(22)僕を食べてください(BL)

 

 

ユノが僕に別れを告げようとしている。

 

「嫌だ...。

僕は君から離れられない」

 

「チャンミン...」

 

ユノの顔が全然見えなかったけど、激しく首を横に振る僕を、哀しそうな、憐れむような表情で見ているのだろう。

 

「僕は納得なんかしないから!

僕を捕まえたのはユノ、君の方じゃないか!?

僕が美味しそうだからって。

僕を無理やり引っ張ってきておいて、今さら忘れろって...。

都合がよすぎるよ!」

 

「チャンミン...」

 

「どうせなら、僕を全部食べてしまえよ!

僕が美味しそうだったんだろう?

食べてしまいたいって言ってただろう?

僕はユノのことが好きになったんだ」

 

ここまでの激情を誰かにぶつけたことは初めてだった。

ユノを失ったら、死んでしまうとまで思った。

ここまで切迫した気持ちにかられる理由が、僕にも分からない。

パニックだった。

今のユノからは、あの甘い香りはしない。

 

「それじゃあ」

 

ユノの冷たい手の平が、僕の頬を包んだ。

 

「チャンミンの方から、離れていってもらうしかないなぁ」

 

「んっ」

 

ユノに唇を塞がれ、僕らは水中に沈んだ。

カエルの鳴き声が消え、ごーっという音に包まれた。

 

「んっ...!」

 

僕の口からこぼれる泡がごぼごぼと音を立てる。

僕の両頬は鋼のようなユノの手に挟み込まれている。

息が苦しい。

 

「ぷはっ!」

 

首を激しく振ってユノの両手から逃れて、水面に顔を出す。

僕の肺は大量の空気を必要としていた。

肩を大きく上下させて、息を吸って吐いた。

 

「はあはあ...」

 

呼吸を整えながら、周囲を見回していた。

 

「ユノ...?」

 

ユノがいない。

月明かりに照らされた川面が白く揺らめいていた。

ひたひたと僕の胸を叩く音だけが妙に大きく感じられる。

 

「ユノ?」

 

川岸に目をこらしても、動くものはいない。

両手を振り回しても、手に触れるものは何もない。

 

「ユノ!」

 

潜ってみたけれど、もっと暗くて何も見えない。

酸素を求めて川面へ顔を出し、再び潜る。

何度も繰り返した。

ここには、いないのか?

すねや爪先を川石に何度もぶつけながら、川岸へ戻ってみたが、いない。

あそこに沈んでいるのか?

パシャパシャと水を蹴散らし、元の場所へ向かった。

水深が一気に深くなって、胸の高さまで沈んだとき、膝にとんと、柔らかいものがぶつかった。

 

「ユノ!」

 

水底に沈む身体を引きずり上げた。

 

「ユノ!」

 

氷のように冷たい頬を叩いた。

ユノの口元に耳を寄せた。

呼吸の気配が何もしない。

沈んでいたのは、どれくらいの時間だった?

5分か?

10分?

もっとか?

耳の下に指をあてる。

脈動が一切感じられない。

 

「嘘だろ...!」

 

早く水から出て、心肺蘇生を施さないと。

ユノを肩に担ぎあげようとしたとき、僕の二の腕がギュッとつかまれた。

 

「!」

 

月明かりがユノの白い顔を照らして、ユノの瞳が赤く光った。

 

「どう?

怖いだろう?」

 

ユノの紅い唇がにたり、と歪んだ。

僕は気を失った。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

全ては俺が全部、悪い。

チャンミンがあそこまで、のめりこむとは想像もしていなかった。

軽い気持ちのはずだった。

性に未熟なあの子を夢中にさせてから、目的を果たす、はずだった。

俺は元来、冷血な性質の持ち主。

利己的で冷酷な言葉も嘘も平気で吐ける。

目的を果たすまでは、残酷さは封印して優しい言葉を、吹き込む。

何も知らない子。

俺の身体に夢中になってしまって...可哀そうに。

この先、どうなるのかも知らないで。

堅く勃ちあがった彼の先端に吸い付くと、瞬時に反応して上ずった喘ぎ声をたてる。

俺の下で上で、腰を揺らして恍惚の表情を浮かべるチャンミンを見て、ほくそ笑んでいた。

怯えて恐怖の香りを発散させたかと思うと、俺の放つ香りに我を忘れたり。

俺の口の中で彼の高まりがどくどくと大きく脈打つのを感じて、この子は温かい魂の持ち主であることを思い出させる。

あの時の子供がチャンミンだったとは、橋の欄干で告白されるまで気付かなかった。

当時は顔をじっくりと見る余裕がなかったから。

チャンミンの顔を汚す真っ赤な血に、顔を背けていたから。

あの子を見つめると、真っ直ぐな眼差しが返ってくる。

動揺したのを悟られまいと、俺は目力をこめて見つめ返した。

耳を当てなくても、皮膚の下でどくどくと温かい体液が全身を巡る音が聴こえる。

快楽によってゆがんだ唇から漏れるかすれた声。

潤んだ瞳は切なげで、必死で俺を求めている。

何を求めている?

俺から何を引き出そうとしている?

あの時の、チャンミンの手探りのような愛撫は優しかった。

ゆるゆるとした愛撫は、ゆっくりと俺を高めてくれた。

ことの最中は冷静でいるはずの俺が、身体の芯に火がついた。

繋がる身体に夢中になり、のしかかった身体に抵抗できなかった。

ウエストを引き寄せられ、うねる中に飲み込まれ、締め上げられる度、目の前が真っ白になった。

耳に吹き込まれたのは、チャンミンの温かく湿った息と、「好きだ」の言葉。

俺にはなくて、チャンミンにはある「心」って、こういうものなのか。

チャンミンの「好きだ」の言葉にたじろいだ。

困惑する。

密着してこすれ合う肌から伝わるチャンミンの体温は、熱くて火傷しそうだった。

気付けば俺は、これまで出したことのない呻き声を上げていた。

愉楽に歪む顔を見られたくなくて顔を背けても、顎をつかんで視線を合わせてくる。

怖気付いたかと思えば、心中に湧いた疑問に蓋をして取りすがって来る。

ここまでは思惑通りだったが、目がいけない。

行き止まりに追い詰め、恐怖におののく姿を楽しむはずだったのが、いつしか俺の方が追い詰められていた。

立ち上がった途端、眩暈に襲われて膝から崩れ落ちた。

こぶしが小刻みに震えている。

川で失神したチャンミンを、ここまで運ぶのがやっとだった。

この数日、チャンミンにかまけていたら、このザマだ。

チャンミンに付きまとわれるのは、今の俺にとって邪魔でしかない。

苦労して見つけた住まいを離れるか、骨の髄まで恐怖で凍り付かせて、追い払うか。

遊びのつもりが、深みにはまった。

チャンミンを傷つけたくない。

マットレスに横たえたチャンミンを見下ろした。

 


