(10)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「誘いの全てを跳ね退けてしまったら、ユノの交友関係にヒビを入れてしまう可能性があるなぁ、って思ったんだ。

『断りなさい!』と強制できない。

だってお前...友達とワイワイやるのも好きな方だろ?」

 

「う...ん。

まあな」

 

社交的なユノは、友人知人は多い方だった(自宅にまで上がり込んで、共に冷やし中華を調理するまでの仲はまるちゃんだけだが...)

 

まるちゃんの指摘通り、チャンミンに夢中になって以来、友人たちとの付き合いが二の次になっていた。

 

大学バイトチャンミン、バイトチャンミン大学、チャンミン大学バイト...この3つを行き来するだけの生活が、数カ月続いている。

 

友人からの誘いを断り続けるものだから、「付き合いが悪い」と文句を言われっぱなしだった。

 

花火大会という名の合コンについても「たまには顔を出してやらないと」と、放置してきた野郎友だちへの罪滅ぼしの意味もあった。

 

軽はずみにホイホイと参加したわけではないのだ。

 

まるちゃんが卵焼きを短冊切りする隣で、ユノは中華麺を皿に盛りつけた。

 

「それってさ、『恋人と友人、どっちが大事?』って話じゃねぇの?

ほら。

彼女がさ、男友達と遊んでばっかの彼氏に問い詰める典型的なやつさ。

『せんせと友だち、どっちを大事?』ってことを、まるちゃんは問題にしてるのか?」

 

「違う」

「違う?」

 

2人は冷やし中華をコタツに運ぶと、「いただきます」と手を合わせた。

 

ずるずると麺をすする音がしばらく続いた。

 

「まるちゃんの言いたいこと、俺には理解できん。

恋人の方を優先しろ、っていう話じゃねぇの?」

 

「違う。

デキる男とは、そのどちらでもない。

3つ目の選択肢があるわけさ」

 

ユノはまるちゃんの皿からキュウリを奪っては口に運んだ。

 

「その3つ目って何なのさ?」

 

「恋人も友人も両方大事にするんだ。

...その両方ともいない俺が言うのもなんだが」

 

「え~。

俺って『友人』じゃないんだ?」

 

「ユノは親友」

 

照れもせず、さらっと言うまるちゃん。

 

「どうも」

 

ユノも平然としている。

 

「友人関係重視でいくか恋人関係重視でいくのか...どちらに重心を置くべきかを決めることではないってこと。

友だちと一緒に遊べばいいし、恋人と会いまくるのもよし」

 

まるちゃんは皿の底に残った麺をきれいにさらった。

 

「両方の誘いに全部応えるってこと?

両方にいい顔しろってこと?

それが『いい男』?

どこが?」

 

(人付き合いの仕方が、せんせと出逢う前の俺と変わらないじゃないか)

 

ユノは複雑な表情をしている。

 

予定が空いていれば広く浅く、男女問わず誘いにのってきたユノだったからだ。

 

「これまでのユノでいいんだよ」

 

「?」

 

「『これまで』って言うのは、先生と会う前のユノのことだぞ。

ユノはいろんな奴らとそれなりに付き合ってきたじゃん」

 

「まあね」

 

「ユノは無理してる感じはないし、俺はいつも感心してたんだ。

バランスとるのがうまいんだよ。

多分、先約があった時、うまいこと断ってたと思うんだ。

そうじゃね?」

 

ユノはチャンミンを知る前の交友関係を思い出してみた。

 

相手が嫌な思いをしないよう、上手に断り、上手に嘘をつき、上手に代替案を挙げて、人間関係を壊さずにこられた。

 

チャンミンと出逢ってから、ユノの行動パターンが変わったのだ。

 

「もともとバランスよかったのに、先生を知って以来ユノのバランス感覚はガタガタだ。

先生が一番大事。

でも、友だち付き合いもそろそろ、見直さなきゃならない」

 

「そうだな...。

半年近く、せんせだけに意識を向けていた。

例の花火大会に誘われた時、友達の存在を思い出してさ。

女の子がいるから嫌だったけど、『友達付き合いも復活せんと駄目だ』って思ってさ」

 

「一方的に責めてしまって悪かった」

 

まるちゃんが洗って濯いだ食器を、ユノはフキンで拭いてシンク下に収納した。

 

