(9)時の糸

 

 

「非常時だから、許されるハズ」

リストバンドをドアノブ下のプレートに当て、リストバンドとPCをケーブルで繋いだ。

(落ち着け~、落ち着け~)

ユノは焦って震える手​にイライラしながら、キーボードを打つ。

「よし!」

最後のキーをタップすると、カチッと音がして、プレートに灯ったランプの色がグリーンに変わった。

「開いた!」

​(今からユノさんが、助けに行くからな!)

ユノはドアノブのレバーを押し下げ、部屋の中にするりと入った。

 

 

 

「チャンミーン!」

ユノは大声で叫ぶ。

玄関から突き当りのリビングの照明はついている。

 

チャンミンはいない。

ソファの陰にチャンミンが転がっているかも...と恐る恐るのぞく。

(いない!)

​「チャンミーン!」

(隣の部屋か?)

リビングに向かって右手にあるドアが半開きだった。

部屋が暗くて様子がわからないが、どうやら寝室らしい。

「わっ!」

(ベッドの下の、あの長い塊は............チャン...ミン?)

(まさか!)

血の気がひくユノ。

​「チャンミン!」

(どうか息がありますように!)

ユノは揺さぶろうと、勢いよく手を伸ばした。

「チャンミ.....。

.........ったく、布団かよっ!」

ユノは苛立ちのあまり、つかんだ布団を殴り捨てた。

「チャンミンの馬鹿!」

(チャンミン...頼む!

生きてて...!)

心配で心配で、ユノの胸はハラハラドキドキ、苦しかった。

ユノの顔は、もはや半泣き状態だった。

「チャンミーン!」

(どこで倒れてるんだ、あいつは?)

「かくれんぼしてんじゃねーぞー!」

リビングに戻り、真向いにドアが2つ。

(どちらかが、トイレ。

トイレで倒れる人って多い、とよく聞く話だよな)

ユノの頭に、トイレに腰かけたままぐったり壁に寄りかかるチャンミンの姿が浮かぶ。

ユノはゆっくりとドアレバーを回し、ドアを引く。

 

「チャ.....。

 

 

......って、いないじゃんか!」

白いタイルがまぶしい、清潔そうなトイレは、無人。

(ったくもー!

びっくりさせやがって!

ほっとするやら、ドキドキするやら!)

かけられた黒色のタオルに、

(おっ!センスいいじゃん。

って......感心してる場合じゃない)

「チャンミーン!!」

(残るドアはあと一つ...バスルームだ。

出しっぱなしのシャワーのお湯に打たれて、床に倒れたチャンミン。

若しくは、バスタブに浸かった状態で、だらりと手をバスタブから出してて...!)

「チャンミーン!」​

​(頼む!

無事でいて!)

「生きてるか!?」

ユノは、勢いよくドアを引く...。

「ひぃっ」

​​

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

​ユノは腹の底から、悲鳴を上げたのだった。

 

 

(つづく)

 

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(8)時の糸

 

 

~ユノ~

 

 

俺は艶消しアルミのドアの前に立っていた。

 

廊下は薄暗く照明されていて、同じデザインのドアが左右に同じ間隔をとって並んでいる。

ここは、高層マンションの18階。

 

ドアチャイムのボタンを押す。

仕事終わりに、チャンミンのお見舞いに行くことを思いついたのだった。

 

この言い方は、正確じゃないな。

 

今朝チャンミンと別れた時点から、行く気まんまんだった。

 

​早く仕事が終わらないかなぁ、とチャンミンのお見舞いを楽しみにしていたのだ。

自宅まで訪ねていったら、おかしいかな?

 

ギリギリまで迷っていたけど、ぼんやりしてるチャンミンのことだ。

 

​いちいち頓着せんだろう。

​ドキドキ...。

なんか、緊張するな...。

 

おいおい、何緊張してるんだ?

 

どうしちゃったんだ、俺?

