(22)ぴっかぴか

 

 

~ユノ~

 

さて...これをどうすればいいのか。

 

俺は床に広げたシャツを前に、腕を組んで思案していた。

 

帰宅した俺は、寝不足と目まぐるしい感情に揉まれてくたくただった。

 

仮眠のつもりがぐっすり熟睡してしまい、目覚めたら夜になっていた。

 

ベランダに干しっぱなしの洗濯物を思い出し、取り込んだのはいいのだけど...。

 

チャンミンのシャツが、くっしゃくしゃに皺だらけの無残な姿になり果てていた。

 

こいつを、元の姿に復元するにはどうすればいいんだろ?

 

『シルク,洗濯,しわ,直す,方法』のキーワードで検索をかけてみた。

 

「う~む...。

アイロン...持ってないし」

 

ひと回りほどサイズが縮んでいるようにも見える。

 

(あの男はピタピタがお好みだから、ちょうどよかったりして...あは)

 

謝ればいいか。

 

「わっ!?」

 

突然鳴り出した、スマホを取り落としそうになった。

 

発信者は...チャンミン!?

 

チャンミンが俺に電話をかけてきたのだ。

 

「今何してる?遅い時間だけど、飲みに行く?」とか?

 

嬉しがってる自分がいた。

 

はずんだ声で出るのはなんだか悔しい。

 

第一声は、迷惑そうに「なんか用か?」

 

...よし、これだ!

 

「俺になんか用か?」

 

『......』

 

「もしもーし!」

 

『お宅が『ユノ』さんか?』

 

「そうだけど...あんた誰?」

 

チャンミンの声じゃなかったことから、飲みの席でふざけた友人がかけたものなんだろうと思った。

 

それとも、酔いつぶれたチャンミンを迎えに来い、といった電話なんだろうか。

 

(ったく、面倒をかける奴だな。

早速これか?

昨日知り合ったばかりなんだぞ?)

 

床に放り投げたバッグをたぐり寄せ、俺は立ち上がっていた。

 

『ユノさんが、チャンミンの『今彼』なわけね』

 

「か、彼氏じゃねぇし!」

 

電話をかけて寄こした奴の言い方が、小馬鹿にしたもので気に入らなかった。

 

「で、俺に何の用?」

 

俺は不機嫌さを隠さなかった。

 

チャンミンとの仲は色恋がからんだものじゃない。

 

少しだけど...俺はチャンミンと同類の男じゃない、と主張したかったんだと思う。

 

チャンミンがどういうつもりなのかは脇に置いておいて、俺の方はチャンミンとどうこうなるつもりはないし...男と恋愛なんて...無理だ!

 

俺はやっぱり偏見の塊だな...いくらチャンミンが面白い奴だからといって、一晩でその偏見が消え去るのは早すぎだろう?

 

と、憤慨していると、電話の奴は信じられないことを言いだした。

 

『明日か明後日には捨てられるだろうね。

お気の毒さま』

 

捨てる?

 

「はぁ?

意味が分からん」

 

そいつの言っていることが意味不明で、首をかしげていると...。

 

『遊び人のチャンミンが、大変なことになってるんだ?』

 

「ええぇぇ!」

 

『俺たち、もう帰りたいんだよね。

この辺に捨てていってもいいけどなぁ』

 

「はあぁぁ!?

どこだ?

連れて帰るから、場所を教えろ」

 

部屋の照明を消し、俺は靴を履いた。

 

(何やってんだよ!)

 

『ユノ!

来なくていいから!』

 

背後からチャンミンが叫んでいる。

 

『来るな!...』

 

『うるせ~よ』

 

おいおいおい!

 

「お前には一度、痛い目に遭ってもらわないと」だの「僕を放っておけよ!ユノは関係ないだろ」だの、揉めているやりとりが聞こえてくる。

 

どうやらチャンミンは、トラブルの真っただ中にいるようだ!

 

どこぞの男に絡まれているようだ。

 

だから言わんこっちゃない。

 

「どこだ!

