。

Bを描いた...絵の中でBが微笑んでいた。

俺は今...何をやっているんだ?

妻の弟と、人目を忍んで、ケモノのようなことをしている。

Bも俺の知らないところで、不倫でもなんでもしていてくれたらいいのに。

自身の罪悪を帳消しにするために、妻が浮気のひとつでもしてくれることを望むなんて。

チャンミンを選んだ先、彼との未来を掴むためには、相当な努力が必要だ。

不倫なのだから、当然だ。

罪悪感とスリルに満ちた関係に疲れてきていた。

どちらか一方を手放せば、俺は楽になれるのだろうか?

じゃあ、どちらを手放す?

宣言できる。

俺はチャンミンを愛している。

正直に認める。

Bよりも愛している。

俺がしなくてはならないことは明白だ。

それじゃあ、なぜそうしない?

時間がかかっているだけだ。

不安になったチャンミンは焦れて、駄々っ子になって俺を困らせる。

チャンミンをなだめる。

もう少しだけ待ってくれ、と。

言葉じゃ伝わりきれない時は、今のように肉体を持って慰める。

言い訳に聞こえるだろうが、俺は俺なりに努力はしている。

もうしばらく、待っていて欲しい。

 

(つづく)