(23)添い寝屋

 

 

「...んっ...ん...う...ん」

 

ユノの両手が、僕の肩と腰の間を行ったり来たりしている。

ユノの親指は凝り固まった箇所を見つけては、的確にぐいっと押すので僕は呻き声をあげる。

 

「んっ...あ、ああん!」

 

案の定ユノの手は止まり、僕は「しまった!」と口を押えたけれど、もう遅い。

 

「マッサージで色っぽい声を出されるとさ、たまんないよ」

 

ユノに触れられたそこから、さざ波がたつのだ。

僕をリラックスさせようと、筋肉をほぐしてくれてるんだって分かってはいるんだけど、僕の身体は違う類のものに受け取ってしまうみたいだ。

そうなのだ。

初日から気付いていたこと...ユノと触れ合うと僕の身体は尋常なく反応してしまう。

単にユノの体温が高すぎて、冷え切った僕の肌がびっくりするものなんだろうと、分析していたんだけど...どうやらそれだけではなさそうだ。

ユノの方は何ともないのだろうか?

 

「俺の予想通り、チャンミンは感度がよさそうだ。

さぞかし...」

 

そう言って、僕のお尻の割れ目をつつっとくすぐるんだ、「はぁん!」と僕の背中は反り返る。

 

「えっちの時は、いい声で啼いてくれるだろうよ?」

 

「な、啼くって...!?

言い方がエロいよ!」

 

笑うユノのキュッと上がった目尻が、初日に思ったように北極キツネみたいだった。

今さらながら思い出した...僕はユノとこれから2日間の間に、ヤルことになってるんだった。

忘れていたけれど、僕はユノを雇ったんだった...それもオプションサービスをたっぷり付けたフルコース。

僕のあそこは役に立たない。

性欲もないから、僕のあそこがしょんぼりしていても、生活を送る上では何ら支障はない(女性客にムラっとくることがないから好都合なくらい)

恋人もいないし(冷めた気持ちじゃ恋愛感情の湧きようもない)、僕のあそこが活躍するシーンがそもそもない。

性欲もないし、このままはさすがにマズイと思うようになったんだ。

なぜかというと、虚しさが増すというフラストレーションを抱えているのに、それの発散方法がわからないからだ。

発散するとなると...アレしか思いつかないのは、僕自身の過去が影響している。

添い寝屋を雇った理由は、まず第一に添い寝してもらいたかった。

ここで白状してしまう。

オプションサービスの中身は、つまり...『本番有り』だ。

僕のあそこを目覚めさせてもらいたい。

そして、ドキドキ、ムラムラ、ゾクゾクしたい。

例え金銭のやりとりはあっても、温かい肉体を抱いて抱きしめられたかった。

ユノも僕という添い寝屋を雇った。

 

「熱い身体を鎮めて欲しい」「不眠を直して欲しい」というのが、ユノの依頼内容だ。

 

今日で4日目になるのに、僕らのオーダーはどれも完了していない。

ユノの体温がいくらか下がり、僕のあそこもちょっぴり反応したから、全く成果はないわけではないけれど。

でも、肝心なユノの不眠はそのままだから、僕がなんとかしてやらないと。

...と、ここで初めて気づいた。

 

あと2日!

 

ユノといられるのも、あと48時間を切っている。

添い寝屋と客の関係が終了したら、僕らは他人同士なんだ。

そんなの嫌だ、と思った。

だって、僕はユノに恋をしている。

なんだ、収穫はもうひとつあるじゃないか。

恋愛感情を抱けているじゃないか。

あまりにパーフェクト過ぎるユノのルックスに惹かれたのもあるけれど、それだけじゃない。

底無しの沼みたいに黒々とした渦と、たまにフレアを見せる炎を共存させた瞳。

 

1本筋が通ったように見えるユノの精神は、実は不安定なのではないか?と、その危うい感じからも目が離せない。

 

熾火のような肉体にくるまれたいし、ユノの過去も知りたい。

 

なあんだ...僕は相当、ユノのことが好きみたい。

でも、明後日の朝になれば、契約期間を終えた僕らは礼を言い合い、ユノはこの部屋を出ていってしまう。

そんなの嫌だった。

僕の中で、リストがひとつ加わった。

ユノに想いを告げること...それから、ユノの気持ちを確かめること。

3日間僕をいっぱい触ってきたんだ、なんとなくでもいい、僕のことを気に入ってくれたらいいなぁ、と思った。

 

 

 

「......」

 

