(17)僕の失恋日記

 

ー15年前の5月某日ー

 

休講になる。

ぽっかり空いた午後。

気温27度。

湿度45%。

晴れ。

 

ユノは何をしているかなぁ。

真っ先にユノのことが思い浮かんだ。

空を見上げて歩いていたから、車止めにつまづいて転んでしまった。

手の平を擦りむいた。

胸の奥に何かが詰まっているような感じは相変わらずだ。

その鈍痛よりも、手の平の擦り傷がズキズキ痛む方がマシだと思った。

 

 

(※ユノがその場に居合わせたら、こう言うだろう。

傷にふうふう息を吹きかける僕に、

「今どきの治療法は傷を乾かさない方がいいそうだぞ。

なんでかって言うとな、自分の身体から出る汁に秘密があるらしい...うんぬんかんぬん」)

 

 

帰宅したら、ファンクラブ会報誌が届いていた。

封筒を開ける指が震えていた。

 

『CC、再始動!

Newアルバムの制作秘話と思いを、ファンクラブの皆さんだけに語ります』

 

昨年の10月以降、CCは活動らしい活動をしてこなかった。

プライベートを充実させたからお仕事に戻りましょう、って?

 

『デビュー以来、これほど長期の休暇をいただいたのは初めてでした。

リフレッシュし、新たな力を得たこれからの僕を見てください...うんぬんかんぬん』

 

日焼けしたCCの写真を見つめる。

-夫夫で南の島にでも行ってきたんだろう?

 

『...初めて作詞に挑戦しました。

僕の愛の形をファンの皆さんにお届けしたく...うんぬんかんぬん』

 

ーふざけるな。

どうせ、誰かさんを想って描いた曲なんだろう?

他人のラブレターなんて読みたくない。

これ以上読んでいられなくなって、くしゃくしゃに破って捨てようかと思った。

 

『リリース記念。

握手会、抽選で〇〇名様ご招待!』

 

この一文に、僕の心臓はバクバクだ。

CCに会える。

何枚買えばいいかな?

10枚?

20枚?

30枚?

でもさ、冷静に考えろ。

奥さんに触れた手で握手したいのか、チャンミン?

握手したいから欲しくもないCDを買うのか?

CCの曲が聴きたいのか?

どっちだ?

 

 

CCから気持ちが離れてきたことに喜んだ束の間、あっさりと引き戻されてしまった僕。

僕のハートに根付いたCCはしぶとい。

決定的なネタを前にしたのに、スパッと諦めきれていない僕。

CCの物はほとんど捨ててしまったのに、気持ちだけは思い通りにコントロールできない。

半年以上経つのに、CCに関するニュースは、僕を動揺させる。

こんな自分がい、や、だ!

二度と顔を合わせる機会がない相手なら、忘れるまでの時間も短縮できたかもしれない。

あいにくCCは、これからも十分売ってゆける芸能人だ。

慎重にテレビやラジオを避けていても、街中の広告などでうっかり目にしてしまいそうだ。

店内BGMで、CCの曲を聴いてしまうかもしれないし、不意打ちに...例えば、信号や次の電車を待つ僕の後ろで、CCの話題で盛り上がる人々がいるかもしれない。

僕が完全に忘れてしまうまで、CCなんて無人島にでも行ってくれたらいいのに...。

 

 

【封筒の中身】

・会報誌

・ポストカード

(CCのサインが印刷されている)

・年会費振込用紙

(ファンクラブの有効期限が迫っている)

ファンクラブは更新しない!!

 

 

(※今だからわかること。

お知らせが来ると、Caution Cautionの赤ランプが点滅して、平静でいられなくなるのは、クセに近いものだ。

長らく何度も繰り返されて条件反射のようなものだ。

CCのことを色濃く引きずっているせいで敏感に反応してしまったと、20歳の僕は思い込んでいる。

堂々と「CCが好きだ」と言っている反面、ユノのことはあいまいなままだ。

ユノのことにほとんど触れていないこの日記。

僕らの将来を知っているから、当時の僕の心境はバレバレだ。

答えを出すまでに時間がかかる僕。

答えが出ているのに、気付かないフリも上手い。

アイドル相手の恋であの熱量。

恋の相手が生身の存在になった暁には...!?