 

ビニール袋が手に食い込んで痛い。

くそ~、重い!

 

手がちぎれる。

 

ちょっと買いすぎたな、こりゃ。

 

「ん?」

あれ?

ドアは開かない。

 

トイレにでも行ってるんかな。

ドア右のディスプレイには、「在宅中」のサインが点灯しているから、留守ではないのは確実。

もう一回、チャイムのボタンを押す。

​​

気密性が高いから、中でチャイムが鳴っているかどうかまでは分からない。

​​

「......」

​​

長いトイレだ。

風邪だったし、腹でも壊してんのかな。

「......」

電話をかけようか...?

​​

リストバンドを操作しかけて、俺ははたと気づく。

「あっ!!」

くそ~。

​​

チャンミンの電話番号、知らんかった。

​​

「ったく」

​​

5回連続でボタンを押す。

​​

「......」

​​

まだ、ドアは開かない。

​​

「......」

 

 


 

「ユノ!」

 

ドアの向こうから、驚いた顔のチャンミンが顔を出す。

 

「大丈夫かなぁ、と思って、お見舞いにきたんだ」

 

買い物袋を持ち上げてみせて、にっこり。

 

「わざわざ、いいのに...中入って」

「おじゃましまーす」

 

チャンミンの部屋に入れてもらう俺。

 

独身男性の一人暮らしの部屋だなんて、なんだか緊張するぞ。

ニヤニヤするのを我慢する。

「口に合うかわからないけど」

「ありがとう。一緒に食べる?」

「いいの?」

「一人で食べても寂しいし」

「さすがチャンミン。きれいにしてるね、部屋」

「まあね。

座ってよ。お茶を淹れるから」

チャンミンはお湯を沸かしに、キッチンへ。

俺は、リビングのソファに座って...。

とか、とか!

 

​あれこれ予行演習してたのに!

 

予定が狂ったじゃないか!

​​

 


 

回れ右して帰る訳にはいかない。

 

大量に買ってきたこいつらを、チャンミンに直接渡せないまま帰るなんて絶対にヤダ。

もう一回、チャイムを鳴らす。

しーん。

...ちょっと待て...よ?

​​

まさか!

 

まさかのまさかだけど!

チャンミン..倒れてるんじゃ...ないよね...?

俺の脳裏に、床にごろりとうつぶせで倒れているチャンミンの姿が浮かぶ。

「えぇ~!」

​「どうしよ、どうしよ!」

​「チャンミーン!」

大声で叫んで、ドアを叩いたが、無駄だと気づいた。

​「馬鹿か、俺は!」

​​

​中に聞こえる訳ないじゃん。

どうしよ、どうしよ!

悶死しないでくれ、チャンミン!

俺のたくましい想像力は、喉をかきむしって、もがき苦しむチャンミンを見せる。

​しばし考えた末、

​「非常手段をとるしかないな...!」​​

 

 

(つづく)

 

 

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(7)時の糸

 

 

~チャンミン~

 

 

目覚めると、寝室の中は薄暗かった。

病院で処方された薬をきちんと服用し、ぐっすりと眠ったから気分爽快だ。

 

抗生物質(これは風邪のため)と消炎鎮痛剤(これは頭痛のため)

 

それから頭痛予防薬(毎日服用)の3種類。

 

僕は弾みをつけて起き上がると、乱れた毛布はそのままに、ペタペタ裸足でベッドルームを出た。

リビングの照明は点けていなかったので、全面ガラス張りの窓から、外の景色がよく見えた。

 

僕の部屋は、18階。

 

僕は、ショーツだけ身に着けただけの格好で、窓の縁に腰掛けた。

規則正しく並ぶビル群の明かりと、眼下を走る車のライトが無数に光っている。

いつもこんな景色は目にしているのに、見ようとしていなかったに違いない。

夜景を見て、初めてきれいだと感じる自分に驚いた。

 

