義弟(34)

 

 

~ユノ33歳~

 

商談に使っているテーブルでチャンミンは、ノートと参考書を広げている。

 

俺は、パステルで下描きしたキャンバスに、下塗りの色をのせていた。

 

乾いたそばから、前に塗った色の反対色を塗り重ねていく。

 

アクリル画の場合、油彩画に比べて平坦に仕上がりがちなため、幾重にも重ね塗りすることで色に深みが出るのだ。

 

急きょ着手した新たな作品では、半裸の青年がスツールに軽く腰掛けている。

 

レースのカーテンから漏れる淡い光が、身体のラインを白く曖昧にさせている。

 

そして彼は横顔を見せたまま、前方の何かを見据えている。

 

ブルーデニムを履いた彼に、何か小道具を持たせたかった。

 

今のところ、空気の塊を抱いているかのように、彼の両腕の中は空だった。

 

視線を感じて振り向くと、制服姿のチャンミンと目が合った。

 

チャンミンは目を反らさない。

 

どれくらい前から、こちらを見つめていたのかは分からない。

 

「今日はサボらせてしまったな」

 

「いいんです。

義兄さんに会いたかったので...」

 

あどけない表情に、「この子は、まだ高校生なんだ」と胸苦しくなる。

 

俺がこの子にしてしまったこと。

 

この子に用意してあげられない俺たちの未来。

 

チャンミンとの交際は、罪悪感とスリルと隣り合わせで、若い彼にしてみたら刺激に満ちたものに映っているだろう。

 

俺のような男に溺れさせたことに責任を感じていたのに、最初に溺れたのは俺の方だったんだな。

 

今朝のBの言葉に冷や水をかけられた思いをした。

 

ハッと我に返り、混乱した感情を処理したくてチャンミンを呼び出した。

 

当分口にしないつもりでいた「好きだ」の言葉を、発してしまった。

 

そのことを後悔し始めていた。

 

シャワーが降り注ぐ下、チャンミンは俺の指だけで達した。

 

指一本触れなかったそこから、壁に跳ね飛んでとろりと垂れた。

 

壁に片頬をつけたまま、ずるずると床に崩れ落ちる手前で、俺に抱きかかえられた。

 

失神してしまったチャンミンを前に、俺の質問は宙に浮いたままとなった。

 

チャンミンは、俺が知らない世界、俺が知らない顔を持っている。

 

週に1度の繋がり、それ以外の6日間、チャンミンが何をしているのか、俺は知らない。

 

無垢そうな眼をしていて、その実、違うのかもしれない。

 

姉の夫と、それも17も年上の男と身体の繋がりを持つことなんて、チャンミンにしてみたら大したことじゃないのだ。

 

持ち前の美貌を活かして若い性欲を解消させるだけじゃなく、自身の美貌にひれ伏す者たちを内心であざ笑っているんだろう。

 

...俺ときたら、一体何を考えているんだ?

 

チャンミンを穢すようなことを考える自分に、嫌気がさした。

 

俺自身も、他人のことをとやかく言えない。

 

妻の弟と不倫中だ。

 

その不倫相手には、顔の知らない誰か...別の男がいる。

 

少しだけ、安心している自分がいた。

 

今の俺はチャンミンとどうこうしたくても、身動きが取れない。

 

チャンミンが何をしようと、俺には彼を縛る資格はない。

 

「義兄さんに初めて『好き』と言われて...嬉しかったです」

 

キャンバスを前に、物思いにふけっていた俺は空を睨んだままで、すぐ真横に立ったチャンミンに気付かなかった。

 

「でも...義兄さんは結婚しているでしょう?」

 

「ああ。

俺は結婚している。

それなのに、チャンミンと...いわゆる...不倫だ」

 

「...不倫...そうですね」

 

「離婚されても、おかしくないな」

 

「黙っていればいいじゃないですか?