「謝らなくていいさ」

 

ユノはモテる男だが、恋愛の達人とまでは言えなかった。

 

まるちゃんは「同性との恋愛は初というから、高度なバランス感覚をユノに求めるのは早計なんだけど...」と思った。

 

「先生を裏切るようなことはしたらいけない。

でも、どーしても断れない誘いもある。

その誘いが先生には内緒にした方がいいような内容だった時、どうすればいい?」

 

ユノは昨日の花火大会と、迎えに来たチャンミンの笑顔を思い出した。

 

「『内緒ごとは徹底的に隠し通せ』ってことか?」

 

「そういうこと。

追加すると、嘘がバレそうになった時に備えて、フォローする嘘も用意しておけよ、ってこと。

先生を傷つけないために、うまいこと立ち回れるような『デキる男』にならないとあかん、ってことさ」

 

滔々と話すまるちゃんを、ユノは「あのさ~」と遮った。

 

「まるちゃんが言ってること、めっちゃ当たり前の話じゃね?

俺だって知ってるさ」

 

まるちゃんは、「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「当たり前なことが難しいんだよ。

無防備にほいほいと出掛けやがって。

今回のことだって先生が気付かなくて幸いだったな。

いつどこでバレるか分からないんだぞ?

ちゃんと言い訳を...先生を傷つけない言い訳を考えておけよ」

 

 

(つづく)

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(9)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

「ユノの話を聞いてて、『先生はわりと重めの恋愛をするんじゃないか』って思ったんだ。

俺は先生の性格は知らんけど、普通に考えて条件が悪すぎだろ」

 

「条件?」

 

「君たちの恋だよ。

...ねみぃ...ふあぁぁぁ」

 

まるちゃんはパキポキ音をたてて首を左右に倒し、目頭を揉んだ。

 

「昨夜、寝てないんだろ?

まだ“彼女”を落とせてないんだ~。

ずっと粘ってたんじゃなかったけ?」

 

突如、話題が変わり2人の間に『彼女』ワードが飛び出した。

 

「“あの子”はガードが固くってさ~。

プレゼントも受け取ってくれないし、誘っても断ってばかり」

 

これはリアルの話ではなく、まるちゃんが只今夢中になっているギャルゲーの話である。

 

「でさ、俺、ゾッとしたんだけど」

 

まるちゃんはハーフパンツを捲し上げ、ぼりぼりと太ももをかいた(開けっ放しの窓から侵入した蚊に刺されたらしい)

 

「その子がサイコ女子だったとか?」と、ユノは訊ねた。

 

「いや。

あのゲームでは恋のバディが付いてて、ユーザーは彼からアドバイスをもらったり、会話をすることでシミュレーションをしながら進行してゆくんだ。

家庭教師設定で、課金するほど、有益な情報を流してくれるんだ

でさ...恐ろしいことに、どうも恋のバディが俺のことを好きっぽいんだ」

 

「ゲームのくせに凝ってんなぁ...。

え?

『彼』って言った?

バディって男なんだ!?

最近、アップデートあったのか?

BLエピソードが加わったとか...?」

 

「やめてくれ~!

俺には男の趣味はない!」

 

心底不快そうに歪めていたまるちゃんの表情が、「ん?」と真顔に変わり、ユノをまじまじと見た。

 

「......」

「な、なんだよ?」

 

「ユノが『ビーエル』って単語を知ってるとは...驚きだ」

 

「うるせー」と、ユノはぷいっと顔を背けた。

 

ユノは気まずくなって、Tシャツの袖を肩の上まで捲し上げ、引き締まった二の腕をゴシゴシ擦った。

 

「だって...俺とせんせがBLじゃん。

男と男が付き合ってるじゃん。

どんなものなのか気になっちゃって、俺なりに調べたんだ。

行きついた先が、BLだったんだ。

...漫画だけどな!」

 

「リアル恋愛はBLみたいにいかないんじゃないの?

女性的っていうの?

登場人物の心情が細やかなんだ。

ファンタジーなんだよ、BLってのは」

 

「まるちゃん...詳しいな」

 

「BLくらい常識だよ、俺らの界隈では(注:そう言いきれるものではないが)

リアルなBLはもっと、分かりやすいものじゃないかな...分からんけど。

ゲームん中で、メンズ・バディに言い寄られてる状況に置かれて、俺は気づいたんだよ。

俺って今まさに、リアルBLに立ち合ってるんじゃね?って。

リアルBLはどんなもんなのかは、ユノと先生を見学していればいっか!

