義弟(37)

 

 

~チャンミン16歳~

 

「結婚している身で、チャンミンとこんなこと...。

間違っていた」

 

「......」

 

僕の心は凍り付いた。

 

義兄さんは...僕とのことを、後悔しているの?

 

尋ねるのが怖くてたまらない僕は、義兄さんの次の言葉を待つ。

 

義兄さんは身体を起こし、僕の両肩に手を載せて覗き込んだ。

 

きっと...会うのはよそう、って言い出すんだ。

 

義兄さんを試すようなことを、口にしなければよかった!

 

黙っているべきだった。

 

義兄さんの視線を受け止められなくて、僕は顔を背けた。

 

「俺は、浮気とか不倫とか...したくないんだ。

Bとは好き合って一緒になった。

ところが、結婚して半年も経たないうちに、お前と...」

 

「......」

 

ついさっきの『Bと別れようか?』に、僕の心は喜びに満たされるのではなく、焦燥感でいっぱいになってしまった。

 

姉さんと別れてフリーになってもらったら、僕が困るからだ。

 

自分勝手な人間なことに、義兄さんには罪悪感を抱き続けて欲しかった。

 

義兄さんの罪悪感が、僕を繋ぎとめてくれるからだ。

 

「Bはもちろん...チャンミン、お前に対してフェアじゃない。

俺は...」

 

顔を伏せたままの僕の耳に、義兄さんは顔を寄せて言う。

 

「チャンミンによろめいてしまった時点で、俺とBの結婚は間違いだったんだ。

誤解しないで欲しいのは、チャンミン、お前とのことが間違いだったと言っているんじゃないんだ」

 

僕は義兄さんの胸に頭のてっぺんを押しつけて、呼吸に合わせて上下する彼のお腹を見ていた。

 

さっきまで自分だけのものだと思えた義兄さんの身体が、手の届かない遠いものに見えてきた。

 

結婚している人との恋において、その人の離婚は待ち望むものなんだろう。

 

高校生の僕には、結婚なんて遠い先のもので、実感がわかない。

 

義兄さんと姉さんが夫婦だという事実も、僕にとって遠かった。

 

義兄さんは、姉さんの夫でい続け、同時に僕と会い続けることに苦しさを覚えたんだ。

 

どちらかを選ばなければならなくなった時、多分、義兄さんはどちらも選ばない人だ。

 

姉さんと別れると告げた後、僕とも会わない、と宣言するんだろう。

 

そんな潔さを持った人なんだと思う。

 

でも、そんな潔さは義兄さんのエゴでしかない。

 

2人の間で迷った自分を許せないからって...じゃあ、僕の気持ちはどうなるんだ。

 

僕の思考は先へ先へと、短時間で暴走する。

 

『Bと別れようか?』なんて...僕の気持ちを確かめようとしてるの?

 

ムラムラと怒りが湧いてきた。

 

「チャンミンとのことは、遊びじゃない。

俺は、Bと別れるよ」

 

「...何、言ってるんですか!」

 

僕は怒鳴っていた。

 

「...え?」

 

目を見開いた義兄さんは、僕の肩から手を放し、その手で自身の後頭部をガシガシとかいた。

 

義兄さんの白い肌と、二の腕をあげたことで露になった脇のコントランス。

 

いつもなら鼻づらをこすりつけて甘えて、義兄さんの香りを吸い込むのに、今はひとかけらもそんな欲求が湧かない。

 

僕の反応は、義兄さんにとって予想外だったみたいだ。

 

そりゃそうだ、一般的には喜ばしいお知らせなのに、僕は喜んでいないんだ。

 

「駄目に決まってるでしょう?」

 

「...駄目?

Bと別れることをか?」

 

「はい。

義兄さんは姉さんと別れちゃだめです」

 

「俺には理解できないよ。

俺には妻...チャンミンの姉さんだ...がいて、嫌じゃないのか?

それでいいのか?」

 

義兄さんの話しぶりだと、姉さんと別れて僕を選ぶらしい。

 

姉さんと僕の両方とも切り捨てるのでは?、と見込んでいたから、僕は混乱した。

 

嬉しくなかった。

 

僕は左右に首を振った。

 

「嫌ですよ!

嫌に決まってるじゃないですか!

嫉妬で苦しいですよ」

 

「じゃあ...なぜ?」

 

「不自由だからいいんです。

誰の目も恐れずに会えるようになったりなんかしたら...。

姉さんと別れてフリーになった義兄さんなんて...僕は嫌です!」

 

 

眉をひそめて、泣き出しそうに目を潤ませた義兄さん。

 

こんな状況下で、黒目がちの義兄さんの眼を綺麗だと感動していた。

 

僕の発言が、17歳も年上の綺麗な人を苦しめている。

 

不自由だからいい』なんて、嘘に決まってるでしょ。

 

義兄さんを苦しめて悦ぶ余裕はなくなっていて、僕の方こそエゴがパンパンに詰まっている。

 

簡単には切れない繋がりを失ってたまるか、と僕は必死だった。

 

「僕は義兄さんが好きです。

ただそれだけなんです。

今のままがいいんです」

 

「チャンミンはそれでいいかもしれないが、俺は...。

俺が嫌なんだよ。

お前と正々堂々と付き合いたいから、Bと別れるっていう意味じゃないんだ。

俺の問題なんだ。

けじめとして、Bと別れるよ」

 