場所を教えろ!」

 

俺は家を飛び出した。

 

ったく、面倒をかける奴だ!

 

(つづく)

 

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(21)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

僕は男の手を力いっぱい振りほどいた。

 

「放せっ」

 

僕の拒絶を意に介していない男はニヤニヤ笑っている。

 

テーブルの上のものを脇にのけると、身を乗り出してきた。

 

「随分とダサい服着てるんだな?」

 

ユノに借りたTシャツを顎で指すと、男はけたけた笑った。

 

「うるせえな。

行けよ。

邪魔だ」

 

「そういうわけにはいかないな。

浮気相手とは今も続いてるのか?」

 

「関係ないだろ?」

 

忌々しいことに、男の見た目はよかった。

 

男のルックスのよさと、逞しい身体に抱かれたくて近づいたのは僕の方だった。

 

半年ほど前のことだ。

 

男はフライドポテトをとって、ねぶるように咥えた。

 

「そいつのをしゃぶってるんだろ?

...こうやって?」

 

「......」

 

「お前にゴミみたいに捨てられて...俺はどうなったか...分かるか?」

 

目の前の男もその次の男も、つまみ食いのつもりだった。

 

男との身体の相性はよく、遊びの相手とは1度しか寝ない主義に反して、彼とは10回は寝ただろうか。

 

男は僕に本気になってしまった。

 

『お前のけつは見境がねえんだな』

 

...これが、別れ際に男が吐き捨てた言葉だ。

 

『そうだよ。

見損なっただろ?

僕はこういう男なんだ。

悪いけど、僕は君のことは最初から好きじゃなかった』

 

残酷な言葉を浴びせて、男を遠ざけた。

 

これまで一体何人の男と関係を持ってきたのか、自分でも正確な数字は分からない。

 

壮絶な幼少時代も経験していないし、トラウマも何もない。

 

確かに、思春期頃に僕の本来の嗜好が周囲にばれて、嫌な思いをした経験は嫌というほどある。

 

ストレートの男子を好きになり、失恋を繰り返さざるを得なくなった結果、恋愛感情を抱くこと自体に恐れをなしたわけでもない。

 

恋愛に関しては、僕は驚くほどタフなのだ。

 

本気の恋愛を差し控えるようになったのは、別れの修羅場が面倒だったから。

 

心の通い合わせなんて...面倒なだけだ。

 

感情が絡んでくるから、修羅場になってしまうのだ。

 

恋愛感情なんていらないのでは?...18歳の時、至った結論はこれだった。

 

性欲は当たり前にある。

 

それの処理については、身体を繋げ合い、相手の温かい体温を感じ、意識がぶっとぶような快感にいっとき溺れられたら、それで十分じゃないか?

 

「俺はお前が憎いよ」

 

「だろうね」

 

「あの時は大人しく引き下がったけれど、今お前と会ってムカついてきた。

償ってもらわないとな」

 

「償うって...。

僕は君には何もしてあげられない」

 

食欲を一気に失った目の前で、料理は冷めていく。

 

「食わないのか?」

 

「僕は君に話したいことは何もない。

君との関係は終わったんだ。

悪いけど、どっかへ行ってくれないかな?

行かないなら、帰らせてもらう」

 

席を立った僕の手首は、再び男に捕らえられた。

 

筋肉自慢の男は力が強い。

 

「『悪いけど』...。

お前の口癖だなぁ?

悪いと思ってんだ」

 

僕はそれに応えず、男を見下ろし睨みつけた。

 

すごんで見せても、僕の顔じゃいまいち迫力がないのだけど。

 

「俺さ、連れと来てんの」

 

男は背後を親指で指した。

 

「ボコってやろうか?」

 

「!」

 

血の気が下がった。

 

男が指した先に、僕らのやりとりを眺めていたらしい男たちが3人。

 

「あん時の俺は大人しかったからなぁ?