すげぇよなぁ...」

 

「俺らは見世物じゃねぇーし。

それから、俺とせんせの話が途中だぞ。

せんせが重めの恋をしがち、ってことの何が問題なんだ?」

 

ユノとまるちゃんの会話はいつも、寄り道ばかりでなかなか本題に入れずにいた。

 

「話が反れたのは、ユノのせいじゃん。

あっちぃ...」

 

まるちゃんは首に引っかけた手ぬぐいで、流れ落ちる汗を拭いた。

「『なぜ女子がらみのことを控えなきゃいけないのか』ってことだ。

先生がいつ、ユノに本気を出し始めたかは知らんけど、先生は葛藤したと思うんだ。

先生と生徒の関係、12歳差、ゲイとノンケ...躊躇するよなぁ。

ユノに本気を出していいのかどうか。

ユノがどこまで本気なのか分からん。

お前は『好き好き』言ってればいいけどさ、先生の立場を考えると、ほいほい乗れないぞ?」

 

「...分かってるよ」

 

チャンミンと衝突した夜、ユノはまるちゃんと同じ考えに至ったのだ。

 

(せんせは無邪気に『好き好き』いう俺のことが怖かったんだ。

せんせが何に恐れているのか推し量りもしなかった)

 

「ユノと恋愛しようと心に決めた先生の気持ちはガチだぞ」

 

「...分かってる。

学校やバイト先にいる女子と付き合うのとは、訳が違うってことくらい分かってるよ。

あ~、俺って馬鹿!」

 

ユノはわしゃわしゃと髪をかきむしった。

 

「せんせは勇気を出して、俺と付き合うって決めてくれたんだ。

その気持ちをちゃんと分かってやれよ、って言いたいんだろ?」

 

「そ」

 

恋人に内緒で合コン...よく聞く話だ。

 

昨夜の一件は合コンではないが合コンのようなもの。

 

恋人がチャンミンであるなら特に、1対1じゃなくてもれっきとした裏切り行為だった。

 

昨夜、チャンミンがユノを迎えに来た時の表情を思い出した。

 

ユノを見つけた時に見せた表情を思い出した。

 

(俺がついさっきまで浴衣女子といたことを せんせは知らない。

『ユノさん』って、すっげぇ可愛い笑顔だった。

花火の音を聞かれて、後ろめたい気持ちがかすめた。

俺はせんせに対して、誠実じゃなかった...!)

 

「せんせはすげぇ覚悟を持って俺と付き合うことにしたんだから、その決意を尊重してやりなさいよ。

年下のノンケを恋人に持つ不安感を理解してやりなさいよ。

...そういうことだろ?」

 

「分かってるじゃん」

 

「あのな~、俺にだって恋愛経験はそれなりにあるんだぞ?」

 

「ふん」

 

まるちゃんは鼻で笑い、「どれもパッとしなかったくせにさ」と言った。

 

まるちゃんの言う通りだった。

 

ユノはごろんと床に寝っ転がった(まるちゃん宅は万年コタツの癖に、夏場はイグサの敷物に交換するという細やかさがあった。引きこもりの為、居心地よい室内空間を心がけているのである)

 

ユノは「わーってるよ...わーてる...分かってる...」とつぶやいた。

 

(せんせと付き合えたことに有頂天になってて、せんせの立場になって考えてみることを怠っていたかも)

 

ユノの腹が「ぐぐ~」と鳴った。

 

「腹減ったな。

友の為に冷やし中華を作ってあげようではないか」

 

まるちゃんは台所に立つと、湯を沸かし始めた。

 

「俺も手伝うよ」

 

ユノはその隣でキュウリを刻み始めた。

 

昼食の用意をしながら2人の会話は続く。

 

「ユノよ。

デキる男の条件とは何だと思う?」

 

「いい男?」

 

「ユノが合コンに行った件に話は戻るんだけどさ」

 

「もういいじゃんかよ~。

十分反省したし」

 

まるちゃんは卵を溶きはじめ、ユノは沸かした湯に中華麺を投入した。

 

まるちゃんは、キュウリをつまみ食いしようとするユノの手を、「しっしっ」と払いのけた。

 

「俺の話を聞きたまえ。

ユノは女がらみの誘いを断れないからって、ほいほいのっただろ?