今までのように。

これからも、黙っていればいいんです」

 

チャンミンは、あっけらかんとそう言った。

 

失うもののない無責任な発言は、若者らしかった。

 

夕方5時を過ぎ、帰宅するチャンミンを送り出す時、とっさに呼び止めた。

 

「はい?」

 

「身体を大事にしろ」

 

「...え?」

 

「お前の交友関係に口を出す資格は、俺にはない。

でも、お前は義弟だ。

無茶はするな」

 

チャンミンは首を傾げていたけど、俺の言わんとしていることの意は分かっていたはずだ。

 

「...何を言いたいのか...意味が分かりません...」

 

消え入りそうな語尾と、震えた小声。

 

鎌をかけてみたらビンゴ、『当たり』だった。

 

何度もこちらを振り返るチャンミン。

 

チャンミンがエレベーターの扉に消えるまで、俺は腕を組み、玄関ドアにもたれていた。

 

チャンミンが俺以外の「誰」と関係を持っているかなんて、知りたくもない。

 

ちょうどよかった。

 

負った責任と罪の意識が和らいだ気がしたんだ。

 

チャンミンの関心の的が俺以外の誰かにある可能性は、甚だ不快な事だ。

 

「好きです」の連呼に、飲み込まれそうになったが、俺には妻がいる。

 

チャンミンを責める資格も、それどころか嫉妬する資格も俺にはないのだ。

 

 


 

 

~チャンミン16歳~

 

義兄さんに気づかれた。

 

シャワールームで問われた時、僕は快感に浸りきっていて、もっともらしい言い訳が思いつかなかった。

 

不意打ち過ぎたんだ。

 

中を乱暴にかき回されて、立っていられなかった。

 

自分で慣らした、って答えたけど、義兄さんは信じなかった。

 

ヤキモチを妬いてくれたのなら、いいのだけれど。

 

そんな甘いものじゃなかった。

 

『身体を大事にしろ』

 

僕の身体はその言葉に、凍り付いてしまった。

 

義兄さんの目はしんと冷えていて、その漆黒は穿たれた底無しの穴だった。

 

怖かった。

 

あれは...軽蔑の眼だ。

 

 

義兄さんの信用を回復させるために、僕はどうすればいいんだろう。

 

僕は頬杖をついて、板書する教師の背中のストライプ柄を、数えていた。

 

クラスメイトたちを見回してみる。

 

どいつもこいつもガキくさくて、見劣りした。

 

「...チャンミン」

 

隣席の生徒に腕をつつかれるまで、自分の名が呼ばれていたことに気付かなかった。

 

席を立ち、すらすらと解答を述べる僕に、その教師は苛立たし気だった。

 

額の広いその教師に、以前迫られた時があった。

 

そうじゃないかと思って大人しくしていたら、お尻を撫ぜられ、実験準備室に誘われた。

 

キスしようと近づいた彼に、僕は大袈裟なくらい大きな悲鳴をあげてみせた。

 

彼はそれ以上のことは諦め、以来、僕に訴えられるのを恐れて、怯えた目で僕を見るようになった。

 

それでも、僕に拒絶されプライドを傷つけられた恨みはしつこい。

 

敢えて難しい設問を僕に投げかけてくることも、度々だった。

 

どいつもこいつも。

 

ひそひそと僕を噂する女子生徒たちの前を、足早に通り過ぎる。

 

選択教科棟に向かう途中、渡り廊下の手すりにもたれ、校庭のずっと先を眺めた。

 

初夏の日光が、じりじりと半袖の腕を焼く。

 

僕は義兄さんとどうなりたいんだろう。

 

僕の頭は、義兄さんのことで占められている。

 

昼休み終了まで15分もある。

 

外は暑すぎて、選択教室でひとり考え事にふけろうと、がらりと引き戸を開けた。

 

突然の僕の登場に、男子生徒と女子生徒が弾かれたように、身体を離した。

 

男子の方は、膝までずり落ちたスラックスを上げ、女子の方もたくし上げられたブラウスを直している。

 

僕は2人に構わず、席についた。

 

人目を盗んでヤッてたわけか...。

 

僕と義兄さんも同じようなものだ。

 

同い年同士でくっつく彼らが、子供っぽいと思った。

 

僕なんてうんと年上の、それもとても綺麗な人と繋がっているんだ。

 

僕はその人の『愛人』なんだ。

 

義兄さんの愛人...なんて素敵な響きなんだろう。

 

義兄さんを独り占めにしたいと思わないのが、僕の心の複雑なところだ。

 

僕ひとりじゃ、身に余る。

 

『愛している』

 

死ぬほど嬉しかった。

 

でも、受け止めきれない。

 