「!」

 

気付いた時には、僕は義兄さんを押し倒して馬乗りになっていた。

 

義兄さんの喉を押さえつけていた。

 

「姉さんと別れたりなんかしたら...」

 

「チャ...!」

 

僕の手の平の下で、義兄さんの喉仏がごろごろいっている。

 

「姉さんと別れたら...。

僕は義兄さんと、別れます」

 

「!」

 

呼吸を忘れた義兄さんは、硬直させた表情で僕を見上げている。

 

「僕のことを少しでも好きならば、離婚なんてよしてください」

 

義兄と義弟じゃなくなったら、僕みたいな退屈なガキ...義兄さんはいつか飽きて、捨てるだろう。

 

義兄さんをずっと僕の元に繋ぎとめるには、義兄弟である今の関係性が必要なんだ。

 

でも、そんな僕の弱い心、打算を義兄さんに打ち明けるわけにはいかない。

 

それに、義兄さんには姉さん...妻がいるから、バランスがとれていた。

 

義兄さんの愛情を丸ごと受け止められるだけの器が僕には無い。

 

他人のものを奪う過程を楽しんでいたわけじゃないんだ。

 

妻がいるのに、会わずにはいられない恋しい人...僕がいる。

 

それくらいが、僕にはちょうどよかった。

 

「俺には理解できないよ...」

 

義兄さんは僕から喉を解放され、咳きこんだ後にそうつぶやいた。

 

両膝に肘をつき、両手で顔を覆って「理解できない」と繰り返した。

 

「理解できないでしょうね」

 

「......」

 

「もし、姉さんと別れたりしたら、僕はバラします」

 

暴走した僕は、自分を止められない。

 

「チャンミン...!」

 

「僕と義兄さんとの関係を...毎週、裸になって、ヤッてヤッてヤリまくってたこと...全部、バラします。

姉さんはショックを受けるでしょうね?

僕の家族も、義兄さんの家族もみんな、傷つくでしょうね。

僕は家族のつまはじき者になるでしょうし、悪い噂で義兄さんも困るでしょうね。

僕のことも義兄さんのことも、みんなは許さないでしょうね?」

 

「チャンミン...」

 

「義兄さんは僕とずっと、これからも、今まで通りに、僕と会って下さい」

 

「......」

 

義兄さんの瞳の中に、怯えの色があった。

 

僕は余裕を取り戻していた。

 

勝った、と思った。

 

「僕は本気ですよ?

ねえ、義兄さん。

僕は、義兄さんが好きなんです。

大好きなんですよ?」

 

「俺は...」

 

言いかけて直ぐ、デスクに置いたスマホが振動し始めた。

 

ブーブーとしつこく震え続けるスマホ。

 

義兄さんは立ち上がり、僕に背を向けて電話に出てしまった。

 

『俺は...』の続きが聞きたかったのに。

 

義兄さんの通話は終わらない。

 

言葉の断片から、仕事の話をしているみたいだ。

 

仕方なく着がえようと、ソファから腰を上げた。

 

アトリエからオフィスへと順に脱がされていった衣服を、拾い上げながら順に身につけていった。

 

オフィスの床に落ちた下着を、部屋境に落ちたボトムスを、アトリエの床に落ちたシャツをと、順に身につけていった。

 

(あ...)

 

キャビネットの上に光るアクセサリーが目にとまった。

 

プラチナ製のブレスレット...姉さんが義兄さんの誕生日に贈ったものだ。

 

絵画制作の間、僕を抱く間は、僕への礼儀として、義兄さんは必ずこれを外している。

 

義兄さんと関係を持って、もうすぐ一年になろうとしていた。

 

僕はそれをつかむと、ボトムスのポケットに突っ込んだ。

 

ここまでの動作は、無意識で当たり前で、自動運転だった。

 

義兄さんを独り占めする気はないはずなのに、僕は焦れていた。

 

 

(つづく)

 

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義弟(36)

 

~チャンミン16歳~

 

要点に触れない、上っ面をかするだけの会話。

 

それでいいんだ、僕と義兄さんには会話は必要ない。

 

意味深だった『身体を大事にしろ』の言葉以来、義兄さんは何ら深く追求してこなかった。

 

僕も頓着していないふりをしていた。

 

義兄さんが何に気付き、どう誤解したんだろうって、不安でいっぱいだったけれど、義兄さんの態度は今まで通りだったから。

 

僕にとっての初めては義兄さんなんだ。

 

義兄さんの為に、あれらの時はずっと心を閉じていたから、義兄さんは心配しなくていいんだからね。

 

でも、そんなこと...急に語りだしたら言い訳に聞こえてしまう。

 

黙っているのが、一番いいんだ。

 

週に一度、アトリエを訪れてモデルを務め、毎回じゃないけれど義兄さんに抱かれて、次の週末を心待ちにする。

 

それだけで僕は、幸せだった。

 

淡々と繰り返される僕らの関係に、普通は退屈と嫌気を感じて、変化を求めるものなんだろうけれどね。

 

僕らの関係で変化を求めたら、きっと壊れてしまう。

 

もっともっと欲張りになって、義兄さんを欲しくなる。

 

義兄さんを僕だけのものにしたくなった時、次は彼が僕から離れていってしまうのを恐れるようになる。

 

僕だって夢見たよ。

 

義兄さんが姉さんと別れれば、僕と大っぴらに会えるようになる。

 

でも、義兄さんがそんなリスクを負わなくても、僕らは義兄弟。

 

もともと、2人でいることを隠す必要がないんだ。

 

義兄さんの車の助手席に座っていても、一緒にどこかへ出掛けても、アトリエに入り浸っていても、家を訪ねていっても、何を疑うと言うんだ?

