(20)オトコの娘LOVEストーリー

 

 

~ユノ~

 

「え...っと。

済みましたか?」

チャンミンは手すりにもたれると、俺を軽くにらんだ。

 

「何が?」

「あのー、そのー。

あれの邪魔をしてしまったから、無事に済んだかどうかって...」

 

暗がりだから確認はできないが、彼女はおそらく真っ赤な顔をしているだろう。

 

「邪魔はしていないよ。

チャンミンちゃんは、全然邪魔なんかしていない」

 

(むしろ、君のおかげで深みにハマってしまうのを助けられた)

 

「Bとは...していないから」

「へ?」

「あんな感じだったけど、ヤッていないから」

「僕...がいたからですか?」

「さっきも言ったけど、チャンミンちゃんは邪魔していないからね。

変なものを見せちゃって、ごめん」

 

彼女はしばらく考え込んでいたが、彼女は「ああ、あれね」と頷いた。

 

「びっくりしちゃって...その。

初めて見たものですから。

ショックで」

 

(そうなんじゃないかと思ったけど。

こんなこと言ったら彼女に怒られるかもしれないけど。

『生娘』ってことか...。

生娘という言い方もどうかと思うが。

そうか...彼女は、経験がないのか...)

 

やばい。

彼女がますます可愛く見えてきた。

俺は身を引いて、手すりにもたれかかる彼女を観察した。

この子につり合う男はいるのだろうか。

彼女より背が高くて、身体も大きくてゴツい奴なら隣を歩いてもつり合うか...。

彼女のキャラクターに負けない男。

メイド服を受け入れてくれる男。

こんなことを考えていること自体が、彼女に対して失礼なことだってことは分かってる。

 

「ああぁ!

どうしよう!」

 

突然、彼女はムンクの叫びのようなポーズをとった。

 

「トラウマになっちゃうかもしれません...

あんなおっきいものを見せられて...」

 

しゃがみこんでしまった彼女に俺は慌てた。

 

「あんなおっきいの、壊れちゃうじゃないですか!

女の人が可哀想です!」

「え?

大きい?

壊れる?」

「衝撃でした!」

「ごめん!

ごめんな!

無理だろうけど、忘れて!」

 

彼女の肩を抱き、顔を覗き込んで何度も謝った。

 

「嘘です」

 

すくっと彼女は立ち上がり、あっけにとられたを俺を見てくすくす笑いだした。

 

「君って凄いこと言うね」

「ふふふ。

僕、下ネタ平気なんです。

好きな方かも、ふふふふ」

 

俺も彼女も手すりにもたれかかり、夜空を見上げた。

昼間の熱をため込んだコンクリート製の床が温かかった。

雲で月は隠れていたけど、いくつかの夏星は見られた。

 

「そんなつもりじゃなかったんだ」

「?」

 

彼女は問いかけるような表情で、俺を見つめている。

彼女の涙の理由は何だったんだろう。

 

「君がいたから、止めたわけじゃないんだ」

 

何を弁解しようとしているのだろう。

 

「Bとはもう...しないから」

 

どうしてこんなことを、彼女に話しているんだろう。

 

 

数日後。

 

「先輩、腰が痛いんっすか?」

「いや、ちょっとね」

 

腰をトントンと叩く俺を見て、後輩Sが心配する。

あの日以来、寝室を締め出された俺はリビングのソファで眠らざるを得ず、柔らかい座面に腰が沈んでしまったのがいけなかったらしい。

そんな夜が数日も続けば、腰を痛める。

 

「先輩も三十路なのに、昨夜頑張っちゃったんですか?」

 

後輩Sの言わんとすることを察した俺は、彼の頭をはたいた。

 

(以前の俺だったら、『ば~か、お前こそどうなんだ?』とか言って、ニヤつけたのに...)

 

「午後から例の打合せがあるんだぞ。

さっさと資料をまとめておけよ」

「へいへい」

 

ぼやきながらデスクに向かう後輩の背中をみながら、俺は今朝の出来事を思い出していた。

 

 

今朝もチャンミンが用意してくれた朝食をお腹におさめた。

ぐちゃぐちゃの卵料理(味付けはグッド)、クリームチーズをたっぷり塗ったベーグルといったメニューだった。

 

「『例の人』といつ会うの?」

 

男を追って都会に出てきたという彼女だ。

俺の質問に、彼女はふにゃふにゃになってしまった。

 

「もうすぐです~」

 