その分、その気になった時の僕は凄いのだ)

 

(16)僕の失恋日記

 

 

ユノが駅に着くまであと30分。

 

改札口の前で待っていよう。

 

残りページはあと少しだ。

 

僕は大きく息を吸って吐いて、ページをめくった。

 

とても大事なシーンだ。

 

丁寧に詳しく書いてくれてありがとう、と20歳の自分にお礼を言う。

 

だって、これを読みながら、ユノのことをあらためて好きになっているから。

 

そうそう、ユノのこういうところに好きになったんだよね、って。

 

 


 

ー15年前の5月某日ー

 

<送別会の夜のこと>

 

勢い任せの告白。

するつもりのなかった告白。

思い出すだけで、火が出そうだ。

 

 

【僕の告白を受けて、ユノの反応】

 

泣き出した。

ポロポロ涙をこぼしていた。

 

ユノ「悪くない。

全然、悪くないよ。

大歓迎だ」

 

僕もじんときてしまって、こぶしで涙を拭った。

互いの首をタックルするみたいなハグをした。

 

ユノ「よりを戻すわけないじゃん」

僕「どうして元気がないの?」

 

ユノ「俺って最低だなぁ、って。

俺は浮気は出来ない質なんだ...なんて言ってて、浮気したんだけど」

僕「あははは、そうだね」

 

ユノ「元通り付き合おうと言われたとき、すげぇ腹が立った。

俺を2度もフッたくせに...って。

今さら遅いよって。

...まあ...とにかく、復活したいと言われて、お断りしたって話だ。

...それだけの話さ」

 

僕「駄目だよ、端折らないで。

それだけじゃ、ユノの元気がない理由が分からないままだ。

全部話して」

 

 

ユノ「彼はね、初めての彼氏だったんだ。

付き合いの期間も長くて、別れるなんてあり得ないと思ってたんだ。

呑気に構えていた俺の隣で、彼の気持ちはどんどん離れていってたらしい。

純粋に気持ちが冷めたんだってさ...俺といると疲れるって。

そう言われた俺は、『至らない所があるなら直すから、別れるなんて言わないでくれ』ってお願いしたんだ。

チャンミンには偉そうなことばっかり言ってたのに...無様だろ?

俺の恋はそんな具合だし、チャンミンは失恋中だし。

その上、チャンミンを深く知りたいと思うようになるし、わけわかんなくなってきたんだ。

いい加減CCなんて諦めて、現実を見て欲しくて、あえてキツイことを言ったりした。

...ごめんな」

 

僕「謝るなって。

ユノの言葉に、僕はとても助けられたんだよ」

 

僕の言葉に、ユノの肩からはふっと力が抜けた。

 

僕「続きを話して、全部。

全部聞かせて。

どうして元気がないの?」

 

 

この後、ユノは何ていったんだっけ?

ユノと交わした言葉のひとつひとつを、鮮明に記録に残したかった。

ユノの腕の下から抜け出た僕は今、デスクにこのノートを広げている。

室内はとても蒸し暑く、エアコンを入れた。

ユノはぐうぐう寝ている。

ぽりぽりと裸のお腹をかいている。

さっき僕が強く吸いついた痕が痒いのかなぁ。

それは、生まれて初めて付けたキスマークだ。

 

 

 

 

 

ユノ「チャンミンを放っておけなかった。

そんな俺を側で見ていた彼はどう思ったか。

分かりやすい俺の変化に『あれ?』って変に思うだろ?

たちが悪いことに、俺は全然気付いていないんだ。

チャンミンの世話に奔走してしまう動機が恋だってことに。

彼から『ユノの態度が変だ。好きな奴が出来たのか?』と訊かれても、ハテナ?だ。

『俺を疑ってるのか?』なんて、逆に彼を責めたりしてさ。

一緒にいたくなくなって当然だ」

 

ユノは僕をハグしたまま、話し続ける。

 

ユノ「...昨日呼び出されて、『よりを戻したい』って言われて、すぐに断った。

『好きな奴がいるから無理だ、ゴメン』って」

 

ドキッとした。

 

ユノ「そうしたらこう言われた。

『やっぱり...そいつだったんだ。

俺と付き合ってるのに、そいつとずっと会ってたんだろう?