 

このままでいいじゃないか。

 

男同士でよかった、と思った。

 

それじゃあ、義兄さんが姉さんと別れたらどうなる?

 

義兄弟じゃなくなった僕と義兄さんは、他人同士になる。

 

義兄さんと交際したくて近づく女の人...男の人も...は沢山いるはずだ。

 

姉さんの夫でいる限り、妻の弟である僕をそう簡単には捨てられないでしょう?

 

だから、今のままが一番、いいんだ。

 

 

画材を変更して新たに描き始めた作品制作も順調そうだった。

 

あの男娼の絵はまだ制作過程だったのに、義兄さんがどこかに仕舞ってしまったらしく、ずっと目にしていない。

 

あのまま、描きかけのままにしておくのかな。

 

僕はデニムパンツ姿でスツールに腰をひっかけ、イーゼルの前でポーズをとっていた。

 

義兄さんに横顔を見せながら、彼と目を合わせられないのが残念だった。

 

モデルを務め始めた頃は、恥ずかしくて義兄さんの顔をまともに見られなかった。

 

今の僕は、義兄さんを真っ直ぐ見つめることができる。

 

 

僕らはオフィスのソファで抱きあったばかりで、離れたがたくて義兄さんの胴に腕を巻きつけていた。

 

「会期は1週間ずつの2か所なんだけどね、設営が大変なんだ。

それぞれにパーティも行われるから、ビシッとしていないとね」

 

義兄さんの仕事内容になんて興味がなかった僕は、彼と3週間も会えないのが寂しい寂しいと、そればかり繰り返していた。

 

デザインの仕事が忙しくて、絵を描く時間をなかなか確保できないことをぼやいていた。

 

加えて、全国2か所で開催されるアート展(新進気鋭のアーティスト5人のひとりに、義兄さんが選ばれたんだ)に同行するため、3週間ここを留守にする。

 

「...姉さんも一緒に行くんですか?」

 

意地悪な質問を口にしてから、僕は義兄さんの乳首をちゅっと吸った。

 

義兄さんは「んん...」と呻き、ちゅうちゅうとしつこく吸い続ける僕の頬を挟んで引き離した。

 

「赤ん坊みたいなこと、やめろ。

後半のパーティには参加するって言ってたけど...。

旅行がてら、ふらっと顔を出すかもしれないな」

 

「ふぅん...」

 

頬を膨らませて、不機嫌な拗ねた顔を作る。

 

義兄さんといるうちに、こんな幼稚な表情を見せられるようになった。

 

「...ごめんな、しばらく会えなくて」

 

義兄さんの大きな手、長く繊細な指が僕の髪を優しく梳いてくれて、とても気持ちがいい。

 

僕は義兄さんの胸から顔を起こし、彼を見上げる。

 

「僕も遊びに行こうかな...」

 

義兄さんの眼に一瞬、困惑の色が浮かんだことに、傷ついた。

 

「週末に遊びに行こうかな...。

義兄さんと同じホテルに泊まって...」

 

冗談っぽく言ってみたけれど、真剣みを帯びていたことに義兄さんは気づいたみたいだ。

 

ちゃんとしたベッドで...ソファの上なんかじゃなく...義兄さんと思いっきり深く深く繋がりたい。

 

昼間のアトリエで、ソファで慌ただしいセックスをして、まどろむ時間もない。

 

ひと晩中一緒にいられたら...素敵だろうなぁ。

 

「...駄目ですか?」

 

「...いいよ」

 

「えっ!?」

 

許してもらえるとは思っていなかったから、僕は驚いた。

 

「でも、オフの日はないし、夜7時までは会場にいないといけないから、会える時間は限られてるぞ?」

 

「いいんですか!?」

 

「ああ。

でも...Xさんもいるけど...いいのか?

あの人のこと、嫌いなんだろう?」

 

「...Xさんも...どうして?」

 

「展示予定の作品の数点は...他のアーティストのも、俺のも...彼が所有しているものなんだ。

イベントのスポンサーのひとりだしね。

Mちゃんの絵も、彼からのオーダー品なんだよ」

 

僕は迷った。

 

「構いません。

僕のことを気持ち悪い目で見るから、苦手なだけです。

...じゃあ、会場には近づかないようにしてます」

 

X氏からの誘いを巧みに避けていた。

 

隠し撮りしたものをばら撒かれたらどうしよう、それが義兄さんの目にとまるようなことがあったらどうしよう、と恐れていた。

 

でも、そんなことは今のところなくて、きっと動揺する僕を見たかっただけだったんだろう。

 

「そうした方がいいね」

 

「ホテルで義兄さんを待ってます。

『愛人』みたいに、待ってます」

 

「チャンミン...」

 

義兄さんの眉はひそめられ、その眼は哀し気に潤んでいた。

 

僕はもっと、義兄さんに意地悪したくなった。

 

ホテルのベッドを想像してみたら急に、僕らのセックスは義兄さんのアトリエ内に限られていることが悲しくなってきたのだ。

 

「僕らの関係って...何でしょう?」

 

