(1)甘い甘い生活

脚をひきずるようにして帰宅したある夜、部屋に彼がいた。

 

「おかえりなさい」

 

ソファの上で膝を抱えて座っていた彼は、立ち上がると俺のバッグを取り上げ、ジャケットを脱がせた。

 

「くたくたでしょう」

 

俺はあっけにとられていて、彼にされるがままで、気づけばお風呂上がりでポカポカで、冷たい缶ビールを手にしていた。

独身男のひとり暮らしの部屋とは言え、いきなり男がいたりしたら、それはもう事件だし、犯罪行為だ。

けれど、俺はあまりにも疲れ果てていたし、彼の邪気のない笑顔を見ると、露ほども恐怖は感じなかったのだ。

職場での理不尽な扱い、数年来交際していた恋人の裏切り、家族の死。

負の出来事がこの一か月の間立て続けに起こり、身体的にも精神的にもどん底で、毎日が精いっぱいだった。

いきなりの彼の登場に全く驚かないほど、思考力が落ちていた。

 

「僕の名前はチャンミンと言います」

 

彼が用意した料理をつまみに2本目のビールを開けた時、彼は自己紹介を始めた。

 

「今夜から僕がユンホさんのお世話をしてあげます」

 

彼が俺の名前を口にしたことも、彫刻のように整った顔も、何もかもが非現実的過ぎた。

俺はあまりにも疲弊していたから、彼の容貌を目にしても、全く惹かれなかった。

 

「これ以上はダメです」

 

3本目に手を伸ばす俺より早く、チャンミンはビールを取り上げた。

 

「明日に響きます。

二日酔いになります。

顔がむくんでブサイクになります。

僕が代わりに飲みます。

お酒はベストコンディションな時に、美味しく飲まないとね」

 

​チャンミンは、恨めしそうに見つめる俺に構わず、あっという間に飲み干してしまった。

 

「さあさあ、ユンホさん。

もう寝る時間ですよ!

​電気毛布を入れておいたから、あったかい布団で眠れますよ」

 

​ほろ酔い状態で、砂が詰まったかのような頭で、彼の言葉を聞いていた。

 

「明日は僕が起こしてあげますから、ぐっすり眠ってください」

 

部屋の照明が消され、明るいリビングからの逆光に、チャンミンのシルエットが浮かび上がっていた。

このようにして、俺とチャンミンとの生活が始まった。

 


 

 

チャンミンは優秀なハウスキーパーだった。

俺は毎朝チャンミンに起こされ、彼が用意した朝食を食べ、弁当を持たされ出社する。

 

「ユンホさんは、こっちの色の方が似合います」

 

いつの間にか身なりに無頓着になっていた俺。

存在をすっかり忘れていたミッドナイト・ブルーのネクタイを、クローゼットから引っ張り出して俺の首にしめてくれた。

上司と後輩の間に挟まれきゅうきゅうとし、疲労困憊して帰宅する。

 

「おかえりなさい」

 

チャンミンが玄関に小走りに出てきて、俺の手からバッグを取り上げる。

 

「ユンホさん、お疲れ様。

今夜は鍋にしました。

野菜も肉もたくさん入れたから、だしが出て美味しいですよ」

 

浴室から出ると、洗濯されきちんと畳まれたパジャマと下着が用意されていた。

 

「ユンホさん、下着を新しくしておきました。

ヨレヨレでしたから」

 

細やかな気遣いにじんと感動し、丁寧なもの言いの間に挟まれる毒舌にムッとしていると、その後のフォローに苦笑した。

チャンミンに大切に扱われているうちに、自分がかけがえのない大切な存在だと思えてきた。

朝はチャンミンが見送ってくれる。

家に帰ると、チャンミンが待っている。

何もかもやってくれて。

 

「今夜から僕が、ユンホさんのお世話をしてあげます」

 

チャンミンがやってきた夜、彼が宣言した通りだった。

俺の本棚からぬきとった一冊の本を読みふけるチャンミンを見つめた。

ソファにもたれて、長い脚を床に投げ出すようして座るチャンミン。

俺からの視線に気づくと、

「なんですか?」

目を半月型にさせて、にっこりと笑った。

 

「夜遅いですから、アイスはダメです、太ります」

 

チャンミンの笑顔に胸をつかれた。

 

「胃に優しいお粥を作ってあげますから、それで我慢してください」

 

いそいそとキッチンに立つチャンミンを目で追っていた。

彼がこんなに優しい目元をしているなんて、今さら気づいた。


 

別れた彼氏が新しい恋人を連れた姿を目撃してしまった日のこと。

​ベッドに横になった俺の隣に、チャンミンがスルリとすべりこんできた。

 

「僕が添い寝をしてあげますから」

 

ぎょっとしてチャンミンを見上げると、

「安心してください、襲ったりはしません」

 

チャンミンの言葉が可笑しくて、思わず吹き出した。

 

「襲って欲しいんですか?」

 

チャンミンはおどけた笑いを浮かべると、俺の頭を胸に引き寄せた。

 

「ダメです。

今はダメなんです」

 

​チャンミンの胸から、規則正しい鼓動が聞こえた。

 

「その時がきたら、ちゃんと襲ってあげますから。

あ...ユンホさんだから、『襲われてあげます』の言い方の方が正しいかな?