きっぱり断るべきだったのをな」

 

「まるちゃん、しつこい」

 

卵が焼けるいい匂いが、狭い台所に漂い始めた。

 

ユノは湯がいた中華麺をザルにあげ、流水にさらした。

 

もくもくと白い湯気が、台所から部屋へと立ち昇った。

 

「ところがだ。

『きっぱり断る』ってのもよし悪しなんだ」

 

「悪しって...断るのが正解だったんだろ?」

 

今後、その手の誘いがあったら全て断ろうと心に決めていたユノだったから、まるちゃんの言葉には混乱してしまった。

 

(つづく)

 

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(8)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

翌日。

 

ユノはまるちゃん宅を訪れていた。

 

暑さに耐えかねた2人は肌の露出多めの恰好になり、涼を求めてアイスキャンディーを舐めていた。

 

ちなみに、この2人にBL要素は皆無である。

 

そのアイスキャンディーは歯が折れそうなほど固く、まるちゃんは口内と舌の体温で溶かしつつ時間をかけて、一方ユノは頑丈で真っ白な前歯でかじりついていた。

 

ユノは何の目的をもってここに居るのか。

 

ヲタ活助っ人のためまるちゃんに呼び出されたこともあるが、本命はアレだ。

 

その相談ごとに移る前に、ユノは『今夜、会いませんか?』と初めてチャンミンから誘われたことを惚気た。

 

「でさ、せんせの邪魔をしたらアカンと思って、電話を切ったんだ。

そしたら、直ぐにせんせから電話があって、『忘れ物をした』って言うんだ。

電話で喋ってたのに、忘れ物って何だ?って思うよな?」

 

「へーへー」

 

アイスキャンディーを食べ終えたまるちゃんは、万年コタツに置いたノートPCのディスプレイを睨みつけている。

 

「...あと5分だ。

お前も構えていろよ」

 

「そうだったな」

 

ユノはスマホを操作し、指定のサイトにアクセスした。

 

今日はまるちゃんの推しのキャラクターの7周年記念グッズ発売日だった。

 

(大人気キャラクター、かつ個数限定。

争奪戦間違いなし。

あらかじめログインを済ませておき、発売開始と共にカートに入れる。

アクセスが集中して接続できなくなる前に、決済画面までたどり着きたい。

まるちゃんは当選確率を上げるための要員として、ユノに協力を仰いだのだった)

 

この時のまるちゃんの鋭い眼光といったら!

 

睨まれたら石になるかもしれない。

 

引きこもりでぼんやり暮らしているまるちゃんも、推しごととなると目付きが変わる。

 

その後、ユノのID(無理やり取得させられた)の注文も成功し、まるちゃんはホクホク顔だ。

 

「アイスティでも飲むか?」

「いいね!」

 

まるちゃんは冷蔵庫からアイスティの入ったピッチャーと、食器かごからグラスを2つ取ってユノに手渡した。

 

ユノはガムシロップを3つ入れたアイスティを一気飲みする。

 

「ぷは~、うまいねぇ」

 

「さっきの話の続き。

『忘れ物』って、何だったんだ?」

 

まるちゃんに促され、注文作業の為中断していたユノの惚気話が再開された。

 

「俺を誘うことを『忘れてた』ってことだよ。

『忘れ物』って言っちゃうあたり、大人だよな~」

 

「俺には『キザ』としか思えんけど?」

 

「せんせの悪口は許さん。

せんせはね、ロマンティストなんだって」

 

「あ~。

分かる気がする。

恋人のために一生懸命になっちゃうタイプ」

 

まるちゃんはつい先月、レンタルDVDショップで声をかけてきたチャンミンを思い出して言った。

 

(ユノのバッグを胸で抱きしめちゃったりしてさ)

 

まるちゃんは、ユノの空になったグラスにお代わりを注ぎ足しながら、話の続きを続けるよう目頭で合図した。

 

「仕事帰りのせんせの車に乗って、1時間ほどドライブしたのさ。

どこかに寄るでもなし、ずーっと喋ってた」

 

「ふ~ん」

 

