義弟(9)

 

~チャンミン16歳~

 

Mはぶりっ子なのに不思議と、嫌な気はしなかった。

 

僕を見ても平然としていたから、「なんだ、こいつ?」と思ってもいいはずなのに、気にならなかった。

 

ねぇ、義兄さん。

 

仕事場に若い子を連れ込んだ理由は、姉さんに飽きてきた証拠でしょ?

 

喜びがふつふつと湧いてきた。

 

そう気付いてしまったことも、Mを毛嫌いしなかった理由でもあった。

 

多分...Mは義兄さんが好きなんだ。

 

義兄さんをぽぉっとした顔で見上げていて、分かりやす過ぎた。

 

女の子がする「そういう顔」を、いくつも見たことがあるから、すぐに分かった。

 

Mに同情した。

 

義兄さんは結婚してるんだよ。

 

義兄さんとどうかなりたかったら、不倫になってしまう。

 

僕の場合、モデルの役目が終わっても、「妻の弟」という確固たる立場があるけど、Mの場合はそうじゃない。

 

立位の絵が完成するまでに、Mは急がないといけない。

 

Mが義兄さんを繋ぎとめようとしたらもう...あの手しかないじゃないか。

 

Mには女の武器がある。

 

僕にはない。

 

Mの短すぎるスカートから、白いふっくらとした太ももが覗いていた。

 

僕にはないものを持っているMが羨ましくて、悔しかった。

 

悔しいけれど、答えが見つかって、目の前が開けたようで僕は上機嫌だったのだ。

 

3人でコーヒーを飲みながら過ごした30分間のことを、僕はほとんど覚えていない。

 

考え事に夢中だったのだ。

 

Mは舌っ足らずな話し言葉で、世間知らずと無知さを全開にして、義兄さんを笑わせていた。

 

大口を開けて笑い転げる義兄さんを初めて見られたのに、その感動も薄い。

 

義兄さんと打ち解けて会話するMに、嫉妬は感じなかった。

 

彼女は僕の敵にすらならない。

 

ぼやぼやしていたら義兄さんが盗られてしまう。

 

Mに、じゃない。

 

僕が知らないだけで、義兄さんにはいくつもの顔がある、大人だもの当然だ。

 

僕はアトリエの中の義兄さんしか知らない。

 

アトリエを出た義兄さんが、あちらこちらで出会うだろう大人の誰かに、彼を盗られてしまう。

 

急がないといけない。

 

「そろそろ帰ります」

 

そう言ったMに続いて、僕も立ち上がった。

 

その時の義兄さんの驚いた顔ときたら。

 

いかにも人嫌いそうな僕が、初対面のMと連れだって行こうとしたのだ、当然だ。

 

見送る義兄さんの視線を背中いっぱい感じながら、僕はMと肩を並べてアトリエを後にした。

 

しばらく無言の僕らだった。

 

無理に話題を探そうとしないMに、僕の中のMの評価は上がった。

 

派手な髪色と、肌の露出の多い恰好に騙されたらいけない。

 

Mは馬鹿な子じゃない。

 

僕らは似たもの同士。

 

Mは義兄さんに恋をしていて、僕の方は...義兄さんをどうにかしてしまいたい妙な思いを抱えている。

 

義兄さんを求めている点で共通していた。

 

「...チャンミン君は...ユノさんが好きでしょ?」

 

直球の質問に驚かなかったのは、この子は馬鹿なフリをしているのにそうじゃないことに気付いていたから。

 

甘ったれた言葉を発しているのに、その目はしんと醒めていた。

 

Mの質問に僕は答える。

 

「...嫌いだ」

 

僕の答えに、Mは気の毒そうに僕を見た。

 

「あんな恰好ができちゃうくらい...嫌いなんだ?」

 

「そう言うあんたこそ...?」

 

「うん。

ユノさんが好き」

 

「そう...」

 

「でもね、片想いでいいんだ」

 

「なぜ?」

 

「あたしみたいな凡人とは、立ってるステージが違うのよ。

チャンミン君...知ってる?