ちょっとだけ胸がちくり、とした。

惚気ている彼女に、ちょっとだけイラついた。

 

「仕事を探すんじゃなかったっけ?」

 

ここに来た本来の目的を思い出させようとして、忠告めいた言い方をしてしまった。

 

「安心してください。

ちゃ~んとスタートしてますよ」

 

彼女はBの席に座っている。

Bは寝室から出てこない。

 

「それなりにあたりをつけているので、一週間もかからないと思います。」

「そうなんだ」

「と言いつつ、面接はこれからなのでどうなるかは分かりません。

でも、出来るだけユノさんに迷惑がかからないよう、早くここを出ていきますからね」

 

彼女に出て行ってもらったら困る。

 

「だーかーらー。

迷惑とか、出て行かなくちゃとか、そういうこと考えるのはよせ、って昨夜言っただろ?」

「でも、一か月って期限を切ってましたよね?

アパートを借りる費用はあります。

仕事が決まったら、部屋を探して契約します」

 

彼女は食べ終えた食器をシンクに運びながら言った。

彼女は頑固な質らしい。

昨夜のベランダで、「ここを出る」と言い張る彼女を、俺はこんこんと説得したのだ。

肌に張り付くほどタイトスカートを履いた彼女のお尻に、釘付けになっていた。

俺もそうだけどお尻が小さい。

 

(ううっ...俺はどこを見ているんだ!)

 

「その言葉、後になって後悔しても知りませんよ。

そのうち居心地がよくなって、ずーっとここに居座るかもしれませんよ」

 

チャンミンがずーっとここにいる。

チャンミンと暮らす。

友人の妹とはいえ、一時的であっても自分のテリトリーに招き入れることは、俺にとってハードルが高い一件だ。

ところが、彼女と出会ったら、そんなハードルを知らぬ間に越えていた。

興味本位プラス、彼女が持つ人柄と邪気のない笑顔の側にいたいと思った。

わずか一週間で。

彼女は可愛い。

彼女がとにかく、可愛いくてたまらないんだ。

 

(つづく)

 

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(19)オトコの娘LOVEストーリー

 

 

~ユノ~

 

「いい加減にしろ!」

 

迫るBを無理やり引きはがしたら、案の定、彼女は鬼の形相になって俺を蹴り飛ばした。

 

「ユノのくせに、私の誘いを断るつもりなのね?

私に恥をかかせる気?」

 

Bは寝室に駆け込むと、派手な音を立ててドアを閉めてしまった。

直後、ガチャリと鍵を下ろす音がした。

Bの誘いを拒んだ俺が寝室から締め出されたのか。

それとも、俺に拒まれた彼女がリビングから締め出されたのか。

...どちらも正解だと思った。

 

萎えたものを下着におさめると、浴室まで直行した。

何かが汚れたような気がして、その全てを洗い流したかった。

しばらくの間、勢いを最強にしたシャワーに打たれていた。

あの言葉が決定的だった。

 

『ユノのくせに、私の誘いを断るつもりなのね』

 

全くもって、俺とBの関係性を的確に言い現わした言葉だよ。

 

「?」

 

バスタブの縁に見慣れないシャンプーボトルがあって、おそらくそれはチャンミンのものだ。

髪を染めた美容院で購入したものだろう。

俺の口元が緩んだ。

 


 

~チャンミン~

 

僕は敷いた布団の上に、ぱたりとうつ伏せに倒れた。

 

(びっくりした!

びっくりした!

びっくりした!

初めてラブシーンを生で見た。

ドキドキする。

お客さんがいても構わないくらい、二人は熱愛中なんだ。

音くらいだったら、イヤホンでなんとかなるとしても。

あんなところをまともに...見せつけられたら...。

アイマスクがいるってこと?

勘弁してよー!)

 

布団に埋もれていた顔をむくりと上げ、閉めたドアを振り返った。

 

(見てしまった...かもしれない。

「かもしれない」じゃなくて、見てしまった。

Bさんの手の中のもの。

人様のものを...元気になってるのを見るのって初めてなんですけど!

おっきいんですけど。

やだもー、びっくりなんですけど!)