義兄さんの瞳に僕が映るのは、2人でいる時だけでいい。

 

未熟で、穢れている僕には、義兄さんの愛を丸ごと受け取る者に値しないんだ。

 

 

(つづく)

 

 

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義弟(33)

 

 

~ユノ33歳~

 

 

X氏を見送った俺は、膝を抱えガウンにくるまるチャンミンを抱きしめた。

 

「嫌な思いをさせたね、悪かった。

Xさんは、ああいう人なんだ」

 

俺に肩を抱かれたまま、チャンミンは無言でじっとしている。

 

「何か...嫌なこと言われたり、されたことがあったのか?」

 

去り際のX氏の言葉と、彼への嫌悪感を隠そうとしないチャンミンの眼差しが気になっていた。

 

チャンミンは俺の言葉に応えず、代わりに

 

「...僕は、義兄さんが好きです。

何度も言ってましたね...ははっ。

しつこくて、すみません」

 

俺はずっと...チャンミンと関係を結ぶようになってからも...チャンミンの告白に、ストレートに応えていなかった。

 

チャンミンとの関係にぴったりな言葉が見つからなくて、唯一それに近い表現が『愛人』だった。

 

会えば必ず抱きしめたくなり、互いの凹凸をぴったりと重ね、もっと奥深くまで埋めたくなる。

 

男相手に、貪るようにチャンミンを欲し続けて約3か月。

 

女しか描かなかった俺が、男であるチャンミンを描き、男であるチャンミンに欲情し、性的な繋がりを持った。

 

このアトリエで何度も何度も、イケナイことをし続けていたのは、スリルを求めていたわけじゃないのだ。

 

言葉に出さずとも態度で分かるだろう?

 

お前のことをどう思っているかは、ちゃんと伝わっていただろう?

 

チャンミンは膝の前で組んでいた手を放し、俺の背中にしがみついてきた。

 

「僕は、義兄さんがいいんです」

 

俺の腹に頬をこすりつけ、小さな子供のように甘えるチャンミンが愛おしくなってきた。

 

そうだよ、この気持ちが俺の本心だ。

 

家族でもない、恋人でもない...。

 

言葉で言い表せる類のものになれないのなら、身を寄せ合うしかない。

 

美貌の少年を俺の中に取り込みたかっただけだったのに。

 

組み敷く俺を見上げる焦げ茶色の瞳を、青みを帯びた白目がくっきりと縁どっている。

 

出会ったばかりの頃。

 

じとりと湿った、暗い眼をしていた。

 

チャンミンの純粋で素直な心は、数メートル先も見通せない深い霧で覆い隠されていた。

 

今じゃそれは霧散して、すっきりと晴れわたった澄んだものになっている。

 

俺への好意をまっすぐ、さらけ出している。

 

怖くなった。

 

チャンミンは俺を取り込もうとしている。

 

この流れにゆだねてしまって、いいのだろうか。

 

その迷いが、俺を狡くさせた。

 

「義兄さん、好きです」と繰り返すチャンミンに、俺は頷くにとどめていた狡さ。

 

頷くだけで、「俺もお前が好きだ」と言葉で返さずにいた。

 

俺を求めるチャンミンに応える形で、抱いて抱かれて。

 

言葉を交わす間を与えず、抱いて抱かれて。

 

答えを出さないよう曖昧にぼかして。

 

チャンミンに甘えていたのは、俺の方だった。

 

この先、俺たちがどうなってしまうかなんて、分からない。

 

俺の腕の中におさまったチャンミン。

 

俺たちに、「関係性」は必要ない。

 

この時はそう思っていた。

 

 

 

 

湯船のない狭い浴室。

 

チャンミンの背後に立った俺は、彼の胸、腹へと石鹸を滑らせていた。

 

その手は脇腹へ寄り道し、さんざん焦らした末に、二つの丘の谷間に到達する。

 

「僕は義兄さんが、好きです」

 

今日で何度目かの、チャンミンの告白。

 

「俺もチャンミンが...好きだよ」

 

勢いよく振り向いたチャンミンは、丸く大きく目を見開いていた。

 

心底驚いた表情とは、こういうものを言うんだろう。

 

やっぱり、そうだったか。

 

これまでのチャンミンの告白は、俺からの答えを期待したものじゃなかったんだ。

 

