義弟(26)

 

~ユノ33歳~

 

チャンミンは屈んで、ローファーの上のものを拾い上げた。

 

「...どうぞ」

 

固い無表情に、女への贈り物...例えば、Bへ...だと、誤解させてしまったと、ひやりとした。

 

包みを受け取った俺は、そのままそれをチャンミンに突き返した。

 

「...?」

 

「今さらだけど、チャンミンへのプレゼントなんだ」

 

「...僕に?」

 

「誕生日プレゼント。

遅すぎるだろ?

チャンミンの誕生日を知って、あの後すぐに用意したんだ」

 

それは、チャンミンとMちゃんの交際を知り、渡せなくなってしまったものだった。

 

姉の夫から、それなりのものを贈られたりしたら、重く感じるだろうと気兼ねした。

 

Bが車内でこれを見つけ、自身への贈り物だと勘違いした。

 

翌日、同じショップに走り、店員が勧めるワンピースを購入し、同じように包んでもらったのだ。

 

Bに対して失礼なことをしているとは、露ほどにも思わなかった。

 

チャンミンは抱えた包みにじぃっと視線を落としていた。

 

うつむき加減の額から鼻先へのラインが、美しいと思った。

 

「...義兄さんが?

僕に...?」

 

そうつぶやいて、再び黙り込んでしまった。

 

「季節外れだし、俺からこんなもの貰っても迷惑だよな」

 

チャンミンの無表情と無言に耐え切れなくなった俺は、彼の手から包みを奪い返そうとした。

 

抵抗の力を感じて、俺の手は止まる。

 

「ありがとうございます」

 

会釈したチャンミンは、肩にひっかけていたディパックにそれを詰め込んでしまった。

 

ちらりと見えた教科書と、包み紙がしわにならないよう丁寧な手つきに、胸が痛んだ。

 

そうなんだよ...この子は、子供だ。

 

この場で開封しないのが、チャンミンらしいと思った。

 

彼の性格をよく知っているわけじゃないのに、俺はそう思った。

 

 

アトリエに到着した俺たち。

 

チャンミンに対する雑念を頭から追い出し、作品制作に頭を切り替える。

 

今日のところは、チャンミンとの関係を進めるつもりは全くなかった。

 

チャンミンにみだらな行為をしてしまった過去は事実としてあるし、なかったことにするつもりもなかったが、今日はそういうタイミングじゃないと思っていた。

 

俺は既婚者で、チャンミンの義兄にあたる。

 

未成年の少年に手を出す趣味もない。

 

そんな俺だが、チャンミンが欲しい。

 

チャンミンと結びたい関係性とは、例えば、恋人...じゃないな、愛人?...にしたい、とも違う。

 

Bと別れて、チャンミンを選ぶとか...全然ピンとこなかった。

 

チャンミンにその意思があるのかを、まずは確かめないと。

 

肉欲だけでは説明のつかない、強烈な欲求が渦巻いている。

 

一目見たときから、惹きつけられていて、欲しくて仕方がないんだ。

 

...結局、身体の関係が欲しいだけなのかもしれないな。

 

浅ましい自分に呆れかえる。

 

チャンミン。

 

お前はいいのか?

 

俺とそうなるつもりはあるのか?

 

関係を結ぶ。

 

ただそれだけで終始する関係かもしれないぞ?

 

はっきり、認めるよ。

 

俺は卑怯だ。

 

美しいお前を自分のものにしたい。

 

キャンバス上の世界に留めておくだけじゃ、足らなくなってきた。

 

どうしようもなく惹かれてしまうんだ。

 

 

俺に背を向けて、チャンミンは制服のシャツのボタンを外している。

 

俺は網ストッキングを手首にひっかけて、チャンミンの着替えを待っていた。

 

無駄な筋肉も脂肪もない、背骨の浮いた背中。

 

スラックスに次いで、下着を脱いだ。

 

細いウエスト、小さな尻。

 

俺の視線に気づいたのか、こちらを振り返った。

 

俺には分かった。

 

チャンミンは『その気』だ。

 

モデルを務めるために、アトリエに来たわけじゃない。

 

その後の行動は素早かった。

 

俺はつかつかとチャンミンに近づき、彼の手首を引き寄せ胸に抱きとめた。

 