 

赤くなったり青くなっていると、バタンと戸を閉める大きな音が響いた。

 

(そうですよ。

『そういうこと』は寝室でお願いします)

 

僕は起き上がると、スマートフォンを手に部屋の掃き出し窓からベランダに出た。

 

「わぁ...」

 

生温かい夜だが、不快なほどではない夜気を吸いながら、田舎では見られない眼下の夜景に感動した。

 

 

(綺麗。

僕は都会にいるんだ。

お父さんとお義母さんを説得してここまで来てよかった。

新しい自分になりたくて来たんだ)

 

僕はまぶたをパチパチした。

 

(頑張ろう。

ここで、頑張ろう)

 

僕の目にじわっと涙がにじんできた。

連なるテールライトや高層ビルの屋上で瞬く赤い光を飽くことなく眺めていた。

 

(明日からどうしよう。

ユノさんのお家には、いられない)

 

そこで、兄に相談することにした。

数コール後に、兄の大き過ぎる声を聞いた途端、懐かしさのあまり僕の目尻からぽろりと涙がこぼれた。

 

『おー、チャンミンか?

どうだ?

ユノには可愛がってもらってるか?』

「うん。

あのさ、お兄ちゃん、トラブル発生!」

『トラブル?

お前、何かしでかしたのか?』

「そうかも」

『何した?』

「何もしていないけど、僕の存在がマズいんだ」

『どういうことだ?』

「問題はね、“気づかれていない”ことなんだ」

『それのどこが問題なんだ?』

「あのさ...」

『こらぁ!

とっとと寝るんだ!

...すまん、ガキどもに怒鳴っただけだ。

出産まであと2週間だから、その時は頼むよ』

「う、うん...」

 

僕は通話を切ると、ため息をついた。

 

(お兄ちゃんのところは、やっぱりそれどころじゃないか...)

 

ベランダに漏れる部屋の灯りが、ふっと何かで遮られた。

背後から、コツコツと音がする。

振り返ると、リビングの窓にユノさんが立っていた。

ガラス窓をノックした音だったようだ。

 

「ユノさん...」

 

彼は窓を開け、裸足のままベランダに出ると、僕の隣に立った。

 

「......」

 

僕は彼の顔をまともに見られない。

 

「チャンミンちゃん」

 

(ユノさん。

僕はどんな顔すればいいんですか?)

 

「あんなところ、”見せて”ごめん!」

 

僕はコホンと咳払いをすると、そむけていた顔を戻した。

 

「僕の方こそ...”見て”しまってごめんなさい」

 


 

~ユノ~

 

チャンミンの髪は濡れていて、シャンプーの香りを漂わせていた。

視線を落とすと、ビッグサイズのTシャツから細長いすねが伸びている。

 

「チャンミン、ちゃん?」

 

彼女は目に涙をにじませていた。

 

(泣いて、いた?)

 

(つづく)

(18)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

(ユノさんは未だに僕のことを女子だと思い込んでる。

凄いよなぁ)

 

鏡の中の僕が眉と口角を下げている。

 

(僕が男だと知って、ユノさんはどう思うんだろう)

 

濡れ髪をオールバッグにして額を出すと、男の顔が露わになる。

湯上りで上気した頬に触れ鼻筋をなぞった。

 

(やっぱり男なんだよねぇ。

ユノさんはあんなにカッコいいのに、僕は中途半端。

僕はどっちになりたいんだろう?)

 

「あ、しまった。

パンツを忘れてきた」

 

幸いなことにオーバーサイズのシャツを着ているし、バスタオルを巻けば大丈夫だ。

 

(悲しくなってきた。

明日は、あの人との再会なのに。

どっちの格好で会った方がよいのか分からなくなった)

 

僕はうな垂れ、洗濯機の上に置いた黒いブラジャーを手にとった。

 

(僕は男。

胸がなくて当たり前だけど、胸があると映えるんだよねぇ。

パットを使うべきか否か)

 

鏡の前で、薄い筋肉だけの胸を両手で寄せたり上げたりしてみた。

 

(Bさんの胸、大きかったなぁ。

男の人というのは、大きい胸の人が好きなんだよねぇ、うん。

ユノさんもやっぱり...)

 

僕の頭にぼわーんと、Bさんの胸を揉むユノさんの姿が浮かんだ。

 

(ダメだ!

何を想像してるんだ!)