好意を伝えるだけで十分だった...いや、それはないはずだ。

 

本当は、俺からの「好き」が欲しかったんだろう。

 

俺とこの先、どうこうなれる関係じゃないことを理解していた。

 

俺を困らせるようなことは、一切言わなかった。

 

「愛しているよ。

...とても」

 

「...義兄さん...」

 

頭上から降り注ぐシャワーで、丸い頭に髪がはりつき、長いまつ毛から雫がぽたぽたと落ちていた。

 

「...っあ」

 

チャンミンの腰を押して前かがみにさせ、俺はその場でしゃがむ。

 

目前に迫るチャンミンの2つの丘を、左右に押し割った。

 

この日、2度も俺のもので攻められていたそこは、ぽっかりと口を開けている。

 

舌先を侵入させ、ぐるりと舐め上げた。

 

「...やっ...そんなとこっ...」

 

隙間から指も差し入れる。

 

チャンミンの膝からがくりと力が抜け、尻をつかんで崩れ落ちるのを支えた。

 

1本、2本と指を増やし、俺は立ち上がってチャンミンの背にのしかかった。

 

入り口近くのその個所だけを念入りにこする度に、チャンミンの甘い悲鳴が上がる。

 

10代半ばの子供の声とは、思えなかった。

 

俺の中でくすぶっていた疑念が、むくむくと膨らんできた。

 

チャンミンの耳を咥えてねぶった後、囁いた。

 

「チャンミン...俺が初めてだったのか?」

 

「......」

 

「男とヤるのは...俺が初めてか?」

 

「えっ...どうして、そんな...ことっ...?」

 

「正直に言っていいぞ」

 

3本に指を増やし、曲げた指の関節をぐりっと回転させた。

 

「怒らないから」

 

チャンミンに「好きだ」と言葉にしてしまった結果、疑問をそのままにしていられなくなった。

 

初めてチャンミンを抱いた時に、心をかすめた違和感。

 

『男同士で交わるのは、俺が初めてではない』

 

チャンミンの恋愛対象が男だったとしても、俺は構わない。

 

偏見の念は一切、ない。

 

今はどうなっているのかは知らないが、女のMちゃんと付き合っているようだった。

 

単に、性的に早熟な少年に過ぎない。

 

X氏の台詞が、ずっと気付かないままにしておくつもりだった疑念を刺激した。

 

『ああいう寡黙な子ほど、大人の目を盗んで、とんでもないことをしていたりするんだ』

 

「男とこういうこと...俺が初めてだったのか?」

 

「...決まってるでしょう?

...っあ...っああっ...に...にぃっ...義兄さんがっ...」

 

「俺が、何だって?」

 

これは嫉妬だ。

 

「...義兄さんが...!」

 

チャンミンは、「俺」だったから好きになったんじゃない。

 

俺が「男」だったから惹かれ、俺を求めたんだろう。

 

「男がいいんだろう?」

 

「ちがっ...違います...っ...あっ...」

 

3本の指を容易に受け入れた、チャンミンの入り口。

 

チャンミンとは、前日にも2回繋がった。

 

今日も2回、繋がった。

 

念入りに解さないうちに、行為に及べるチャンミンの入り口。

 

「僕は...っ...義兄さんを想像して...自分で...」

 

「...そうなのか?」

 

揃えた指を下に向け、きつめにこする。

 

「...はい...そう...で、す...」

 

柔らかく緩んだそこは、ついに4本目を受け入れた。

 

「...っあ...っあ...ダメ...」

 

16歳の身体。

 

成長過程にある身体。

 

天を仰いで、チャンミンの口は開きっぱなしになっている。

 

チャンミンと毎日のように繋がっていたわけじゃない。

 

俺と出逢う前に既に、経験があっても仕方がない。

 

そうだとしても、チャンミンは、25歳でも30歳でもない。

 

まだ16歳だ。

 

過去と言っても、たかがしれている。

 

俺は男に詳しくはない。

 

チャンミンはああ言ったけれど、俺は信じていなかった。

 

前を刺激しないまま達せるチャンミン。

 

純真な眼差しに反して、柔らかく感度のよい淫らな入り口。

 

「過去」ではない。

 

俺以外の誰か。

 

きっと、現在進行形だ。

 