俺の早鐘のように打つ心臓の音を聴け。

 

チャンミンの後頭部を、俺の左胸に力づくで押しつけた。

 

「...分かってるだろ?」

 

「...はい」

 

「俺がどうしたいか...分かってるよな?」

 

「...はい」

 

俺の手の下で、頷くチャンミンの頭が小さく上下した。

 

柔らかな髪が俺の顎をくすぐる。

 

「...僕の気持ち...知ってますよね?」

 

「ああ」

 

チャンミンの両手が俺の背に回された。

 

腕の力を緩めると、上目遣いのチャンミンが。

 

いつの間にか目線がほぼ同じ高さになっていた。

 

残念なことに、チャンミンはもう少年を卒業しようとしている。

 

眼の縁を桃色に染め、わずかに開いた唇。

 

以前、チャンミンを襲ってしまった時とは、比べ物にならないほど、放つ性の香りが濃くなっていた。

 

「...義兄さんは、綺麗です」

 

容姿を褒められてもなあ...と思っていたら。

 

「義兄さんなんて...嫌いです」

 

「......」

 

「そして...好きです」

 

「...っ」

 

「義兄さんが...好きです」

 

完全に堕ちた。

 

俺たちのこれから行うであろうことは...間違っている。

 

「好きです」を繰り返すチャンミンの頭を、再びきつくかき抱いた。

 

この時、俺の口からは「好きだ」が出てこなかった。

 

「好き」のひと言では言い表せない複雑なものだったからだ。

 

憑かれたように「好きです」を繰り返すチャンミンを、深く抱きしめた。

 

愛おしいこの生き物を、どうすれば自分のものにできるだろう。

 

この子は妻の弟だ。

 

背徳感に眩暈がする。

 

俺の頬がチャンミンの両手に包まれ、強引に引き落とされた。

 

開いて待ち構えていた唇に、吸い寄せられるように着地して直ぐに舌が絡みつく。

 

「好きです...義兄さん、好きです」

 

 

(つづく)

 

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義弟(25-2)

 

~ユノ33歳~

 

X氏は俺たちのテーブルの上に視線を向けると、満足そうに笑った。

 

「新メニューはどう?

見た目も華やかでいいだろ?」

 

「若い女性はこういうの好きそうですね」と、チャンミンの前に置かれたアラカルト・プレートを褒めた。

 

X氏のもの言いたげな表情に、慌てて俺はチャンミンを紹介する。

 

ところがチャンミンは、X氏と俺を交互に見た直ぐに、そっぽを向いてしまった。

 

そうだろうな、チャンミンはこういう推しの強い人物は苦手そうだから。

 

「へえ。

私はてっきり、ユンホ君の実の弟なんだと思ったよ。

整った顔なんか、そっくりじゃないか!」

 

「そうですかねぇ...似てませんよ。

あ、チャンミンには絵のモデルをやってもらっています」

 

「え?

君は女専門じゃなかったかな?

男も描くようになったのか...そうか...やっぱり、ヌードか?」

 

X氏の好色そうな物言いとにやけ顔に、嫌悪感が表に出ないようにするには努力がいった。

 

「まあ...そんなところです」と、チャンミンの方を窺う。

 

俯いたままのチャンミンの両耳が赤くなっていて、X氏への自分の回答を後悔した。

 

「完成したら見せてくれないか?」

 

「審査会が終わるまでは、ちょっと...」

 

俺は元々、過去作品も含めて制作中の作品をわりと気軽に見せるタイプの作家だった。

 

ところが、X氏には披露したくない意志がなぜか湧いてきて、曖昧な返事で濁した。

 

チャンミンを見るX氏の目がいやらしく感じるのも、しばしば耳にする噂のせいだ。

 

「チャンミン君」

 

「!」

 

X氏に呼ばれたチャンミンは、勢いよく顔を上げた。

 

「ここでバイトしないか?