ゴールは同じですから、どっちでもいいですね」

 

チャンミンは、俺の背中を優しくポンポンと叩いた。

 

「僕が胸を貸してあげますから、泣いていいですよ」

 

チャンミンが言い終えないうちに、せきを切ったかのように目から涙があふれ、声を出して泣いていた。

​最後に泣いたのはいつだっただろう?

​こんなに泣いたのは、うんと久しぶりだった。

いつの間にか俺は、涙すら出せなくなっていた。

歯を食いしばってこぶしを握り、心を閉じた毎日を送っていた。

泣いてはじめて、そんな自分に気づいた。

 

翌朝、とっくに起きだして朝食を用意していたチャンミンは、俺の顔を見るなり大笑いした。

「ユンホさん...恐ろしいほどブサイクな顔してます」

 

むくれる俺に、チャンミンはいつものように弁当箱を手渡した。

「お弁当にサプライズがありますから、楽しみにしていてください」

 

​忙しさでずれこんだ昼休憩の時間、そそけだった心のまま弁当箱の蓋を開けた瞬間、慌てて蓋を閉めてしまった。

 

「もったいなくて、食べられないよ」

たっぷりと敷きつめられた炒り卵の上に、カットされた海苔で書かれた『ユンホ』の文字。

大きな手で海苔を切るチャンミンの姿を想像すると、微笑ましくてたまらなかった。

 

「なんて可愛いことしてくれるんだよ、チャンミン」

 


 

昼間、チャンミンはひとり何をしていたのだろう。

夕日が差し込む狭い1LDKの部屋で、チャンミンは洗濯物をたたみながら何を考えていたのだろう。

夕飯のメニューを考えながら、俺の帰宅を待っていたのだろうか。

うっすらとホコリをかぶっていた部屋はさっぱりと清潔に、曇った浴室の鏡も磨き上げられ、冷蔵庫にはおかずが詰まった保存容器が並んだ。

食卓に置いたグラスに活けられた2輪のダリアを目にしたある日、俺は泣きそうになった。

 

(つづく)

 

(続編)二人の添い寝屋

 

 

5日目。

 

本来なら、添い寝屋ユノとの、添い寝屋チャンミンとの契約が切れる日だった。

 

「お世話になりました」と言い合って、バイバイするはずの日だった。

 

でも、僕らは恋人同士になったから、バイバイする必要はないのだ。

 

嬉しすぎてくすくす笑っていたら、「チャンミンの笑い方がキモイ、エロい」と、ユノに髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。

 

ユノの不眠が治ったかどうかは分からない。

 

僕らが1つになって交じり合って、1日も経っていないんだもの。

 

しわだらけのシーツに頬をくっつけて、まぶたを半分落とした僕はうっとり、満ち足りたため息をついた。

 

ぺちょりと濡れたシミがここに、乾きかけのシミがあそこに。

 

これらは全部、僕が出したもの。

 

放出されたユノのものは全部、僕の中で受け止めた。

 

ハートは満タン、肉体的にも潤った感に浸る僕。

 

温かくなった身体に慣れなくて、足元がふらついてしまい、さっと伸びたユノの腕に支えられる。

 

ユノの肩にもたれかかり、微熱程度まで下がった、乾いた彼の肌に口づける。

 

夕日でオレンジ色に染まったリビング。

 

ユノの均整のとれた肢体が長い影を作っている。

 

冷蔵庫の中を物色するユノの腰に腕を回した。

 

ユノの首の付け根の骨に吸いつくと、

 

「チャンミンがこんなキャラだったなんて...意外だな」と笑われてしまった。

 

「...だって」

 

自分でもびっくりだよ。

 

甘えんぼキャラだったなんて!

 

ユノの固く引き締まったお腹の下の、ふさふさを梳きついでに、中心から顔を出しているのをふにふにしてたら、「こら!」と怒られた。

 

「頼む...休憩させてくれ」

 

「ユノって強かったんじゃなかったっけ?

あんな程度なの?

な~んだ、がっかりだなぁ」

 

「半日で5回だぞ?

十分、強いだろ?