今までしたことのない質問。

 

義兄さんを困らせる質問。

 

「...そうだな...」

 

義兄さんは撫ぜていた僕の頭から手を放し、仰向けになると天井を見上げた。

 

「チャンミンとこういう関係になった時から、ずっと考えていた。

俺とチャンミンは、一体何なんだ?って。

『恋人』か?」

 

『恋人』の言葉に、僕の胸は熱いものでいっぱいになる。

 

でも、義兄さんは『恋人』だと言いきっていなかった、疑問形だった。

 

「ぴったりの言葉がありますよ。

それは...『セフレ』です」

 

「...チャンミン」

 

「僕は義兄さんの『セフレ』なんです」

 

「...確かにその通りだな」

 

自分で煽ったくせに、義兄さんの口からそう認められると、僕の心臓がナイフで刺されたみたいに痛んだ。

 

「義兄さんが惹かれているのは、僕の顔と身体でしょう?

会う度、僕らはヤラずにはいられない。

セフレそのものじゃないですか?」

 

『セフレ』なんて言葉、適当に聞きかじった程度の知識で、高校生が口にするものじゃない。

 

義兄さんが好きなのに、義兄さんを傷つけたかった。

 

僕のことで胸を痛めて欲しい。

 

困った顔をして欲しい。

 

初めて義兄さんを目にした時、階段ホールから見下ろした僕の心中に湧きおこった欲求を思い出した。

 

『義兄さんの美しい顔を、苦痛や悲痛で歪ませたい』

 

「単なる性欲のはけ口なんですよ。

僕という存在は!」

 

「チャンミン...!」

 

僕の顎は義兄さんにつかまれた。

 

「ひどいことを言うんだな...傷つくなぁ」

 

「その通りでしょう?」

 

僕は義兄さんの指から逃れ、身体を起こして彼を見下ろした。

 

しばらくの間、僕らは無言で睨み合っていた。

 

目を反らさない僕に、義兄さんは、ふうっと息を吐いた。

 

そして、こう言ったのだ。

 

「Bと...別れようか?」

 

...と。

 

 

(つづく)

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義弟(35)

 

~ユノ35歳~

 

俺はホスト役として、客のグラスが空になれば満たし、ふんだんに用意した料理...Bが注文したケータリングもの)を勧めて回った。

今夜の集まりの目的は、大量に貰った魚介類を振舞うためだったはず。

俺たち夫婦とチャンミンと3人で、食卓を囲むはずだった。

それが 十数人を招待したホームパーティじみたものになってしまって、気持ちがついていけない。

チャンミンと2年に及ぶ深い関係がなかったとしても、Bとの夫婦関係に疑問を持ち始めていた俺だった。

3年前、作品モデルを探していたところ、Bの姉から紹介されて彼女と知り合った。

ほぼ毎日、アトリエで対峙していれば、恋が生まれたのも自然な流れだった。

当時の熱く、甘い想い...遠い過去。

結婚とは、こういうものなんだろうな。

隣にいるのが当たり前になる。

Bと2人、平穏な日々を過ごすだったのに、3年前には想像もつかなかったこの展開。

皆思い思いに楽しんでいるのを見渡し、安心した俺はその場をそっと離れた。

軽い頭痛が始まったのと、気乗りがしなかったのだ。

視界の隅で、ソファの背にもたれていたチャンミンが、腰を上げていた。

それに気づかぬふりをして、俺は腰をかがめて足にまとわりつく豆柴(最近、飼い始めた)の頭を撫ぜた。

寝室に併設した洗面所で、ざぶざぶと顔を洗った。

鏡に映る水を滴らせた己の顔を、子細に眺めた。

青ざめた30過ぎの男の顔が映っていた。

俺は何をしたいんだ?

Bとの結婚は失敗だったのか?

2年もの間、Bを裏切り続けている。

Bに罪はない。

Bへの愛が冷めたわけじゃないのだ。

欠点を挙げろと問われても、今日のように相談なく物事を進める自分勝手さと、若干、贅沢好きな点くらいかな。

押し寄せてきたチャンミンという大波に、Bの存在が洗いさらわれた。

俺の中でチャンミンが圧倒的な存在感を放っている。

洗面ボールの縁についた左手。

 

結婚する際、俺たちが決めたこと...結婚指輪はしない。

自由な夫婦でいよう、だなんて気取って交わした決まり事があだとなった。

チャンミンを抱く左手でそれが光っていれば、ストッパーとなってくれただろうに。

寝室のヘッドボード上に、50号の絵画が掲げられている。

2年前、チャンミンを描く数週間前に仕上げたBの絵だ。

あの頃は、まさかチャンミンと不倫関係になるとは、露ほどに想像していなかった。

この作品以来、Bを描いていないし、アトリエを訪れたがるBをあれこれと理由をつけて制していた。

気まぐれに訪れるチャンミンと抱きあっている場面を、Bに目撃されるのだけは避けなければならない。

...Bは気づいているだろうか。

気まぐれに開くパーティ、気まぐれに連れて帰ってきた小型犬、腰まであった髪を先日、ばっさりと切った。

最近では、引っ越しをしたいと言い出した。

彼女は不安なのだ。

開け放ったドアをノックをする音、振り返らなくても誰だか分かる。

 

「...義兄さん」

 

チャンミンだ。

 

「...義兄さん?」

 

「皆がおかしいと思う。

さっさとリビングへ戻るんだ」

 

「僕らは男同士ですよ。

誰も疑いませんよ」

 

「Xが来ているんだぞ?」

 

「それのどこが問題なんですか?