 

正面でホックをかけてぐるりと回すと、ぺったんこの胸をブラジャーにおさめた。

ユノさんの忠告に素直に従うことにしたのだ。

 

 

実は...ユノさんちに来てから、僕はちょっとだけ無理をしている。

今朝は部屋着のようなワンピースを着ていたけれど、実家に居た頃の僕は朝昼晩と女性服を着ていたわけじゃなかったのだ。

四六時中女の子の格好をしていたい程の欲求はなかったし、何よりも両親を驚かせたくなかった。

学ランを着ていた息子が、真っ白なブラウスを着、ピンクの口紅をひいて登場したら腰を抜かすと思う。

部屋でこっそりワンピースやスカートを身に付け、鏡の前で楽しんでいただけだった。

ところがある日、帰省していた兄に目撃されてしまったのだ。

ノックも無しに入ってくるものだから、隠す間がなかった。

兄は目を丸くしてしばし絶句していた後、「そういう趣味があったとは知らなかった」と言った。

 

「ごめん」と僕は謝った。

「謝らなくていい。

ここに住んでちゃ、おおっぴらにできないもんなぁ」

「そうだね」

「チャンミンは童顔だしスタイルがいいから、まあまあ似合うんじゃないの?」

「...それならいいんだけど」

「じゃあな。

飯食ったら帰るから、声をかけに来たんだ。

急に入ってきてごめんな」

 

兄は僕の肩をポン、と叩くと部屋を出て行った。

兄に見られてよかった、と思ったことに僕は驚いていた。

 

 

洗面所を出る前にふり返って髪の毛が落ちていないか最終チェックをし、照明を消した。

 

 


 

~ユノ~

 

「B!

チャンミンちゃんが...チャンミンちゃんが!」

 

ユノはBの肩を押しのけたが、

「チャンミンチャンミンって、うるさいわねえ。

まだ出てこないわよ。

もしかしてユノ...、あたしが嫌なの...?」

と、Bが目を潤ませるから、俺は黙るしかない。

 

「嫌とか、そういう問題じゃなくて!」

 

その1。

半年ぶりにいきなり『そういうこと』をしたくなるBに驚いていること。

その2。

ここはリビングで、もうじきお風呂から上がるチャンミンに『そういうこと』を見られるかもしれないこと。

その3。

この理由が一番大きいぞ。

この場になって気付いたことだ。

俺の中に、Bと『そういうこと』は二度としたくない気持ちがあること、だ。

その4。

「その3」を理由にBを拒みたいが、彼女を傷つけてしまうから拒みにくいこと。

その5。

これこそ、今の俺を大いに僕を困らせている。

「その3」を挙げているくせに、悲しいかな反応してしまう俺の男の部分だ)

 

「あ!」

 

ファスナーを下ろされ、下着の中身をずるんと引っ張り出された。

 

「Bっ!

やめろ!

おいっ!

くっ...!

駄目だっ!

チャンミンちゃんが!

あぅ!

チャンミ...ちゃ...んが!

あ...」

 

「お先で...し...」

 

ソファで仰向けになった俺と、湯上りのチャンミンの目がバシッと合った。

 

「!!!!」

「!!!!」

 

(チャチャチャチャチャチャ...ミンちゃん!!!)

(ひぃぃぃーーーー!!!)

 

チャンミンはバスタオルを頭からかぶって、絡み合う俺たちの前を通り過ぎると、6畳間に飛び込んでピシャリと戸を閉めた。

こんな状況なのに、ビッグサイズのTシャツから伸びた白い脚がなまめかしい、感じてしまった俺は頭がおかしくなっている。

 

(つづく)

 

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(17)オトコの娘LOVEストーリー

 

~チャンミン~

 

「ふぅ...」

 

張り詰めていた心身は、ため息ひとつ程度じゃほぐれなかった。

ユノさんとBさんとの仲を裂くわけにはいかない。

やっぱりここにご厄介になるのは、やめた方がいいかもしれない、と思った。

 

「あれ?」

 

実家から送った荷物が、乱れていることに気付いたのだ。

 

(え...どうして?)

 

洋服や下着、小物などが段ボール箱から飛び出している。

僕が所有するとっておきのワンピースは、畳んだ布団の上に投げ捨てられていた。

 

(誰が...?)

 

閉めたドアの向こうから、ユノさんとBさんの言い争い(と言っても、一方的にユノさんが責められている格好)が聞こえる。

 

(犯人はBさんだ。

謎の箱が置いてあったら、怪しんで当然だよね)

 

ユノさんがスペースを空けておいてくれたクローゼットへ中へ、私物をひとつひとつ収めていった。

とっておきのワンピースはハンガーにかけ、積み上げた本を台にして、化粧水と化粧ポーチ、目覚まし時計を置いた。

 

(お二人の力関係が、なんとなく分かってきた。

僕のせいでユノさんが責められてしまってる。

ごめんなさい)

 

下着を胸に抱きしめると、部屋のドアを開けた。

 


 

~ユノ~

 

「ねぇ、ユノ。

私の服を片付けてしまうなんて、どういうことよ!?