底無しなのはチャンミン、お前の方だ!」

 

「むぅ」

 

「5年もご無沙汰だったんだから仕方ないけどさ。

溜め込んだミルクタンクの中身を、慌てて空にする必要はない!」

 

「...だって」

 

目覚めた僕の身体は、性狂乱時代が証明しているように力がみなぎっていて、欲しくてたまらないのだ。

 

欲しいのはもちろん、『ユノ限定』だ。

 

「歩きにくいから、離れてくれ」

 

「やだ」

 

ユノは後ろにへばりついた僕を引きずって、リビングまで戻る。

 

ソファに座ったユノの隣に陣取り、パックから直接牛乳を飲むユノの、ごくごく動く喉仏に見惚れた。

 

全面窓から注ぐ光に、ユノの濃いまつ毛が際立ち、その下の瞳もつるんと光っている。

 

「僕も飲みたい」

 

「どっちのミルク?」

 

「へ?」

 

「......」

 

「?」

 

「はあぁ」とため息をつき、

 

「...ジョークだよ。

意味がわからない顔をまともにされると、俺の方が照れる」とユノは言った。

 

「ふふふ」

 

「なんだよ、分かってたのか?

からかうのは俺の役割。

からかわれるのはチャンミンって決まってるの」

 

「ふふふ」

 

ムッとしてるユノから牛乳パックを取り上げ、乾いた喉を潤していると...。

 

ユノったら、僕の脇腹をくすぐるんだ。

 

ぶはー!と牛乳を盛大に吹き出してしまった。

 

「ぎゃははははは!」

 

牛乳パックなんて放り出してしまって、くすぐり合っているうちに...ソファの上で第6ラウンドが始まってしまうのだ。

 

だから僕らは下着をつける間もなくて、今朝からずーっと全裸なのだ。

 

ユノの全身を...ぷりっとしたお尻や、脇腹からあそこへ斜めに走るライン、ぷっくり大き目の2つのピンクなんかを存分に眺められて、僕のドキドキは止まらないのだ。

 

 

 

 

僕とユノは5年前に、既に出逢っていたのだ。

 

出逢い、と言っても、当時は互いの顔かたちを認識し合う余裕もなく、名前も知らず、アソコとアソコを繋げただけの仲。

 

内で荒れ狂う色欲を発散させるための場なのだから、名無しで構わないのだ。

 

ユノは酒と媚薬で酔っ払った状態だった。

 

僕はチャイナドレスを身にまとい、メス化したあそこはとろとろで柔らかくほぐれていた。

 

女の人とやっていたと誤解したユノは、お気の毒さまだ。

 

あまりの相性の良さに、僕の中から引き抜くユノへと、僕の情熱が吸引されてしまった。

 

僕の熱をユノは持ち帰ってしまい、僕に残されたのはメーターがほぼゼロの肉体。

 

4日前、僕の前に添い寝屋兼客として現れたユノ。

 

ユノに触れられる度、そこから痺れが走りゾクゾクのし通しだった。

 

どうりで変だと思った。

 

世界で唯一の凸凹同士だったんだから、異常に反応してしまったのも仕方がないよね。

 

ユノの先っちょが僕の中にめり込んだ時、僕は肉体全部...血肉骨をもってして思い出したんだ。

 

「あの時の!」

 

ユノも同様で、「嘘だろ...」とつぶやいた後、絶句していた。

 

1回戦は記憶がないんだ。

 

衝撃が凄すぎて、早々と意識を手放してしまったらしい。

 

気付いた時にはコトの後で、僕は大の字になっていた。

 

うっすら目を開けると、間近にユノの優しい微笑みが待っていて、僕もつられて笑った。

 

 

 

 

夕飯はレトルトのスープを温めたものと、炒めただけの薄切り牛肉、といった簡単なもの。

 

(今朝、ユノが僕のためにブランチを作ってくれたのはいいんだけど、予想通りキッチンがえらいことになっていた。真っ黒になった外国製のフライパンに泣きそうになっていると、「俺が新しいやつを買ってやる」と言ってくれた)

 

「ユノが眠れるようになれるといいね」

 

フォークを皿に戻し、その手でテーブル向こうのユノの手に触れた。

 

「だいぶ平熱に近づいてきたね。

こもっていた熱が減ってきたから、少しは楽になったんじゃない?」

 

「そわそわと落ち着かない感じは、確かに無くなった。

でも...」

 

言いかけたものの黙ってしまったユノに、僕は席を立ち、椅子の背もたれごと彼を抱きしめた。

 

「ユノ。

仕事はどうする?」

 

「続ける。

チャンミンは?」

 

「続けるよ、もちろん」

 

「客がいい男だったり女だったりしたら、妬けるなぁ」

 

「僕だって同じだよ。

お客はみんな、ユノを好きになっちゃうんじゃないかって」

 

「俺の気持ちはしっかりしているから、心配しなくていいよ」

 

「ふぅん。

お客がユノに夢中になっちゃうってとこは、否定しないんだ」

 

膨れる僕の頭を、ユノは後ろ手にがしがしと撫ぜた。

 

「まあまあ。

チャンミンだって、可愛い添い寝屋さんだからモテるだろうね。

俺が止めて欲しいと言っても、チャンミンは今の仕事を辞めないだろ?」

 

