(26)添い寝屋

 

 

「チャンミンのは勃たなくてもいい」

 

慰めにもならない言葉だけど、僕は一気に気が楽になった。

 

僕らは今、一糸まとわぬ生まれたままの姿で重なっている。

 

僕が苦しくないよう、肘と膝で体重を逃してくれているところに、男らしい優しさにときめいてしまう(僕は女子じゃないけどね)

 

人形のように華麗に美しい顔...視線を下げていくと、がっしりした両肩と盛り上がった筋肉の二つの丘。

 

それより下は目で確かめることはできない。

 

だって、みぞおちから下はぴったりと密着しているんだもの。

 

着やせして見えるとはユノのことを言うんだろう。

 

ユノの背にしがみつくと分かる、厚みのある胸に、ああ僕は今、この逞しい身体に組み敷かれているんだ...。

 

うっとりしかけて、はっとする。

 

僕はユノを前にして、まるで女の人みたいなことを思っている。

 

(女の人がアレの時、どんなことを思っているかは想像するしかないけど、きっとそうなんじゃないかな、って)

 

僕らの身体でサンドされた、僕のアソコにユノのアソコ。

 

オイルまみれの僕の身体はユノの上でするする滑る。

 

互いの肌がこすれるごとに、ユノのアソコの先が僕の肌を刺激する。

 

触って確かめたわけじゃないけれど、僕のムスコは目覚めていないだろう。

 

僕の呼吸はふうふうと荒々しく、ユノとしたくて仕方がない興奮状態にあるのに、あそこはしょんぼりしているのだ。

 

僕の体内で欲が渦巻いているのに、出口を塞がれたアソコのせいで、股間がウズウズと熱がこもって苦しい。

 

噴火したくても火口を塞がれて、地底でマグマが滞留し続けている...みたいな。

 

視界が暗くなった途端、ユノの顔が近づいてきて斜めに唇が重ねられた。

 

ユノの熱々な舌が僕の舌をすくい、上顎の裏をくすぐられて、「んん...」と喉奥からうめき声が出てしまう。

 

ユノの髪を梳く。

 

固いのに弾力のいい筋肉質なお尻にくらくらする。

 

ユノのいいところを触りたくなって、その手を下へと移動させたとき、

 

「あ...!」

 

僕の両手首はユノの片手にねじりあげられ、頭の上に持ち上げられてしまった。

 

ユノの熱い手の力は強く、一応僕も男だから全力で抵抗すれば、その縛めも解けるはず。

 

でも僕はそうはせず、ユノのキスから逃れられない体勢を楽しんだ。

 

唇を離すと互いの間に、唾液の糸が引く。

 

その糸が切れる間際で、再び唇を合わせる。

 

ベッドサイドに置いた加湿器は水切れのランプを灯して静まり返っている。

 

僕らの営みの音を邪魔する雑音はない。

 

最高級のマットレスは、どれだけ弾んでもきしみ音をたてない。

 

僕らの唇と舌がたてる水気ある音だけが、ここにある。

 

頭の芯がしびれる。

 

ユノの体温で茹だってしまいそうだった...でも、不快じゃない。

 

僕の氷が溶けてゆき、閉じ込めてきたものが解放されてゆく...。

 

「...あっ...ユノ、ダメ...」

 

ユノの指僕のお尻に回ってきたのだ。

 

いよいよとなると、怖気づいてしまうのだ。

 

ユノはサイドテーブルからオイルの瓶を取り上げ、窪ませた手の平にとろりと垂らした。

 

「力を抜いて...リラックスして」

 

「あ...でも...その」

 

ユノは僕の背後にまわり、くの字に横たわった僕を横抱きにした。

 

僕はユノの片腕にしがみついた

 

「やっぱり...えっと...その...怖い...。

怖いよ...ほら、久しぶりだし...それに...」

 

「ゴニョゴニョ言っていないで、ケツの穴に集中しろ」

 

ユノの言い方が面白くて、笑ってしまった。

 

笑うと力が抜けるのかな、ユノの指を受け入れ始めたのがすぐに分かった。

 

最後にここを使ったのは数年前。

 

数年前と言えば、淫乱だった僕が性欲を失い、『不能』となった時。

 

勃たない自分に大いに焦った当時の僕は、「前がダメなら後ろならどうだ?」っていじってみたけれど、僕のアソコは僕の指を強固に拒絶した。

 

「よっぼどご無沙汰なんだなぁ。

カチコチだぞ」

 

ユノは「ここまでがやっとだな」と言って、僕の人差し指の第二関節を指した。

 

僕的には、根元まで入った気分でいたけれど、まだまだ先は長い。

 

「ほぐさないとな」

 

ひと晩で挿入に至るなんて、常識的に考えても無理な話だけど、僕らはそれじゃあ困るのだ。

 

なんとしてでも「今」、百歩譲って明日までに繋がりたいのだ。

 

これが達成されなければ、何のために添い寝屋同士が出逢ったのか意味を失いそうで。

 

僕らは熱と冷気の交換をするのだ。

 

繋がり合えばきっと、僕らはそれぞれちょうどいい感じになるはずなのだ。

 

僕の入り口を緩めようと、ユノの指は念入りに、丁寧に、丹念にうごめく。

 

僕はその間、力を抜こうと努めて深い呼吸をこころがけた。

 

ユノは焦るでもなく、この行為を楽しんでいるようだった。

 

そのうち鼻歌でも口ずさむんじゃないかな。

 

ユノのリラックスした姿に、僕も身を預けて、彼の指がもたらす感触に全神経を集中させた。

 

僕は今、好きな人と裸になって、『いいこと』をしようとしているんだ。

 

僕の肩をくるんだユノの腕に、頬をすりよせては口づけた。

 

どうして僕は、ユノが好きなんだろう、なんて考えてみたりして。

 

惹かれたところは数えきれない程沢山ある。

 

お互いが添い寝屋で、客として出逢ってしまったあたり、運命っぽい。

 

ユノの苦しみに寄り添い、楽にしてあげたい。

 

かさかさに乾いた心でも、恋をする余力があったことに感動した。

 

ユノは投げやりな人生を送る僕のことを、真剣に怒ってくれた人だ。

 

ユノも僕を好きだと言ってくれた。

 

これで十分じゃないか。

 

今はまだ、僕の方がべた惚れだろうけど...。

 

瞬間、視界が真っ白になった。

 

次いで、動物の鳴き声みたいな、変な声をあげていた。

 

なんだったんだ...今のは!