イケメンがいたら、話題になって繁盛しそうだ。

時給もいいぞ?」

 

「Xさん。

チャンミンは私のモデルなんですから、引き抜かないで下さいよ」

 

俺の言葉に何をそんなに可笑しいのか、ガハハハッと笑い、「あのラフ案は今一つだから、頼むよ」と俺の肩を叩くと去っていった。

 

ほっと一息ついて、向かいのチャンミンに「大丈夫だ」の意を込めて頷いて見せた。

 

余程X氏が嫌いなタイプの人間だったんだろう、青ざめているように見えたから。

 

「義兄さん...」

 

食事の続きに取り掛かっていた俺は、囁き声で呼ばれた。

 

「この後、用事ありますか?」

 

今日のところは、X氏に依頼されていたデザインの練り直しに取り掛かる予定でいた。

 

チャンミンから何かしらの誘いの文句の予感に、「特にないよ」と答えた。

 

「ずっとサボってばかりだったから、もし義兄さんがよければですけど。

今日、モデルします」

 

「え...試験期間とかじゃないの?」

 

「赤点とらなければいいので、試験勉強なんて別にいいんです。

駄目ですか?」

 

「助かるよ。

制作がストップしてたからね。

モデルがいなきゃ描けないから」

 

実際はモデルがいなくても、ある程度は想像で描けてしまうのだ。

 

ところが今回の作品に関しては、想像力で補うとたぎる想いが溢れそうになって、作品の本質から外れてしまいそうで、続きを描けずにいたのだ。

 

来年の展覧会に間に合うか、間に合わないかの瀬戸際にきていた。

 

俺の答えを聞くなり、チャンミンは立ち上がった。

 

席を離れると俺を急かすように、振り向いた。

 

むすりとした無表情の反面、切羽詰まったようなチャンミンの眼の色に、俺はたじろいだのだった。

 

 

チャンミンを乗せるため、助手席に積み上げてあった荷物を後部座席に移す。

 

展覧会のパンフレット、丸めたラフ画、空になったペットボトル、クリーニング店に出しそびれている冬物。

 

「意外ですね。

アトリエは整理整頓しているのに」

 

チャンミンはぷっと吹き出した。

 

笑みを浮かべると、年相応の幼い顔になる。

 

「そうなんだ。

几帳面な俺と、ガサツで大胆な俺がいるんだ。

しょっちゅうBに...」

 

口に出してしまってから、「しまった」と思った。

 

チャンミンの姉の名前を出すことに、後ろめたさを感じてしまうはやはり、チャンミンのことをそういう対象で見ている証拠だ。

 

チャンミンの方を振り返れず、荷物を片付けに戻る。

 

シートの足元に押し込まれていた紙袋を引っ張り出した時、

 

「あ!」

 

腕に抱えた紙袋から中身が滑り落ちて、チャンミンの黒のローファーの上に落下してしまった。

 

それは、艶やかなネイビーブルーのリボンで美しくラッピングされた包み。

 

「これ...?」

 

それは、渡しそびれていた、チャンミンへの誕生日プレゼントだった。

 

 

(つづく)

 

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義弟(25-1)

 

 

~ユノ33歳~

 

「義兄さん、少し痩せましたか?」

 

チャンミンの肘をつかんだ俺の手の甲に、彼の指がかかったままだった。

 

節の目立つ指に、「やっぱり男の手なんだよな」と思ってしまって、「やっぱり」ってどういう意味だ?と、自問した。

 

「僕たち、通行人の邪魔になっているみたいです」

 

歩道の真ん中で突っ立ったままの俺たちだったから、チャンミンの腕を引いて脇に寄る。

 

「チャンミン、この辺に用事でも?」

 

この通りは、チャンミンの自宅とは正反対に位置しているから、疑問に思って尋ねてみた。

 

「それは...」と、チャンミンは一瞬言いよどんで、

 

「書店に行きたかったし、それから...。

ずっとモデルをサボっていたから、義兄さんに謝ろうと思って。

アトリエに顔を出そうと思ってて...」

 

この通りを数百メートル行ったところに、俺のアトリエがある。

 

チャンミンの言葉に喜んでいた。

 

よかった、嫌われていたわけじゃなかったわけだ、と。

 

「立ち話もなんだから、店に入ろうか?