「...うん。

ユノもでしょ?」

 

「ああ」

 

気だるげ添い寝屋を気取っていた僕でも、僕なりにプロ意識を持って5年続けてきたのだ。

 

「ユノはちゃんと仕事をやり遂げたよね。

でも、僕の仕事はまだ終わっていない。

ユノの不眠を治さなくっちゃ」

 

「治ってるかもよ。

今夜、分かるよ」

 

ユノはそう言ってるけれど、昨日の今日で、スイッチを切り替えたみたいにぐーぐー眠れるようになれるわけないと思う。

 

ユノの不眠は多分、根深い。

 

ユノの隣で僕が毎朝、確実に目覚めることで、安心させてあげるしかないのだ。

 

「いいこと思いついた」

 

「俺も」

 

「何?」

 

「チャンミンが先に言えよ」

 

「やだ。

ユノがお先にどうぞ」

 

ユノは椅子を後ろ前に座り直し、背もたれに顎を乗せて僕を見上げた。

 

上目遣いのユノは、僕の目には甘えた幼顔に映った。

 

へぇ...ユノのこんな顔、初めて見た。

 

「俺...チャンミンちに引っ越してこようかな」

 

「僕も同じこと考えてた」

 

僕はにっこり笑った。

 

「でね、この部屋でお客をとるの。

お客ひとりに対して、添い寝屋が二人なの。

でね、僕らはお揃いのパジャマを着るの。

超高級添い寝屋なんだ。

お客は、僕らに挟まれて寝るんだよ」

 

「贅沢だな...」

 

「でしょ?

他にはないよ、こんなサービス」

 

「俺は、いびきをかいて寝る客とチャンミンを見守る、ってわけ?」

 

拗ねるユノの鼻を突いた。

 

「そうだよ。

無理に寝ようとしなくていいんだ。

寂しくなったら、僕をたたき起こしていいからね。

僕は絶対に起きるから」

 

「俺はいつ寝るんだ?」

 

「朝になったら寝ればいいじゃないか。

夜は寝るものだってかたっくるしく考えているから、眠気が来ないんだよ。

ユノが寝てる間に、僕がご飯を作るから。

お昼になったら、僕が起こしてあげる。

ユノはキッチン、立ち入り禁止。

鍋もお皿も台無しにされたくないからね」

 

「...『彼女感』凄まじいな」

 

「彼女って言うな!」

 

僕はまるで夢みたいなことを語っているのではない。

 

これは明日の朝から、必ず実現するストーリーなのだ。

 

「僕はご存知の通り、底無しみたいだから、ユノはヘトヘトになるよ。

僕に搾り取られてクタクタになれば、否が応でも眠くなるよ」

 

僕はユノの手を引いて、寝室へいざなった。

 

換気のため開けておいた窓から、さぁっと涼しい空気が通り抜けた。

 

巨大団地の整列した白い点々、数珠つなぎになったテールランプの赤い点々。

 

二日前にも似たような夜景を共に見た。

 

今、目に映る景色はもっともっと、きらびやかに美しく僕の胸に迫る。

 

僕らは添い寝屋。

 

添い寝し添い寝され、僕らはみずみずしくなっていく。

 

幸福な二人の添い寝屋に挟まれて、客たちは満ち足りた寝息をたてるだろう。

 

 

(おしまい)

 

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(28 最終話)添い寝屋

 

 

~ユノ~

 

 

あそこを通して、俺と彼女は身体だけじゃなく、内に秘めた情熱も含めて一体となっていた。

 

彼女の奥で俺のものを放ち、しばし繋がった感触を愉しんだ。

 

凄かった。

 

俺のものと彼女の穴は、真の意味でジャストだった。

 

ところが。

 

引き抜いた時、俺の中に彼女が入ってきた。

 

肉体以外の彼女のものが全部、俺の中に注入された。

 

高さ数十メートルの堤防が決壊したかのように、押し寄せてきた。

 

押し流され、溺れるところだった。

 

大量のエネルギーが投入され、俺の精神は焼き尽くされてもおかしくないのに、俺はこうして今、ちゃんと生きている。

 

なぜなら、俺の中の窯のサイズが...例えで言うと、ピザ焼き窯から突如、鉄鋼炉サイズに...拡大したからだ。

 

全然、喜ばしいことじゃない。

 

彼女の熱を取り込んだせいで、2人分の...いや、それ以上だ...2乗の熱量を抱える羽目に陥った。

 

俺は絶望した。

 

心だけは決して燃やすまいと、守り続けてきたが、燃え移るのも時間の問題。

 

...そんなある日。

 

奪ってしまった熱を、持ち主に還す時が訪れた。

 

『彼女』はチャンミンだった。

 

チャンミンの入り口に埋めた時、俺の中が瞬時に沸点に達した。

 

身体は覚えていた。

 

 

あの時の...!