まるちゃんは髭の伸びかけた顎をさすり、「今日こそ髭を剃らねば」と面倒くさいリストに『髭剃り』を加えた。

 

「花火大会で通行止めになってて 花火帰りの人たちで道は大混雑。

全然、前に進まなくて...」

 

「花火大会なんて、あったっけ?」

 

「×〇川のとこのやつ。

夜店が充実しててデートスポットで有名なとこ」

と、ユノは説明したが、外界のイベントごとはまるちゃんの興味の対象外だ。

 

「×〇川って、超遠いとこじゃん。

渋滞するって分かっててそこまで向かったのか?」

 

「車で行くわけないじゃん。

俺がその辺にいたから、仕事帰りのせんせが迎えに来てくれたんだ。

花火は終わってるし、駐車場もなかったから...」

 

「お前、花火観に行ってたわけ?

デートスポットに『1人』でか?

せんせは仕事だったんだろ?」

 

「グループデートに付き合わされていたんだ。

頭数合わせだけどな」

 

マウスをカチカチさせていたまるちゃんの指がピタっと止まった。

 

「...デート?」

 

「グループデート。

4対4の大人数。

引っ張り出されたのに、実際は3対4になってて俺は必要なかった」

 

「野郎だけじゃないのか!?」

 

「そうだけど...。

1対1じゃねーし。

俺は頭数合わせだよ、単なる...」

 

「馬鹿たれ!」

 

まるちゃんに一喝され慣れているユノは、「ひぃっ!」と大袈裟に驚いてみせた。

 

「ふざけんなよ。

ユノ...お前は馬鹿たれだ」

 

「『馬鹿たれ』ってなぁ...ひどい言い方」

 

「ったく。

お前ってのびのびとさせておくと、石橋を渡る手前で爆破しそうな奴だなぁ。

...違うな...石橋すら建設せんかもしれん」

 

「何だそれ?

それって、俺が後先考えずに行動してるって言いたいのか?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「ちっ。

相変わらずまるちゃんは口が悪いぜ」

 

ここで断っておくが、ユノは男女関係について全く疎いわけではない。

 

昨夜の自分の行動が、恋人がいる者としてはあまり褒められたものじゃないこと位、分かっていた。

 

1対1じゃなければ許容範囲内と許す者も、ひと言言葉を交わすのすら許せない者もいたりと、人それぞれである。

 

どの辺りまでが許容範囲なのか、交際2週間のユノには分からなかったこともあり、後ろめたさと悪気のなさの半々といったところだった。

 

「2人きりじゃないからセーフだと思ってるだろ!?」

 

「思ってるさ!

セーフだと思ってたけど...やっぱ...NGだったのかなぁ、と思ったり思わなかったり...」

 

ユノは花火大会会場に居たことをチャンミンに知られて、ヒヤリとしたことを思い出していた。

 

「ユノや~。

お前のそういうスタンスがいけないんだ。

身を滅ぼすぞ」

 

「『身を滅ぼす』ってなぁ...大袈裟だなぁ...」

 

「『せんせ』はそういうのを許しそうじゃないキャラだぞ、きっと」

 

「まるちゃんは、せんせの何を知っているんだよ」

 

ユノはムッとして、キツめの口調で言い返した。

 

「そうさ。

何も知らないよ」

 

言い返してくるかと思ったら、あっさり認めたまるちゃんにユノは拍子抜けしてしまった。

 

「じゃあ、判断基準は何だよ」

 

「第一印象。

レンタル店で会った、って言っただろ?

そんとき、『あ~、なんか束縛きつそうな男だなぁ』って思ったなぁ。

見た目はチャラい奴でも偉そうな奴でもなくて、誠実そうな奴に見えた。

切羽詰まった必死な顔してさ、ユノのバッグを大事そうに持ってんだぞ?

迷子になった5歳の坊やを探してるパパ、みたいな感じ。

ユノのことを子供扱いしてる感じ、っていうの?」

 

「そうさ、俺は子供だよ」

 

ユノは不貞腐れた風に言い、ピッチャーの中身を全部グラスにあけた。

 

「...でもないか。

先生が子供っぽい、っていうのかなぁ」と、まるちゃんはブツブツ言っていたが、考えがまとまらなかったらしい。

 

「うまく言えないが、バッグを抱きしめて持ってるとこが不安げだったんだよ。

そうだ、そうそう!