 

「どう?」

 

僕の肩ごしに、ユノが様子を窺った。

 

「...電気が走った」

 

「ここじゃないかなってとこがビンゴだった。

おめでとう、チャンミン。

お前の身体はちゃんと『感じている』」

 

「そ、そう?」

 

「チャンミンはもしかしてここが...」

 

「ひゃん!」

 

僕のお尻に埋めたままの指をうごめかし始めたんだから。

 

僕の反応を楽しむユノの眼が、暗がりの猫のようにらんらんと、光を集めて輝いていた。

 

足先の感覚はないけれど、身体の中心はかっかと熱い。

 

「ねぇ、ユノ」

 

僕のお尻に指を出し入れさせるユノの手を押さえた。

 

「2本は苦しいのか?」

 

「そうじゃなくて...。

ユノのを挿れて欲しいんだ」

 

「指2本がやっとなんだぞ?」

 

と、ユノは僕のお尻から抜いた指をピースサインして見せた。

 

「大丈夫!

久しぶり過ぎて緊張してるだけだよ。

すぐに思い出すよ」

 

僕は四つん這いになって、お尻を揺すってみせた。

 

ユノへの気持ちが溢れそうになったんだ。

 

指だけじゃ足りない。

 

本命が欲しい。

 

僕らには時間がない。

 

「俺だって、早く挿れたくて仕方ないんだぞ。

ほら」

 

30代にしては角度深めに反った、ユノのものに釘付けになってしまう。

 

「......」

 

どうしよう...大きい。

 

ごくり、と喉が鳴る。

 

僕のあそこは壊れてしまうかもしれない。

 

「きつかったら直ぐに教えて」

 

ユノに腰を押され、僕は猫が伸びをするみたいに肩を落とした。

 

この姿勢はユノも挿れやすいし、僕の負担も少ないはずなんだけどいかんせん、敏感な箇所が全部、丸出しになるんだ。

 

恥ずかしくて、僕は組んだ両腕に顔を埋めていた。

 

ユノに気付かれないよう、自身の股間を確かめかけた時...。

 

「こら!

触ったらダメだ」

 

と、ユノに怒られてしまったけど、もう遅い。

 

ふにゃふにゃの可愛い僕のあの子は、可愛らしいままだった。

 

振り仰いで、僕の後ろに膝立ちしたユノに向かって、こくこくと頷いてみせた。

 

僕の頷きに、ユノも頷き返した。

 

よし、いよいよだ。

 

ユノは自身の根元を持って、僕に見せびらかすみたいにゆらゆらさせている。

 

どうしよう、大きい。

 

ユノの片手が僕の腰骨をつかんだ。

 

僕の敏感なところに、先っぽを押し付けてくるくると円を描く。

 

くすぐったい。

 

「ぐはっ!」

 

心臓を直につかまれたかと思う程の衝撃だった。

 

 

 


 

 

 

肌と肌が触れ合った瞬間に、世界一相性がいい相手だと悟る。

 

 

そんな経験だった。

 

 

比較できるほどの経験をしてきたわけじゃないけれど、絶対にそうだと確信した。

 

 

恐らく...大げさな表現で言うと、一生に一度の。

 

 

足元の床が消えて、すこーんと落下していった。

 

 

(つづく)

 

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(25)添い寝屋

 

 

 

僕とユノはしばし、見つめ合っていた。

 

ユノは何も言わないし、アレする流れに持ち込むでもなし。

 

「......」

 

もしかして...僕から仕掛けてくるのを、待っているとか?

 

僕がリードするの!?

 

ユノに身を任せるつもり満々だった僕。

 

困った、困ったぞ!

 

久しぶり過ぎてどうスタートを切ればいいか分からない。

 

ヤリまくり色欲時代では、ズボンを下ろすだけでよかった。

 

さらに、ヤリまくり色欲時代以前は、僕の恋愛対象とえっちのお相手は女性だった。

 

ユノが相手となると...それも好きな人相手で、男相手となると...どうやればいいんだろう?

 

閉じたままだったユノの心の扉が今、僕に向けて開かれている。

 

ユノも多分...僕と同じ想いを持っている。

 

き、緊張する...。

 

「...今から...するの?」

 

「...ああ」

 

僕の声は掠れていたし、ユノの声も同様。

 

百戦錬磨のユノも緊張しているのかな?

 

ユノは動かない。

 

やっぱり、僕からのアクションを待っているんだ!

 

ユノの喉仏がこくん、と動いたのを合図に、僕は彼の上に身を伏せた。

 

仰向けになったユノの腰にまたがった僕。

 

パジャマ姿のユノに対して僕は裸で、マッサージオイルで肌を光らせている。

 

なんともちぐはぐな二人だ。

 

両腿の間を見下ろすと、くたりとささやかなものが、ちんまりと。

 

情けなくてめげそうになるけど、仕方がない。

 

ユノと「したい」気持ちの存在は確かなものなんだ。

 

ユノは僕を見上げているだけで、指一本動かさない。

 

この3日間、さんざん僕の身体を撫ぜまわして、えっちなことを言ってからかってきたのに、いざ本番を前にすると奥手ちゃんになってしまうのかな。

 

「脱がすよ?」

 

僕は震える指で、ユノのパジャマのボタンを1つ1つ外していった。

 

徐々に露わになる、ユノの白い肌。

 

ユノの左右の胸に両手をつけた。

 

僕の手の平を焼かんばかりに高い体温、僕の右手に鼓動が打つ振動が伝わってくる。

 

ユノの肌を火傷しそうに熱いと感じるのはやはり、僕の肌はあいかわらず冷えている証拠。

 

「ふぅ」

 

額に浮かんだ汗をぬぐい、気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をした。

 