俺に覆いかぶされたしなやかな背中が、キャンバスの中の男娼にとってかわった。

 

その瞬間、繰り返し囁かれた「好きです」を、全面的に信じられなくなったのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

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義弟(32-2)

 

~ユノ33歳~

 

ずかずかと上がり込んだX氏の背を追った。

 

両足を抱えて座ったチャンミンは、ガウンに顎までくるまっていた。

 

例の三白眼で、X氏を睨みつけるように見上げていた。

 

嫌悪感丸出しな目付きに、見ていてヒヤヒヤした。

 

X氏は好きになれない類の人物だが、彼の仕事を受注した立場として、チャンミンの態度は褒められたものじゃない。

 

「Xさんは、相変わらず強引ですねぇ。

佳境にさしかかっていたんです。

こっちが遅れたら、Xさんの方の仕事に支障が出てしまいますよ?」

 

苛立ちを隠し、抗議の意味をやんわりと込めるだけにした。

 

本心は、背中を蹴り飛ばして、このアトリエから追い出したかった。

 

「なんだ...ヌードじゃないのか?」

 

ガウンの下からズボンの裾が覗いているのを、目ざとく見つけたらしい。

 

「私だって、ヌードばかり描いているわけじゃありませんよ。

チャンミンは年ごろですし」

 

チャンミンのすがる視線を受け止め、俺は「安心しろ」といった風に頷いてみせた。

 

力作過ぎて、誰にも見せられない特別な作品になってしまったとは、絶対に言えない。

 

俺とチャンミンだけの秘密の作品だ。

 

キャンバスのこちら側に回り込もうとするX氏に、俺は立ちふさがる。

 

佳境を迎えているなんて大嘘で、新たに手掛けたそれは未だ下描き段階のものだったから。

 

「ああっ!」

 

チャンミンが軽い悲鳴を上げたのは、X氏が突然、隣にどかっと座ったせいだ。

 

「チャンミン君、って言ったよね?

顔を見せて。

...へぇ...近くで見ると...やっぱり綺麗な顔をしてるね」

 

X氏の巨躯で、ソファが軋み音を立てた。

 

「...っ」

 

「そこまで嫌がらなくていいだろう?

私が怖いのか?

そうだろうねぇ、『オーナーの顔はいかつい』ってスタッフたちに恐れられているからなぁ。

ガハハハハハ!」

 

「......」

 

顔を寄せるX氏に、チャンミンは顔を反対側に背けている。

 

自身の膝を抱える指に力がこもっていた。

 

「男にしておくのが勿体ないね」

 

「Xさん!」

 

チャンミンが穢されるようで、たまらずに俺はX氏の肩に手をかけた。

 

「この子をからかわないで下さいよ。

内気な子ですから、Xさんのノリについてこられないんです」

 

俺の手にこもった力に本気を感じたのだろう。

 

X氏はチャンミンにのしかからんばかりに傾けていた身体を起こし、立ち上がった。

 

「すまなかった。

ふざけ過ぎたな、ガハハハハハ!」

 

「そうですよ...全く」

 

「チャンミン君は、『内気』な子なんだ、へぇ?」

 

「妻は誰とでもすぐに打ち解けるタイプなんですけどね。

弟のチャンミンは、奥ゆかしい子なんです」

 

「どうだろうね。

そういう子ほど、年長者の目が届かないところでは、はじけているものなんだ」

 

「若者に詳しいですね、ははは」

 

X氏の言葉に、平静を保つのがやっとだった。

 

チャンミンの両親...姉である俺の妻、その他からの目を盗んで、俺たちがやっていること。

 

妻帯者、17歳差、未成年、妻の弟、姉の夫、高校生...。

 

道徳的に真っ黒だ。

 

「ところで、私に何か要件があったのでは?」

 

チャンミンから引き離したくて、X氏をオフィスの方へ誘導する。

 

「ああ。

当初の予定では無かったんだが、店舗の外壁に...」

 

この男をとっとと、ここから追い出して、怯えたチャンミンを慰めてやらないと、とそのことばかり考えていた。

 

ビジネスの話を始めれば、X氏は事業家の顔に戻り、半時間ほどで打ち合わせはまとまった。

 

「来週には内装工事が入るから、それまでにラフ案を2つ3つ、頼むよ」

 

「承知しました」

 

先に出た俺は、玄関ドアを押さえ、靴を履くX氏を待つ。

 

「チャンミン君が心配だよ」

 

「?」

 

「ああいう寡黙な子はね、何を考えているか分からない。

大人の目を盗んで、とんでもないことをしていたりするんだ。

綺麗過ぎる顔も心配だ。

『そんな子のはずがない!』って、大人たちを驚かせるようなことをね」

 

「...チャンミンが?」

 

「奥さんの弟だ。

兄弟じゃないんだ。

私生活を全部、知っているわけじゃないだろう?