あの人は不安症なんだって!」

 

まるちゃんはピシッと、自分の膝ではなくユノの太ももを叩いた。

 

「ってえな!」

 

「分かるだろ、俺の言いたいこと?」

 

ユノは内心、「分かる」と即答していた。

「それから、ユノはもう気付いていると思うんだけど...」

 

まるちゃんはすん、と真顔になった。

 

(つづく)

 

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(7)チャンミンせんせといちご飴

 

「じゃあ、せんせ。

送ってくれてありがとうございます。」

 

ユノはショルダーバッグを肩にひっかけると、助手席のドアを開けた。

 

「えっ!?

もう?」

 

チャンミンの反応に驚き、ユノは目を丸くした。

 

「『えっ?』って?

これからレポートをやるんすよ。

真面目にやれって言ったの、せんせっしょ?」

 

「いや...まあ...そうでしたね」

 

ユノは上げかけた腰をシートに落とした。

 

ハザードランプを点滅させたチャンミンの車の脇を、時おり車が通り過ぎた。

 

ユノのアパートが建つこの通りは静かで、交通量は少ない。

 

「せんせ...俺が帰っちゃうから寂しいんすか?」

 

言葉につまるチャンミン...だったが...。

 

「......はい」と、素直に認めた。

 

(僕の彼氏は真っ直ぐな人だ。

僕も素直でいたい。

ユノは僕を裏切るような人じゃない。

だから、正直な気持ちは惜しげなく出してもいいんだ)

と、チャンミンは思う。

 

「わぁ...。

はっきり言われちゃうと、照れますねぇ」

 

照れたユノは頬を赤らめ、ポリポリとうなじを掻いた。

 

「俺んちに寄ってもらいたいのはヤマヤマですが、レポート書くのにズルしないことにしました。

イチから資料を集めるんで、今夜からやんないと」

 

ユノは「じゃっ」と手を挙げると、車から離れた。

 

(ホントに帰っちゃうの?)

 

ユノのあっさりとした対応に、チャンミンは肩透かしを食らったかのようだった。

 

日頃「せんせせんせ」と懐いてくるユノだから、車から降りろと言っても、名残惜しく居座るかと思っていた。

 

さらに、『俺んちに上がってくださいよ。大したもんは出せませんから』とか言って、チャンミンを車から引きずり下ろすかと予想していたくらいだった。

 

(勉学に励めといったのは僕の方。

第一、   今夜ユノの部屋に上がったとして、僕らは何をしようっていうのだ。

お喋りの続き?

...それだけで済むはずないだろう)

 

その気のある者同士が夜、密室で2人きりになれば期待してしまうことはひとつだけで、特に男同士の場合、探り合いや駆け引き、ムード作りなど無用だ。

 

(僕の頭の中が何でいっぱいなのか、ユノにバレてしまうわけにはいかない!)

 

チャンミンは期待外れのあまり、しょぼんとなりそうな表情をしゃきっと引き締めた。

 

ユノは、チャンミンが下げた助手席のサイドウィンドへと身を乗り出した。

 

「運転気を付けて下さい」

 

「当然でしょう?

僕が誰だとお思いですか?」

 

「今夜のせんせ、変でした。

どっかいっちゃってるし」

 

確かにその通りだったチャンミンは、「受け持ち教習生が増えたので...」と適当な言い訳をした。

 

「......」

「......」

 

2人はしばし、見つめ合った。

 

ユノの顔を見たいからと、今さらルームライトを点けるのは照れくさい。

 

チャンミンはユノに気付かれないよう鼻で深呼吸をし、ユノの心臓はバクバク音を立てていた。

 

ユノはサイドウィンドウから車内へと頭を突っ込んだ。

 

広い肩がつっかえたが、構わず運転席へと身を乗り出した。

 

チャンミンはシートベルトを素早く外し、助手席へと半身を傾けた。

 

ところがあと数センチのところで、ユノはチャンミンから身を遠ざけてしまったのだ。

 

「え...?」

 

「避けられた!」と傷つく直前に、ユノの唇とチャンミンの唇が真正面からぶつかった。

 

ぶちゅっと音がしそうな、小さな子供たちが好奇心でしてみるようなキスだ。

 

チャンミンが口を開ける間際に、ユノの唇が先に離れた。

 

「びっくりしました?