汗は出ているけれど、指先はかじかんでいて、寒いのか暑いのか分からない。

 

ユノは僕のやることを、無言で見ているだけだ。

 

ユノ流のスパルタ教育なのかな、とちょっと思ってしまったりして...。

 

つまり...僕のアソコにヤル気を取り戻させるための。

 

でも、そうじゃない、これからの行為は仕事を離れたものだ。

 

僕はそう宣言したばかりだし、ユノだって...。

 

初日のユノの眼とは、暗くて真っ黒な湖のようで、瞬きも奥行きもないのっぺりとしたものだった。

 

さらに、 吸い込まれてしまったら二度と浮上できないのでは、と恐怖を覚えていた。

 

今のは違う。

 

真っ黒な瞳の中、さらに黒い瞳孔に向けて、黒い虹彩が渦巻いていて、じっと見つめ続けていると吸い込まれそうになる。

 

吸い込まれてユノの中を通過した後、放たれる場所はどこなんだろう。

 

違う自分が待っている...だなんて、ロマンチストだね。

 

遮光カーテンのおかげで、寝室は暗い。

 

寝室に続くリビングは真昼の日光ですみずみまで白く明るくて、まさしく『昼下がりの情事』だ。

 

濃色のシーツとユノの白い肌のコントラストが、艶めかしい。

 

「チャンミンとしたい」って言ってたくせに。

 

僕が勝手に思い浮かべていた流れとは、全然違うものになってきて、調子が狂う。

 

ユノを上半身裸にしたところで、次は下半身に移った。

 

ユノったら全然動かないつもりだ。

 

パジャマのズボンを脱がされやすいよう、片脚ずつ足を持ち上げてはくれるけど、それだけなんだ。

 

「...ごくり」

 

最後の1枚を前に、僕の心臓はドッキドキだ。

 

男の下半身なんて見慣れてるはずなのに、恋をしている相手のものとなると別物だ。

 

ユノのものは初日に見てしまっているのに、これが僕の中に入るのかと思うとやっぱり緊張してしまうのだ。

 

光沢ある生地に、あれの形そのままくっきり浮かび上がっている。

 

「...ごくり」

 

ユノのみぞおちが、呼吸に合わせて上下している。

 

某有名ブランドのロゴ入りのウエストゴムに、指を引っかけゆっくりと引き下ろしていく。

 

包み込んでいたものから放たれて、僕の目前に露わになったユノのものに、息を止めて見入ってしまった。

 

どうしよう...大きい。

 

どうしよう...心臓が口から飛び出そうだ。

 

いつまでも眺めているわけにはいかない。

 

ちらりとユノの顔を窺うと、女性的とも言える優美な唇に、ちょっぴり笑みが浮かんでいて安心した。

 

「触るね」

 

僕はおずおずとユノのそこへ指を伸ばした。

 

僕の手の中でそれは、温かくて、ぴくぴく震えていた。

 

手の平に乗せた小さな動物...こんな風に考えたら変だけど、可愛いなぁって思った。

 

毛の生え際とか、血管とか、シワとか...愛撫するのも忘れて、子細に観察してしまった。

 

「じっくり見られると、恥ずかしいなぁ」

 

「あ!」

 

僕はユノのものから、ぱっと手を離した。

 

「それに...冷たい手をしてる」

 

「ごめんね」

 

とても敏感な箇所を、冷え冷えとした手で触られたら、気持ちよくもなんともないだろう。

 

次の僕の行動は早かった。

 

ぱくっと咥えたのだ。

 

「んん...」

 

ユノの腰がぶるっと震え、僕の口の中でそれの硬度が増した。

 

嬉しくなって、舌全体を使って上下に舐めた。

 

性狂乱時代の僕は、後ろを埋められてきたけど、僕を埋めるものを口にしたことはない。

 

だから、見よう見真似だ。

 

ユノの低い唸り声に、僕のヤル気は右肩上がり。

 

「これはどう?」「これならどう?」と、ユノの反応を確認しながら、あの手この手でユノのそれを可愛がる。

 

ユノの肌はシャワーを浴びたてみたいに無臭なのに、そこだけは濃い精の香りがするのだ。

 

どきどきする。

 

僕の唾液とユノのものが分泌するもので、僕の口の中はぬるぬるでいっぱいになった。

 

根元を片手で支えて、もう片方の手で上下にしごいた。

 

しごき方は自分でも経験済だけど、数年ぶりだったから動きはぎこちなかったかもしれない。

 

大きく膨らんだユノのもので口内がいっぱいで、あまりに大きくて顎が疲れてくる。

 

濡れそぼってぬめぬめと光り、握りしめる僕の手の下でドクドクと脈打っていた。

 

立派過ぎて再びじぃっと見つめる。

 

愛おしい気持ちでいっぱいになる。

 

腰の奥が、じんとうずいてきた。

 

たまらなくなって、再びぱくっと咥えた。

 

「どう?」と、咥えたままユノと目を合わせた。

 

半開きしたユノの口元の色っぽいことといったら。

 

わずかに落としたまぶた、ユノの濃いまつ毛が色気ある影を落としている。

 

可愛らしいと思った。

 

大人の男そのもののユノが、股間を可愛がられて目尻をピンクに染めているんだ。

 

柔らかそうな唇の間から漏れる吐息は、さぞ熱いだろう。

 

熱い唇を塞いで、熱い舌をからませ合いたい。

 

ユノとキスがしたい。

 

ユノのものを握りしめたまま、彼の腰に伏せていた身を起こした時...。

 

「チャンミンは、大胆だね?」

 

「...へ?」

 

愛撫に必死になっていて見過ごしていたんだ。

 

ユノったら、僕にされるがままだったのに、実は余裕たっぷりだったってことを。

 

いざ行為を前にして、緊張のあまり僕に手を出せなかったにしては、ユノの身体はリラックスしていた。

 

僕に身をゆだねて、僕の愛撫を存分に味わい、楽しむ余裕があったのだ。

 

「美味しそうに頬張っちゃって...そんなに美味しいの?」

 

ユノのからかいに対して、赤面した僕が「うるさいうるさい!」って怒る...3日間の僕らのやりとりの流れだとそうなる。

 

でも、この時の僕は素直だ。

 

ユノに好きだと告白した素直ついでに、もっと正直になってやろう、と。

 

「...うん」

 

「俺のが美味しくなっちゃうくらい、俺と『したい』の?」

 

「うん。

だって、ユノが好きだから」

 

「俺も」

 

「『俺も』って、僕としたいってことが?」

 

ユノのものを舐めながら、なんとなくモヤついていたことがあったんだ。

 

僕はユノが好き。

 

じゃあ、ユノは?