ユノさんって凄いひとなのよ。

絵ももちろんだけど、デザインの仕事も凄いの。

最近オープンしたカフェに行ってみた?

ユノさんが描いた壁一面の絵もそうだし、メニュー表もテイクアウトのバッグもすごくセンスがいいの。

知ってる?」

 

そういえば、義兄さんがそんな話をしていたような覚えがある。

 

でも、この前みたいに吹き出してしまうと悔しいから、大抵は考え事で頭をいっぱいにして、じっくりと話を聞いていなかった。

 

だから僕は、首を左右に振るしかない。

 

今度行ってみよう、思った。

 

「チャンミン君は、彼女はいるの?」

 

「...いない」

 

陰でこそこそと噂をしていることも知ってるし、数えきれないくらい想いを告げられてきた。

 

バッサリ切り捨てる僕に、当然彼女たちは絶望する。

 

大人ぶって似合いもしないメイクをして、プリーツスカートを揺らして白い脚を見せつけて、甘ったるい匂いをさせて。

 

英語の女性教諭が僕ばかりを見ていることにも、僕を指名する時の声がわずかに上ずっていることにも気づいていた。

 

彼女たちは、僕には相応しくない。

 

年齢が問題じゃないみたいだ。

 

中には可愛い子もいるにはいたけど、見た目重視という訳でもなさそうだ。

 

今までに3度、男子生徒からそれとなく迫られたこともあった。

 

男に告られることもショックだったし、彼らにそういう対象で見られていたことにもぞっとした。

 

でも最近は...当時の価値観は青かったと、思うようになった。

 

なぜなら義兄さんにそういう対象で見られたい、と望むようになっていた。

 

気持ち悪いだろ?

 

「へぇ、意外だなぁ。

チャンミン君ってカッコいいから、てっきりいるかと思った。

彼女、欲しくないの?」

 

「どうだろう...。

欲しいような欲しくないような...。

M...ちゃんは?」

 

女の子をちゃん付けで呼ぶことに慣れていなかったから、名前ひとつ呼ぶのに声を震わせてしまう自分がカッコ悪い。

 

隣を歩くMは大学生だけど成人していて、僕は制服を着た16歳のガキ。

 

駅の改札でMとの別れ際、僕は思い切って彼女に申し出た。

 

「電話番号...教えてくれる?」

 

Mは「まあ」といった風に口を丸く開け、それからにっこりと笑った。

 

「いいわよ。

チャンミン君のものも、教えてね」

 

Mと知り合って、僕はしたいことがあったのだ。

 

 

(つづく)

 

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義弟(8)

 

~チャンミン16歳~

 

急に訪ねていって驚かそう、と思いついた。

 

制服姿だけど、構わないだろう。

 

駐車場に義兄さんの車(とても大きな外車だ)があるのを確認して、エレベーターは使わず階段を駆け上がった。

 

3回深呼吸をしたのち、チャイムを鳴らした。

 

『チャンミン!?

あれ?

今日じゃないだろ?』

 

インターフォンから義兄さんの驚きの声。

 

「すみません。

何でもないです」

 

モデルの日でもないのに、突然訪ねていった自分が滑稽だった。

 

「帰ります。

すみません」

 

『待て!』

 

ドアの前から立ち去ろうとした時、

 

「チャンミン!」と、ドアから顔を出した義兄さんに呼び止められたけど、無視をした。

 

「チャンミン!」

 

腕を引っ張られたのにムカッとして、義兄さんの手を振り払う。

 

「入りなさい。

突然だったからびっくりしただけだ。

ちょうどコーヒーを淹れたばかりなんだ。

飲んでいきなさい」

 

「...はい」

 

義兄さんの足元に視線を落とした僕に気付いて、義兄さんは「はははっ」と照れたように笑った。

 

「慌てちゃって...靴を履くのを忘れちゃったんだな、ははは」

 