こんなにきれいな景色を目にしても、乏しい僕のボキャブラリーじゃ、「きれい」としか表現できない自分。

僕はこれまで、余程ぼんやりと生きてきたんだと思う。

熱のせいか分からないけど、フィルターがかかったような視界が晴れてきた。

 

​目にするものや聞こえるもの、匂いや感触に敏感になったみたいだ。

敏感に反応して、僕の感情が激しく動いているのが分かる。

何だかじっとしていられない、というか...。

発見したのは、僕にも「感情」とやらがあること。

僕の「感情」を呼び覚ましたきっかけは、きっとユノだ。

​​

淡々と無感情に生きてきた僕だった。

嬉しいも悲しいも何もなかった僕だけど、この感じは全然嫌じゃない。

この点が驚きだ。

 

急に可笑しくなって、くすくす笑ってしまった。

ひとり笑いなんて、気持ち悪いぞ。

完全に日が暮れて、部屋が真っ暗なのに気づいて、ようやくライトを点けた。

​窓ガラスに、ボサボサ頭の僕が映っている。

髪を乾かさずに眠ったせいだ。

僕の髪の毛は頑固だから、手ぐしでなでつけるだけじゃ大人しくなってくれない。

もう一回シャンプーをして、ドライヤーでセットしよう。

ちらっとユノ顔を思い浮かべたのは確か。

ぼさぼさ頭の僕なんか見せられないよ。

 

​きちんとした姿を見てもらいたい。

シャワールームに向かう動線上に、脱ぎ散らかした洋服や下着が、散らばっていることに気づいた。

僕は、1枚1枚拾い集めながら、

「はぁ、全く...」とつぶやいた。

僕はどうかしてる。

ありえない、こんな僕はありえない。

 

 

(つづく)

 

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(6)時の糸

 

 

ユノはチャンミンが体調不良で欠勤する旨を上司に報告すると、ドーム型植物園の片隅にあるベンチに腰かけた。

ここは広大なドームの端っこに位置し、生垣がいい目隠しになっている。

他のスタッフたちは滅多に訪れない。

一人で静かに作業したい時にぴったりの、ユノお気に入りの場所だ。

バッグから愛用のタブレットを取り出し、早速作業に取り掛かった。

毎日欠かさず提出しなければならない、報告書の作成だ。

書き出しの言葉に悩んで、腕組みをしていると、

 

​「ユノ!」

​​と、彼を呼ぶ声が。

生垣の陰からひょっこり顔を出したのは、同僚のMだ。

「あーここにいた、探してたんだよぉ」

ユノは入力中の画面をオフにし、ベンチから立ち上がった。

 

​「なに?」

「トラブル発生で~す」

「もしかして、また課長?」

ユノは、顔をしかめてみせる。

「そうなの。

ネットワークに繋がらないって。

画面もフリーズしちゃって、どうしようもないみたい」

「やれやれ...」

ユノはタブレットをバッグに入れ、先を行くMの後を追う。

Mは勤続5年でユノの先輩にあたるが、同い年ということもあって、気軽に会話できる仲だ。

小柄で胸が大きく、眼がくりっとした、「ザ・女子」な人物である。

 

ドームに繋がる建物に移動する。

 

ドームは広大でかなり歩くことになる。

「あとね。

もう一個トラブルがあってね」

​Mは首をふりふり、事務所につながるドアを開けた。

この施設そのものが旧式なので、自動ドアではない。

 

「え~、嫌な予感がするんだけど」

ドアを閉めて、事務所までの廊下を早歩きで進む。

 

「詰まっちゃったみたい、排水ポンプが。

​業者に連絡したんだけど、早くて明後日になるって。

​Tさんたちが今、応急処置で大わらわよ」

Tはユノの大先輩で、ユノと同じ管理部に所属する30代の男性だ。

「今日、チャンミンが休んでるでしょ?

彼って給水設備の担当じゃん」

​​

(チャンミン!)

『チャンミン』の名前がMの口からでて、ユノはドキッとした。

「あぁ!