 

だから、問い返したのだ。

 

僕の不満を読みとったユノは、「俺もチャンミンが好きだよ」と言って雅な笑みを浮かべた。

 

ぱぁっと目の前が開けた。

 

この言葉が欲しかったんだ。

 

「好きじゃなきゃ、俺の大事なところをゆだねないよ」

 

「...そういうものなの?」

 

「ああ。

俺は男にフェラされるのは好きじゃないんだ」

 

「それって、喜ぶべきこと?」

 

「ああ」

 

ユノなりに、僕は特別なんだと言いたかったんだろうね。

 

僕の片手は未だ、ユノのものを握ったまま。

 

熱くて固くて太い。

 

とっさに落とした視線の先は、僕のアソコ。

 

さっきまで満ちていたヤル気が、しゅんとしぼんでしまった。

 

「わっ!」

 

ユノの逞しく太い腕に捕まって、僕は仰向けに倒された。

 

ユノを見下ろしていたのが、ユノを見上げる格好となり、押し倒されてドキドキしてしまうなんて、ユノに何かされたいと期待していた証拠だ。

 

「『不能』だとか勃起しないとかふにゃちんだとか。

気に病んでばかりいないで、今この時を楽しめ。

チャンミンは感度がいい。

気持ちよくなっていればいい」

 

脇腹を撫ぜられて、ぞくぞくっと電流が背筋を走り、背中がびくっと反る。

 

そうなんだ。

 

ユノに触れられると僕の身体は、敏感に反応する。

 

「...ん、はぁ...」

 

「その調子」

 

ユノはまだ、僕の脇腹や腕、ふくらはぎしか触っていない。

 

ユノに触れられたところ全部が性感帯みたいに、びくびくと反応してしまう。

 

「ひゃぁん!」

 

内腿を撫ぜられた時、僕があげた声といったら...悲鳴めいた甲高い声。

 

慌てて塞いでしまった手は、ユノによってのけられてしまった。

 

「声なんか我慢しなくていい。

喘ぎまくってくれ」

 

「う、ん...んんっ...」

 

「チャンミンのが勃とうが勃たまいが、俺とヤル分には支障はない!」

 

確かにその通りだな...と。

 

自信たっぷりに宣言されて、僕はぷっと吹き出してしまった。

 

 

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(24)添い寝屋

 

 

僕の肩を抱いたユノは、話し始めた。

 

ユノの視線はまっすぐと、でも遠くの何かを...記憶を辿るものだった。

 

どこにも焦点があっていないその眼は、感情を読みとることの難しい漆黒で平坦なものだった。

 

僕は、毛布の折り目を指先でいじりながら、ユノの語りを聞き逃さないよう、彼の横顔から目を反らさなかった。

 

 

「その気になれば出逢いはあちこちに転がっているもので、『これは』と思う相手には、積極的に近づいた。

 

仲を深める短絡的な方法、といえば、身体を繋げることだろう?

 

仕事上、心のガードを固くしていたせいで、プライベートではそのガードを緩めるタイミングも程度もわからなかった。

 

前にも言ったように、手あたり次第だった。

 

『違う』と思ったら、かなり酷い別れ方をしたことも沢山さ。

 

...酷い男だったよ」

 

 

「...それは酷いね。

 

ユノに捕まった人たちは可哀想だね」

 

 

「そう。

チャンミンの言う通りだ」

 

 

ユノは彼女や彼たちに酷いことをしていると、分かっていたんだろうな。

 

分かっていて数々の恋人たちを渡り歩いた。

 

真の恋人を探していたのに、真逆のことを繰り返していた。

 

プライベートでは悪い男なのに、仕事の顔は優秀な添い寝屋なのだ。

 

さらに、抱いて欲しいというオーダーがあり、対価を支払ってくれれば、仕事でも客を抱くこともあって。

 

僕だったら仕事とプライベートの区別がつかなくなってしまうから、そんな器用なことは出来ない。

 

ユノは心のシャッターの開け閉めを、自在にできると驕っていたのではないだろうか。

 

僕だって同じようなもの。

 

気だるげ添い寝屋を気取っていれば、どれだけ客が愚痴と不安を語っていようとも、僕自身の精神には何ら影響を受けない、とばかりに。

 

実はそうじゃなかったんだよね。

 

心はそう簡単に閉じたり開けたりできないのだ。

 

 

「抱いた者から何かを見つけようとしていたんだろうけど、答えは見つかるはずはない。

 

だって、俺自身、心のガードを下ろしていたんだから。

 

抱けば抱くほど、体内に熱はこもっていった」

 

 

「......」

 

 

「夜の仕事をしている。

 

客に添い寝してやっている時は、俺は眠らない。

 

うとうと、もなし。

 

その訳は、知ってるよね?