照れて笑う義兄さんは、子供っぽくて、僕が言うのも変な話だけど、可愛いと思った。

 

今日、義兄さんの慌てた顔を見ることができた。

 

帰ってしまうのを止めようと、それくらい焦ってた証拠だから、嬉しい。

 

義兄さんを喜ばせてしまったことが癪だったし、突然の訪問というサプライズを仕掛けた自分がカッコ悪い。

 

加えて、僕と会えて義兄さんは喜ぶはずだと、知っている優越感もあった。

 

つくづく、自分はひねくれている。

 

「?」

 

玄関のたたきに、(サイズから判断すると女のものか?)スニーカーがあった。

 

「今日はもう一人のモデルの子に来てもらってるんだ」

 

「...?」

事務所スペースのソファに、女の子がいた。

僕は「誰ですか?」と問う目で義兄さんを見た。

 

「この子は、Mちゃん。

俺の母校に通ってるんだ。

今、21歳だったよね?」

 

「はい」

 

Mという女の子は、義兄さんの絵のモデルに選ばれただけあって、可愛い子だった。

 

色白で、肩まである髪をピンク色に染めていて、手足は華奢なのに胸が大きかった。

 

「で、この子はチャンミン。

俺の嫁さんの弟なんだ。

えーっと...15歳だったよね?」

 

「...16歳です」

 

「ええっ?」

 

「誕生日は過ぎました。

16歳になりました」

 

「そっか...ごめん、知らなかった」

 

「義兄さんが謝る必要はありません。

教えていませんでしたから」

 

心の中で「尋ねられてもいなかったし...」とつぶやいた。

 

僕の誕生日がいつなのか、義兄さんにとってどうでもいい情報なんだ。

 

「Mちゃんの絵、見てみる?」

 

「え...?」

 

義兄さんは、制作過程の作品を見せることに頓着しない人だ。

 

「チャンミンのものより小さくて、50号くらいかな」

 

アトリエの方を指し伸ばした手首でしゃらっと金属音がする。

 

瞬間、義兄さんの顔から笑みが消えた。

 

視界の端で、義兄さんがブレスレットを外す手を捉えていた。

 

姉さんから贈られたものを身につけているところを、僕に見られて「しまった」と思ったんだ。

 

やっぱり...義兄さんは僕のことを意識している。

 

ヌードだったら嫌だなと思いつつも、Mみたいな若い女の子を義兄さんはどう描いているのか興味もあった。

 

「普通ですね」

 

何かを褒めることが下手くそな僕だけあって、それ以上の感想が出てこない。

 

絵の中で、着衣のMが直立している、ただそれだけのものだった。

 

「買い手が既についている絵だ。

つまり、オーダーされたもの」

 

「チャンミン君のも見てみたいな?」

 

「やっ...それは...」

 

Mが小首を傾げて、僕と義兄さんを交互に見る。

 

パチパチとまばたきをして、媚のかたまりみたいな子だ。

 

まあまあ可愛いから、許す、と思った。

 

描かれているものが、ちょっとアブノーマルなものである自覚はあった。

 

裸の男に網タイツみたいなのを履かせているんだ。

 

でもここで嫌がったら、義兄さんの前で堂々とポーズをとることを、実は恥ずかしがっているとバレてしまう。

 

それは困るから、どうってことない風に頷いてみせた。

 

義兄さんは、後ろ向きに置いたイーゼルから、例のキャンバスを取り上げてこちら向きにする。

 

「うわぁ...」

 

Mは口を覆って、目を大きく見開いた。

 

「すご...!」

 

僕は恥ずかしくて、顔を背けてしまう。

 

未だ下塗りの段階だけど、ライン取りと構図や配色は出来上がっていた。

 

義兄さんの前でポーズをとっている間は、絵がどこまで仕上がっているかは分からない。

 

約束の時間が済むとじっくりと見もしないで僕はさっさと帰ってしまう。

 

本当は見てみたかったけれど、興味津々な姿は見せたくなかったから。

 

第三者がいる場で見る作品の中の僕は、大人っぽくて、エロかった。

 