 

~チャンミン~

 

僕の部屋に、大きな箱が届けられた。

脚を折り曲げれば僕の身体が収まるくらいの巨大な箱だ。

まるで棺のようだった。

何が入っているのか、何故だか分かっていた。

包装紙を乱暴に破る。

幾重にもかけられた梱包紐に苛立ち、厳重に貼られたガムテープをはがす。

勢いよく引いたカッターナイフが、勢い余って指を切った。

ぷくりと膨らんだ血を口に含み、急く気持ちを整えるために深呼吸をした。

蓋を開ける手が震えていた。

人形が収められていた。

斜めに流した黒髪の下で、扇形にまつ毛を伏せた小さな顔。

陶器のような、生気に欠けた肌。

言葉で言い尽くせないほどに美しい人。

人形のようなユノが収まっていた。

箱の中に腕を差し入れて、ユノを抱き起す。

閉じられた瞼がぱちりと開いた。

抱き起すたび、くるくると目の色が変わる人形のように、ユノの瞳も墨色だったり、群青色だったりするんだった。

僕は絶句する。

どこにも視点が結ばれていないその瞳に、色がなかった。

1対の冷たく透明な瞳は、僕の魂を吸い込みそうに底なしに深くて、どれだけ覗き込もうと、その深淵には感情の揺らぎが一切なかった。

僕は辺りを見回した。

僕の指先からこぼれた血が黒い。

そこで初めて僕は、モノクロの世界にいることに気付いた。

白と灰色、黒色の景色がにじんでいき、目を開けているのか閉じているのか分からなくなった。

意識がふわりと浮上していく。

夢だったのか。

身体の感覚が、質量を取り戻した。

ここは...。

目だけを動かして、周囲を見回す。

見上げると、太い鉄骨の梁、外の光を透かしている波板トタン。

ユノの廃工場だ。

僕は、真っ白なマットレスの上にいた。

濡れたデニムパンツが脚に張り付いて気持ち悪い。

辺りは薄暗く、夜明けなのか日暮れなのか。

怖気だった記憶が僕の心をかすった。

夜の谷川での出来事だ。

水中に沈んだユノは、呼吸が止まり、脈も感じられなかった。

それなのに、ぱちりと目を開けた。

「怖いだろう?」って。

不思議なことに、恐怖は感じなかった。

ただショックが大きかっただけだ。

僕の予感が的中してしまった、と。

 

(つづく)

(21)僕を食べてください(BL)

 

 

僕は跳ね起きた。

 

僕は暗闇にすっぽりと包まれていて、天井近くの窓から注ぐ光が、太陽から月のものに変わっていた。

 

肌に触れたら、衣服をなにひとつ身に着けていない。

 

僕は眠っていたらしかった。

 

「!」

 

隣で横になっていたはずのユノがいない。

 

思い出した。

 

ユノとのセックスに夢中になってしまい、2回果てた僕は疲労困憊になって、気を失うかのように眠ってしまったんだ。

 

ユノがどこかへ行ってしまわないようにと、ユノを後ろ抱きにしていたんだった。

 

ユノがいない。

 

すっと血の気が引くのが分かった。

 

「ユノっ!」

 

マットレスの下に投げ捨てた洋服を手探りで拾い集める。

 

闇雲に伸ばした手が何かに当たって倒れ、地面に転がり落ちてからんと音を立てた。

 

昼間、最初に脱いだTシャツは見つからなかった。

 

山中の気候は、日中は暑くても夜間は気温が下がって涼しい。

 

全身にかいた汗が冷えて、ぶるっと寒気が襲う。

 

ユノがいないことにパニックになった僕は、すぐに寒さを忘れた。

 

「ユノ!」

 

僕の声が、廃工場の高い天井に反響する。

 

僕はそろそろと足を交互に出し両腕を突き出して、入り口シャッターを目指す。

 

と、数歩目で何かにつまづいて、つんのめった。

 

前方に倒れ、とっさにかばった片腕がかっと熱くなる。

 

つまずいてしまったものの正体を手探りで確認すると、フィルムに包まれたサンドイッチがいくつかと、水滴がついたペットボトルだった。

 

買ってきたばかりだ、ペットボトルは冷たい。

 

ということは...ユノは近くにいる。

 

はやる気持ちをおさえて、注意深く前進する。

 

シャッターは僕の腰のあたりまで開いており、月光の淡い光がぼんやりと地面を照らしていた。

 

シャッターをくぐった僕は、夜虫とカエルの鳴き声に包まれた。

 

「ユノ!」

 

足元は真っ黒な闇に沈んでいるが、月光のおかげで周囲の景色をだいたいは判別できる。

 

建物に沿って裏手へ回る。

 

ユノのX5が停められていて、僕の心は軽くなった。

 

ボンネットに手を当てると、温かい。

 

ユノはどこかへ出かけて行って、戻ってきたばかりのようだ。

 

「ユノ!」

 

メガホンのように両手で囲って、大声でユノの名前を叫んだ。

 

谷川に面した工場裏に動くものがあり、ユノの姿だと分かった。

 

「ユノ!」

 

「チャンミン...」

 

「ユノ...」

 

蔓延るつる草に足元をとられるのに構わず、僕はユノの元まで駆け寄った。

 

ユノの白い顔が暗闇の中にぼうっと浮かんでいる。

 

「心配したんだ」

 

「サンドイッチを買ってきた。

チャンミン、食べておいで」

 

「......」

 

「そっか...。

暗いよな。

車のキーを渡すから、エンジンをかけて。

車の中で食べておいで」

 

「腹は減っていない」

 

「チャンミン、怖い顔をするな。

水浴びしてくるから、少しの間待っていてくれる?」

 

「水浴び?