お前の綺麗な顔が...すげぇ、ムカつく」

 

「あっ...!」

 

テーブル脇に置いたスマホが、男の手にさらわれた。

 

「返せ!」

 

男は取り返そうとする僕の手を払いのけた。

 

不穏な空気に、周囲の客も気づき始めたようだった。

 

店員も店長らしき男性を呼び寄せ、ひそひそと囁きあっている。

 

「立て」

 

僕の二の腕を握った男の力の強いことと言ったら!

 

男の怒りはごもっともだ。

 

それにふさわしいだけのことを、僕は彼にした。

 

寝る度に真剣みを帯びてきた男の目の色に警戒するようになり、同時進行で会っていた別の男に乗り替えた。

 

「離せっ!」

 

抵抗する僕に、男は耳打ちした。

 

「店の迷惑になる」

 

僕は男に肩を抱かれて店外へと出るしかなかった。

 

食べずじまいの料理の代金は男が払った。

 

男と関係を持っていた頃も、ホテルの支払いは彼が全部もってくれた。

 

僕の無様な姿といったら!

 

男の連れたちも、僕らを追ってきた。

 

店の1階駐車場の暗がりで、僕は4人の男たちに囲まれた。

 

ヤバそうな奴...いわゆる輩感のある奴...はいないようで安心した。

 

鼻息荒いのは男だけで、僕が見る限り、他の彼らは付き合わされている感いっぱいな傍観者だった。

 

「ボコる」は、僕を怖がらせようと吐いた台詞のようだ。

 

身体の相性がよくても、1度きりのセックスに留めておかなかった結果がこれだ。

 

こんな修羅場めいたシーンに遭いたくなかったから、自分なりのルールを決めていたのに...今さら後悔しても遅いんだけど。

 

「え~っと。

お前の『今の男』は誰かなぁ?」

 

「返せよ!」

 

僕に取り返されないよう、男はスマホを持った手を遠くに掲げてしまった。

 

男は僕のスマホをスクロールし始めた。

 

「お!

こいつだな」

 

直近の履歴は...ユノだ!

 

関係を持った男たちとは連絡先をぜったいに交換しないから。

 

「止めろ!」

 

ユノを巻き込むわけにはいかない。

 

僕は派手な恋愛遍歴を持つ男なんだと、ユノにはバラしていた。

 

けれどもユノはきっと、僕とは単に惚れっぽい奴程度に捉えていると思う。

 

僕の最低な過去の「実態」を知られたくなかった。

 

操作する男の腕に飛び掛かった直後、胸をどんと突かれ、僕は勢いよく後ろに転んでしまった。

 

手の平がざらついたアスファルトにひりひりする。

 

僕のスマホを耳にあてる男を、「どうかユノ、電話に出ないで!」と祈りながら固唾をのんで見守った。

 

「お宅が『ユノ』さんか?」

 

僕はがっくりと肩を落とした。

 

(つづく)

 

 

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(20)ぴっかぴか

 

 

~ユノ~

 

片手に下げた紙袋には、母さんが持たせたおかず入りのタッパーと缶詰が入っている。

 

夕刻前の電車に揺られた俺の意識は『あの人物』へと飛んでいた。

 

車両の半分を占めた女子高生なんて、全く視界に入っていなかった。

 

太もも丸出しのプリーツスカートなんて、どうでもいい。

 

なんだあいつ...。

 

チャンミンと再会した時のあの衝撃...思い出すだけで、鼓動が早くなるのだ。

 

一瞬間、頭が真っ白になり、その後に怒りが湧いてきた。

 

なんなんだ、あいつは!?

 

あの男は俺を驚かせてばかりだ。

 

失恋の痛みに浸りながら、たまに涙をこぼしたりして(俺は涙もろい)、しんみりとした数か月を過ごすだろうと覚悟していたのに。

 

それどころじゃなくなったじゃないか!