ラフなタッチの下描き段階で、顔も身体も塗りつぶしてあるだけだ、今のところは。

 

義兄さんはきっと、もの凄くいやらしい表情をした僕を描くのだろう。

 

僕に変な恰好をさせて、義兄さんは悦んでいるんだ。

 

絶対にそうに決まってる。

 

腰の奥が、重ったるく痺れた。

 

(つづく)

 

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義弟(7-2)

 

 

~ユノ32歳~

 

翌週、いつものようにポーズをとるチャンミンの足元に俺はひざまずいた。

 

「チャンミン。

頭を下げて」

 

ビロード張りの小箱から取り出したものを、チャンミンの長い首にかけた。

 

呼吸に合わせて上下する胸の谷間を、真珠の粒が彩る。

 

平らな胸に真珠のネックレス。

 

人造真珠じゃ駄目だった。

 

Bが俺に贈ってくれたブレスレット...おそらく、高級ブランドもの...以上のものだ。

 

先週、チャンミンを帰した後、宝飾店まで車を走らせた。

 

ブレスレットはもう外していた。

 

チャンミンの前では付けまい、と決めたのだ。

 

あれを付けていたら、フェアじゃない気がしたのだ。

 

フェアって、どういう意味だ?

 

...うまく説明ができない。

 

エアコンだけでは肌寒いため、ソファの側に灯油ストーブを置いていた。

 

裸のチャンミンに風邪をひかせたらいけない。

 

それでも十分ではなくて、チャンミンのくすんだピンク色のものが、小さく尖っていた。

 

たまらない。

 

口に含んで、温めほぐしてやりたいと思う俺はどうかしている。

 

 


 

 

~チャンミン15歳~

 

自室に置いた鏡の前で、僕は全裸になって立っていた。

 

鏡に映る自分を、ためつすがめつ眺めていた。

 

不格好だ、と思った。

 

以前の僕なら、無駄なものがなくて中性的で悪くないと満足だった。

 

けれども、義兄さんのアトリエで裸婦画を見て以来、自分の身体つきを恥ずかしく思うようになった。

 

年をとった義兄さんが失った若さを、今の僕は持っているんだぞと、堂々としていた。

 

僕の整った顔にふさわしい、余分のない身体なんだぞ、と。

 

でも、そうじゃないことを知ってしまった。

 

鏡の前で胸から腹に向けて撫でおろしてみた。

 

手の平に触れる肌はすべすべしているけれど、指をはね返す弾力がない。

 

腕も脚も長いばかりで、動物の脚みたいだ。

 

その手をもっと下に滑らせて、指先がふさふさとしたものに行き当たる。

 

柔らかくしぼんだものを、そっと握ってみる。

 

義兄さんはきっと...服の上から想像するしかできないけれど...きれいに筋肉がついたカッコいい身体をしているに違いない。

 

顔は天使で身体はデッサンで使う彫像みたいなんだ、きっと。

 

僕とは違う。

 

僕は女の身体になれないし、男の身体にしては貧弱だ。

 

手の中のものが膨らんできたことにぞっとして、鏡の前から身をひるがえしベッドにダイブした。

 

僕はどうなってしまうのだろう?

 

 

 

~チャンミン16歳~

 

試験期間に突入し、2週連続でアトリエに行けずにいた。

 

僕の通うところは中高一貫校で、入学試験は免除されていたが、期末試験は当然ある。

 

必死に試験勉強しなくても、そこそこの成績をとる自信はあった。

 

でも義兄さんは「君の仕事は勉強をすることだ」と言って、いつものようにアトリエに来ようとする僕を拒んだ。

 

だから僕は、フラストレーションを抱えていた。

 

大人ぶる義兄さんに腹が立ったし、当たり前のことを口にする義兄さんがダサいと思った。

 

僕の知らないうちに33歳になっていた義兄さんに、ムカついていた。

 