 

 

チャンミンが持ち得た熱い心を5年間、チャンミンの代わりに俺の中で預かっていたってわけだ。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ユノのものが埋められた時、あの日の衝撃が蘇った。

 

 

これは...あの時の...!

 

 

忘れられるわけないよ。

 

僕を『不能』にしてしまうくらい、世界で唯一のものだったんだから。

 

四つん這いになった姿勢のまま、後ろのユノを振り仰いだ。

 

ユノは腰を振ることなく、下になった僕を見下ろしている。

 

切れ長なはずのユノの目が、真ん丸になっている。

 

僕も同様に、目を見開いている。

 

 

「...チャンミンだったのか...?」

 

「...そうみたいだね...」

 

 

僕の腰をつかみ直したユノは、深々と埋めた自身の腰を引いた。

 

ユノの太い首が、僕のいいところを刺激するもんだから、「ひゃん」って。

 

引いた腰が押し込まれた時なんか、「ぐはっ」って、もっと変な声が出てしまった。

 

全然、恥ずかしくなかった。

 

相性がいいレベルじゃない、ユノのものは僕のもの。

 

僕のあそこは、ユノのためにオーダーメイドされたんだ...大げさに言うとね。

 

グラグラ沸いた巨大な鍋に投げ込まれた僕の氷はハイペースで溶けていった。

 

火のユノと氷の僕は、足して1になった。

 

 

 

 

1度目は良すぎるあまり、数突きで失神してしまった。

 

ひと休憩の後の2ラウンド目。

 

「どうして、女の恰好をしてたんだ?」

 

「男より女の人の方が人気があるんだよ。

ドレスを着ているとね、相手選びに苦労しないんだ」

 

「まさか男を相手にしてたなんて、全く疑いもしなかった...」

 

「あそこにいる者はみんな、頭がおかしくなってるから。

棒と穴があればいいんだ。

僕のあそこなんて、使い過ぎて女の人みたいになってたし」

 

言葉を交わしながら、僕らは身体を繋げ合う。

 

「今もそんなようなものだぞ?

5年ぶりだとは思えないくらいだ。

...すごいな...俺のに吸い付いてくる」

 

「...それはね、ユノのものだからだよ」

 

びっくりするくらいフィットするんだ。

 

ユノの腰の動きに合わせて、僕のあそこも揺れる。

 

あそこが充血していることは、触って確かめなくても分かった。

 

もし、サイズを取り戻せなかったとしても構わない。

 

ユノといいコトをして、いい気分になれるのなら、僕のあそこが男になる必要はない。

 

「チャンミンと『したい』と言ったけどさ、暴走するんじゃないか、って怖かったんだ。

ちゃんとコントロールできるかどうかね。

抱きつぶしてしまうんじゃないか、って」

 

「ギラギラしているユノは怖かったけど、絶対に大丈夫だって自信があったんだ」

 

僕はユノの上にまたがって、後ろ手にユノの膝をつかんで背中を反らしていた。

 

「どこからそんな自信が?」

 

「ユノはすごく熱くて蒸発しそうだし、僕なんて凍死しそうだった。

だから...っんん...うんっ...。

ああっ!

ユノ!

今喋ってるんだから、動かさないで...っよ!」

 

「いい眺め...。

男のM字開脚もそそるねぇ」

 

「わっ!」

 

途端に恥ずかしくなってしまい、両膝を閉じようとしたけど、ユノによってもっと開脚させられてしまった。

 

いろんなところを全部見られてしまったけど...もう、いいや。

 

「俺たちは足して割ると、適温なんだな」

 

「そうだよ。

ほら、僕の指を触って」

 

僕の腰を支えてたユノの片手を、僕の足先に誘導した。

 

「お!

あったかい」

 

「でしょ?」なんて、得意げになっていたら、ユノったら僕の足の指を舐めるんだから。

 

くすぐったくて身をよじった僕は、バランスを崩した挙句、ごろんと見事な後転を披露してしまった。

 

バスタブに頭から突っ込んでしまった日みたいに(あれは何日目だったっけ?)、間抜けな恰好になってしまった。

 

ユノはゲラゲラ笑っているし、プンプンの僕は枕に顔を埋めてしまうし、情事が中断してしまうし。

 

でも、よかった。

 

濃淡のない漆黒な眼の色は、前と同じだったけど、ブラックホールみたいな怖い渦は消えていた。

 

「そうなるね。

チャンミンが『不能』になってしまってもおかしくないよ。

それにしても...チャンミンの欲の熱量は凄かった。

さすが、淫乱だっただけあるよ」

 

「むぅ」

 

「俺も強い方だったけど、俺が引き受けた熱量はそれを上回った。

おかげで不眠記録を更新し続けて、はや5年だ」

 

「更新記録をストップできるかな?」

 

僕の頬はユノの両手に包まれた。

 

ユノは僕の涙を舐めとると、優しくキスをした。

 