あそこは、私の衣裳部屋だったのよ。

これからどうすればいいのよ?

私に無断で動かさないでよ!」

「勝手に触ったことについては、申し訳なかった。

一か月の間だから、辛抱してくれないか?」

「一か月だけでしょうね?」

「ああ。

約束する」

 

俺の返事に満足したのか、Bはソファに横になって両脚を持ち上げて足先をぶらぶらし始めた。

むくみをとる体操だそうだ。

 

「お腹が空いたな~」

 

俺はため息をついた。

 

「何か作ろうか?」

「スムージー。

ヨーグルトは無脂肪で。

砂糖は使わないで、エリスリトール。

バナナは絶対に駄目。

アーモンドミルクがあれば、ヨーグルトはナシで。

氷は3つ。

プロテインとケールでお願い。

ストローも忘れないで」

「分かったよ」

 

俺は冷蔵庫から材料を取り出しながら、深々とため息をついた。

作り慣れているから、考え事をしながらでも手順は間違えない。

 

(俺はBに押されっぱなしだ。

あんなに好きな女だったのに。

久しぶりに顔を合わせたというのに。

今じゃ衝突を恐れて、ご機嫌取りだ。

情けない)

 

ジューサーのたてるゴーゴーいう音が、ささくれだった気持ちをなぜか鎮めた。

 

(チャンミンちゃん、ごめん。

俺たちの醜態を見せてしまった。

フォローしてやれなかった。

さぞ居心地が悪かっただろうに。

本当にごめん)

 

ガチガチになって直立不動だった彼女の姿を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった俺だった。

 


 

~B~

 

背を向けてスムージーを作っているユノの背中を、Bは食い入るように見ていた。

 

(私の言いなりで、一途に待ち続けていて、好青年過ぎるところが残念だけど、性格もいい。

スタイルはいいし、顔もいい。

パーフェクトなはずなのに、どこか物足りない。

隣を歩かせたら、私と充分釣り合いが取れるし)

 

一日の労働でしわの寄ったワイシャツや、力をこめるたび筋ばる日に焼けた腕などを、Bはじーっと見つめる。

Bはフラストレーションを抱えていた。

 

(『あの人』ったら!

昨夜はあんなに熱かったのに、部屋から出ずに3日間過ごすはずだったのに。

今朝になって「帰れ」だなんて。

「帰りたくない」って、あの手この手で奉仕したのに、

それでも「帰れ」だなんて。

持て余したこの熱をどうすればいいのよ)

 

ユノは出来上がったスムージーを手に、Bの元へ戻ってきた。

Bにそれを渡すと、ユノはネクタイを外し、ダイニングチェアにひっかけておいたジャケットを取った。

Bはじっくりとユノの全身を眺める。

 

(『あの人』ほどじゃないけど、まあまあいい身体しているし、

『あの人』ほどテクニックはないけど、私を喜ばせようと一生懸命になってくれるし。

ユノと最後に『した』のは、いつだったっけ?)

 

Bは頭の中で、指折り数えてみた。

 

(半年...いやもっと前...8か月以上?

れっきとした『レス』じゃないのよ!

...とにかく!

私はムラムラしているのよ!)

 

隣でグラスの水を飲むユノに、Bは飛びかかった。

 

「ちょっ!」

 

ごとんとグラスが転がり落ちて、ラグを濡らす。

Bはユノのシャツの襟もとを引き寄せると、唇を押し付けた。

 

「ん...B!」

 

ユノはBの両肩をつかんでひきはがす。

 

「急に何だよ?」

 

「ユノは...私を拒むの...?」

「う...」

泣きそうな悲しそうな顔をするBだった。

 

(泣かれたら困る!)

 

焦ったユノの腕の力が緩んだ隙に、Bは彼のシャツのボタンを外し始めた。

 

「待て、B!