僕にとっての義兄さんとは、どんな存在なのかを探っているうちに、頭の中がぐちゃぐちゃになってきて、モヤモヤしていた。

 

ムカムカするけど...義兄さんの顔を見たかった。

 

この頃の僕はもう、義兄さんを睨みつけることを忘れていた。

 

制作中や休憩中、僕が聞いていようがいまいが気にせず、義兄さんはあれこれと喋っている。

 

僕からは話題を振ることはなく、義兄さんに尋ねられた時だけ首を振るか、言葉短めに答える程度だった。

 

面白エピソードの話の途中、つい吹き出してしまって、そんな時義兄さんは真顔になった。

 

それから、ふわりと花咲く華やかな笑顔を見せた。

 

僕も真顔になってしまう。

 

僕が初めて、階段ホールから義兄さんを見下ろした日のこと。

 

義兄さんを、白い衣をまとった天使のようだと目を奪われた瞬間。

 

「この人に決めた」と、理由の分からない決心。

 

あの感情を、義兄さんの笑顔を目の当たりにしたその時、再体現したのだった。

 

義兄さんは、僕が笑ったことをとても喜んでいるようだった。

 

そのことに、気まずいような、胸がこそばゆいような感じになった。

 

もしホンモノの兄がいたら、こんな風に思うのだろうか?

 

例えば姉さんの笑顔を見たからといって、義兄さんに対して抱くような感覚は訪れない。

 

僕はどんな目で義兄さんをみているのか?

 

義兄さんは「兄さん」じゃない。

 

それとは違う。

 

そんな健全なものじゃないことに、徐々に気づきかけていた。

 

 

(つづく)

 

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義弟(7-1)

 

~ユノ33歳~

 

3か月も過ぎれば気心が知れてきたのか、それとも不貞腐れているのも面倒になってきたのか、チャンミンの口数が増えてきた。

 

俺を睨みつけることも、ほとんどなくなった。

 

俺のことが嫌でたまらないのなら、毎週律義にアトリエに通わないはずだ。

 

もっとも、要らないと首を振るチャンミンの手に、無理やり握らせたバイト料が、まあまあな金額だったこともあるのかな。

 

 

ヌードを描くつもりは全くなかった。

 

初デッサンの日、俺の指示する前にチャンミンは脱いでしまい、ソファに横たわっていた。

 

己がとった行動に俺がどう反応するかを面白がる...挑戦的な...目で俺を見上げていた。

 

子供と大人の端境期らしい、どこか不格好な骨格を鉛筆でたどり、凹凸が作る影と光を指の腹や練り消しで作った。

 

描き散らかした十数枚のデッサン画の中から、「これだ」というポーズが見つかった。

 

たっぷりとドレープをきかせた黒のビロード布に、チャンミンは半身を起こして横たわっている。

 

長すぎる前髪が、チャンミンの片目を覆ってしまっていたため、ソファの彼の元に歩み寄る。

 

前髪を耳にかけてやったとき、チャンミンの長いまつ毛で縁どられた上瞼が震えた。

 

まぶしいものでも見るようにチャンミンの目が細められ、その瞳の美しさに俺の手が止まる。

 

たまに見せるチャンミンの表情に、俺の肌が粟立った。

 

この感じは...なんとなくその正体が分かりかけていた。

 

その度に俺は深呼吸して、そう認識しそうになるのをシャットアウトする。

 

いけないことだからだ。

 

 

チャンミンを男として描くつもりはなかった。

 

女としても描くつもりはなかった。

 

テーマは決まった。

 

俺が初めてチャンミンを目にした時、感じたイメージ。

 

妻Bの弟で、15歳の少年に対して抱くものにしては、破廉恥なイメージ。

 

チャンミンの両親には絶対に見せられない類のものに、仕上げたい。

 

男娼、という言葉が頭に浮かんだのだ。

 

ゴヤの作品に、『裸のマハ』というのがある。

 

その像がずっと、チャンミンを見てからずっと、俺の頭からこびりついて離れてくれない。

 