こんな時間に?」

 

確かにユノはバスタオルのようなものを抱えていた。

 

「ああ。

おかしいか?」

 

「真っ暗だよ?」

 

「ここには風呂がないんだ。

知ってるだろ?

中で待ってて。

すぐに戻るから」

 

谷川の方へ歩き出したユノの手首を、僕はとっさに捕らえた。

 

捕らえた途端にぬるりと滑って、僕の手の中からユノの手首が引き抜かれた。

 

僕の手を濡らしたものの正体を確かめたくても、暗くて見えない。

 

「仕方がないなぁ」

 

鼻先にかざしていた僕の手が、ユノの手と繋がれた。

 

「チャンミンも一緒にいかが?」

 

僕の手を引いたユノは、草をかきわけ谷川までの急な坂を迷いなく下りていく。

 

視力を奪われると、匂いと音に敏感になる。

 

この匂いは...。

 

生臭い匂いが漂うのは、夜の草木が放つ呼吸のせいか、辺り一帯に潜む大量のカエルのせいか。

 

「ここに足をかけて...そう、ゆっくり」

 

足元がおぼつかない僕を、ユノが誘導してくれる。

 

「棘があるから」と、僕に当たりそうになった小枝を押さえてくれた。

 

岩のひとつを飛び降りて、スニーカーの底が砂地に沈んだ時、よろけた僕をユノは力強い腕で僕を支えた。

 

川の流れが立てるせせらぎの音が、間近から聞こえる。

 

闇に塗りつぶされた茂みの中で、カエルが鳴いている。

 

月の光に照らされた川面がキラキラと揺れていた。

 

「冷たくて、気持ちがいいよ」

 

僕の手を離したユノは、手早く服を脱ぐとザブザブと川へ入っていく。

 

「チャンミンもおいで」

 

「う、うん」

 

スニーカーを脱いで、どうしようか迷ったけれどデニムパンツのまま、川の流れに足先をつけた。

 

冷たくて足を引っ込めたけれど、川べりでユノを待っていたくなかった。

 

ごろごろ突き出た川石につまづかないよう、慎重に歩を進めていると、見かねたユノが引き返してきた。

 

「あと2メートルで一気に深くなるから、気を付けて」

 

僕の腰に腕を回して誘導してくれる。

 

真っ暗闇で、どうしてユノは迷いなく動けるんだ?

 

疑問が浮かんだ。

 

ユノの案内通り、数歩目で僕は胸のあたりまで水に浸かった。

 

ずきっと右ひじに痛みが走って、転んだ際に擦りむいていたことを思い出した。

 

穏やかな流れに身を浸して立ち尽くす僕をよそに、ユノはすいすいと僕の周りを泳いでいる。

 

ごつごつとした岩の間をしぶきをあげる急な流れから、取り残されたかのように流れが凪いだ箇所があって、小さなプールのようになっている。

 

そこに僕らはいた。

 

映画のシーンで観たことがあったかもしれない。

 

人里離れた川で、無人島だったっけ?

 

無人の夜のプールだったっけ?

 

恋人同士が裸で泳いでいるんだ。

 

そう、今みたいに。

 

ちゃぷちゃぷと、水が肌をたたく音がうんと近くに聞こえる。

 

ユノを見失って、やみくもに両手を振り回した。

 

指先がユノの身体の一部に触れて、僕は迷わず両腕で囲い込む。

 

捕まえた。

 

「あははは」とユノは笑い声をあげた。

 

ユノの冷えた身体を抱きしめる。

 

きゅっと引き締まっていて、濡れてつるつるした肌が人形のようだと思った。

 

しかし、僕の手のひらを押し返す弾力からは、生命を感じる。

 

ユノは僕の腰を高く抱え上げ、僕は両脚を彼の腰に巻き付けた。

 

僕の顔を包んで、唇を割る。

 

そうなんだよ。

 

口の中は温かいんだよ。

 

喉の奥に届くまで舌を伸ばして、窒息させんばかりにユノの口内を僕の舌で埋める。

 

「ふ...んん...」

 

僕らは互いに粘膜を貪り合う。

 

「はあ...」

 

闇に包まれて視界を奪われ、感じるのはユノと繋がる唇の感触のみ。

 

感覚が研ぎ澄まされている。

 

「あっ...」

 

股間に手が押し当てられて、驚いた僕は腰を引く。

 

「駄目だっ...無理だ...」

 

今日一日で、4度も達していた僕にはもう、勃つ余力がない。

 

「そうだろうね。

こういうのはもう、止めにしよう。

お前は俺についてこられない」

 

僕の耳元に顔を寄せて、ユノはゆっくりと発音した。

 

「もう終わりにしよう」

 

「え...」

 

ユノの言葉が理解できない。

 

「終わりにしよう」

 

「どういう...意味...?」

 

「思わせぶりなことをしてきて、悪かった。

チャンミンは、俺にはついてこられない。

俺もチャンミンについていけない」

 

「急に...なんだよ」

 

「こんなタイミングに、悪かった」

 

「別れるってことか?」

 

「別れるも何も...付き合ってもいなかっただろう?」

 

付き合って、いない...?

 

この数日間の僕らは何だったんだ?

 

「そんな...。

僕のことを気に入ったって、そう言ってたじゃないか!?」

 

「チャンミンの顔も身体も、気に入っているのは本当だ。

チャンミンと抱き合えて、とてもよかった。

お前も楽しんだだろう?」

 

「...うん...」

 

その通りだ。

 

僕はユノに触れられ、目も眩むほどの快楽を知り、酔いしれていた。

 

ずぶずぶとユノに侵入され、溺れ、そのまま僕は恍惚の沼の底に沈んだままだ。

 

「確かに、楽しんだよ。

でも、僕はその場限りなんて嫌なんだ。

僕は、これから先もユノに会っていたい」

 

「『好き』という言葉をもらえて...嬉しかった。

...でも、よく考えてみた。

俺はチャンミンの気持ちに応えてあげられない」

 

「...そんなっ!

応えてくれなくても...いいから。

ユノのセフレでもいいから!