俺は知っていたよ。

別れ話の時、俺は追求せずにいたんだ...ユノはそいつが好きだったんだろ?』って。

...そう言われた」

 

僕「『そいつ』って...」

ユノ「チャンミンのことだよ」

 

 

ユノ「さらに彼から、こう言われた。

『ユノは酷い男だ。

とっくの前によその男に気持ちがいってしまっているのに、自分じゃ気付いていない。

その上、悪いところは全部直すから、別れたくない、なんて言い出すんだから。

どこまで無神経なんだよ』

...って言われた。

彼から見れば、俺は浮気をしてたってことだ。

恐ろしいことに、俺にその自覚ナシだったんだ。

チャンミンにぺらぺら偉そうなこと言っておいて、俺自身の恋愛はこんな有様なの。

俺はずっと、被害者意識でいたんだ。

心変わりしたのは彼じゃなくて、俺の方だったんだ。

彼を傷つけていたのは、俺の方だったんだ。

俺さ、すげぇ落ち込んでしまって...」

 

僕「ユノ...」

 

ユノ「鈍感にもほどがあるよなぁ。

誤解するなよ?

チャンミンのせいじゃないからな。

俺が馬鹿だっただけの話だ。

俺が元気がない理由の話は、これでお終いだ」

 

僕らはずーっとハグしたままだった。

 

ユノ「CC、新曲を出したらしいね」

僕「詳しいね」

 

ユノ「もちろん、注文しただろ?」

僕「ううん、していない。

買うのは止したんだ」

 

ユノ「どうして?」

僕「欲しがる理由がなくなったから」

 

 

集中して書き続けていたせいで指が痛い。

首をぐるりと回転させ、大きく伸びをした。

ユノは目を覚まさない。

ひと晩で視界がぐんと、広がった気がする。

たったひと晩で、随分遠くまでワープしたみたいな感じなんだ。

でも、CCによって負った傷の痛みは消えていない。

僕は分かりやすく打ちひしがれ、いつまでもいつまでも、いつまでもいつまでもCCを引きずっていたんだ。

そうそう簡単に消えるものじゃない。

しつこく残っているけれど、それどころじゃなくなってしまっただけのこと。

だからユノの登場は、CCの延長線上にあるものじゃない。

目が覚めた、と言った方が...

うまく書きあらわすことができなくて、ジレッタイ!!

 

 


 

(※ユノとのことをうまく言い表せなくて、苦労している様子が、何度も書き直した文章から伝わってくる。

 

当時の僕はとても素直で、うつむきもせず真っ直ぐ前を向いて、襲い掛かる負の感情をまともに味わいながら、前進していた。

 

心を庇うために中途半端な嘘までついたりして、それでも逃げていなかった。

 

早く楽になりたくて一生懸命、手足を動かしていた。

 

ポンポンと後ろから肩を叩かれた。

 

僕はわざわざなのか、敢えてなのか、振り向くことなく、肩を叩いた人物と会話を交わす。

 

その人物はもちろん、ユノだ。

 

僕の背中はムズムズしてくる。

 

振り向きたいのを我慢してた。

 

いよいよ耐えきれずに振り向いた時、凄いことが起こった。

 

その時がいつだったのか、20歳の僕は分かっているのかな?

 

正解は、初めて寝た日だよ)

 

 

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(15)僕の失恋日記

 

ー15年前の4月某日ー

 

新学期が始まる。

オリエンテーション。

講義数が増えるため、バイトのシフトを減らさなければ。

 

 

PCの電源を入れ、テキストアプリを立ち上げる。

頭は真っ白。

仕方なく、好きな本を書き写すことにする。

キーボードを打つ練習にもなる。

 

 

32ページ書き写したところで、今日のところは終了。

髪型を変えよう、髪色も変えよう、と思い立った。

本屋でファッションかヘアスタイル雑誌を買いに出かけることにする。

 

(※当時の僕は、CCの真似をしてピアスを開け、髪を茶色にカラーリングをしていた。

好きな人には近づきたい気持ちに正直だった。

身長がCCと同じことを、得意に思っていた。

可愛い奴だ)

 

 

ユノに電話をかけて、遊びに行っていいか尋ねる。

僕はユノに会いたい。

ユノといるとリラックスできるし、ドキドキできる。

CCに一度でいいから会ってみたい。

「何十万ものファンがいるのに、どうして結婚をしたのか?」尋ねてみたい。

CCを前にした時、僕はどうなってしまうんだろう。

僕には2人、会いたい男がいる。

 

 

本屋で、何冊かの雑誌を手にとって、適当なものがないか探していた。

CCが取り上げられた雑誌はないか、無意識に探していた。

表紙の見出しのひとつにCCの名前をみつけた。

CCの文字には、僕はとても敏感なのだ。

 