 

客と別れた俺は、出逢いを求めて街へ繰り出す。

 

男に会った。

 

女にも会った。

 

予約が入っていない夜は一晩中。

 

俺が一方的に恋人だと思い込んでいた彼らとね。

 

我ながら呆れるほどの精力だった。

 

何度、達しても物足りない、虚しさだけが残る」

 

 

「虚しさ、か...」

 

ユノの肩に体重を預けた僕は、ユノの語るユノの過去と自分の狂気時代を比較してみた。

 

誰彼構わず、の部分は共通しているけど、根本的な部分は違うと思った。

 

ユノの場合、感情が絡んでいるから、当時はきっと苦しかっただろうし、現在も思い出す度、気持ちが塞ぐだろうなぁ、とも思った。

 

「俺はチャンミンの過去を、軽蔑できない。

 

俺の方こそ、エロに狂っていたんだよ」

 

 

「...ユノ」

 

 

「心も身体も、だったから。

 

寂しさを埋めるためにね。

 

自己チューだよな。

 

彼らは俺の気迫みたいなものや、飢えてガツガツしているところに、引いたんだろうね」

 

 

「ねぇ、ユノ」

 

 

僕はユノの名前をつぶやいて、彼の胸に体重を預けた。

 

ユノの体温で、彼のパジャマは日向干しした洗濯物のような匂いがした。

 

僕もユノも夜の仕事をしているけれど、彼の場合、仕事から解放されているはずの昼間も夜を引きずっている。

 

「眠りが訪れない夜」という夜を引きずっている。

 

暗い夜に閉じ込められて、さぞ窮屈だろうと思った。

 

ユノを間に挟んで、あの世に逝ってしまった1組の恋人たち。

 

彼らがユノを、眠りから遠ざけるきっかけを作ってしまった。

 

ユノの空いている方の手を握った。

 

 

「僕の場合は、相手の心なんて必要なかったんだよ。

 

僕の中を埋めてくれて、気持ちよくさせてくれればいいって。

 

彼らを道具のように思っていたんだよ。

 

僕こそ酷い男だ」

 

 

「だとしても、チャンミンの方が人間ができてるよ。

 

無闇に人間関係を求めず、身体だけの関係だと割り切っていたから」

 

 

「そこを褒められてもなぁ...喜んでいいのやら」

 

 

「当時、俺は気づいたんだ。

 

そういえばここ1か月眠っていないぞ、って。

 

俺に抱かれた彼らは、元気をなくしていくんだ。

 

俺といると疲れるんだな...俺ばかり熱くなってて。

 

その頃から、熱を蓄えていったんだと思う...」

 

 

ユノはそうかすれ声で語尾を消すと、片手で目を覆ってしまった。

 

男の僕から見ても、節の太い男らしい指だった。

 

 

「それはきっと、疲れるんじゃない。

 

凡人には身に余るんだ。

 

ユノが凄すぎて。

 

ユノの相手をするのは、荷が重いんだって」

 

 

「チャンミンは優しいことを言ってくれるね」

 

 

「そ、そうかな」

 

 

照れた僕は鼻の頭をポリポリとかく。

 

 

「しまいには割り切った付き合い方をすればいいんだって、開き直った。

 

身体だけの関係に終始するんだ。

 

チャンミンもそうだったように、その手の出会いのサービスを利用するってわけ。

 

その手の相手が見つかる場所に顔を出したりね」

 

 

「...そうだったんだ」

 

 

ユノはきっと、特別な人を探しているうちに、いつしか体内でぐつぐつと煮えたぎるものを『注ぎ込める相手探し』に変わっていたんだろうな。

 

その頃のユノの心は空虚なものになっていたに違いない。

 

身体はマグマのように煮えてるのに、心はかさかさに乾いているんだ。

 

そのギャップはさぞストレスだろう、と。

 

 

「ユノ...。

 

僕としたい?」

 

 

僕にしてみたら、なんとも大胆なことを口にしていたか!

 

知らず知らずのうちに、ぽろっと。

 

 

「...は?」

 

 

「ユノを雇ったのは僕だし...雇ったってのは、僕とえっちをしてくれる添い寝屋という意味で...」

 

 

緊張すると、なんて回りくどい言い方をしてしまうんだ、僕という奴は!

 

 

「熱くて仕方がないのなら、僕とえっちをすればいいじゃん、って...。

 

今さら、な感じだけど。

 

僕は、自分の身体を温めてくれて埋めてくれる人を求めているし。

 

ユノはユノで、モヤモヤを発散できる場...というか『穴』が欲しいわけでしょ?

 

熱くて仕方がないならさ、よく冷えた僕を抱けばちょうどよいかな...って」

 

 

ぽかんとした表情のユノ。

 

 

「あのね、ギブアンドテイクなんて、スカしたことを言ってるんじゃないからね。

 

僕はユノとしたい。

 

僕のムスコは萎れてるけど、男とやる時は受け手だし、別に勃っていなくても出来るし...。

 

えっと、それからそれから...」

 

 

僕は一気にまくしたてる。

 

 

「ユノといるとね、僕、ドキドキするんだ。

 

初日からそうだったんだ。

 

ユノはとてもいい男だし...でも、見た目の問題だけじゃなくて」

 

 

「チャンミン、落ち着いて」

 

 

「最後の日に言おうと思ってたんだ。

 

でも、今言っちゃうね。

 

僕、僕ね。

 

ユノのことが好きみたいなんだ」

 

 

「......」

 

 

「ユノは仕事とプライベートを分けるって言ってたでしょう?

 

でも僕は、そんな割り切り方ができる男じゃないんだ。

 

僕の告白で、ユノは困ると思う」

 

 

「困らないよ」

 

 

「客から『好きだ』って言われても困るよね。

 

あ...僕らの場合、両方だね。

 

ひと晩添い寝をしてもらいたかっただけなのに、勝手に惚れられて『好きだ、付き合って』って添い寝屋から告白されたら、困るよね」

 

 

「困らない」

 

「えっ?」

 

「嬉しいよ」

 

「!!」

 

「俺もチャンミンと、したい」

 

 

 

(つづく)

 

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(23)添い寝屋

 

 

「...んっ...ん...う...ん」

 

ユノの両手が、僕の肩と腰の間を行ったり来たりしている。

ユノの親指は凝り固まった箇所を見つけては、的確にぐいっと押すので僕は呻き声をあげる。

 

「んっ...あ、ああん!」

 

案の定ユノの手は止まり、僕は「しまった!」と口を押えたけれど、もう遅い。

 

「マッサージで色っぽい声を出されるとさ、たまんないよ」

 

ユノに触れられたそこから、さざ波がたつのだ。

僕をリラックスさせようと、筋肉をほぐしてくれてるんだって分かってはいるんだけど、僕の身体は違う類のものに受け取ってしまうみたいだ。

そうなのだ。

初日から気付いていたこと...ユノと触れ合うと僕の身体は尋常なく反応してしまう。

単にユノの体温が高すぎて、冷え切った僕の肌がびっくりするものなんだろうと、分析していたんだけど...どうやらそれだけではなさそうだ。

ユノの方は何ともないのだろうか?