Xさんとはもう...何もありませんよ」

 

チャンミンとX氏の件で、俺がどれだけ振り回され、苦い思いをしたか。

そう言うチャンミンは、じとりと湿った目で、口元だけふっとほころばせた。

俺をからみとるような、執着心を込めた湿った眼だ。

 

「義兄さん...お願いします」

 

チャンミンのお願いが何なのか分かっている俺は、腰に回されたチャンミンの手から逃れる。

 

「僕を抱いてください。

ブレスレットのこと...困らせてすみません。

もうあんなこと、しませんから」

 

「...怒っていないよ」

 

俺の頬はチャンミンの両手で挟まれ、斜めに傾けた顔が近づき、彼の唇で塞がれた。

ビールとつまみで出されたチーズの香りがする。

 

「やめろっ...」

 

俺に突き飛ばされても、チャンミンの腕は俺を逃さない。

18歳のチャンミン...俺の身長をあっさり抜き、華奢だった身体も男らしく逞しさを増している。

力強く腰を引きつけられ、チャンミンの手が俺のボトムスの中に滑り込み、その中身を上下に撫ぜだした。

 

「っ...ふっ...ん...ん...」

 

「よ...よせっ...!」

 

口では「よせ」と言っているのに、慣れしたんだ愛撫に身体は反応し、欲の火が灯る。

チャンミンの指がボタンを外し、ファスナーを引き下ろす。

俺たちのキスは熱を帯びたものになり、互いのボトムスを下にずらす。

 

「...ゴムは?」

 

チャンミンは後ずさりしてゆき、ベッドに到達するやいなや、俺ごと横倒しになった。

 

「...ない、けど、このままで...いいっ...」

 

シーツを汚してしまう。

 

「僕のは...こうすれば」

 

チャンミンは自身のものを、トレーナーの裾で包み込んだ。

 

「義兄さんは...僕の...中で...っ」

 

チャンミンに腕を力いっぱい引っ張られ、彼の上に覆いかぶさる姿勢になった。

俺の昂ぶりはもう、引き返せない。

チャンミンのボトムスを太腿まで下ろし、その箇所にあてがいゆっくりと腰を埋める。

 

「...んん...」

 

強烈な快感に、思わず唸り声が出てしまい、焦って喉奥に飲み込んだ。

楽々と受け入れられるのは、ここへ来る前も繋がっていたからだ。

 

「...っあ...あぁぁ」

 

「声は駄目だ」

 

俺の言葉に、チャンミンはトレーナーの袖口で口を覆った。

マットレスをきしませないよう、奥深くまで埋めたまま揺さぶった。

早く皆の元に戻らないと。

様子を窺いにBがドアを開けるかもしれない。

手首を噛んで喘ぎ声を閉じ込めるチャンミン。

夫婦の寝室で、チャンミンと抱きあうのはこれで2度目だった。

Bを描いた...絵の中でBが微笑んでいた。

俺は今...何をやっているんだ?

妻の弟と、人目を忍んで、ケモノのようなことをしている。

Bも俺の知らないところで、不倫でもなんでもしていてくれたらいいのに。

自身の罪悪を帳消しにするために、妻が浮気のひとつでもしてくれることを望むなんて。

チャンミンを選んだ先、彼との未来を掴むためには、相当な努力が必要だ。

不倫なのだから、当然だ。

罪悪感とスリルに満ちた関係に疲れてきていた。

どちらか一方を手放せば、俺は楽になれるのだろうか?

じゃあ、どちらを手放す?

宣言できる。

俺はチャンミンを愛している。

正直に認める。

Bよりも愛している。

俺がしなくてはならないことは明白だ。

それじゃあ、なぜそうしない?

時間がかかっているだけだ。

不安になったチャンミンは焦れて、駄々っ子になって俺を困らせる。

チャンミンをなだめる。

もう少しだけ待ってくれ、と。

言葉じゃ伝わりきれない時は、今のように肉体を持って慰める。

言い訳に聞こえるだろうが、俺は俺なりに努力はしている。

もうしばらく、待っていて欲しい。

 

(つづく)

義弟(34)

 

 

~ユノ33歳~

 

商談に使っているテーブルでチャンミンは、ノートと参考書を広げている。

 

俺は、パステルで下描きしたキャンバスに、下塗りの色をのせていた。

 

乾いたそばから、前に塗った色の反対色を塗り重ねていく。

 

アクリル画の場合、油彩画に比べて平坦に仕上がりがちなため、幾重にも重ね塗りすることで色に深みが出るのだ。

 

急きょ着手した新たな作品では、半裸の青年がスツールに軽く腰掛けている。

 

レースのカーテンから漏れる淡い光が、身体のラインを白く曖昧にさせている。

 

そして彼は横顔を見せたまま、前方の何かを見据えている。

 

ブルーデニムを履いた彼に、何か小道具を持たせたかった。

 

今のところ、空気の塊を抱いているかのように、彼の両腕の中は空だった。

 

視線を感じて振り向くと、制服姿のチャンミンと目が合った。

 

チャンミンは目を反らさない。

 

どれくらい前から、こちらを見つめていたのかは分からない。

 

「今日はサボらせてしまったな」

 