それはゴシップ誌だった。

「またかよ」なことが起きた。

血の気がひいたのち、全身の表面が熱くなった。

雑誌を持った指が震え、呼吸が苦しくなった。

CCのプライベートを隠し撮りしたものだった。

高級スーパーマーケットで買い物をするCCの写真だった。

記事によると、この日は近くに結婚相手はおらず、CC一人で来店していたようだ。

キャップを目深にかぶり、デニムパンツとニットといったラフな恰好だった。

高性能のカメラのレンズは、ショッピングカートを押すCCの左手をとらえていた。

ご丁寧にそこだけクローズアップしている。

CCは既婚者である事実を目で見える形で見せつけられ、打ちのめされた僕。

ダメだなぁ。

僕はまだまだ、容易に心が揺さぶられてしまう。

 

 

この件は、ユノには黙っていよう。

何にショックを受けたか説明をするうち、心が冷えていってしまう。

彼氏と別れたばかりのユノに、僕の心配ばかりさせるわけにはいかないのだ。

遅れてやってきたユノと、ドラッグストアへ行く。

 

 

「俺もブリーチする」と、ユノは言い出し、ユノの部屋は即席の美容院となった。

上半身裸になり、キャスター付き椅子に腰かける。

穴を開けたゴミ袋を頭からかぶり、互いの髪を染め合った。

ユニットバスで互いの頭を洗ってやり、ついでに裸になってシャワーを浴びる。

放置時間を多く取りすぎた結果、僕の髪は藁みたいな色になってしまい、ゴワゴワと梳く指にひっかかる。

泣きそうになっていると、ユノは「よく似合ってるけどなぁ。気に入らないなら、白髪染めで染め直すか?」と僕を慰めてくれた。

 

 

21:00

僕らはベッドにもたれて、床に並んで座っていた。

 

【一緒に観た映画】

エクソシスト

 

(※今も昔もユノは、怖がりなのにホラー映画を観るのが好きなのだ。

『チャンミンが一緒だから好きなんだよ。一人じゃ絶対に無理だ』なんて、可愛いことを言ってくれる)

 

映画の始めから最後まで、怖がるユノと手を繋いでいた。

軽いキスを数回。

 

ユノ

「俺たち、どうしてキスしてるんだろうね?」

 

「...したいから」

 

ユノ

「ははっ、正直だね」

 

「ユノは?」

 

ユノ

「チャンミンと一緒。

彼氏と別れたばっかりなんだぞ?

おかしいなぁ」

 

「どうしてしたくなったの?」

 

ユノ

「え~、俺に言わせるの?

...そういうことだよ」

 

「そういうこと?」

 

ユノ

「分かるだろ?

そういうこと!

あ~~、恥ずかしい!

...チャンミンは?」

 

「ユノと一緒だよ。

『そういうこと』」

 

CCの薬指について黙っておいてよかったと思った。

していたら、この会話はできなかったからだ。

 

(14)僕の失恋日記

 

20歳になったばかりの僕。

「好きだから付き合おうか」の合図無しで、いわゆる深い仲になった。

僕らは友人同士だった。

それぞれが、失恋中だった。

映画やドラマで見る、寂しさを紛らわすための、慰め合いの行為。

僕らの行為も、この類のものだったんだろうか?

いよいよ、この疑問に取り掛かることにしたようだ。

1度や2度なら、成り行きと勢い任せのもので、深い意味はなかったと、ぎりぎり忘れることができた。

さすがに、4度、5度となると、明確な理由が欲しくなる。

「なぜ、僕らは抱き合ってしまうのか?」

最初のうちは、戸惑っていたんじゃないかなぁ。

僕もユノも軟派じゃない。

関係性に名前をきちっと付けたいタイプだと思う。

僕らは『いい子』過ぎて、身体だけの関係だと割り切ることができなかった。

ユノの場合は特に、未だ彼氏と別れていないうちに、僕と寝てしまったんだ。

それなのに、罪悪感を抱いてもおかしくないのに、ユノの表情からその片鱗を見つけることができなかった。

罪悪感どころか、僕との行為をとても楽しんでいる様子で、僕は嬉しかった。

CCのことで落としどころを見つけようと、さんざん使ってきた頭を、ユノのことに使う時がきたようだね。

 


 

ー15年前の4月某日ー

 

僕の失恋はリアル恋愛のそれと同じくらい、真剣で辛いものだと見なしていた。

僕はCCが好きで好きでたまらなかった。

でも、この好きは常に一方通行のものだ。

告白する機会は現れないし、僕がCCをもっと好きになろうと冷めようと、彼には影響を与えない。

リアクションを得られないということはつまり、CCの反応をドキドキ窺う必要がないのだ。

 

このことに気づけたのは、もちろん...ユノのおかげだ。

 

『僕らの関係って...何だろう?