待てったら!」

 

Bの手首をつかみ、引きはがした。

すると彼女は再び泣き出しそうに表情をゆがめた。

 

(ユノはこの表情に弱いのよ)

 

脱がせたシャツをソファの向こうへ放り投げた。

 

「ち、チャンミンちゃんが!」

Bはユノのベルトを外し始めた。

Bを力任せに突き飛ばすわけにもいかない。

「チャンミンちゃんが...いるんだって!」

 

(つづく)

 

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(16)オトコの娘LOVEストーリー

 

~B~

 

チャンミンは正座した膝に乗せた手を開いたり閉じたりしながら、彼らの話の行く末をじっと待つしかなかった。

 

(どうしよう...僕が原因の喧嘩だ。

Bさんは僕が男だってわかってる。

やっぱり女の人の目は誤魔化せないな)

 

そろりと上目遣いで、口論中の2人をのぞき見る。

 

(そろそろカミングアウトするべきよね。

ユノさんを騙しているのは僕。

もっと早く本性を明かしていればよかった。

『僕は女の子の服を着たいだけで、中身はれっきとした男なんだって。

僕の願望を優先したくて、一時的な嘘ならば大丈夫だって甘く見てた。

ユノさんたちの仲を壊したらいけない!)

 

チャンミンは覚悟を決めた。

 

「あの!

僕は...」

 

ところがチャンミンの覚悟は、ユノによって遮られた。

チャンミンの声が小さ過ぎたせいもあった。

 

「『正体』も何も、チャンミンちゃんはTの妹だよ。

彼女に失礼なこと言うんじゃない。

素性のしっかりした、いい子だよ」

「ユノ...そういうことを言ってるんじゃないのよ。

マジで分かんないわけ?」

 

Bから疑う目で見られる理由が、ユノには分からなかった。

 

「一部屋空いているんだ、提供してやろうよ」

「よろしくお願いします。

迷惑おかけします。

早く仕事を見つけてここを出てゆきます」

 

チャンミンは頭を下げるものだから、ユノは慌てた。

 

「いやいやいやいや。

そんなこと言ったらだめだよ。

遠慮しないで」

「でも...」

 

チャンミンは、この場で正体を明かすことをあきらめた。

ユノとチャンミンのやりとりを眺めながらBの内心にいたずら心が湧いてきた。

 

(ふ~ん。

チャンミン、って子、ユノに自分の正体って明かしていないのね。

まんまと騙されたままのユノもどうかと思うけど。

あの子が女じゃないって知った時、ユノはどうするのかしら。

面白いわ)

 

「分かったわ。

お好きにどうぞ」

 

Bの一声にユノとチャンミンは顔を輝かせたあたり、この場を仕切っていたのは明らかにBだった。

 

「私の邪魔をしなければ構わないわ。

どうぞ二人でおままごとみたいなことしてらっしゃい」

「おままごと?」

「そんなことより、今日はずいぶんと帰りが遅いじゃないの!

食べるものがなくて、空腹で待ってたのよ?」

 

Bはチャンミンへの興味を失ったようだ。

 

「家に居るなんて、珍しいな。

撮影はひと段落ついたんだ」

 

Bはぎくり、とした。

実のところ、Bのモデル業は開店休業状態だったのだ。

 

「悪い?

私が邪魔なの?」

「そういう意味で言ったんじゃないよ。

買い物もしてきてないし、ほら、果物とか鶏ささみとか要るだろ?」

「最近は、フルーツは断ってるの。

糖質を制限しているのよ」

「そっか...知らなくて」

「知らなくて当然よ。

話をするのが久しぶりなんだから。

だからって、こういう大事な話を黙っていたんだ?

信じられない。

私を何だと思っているの?

私のことが邪魔なんでしょ。

ひとりでノビノビとやってるんでしょ?

私が居ない方がいいんでしょ?」

 

とBはまくしたてるから、ユノは「居ない方がいいなんて、思ってないよ」と答えるしかなかった。

本音を吐いてしまったら...つい昨日今日、気づいてしまった本音を漏らしてしまったら、Bは烈火のごとく怒り、その怒りをチャンミンにぶつけそうだった。

それだけは避けたい。

ユノはうつむいてしまったチャンミンの耳元でささやいた。

 

「チャンミンちゃん、ごめん。

俺がなんとかするから、お風呂に入っておいで」

 

チャンミンのすがるような眼を見て、ユノはいたたまれなくなった。

不快な思い...不安や緊張与えてしまった自分が不甲斐なかったのだ。

 

(俺への評価はガタ落ちだ。

なんとかして挽回しないと!)

 

「はい。

お言葉に甘えて...。

それでは、お先に失礼します」

 

チャンミンは会釈をすると、貸し与えられた6畳間に避難していった。

 

(今日は特に、機嫌が悪い。

いい意味で感情豊か、悪い意味で気性が激しいBとの応酬を、刺激的だと新鮮に受け止められたのも過去のことだ)

 

と俺は思った。

 

(つづく)

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