「いいんです。

義兄さんに会いたかったので...」

 

あどけない表情に、「この子は、まだ高校生なんだ」と胸苦しくなる。

 

俺がこの子にしてしまったこと。

 

この子に用意してあげられない俺たちの未来。

 

チャンミンとの交際は、罪悪感とスリルと隣り合わせで、若い彼にしてみたら刺激に満ちたものに映っているだろう。

 

俺のような男に溺れさせたことに責任を感じていたのに、最初に溺れたのは俺の方だったんだな。

 

今朝のBの言葉に冷や水をかけられた思いをした。

 

ハッと我に返り、混乱した感情を処理したくてチャンミンを呼び出した。

 

当分口にしないつもりでいた「好きだ」の言葉を、発してしまった。

 

そのことを後悔し始めていた。

 

シャワーが降り注ぐ下、チャンミンは俺の指だけで達した。

 

指一本触れなかったそこから、壁に跳ね飛んでとろりと垂れた。

 

壁に片頬をつけたまま、ずるずると床に崩れ落ちる手前で、俺に抱きかかえられた。

 

失神してしまったチャンミンを前に、俺の質問は宙に浮いたままとなった。

 

チャンミンは、俺が知らない世界、俺が知らない顔を持っている。

 

週に1度の繋がり、それ以外の6日間、チャンミンが何をしているのか、俺は知らない。

 

無垢そうな眼をしていて、その実、違うのかもしれない。

 

姉の夫と、それも17も年上の男と身体の繋がりを持つことなんて、チャンミンにしてみたら大したことじゃないのだ。

 

持ち前の美貌を活かして若い性欲を解消させるだけじゃなく、自身の美貌にひれ伏す者たちを内心であざ笑っているんだろう。

 

...俺ときたら、一体何を考えているんだ?

 

チャンミンを穢すようなことを考える自分に、嫌気がさした。

 

俺自身も、他人のことをとやかく言えない。

 

妻の弟と不倫中だ。

 

その不倫相手には、顔の知らない誰か...別の男がいる。

 

少しだけ、安心している自分がいた。

 

今の俺はチャンミンとどうこうしたくても、身動きが取れない。

 

チャンミンが何をしようと、俺には彼を縛る資格はない。

 

「義兄さんに初めて『好き』と言われて...嬉しかったです」

 

キャンバスを前に、物思いにふけっていた俺は空を睨んだままで、すぐ真横に立ったチャンミンに気付かなかった。

 

「でも...義兄さんは結婚しているでしょう?」

 

「ああ。

俺は結婚している。

それなのに、チャンミンと...いわゆる...不倫だ」

 

「...不倫...そうですね」

 

「離婚されても、おかしくないな」

 

「黙っていればいいじゃないですか?

今までのように。

これからも、黙っていればいいんです」

 

チャンミンは、あっけらかんとそう言った。

 

失うもののない無責任な発言は、若者らしかった。

 

夕方5時を過ぎ、帰宅するチャンミンを送り出す時、とっさに呼び止めた。

 

「はい?」

 

「身体を大事にしろ」

 

「...え?」

 

「お前の交友関係に口を出す資格は、俺にはない。

でも、お前は義弟だ。

無茶はするな」

 

チャンミンは首を傾げていたけど、俺の言わんとしていることの意は分かっていたはずだ。

 

「...何を言いたいのか...意味が分かりません...」

 

消え入りそうな語尾と、震えた小声。

 

鎌をかけてみたらビンゴ、『当たり』だった。

 

何度もこちらを振り返るチャンミン。

 

チャンミンがエレベーターの扉に消えるまで、俺は腕を組み、玄関ドアにもたれていた。

 

チャンミンが俺以外の「誰」と関係を持っているかなんて、知りたくもない。

 

ちょうどよかった。

 

負った責任と罪の意識が和らいだ気がしたんだ。

 

チャンミンの関心の的が俺以外の誰かにある可能性は、甚だ不快な事だ。

 

「好きです」の連呼に、飲み込まれそうになったが、俺には妻がいる。

 

チャンミンを責める資格も、それどころか嫉妬する資格も俺にはないのだ。

 

 


 

 

~チャンミン16歳~

 

義兄さんに気づかれた。

 

シャワールームで問われた時、僕は快感に浸りきっていて、もっともらしい言い訳が思いつかなかった。

 

不意打ち過ぎたんだ。

 

中を乱暴にかき回されて、立っていられなかった。

 

自分で慣らした、って答えたけど、義兄さんは信じなかった。

 

ヤキモチを妬いてくれたのなら、いいのだけれど。

 

そんな甘いものじゃなかった。

 

『身体を大事にしろ』

 

僕の身体はその言葉に、凍り付いてしまった。

 

義兄さんの目はしんと冷えていて、その漆黒は穿たれた底無しの穴だった。

 

怖かった。

 

あれは...軽蔑の眼だ。

 

 

義兄さんの信用を回復させるために、僕はどうすればいいんだろう。

 

僕は頬杖をついて、板書する教師の背中のストライプ柄を、数えていた。

 

クラスメイトたちを見回してみる。

 

どいつもこいつもガキくさくて、見劣りした。

 

「...チャンミン」

 

隣席の生徒に腕をつつかれるまで、自分の名が呼ばれていたことに気付かなかった。

 

席を立ち、すらすらと解答を述べる僕に、その教師は苛立たし気だった。

 