どうして抱き合っているんだろう?』

 

ユノの気持ちを知りたい。

その前に、僕の思いも紐解いておかないと。

僕の言葉にユノはどんな反応を見せるのかな。

僕の言動と表情は、ユノに影響を与えるし、その逆も同様。

ここがCCへの恋愛とは大きく異なる点だ。

 


 

ー15年前の4月某日ー

 

生温かい夜。

雲で半分隠れた月。

ベランダの床にあぐらをかいて、二人でビールを飲んだ。

350ml缶ビール

計5本(うち僕3本)

おつまみ

ポテトチップス

キュウリ丸かじり

 

 

【ユノとの会話】

「彼氏はどんな人だった?」

 

ユノ

「見た目は熊で、性格はリス」

 

「彼のどこが好きだった?」

 

ユノ

「悲しいかな、過去形。

そうだなぁ...好きだったところかぁ。

...どこかなぁ。

う~ん...全体。

全体、かな」

 

「全部好き、ってこと?」

 

ユノ

「それとはちょっと違うなぁ。

どこが好きとは言えないけど、

嫌いになる理由がない、と言った方が近いかなぁ」

 

「へえぇ」

 

ユノ

「チャンミンはCCのどこが好きなんだ?」

 

「...顔」

 

ユノ

「はははっ!

正直でいいねぇ」

 

「だって...判断材料がそこしかないんだ。

会ったことがないんだ、性格や気質なんて分かんないよ。

薄っぺらいかな?

歌声も好きだけど、演技は下手だと思う」

 

ユノ大笑い。

 

ユノ

「好きな理由が、顔であってもいいんじゃないの?

その『好き』が上っ面なものだなんて、俺は思わないよ」

 

「ユノって、考えをしっかり持ってるね」

 

ユノ

「それは自分のことじゃないから、冷静に俯瞰して見られるだけの話だ。

...で、俺が思うには、惚れた理由がルックスだった場合、そのルックスの劣化が、その恋の終わりを早めるかもしれないね。

誰でも老化には逆らえないだろ?

シワやたるみ、シミ、白髪、禿げに萌えられるのなら話は別だけど。

好きなポイントがルックスだけだと、関係の持続は難しいなぁ。

そいつの人柄や、そいつと作った思い出で補強していかないと、長らく好きでい続けるのは難しいなあ」

 

「でもさ、僕も一緒に年を取っていくんだから、見た目の許容範囲もスライドしていくんじゃないかな?」

 

ユノ

「そっか!」

 

「ユノが今言ったみたいに、人柄や思い出で補強していかないと、好きでい続けるのは難しいかもね。

...CCとの思い出を思い浮かべるとね、登場人物は片方だけなの。

ステージの上でキラッキラなCCの姿か、うわぁ~ってCCに見惚れている僕の感情のどちらか一方。

僕とCCが並んで立つシーンは一切ないんだ」

 

ユノ

「そっかぁ...。

CC相手じゃ、人柄を知っていくとか、心と心の通わせ合いは難しいよなぁ。

向こうからのリターンが無い以上、チャンミンの恋は完全自家発電だね。

どこまで恋し続けるかどうかは、チャンミンの判断次第だ。

CCが好きだ~っていうエネルギーを、せっせと発電してるの。

チャンミンが主導権を握ってるんだ。

CCはチャンミンをフルことは出来ない...ざまあみろだ。

だってさ、チャンミンの隣に立つことができないんだぞ?

この辺が生身の人間相手の恋愛とは違うなぁ。

あ!

チャンミンの恋を軽く見てるわけじゃないからな。

そこは誤解するなよ?」

 

「分かってる。

ユノ...ありがとう」

ユノは僕が楽になれるよう、少しでも気のきいた言葉をかけてやろうと、僕に協力してくれる。

 

 

今夜はやらずに帰宅する。

ユノも僕もそのことにホッとしていたと思う。

 

(※あいまいなものをあいまいなままにしておけるほど、15年前の僕らは大人じゃない。

そろそろ、はっきりさせようとするのでは?)