 

そりゃあ、友人が増えるのは喜ばしい。

 

大人になってから、新たな友人を得る機会がぐっと減った。

 

どこか一歩下がった、控え目な探り合いのような付き合いになってしまう。

 

お互い仕事もあるし、価値観みたいなものも固定されてきて、学生時代と同様にはいかない。

 

(不思議なことに、女の子相手だとその辺りは特に問題にならない)

 

ところがチャンミンは例外だった。

 

いきなり距離を縮めてきて、俺のナイーブな部分にまで踏み込んできた。

 

それだけじゃなく、自身の秘部までさらしてきやがった。

 

経験人数ゼロな俺を馬鹿にしなかったのには新鮮だったし、俺の童貞至上主義を揺るがすような指摘と質問を投げかけてきた。

 

「チャンミンは俺を狙っているのでは!?」なんて疑いを持ってしまったけれど、もしそうならば、己の激しい男関係を明かすはずはない。

 

...ん?

 

「僕とエッチしても、深刻に捉えなくてもいいよん。

だって僕ってほら、尻軽でしょ?

僕は男だし、ユノの『この子だ!』の数には入らないよん」

 

...のつもりで、明かしたのか?

 

なんて策士なんだ!

 

チャンミンがゲイだからって、俺に好意を抱いてるからって、即『ヤル』ことに結び付けてしまう俺の方が頭がいかれている!

 

...ん?

 

今は、チャンミンのケツと俺のチェリーの話は後回しだ。

 

チャンミンの職業に仰天した話に戻ろう。

 

なんなんだよ、あのゲイ・ボーイは!

 

あいつはチャラい恰好とは裏腹に、老人ホームでまっとうな専門職に就いていた。

 

ウメ祖母さんを見ているから、ご老人たちのお相手は大変だろうに。

 

きっと、優秀な介護士なんだろうなぁ。

 

チャンミンの仕事ぶりを直接見たわけじゃないけれど、そうなんじゃないか、って思ったんだ。

 

愛嬌があるし、細っこい身体つきであっても力仕事では頼られているだろう。

 

長い前髪はゴムで結わえてあり、額に汗が浮かんでいた。

 

仕事、頑張ってるなぁって。

 

見直した、という意味じゃないのが不思議だ。

 

予想外な出来事でありながら、予想外じゃなかった。

 

過去の恋愛遍歴を軽々しく語るチャンミンの、醒めた目の色が気になっていたことと繋がる。

 

チャンミンは、多くにおいて『裏腹な』人物なんだろう。

 

惚れやすく(惚れられやすい)恋愛にかまけているようで、ご本人は恋愛事にのめりこんでいるわけじゃない、とか。

 

いくら意外過ぎるからって、職業のことでチャンミンをからかうのは止しておこうと思った。

 

チャンミンは分かってるんだ、見た目と夜の姿とのギャップの大きさに。

 

「どちらがチャンミンの本当の姿か?」と、追求する必要も権利も俺にはない。

 

それにしても...。

 

言動と実態があっちこっちバラバラで、キャラクターを掴みきれない。

 

チャンミンをどう思っているかって?

 

...分からん。

 

(あっぶね~!)

 

電車を乗り過ごすところだった。

 

ポケットの中のスマホが振動した。

 

ホームに降り立ち、人波を避けて階段裏に回り込み、通知内容を確認すると...。

 

「あいつ...!

なにやってんだよ!?」

 

ウメ祖母ちゃんとチャンミンのツーショット写真だった。

 

祖母ちゃんはこれ以上はない程、顔をくしゃくしゃにさせて笑ってVサイン。

 

チャンミンなんて祖母ちゃんの肩を抱いてるし!