フェイント・キスです」

 

ユノはケラケラ笑うと、ポカンとしているチャンミンの両頬を包み込んだ。

 

「ディープなやつは、俺のレポートが終わってからにしましょう。

じゃないと、今夜興奮しちゃって資料探しどころじゃなくなりますもん」

 

「...そ、そうですね」

 

チャンミンは自身の頬に添えられたユノの手の甲を撫ぜた。

 

「こういうのって、いいな」と思った。

 

「レポート頑張ってください」

 

チャンミンはウィンカーを反対側に切り替えた。

 

「それから...明後日の予定はOKです」と付け加えた。

 

「マジっすか!

やった!」

 

「待ち合わせについては、電話でしましょうか?」

 

ガッツポーズをするユノを見つめるチャンミンの優しい微笑み。

 

チャンミンは後方を確認すると、車を発進させた。

 

バックミラーに目をやると、小さくなってゆくユノがちゃんといて驚くのだ。

 

数十メートルも走ると、ユノの姿は見えなくなってしまった。

 

 

ようやくテールライトが見えなくなった時、ユノは猛烈な寂しさに襲われた。

 

涼しい顔でいたけれど、内心後悔でいっぱいだったのだ。

 

(せんせを部屋に上げればよかった。

...勢い任せにヤッてしまえるほどの勇気とテクが今の俺にはねぇ...。

悔しいかな、今夜は帰ってもらうしかなかったのだ。

...ん?

待てよ。

俺はせんせの裸を見て、勃つのだろうか?

これは大問題だぞ!)

 

ユノの思考は遅れて、あっち方面へとスイッチが切り替わった。

 

(これはまるちゃんに相談すべき案件だぞ!)

 

(つづく)

 

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(6)チャンミンせんせといちご飴

 

「自動車学校って、夏休みあるんすか?」

 

唐突にユノは訊ねた。

 

『休みが取れるのなら、俺と1泊旅行とかどうですか?』と提案する前に、探りをいれることにしたのだ。

 

ユノが通う大学では、前期試験が全て終了する今週末から夏休みが始まるのだ。

 

毎晩電話で会話をしていたにもかかわらず、これまで休暇についての話題が出てこなかったのは、一歩踏み込んだ話ができるほど交際している事実に慣れていないだけのこと。

 

一歩踏み込んだ話とは、「お泊り有りの約束」のこと。

ここしばらくは、目前の花火大会のプランで2人の頭はいっぱいだったのだ(今夜の予定が来週に延びてしまったのだが...)

 

ユノの質問にチャンミンは 「5日ほど取れることになっていますが、まともに取ったことはありませんね」と答えた。

 

チャンミンは同僚Kと異なり、職場の雰囲気を過剰に読み取る傾向にあった。

 

上司同僚たちが提出した休暇希望の隙間を埋めるような休暇を取りがちだったため、5日連続の休暇を取ったことがない。

 

「そうっすか...。

社会人ってそういうもんなんすね」

 

「うちはシフト制ですから。

ユノさんはもうすぐ夏休みなんですよね?

2か月ほどあるんですよね?」

 

チャンミンはかつてのお気楽時代を思い出しながら、「いいなぁ」と心から羨ましそうに言った。

 

「テストが終われば、今週末から休みっす。

せんせが仕事なら、俺もバイトをみっちり入れようかなぁ...」

 

ユノはヘッドレストの後ろで腕を組み、「短期のバイトを入れよっかなぁ」とボヤいた。

 

この時のユノには、「連休取ってくださいよ。そして、旅行に行きましょうよ」とねだるつもりがなかった。

 

我が儘な恋人にはなりたくなかったためだ。

 

連休が取りづらいチャンミンに無理を言って困らせたくない。

 

チャンミンは不覚にも、夏休みを話題に持ち出したユノの真意を直ぐに読み取れなかった。

 

5連休取ろうと思えば取れるというのに。

 

有休もたっぷり残っているというのに。

 

「ユノさんは実家に帰ったりはしないのですか?」

 

実家が遠方にあるチャンミンにとって、長期休暇と言えば帰省だった。

 

「近からず遠からずって距離ですね、電車で2時間くらい?

半端に近いでしょ?