 

(13)僕の失恋日記

 

 

ー15年前の4月某日ー

 

新学期が始まる。

オリエンテーション。

講義数が増えるため、バイトのシフトを減らさなければ。

 

 

PCの電源を入れ、テキストアプリを立ち上げる。

頭は真っ白。

仕方なく、好きな本を書き写すことにする。

キーボードを打つ練習にもなる。

 

 

32ページ書き写したところで、今日のところは終了。

髪型を変えよう、髪色も変えよう、と思い立った。

本屋でファッションかヘアスタイル雑誌を買いに出かけることにする。

 

(※当時の僕は、CCの真似をしてピアスを開け、髪を茶色にカラーリングをしていた。

好きな人には近づきたい気持ちに正直だった。

身長がCCと同じことを、得意に思っていた。

可愛い奴だ)

 

 

ユノに電話をかけて、遊びに行っていいか尋ねる。

僕はユノに会いたい。

ユノといるとリラックスできるし、ドキドキできる。

CCに一度でいいから会ってみたい。

「何十万ものファンがいるのに、どうして結婚をしたのか?」尋ねてみたい。

CCを前にした時、僕はどうなってしまうんだろう。

僕には2人、会いたい男がいる。

 

 

本屋で、何冊かの雑誌を手にとって、適当なものがないか探していた。

CCが取り上げられた雑誌はないか、無意識に探していた。

表紙の見出しのひとつにCCの名前をみつけた。

CCの文字には、僕はとても敏感なのだ。

それはゴシップ誌だった。

「またかよ」なことが起きた。

血の気がひいたのち、全身の表面が熱くなった。

雑誌を持った指が震え、呼吸が苦しくなった。

CCのプライベートを隠し撮りしたものだった。

高級スーパーマーケットで買い物をするCCの写真だった。

記事によると、この日は近くに結婚相手はおらず、CC一人で来店していたようだ。

キャップを目深にかぶり、デニムパンツとニットといったラフな恰好だった。

高性能のカメラのレンズは、ショッピングカートを押すCCの左手をとらえていた。

ご丁寧にそこだけクローズアップしている。

CCは既婚者である事実を目で見える形で見せつけられ、打ちのめされた僕。

ダメだなぁ。

僕はまだまだ、容易に心が揺さぶられてしまう。

 

 

この件は、ユノには黙っていよう。

何にショックを受けたか説明をするうち、心が冷えていってしまう。

彼氏と別れたばかりのユノに、僕の心配ばかりさせるわけにはいかないのだ。

遅れてやってきたユノと、ドラッグストアへ行く。

 

 

「俺もブリーチする」と、ユノは言い出し、ユノの部屋は即席の美容院となった。

上半身裸になり、キャスター付き椅子に腰かける。

穴を開けたゴム袋を頭からかぶり、互いの髪を染め合った。

ユニットバスで互いの頭を洗ってやり、ついでに裸になってシャワーを浴びる。

放置時間を多く取りすぎた結果、僕の髪は藁みたいな色になってしまい、ゴワゴワと梳く指にひっかかる。

泣きそうになっていると、ユノは「よく似合ってるけどなぁ。気に入らないなら、白髪染めで染め直すか?」と僕を慰めてくれた。

 

 

21:00

僕らはベッドにもたれて、床に並んで座っていた。

 

【一緒に観た映画】

エクソシスト

(※今も昔もユノは、怖がりなのにホラー映画を観るのが好きなのだ。

『チャンミンが一緒だから好きなんだよ。一人じゃ絶対に無理だ』なんて、可愛いことを言ってくれる)

 

映画の始めから最後まで、怖がるユノと手を繋いでいた。

軽いキスを数回。

 

ユノ「俺たち、どうしてキスしてるんだろうね?」

 

僕「...したいから」

 

ユノ「ははっ、正直だね」

 

僕「ユノは?」

 

ユノ「チャンミンと一緒。

彼氏と別れたばっかりなんだぞ?

おかしいなぁ」

 

僕「どうしてしたくなったの?」

 

ユノ「え~、俺に言わせるの?

...そういうことだよ」

 

僕「そういうこと?」

 

ユノ「分かるだろ?

そういうこと!

あ~~、恥ずかしい!

...チャンミンは?」

 

僕「ユノと一緒だよ。

『そういうこと』」

 

CCの薬指について黙っておいてよかったと思った。

 

していたら、この会話はできなかったからだ。