額の広いその教師に、以前迫られた時があった。

 

そうじゃないかと思って大人しくしていたら、お尻を撫ぜられ、実験準備室に誘われた。

 

キスしようと近づいた彼に、僕は大袈裟なくらい大きな悲鳴をあげてみせた。

 

彼はそれ以上のことは諦め、以来、僕に訴えられるのを恐れて、怯えた目で僕を見るようになった。

 

それでも、僕に拒絶されプライドを傷つけられた恨みはしつこい。

 

敢えて難しい設問を僕に投げかけてくることも、度々だった。

 

どいつもこいつも。

 

ひそひそと僕を噂する女子生徒たちの前を、足早に通り過ぎる。

 

選択教科棟に向かう途中、渡り廊下の手すりにもたれ、校庭のずっと先を眺めた。

 

初夏の日光が、じりじりと半袖の腕を焼く。

 

僕は義兄さんとどうなりたいんだろう。

 

僕の頭は、義兄さんのことで占められている。

 

昼休み終了まで15分もある。

 

外は暑すぎて、選択教室でひとり考え事にふけろうと、がらりと引き戸を開けた。

 

突然の僕の登場に、男子生徒と女子生徒が弾かれたように、身体を離した。

 

男子の方は、膝までずり落ちたスラックスを上げ、女子の方もたくし上げられたブラウスを直している。

 

僕は2人に構わず、席についた。

 

人目を盗んでヤッてたわけか...。

 

僕と義兄さんも同じようなものだ。

 

同い年同士でくっつく彼らが、子供っぽいと思った。

 

僕なんてうんと年上の、それもとても綺麗な人と繋がっているんだ。

 

僕はその人の『愛人』なんだ。

 

義兄さんの愛人...なんて素敵な響きなんだろう。

 

義兄さんを独り占めにしたいと思わないのが、僕の心の複雑なところだ。

 

僕ひとりじゃ、身に余る。

 

『愛している』

 

死ぬほど嬉しかった。

 

でも、受け止めきれない。

 

義兄さんの瞳に僕が映るのは、2人でいる時だけでいい。

 

未熟で、穢れている僕には、義兄さんの愛を丸ごと受け取る者に値しないんだ。

 

 

(つづく)

 

 

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義弟(33)

 

 

~ユノ33歳~

 

 

X氏を見送った俺は、膝を抱えガウンにくるまるチャンミンを抱きしめた。

 

「嫌な思いをさせたね、悪かった。

Xさんは、ああいう人なんだ」

 

俺に肩を抱かれたまま、チャンミンは無言でじっとしている。

 

「何か...嫌なこと言われたり、されたことがあったのか?」

 

去り際のX氏の言葉と、彼への嫌悪感を隠そうとしないチャンミンの眼差しが気になっていた。

 

チャンミンは俺の言葉に応えず、代わりに

 

「...僕は、義兄さんが好きです。

何度も言ってましたね...ははっ。

しつこくて、すみません」

 

俺はずっと...チャンミンと関係を結ぶようになってからも...チャンミンの告白に、ストレートに応えていなかった。

 

チャンミンとの関係にぴったりな言葉が見つからなくて、唯一それに近い表現が『愛人』だった。

 

会えば必ず抱きしめたくなり、互いの凹凸をぴったりと重ね、もっと奥深くまで埋めたくなる。

 

男相手に、貪るようにチャンミンを欲し続けて約3か月。

 

女しか描かなかった俺が、男であるチャンミンを描き、男であるチャンミンに欲情し、性的な繋がりを持った。

 

このアトリエで何度も何度も、イケナイことをし続けていたのは、スリルを求めていたわけじゃないのだ。

 

言葉に出さずとも態度で分かるだろう?

 

お前のことをどう思っているかは、ちゃんと伝わっていただろう?

 

チャンミンは膝の前で組んでいた手を放し、俺の背中にしがみついてきた。

 

「僕は、義兄さんがいいんです」

 

俺の腹に頬をこすりつけ、小さな子供のように甘えるチャンミンが愛おしくなってきた。

 

そうだよ、この気持ちが俺の本心だ。

 

家族でもない、恋人でもない...。

 

言葉で言い表せる類のものになれないのなら、身を寄せ合うしかない。

 

美貌の少年を俺の中に取り込みたかっただけだったのに。

 

組み敷く俺を見上げる焦げ茶色の瞳を、青みを帯びた白目がくっきりと縁どっている。

 

出会ったばかりの頃。

 

じとりと湿った、暗い眼をしていた。

 

チャンミンの純粋で素直な心は、数メートル先も見通せない深い霧で覆い隠されていた。

 

今じゃそれは霧散して、すっきりと晴れわたった澄んだものになっている。

 

俺への好意をまっすぐ、さらけ出している。

 

怖くなった。

 

チャンミンは俺を取り込もうとしている。

 

この流れにゆだねてしまって、いいのだろうか。

 

その迷いが、俺を狡くさせた。

 

「義兄さん、好きです」と繰り返すチャンミンに、俺は頷くにとどめていた狡さ。

 

頷くだけで、「俺もお前が好きだ」と言葉で返さずにいた。

 

俺を求めるチャンミンに応える形で、抱いて抱かれて。

 

言葉を交わす間を与えず、抱いて抱かれて。

 

答えを出さないよう曖昧にぼかして。

 