そうだったね」

慌てて返事をするユノ。

​​

「あの子、いてもいなくても分かんないくらい存在感薄いのに、こういう時に限っていないんだから!

第3植栽地が水浸しなのよぉ!」

プリプリ怒るM。

「チャンミン...体調悪いみたいだよ」

​​

ユノは、昨夜から今朝までの出来事を思い出す。

「いつもの、頭痛?」とM。

「風邪みたい」

「ふぅん」

チャンミンは半年ほど前から、頭痛に悩まされていた。

 

他のスタッフたちから見ても明らかなくらい頭を抱えていたり、こめかみを押さえていたりと、随分辛そうだった。

ここ一ヶ月ほど前からは、仕事を早退することもたびたびだった。

「チャ、チャンミンは、明日には出勤してくると思うよ」

(彼の名前を口に出すだけで、ちょっとドキドキするんですけど)

「来てもらわないと困るわよ!」とM。

「課長ー!

ユノさんを連れてきましたー!」

課長に声をかけたMは、「じゃあ、よろしく」と、自分の仕事場へ戻っていった。

「すまんすまん。

​急に繋がらなくなってしまってね、画面も動かないんだ」

​頭をかきかき、申し訳なさそうな課長。

​​

「見せてください」

「おお、すまんすまん」と言って、課長は椅子をユノに譲る。

機械オンチで足手まといになりがちの課長だが、温厚でのんびりとした性質が憎めないキャラとしてスタッフたちから好かれている人物だ。

PC関係のトラブルがあると、課長はユノが呼ぶ。

 

ユノは一日の大半をデータベースPCの前で過ごしているため、PC関連に詳しいと思われているらしい。

 

​ユノはあっという間に不具合を直し、ありがたがる課長を後に残して、仕事場のひとつである保管室に入る。

Tはパイプの故障個所の確認と応急処置に行っているのだろう、不在だ。​

 

​被害がポンプ室にまで水が逆流することになったら大変だ。

(こんな時にチャンミンがいないなんて!)

ユノはロッカーから取り出した長靴を履き、上下繋がった作業着に着替えた。

​(報告書の続きは、終業後にやろう)

ユノはTを手伝いに部屋を飛び出していった。​

 

廊下を走りながらユノは思う。

(帰りにチャンミンの様子を見に行こう)

 

​ユノは、ぐったりと弱ったチャンミンの顔を思い浮かべていた。

 

 

(つづく)

 

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(5)時の糸

 

 

「チャンミン、頭を熱でやられたの?」

 

ユノは、どぎまぎする自分を悟られないよう、冗談めかして言う。

 

「ああー!」

 

両手を空に向かって伸ばした。

 

「俺は腹が減ったぞ!

あと2時間で仕事だぞ?

大丈夫かな、俺?」

 

と、お腹の辺りを手でぐるぐるなでた。

 

ユノは照れくさくて、チャンミンの方を見られない。

 

この間無言だったチャンミンも、ハッとしたように再び歩き出した。

 

「ごめん、僕のせいで...。

あの...空腹にさせてしまって...」

 

「謝るな~。

そういうつもりじゃないよ」

 

(謝りポイントがズレてるんだけど...。

可愛いなぁ)

 

ユノはチャンミンの正面に回り込んだ。

 

チャンミンは本当に申し訳なさそうに、眉をひそめている。

 

(可愛い顔しちゃって)

 

「そうだ!」と、ユノはパチンと手を叩いた。

 

「チャンミン!

中華まんをおごってくれ」

 

チャンミンは、通りの向こうのコンビニエンスストアを指さした。

 

ちょっと驚いた表情をした後、再び眉をひそめてチャンミンは小さな声で言う。

 

「ごめん、僕お金がなくて...」

 

「あー!

そうだったね、ごめんごめん。

うーん、じゃあ今度。

今度、ごちそうしてな?」

 

「うん」

 

ほっとしたようなチャンミンのほほ笑みに、ユノの胸がグッとつまる。

 

(なんか、感動するんですけど...)