いっそのこと、イメージ通りに実現させてしまえばいいじゃないかと、俺は開き直ったのだ。

 

一糸まとわぬ少年を、ビロードの布を拡げた上に寝かせる。

 

両腕を頭の後ろで組ませる。

 

初日にチャンミンが、俺の前で見せた...『裸のマハ』と同じ...ポーズをほぼそのまま採用することにした。

 

太ももまでの網ストッキングを履かせ、男の部分は片手で隠す。

 

チャンミンを妖しく彩ることに、俺は夢中になっていた。

 

Bには、黙っていた。

 

Bの方も、夫が自身の弟をモデルに描いていることは知っているが、深く詮索しなかった。

 

 

「...そのブレスレット...?」

 

「ああ」

 

チャンミンの言葉に、俺は手首に巻いたプラチナ製のそれに触れる。

 

「誕生日だったんだ」

 

「...そうですか」

 

Bから贈られたものだった。

 

肘まで袖をまくし上げた時、ブレスレットを付けたままなことを思いだした。

 

忘れていたのは、チャンミンを飾る小道具の選定で、頭がいっぱいだったからだ。

 

しゃらしゃら音をたてるのがうっとうしく、外してしまう。

 

チャンミンに履かせた網ストッキングのねじれを直してやる。

 

ガーターベルトを着けたら過剰になるな...何かもっと、いい小道具はないものか。

 

「うーん...」

 

俺は立ち上がり、数歩下がって目を細めた。

 

「姉さんから、ですか?」

 

チャンミンからの問いかけに、「ああ」とそっけなく答えた。

 

Bの話を出すことを躊躇してしまったのは、これが最初だった。

 

なぜだろう?

 

俺はもう一度、ひざまずいて限界まで網ストッキングを引き上げた。

 

黒の網目格子から、浅黒いなめらかな肌がのぞいている。

 

チャンミンは背もたれに垂らしていた片腕を持ち上げ、その手で包み込むように股間を隠した。

 

いつもなら堂々とさらけ出しているくせに、俺の顔が30センチの距離に接近して、さすがに気恥ずかしくなったのか。

 

俺の方こそ...。

 

そのか細い指を目にして、身体の奥底から沸き起こった熱いもの。

 

俺はチャンミンから目を反らし、その嵐が去るのを呼吸を整えながら待った。

 

俺がおかしくなってしまう前兆が、この時すでに現れていたのかもしれない。

 

 

(つづく)

 

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義弟(6)

 

~ユノ32歳~

 

チャンミンは辛抱強かった。

 

じっとしていられるのも15分が限界なのに、身じろぎひとつしない。

 

死体を描いているかのような錯覚に陥ってしまったくらいだ。

 

痩せた胸が上下しているのを確認してやっと、生身の人間だと思い出すくらいに。

 

この子を描こう。

 

これから1年、心血を注ぐ作品の中で、美しいこの少年を閉じ込めよう。

 

その決心を固めた。

 

「次は身体を起こして」「正面を向いて」俺の指示に素直に従う。

 

休憩中、モデルたちと世間話をするのが常だったが、チャンミン相手には早い段階に諦めた。

 

「得意な科目は何?」と当たり障りのない質問をすると、「義兄さんは何だったんです?」と質問で返される。

 

ま、いいか。

 

チャンミンと会話をするために、彼をここに呼んだのではない。

 

美しい姿を描けるだけで、俺は幸せなのだ。

 

デッサンに意識を戻し、その後は時間を忘れた。

 

一度だけ、チャンミンの方から尋ねられた。

 

「あの絵はいつ描いたのですか?」と。

 

チャンミンの指はBのヌード画を指していた。

 

「仕上がったのはついこの前。

半年はかかったよ」

 

ちょうど今、チャンミンが横たわっているソファに、同じようにBを横たわらせて描いたのだった。

 

チャンミンがこちらを見ていた。

 

...陰湿な眼だった。

 

初めて言葉を交わした時に感じた通り、チャンミンは俺のことが嫌いなのだ。

 

Bの口から弟のチャンミンの話が出たことは、そういえばほとんどなかった。

 

仲が悪いのではなく、互いに無関心なだけなんだと思っていた。

 

ところが実は、チャンミンは、歳離れた姉に密やかな憧れ交じりの恋心を抱いていたとか?