お願いだ、そばにいさせて...」

 

「チャンミン...。

そういうところに、俺はついていけなくなったんだ」

 

「嫌だ!」

 

ユノの肩をつかんで、ユノを前後に揺さぶった。

 

「チャンミン、俺のことは諦めろ」

 

説き伏せるように低くてしんとした声音で、ユノは僕にそう言った。

 

 

(つづく)

 

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(20)僕を食べてください(BL)

 

~人形のよう~

 

処理場に繋がる道から下りてきた1台トラックと、二人の乗ったX5が三差路で鉢合わせになった。

2台の車がすれ違えない道幅で、ユノはX5を退避場まで後退させた。

すれ違いざま、トラックの運転手は高級車の助手席に座るチャンミンに気付いて、停車した。

荷台には4匹の猟犬を閉じ込めた4台の檻と、イノシシ用の箱罠、何かが入ったポリタンク、鎖などの物騒なものが載せられている。

猟犬たちは、柵の隙間から鼻づらを出して歯をむき出して唸ったり、唾を飛ばしながらチャンミンたちに向かって吠えたてていた。

 

「おお、チャンミン!」

 

サイドウィンドウが開いて、Sがチャンミンに声をかける。

運転席のユノに気付くと、Sは驚愕の表情を見せたが、瞬時にそれを消した。

Sの問うような表情に気付いたチャンミンは、「ユノのことを、なんて紹介しよう」と逡巡しているうちに、

「同じ学校に通っています」とユノは如才なく答えた。

Sはしばらくチャンミンとユノを交互に見ていたが、「じゃあな」と手を挙げて発車させた。

クラクションを鳴らすと、吠え喚く猟犬の乗せたトラックは走り去っていった。

Sとユノの視線が、一瞬意味ありげに絡んだことに、チャンミンは気付かなかった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

僕の背後に音もなく忍び寄れるのだから、野生動物のような俊敏さを持っているはずだ。

けれど、今のユノは動きにキレがなく、気怠そうだった。

ところが、「お手並み拝見」

廃工場に着くなり、そう言ってユノは服も下着も全部脱いでしまった。

 

「今日はもう、ヤラないんじゃ...」

 

ユノに添い寝しながら、たわいもない会話を交わすつもりでいた。

 

「疲れているんだろ...だから、やめておこう...」

 

高い位置から差し込むオレンジ色の夕日に、ユノの白い身体が照らされて、息をのむほど綺麗だった。

肩からウエスト、腰へと逆三角形に流れる直線、太ももに挟まれた翳りなど、全身がきゅっと引き締まっていて、理想的なパーツを組み立てたらこうなるんじゃないだろうか。

そういえば、明るい日の下でユノの裸を見るのは初めてだった。

呆けてしばらく、見惚れていた。

彼が綺麗過ぎて、欲情がわいてこなくて焦った。

ユノに倣って僕も、Tシャツもデニムパンツも、下着も全部脱いだ。

僕のその気がない振りも、こんな程度だ。

数日前まで知らなかった愉悦の沼に足を浸けてしまった僕。

僕の中に天秤があって、片方に心という名の分銅が、もう片方に肉体という名の分銅が乗せられていて、その場の雰囲気で容易に揺れる。

両方がつり合っている時間が極めて短い。

今の僕の天秤が、どちら側に大きく傾いているかは言わずもがな。

もちろん、ユノとの精神的な繋がりを欲している。

小学生の僕とユノは会っていた。

墜落寸前の事故車から僕を救い出してくれた。

ユノ年齢のことや、くるくる変わる瞳の色のことや、不思議が沢山つまった彼のことをもっと知りたい。

もしかして、ユノは人間じゃないのでは?

シリコン製の人形のように温かみのない肌を持っている。

怪我をしたのかしていないのか、現実と夢も分からなくなってしまった。

きっとそうだ。

故郷に着いたあの日、僕はエアーポケットみたいな所に迷い込んでしまった。

そこで、僕は綺麗なお人形と戯れているんだ。

街へ帰らなければならない2日後に、気付いたら駅のロータリーにいたりするんだ、きっと。

 

それならそれで、いい。

 

いや、その方がいい。

 

白昼夢の世界にいるのなら、不思議は多いほどよい。

ユノの裸を前にしても、僕のものはわずかに顔をもたげた程度で、僕は焦った。

しごいても、反応がない。

 

「くそっ」

 

僕はユノが信じる愛に応えなければならないのに。

刺激すればするほど、僕の手の中でそれは惨めに小さくなっていくばかりだ。

情けない僕は、全裸でマットレスに腰掛けたユノの肩を押して仰向けにさせると、彼に身体を密着させた。

横抱きにしたユノの首に顔を埋めて、「ごめん」と謝った。

 

「チャンミンのは勃たなくてもいいんだよ」

 

「それはそうだけど...」

 

さらさらとこすれるユノの肌が冷たくて気持ちがいい。

僕も疲れているみたいだ。

ユノの耳に「好きだ」と囁いた。

今の僕は、ユノの信じる愛に応えられないから、僕の信じる愛を言葉で伝える。

 

(僕がここにいられるのは、あと2日。

それも、明後日の午前中にはここを発たなければならない。

時間がない)

 