「チャンミン」

 

唇が重ねたまま、僕は「はい」と応えた。

 

「俺たち、これからどうなる?」

 

「契約期間はあと1日残ってるよ」

 

「契約なんて、とっくに白紙になってるよ」

 

「へ?」

 

「チャンミンからのオーダーは、辞退したんだ。

今朝のうちに。

2日分は返金したよ」

 

「ええっ!」

 

「これで俺は、チャンミンにとって『添い寝屋』じゃなくなった」

 

「...うそ」

 

「ついでに、チャンミンへの予約も解約した。

これで俺は、添い寝屋チャンミンの『客』じゃなくなった。

お前のところは、たっぷりと違約金をとるんだなぁ。

返金されたのは、たったの0.5日分だぞ」

 

「...ごめん」

 

「俺ばっかり、払い損だよ」

 

「ごめん。

その分はちゃんと払うから」

 

「とんちんかんなことを言うなって。

チャンミンから金を貰っても、これっぽっちも嬉しくない。

埋め合わせに...」

 

「ごくり」

 

「チャンミン...。

お前は相変わらず、『そういうこと』しか考えないんだなぁ」

 

「う、うるさい!

...ん?

2日分?」

 

「今さら気付いた?

今日の時点から、俺はチャンミンの『客』でもないし『添い寝屋』でもなかった」

 

「...ってことは?」

 

「そうだよ。

ついさっきまでのセックスは、正真正銘、恋人同士のセックスだ」

 

「コイビトドウシ...」

 

素敵な響きにうっとりとしてしまう...。

 

「俺たちはいわゆる...運命の再会を果たした、ってわけだろ?」

 

「運命...かぁ。

...ユノは僕の熱を吸い取ってしまった」

 

「チャンミンの熱は、ちゃんと返却したよ」

 

「うん。

確かに返して貰いました」

 

「俺の気持ち...伝わった?」

 

「...うん」

 

僕の全身のすみずみまで、温かいものが行き渡り、からからだった心も滴りそうに潤った。

 

さらに、ユノの台詞にちりばめられた愛ある言葉に、僕の涙腺は限界を超えてしまった。

 

おちゃらけて誤魔化していたけど、もう駄目だ。

 

嬉し過ぎて、幸せ過ぎて...。

 

 

「...ユノっ...好き。

ユノが好きなんだ...っく...好きなんだよぉ!」

 

 

ユノが愛しくて仕方がない。

 

愛情があとからあとからと湧き出てきて仕方がないんだ。

 

しまいには涙までこぼれてくるんだ。

 

熱い涙が、今度は溶けた水を温めていく。

 

 

「...好きでたまらないんだよぉ...」

 

 

ユノの腕にさらわれついでに、僕はユノの首に腕を回して、もっと泣いた。

 

ユノは片手で僕の後頭部を撫ぜ、もう片方で背中を擦ってくれる。

 

 

「俺も、好きだよ」

 

 

僕は幸せで幸せで、幸せだ。

 

添い寝屋をやってきて、本当によかった。

 

 

 

 

「もう一回しようか?」

 

「うん...」

 

僕らはかれこれ3回?4回?交わっている。

 

全然、足りないんだ。

 

何百回繋がっても、大丈夫。

 

僕は枯渇することはないし、ユノも過剰に取り込むことはない。

 

2人が1人になる。

 

どこからがユノでどこまでが僕なのか、区別がつかない。

 

ユノはフルーツ、僕はミルク。

 

ジューサーに入れられ攪拌され、僕らは美味しい美味しいミルクシェイクになった。

 

そしてそれを『半分こ』して、二人仲良くごくごく飲むんだ。

 

ミルクシェイクは永遠になくならない。

 

あとからあとから、無限に湧いてくるんだから。

 

 

ユノが好き。

 

 

ユノに恋している限り、僕は凍ってしまうことはない。

 

 

僕がぶるっと震えたら、すかさずユノが温めてくれる。

 

 

ユノだってそうだよ。

 

 

そばに僕がいる限り、僕がかまど番をしてあげるから。

 

 

ユノの真摯で真っ直ぐな情熱を、受け止められるのは僕だけだ。

 

 

だって僕らは運命の者どうし。

 

 

この世で唯一無二の、凸と凹。

 

 

ミルクシェイクは永遠に無くならない。

 

 

僕らはミルクシェイクのプールを、仲良く全裸になって泳ぐんだ。

 

 

 

(おしまい)

 

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(27)添い寝屋

 

 

~ユノ~

 

 

唯一の誰かが欲しくて、どん欲に出逢いを求めていた。

 

常軌を逸した行為と熱にうかされたような愛の言葉に恐れをなして、彼らは早々と俺の前から退散していった。

 

まるでヤクをやってるアブナイ奴だと、思われていただろう。

 

俺の胸奥に赤々と熾った炭火がある。

 