チャンミンに甘えていたのは、俺の方だった。

 

この先、俺たちがどうなってしまうかなんて、分からない。

 

俺の腕の中におさまったチャンミン。

 

俺たちに、「関係性」は必要ない。

 

この時はそう思っていた。

 

 

 

 

湯船のない狭い浴室。

 

チャンミンの背後に立った俺は、彼の胸、腹へと石鹸を滑らせていた。

 

その手は脇腹へ寄り道し、さんざん焦らした末に、二つの丘の谷間に到達する。

 

「僕は義兄さんが、好きです」

 

今日で何度目かの、チャンミンの告白。

 

「俺もチャンミンが...好きだよ」

 

勢いよく振り向いたチャンミンは、丸く大きく目を見開いていた。

 

心底驚いた表情とは、こういうものを言うんだろう。

 

やっぱり、そうだったか。

 

これまでのチャンミンの告白は、俺からの答えを期待したものじゃなかったんだ。

 

好意を伝えるだけで十分だった...いや、それはないはずだ。

 

本当は、俺からの「好き」が欲しかったんだろう。

 

俺とこの先、どうこうなれる関係じゃないことを理解していた。

 

俺を困らせるようなことは、一切言わなかった。

 

「愛しているよ。

...とても」

 

「...義兄さん...」

 

頭上から降り注ぐシャワーで、丸い頭に髪がはりつき、長いまつ毛から雫がぽたぽたと落ちていた。

 

「...っあ」

 

チャンミンの腰を押して前かがみにさせ、俺はその場でしゃがむ。

 

目前に迫るチャンミンの2つの丘を、左右に押し割った。

 

この日、2度も俺のもので攻められていたそこは、ぽっかりと口を開けている。

 

舌先を侵入させ、ぐるりと舐め上げた。

 

「...やっ...そんなとこっ...」

 

隙間から指も差し入れる。

 

チャンミンの膝からがくりと力が抜け、尻をつかんで崩れ落ちるのを支えた。

 

1本、2本と指を増やし、俺は立ち上がってチャンミンの背にのしかかった。

 

入り口近くのその個所だけを念入りにこする度に、チャンミンの甘い悲鳴が上がる。

 

10代半ばの子供の声とは、思えなかった。

 

俺の中でくすぶっていた疑念が、むくむくと膨らんできた。

 

チャンミンの耳を咥えてねぶった後、囁いた。

 

「チャンミン...俺が初めてだったのか?」

 

「......」

 

「男とヤるのは...俺が初めてか?」

 

「えっ...どうして、そんな...ことっ...?」

 

「正直に言っていいぞ」

 

3本に指を増やし、曲げた指の関節をぐりっと回転させた。

 

「怒らないから」

 

チャンミンに「好きだ」と言葉にしてしまった結果、疑問をそのままにしていられなくなった。

 

初めてチャンミンを抱いた時に、心をかすめた違和感。

 

『男同士で交わるのは、俺が初めてではない』

 

チャンミンの恋愛対象が男だったとしても、俺は構わない。

 

偏見の念は一切、ない。

 

今はどうなっているのかは知らないが、女のMちゃんと付き合っているようだった。

 

単に、性的に早熟な少年に過ぎない。

 

X氏の台詞が、ずっと気付かないままにしておくつもりだった疑念を刺激した。

 

『ああいう寡黙な子ほど、大人の目を盗んで、とんでもないことをしていたりするんだ』

 

「男とこういうこと...俺が初めてだったのか?」

 

「...決まってるでしょう?

...っあ...っああっ...に...にぃっ...義兄さんがっ...」

 

「俺が、何だって?」

 

これは嫉妬だ。

 

「...義兄さんが...!」

 

チャンミンは、「俺」だったから好きになったんじゃない。

 

俺が「男」だったから惹かれ、俺を求めたんだろう。

 

「男がいいんだろう?」

 

「ちがっ...違います...っ...あっ...」

 

3本の指を容易に受け入れた、チャンミンの入り口。

 

チャンミンとは、前日にも2回繋がった。

 

今日も2回、繋がった。

 

念入りに解さないうちに、行為に及べるチャンミンの入り口。

 

「僕は...っ...義兄さんを想像して...自分で...」

 

「...そうなのか?」

 

揃えた指を下に向け、きつめにこする。

 

「...はい...そう...で、す...」

 

柔らかく緩んだそこは、ついに4本目を受け入れた。

 

「...っあ...っあ...ダメ...」

 

16歳の身体。

 

成長過程にある身体。

 

天を仰いで、チャンミンの口は開きっぱなしになっている。

 

チャンミンと毎日のように繋がっていたわけじゃない。

 

俺と出逢う前に既に、経験があっても仕方がない。

 

そうだとしても、チャンミンは、25歳でも30歳でもない。

 

まだ16歳だ。

 

過去と言っても、たかがしれている。

 

俺は男に詳しくはない。

 

チャンミンはああ言ったけれど、俺は信じていなかった。

 

前を刺激しないまま達せるチャンミン。

 

純真な眼差しに反して、柔らかく感度のよい淫らな入り口。

 

「過去」ではない。

 

俺以外の誰か。

 

きっと、現在進行形だ。

 

俺に覆いかぶされたしなやかな背中が、キャンバスの中の男娼にとってかわった。

 

その瞬間、繰り返し囁かれた「好きです」を、全面的に信じられなくなったのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

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