(うちの祖母ちゃんに手を出すなよ、と思いかけた直後、待て待て、祖母ちゃんは80半ば、チャンミンの恋愛対象は男だったと思い出した)

 

極めて自然な流れで、チャンミンは俺の家族との関りを持つこととなった。

 

「...明後日かぁ」

 

 


 

~チャンミン~

 

多くの店が閉店し、コンビニエンスストアとファミリーレストランの煌々とした灯りが、歩道を明るく照らしている。

 

看板照明に、夏虫がパタパタと集まっていた。

 

昨夜はユノの部屋に泊まったため、午前中に食材の買い出しに行けていない。

(遅番の日は、夕飯を用意してから出勤するのが常なのだ)

 

「シャワーでしみちゃうじゃないか」

 

入所者のひとりに、腕をバリバリっと引っかかれたのだ。

 

この仕事は生傷が絶えない。

 

噛みつかれた人もいる。

 

今日入所してきたウメさんは、まともな部類に入る。

 

僕を驚かせたお返しに、ウメさんと撮った写真をユノに送り付けてやったのだ。

 

「うふふふ」

 

一軒のファミリーレストランの前を通りかけた時、「今夜はここで夕飯を済ませよう」と、行き過ぎた足を止めた。

 

ポケットにはユノに借りた紙幣が2枚ある。

 

『部屋着』Tシャツは恥ずかしかったけど...ま、いっか。

 

 

店内はそこそこ混雑していた。

 

寒いくらいにきいた冷房で、すぐに汗がひいた。

 

案内された2人席につくなり、お腹がペコペコだった僕はメニュー表を開いた。

 

予算を考慮しながら、から揚げセットとドリア、ポテトフライを注文した。

 

ビールを飲みたいところだけど、昨夜のみ過ぎたから今夜は我慢だ。

 

頬杖をついて、談笑でざわめく店内をぼーっと眺めていた。

 

ユノと食事をするなら気取ったところもいいけれど、純朴そうな彼はこういったカジュアルな店が似合う。

 

庶民的という意味じゃなくて、その方が寛いでくれるんじゃないかなぁ、って。

 

「よっ!」

 

突如、声をかけられ、僕の正面に男が座った。

 

「偶然だな、ここで会うなんて」

 

僕は思いっきり嫌な顔をした。

 

3人前か4人前に付き合っていた男だった。

 

「よそに行けよ」

 

僕の言葉など無視して、そいつは店員を呼びつけて酎ハイを注文した。

 

届いたばかりの料理はそのままに、僕は席を立った。

 

「座れよ」

 

もの凄い力で僕の手首は握られた。

 

厄介なことになったと、暗い気持ちになった。

 

 

(つづく)

 

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(19)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

なぜ、

ユノが

「ここに」

いるんだ!?

 

 

入浴の介助を終え、大量のバスタオルを洗濯乾燥機に投入していた。

 

おむつが紛れ込んでいないか1枚1枚確認しないと、大惨事が起きてしまう。

 

首からぶら下げた携帯電話が鳴った。

 

Dさんの旦那が「カミさんが痩せてきている。あんたんとこはメシを食わせてるのか?」とか、難癖をつけに来たのかなと、暗い気持ちになって電話に出た。

(ホーム入所者よりも、その家族に悩まされることの方が多いのだ)

 

「今すぐ行きます!」

 

忘れてた!

 

今日は1名入所者がいて、僕が担当することに決まっていたんだった!

 

残りの作業をC先輩に押し付けると、僕は浴室を出た。

 

その後知るのだ。

 

その新しい入所者ってのが、ユノのおばあちゃんだってことを。

 

 

窓から降り注ぐ日光が逆光になっていて、すぐに彼がユノだとは分からなかった。

 

長身瘦躯の若者で「お!」と、いい男識別センサーの目盛りが振れた。

 

センサーの目盛りが振りきってしまって当然、そいつはユノだったんだから。

 

ユノはとんでもなくいい男で、ただいま僕が照準を当てている獲物なのだ。

 

こう書くとまるで僕が、ゲームの一環でユノを落とそうとしているように見えるだろう。

 

慈悲の念が湧いてしまった初めての獲物であり、友人でもあって、複雑にしてしまったのは僕だ。

 

思いがけない時と場所でユノと再会し、あらためて「う...やっぱり、カッコいいな」と見惚れた。

 

その次に僕を襲ったのは、「しまったーー!」だ。

 

軟派を装っていた僕が、実はまっとうで健全な職業に就いていたことがバレてしまった。

 