激情に刺激されて炎を上げることのないよう、合間あいまで深呼吸をして、脳内で鎮火のイメージをリフレインさせて、クールダウンに努める。

 

絶え間なく薪は追加されていく。

 

燃料は過剰なのに、窯の容積は限られている。

 

得たばかりの出会いを、はやばやと俺の炎が燃やしてしまう。

 

熱風が草木を一瞬で灰にしてしまう...かろうじて俺のハートだけは延焼を免れていた。

 

必死になって庇っていたから。

 

いっそのこと、俺の心身を燃やし尽くしてくれれば楽になれるのに。

 

眠れない日を重ねるごとに、頭の芯が麻痺したかのように思考力は低下していくのに、気分はハイテンションなのだ。

 

ぐつぐつと煮えたぎった窯の水も蒸発していって、残り数センチで空焚きになりそうだった。

 

汗をかくことはほとんどなかったから、熱がこもった手足は不快そのもの。

 

噴出する出口を求めて、身体の中心は昂る一方。

 

仕事中は、隣で眠る客に注意を払い続ける必要があって気が紛れた。

 

なぜなら、眠りについた彼らが目覚めるのを確認するまで気が抜けないからだ。

 

息をしているかどうか、鼻や耳の下に指をあてて、吐息と脈拍を感じられるかを、定期的に確認をした。

 

「この人だ!ついに出逢えた」と錯覚できた人物に、別れを告げられた時だった。

 

その時の俺は、怒りと絶望で火勢が増し、俺の中の窯がいよいよ干上がるイメージに襲われた。

 

昂るものの処理に苦慮していた頃でもあった。

 

ホンモノの出逢いなど、諦めかけてきた頃でもあった。

 

ハードな行為を好む者が集う、アングラなクラブの存在は知っていた。

 

一見さんお断りのそこにメンバーとして迎え入れられるために、既にメンバーだった男と何度か関係を持った。

 

意に沿わないセックスだったとしても仕方ない、それくらい俺は切羽詰まっていたのだ。

 

俺との行為後、イキまくって息も絶え絶えな男は、「今夜、連れていくよ」と首を縦に振ってくれた。

 

「あんたなら、クラブの奴らを誰彼構わず抱きつぶすだろうね。

大歓迎だよ」と。

 

 

 

 

そこでは日替わりでイベントを行っているとのこと。

 

その日は、暗闇プレイイベントだった。

 

アナウンス無しにクラブの照明が落とされ、肌に触れたものと交わるという。

 

男にあたるか、女にあたるかはその時次第だ。

 

ストレートオンリーの者は、50%の確率。

 

俺はどちらでもいけたから、挿入できる『穴』さえあれば構わなかった。

 

非常灯すらない違法建造物のそこは、真の意味で暗闇だった。

 

怪しげなハーブの香りや、裸の人間が放つ生臭い性の香り、あちこちであがる悲鳴、獣じみた唸り声。

 

俺のブーツがぐにゃりと柔らかいものを踏み、ぎょっとした。

 

(早くもスタートさせた行為に夢中になるあまり、踏まれたことに気付いていない様子)

 

後ずさった時、背後に立っていた者と衝突してしまった。

 

「きゃっ」と悲鳴をあげたその子の腰を、身をひるがえすなり抱き寄せた。

 

性欲を発散させるために飛び込んだ世界だったが、俺なりに緊張していて、好きでもない酒を煽っていた。

 

さらに、俺と同行した男から一服盛られてもいて、意識はふらふらで、感覚だけ研ぎ澄まされた異常な状態だった。

 

彼女こそが、チャンミンに話した『例の彼女』だった。

 

俺は彼女と『脳ミソが溶けるほど』のセックスをして、『真の意味でひとつ』になったのだ。

 

一生に一度現れるか現れないかの稀有な存在、真の意味で相性抜群だった。

 

俺が覚えているのは、繋がった直後の衝撃。

 

凄まじかった。

 

30分の暗闇タイムが終了して、灯された照明に目が眩んだ時、俺の下敷きになっていた彼女が俺を振り向いた。

 

彼女の顔を認識し、記憶に刻もうと脳ミソを起動しかけた瞬間。

 

俺は背後から2人の男に羽交い絞めされ、2人のウケを相手にせざるを得なくなってしまった。

 

赤いチャイナドレスを着た彼女の上に、別の男が覆いかぶさっていた。

 

 

 


 

 

 

~チャンミン~

 

 

奥を突かれ埋められる快感に溺れていた当時。

 

そのクラブに集まる男たちの大半は、女性との繋がりを求める者たちだった。

 

男相手を好む者は少数派だったから、プレイする相手が偏ってしまうのも当然のこと。

 

相性が合う者であっても、回数を重ねているうちに飽きてくるし、違う刺激が欲しくなる。

 

そこで僕は考えた。

 

女の人になればいいじゃないか、と。

 