ちょうど昼飯をとっていたところなんだ。

チャンミンも何か食べていかないか?」

 

「でも...」

 

握った手の下で、チャンミンの腕が引き締まった。

 

「無理なら、いいさ。

本屋に行くんだったよな?」

 

昼間の外出先で、チャンミンと差し向かいでお茶でもするなんて、したことがなかったから。

 

チャンミンと話がしたかった。

 

1か月前のことをなかったことにするつもりはなかった。

 

チャンミンを呼び止め、振り向いた彼を見た時、「この子が、好きだ」と確信したから。

 

身体の欲求に誘われるまま、手順を無視して急接近し過ぎた。

 

理性が邪魔をして、行為を途中で止めてしまい、チャンミンに恥をかかせるような真似をしてしまった。

アトリエまで会いに来ようとしてくれ

た気持ちが嬉しすぎて、引き留めたかった。

 

「僕は構いません。

義兄さんと話をしたかったので...」

 

「よかった」

 

俺に先立ってカフェへ向かうチャンミンの後ろ姿が...細身のスラックスに包まれた腰が、丸みを帯びているように見えてしまう。

 

一度そういう関係になりかけた現在、視線の質まで変わってしまうらしい。

 

やれやれ、重症だなぁ、と心中で嘲笑した。

 

 

席にバッグを置いたまま突然店を飛び出していったため、カフェスタッフはテーブルの皿を片付けてよいものやら迷っていたらしい。

 

彼らに謝り、チャンミンのオーダーを伝えて、俺たちは席についた。

 

「髪...切ったんだ?」

 

「はい」

 

前の方が似合っていたのに、と言うのは止めた。

 

耳にかけられるほど長かった前髪が、眉上までの長さになり、チャンミンの凛々しい眉が露わになっていた。

 

一か月前までは確かにあった、中性的な儚い美しさが薄れてしまったことが残念だった。

 

だとしても、チャンミンは圧倒的に美しかった。

 

わずか一か月でこうまで変わるものかと驚くほど、色気が感じられた。

 

「義兄さん?」

 

無言で見惚れる俺に居心地が悪くなったのか、テーブルに置いた手にチャンミンの指が触れた。

 

通りでもそうだったが、チャンミンの指が触れるだけで、妙に反応してしまうのだ。

 

一か月前なんか、チャンミンの口内を舐めまわし、敏感なところを愛撫したくらいなのに。

 

思い出して下半身に血流が集まる感覚を覚えて、俺は慌てる。

 

制服姿のチャンミンに色気を感じてしまうのは、前回のことがあるせいだと結論付けた。

 

俺もとうとう、ここまできたか、と。

「絵の中のチャンミンは前髪が長いからな

想像力で補って書くよ」

 

「すみません。

また伸ばしますから...」

 

「冗談だよ。

今の髪型もよく似合ってる」

 

チャンミンは、照れくさそうに微笑んで、視線をテーブルに落とした。

 

アイスコーヒーのストローを、指先で弄ぶチャンミンの細い指に釘付けになる。

 

「そう...ですか」

 

はにかんでいたチャンミンの表情が、突然びくりと強張った。

 

ん?と思った直後に、俺を呼ぶ太く低い声が背後から発せられて、振り向いた。

 

声の持ち主はオーナーのX氏だった。

 

 

(つづく)

 

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義弟(24)

 

~チャンミン16歳~

 

 

Mが紹介してくれたのは40代半ばの男で、Mが付き合っている今彼の知人。

義兄さんがデザインを手がけたカフェのオーナーという彼...X氏...は、男でも女でもどちらでもイケる口とのこと。

既婚者で僕と同年代の子供がいるのに、後腐れのない『そういう関係』をあちこちに結んでいる遊び人だ。

X氏の車に乗り込んだ時、ガチガチになっている僕の緊張をほぐそうと、笑いを誘う話題を振ってくれた。

義兄さんの仕事関係の人だから、得体の知れない人物ではないはずだ。

だから、大丈夫。

どういう説明をMから受けていたのか分からないけど、X氏は僕の事情を追求することはなかったし、遊びのひとつだと捉えているみたいだったから、その点は気が楽だった。

車の中で、遠慮なく身体をまさぐられてたらどうしよう、という心配も不要だった。

身なりもきちんとしているし、手首に巻かれた腕時計もきっと高級品で、ハンドルを握る指の爪も綺麗に整えられていた。

 

(絵筆を持つ義兄さんを見つめ続けるうちに、人の指先に注意が向くようになっていたんだ)

 

カーウィンドウの外を流れ去る風景を、見るともなく眺めながら、「僕は一体、何をしようとしてるんだろう」と、自分の思いつきに愕然としてみたりして...。

X氏の野太い声は心地よく耳に響いた。

義兄さんに逢いたかった。

でも、今は未だその時じゃない。

翌日は休日で、この日学校から帰宅するとすぐ私服に着替えた。

夕飯について質問してきた母親に(塩味か味噌味か、どちらがいい?というもの)、友人の家に泊まりにいく旨を伝えた。

 

「友達って学校の?