ユノの身体に刻みつけなければ。

ユノのみぞおちに広げた片手を乗せた。

柔らかく押し返す弾力の心地よさを味わいながら、手の平で触れるか触れないかの距離で、そうっと下へ撫でおろした。

その間、半開きにしたユノの瞳から目をそらさない。

ユノの瞳の色が、瑠璃色だった。

やっぱり、ユノは人形だ、と思った。

僕の手はユノの太もものつけ根まで到達し、下へ忍び込む。

僕は初めてユノのそこに触れた。

なんて大きくて固いんだろう。

それから...なんて美しいんだろう。

人差し指と親指で輪を作り、ゆっくりと上下にしごいた。

ユノの肩に鼻先を押しつけて、僕は吐息を漏らす。

柔らかな袋をかき分けて、手の平で優しく揉んだ。

ユノの腰がぴくりと震えた。

指を濡らすユノの先から湧いた液に、僕の呼吸は荒くなる。

ユノの表情と身体の震えに神経を注ぐ。

どうやればいいか分からないけれど、ユノを気持ちよくさせたい。

指を手前に引いて、曲げた指先でそこをタップするように刺激した。

ユノの顎が上がって、半開きにした唇からかすかに声が漏れた。

じわっとぬるりとした粘液が溢れてきて、先走りという名の愛液か、と思った。

よかった、感じてくれてる。

僕はもう片方の手でユノの顎をつまむと、深く口づけた。

ユノの腰が浮いて、膝が小さく痙攣した。

ユノの甘い吐息を飲み込む。

嬉しくなった僕はユノの舌をからめて、ぐるりと上あごを舐め上げた。

僕の舌の動きに合わせて、ユノの引き締まった白い腹が揺れる。

ユノの手が僕の手首を押さえたが、僕は無視をした。

本気で嫌なら、ユノに手首をを折られているだろう。

僕の手はどんどん濡れていく。

僕の身体も火照ってきて、その熱はユノの肌に吸い込まれていった。

この数日、イってばかりの僕のものは半勃ちにしかならない。

次は僕の唇で。

両膝を大きく押し開き、僕はユノの両ももの間に顔を埋める。

舌全体を使ってぺろりと舐め上げ、尖らせた舌先でちろちろとくすぐった。

ユノのものが完全に直立した。

ユノを舌で刺激しながら、輪にした指も強弱をつけて上下にこする。

自身の自慰の時を思い出しながら。

もう片方で太ももを優しく撫でさする。

唇はもちろん、僕の鼻先からあご先までユノのぬめりにまみれて、僕は手探りでユノを愛した。

ユノの足先が伸びて、小刻みに腰が震えている。

いける。

ユノの腰の上に跨った。

ユノのものに手を添えて、ゆっくりと挿入した。

 

「は...あ...」

 

ユノのものは僕の中へと吸い込まれ、うごめく僕の中が窮屈だ。

 

「あ...」

 

なんて気持ちがいいんだろう。

最初は緩く大きくスライドしていたけど、駄目だ、余裕がなくなってしまう。

 

「はっ...はっ...」

 

ユノにぶち当てるように、激しく腰を突き落とす。

肌同士が叩く音が響く。

 

「好きだ、ユノ、好きだ」

 

もっと深く、深く、ユノに挿ってほしい。

仰向けだったユノの腕を引っ張って起こして、彼の首に腕を回す。

ユノに跨って、隙間なくぴったりと肌同士を密着させ、口づけて...上も下も全部、彼と一体になりたい。

それまで、僕に身をゆだねていたユノが、動きを開始させた。

ユノは僕の腰を押さえつけ、自身の腰をグラインドさせる。

ねっとりと、僕の吐息に耳をすましながら、僕の中をかき回すのだ。

 

「あっ...はっ...」

 

腰を大きく突き上げられる度に、僕の身体は踊った。

ユノと僕の腹の間で、僕のものもぴたぴたと揺れて叩く。

 

「好きだ...んっ...」

 

ユノは僕の胸先を口に含んで、舌で転がし、強く吸った。

 

「...あはっ...」

 

僕は喘ぎと共にユノに問う。

 

「好き?

僕のこと、好き?」

 

ユノを知りたい。

ユノの身体を通して、彼の心を探ろうとしても。

言葉で通じない代わりに、身体で愛を注ごうとしても。

ユノから快楽以外のものを引きずり出せない。

 

「好き?」

 

「...好きだ」

 

ユノはそう答えてくれたけど...彼が指摘した通りだ。

抱き合っている間は、互いのことしか考えていない。

ユノと繋がっているという行為に興奮し、全身を震わす快感に夢中になり、そして彼の心も欲しいと願う。

身体を離した後も、繋がっていたいと願う。

繋がるとは...心のこと。

でも、ユノはそうじゃないらしい。

だから僕は、ユノとずっと身体を繋げていないといけないんだ。

もっと話がしたいのに、結局交わり合うことに終始してしまうのは、そのためなのか?

ユノとの精神的な繋がりを求めれば求めるほど、かえって僕が溺れていくだけだった。

 

 

(つづく)

(19)僕を食べてください(BL)

 

~君を知っている~

 

 

目を何度こすっても、視界は赤く染まったままだった。

 

ぬぐった手の甲が真っ赤だった。

 

これは、血...?

 

耳がおかしくなったみたいだ。

 

無音世界だった。

 

僕はダークグレーのマットに四つん這いになっていた。

 

膝が痛くて体重移動させると、ぐらりと地面がかしいだ。

 

黒く濡れたマットに、ワインレッドのバッグが転がっていた。

 

母の誕生日に父が贈った、おろしたてのバッグだ。

 

助手席のシートの真下のそれを引き寄せた。

 

シートによじのぼったら、ガクンと傾いた。

 

ヘッドレストにしがみついて、窓を力いっぱい叩いたのに、誰も来てくれない。

 

僕は閉じ込められた。

 

パニックに陥ってもおかしくないのに、僕は叫び声ひとつあげなかった。

 

窓の外から目が眩みそうに強い光線が、差し込んでいる。

 

鈍い音とともに、ガラスのかけらが僕に降り注ぐ。

 

シートに散らばる透明で四角い粒が、おはじきみたいで綺麗だった。

 

二の腕を力強くつかまれたかと思うと、窓枠の外へ引きずり出された。

 

夜虫の鳴き声が、わんわんと五月蠅い。

 

何者かに抱きかかえられた僕は、昼間の熱がこもるアスファルトの上に下ろされた。

 

その人は膝を折って、僕の目線に合わせた。

 

お人形さんかと思った。

 

蝋のように青白いおでこをしていた。

 

目の縁だけが赤く色づいている。

 

赤くつややかに濡れた唇を、手の甲で拭った。

 

そして、人形のような青い目と真正面から目が合った。

「僕は...」

 

喉にひっかかって、思うように言葉が出てこない。

 

「...君を知っている」

 

ユノは僕の手の中のサングラスを取り戻すと、すかさずかける。

 

ユノの目元が、再びサングラスに覆われた。

 

「君に会っている」

 

僕の口の中が渇いていた。

 

「事故のとき」

 

セミの音も清流の音も、遠のいた。

 

「僕を...助けてくれて」

 

小学生だった僕が見た彼と、大人になった僕の隣に座るユノが、同じだった。

 

「僕は...子供だった」

 

しわひとつない顔。

 

「君は...」

 

今の僕と同い年にしか見えない。

 

「...いくつなんだ?」

 

「何歳だっていいだろ。

例えば、20歳と言えばいいのか?