1泊くらいは帰るかもしれませんけど、今年はどうしようっかなぁ...決めてません。

せんせの実家はどこっすか?」

 

「○○です」

 

「遠いっすね~」

 

「はい」

 

チャンミンは○○の田舎の出で、3人兄妹の長男、実家では米農家を営んでいる。

 

「山と田んぼしかありませんよ。

 

「へぇ...」

 

ユノは運転席におさまった長身のチャンミンを上下、何往復も観察した。

 

素材はいいのだが、守りに入った髪型や服装のせいで、どこか朴訥とした雰囲気を醸し出している。

 

まるちゃん(ユノの親友)が、チャンミンのことを『とっつぁん坊や』と称していたのも頷けた。

 

「あ~、イメージ出来るかも...。

なんてゆうか...」

 

ユノからの遠慮のない視線のせいで、チャンミンの片頬がムズムズと痒くなってきた。

 

我慢しきれなくてポリポリ、鼻の脇を掻いた。

 

ユノは頭に浮かんだイメージを口にしようとしたが、その言葉はマズいと気付き、「ナチュラルでピュア、って感じ」と言い換えた。

 

(あっぶね~。

『童貞っぽい』って言うところだった!)

 

「それって褒め言葉だと受け取ってよろしいのでしょうか?

32歳にもなってピュアだなんて...。

僕もいろいろ経験していますから...それなりに汚れていますよ」

と、チャンミンは大人の男を気取ってそう言った。

 

チャンミンの良いところを沢山見知っているハズなのに、表現力不足な自分が悔しいユノだった。

 

(せんせの童貞感の話はどうでもよくて!)

 

「お盆休みは取れないんすか?」

 

ユノは本題への再接近をはかることにした。

 

「取ろうと思えば取れますが、お盆の頃は道が混むでしょう?」

 

ひどい渋滞に巻き込まれて辟易するよりもと、チャンミンは毎年帰省時期をずらすようにしていた。

 

「せんせんとこでお盆祭りとかはないんすか?」

 

「ありますよ」

 

チャンミンは、幼い頃に河川敷から見上げた花火を思い出していた。

 

(掻き壊してもなお痒い虫刺され痕、自販機で買った缶ジュース。

貰ったおこずかいは使いきれなかった。

直接地面に腰を下ろしたお尻が湿ってしまった。

河原は暗くて、人の気配が分かる程度。

僕がここにいることを、誰にも知られたくなかった。

でも、花火は見たかった。

りんご飴を食べてみたかったけれど、屋台会場には近づけなかった。

花火が弾けた1秒間だけ、それが誰なのか判別できた。

でも、その時は皆空を見上げている)

 

「......」

 

ユノは口をつぐんでしまったチャンミンの横顔を、しばらくの間眺めていた。

 

交差点を3つ通過した頃になって、ユノは口を開いた。

 

「せんせの次の休みはいつですか?」

 

夏休みの話は尻切れトンボになってしまったが、来週の花火大会よりさらに直近の予定を入れることにした。

 

「明後日です。

半休です」

 

「来週は花火大会に行きますけど、明後日も会いませんか?」

 

「いいですよ...」と、自分から誘いたいくらいだったのに、先に誘われると勿体ぶるチャンミンだった。

 

「試験は?」

 

「終わりました。

まあまあだったかな。

後はレポートを1本提出して終わりっす」

 

「レポートは終わったのですか?」

 

「未だです。

でも、余裕っす」

 

事実、今夜の花火大会にのこのこと出掛けられるほどだったのだ。

 

「ダメです!」

 

「先輩からノートをコピってるんで、それを写せば全然OK...」

 

「ダメです!!」

 

チャンミンは、ユノの言葉にかぶせてぴしゃりと言った。

 

「僕と付き合うために、学業をおろそかにするのは許しません」

 

「ちっ。

やっぱせんせは先生っすね」

 

ユノは舌打ちをすると、ぷいっと顔をあちら側に向けてしまった(拗ねてみせたのだ)

 

チャンミンは、説教臭くなってしまったことをすぐに後悔した。

 

「すみません。

指導員だったのが抜けませんね」

 

ユノは直ぐに振り向くと、にっこり笑った。

 

「いえ。

俺が不真面目なだけで、せんせが言ってることは正しいっす」

 

チャンミンの車はユノのアパート前に到着した。

 

(つづく)

 

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