 

「俺の予想通り、チャンミンは感度がよさそうだ。

さぞかし...」

 

そう言って、僕のお尻の割れ目をつつっとくすぐるんだ、「はぁん!」と僕の背中は反り返る。

 

「えっちの時は、いい声で啼いてくれるだろうよ?」

 

「な、啼くって...!?

言い方がエロいよ!」

 

笑うユノのキュッと上がった目尻が、初日に思ったように北極キツネみたいだった。

今さらながら思い出した...僕はユノとこれから2日間の間に、ヤルことになってるんだった。

忘れていたけれど、僕はユノを雇ったんだった...それもオプションサービスをたっぷり付けたフルコース。

僕のあそこは役に立たない。

性欲もないから、僕のあそこがしょんぼりしていても、生活を送る上では何ら支障はない(女性客にムラっとくることがないから好都合なくらい)

恋人もいないし(冷めた気持ちじゃ恋愛感情の湧きようもない)、僕のあそこが活躍するシーンがそもそもない。

性欲もないし、このままはさすがにマズイと思うようになったんだ。

なぜかというと、虚しさが増すというフラストレーションを抱えているのに、それの発散方法がわからないからだ。

発散するとなると...アレしか思いつかないのは、僕自身の過去が影響している。

添い寝屋を雇った理由は、まず第一に添い寝してもらいたかった。

ここで白状してしまう。

オプションサービスの中身は、つまり...『本番有り』だ。

僕のあそこを目覚めさせてもらいたい。

そして、ドキドキ、ムラムラ、ゾクゾクしたい。

例え金銭のやりとりはあっても、温かい肉体を抱いて抱きしめられたかった。

ユノも僕という添い寝屋を雇った。

 

「熱い身体を鎮めて欲しい」「不眠を直して欲しい」というのが、ユノの依頼内容だ。

 

今日で4日目になるのに、僕らのオーダーはどれも完了していない。

ユノの体温がいくらか下がり、僕のあそこもちょっぴり反応したから、全く成果はないわけではないけれど。

でも、肝心なユノの不眠はそのままだから、僕がなんとかしてやらないと。

...と、ここで初めて気づいた。

 

あと2日!

 

ユノといられるのも、あと48時間を切っている。

添い寝屋と客の関係が終了したら、僕らは他人同士なんだ。

そんなの嫌だ、と思った。

だって、僕はユノに恋をしている。

なんだ、収穫はもうひとつあるじゃないか。

恋愛感情を抱けているじゃないか。

あまりにパーフェクト過ぎるユノのルックスに惹かれたのもあるけれど、それだけじゃない。

底無しの沼みたいに黒々とした渦と、たまにフレアを見せる炎を共存させた瞳。

 

1本筋が通ったように見えるユノの精神は、実は不安定なのではないか?と、その危うい感じからも目が離せない。

 

熾火のような肉体にくるまれたいし、ユノの過去も知りたい。

 

なあんだ...僕は相当、ユノのことが好きみたい。

でも、明後日の朝になれば、契約期間を終えた僕らは礼を言い合い、ユノはこの部屋を出ていってしまう。

そんなの嫌だった。

僕の中で、リストがひとつ加わった。

ユノに想いを告げること...それから、ユノの気持ちを確かめること。

3日間僕をいっぱい触ってきたんだ、なんとなくでもいい、僕のことを気に入ってくれたらいいなぁ、と思った。

 

 

 

「......」

 

背中のマッサージを終え、二の腕にまで移っているのに、熱い身体になってしまったきっかけの続きを話そうとしないユノ。

話しづらいのかな、と思った。

僕は腕を伸ばしてサイドテーブルに置いたリモコンを操作した。

電動音と共に、寝室のカーテンが閉じてゆく。

燦燦とふりそそぐ日光で、室内は真白で眩しくて健全的すぎるんだ。

僕らは夜の仕事をしているから、明るすぎるのは慣れていない。

きっと、ユノの話も夜に関することだろうなぁと予感した。

分厚い遮光カーテンのおかげで寝室は真っ暗になり、ドアを開けっ放しのリビングからの明かりでちょうどよい薄暗さになった。

 

「続きを話して」

 

僕はヘッドボードにもたれて座り、ユノの腕をひいた。

僕の指とマッサージオイルが付いたままのユノの指とを絡めて手を繋ぐ。

 

「...恋をしているのなら、そいつと寝る」

 

ユノは口を開いた。

 

「一般的に恋人同士となれば、そうなるだろうね。

中にはプラトニックな人たちもいるだろうけど...」

 

「チャンミンは彼女がいた時、どれくらいのペースでやってた?」

 

「!!」

 

ユノの方を横目で探ると、どうやらふざけている風ではない、ユノは真面目に尋ねているようだ。

どんなだったっけ、と思い出そうとしてみたけれど、例の狂気な時期を間に挟んでいるせいで、それ以前のことがぼやけてしまうのだ。

 

「うーんと...会った時は大抵、かな?

やらない時もあったし、会うのも月に3回くらいだった、かな。

これが平均より多いのか少ないのかは、分かんない」

 

「1回につき何回してた?」

 

細かいところまで追求するなぁ...でもここは誤魔化しても結局は暴露してしまうだろうな。

 

「学生の頃は、3回とか4回とか?

20代後半にもなれば、頑張って2回...。

ねぇユノ、なんでこんなこと知りたいのさ?」

 

「俺のが平均以上ってことを、分かってもらいたいから」

 

「...ってことは、もっと凄いんだ...」

 

ごくりと僕の喉が鳴る。

 

いろいろと想像してしまって...さぞかしユノは激しいんだろうなぁ、って。

情熱的なユノに抱かれる僕...の図まで想像してしまった。

どきどき。

繋いだ手に力がこもった。

 

「顔が赤いぞ。

また、いやらしいことを考えていただろう?」

 

「悪かったな!