羞恥でいっぱいで、僕はポロシャツの衿を直し、腰にぶら下げた消毒液を手に塗り込み...もじもじしていた。

 

「お知り合い?」とホーム長に尋ねられ、僕が答えるより先にユノが、「はあ...」と答えていた。

 

ユノもびっくり仰天だろう。

 

機械的に会釈する僕から目を反らさなかった。

 

 

「夕飯は17時です。

不明な点があれば、遠慮なく声をかけてください」

 

ホーム長に次いで立ち去ろうとした時、背後から伸びた手に捉えられ、その力強さにひっくりかえりそうになった。

 

ユノだった。

 

「あんた...ちょっとこっちに来い!」

 

そう耳元に囁くと、僕の返答も聞かずユノはぐいぐい引っ張っていく。

 

ユノママは目を丸くして、介護士を引きずっていく息子を見送った。

 

 

「あんた。

なんでここにいるんだ!」

 

廊下に出るなり、押し殺した声で怒鳴られた。

 

「そのまんまだよ。

ここで働いてるんだよ!」

 

「午後からの仕事って...これか?」

 

「ふん。

似合わないって言いたいんでしょ?」

 

「ああ。

思いっきり似合ない」

 

相変わらずズバリ言う男だ。

 

「ユノは僕の職業をなんだと想像してたんだよ?」

 

「...ストリッパーとか?」

 

「はいはい、それ系だと思った」

(ゲイバーのボーイとか、AV男優とかの名前が出るかと想像していたから、意外)

 

ユノは僕の頭のてっぺんから足の先までを何往復も見た。

 

「そんな頭でいいのか?」

 

ユノは僕の髪色のことを指摘しているのだ...ふむ、当然の質問だ。

 

「仕事さえしっかりしていれば、見た目は関係ないんだ。

僕は大きいから役にたっている」

 

「そうだろうな」

 

ユノが感心した目で...キラッキラに輝いた目で僕を見るんだもの。

 

照れた僕は前髪を指にくるくる巻きつけた。

 

「評判いいんだよ。

『銀色の兄ちゃん』って呼んでもらってさ。

すぐに覚えてもらえるし」

 

「そうだろうな」

 

その場にしゃがみ込んだユノは、僕を見上げて笑った。

 

「意外だよ。

あんたがねぇ...まさかねぇ...」

 

「ふんだ」

 

僕もユノに並んでしゃがんだ。

 

ふわふわ金髪が可愛かった。

 

見惚れる目になっていたのをユノに気付かれ、「おい!」と胸をどつかれた。

 

「お、行かなきゃ」

 

ユノママがユノを呼んでいた。

 

僕の方も、看護師のFさんに呼ばれていた。

 

「ユノ!

いつ会おうっか?」

 

するりと出てきた言葉だった。

 

僕の方から誰かを誘うなんて、あり得ないことなのだ。

 

ユノはいつもの僕を知らないから、「あんたがそんなこと言うなんて、どうしちゃったんだよ」とからかったり、目を丸くすることもない。

 

「会う?

俺と?」

 

意味が分からない風にきょとんとした顔してても、それはフリだってバレてるよ。

 

「そうそう」

 

「今夜は、あんたは仕事だろ?

明日は俺も閉店までいるし...」

 

「それじゃあ、明後日は?

僕、休みなんだ」

 

「そうしよう」

 

ユノは「じゃあな」と手を挙げると、廊下の向こうで彼を待つユノママの元へと行ってしまった。

 

後ろ姿も素晴らしい。

 

ユノを誘っておいて、僕の股間のウズウズは止められない。

 

僕とはつくづく、下半身中心で世界が回っている浅ましい男だな。

 

そんな自分に反吐が出るほど、軽蔑に値する。

 

でも、止められない。

 

いつかは止めないといけないのだけど...。

 

ユノをものにしたかったり、ユノを僕の遊びの対象にするわけにはいけないと思い直したり、相反する感情で僕は1日足らずでへとへとだ。

 