ワンピースを着てかつらをかぶって、女の人の恰好をしてクラブに出入りするようになった。

 

それ程僕は、性に狂っていたのだ。

 

裾をまくって突き出したそこは、たっぷりローションで滑りがよく、念入りにほぐしたおかげでいつでも受け入れられる。

 

(毎晩使っていたから、わざわざほぐさなくても準備オーケーなんだけどね)

 

クラブ内は酒と特殊なハーブに酔った客ばかり、突っ込む相手が男であっても疑いをもつ者は少ないのだ。

 

僕が男だと気付かないなんて、お馬鹿さんだなぁ、と思っていた。

 

ぶらさがる袋とアレは、片手で覆って隠せばいい。

 

腰の上にまたがる体位の時は、ワンピースの裾で男である印を覆い隠して行為にふけった。

 

女の人のアソコと僕の穴とでは、締め付け感や中の感触が違って当然。

 

途中で気付かれて、突き飛ばされて罵詈雑言を浴びせられることもある。

 

中には、男同士の行為にハマってしまう者もいた。

 

ワンピースを着ていると、相手選びに苦労しなかったのは確かだ。

 

当時の僕は、思考はからっぽ、快楽に溺れきった浅ましきマシンだったのだ。

 

あそこは四六時中、勃っていた。

 

その夜の僕は浴びるようにアルコールを飲み、酩酊した頭でそこにいた。

 

手に入れたばかりのチャイナドレスを着ていた。

 

クラブ内は換気が不十分なこともあり、肌が発散する体温で蒸していた。

 

ピンク色の照明、そちこちからリズミカルにあがる悲鳴めいた嬌声。

 

僕の底からエロい期待感が、ぞくぞくと湧いてくる。

 

今夜は不定期で行われるイベントが行われる。

 

照明が落とされた真っ暗闇の中、最初に触れた者と交わるのだ。

 

顔はもちろん、性別も分からない誰かと。

 

30分ばかりすると照明が復活し、そこで初めて自分が交わっていたお相手が分かるのだ。

 

腰を抱かれた。

 

力強さと感触から、男の腕だとすぐにわかった。

 

ビンゴ!

 

女の人に当たるとがっかりだから。

 

僕の耳元に熱い吐息がかかる。

 

太ももからお尻へと撫ぜ上げられ、それだけで膝の力が抜ける。

 

下着を付けていないあそこはきっと、ぱくぱくと口を開いている。

 

僕は後ろ手に、その者の股間辺りをまさぐった。

 

ビンゴ!

 

握ったそれは太く、固くて逞しい。

 

期待で僕の胸ははちきれそうだった。

 

早く挿れて!

 

挿れて、僕を壊す勢いで突いて欲しい。

 

僕の袋と竿は、片手で前にすくいあげて隠した。

 

彼の先端を僕の割れ目に誘導した。

 

ローションをたっぷりと中に注入していたし、直前までプラグで十分拡張してあったから、用意万端なのだ。

 

僕は大きく息を吐いて、彼のものを中へと送り込んだ。

 

太い...。

 

根元まで刺さった時には、胃腸がせり上がるくらいだった。

 

挿入されただけで、僕はイッてしまいそうだった。

 

彼のそれをみっちりと包み込む、僕の腸壁が悦んでいた。

 

何これ...?

 

僕の中全部が、快感ポイントになってしまった。

 

彼がわずかに腰を引いただけで、僕は甲高く啼いてしまう。

 

何、これ?

 

肌と肌が触れ合った瞬間に、世界一相性がいい相手だと悟る。

 

僕のためにオーダーメイドされたくらいに、ぴったりサイズだった。

 

後ろの彼と僕は、相性が抜群にいい!

 

今回の相手は、『大当たり』だ。

 

 

 

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった僕は、床にうつ伏せになっていた。

 

鼻が詰まっていたせいで、喘ぎ混じりの口呼吸だった。

 

彼の呼吸も下腹が大きく波打つほど荒々しいのを、僕の背中は受け止めていた。

 

僕の中を埋めたそれを、抜かないで欲しい。

 

でも、いつまでも繋がっているわけにはいかない。

 

ずるん、と僕の穴から抜かれた時...。

 

スポンと栓を抜かれて、50メートルプールの水が渦巻きを作って、排水口へ吸い込まれていく...。

 

そんなんじゃない。

 

プールの底がダイナマイトで爆破され、一瞬でプールを満たしていた水が消えてしまう...。

 

僕の中で異常発酵していた欲が、消滅してしまった瞬間だった。

 

あまりにも相性が良すぎて、僕の性欲は一滴残らず...この先何十年分も全部...消費されてしまったんだ。

 

あたりが明るくなり振り仰いだところ、いつものお相手が覆いかぶさってきたせいで、彼の顔を確かめることはできなかった。

 

以上が、僕が『不能』になった出来事の全てだ。

 

 

(つづく)

 

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