どうせ僕は、欲求不満だよ」

 

僕は毛布をたぐり寄せ、両膝も立てて件の場所を隠した。

しょぼくれたものをさらしているのが恥ずかしくなったからだ。

 

「お!

欲求不満なことをやっとで認めたな」

 

「そうだよ、僕は欲求不満だ!」

 

ユノは僕をからかってばかりで、僕は反発してばかり。

この3日間、同じことの繰り返しだ。

昨夜はユノに抱きついて、僕の方からキスを仕掛けた。

いい雰囲気になったけれど、その流れにもちこむのをユノはさりげなくかわしたような、そんな気がした。

荒ぶる身体を持て余していて、やりたい盛りの人だと僕は勝手に判断していたから、あれ?と思ったんだ。

 

「素直でいるのはいいことだ」

 

今みたいに、ユノは笑って僕の頭を撫ぜたりしてるけどさ、何かを恐れている風なのはお互い様じゃないか。

 

「要するにユノは、平均以上にヤってきた人だってことを言いたいんでしょ?

それが、熱い身体になってしまったこととどう関係があるの?

勿体ぶっていないで、とっとと話しなさい!」

 

眉根を寄せてぎりっとユノを睨んでやったら、僕の態度に驚いたみたいで彼は目を丸くしていた。

睨みつけながら、ユノの眼って黒目が大きいな、なんて感心していたりして...。

 

「ごめん。

俺ももともとは、チャンミン並みだったよ。

やみくもに身体を求めるような男じゃなかった」

 

繋いだ手が離れたかと思ったら、その手は僕の肩に回された。

 

「例のカップルの仕事を終えてから、ひと肌寂しい、というか、人との繋がりが欲しくなった、と話したよね?」

 

「うん」

 

誰かを強く求めて、同時に求められる関係が羨ましいと言っていた。

実は僕もそうなんだ、とまでは言わなかったけど。

 

 

(つづく)

 

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(22)添い寝屋

 

 

 

「やった...」

 

プラチナ製のそれが消えた後も、僕はそこにたたずんでいた。

 

スカッとしていた。

 

眼下のビル群や複雑に絡み合う高架では、何十万人もの人々が目的をもって活動をしている。

 

僕はと言えば、高層マンション46階で、添い寝業を営んでいる。

 

ポン、と僕の肩に乗ったユノの手。

 

「中に入ろうか?

見せびらかしたい気持ちは分かるけど...さ?」

 

「わわわ!」

 

僕は即行そこを両手で覆い、大赤面しながら部屋に駆け戻った。

 

僕の背後でユノは、「あーっはっはっは!」と声高らかに笑っている。

 

(ユノの馬鹿...)

 

洗面所で着替えていると、「メシにしよう!」とユノの呼び声が。

 

「行く、今行くよ!」

 

これからユノとブランチだ。

 

とてもワクワクした。

 

 

 

 

「...ここで?」

 

「そう。

添い寝屋はベッドの上がテリトリー。

安心できるだろ?」

 

ユノはパジャマに着替えていた。

 

「うーん...そういうもんかなぁ?」

 

ベッドの上に、ブランチとやらが並んでいる。

 

あれだけキッチンで派手な物音をたてていたわりに、そこに並べられていたものといえば...。

 

焦げたトースト、丸ごとオレンジ、殻の一部から中身が飛び出た茹で卵、コーヒーのマグカップと牛乳の紙パックの...以上。

 

バターの匂いとか、フライパンで調理していたはずのものは、どこにいってしまったんだ?

 

(後でキッチンに行くのが怖い、修羅場になってそうだ)

 

でも、ユノが僕のために頑張ってくれたんだ、文句を言うつもりはさらさらない。

 

マットレスを揺らさないよう、僕はそぅっとベッドに上がった。

 

胡坐をかいたユノは、ミルクを紙パックから直接飲みながら、僕をまじまじと見ている。

 

「...何?」

 

僕をからかうのが好きなユノのことだ、またエッチなことを言うに決まってる、と身構えた。

 

「女の子座りしてる」

 

「...変?」

 

僕はいつもの癖で、両脚をくずした座り方をしていただけ。

 

「可愛いね」

 

ドキン、と鼓動が跳ねた。

 

ニヤニヤしていたユノが真顔になって、僕を真っ直ぐ見てこんなことを言うんだもの...。

 

天井までの全面窓ガラスからふんだんに降り注ぐ日光で、ユノの青白い肌が光っている。

 

まだまだ目の下に隈が出来ている。

 

でもそれは、キメの細かい薄い皮膚が、その下の血管を透かしやすいだけなんだろう。

 

僕は男だから、「可愛い」と女の人に言う立場だ(世間一般的に)

 

男から「可愛い」と言われて、ちょっと嬉しいなと思ってしまった僕は変なのかな?

 

「可愛い」と言ってくれたのが、ユノだからなのかな?

 

僕は埋められることに一度はハマりにハマった...ってことは、正真正銘に「男が好き」な質なのかな?

 

などなど、いろいろと考えていたら、

 

「さて、今日は何をしようか?」と、ユノは言った。

 

「え...?

帰らないの?」

 

驚く僕に、ユノはムスッと拗ねた表情になってしまった。

 

唇を尖らせたユノこそ可愛かったから、「可愛いね」と仕返しに言ってやった。

 

ユノの顔色が、ぱっと赤くなってしまい、僕は「あれ?」と。

 

(色白だから、バレバレなんだ)

 

「...うるさいなぁ。

帰って欲しいのなら、帰るよ」

 

「ヤダ」

 

ユノのシャツの裾を引っ張って引き止める僕は、かなり彼に参っているってことだね。

 

女の子みたいにふくれっ面を作ったりして...僕はどうかしてるよ。

 

ユノに「可愛い」て言ってもらいたい魂胆が見え見えだけど、仕方がない...だって、ユノが好きなんだもの。

 

「しょうがないなぁ、居てやるよ」

 

ユノったら、ドスンと腰を下ろすんだ、マグカップが倒れてお気に入りのシーツにコーヒーのシミを作ってしまった。

 

「もう!」

 

ユノはオレンジの皮を剝きながら、「細かい男だなぁ、洗えば済む」と謝りもしない。

 

「シミになっちゃうじゃないか」と僕はブツブツいいながら、布巾で汚れた箇所をごしごしとこすっていると...。

 

僕の口に、オレンジの房がひょいと放り込まれた。

 

「強力な洗剤を使えばいい。

チャンミンちの洗面所は、洗剤の見本市みたいだった」

 

「...まあね」

 

瑞々しいオレンジをかみ砕くと、口の中は美味しいジュースでいっぱいになって、僕の機嫌はたちまち直った。

 

「一日中居てくれるの?