30歳なら納得するのか?」

 

僕はユノに助けられたのだ。

ヘッドライトのハイビームが、僕らを眩しく照らしていた。

 

耳をつんざく轟音に驚いて振り返ると、僕を閉じ込めていた車が消えていた。

 

 

 

 

アスファルトにぺたりと座り込んだ僕の、手の平をじんじんと焼くアスファルトの熱さを、今も覚えている。

 

「若作りをしているだけさ」

 

僕の髪をくしゃっと撫でたユノは、立ち上がった。

 

「帰ろうか」

 

ユノは僕を残して、すたすたと歩き去った。

 

「置いていかれたくないんだろ?」

 

梯子の途中で、ユノが大声で僕を呼んだ。

 

 

 

 

ユノは僕の恩人だった。

 

墜落間際のつぶれた車から、僕を助け出してくれた。

 

母のバッグを抱きしめた僕を、カワヤナギの陰に寝かせた。

 

近づく悲鳴や怒号、サイレンの音に、ユノは立ち去った。

 

しばらくの間、僕は無言だった。

 

ユノも前方を睨みつけていて、助手席の僕をちらとも視線を向けなかった。

 

「僕を覚えていた?」

 

「あの河原で、チャンミンの話をきいて思い出した。

あの時は、旅の途中でたまたま通りかかった」

 

「そうだったんだ」

 

「あの時の、可愛い坊やだったんだって。

大きくすくすく育ったんだね」

 

あの時のユノは、若くて綺麗なお兄さんだった。

 

今のユノも若い。

 

エアコンがききすぎていて、鳥肌のたった二の腕をさすっていたら、「寒い?」とユノは風量を弱めた。

 

気にかかっていた一件を思い出した。

 

「変なことを聞くけど...僕って、怪我していたよね?」

 

顔を前方に向けたまま、サングラス越しのユノの目がこちらを向く。

 

「怪我って、どこ?」

 

「腕なんだ。

血が出ていなかった?」

 

傷一つない日に灼けた腕を撫ぜて見せ、ユノに尋ねる。

 

「いや。

怪我だなんて、大丈夫なのか?」

 

初耳のようなユノの様子に、僕の頭に困惑が渦巻いた。

 

(嘘だろ?

僕の気のせいだったのか?)

 

鋭いトタン板が切り裂いた瞬間の激痛を、覚えているのに。

 

血がにじむ傷口をユノに晒して、下半身が重く痺れた感覚を覚えているのに。

 

訳がわからない。

 

吐き気がした。

 

額に手を当てて考え込む僕の二の腕に、ユノの指先が触れた。

 

「気分が悪いのか?

家まで送るよ」

 

僕は首を横に振った。

 

冷たい肌を持った、年齢不詳のユノの側を離れたくなかった。

 

僕をばあちゃんちの前に降ろしたら、ユノのX5はうんと遠くまで走り去って、二度と戻ってこないのではという恐怖があった。

 

2日前、ユノと初めて食事をしたファミリーレストランの前を通り過ぎた。

 

「河原で話していたことの続き」

 

ユノが淡々と話し始めた。

 

「チャンミンの言わんとすることは、なんとなく分かっているよ」

 

膝にのった僕のこぶしに、ユノの冷たい手がのった。

 

「いいか、チャンミン?

『好き』だなんて言葉を簡単に口にするものじゃないよ。

まだ俺の身体のことを、知らないだろう?」

 

羞恥で僕の身体が熱くなった。

 

「チャンミンは経験がないから、仕方がないさ。

だから。

俺の身体をすみずみまで見て、触って、感じる前に、『好きだ』なんて早すぎるだろう?」

 

ユノの言う通りだ。

 

僕のセックスは、挿れられるだけだ。

 

自分が気持ちよくなることしか、考えていなかった。

 

恥ずかしい。

 

「好きだ」とささやくだけでは、ユノには不十分だった。

 

ユノが信じる愛は、互いの身体を繋げること。

 

「ユノ!

連れて行って!

ユノの家へ。

ユノを抱きたい」

 

ユノへ「好き」を伝えるために、僕はユノの身体を愛撫する。

 

「ユノを愛したいんだ」

 

 


 

 

チャンミンの言葉に応えず、ユノはしばらく黙り込んだまま運転を続けていた。

 

己の信じる愛とは何かを言及するうち、互いの相違が浮き彫りになった。

 

チャンミンの心中が、じわじわと焦燥感で侵食されていく。

 

「ユノの言う『愛』に応えるから、ユノの家に戻ろう」

 

チャンミンはシフトレバーに添えたユノの手を握った。

 

「今日は、無理」

 

間髪入れずに答えたユノは、チャンミンの手の下から自身の手を引き抜き、ハンドルの上へ移してしまった。

 

「どうして?」

 

こんな些細な行動さえ、チャンミンの不安を煽った。

 

「僕の身体が好きなんだろう?

僕もそれに応えるから」

 

「今日は、無理なんだ」

 

「嫌だ」

 

「やることが沢山あるんだ。

それに...少し、気分が悪くなったから」

 

ユノの顔は漂白した紙のように真っ白だったが、フロントガラスから降り注ぐ日光に誤魔化されていて、チャンミンは気付かなかった。

 

ユノの眼の下の隈が、殴られたかのように頬の上まで青黒く拡がっていたが、サングラスで隠れていたせいで、チャンミンはそれを窺い見ることはできなかった。

 

「ヤラなくていいから、ユノの側にいるだけでいいから。

ユノは横になっているだけでいいから」

 

「駄々をこねるなって。

頼むから」

 

「どこにもいかないって約束して。

明日会いに行って、もぬけの空だったなんてことは、絶対に嫌だから。

お願いだから、側にいさせてよ」

 

チャンミンはユノの肩を揺すって哀願していた。

 

「事故るから、手を離せ」

 

ユノはコンビニエンスストアの駐車場にX5を乗り入れると、停車させた。

 

「行かないから」

 

「...わかったよ」

 

チャンミンの切羽詰まった口調に折れたのか、ユノはため息交じりに答えた。

 

単なる早とちりだったが、この朝経験したぞっとした感覚はチャンミンにとって相当なものだった。

 

ユノと何度も繋がったのに、チャンミンは不安だった。

 

「どこにもいったりしない」

 

と、ユノは答え、「今のところは」とユノは心中で付け加えた。

 

(チャンミン...。

こんな展開になるとは思いもしなかった。

引きずり込んだ俺が悪い。

今の俺は、これ以上お前と過ごすのがキツくなってきたよ)

 

「本当に?