背中のマッサージを終え、二の腕にまで移っているのに、熱い身体になってしまったきっかけの続きを話そうとしないユノ。

話しづらいのかな、と思った。

僕は腕を伸ばしてサイドテーブルに置いたリモコンを操作した。

電動音と共に、寝室のカーテンが閉じてゆく。

燦燦とふりそそぐ日光で、室内は真白で眩しくて健全的すぎるんだ。

僕らは夜の仕事をしているから、明るすぎるのは慣れていない。

きっと、ユノの話も夜に関することだろうなぁと予感した。

分厚い遮光カーテンのおかげで寝室は真っ暗になり、ドアを開けっ放しのリビングからの明かりでちょうどよい薄暗さになった。

 

「続きを話して」

 

僕はヘッドボードにもたれて座り、ユノの腕をひいた。

僕の指とマッサージオイルが付いたままのユノの指とを絡めて手を繋ぐ。

 

「...恋をしているのなら、そいつと寝る」

 

ユノは口を開いた。

 

「一般的に恋人同士となれば、そうなるだろうね。

中にはプラトニックな人たちもいるだろうけど...」

 

「チャンミンは彼女がいた時、どれくらいのペースでやってた?」

 

「!!」

 

ユノの方を横目で探ると、どうやらふざけている風ではない、ユノは真面目に尋ねているようだ。

どんなだったっけ、と思い出そうとしてみたけれど、例の狂気な時期を間に挟んでいるせいで、それ以前のことがぼやけてしまうのだ。

 

「うーんと...会った時は大抵、かな?

やらない時もあったし、会うのも月に3回くらいだった、かな。

これが平均より多いのか少ないのかは、分かんない」

 

「1回につき何回してた?」

 

細かいところまで追求するなぁ...でもここは誤魔化しても結局は暴露してしまうだろうな。

 

「学生の頃は、3回とか4回とか?

20代後半にもなれば、頑張って2回...。

ねぇユノ、なんでこんなこと知りたいのさ?」

 

「俺のが平均以上ってことを、分かってもらいたいから」

 

「...ってことは、もっと凄いんだ...」

 

ごくりと僕の喉が鳴る。

 

いろいろと想像してしまって...さぞかしユノは激しいんだろうなぁ、って。

情熱的なユノに抱かれる僕...の図まで想像してしまった。

どきどき。

繋いだ手に力がこもった。

 

「顔が赤いぞ。

また、いやらしいことを考えていただろう?」

 

「悪かったな!

どうせ僕は、欲求不満だよ」

 

僕は毛布をたぐり寄せ、両膝も立てて件の場所を隠した。

しょぼくれたものをさらしているのが恥ずかしくなったからだ。

 

「お!

欲求不満なことをやっとで認めたな」

 

「そうだよ、僕は欲求不満だ!」

 

ユノは僕をからかってばかりで、僕は反発してばかり。

この3日間、同じことの繰り返しだ。

昨夜はユノに抱きついて、僕の方からキスを仕掛けた。

いい雰囲気になったけれど、その流れにもちこむのをユノはさりげなくかわしたような、そんな気がした。

荒ぶる身体を持て余していて、やりたい盛りの人だと僕は勝手に判断していたから、あれ?と思ったんだ。

 

「素直でいるのはいいことだ」

 

今みたいに、ユノは笑って僕の頭を撫ぜたりしてるけどさ、何かを恐れている風なのはお互い様じゃないか。

 

「要するにユノは、平均以上にヤってきた人だってことを言いたいんでしょ?

それが、熱い身体になってしまったこととどう関係があるの?

勿体ぶっていないで、とっとと話しなさい!」

 

眉根を寄せてぎりっとユノを睨んでやったら、僕の態度に驚いたみたいで彼は目を丸くしていた。

睨みつけながら、ユノの眼って黒目が大きいな、なんて感心していたりして...。

 

「ごめん。

俺ももともとは、チャンミン並みだったよ。

やみくもに身体を求めるような男じゃなかった」

 

繋いだ手が離れたかと思ったら、その手は僕の肩に回された。

 

「例のカップルの仕事を終えてから、ひと肌寂しい、というか、人との繋がりが欲しくなった、と話したよね?」

 

「うん」

 

誰かを強く求めて、同時に求められる関係が羨ましいと言っていた。

実は僕もそうなんだ、とまでは言わなかったけど。

 

 

(つづく)

 

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(22)添い寝屋

 

 

 

「やった...」

 

プラチナ製のそれが消えた後も、僕はそこにたたずんでいた。

 

スカッとしていた。

 

眼下のビル群や複雑に絡み合う高架では、何十万人もの人々が目的をもって活動をしている。

 

僕はと言えば、高層マンション46階で、添い寝業を営んでいる。

 

ポン、と僕の肩に乗ったユノの手。

 

「中に入ろうか?