夜まで?」

 

「もちろん」とユノはにっこり笑って答えた。

 

「だって、俺たちの契約はあと2日だ。

予定通りにいってないじゃないか。

俺は未だ不眠だし、多少はマシになったけど身体は熱い。

あそこも臨戦態勢のまま」

 

ユノの言葉に、僕の視線はババっとあそこに向かってしまう。

 

「...チャンミン。

お前はホント、この手の話になると反応が素早いんだよなぁ」

 

「う、うるさい!」

 

「はははっ。

チャンミンの方は、ふにゃちんのままだし、冷たいし。

...あ、ちょこっとは膨らんだか!

悪い悪い」

 

「むぅ」

 

「よし!」

 

ユノはバチンと手を叩き、ベッドの上のものを片付け始めた。

 

「今から治療開始だぞ」

 

「...うっ」

 

期待半分ドキドキ半分。

 

寝室はオレンジの爽やかな香りで満ちていた。

 

 

 

 

「チャンミン、服を脱げ」

 

「えええっ!」

 

「パジャマが汚れるぞ」

 

ユノが来てから、パジャマを着ている時はほとんどないんじゃないだろうか。

 

「パジャマが汚れる...って...何をするんだよ」

 

僕はぼやきながら、パジャマのボタンを1つ1つ外してゆく。

 

「...チャンミン。

おかしなことを想像してただろう?」

 

「......」

 

図星だった僕は、無言を貫く。

 

「うつ伏せに寝て」

 

サイドテーブルにコトリ、と置かれたのは、ミルク色の小瓶だった。

 

そこには、いい香りがするオイルが入っていることを、僕は知っている。

 

「マッサージ?」

 

「うん。

俺のマッサージ、気持ちよかっただろ?」

 

湯船に浸かってユノに足裏をマッサージしてもらった時の、痛気持ちよかったことを思い出した僕は、頷いた。

 

「全身の緊張を取るんだ。

えっちなチャンミンの為にお断りしておくが、これは性感マッサージではない!」

 

「...分かってるよ」

 

ミントのすっとした清涼感とユノの手の平の熱が、皮膚に沁み込んでゆく。

 

筋肉を的確にとらえたユノの手技に、「どこかで習ったの?」と尋ねていた。

 

「まあね。

客には気持ちよく眠ってもらいたいからね、ハートの聞き役だけじゃなく、身体の凝りもとってやりたいんだ」

 

「真面目だね」

 

これで何度目になるのか、ユノに感心していた。

 

「そうだよ~。

俺は真面目で熱い添い寝屋なんだ」

 

「うん、ホントにそんな感じ。

僕も見習わなくっちゃ」

 

「はははっ。

いい心がけだ」

 

はあ...ユノのマッサージは気持ちよい。

 

うとうとしかけて、ハッとした僕は頭をぶんぶんと振った。

 

「...ユノ。

話の続きを教えて?

まだ途中だったでしょ?

熱い身体になってしまった、本命の理由」

 

「...そうだね」

 

「...ん?」

 

僕の上にまたがって、僕の背中をマッサージするユノ。

 

僕のお尻にあたっているこれは...もしかして?

 

「...ユノ、当たってる」

 

「これのこと?」

 

ユノったら、僕のお尻にそれをすりすりと擦りつけるんだ。

 

ユノはパジャマを着ていて助かった。

 

生肌同士だったら、突っ込まれてたかもしれない!?

 

「チャンミンが今、何を考えているのか俺にはよ~く分かっている」

 

「......」

 

「俺が壮絶な体験談をしようって時に、エロいことするわけないだろう?」

 

そう言ってユノは、僕のお尻をぺちっと叩いた。

 

「しっかし...つくづく思うんだけど。

チャンミンって、可愛いお尻をしてるんだな?」

 

「!」

 

跳ね起きようとした僕を、ユノは両膝で抱え込んだ。

 

 

 

 

「カップルの客が、俺の傍らであの世へ逝ってしまった話をしただろう?」

 

「...うん」

 

「あの後の俺の話。

心のガードをより固くして、仕事に打ち込んだ。

どれだけ自分の心を守れるか、客の不幸に飲み込まれずに、客に添い寝をしてやれるか。

これだけに精神を使った」

 

「...うん」

 

「私生活は荒れていった。

あのカップルが羨ましかった、と言ったよね。

俺にもそんな存在があったら...と夢見るようになった。

あらかじめ言っておくぞ。

俺の元には沢山の客がやってくるけど、俺は客に手を出したことはない。

...この手を出すっていう意味は、プライベートな関係にはしないっていう意味だからな」

 

「そうなんだ?」

 

「こら!」

 

「ごめんごめん、冗談だよ」

 

ユノは仕事とプライベートをきっちりと分けるタイプだ。

 

わずか3日間だけど、ユノと会話を交わし、彼の眼とまっすぐな背筋を見ていれば、そんなこと直ぐに分かる。

 

「その気になれば出逢いは訪れる」

 

そうだろうな、と思った。

 

だって、ユノはとても魅力的なんだもの。

 

「だから俺は、そういう可能性がある者と積極的に交際した。

女とは限らないから、もちろん男とも。

手当たり次第にね」

 

「...そうだったんだ」

 

ユノの手は僕の背中を、上へ下へと行ったりきたりしている。

 

語りながらなのに、その動きはぞんざいじゃなく、指先まで神経が行き届いている。

 

今のユノは...プライベートに僕を引き込んでくれてるのかなぁ?

 

そうだったら、いいなぁ、と思った。

 

 

(つづく)

 

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