チャンミン君がそうだ、って言ってるわけじゃない。

単なる一般論だ」

 

エレベーター扉が閉まるまで、X氏を見送った。

 

「ふう...」

 

帰り際のX氏の言葉が気になった。

 

この2人に個人的な付き合いがあるはずないが...。

 

意味ありげなX氏の目線と、異常なまでに嫌悪感を見せるチャンミン。

 

X氏は色事に奔放な人物だが、好みの子に見境なく近づくような馬鹿じゃない。

 

俺の知らない何かを、X氏は知っているのだろうか。

 

 

(つづく)

 

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義弟(32-1)

 

~チャンミン16歳~

 

 

「でかい靴だね...モデルは男?

ははあ...チャンミン君だろ?」

 

玄関から最も遠いアトリエまで響く、よく通る笑い声だ。

 

「制作中なので、今日は勘弁してください」

 

義兄さんの制止など、構う人物じゃない。

 

「上がらせてもらうよ」

 

「Xさん!」

 

慌ててシャツに手を伸ばそうとしたが、それはアトリエの隅にあって、間に合わない。

新しい作品では、僕は上を脱いだだけの恰好だったから助かった。

 

僕はガウンの衿を深く合わせ、それでも足りなくて両腕で胸を抱きしめた。

 

 

義兄さんと結ばれた後も、X氏と関係を持っていた。

 

「チャンミン君...見なさい。

感じている時の君の顔...子供のくせにいやらしいね」

 

そう言って見せられたスマホ画面に、僕は全身の血の気が引いた。

 

どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 

X氏のぎょろついた眼で見据えられると、首を横に振ることができない。

 

彼からはっきりと指摘されたわけじゃないけれど、僕の想い人が義兄さんだと知っているに違いない。

 

春先のカフェで、義兄さんと一緒にいた時のX氏の表情から、なんとなく...そう思った。

 

度胸と知識が欲しくて、ほんの数度だけのつもりでいたのに。

 

こんな状況、望んでいなかったのに。

 

X氏の腹の上で身をくねらせながら、僕は義兄さんを想った。

 

「君のそこは、私のものを簡単に飲み込むんだな。

彼氏は不思議に思わないかなぁ?」

 

「...え!?」

 

「君の彼氏はノンケなんだよね?

経験のない者でも、君のように慣れていたら、おかしいと思うけどね?」

 

義兄さんと初めてした時の、彼の反応を思い起こしてみた。

 

驚きと疑問の混じった、困ったような表情で、「平気なのか?」と僕に尋ねた。

 

義兄さんのことが好き過ぎるあまり、僕の身体は抵抗なく彼のものを飲み込んでしまう...そう思って欲しかった。

 

大胆なことができるのも、義兄さんへの恋情の深さゆえによるものだって、信じて欲しかった。

 

義兄さんは...疑ったんだろうか...。

 

妙に慣れているな、って。

 

僕の初めてが義兄さんじゃないことに、気付いただろうか。

 

その疑念が僕を不安にさせ、X氏の上で揺らしていた腰が止まってしまった。

 

破裂音の直後、左尻がかっと熱くなり、X氏に尻を張られたことが分かった。

 

「知ったら...彼氏は軽蔑するだろうね?

...もしくは、場慣れした子だって、君を軽く扱うかもしれないね」

 

「...そんな」

 

「普通の男女のお付き合いとはわけが違うことに、そろそろ気付いた方がいいんじゃないかな。

君はまだ16だろう?