でも、ユノに近づきたい欲求は止められないのだ。

 

 

ユノたちが帰って行ったあと、ホーム長は意味ありげに笑うだけじゃなく、「入所者のご家族とトラブルを起こさないように」とくぎを刺した。

 

職場では、僕は男が好きな男なんだと隠していないのだ。

 

私生活では派手な男遊びを繰り広げていることを、ホーム長にだけにはバレているのだけど。

 

(つづく)

 

 

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(18)ぴっかぴか

 

 

~ユノ~

 

チャンミンは「じゃあね」と胸の位置で女子っぽく手を振り、改札口の向こうへ消えていった。

 

なんだなんだ、可愛すぎるぞ。

 

俺が貸したボトムスはチャンミンの尻には大きいようで、余った生地が尻の下でたゆんでいる。

 

細い腰や小さな尻を注視する自分に、「こら!どこ見てるんだ!」と突っ込んだ。

 

なんだあいつは...。

 

なんなんだ、あいつは。

 

美貌のゲイボーイに口づけられた頬をこすった。

 

押し当てられた唇は柔らかかった。

 

特別おしゃべりでも騒がしい奴でもないのに、チャンミンがいるとそこは華やかに色づいた。

 

お開きになったパーティ、後に残されたホストのような寂しさというような...。

 

チャンミンと連絡先を交換したのは、うちで洗濯してやった衣類を返さないといけなくて、連絡手段がないと不便だろうと考えただけ...でもないか。

 

言い訳だな、これは。

 

正直に認めてしまえば、それだけじゃなく 「お友達になりましょう」と交際を申し込んだ奴が一向に、電話番号なりメールアドレスなりを教えてくれなかったことに焦れたのだ。

 

俺から言い出させる作戦だとしたら、さすが交際人数20人、恋愛の策士だ。

 

「ユノに見惚れてた」と言ったチャンミン。

 

目付きはとろんとしたものだったけど、ウルウルにさせた眼の奥はしん、としていた。

 

気になってしまって、おせっかいだってことは分かってはいても、忠告めいたことを吐いてしまったのだ。

 

20人だか30人と付き合ってきた、と話していた。

 

単に惚れやすいなだけの単純な奴なのか、独りになるのが怖くて男を渡り歩いていたのか...。

 

重すぎる愛情表現に付き合いきれなくなって、フったかフラれたか...。

 

いずれにせよ、チャンミンという男は恋愛ごとに関しては、馬鹿か達人かどちらかだろう。

 

どちらにしても、あのルックスだ。

 

チャンミンという蜜にひかれて、その気のある男どもがわらわらと寄ってくるんだろうな。

 

童貞の俺が言う資格はないのを重々承知で言わせてもらうと、『危なっかしい』に尽きる。

 

今までは何事もなくいられたのが不思議だ。

 

初対面の俺にケツの穴まで見せるくらいガードが甘い。

 

「気をつけた方がいいぞ」と俺の忠告にチャンミンは気を悪くする風でもなく、「ユノったら、僕を心配してくれるんだ」なんて、もっと眼をうるうるさせるんだから。

 

どこかでトラブルに遭うんじゃないかって、心配になってきた。

 

チャンミンが消えた後もしばし、そこに立ち尽くしていた。

 

それから突如、彼女との別れに胸がズキズキし始めた。

 

そうなんだよなぁ、忘れていたけど俺は傷心中だったのだ。

 

スマホを取り出し、彼女の連絡先を消去した。

 

俺は引きずるタイプの男なのだ。

 

鼻の奥がつんと痛くなり、じわっと涙がにじんできたのを堪えた。

 

失恋なんて慣れてるだろう?