あなたばっかり泊りに行って、向こうのご家族は迷惑じゃないの?」

 

母親がそう心配するのは当然のことだから、僕は「友達んちは両親がいないんだ」と適当なことをでっち上げた。

 

「あら...」と気の毒そうにする母親に、僕はしまったと思い、「そういう意味じゃなくて、両親とも夜は仕事でいないんだ」と、取り繕った。

 

自宅に呼んで呼ばれての、親しい友人なんて僕には一人もいない。

休み時間や選択教室へ向かう廊下で、雑談に講じる程度の級友がいるくらい。

僕の頭の中は、義兄さんのことでいっぱいだったし、義兄さんの存在を知らずにいる彼らがガキくさかった。

「一緒に食べなさい」と、母親におかずを詰めたタッパーを持たされ、「余計なお世話だ」と突き返せるほどの反抗心もない僕は、素直に受け取った。

さすがにこれを持ったまま、約束の場に行くわけにはいかない。

母親に見送られて玄関を出てすぐ、庭にまわり、サンルームの床下にそれを隠した。

待ち合わせ場所の例のカフェへは、早く到着し過ぎてしまい、飲めもしないエスプレッソを前にそわそわとしていた。

手の中にあるスマホを見つめながら、義兄さんの声が聞きたい、と、彼のアドレスを表示させた画面で、通話ボタンを押すか押すまいか迷っていた。

 

でも、今じゃない。

 

義兄さんから届いたこれまでのメールの文面を、ひとつひとつ読み返していると、ポンと肩に乗った手。

不意打ちだったから、X氏を見上げた時の僕は間抜けな顔をしていたと思う。

「食事をしていく?」の問いかけに、僕は首を横に振る。

お腹なんて全然空いていなかった。

自分が決めたことだし、覚悟は決めていたけれど、やっぱり怖気付いてしまう。

僕の不安なんて、X氏には手に取るように分かるんだろう。

 

「ユンホ君の奥さんの弟さんだって?」

 

「はい」

 

「世間は狭いなぁ」と言って、X氏は笑った。

 

X氏は縦にも横にも大きい人で、大らかな人柄っぽく見せてるけど、ぎょろりとした眼は鋭く観察するものだった。

多分、大丈夫...この人に任せていれば大丈夫。

ドキドキする胸を押さえて、内心で言い聞かせていたら、

 

「安心しなさい。

私に任せて、リラックスしていればいい」

と、僕の気持ちを見透かしているから、さすがだなぁ、と感心してしまった。

 

 

「あのっ...キスは...ダメです」

 

唇を寄せてきたX氏から顔を背けて言った。

 

「唇は好きな人のためにとっておきたい、わけね。

いいねぇ、若いなぁ」

 

大きな手...義兄さんの手よりも大きく分厚い...が、僕の裸の胸に押し当てられた。

 

「ドキドキしているね。

大丈夫?

今なら引き返せるよ?」

 

「...大丈夫です」

 

いよいよ始まるのだな、と深呼吸する。

そんな僕を見て、X氏は「ガハハハッ」と大きな声で笑うから、僕はビクッとしてしまう。

 

「君みたいな綺麗な子を前にすると、まるで犯罪者の気持ちになるよ」

 

「!」

 

「会った今日すぐに出来るわけないだろう?」

 

「え...?」

 

「君は本当に『何も知らない』んだなぁ。

可愛いね」

 

おいで、とベッドの上に手を引かれて、X氏に言われるままの姿勢になった。

ベッドの上で四つん這いになった僕の真横に、X氏は腰掛けた。

肩を上から押されて、X氏の方へお尻を突き出す姿勢にされた。

膝が震えているのが、自分でもよく分かる。

 

「大丈夫だから、リラックスして」

 

「でもっ...!」

 

「力を入れたままだと、痛いよ?」

 