 

その姉を奪った俺が憎くてたまらないのだ、きっと。

 

今日のところはチャンミンのその目を、真正面から受け止める覚悟が足りない。

 

「ここまでにしよう」

 

スケッチブックを閉じて俺は、ソファの肘掛けに腰掛けていたチャンミンに向かって、微笑んだ。

 

「よく頑張った。

ありがとう」

 

着がえるチャンミンを残して、飲み物を用意するために事務所のキッチンへ向かう。

 

マナーモードにしておいたスマホを確認すると、Bから不在着信があった。

 

こちらに背を向けて下着に脚を通すチャンミンを眺めながら、Bへ折り返しの電話をかける。

 

チャンミンは、俺とBとの会話に聞き耳を立てている...多分。

 

チャンミンは俺のことを嫌っているが、俺に対して興味津々なのだ。

 

無関心を装い通せないのだ。

 

そう言う俺こそ、どうなんだ?

 

描く者の視線ではなく、俺自身の目でチャンミンを見てみた。

 

かがんだ際に背中に浮かんだ背骨の凹凸。

 

骨っぽい肩、手足ばかり長い、成長過程のアンバランスな身体。

 

細い腰と小さな尻に、色気を感じた。

 

正直に認めてしまおう。

 

チャンミンを描きたい動機は、彼が類まれな美貌の持ち主だったから。

 

今はもう、それだけじゃ済まなくなってしまった。

 

 


 

~ユノ35歳~

 

「帰宅した」と電話を入れて10分後に、インターフォンが鳴った。

 

俺が帰宅するのを近くで待っていたのでは?と疑いたくなるくらいのタイミングに、ぞっとする俺がいた。

 

アトリエの鍵を受け取りに寄ると言ったのに、俺とBの家を訪れ、俺に直接手渡したいチャンミン。

 

近頃のチャンミンは、Bの存在に対抗意識を燃やしていて、その挑戦的な言動にヒヤヒヤしていた。

 

Bは入浴中だった。

 

ドアを開けると、紺色のマフラーに顎を埋めたチャンミンが鼻を赤くさせて立っていた。

 

そのマフラーは、過去にチャンミンに贈ったものだった。

 

「外に出られますか?」

 

「帰ってきたばかりなんだ」

 

「15分...いいえ、5分でいいですから」

 

「Bもいるし...今からは無理だよ」

 

「義兄さん、お願いです」

 

子供がおねだりするかのように、チャンミンは両眉を下げ俺の手を引いた。

 

「お願いです」

 

チャンミンが何をしたいのかは、明らかだった。

 

「チャンミン...」

 

俺の手首を握るチャンミンの手をやんわりと引きはがし、代わりにその手を握ってやった。

 

「......」

 

チャンミンの無言作戦に操られないよう、俺は耐える。

 

「チャンミン...帰るんだ」

 

「......」

 

「帰れ。

...明日、会えるよう調整するから」

 

「イヤです」

 

チャンミンの指が俺のスウェットパンツのウエストにかかった。

 

目の前にいたチャンミンがふっと消えたかと思うと、下着から引っ張り出したそれを、チャンミンは頬張った。

 

「...んっ...」

 

チャンミンの両手は俺の腰をがしっと捉え、しゃぶりながら俺を見上げている。

 

かつて俺を睨んでいたその目が、熱っぽく揺らめくものに変わっていた。

 

いつBが風呂を出てくるか分からない。

 

ここは手早く達した方がいいと、チャンミンの頭をつかんで前後に揺らした。

 

1分後。

 

「鍵をお返しします」

 

チャンミンは口内のものをごくりと飲み込むと、「それじゃあ、また」と言って帰っていった。

 

(つづく)

 

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