16のくせに、中年オヤジの上で尻を動かしてるんだ。

...普通じゃないよ」

 

「義兄さんが初めてです」と言ってあげたかった。

 

でも、義兄さんのことだ。

 

僕の嘘なんてすぐに見破って、それどころか騙されたフリをし続けてくれそうだ。

 

義兄さんが欲しいあまりに選択した行動が、今になって僕の首を絞めてきた。

 

いかに軽率だったかを、今さら後悔してももう、遅い。

 

僕の腰をつかむX氏の腕からすり抜け、僕はバスルームへ走った。

 

身体の穢れを洗い流さないと...遅すぎるけれど。

 

 

(つづく)


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義弟(31-2)

 

 

~チャンミン16歳~

 

玄関ドアの向こうから、切羽詰まった風の義兄さんが現れた。

 

慌てるような事が起こったのでは、と身構えた。

 

「...義兄さん?

どうかしたんですか?」

 

メールのやりとりが主だった義兄さからの突然の電話、モデルの日じゃないのに僕を呼び出した義兄さん。

 

姉さんに僕たちの関係がバレた、とか?

 

僕と義兄さんが会うのは週に1度、昼間の数時間のみだ。

 

僕は男で高校生だ、自分の夫の浮気相手がまさか「弟」だなんて想像つかないだろう。

 

義兄さんの強張った表情に、「浮気がバレた」としか発想できない僕は幼稚だ。

 

でも、僕の姿を認めて直ぐに、義兄さんの表情がふっと和らいで、嫌な予感は消えた。

 

「待ってた」

 

義兄さんに二の腕を掴まれ、部屋に引きずり込まれた。

 

その乱暴な動作に、ドキドキは抑えられない。

 

この後の展開に期待を膨らませていたところ、

 

「やり直しだ」

 

アトリエまで僕を引っ張ってきた手を放すと、義兄さんはイーゼル上のキャンバスを親指で指した。

 

「...嘘...!」

 

キャンバスは真っ白だった。

 

意味が分からず、固い表情に戻ってしまっていた義兄さんを見上げた。

 

「あの絵は...駄目なんだ」

 

女の人しか描かなかった義兄さん。

 

初めて男を描き始めたけれど、出来が悪くて中断することにしたんだ。

 

絶句する僕に、義兄さんは優しく微笑み、僕の肩をポンポンと叩いた。

 

「出来が良すぎた...怖いくらいにね。

それに、誰にも見せたくないんだ」

 

「誰にも...?」

 

「大切な人の写真を肌身離さず持ち続ける...たまにそっと取り出して見る。

あの絵は、そういう類のものなんだ」

 

大切な人...って、僕のことですか?

 

義兄さんの言葉を、そのままの意味で受け取っていいのかな。

 

「分かるだろ?

つまり...そういうことだ」

 

遠回しだったけれど、義兄さんからの好意の気持ちを耳にするのは初めてだった。

 

耳もうなじも熱くなってきて、嬉しい気持ちをストレートに顔に出せなくて...慣れていないんだ...僕は俯くしかなかった。

 

「描き直す」

 

「今から!?」

 

義兄さんの絵は写実的で緻密なものだ。

 

男娼の絵も、数か月かかっても未だ完成に至っていないくらいなのに。

 

「間に合うのですか?」

 

「アクリルで描く。

油彩より早く仕上がるんだ」

 

心配そうな僕を安心させようと、華やかで美しい、あの花開く笑顔を見せた。

 

「やっつけ仕事じゃない。

新しい画材に挑戦する意味でも、いいことなんだ」

 

「凄いなぁ」と感心していたら、義兄さんの腕に抱かれていた。

 

「その前に...」

 

こじ開けられた口に、義兄さんの舌がぬるりと侵入してきた。

 

 

チャイムの音。

 

義兄さんは舌打ちすると、パステルをワゴンに乱暴に投げ捨てた。

 

「チャンミン、これ羽織って」

 

義兄さんが放ったガウンに腕を通した。

 

衿をかき合わせ立てた膝を引き寄せて、突然の来訪者が去るのを待った。

 

義兄さんに執拗になぶられた胸の先端が熱をもっている。

 

玄関口で、義兄さんと来訪者が押し問答している。

 

「今はちょっと...モデルさんがいるんです...困ります」

 

「私だって芸術が分かる人間だ」

 

X氏だ!

 

その野太く低い声に、僕の鼓動が早くなった。

 

 

(つづく)

 

 

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