「っひっ...!」

 

お尻にとろりとぬるいものが。

 

「最初は変な感じがするかもしれないが、我慢してるんだよ?」

 

「...はいっ」

 

僕の穴の周囲を、X氏の指が円を描く。

 

「...う...あっ...」

 

「息を吐いて...そうそう...いい子だ」

 

X氏の指が完全に僕の中に埋められた時、声にならない掠れた悲鳴を喉の奥で殺した。

 

 

「私の方も、気持ち良くさせてくれないかね?」

 

目の前に突き出されたモノに一瞬、たじろいだ。

嫌悪感に襲われたけれど、男を相手にするのはこういうことなんだ、と自分に言い聞かせた。

義兄さんのモノも、こんなに大きいのかな。

顔を背けたくなるのを必死でこらえて、咥え込んだ。

さんざん鑑賞したAVや、Mがしてくれた行為を思い出しながら、舌をつかった。

今の僕は、義兄さんを気持ち良くしてあげているんだ。

 

 

別れ際、X氏に握らされたものの正体が分からず首を傾げていると、彼は僕の耳元で囁いた。

 

「私からの贈り物だ。

次までに慣らしておくんだ、いいね?」

 

自宅前まで送り届けられたのはいいけれど、時刻は23:00。

早寝の両親はもう就寝した後で、見上げた窓はどれも真っ暗だ。

母親には泊まってくると出かけたのに、日付が変わる前に帰宅したら変に思うだろうな。

Mの説明通りX氏は、“そういうコト”だけしてお終い、の人のようだった。

てっきり一泊するものだと、思い込んでいた自分が恥ずかしい。

どうしようかな...。

義兄さんの顔がまた浮かんだ。

今からアトリエに行くには時刻は遅いし、もう帰宅しているに決まっている。

義兄さんが帰る場所...姉さんと暮らすマンション。

義兄さんの顔が見たかった。

今頃、義兄さんは姉さんとヤッているんだと想像すると、胸がギシギシ痛んだ。

落ち着け。

姉さんなんかとより、僕との方が断然よくなるから。

サンルームの下から母親に持たされたものを回収し、物音を立てないように家の中に忍び込んだ。

タッパーの中身を無闇に捨てるなんてことは、僕にはできない。

自分がひどくお腹を空かせていたことを思い出した。

あっという間に中身を平らげてしまった自分が誇らしかった。

X氏とのことなんて、取るに足らない事...僕は平気だ。

平気だ。

 

 

例のカフェの前で、義兄さんに呼び止められた日までに、僕はX氏と4回関係を持った。

自分でも慣らしていたけれど、いざコトに及ぶとなると難しくて。

怖がり痛がる僕を案じたX氏は、膝の上に僕をまたがらせて、時間をかけて慣らしてくれた。

X氏のものを受け入れられるようになったのは、3回目のときだ。

深く差し込んだまま、腰を前後左右に揺さぶられると、下腹の底からはじける快感の強さに悲鳴があがる。

ひんひんと喘ぐ僕の姿にたまらなくなったのか、キスしようとしたX氏の顎を押しのけた。

 

「駄目っ...駄目です」と。

 

身体の奥底がぞくぞくと痺れるこの感覚...。

 

「君は女みたいに柔らかい関節をしているね」

 

膝が床につくほど身体を折りたたまれて攻められていた時、X氏はこう言った。

 

「素質があるね」

 

「...あっ...あ...素質...って...?」

 

「『受け』の素質。

君の身体は、女みたいだ」

 

よかった、と思った。

X氏は僕を抱きかかえて立ち上がり、僕の背を壁に押しつけた。

X氏の首に両腕を、腰に両足首を巻きつけてしがみつく。

僕は目をつむり、義兄さんを想う。

僕は今、義兄さんに貫かれている。

 

「いいね。

締め付けてきている」

 

あそこが熱を帯びて、じんと痛い。

少しだけ義兄さんに近づけた気がして、僕は幸せだった。

これでよかったんだ。

僕が決めたことだ。

後悔はしていない。

 

(つづく)

義弟(23)

 

~チャンミン16歳~

 

 

「経験してみたいんだ」

 

Mに相談した。

 

「『経験』って...もしかして...?」

 

僕は大きく頷いた。

 

「チャンミン、必死過ぎ!