 

 

 

 

二人は、チャンミンの住むマンションの前に立っていた。

 

「チャンミン、今日は仕事を休むんだよ?

職場には俺が説明しとくから」

 

チャンミン頷いた。

 

「ちゃんと薬を飲んで寝ているんだよ?」

 

「うん」

 

じゃあね、と立ち去ろうとした。

 

「ユノ!」

 

ユノは振り向いた。

 

「ありがとう」

 

チャンミンには、これだけ言うのがやっとだった。

 

「どういたしまして」

 

にっこりとユノは笑った。

 

その笑顔に、チャンミンは目が離せなかった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕は、感動していた。

職場に向かうユノの後姿が見えなくなるまで、僕はマンションの前に立ち尽くしていた。

彼が貸してくれたマフラーに、首をうずめる。

タクシーで香った、シトラスの香り。

マフラーからも、同じ香りがする。

いつまでそこに立っていたんだろう。

これから出かけようとする同じマンションの住民が、不審そうに僕を見ている。

​軽く頭を下げて、僕は早歩きで自室に向かった。

 

 

 

​いつもはそんなことしないのに、荷物を放り出して、ソファに身を投げる。

​「はぁ...」

目をつむって昨日の夕方から、ユノと別れたマンションの前までの出来事を、ひとつひとつ思い返してみた。

それから、今、僕の心の中に湧き上がっているものを味わう。

​僕は、感動していた。

そう、感動している。

ごろりと寝返りを打って、「はぁ」とため息。

しばらくじっとしていたけど、ソファから飛び起きる。

落ち着かなくて、僕はシャワーを浴びることにした。

いつもはそんなことしないのに、靴下、セーター、Tシャツ、パンツと床に脱ぎ散らかしていった。

​いつもと違う僕。

お湯の設定温度を火傷しそうなくらい上げて、蛇口をいっぱいにひねって、一気にお湯を浴びる。

勢いよく頭や肩に当たるお湯が気持ちいい。

体調不良でぼやけてた思考が、クリアになっていく。

熱いお湯のおかげで、頭痛もさらに治まってきたようだ。

僕の中で、ぐるぐる回っている「いろんなこと」が、整理されていく。

お湯を止めた後も、僕はシャワールームの中でたたずんでいた。

僕の体からぽたぽた滴り落ちる雫の音を聞いていた。

じっとしていられなくて、シャワールームを飛び出し、体を拭くのもそこそこに、ダイニング・チェアに腰かけた。

「はぁ...」

両ひじをひざに付き、両手で顔を覆う。

僕は滅多に笑わないし、無口だから、不愛想な奴だと周りから思われていると思うが、全くその通りだ。

体調が悪かったこともあったけど、昨夜の僕はユノに対して、不愛想過ぎたかもしれない。

あんなに親切にしてくれたユノに、「ありがとう」のひとことしか言えなかった。

次に会ったときに、ちゃんとお礼を言おう。

ちゃんと、言えるだろうか?

​こんな風に、自分の言動を振り返るのも初めてだ。

熱がきっかけで、性格が変わったのだろうか?

そんな馬鹿な。

うつろにぼんやりと暮らしてきた僕の視界に、ユノが現れた。

これまでも、ユノは僕の近くにいたんだけど、全然眼中になくて...。

​目をつむって、じっくり思い起こす。

僕の額に触れた、ユノの手の平の、さらりとした感触とひんやりとした体温。

僕の顔を覗き込んだ、切れ長のユノの目。

タクシーでユノの肩にもたれかかった時の、ユノの香り。

五感で、ユノの存在が、急に「生っぽく」、僕を刺激したんだ。

昨夜を境に、僕の視界が広がった。

 

​これまでモノクロだった僕の世界が、フルカラーになった。

停滞していた僕の思考や感情が、動き出したんだ。​

 

(つづく)

 

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