絶対に?」

 

チャンミンの目が必死に訴えていた。

 

(連れて帰らなければよかった。

まさかあの時の坊やだったとは。

いっそのこと、あの時食べてしまえばよかった)

 

「ああ。

だから今日は、帰れ、な?

頼む」

 

ユノはサングラスを外すと、薄墨色の瞳でチャンミンを正面から覗き込み、言い聞かせるようにゆっくりと発音した。

 

「嫌だ」

 

チャンミンはきっぱり拒絶して、ユノを睨みつけた。

 

「...チャンミン。

俺を困らせるな」

 

(僕を置いていってしまう。

僕が信じる愛と、ユノが信じる愛が乖離していることが浮き彫りになった今、

がっかりしたユノが、僕を捨ててしまうかもしれない。

ユノに置いていかれるかもしれない。

ユノに捨てられるかもしれない。

残された僕は、どうにかなってしまう)

 

ユノにまつわる不思議はすべてすっ飛ばして、ユノを失ってしまうのではないかという恐怖に支配されていた。

 

「わかった」

 

ユノはチャンミンに気付かれないよう深く息を吐いた。

 

チャンミンが放つ恐怖の香りが、ユノを苦しめた。

 

ハンドルを切って方向転換すると、2人の乗ったX5は元きた道を引き返した。

 

 

(つづく)

 

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(18)僕を食べてください(BL)

 

~繋がるだけが愛なのか~

 

「あ...」

 

ユノの喘ぎを聞いた気がして、ついで出たのは「好きだよ」の言葉。

目の前が真っ白になって、つむったまぶたの裏で赤い星がチカチカする。

奥深く突き刺されたまま、腰だけ小刻みに揺らした。

ユノの首にしがみついた両腕が限界だった。

ユノの熱い吐息が僕の首筋にかかる。

僕の吐息が、ユノのひと突きごとに不規則に乱れる。

 

「ユノ...好きだ」

 

感じるユノを見たくて、ユノのサングラスを取り上げた。

眩しいのかユノは、固く目をつむって顔をそむけた。

 

「ユノが...好きだ」

 

こんなにも綺麗な人から、例え同意のもとのものだったとしても、凌辱されているんだと想像すると、たまらなくなる。

貫かれることに幸福を感じている。

そう思った途端、僕の中が引き締まり、膨れ上がったユノのもので中が窮屈だ。

 

「んっ」

 

ユノの耳たぶを食み、耳を頬張った。

耳の穴に、溝に舌を這わせ舐め上げた。

 

「好きだ」

 

ユノの鼓膜に僕の言葉がダイレクトに伝わるといい。

「好きだ」と繰り返しつぶやいた。

ユノの両手が、僕の髪をかき乱す。

ユノの指が触れた頭皮から、ぞくぞくとしたさざ波が背筋へと下りる。

ぴったりと僕の唇がふさがれた。

同時に舌が強めに吸い上げられた。

 

「んっ...」

 

息が苦しい、だから余計に気持ちがいい。

痩せているとはいえ、大の男を軽々と抱えるユノ。

僕はまるで小柄な女の子みたいに、ユノに揺さぶられている。

 

「...無理、もう無理...!」

 

「そんなに...締めつけるな...」

 

他の体位を試す間もなく、僕の絶頂は間際まで来ていた。

 

「おくっ...奥はだめ...もう、ダメっ...奥だめ、奥...ダメっ...奥、奥はぁ!」

 

内へ内へと、ユノのものを飲み込み、うねる僕は...男を忘れた。

 

「ひぁ...ひぃ...や、やぁ...やめ、やめ...」

 

気持ちが良すぎる...。

歯を食いしばって、やり過ごそうとしたが、もう限界だ。

 

「好きだ」

 

抱え上げなおしたユノの腰も揺らし、僕の腰も揺らした。

心臓が痛いくらいに打つ。

鼻水が詰まって、口で呼吸するのがやっとだ。

 

「イキそう...!」

 

水浴びをした後のように、ずぶ濡れに汗をかいていた。

 

「んっ、んっ...」

 

こんなところで、何やってんだ。

両親の事故現場なんだぞ。

罰当たりな。

でも、いいんだ。

全然、構わない。

 

「ユノ...っ!」

 

股間の底が張り詰めてきた。

 

「イキそ...う...」

 

額をユノの肩にあずけ、僕は目をつむる。

 

「ユノ...っ...

ユノっ...。

好き...だ...好き。

...ユノ、好き...好き...はっ、んっ、はっ...」

 

最後のひと突きで絶頂を迎え、ドクドクと僕の中へ注ぎ込まれたもの。

これは...。

僕の排泄器官に満たされたもの。

これって...。

くっくっとユノの腰が痙攣し、最後の一滴まで、僕の中へ放った。

ユノのものが収縮しきるまで繋がったまま、僕は彼の肩に頭をもたせかけていた。

 

「はあ、はあ、はあはあはあはあはあ...」

 

自身の荒い呼吸音が鎮まるにつれ、周囲を包むセミの声と川音が戻ってきた。

ずるんと引き抜いて、僕の身体は地面に下ろされた。

かくんと膝が抜け、ユノに支えられた。

 

「ふらふらじゃないか?」

 

「う、うん...」

 

砂利上に膝をついてしまった僕。

ユノは互いの粘液だらけなのにも構わず、それを下着におさめると、脱ぎ捨てられていたTシャツをとって、僕の背にかけてくれる。

 

「起きれるか?」

 

僕の傍らにひざまずいて、肩を抱くユノの声音が優しい。

 

「...うん...」

 