そんなことしても、ユノさんは喜ばないよ」と、怒った。

 

「黙っていればいい。

僕の身体をどうするかは、Mちゃんに関係ないよ」

 

そう言ったら、Mは傷ついたような表情をした。

 

ストレッチ素材の薄いカットソーが、Mの大きな胸を強調していた。

 

先程まで彼女の胸を揉んでいたこの手が、義兄さんのアソコに触れたくて仕方がないのだ。

 

義兄さんの指であっさり昇天してしまった自分は、幼稚だった。

 

次は僕の指で、義兄さんを昇天させたい。

 

義兄さんに滅茶苦茶にされたい思いと、義兄さんを滅茶滅茶に悦ばせたい思い。

 

それから、僕ばっかり夢中でいるのは愉快じゃない。

 

だって、こんなに若くて綺麗な子が身を任せようとしていたんだよ。

 

あんなに盛り上がっていたのに、寸止めできるなんて、ずいぶんと余裕があるもんだな、って、すごく悔しかった。

 

「関係がないって...チャンミンって口が悪いのね」

 

「ごめん」

 

僕らはわりと何でも打ち明けあえる仲ではあるけど、身体を合わせている今この瞬間、思い浮かべているのは別の人。

 

僕はMと繋がりながら義兄さんを想い、Mの方も義兄さん、もしくは別の彼氏のことを想っているのだろう。

 

「心配してくれてありがとう。

ちゃんと考えた末のことだから。

Mちゃんだって好きな人がいても、セックスは別口だろ?」

 

「別口って...ひどいわね!」

 

Mはさっきよりも顔をゆがめた。

 

「心と身体は切り離せられないものよ。

私は同時進行派なだけ。

心と身体はセットよ。

チャンミンの場合は、心はユノさん、身体は誰か別な人のつもりでしょ?」

 

「違う。

今のままじゃ、義兄さんへの想いが強くなりすぎて処理できないんだ。

熱を逃そうかな、って思ったんだ」

 

「だからって、別な人とヤルだなんて...。

まだ高校生でしょ?

身体張りすぎ!」

 

「それだけじゃなくて...経験しておいた方がいいと思うんだ」

 

「ユノさんと経験すればいいでしょう?」

 

「...多分だけど...義兄さんも経験がないと思う。

姉さんと結婚してるし...そういう趣味がある人じゃないんだ」

 

Mを納得させるには、筋の通った説明ができないといけない。

 

「僕と初めてする時、義兄さんが手こずる姿は見たくない。

だから...せめて僕だけでも慣れていたいんだ」

 

「...チャンミン」

 

「僕は、セックスに“向いてない”んだろう?」

 

「そう言ったかも。

でも、そんなに深刻に受けとられてしまったなんて...罪悪感」

 

「ううん。

Mちゃんの言葉で、霧が晴れたみたいなんだ。

それなら、“向いている”ことをすればいいんだろ?」

 

僕の顔をあっけにとられた風に見ていたMは、しばらくの間無言だった。

 

『ユノさん、盗られちゃうよ』の言葉を受けて、僕が考えた結果がこれだった。

 

Mはため息をつくと、ベッドの下に転がったスマホを拾い上げて操作をする。

 

「...相手は誰でもいいの?」

 

「変な奴じゃなければ」

 

「結婚している人の方がいいよね。

本気になられても困るでしょ?」

 

「うん」

 

「チャンミンは綺麗で、カッコいいからねぇ」

 

スマホに視線を落としたMのまつ毛が長かった。

 

そういうツテがあるMはすごい。

 

Mの恋愛は縦割りで、同時進行ができる。

 

僕の恋情はただ一人に向けられていて、悲しいことに思い通りにいかない。

 

だから、少しでも近づけるように、自分を磨かないといけないんだ。

 

義兄さんとの初めてのキス以来、どんな顔をして会えばいいか分からなくて、モデルのバイトを2回すっぽかした。

 

行けない理由も、リアルっぽい内容にしてみたけれど、そんなの嘘だとバレているだろうな。

 

次に会う時まで、僕は変わっていないといけない。

 

僕と...男と...抱きあうことなんて、大したことないんだよ、って義兄さんの重荷を軽くしてあげないと。

 

 

(つづく)

 

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