 

次なる『この子だ!』を探す気にもならず、当分は喪失の痛みとぽっかり空いた時間を持て余すんだろうなぁ。

 

「おっと!」

 

改札口上部の時計が11時を指していて、今日の予定を思い出したのだ。

 

喉の渇きを覚え、ジュースでも買おうと自販機に駆け寄ったところで、チャンミンにポケットの中身全部、手渡したことも思い出した。

 

あ~あ。

 

俺はチャンミンに振り回されつつある。

 

でも、そんな自分が嫌じゃない。

 

なんでろう。

 

 

 

 

今日の俺は、実家に顔を出す約束があった。

 

ウメ祖母ちゃんの老人ホーム入居の日。

 

ばあちゃんっ子だった俺は、母さんと一緒に付き添ってやりたかったのだ。

 

実家の玄関の戸を開ける間もなく、「遅い!」と母さんに叱られた。

 

「ごめん。

えっと...荷物の用意は?」

 

「車に積んであるわよ」

 

小さく縮んでしまったウメ祖母さんを後部座席に、母さんを助手席に乗せて、ここから15km離れたホームへと車を走らせたのだった。

 

 

 

 

あてがわれたのは4人部屋で、備え付けの棚に持参した荷物を納めていく。

 

日当たりのよい広々とした部屋で、窓の外は芝生張りの広場と、色とりどりの花が植わっている花壇が周囲を縁取っている。

 

ヘルパーさんが車椅子に乗ったじいさんを押している。

 

出迎えたホーム長さんも感じのよい人だった。

 

いいところで俺は安心した。

 

鼻の奥がつんとしてきた。

 

半分ボケかけたウメ祖母ちゃんといえば、ベッドに腰掛けぼうっとしている。

 

ふと思い出したよう、「ユノや、こずかいをやろう」「ユノや、勉強はちゃんとやってるかい?」と俺に話しかけてくる。

 

その都度俺は、「この前もらったから足りてるよ」「いっぱい勉強しているよ」と答えた。

 

ウメ祖母ちゃんがここに入居することになってしまったことで、俺の目に涙が浮かんでしまう。

 

母さんは働いているし、俺も勤務先の都合上、ここから1時間離れた街に1人暮らしだ。

 

自宅で介護し続けるのも限界だったのだ。

 

出来る限りウメ祖母ちゃんの顔を見に来よう、彼女の好きなイチゴを買って来ようと心に決めたのだった。

 

「ユノや、嫁さんは元気か?」

 

「祖母ちゃ~ん。

俺はまだ結婚していないって」

 

ウメ祖母ちゃんの意識は過去と現在、さらに未来へとあっちこっち彷徨っているのだ。

 

「ユノや、孫を早く見せてくれ」

 

「うん、わかった」

 

 

 

 

「どうですか?」

 

ホーム長が顔を出したので、母さんは「いいところで、母も喜んでいます」と頭を下げた。

 

ウメ祖母ちゃんはベッドに横になっていて、俺は「喜んでいる『はず』です」と、心の中で付け加えた。

 

「担当の者をご紹介します」

 

ホーム長は振り向き、遅れてやってきた者を俺たちに引き合わせた。

 

「!!!!!」

 

銀髪のゲイボーイ。

 

俺はひっと吸い込んだ空気を、吐き出すことが出来ない。

 

チャチャチャチャンミンではないか!!!

 

チャンミンも目を真ん丸にして、言葉を失っている。

 

どうしてチャンミンがここにいるんだ!?

 

エロシャツにエロパンツ姿だったチャンミンが、ジャージパンツに白のポロシャツ、白のスニーカーに身を包んでいる。

 

なんと似合わないことか!

 

チャンミンがなぜ...ここにいる?

 

俺とチャンミンは真っすぐ目を合わせたまま、フリーズしている。

 

「あら?

知り合いでしたの?」

 

「...はあ」

 

俺は小刻みに頷いた。

 

「ウメさんを、このチャンミンが担当させていただきます」

 

ホーム長は固まってしまったチャンミンの背中を押した。

 

「ど、どうも、よろしくお願いします」

 

頭を下げるチャンミンは上目遣いで、俺から目を反らさない。

 

俺だって目を反らせない。

 

チャンミンが言い淀んでいた職業とは、介護士だったのだ!

 

 

(つづく)

 

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