立ち上がったことで僕の割れ目から、とろっとしたものが垂れる感触が。

指を濡らす白濁した粘液に、僕の幸福感といったら。

なんて光景だろう。

ユノのもので汚された証を目にして、彼の『獲物』になれたと満足だった。

同時に、征服欲が満たされた。

征服感...僕の身体はユノを絶頂に導いてやり、僕の中で放たせてやったのだ。

なぜか、そんな充足感があったのだ。

川砂に投げ捨てられたユノのサングラスを拾い上げた僕は、ふざけてかけて見せた。

そんな僕の仕草に、橋げた下の日陰のユノが微笑んだ。

つくづく、美しい人だと思った。

僕は下着を付け、デニムパンツを履き、Tシャツをかぶった。

下着の後ろがねちゃりと濡れて、その冷たさにうっとりとしてしまう。

僕は水際まで近づきしゃがみこんだ。

川水に浸した手で、火照ったうなじを冷やした。

 

「ユノ」

 

背後のユノに、川面を眺めながら語りかける。

 

「僕らは知り合って未だ4日だ。

『好き』と口にするには、早すぎるのかもしれない。

でも、好きだと言わずにはいられなかったんだ。

僕は明後日には戻らなくちゃいけない。

もし...もしもだよ。

ユノがよければ...もし、僕のことが嫌じゃなければ。

これからも僕に会って欲しい。

ここまで会いにいくから。

僕らはこんなことばかりしてるけれど...。

本当は、ユノと話がしたいんだ。

僕は...ユノのことを知りたい」

 

「知る必要がある?」

 

僕の真後ろからユノの声がした。

汗ばんだ僕の首筋に、ひやりとしたユノの指が触れた。

いつの間にか、足音なく背後にまわっていたらしい。

 

「あるよ!」

 

振り向くと、ユノのホワイトデニムの裾と、キャンバス地のスリッポンが視界に入った。

 

「どんな人なんだろう、って知りたくなるのは当然だろ?」

 

「愛し合うのに、そういう知識は必要なのか?」

 

「え...?」

 

「なあ、チャンミン。

お前は俺と抱き合っている間は、俺のことしか考えていないだろう?

それで十分じゃないか?

初めに言ったように、俺はチャンミンのことが気に入った。

今も、チャンミンのことが気に入っている。

初めて会った時から、チャンミンには俺の気持ちを伝えていたはずだ。

ちゃんと伝わっていなかったのか?」

 

穏やかな口調で、同時に冷静で淡々とした言い方だった。

それが寂しかった。

僕とユノとの間に、大きなすれ違いが横たわっている。

 

「チャンミンのことを気に入っているって言っただろ?

それで十分じゃないか?」

 

額の上に手をかざしてひさしを作ったユノは、僕の隣にしゃがんだ。

 

「チャンミンの顔も身体も声も匂いも、全部好きだ。

特に、お前が喘ぐ声が好きだ。

お前の細くて真っ直ぐなペニスが好きだ。

それじゃ駄目なのか?」

 

「セフレってことか?」

 

「どうしてそんな発想になるのかな。

好きじゃなければ、チャンミンのを舐めたりしないし、挿れたりしない。

俺の気持ちは伝わっていなかったのかな?」

 

そういうことか。

ユノは僕の顔と身体を気に入って、それを恋だと勘違いをしているのかもしれない。

肉体の愛。

互いの身体に舌を這わせ、指をなぞらせ、性器を接触させる行為そのものを、彼は愛と思い込んでいる。

僕はとっくの前に、彼に夢中になっているというのに。

ユノの身体を求めてしまうのは、股間を熱くさせてしまうのは、肉体の繋がりこそがユノの信じる愛なんだということを、僕は察していたのだろう。

僕の身体に触れることが、イコール、僕への愛情。

ユノに触れられて漏らす恍惚の喘ぎが、イコール、ユノへの愛のささやき。

身体の繋がりなしに僕らの関係は成立しないのか。

生まれてはじめての、脳みそまで痺れてしまうほどの愉楽を知った。

僕も僕だけど、ユノもユノだ。

今さら、心同士の繋がりを育てていくことは可能なのだろうか?

 

「僕は好きな人とヤリたいよ」

 

と、ユノの手が伸びて僕が制する隙もなく、デニムパンツのボタンが外された。

 

「やめろ!」

 

続けてファスナーが下ろされ、下着から萎えた僕のものが引っ張り出された。

 

「やめ...ろ!」

 

ユノは僕の股間に顔を伏せ、柔く小さくしぼんだ僕のものを口に頬張った。

 

「ひぃっ...」

 

ユノの肩を押して抵抗したけど、それは形ばかりのものに過ぎない。

口で愛撫されてしまったら...もう...僕は。

 

「ああぁ」

 

敏感に反応してしまう、自身の浅ましさときたら...。

ユノの口の中で、あっという間に勃起する。

亀頭を咥えながら、根元からカリの部分まで、ゆるく握った手でしごかれた。

最初は機械的なリズムで、ゆっくりと上下にしごかれる。

カリのくぼみをちろちろと舐めまわされ、唇でひっかけられた。

 

「あっ...」

 

裏筋が吸い上げられながら、小刻みに舐められる。

快楽の泥沼の底に沈んでいく。

僕は黄金色の沼に沈んだままだ。

恍惚の沼の底に横たわって、光きらめく水面を見上げていた。

黄金色の蜜がとろとろと揺らめいている。

綺麗だった。

僕はもう浮上できない。

 

「ひっ...」

 

たっぷりの唾液でぬるぬるになって、ユノの口内で舌が踊って、僕は天を仰いで恍惚の世界を漂う。

 

「あぁ...っ」

 

深く咥えこまれ、喉奥で圧迫された。

 

「ひっ...!」

 

かすれた悲鳴が漏れた。

きつく握られていた根元が解放された。

緩く早く、柔くきつく刺激されて、僕は達する。

ユノの喉が動いて、放出された薄い吐精がごくりと飲み込まれた。

これがユノの好意の証か。

顔を起こしたユノは、唾液でつややかに濡れた唇を手の甲で拭った。

 

「わかった?」

 

サングラスをかけていない、明るい日差しの下のユノの顔。

柔らかそうな前髪が、川風にさらわれおでこが露わになった。

 

「眩しい。

返せ」

 

かけたままだったサングラスを、僕は外してユノに手渡した。

僕の瞳は、色彩と光、そして現実世界を取り戻した。

 

「ユノ...」

 

この時だ。

順光にさらされたユノの紺碧色の瞳と、初めて真正面から目が合ったのは。

 

(つづく)