見せびらかしたい気持ちは分かるけど...さ?」

 

「わわわ!」

 

僕は即行そこを両手で覆い、大赤面しながら部屋に駆け戻った。

 

僕の背後でユノは、「あーっはっはっは!」と声高らかに笑っている。

 

(ユノの馬鹿...)

 

洗面所で着替えていると、「メシにしよう!」とユノの呼び声が。

 

「行く、今行くよ!」

 

これからユノとブランチだ。

 

とてもワクワクした。

 

 

 

 

「...ここで?」

 

「そう。

添い寝屋はベッドの上がテリトリー。

安心できるだろ?」

 

ユノはパジャマに着替えていた。

 

「うーん...そういうもんかなぁ?」

 

ベッドの上に、ブランチとやらが並んでいる。

 

あれだけキッチンで派手な物音をたてていたわりに、そこに並べられていたものといえば...。

 

焦げたトースト、丸ごとオレンジ、殻の一部から中身が飛び出た茹で卵、コーヒーのマグカップと牛乳の紙パックの...以上。

 

バターの匂いとか、フライパンで調理していたはずのものは、どこにいってしまったんだ?

 

(後でキッチンに行くのが怖い、修羅場になってそうだ)

 

でも、ユノが僕のために頑張ってくれたんだ、文句を言うつもりはさらさらない。

 

マットレスを揺らさないよう、僕はそぅっとベッドに上がった。

 

胡坐をかいたユノは、ミルクを紙パックから直接飲みながら、僕をまじまじと見ている。

 

「...何?」

 

僕をからかうのが好きなユノのことだ、またエッチなことを言うに決まってる、と身構えた。

 

「女の子座りしてる」

 

「...変?」

 

僕はいつもの癖で、両脚をくずした座り方をしていただけ。

 

「可愛いね」

 

ドキン、と鼓動が跳ねた。

 

ニヤニヤしていたユノが真顔になって、僕を真っ直ぐ見てこんなことを言うんだもの...。

 

天井までの全面窓ガラスからふんだんに降り注ぐ日光で、ユノの青白い肌が光っている。

 

まだまだ目の下に隈が出来ている。

 

でもそれは、キメの細かい薄い皮膚が、その下の血管を透かしやすいだけなんだろう。

 

僕は男だから、「可愛い」と女の人に言う立場だ(世間一般的に)

 

男から「可愛い」と言われて、ちょっと嬉しいなと思ってしまった僕は変なのかな?

 

「可愛い」と言ってくれたのが、ユノだからなのかな?

 

僕は埋められることに一度はハマりにハマった...ってことは、正真正銘に「男が好き」な質なのかな?

 

などなど、いろいろと考えていたら、

 

「さて、今日は何をしようか?」と、ユノは言った。

 

「え...?

帰らないの?」

 

驚く僕に、ユノはムスッと拗ねた表情になってしまった。

 

唇を尖らせたユノこそ可愛かったから、「可愛いね」と仕返しに言ってやった。

 

ユノの顔色が、ぱっと赤くなってしまい、僕は「あれ?」と。

 

(色白だから、バレバレなんだ)

 

「...うるさいなぁ。

帰って欲しいのなら、帰るよ」

 

「ヤダ」

 

ユノのシャツの裾を引っ張って引き止める僕は、かなり彼に参っているってことだね。

 

女の子みたいにふくれっ面を作ったりして...僕はどうかしてるよ。

 

ユノに「可愛い」て言ってもらいたい魂胆が見え見えだけど、仕方がない...だって、ユノが好きなんだもの。

 

「しょうがないなぁ、居てやるよ」

 

ユノったら、ドスンと腰を下ろすんだ、マグカップが倒れてお気に入りのシーツにコーヒーのシミを作ってしまった。

 

「もう!」

 

ユノはオレンジの皮を剝きながら、「細かい男だなぁ、洗えば済む」と謝りもしない。

 

「シミになっちゃうじゃないか」と僕はブツブツいいながら、布巾で汚れた箇所をごしごしとこすっていると...。

 

僕の口に、オレンジの房がひょいと放り込まれた。

 

「強力な洗剤を使えばいい。

チャンミンちの洗面所は、洗剤の見本市みたいだった」

 

「...まあね」

 

瑞々しいオレンジをかみ砕くと、口の中は美味しいジュースでいっぱいになって、僕の機嫌はたちまち直った。

 

「一日中居てくれるの?

夜まで?」

 

「もちろん」とユノはにっこり笑って答えた。

 

「だって、俺たちの契約はあと2日だ。

予定通りにいってないじゃないか。

俺は未だ不眠だし、多少はマシになったけど身体は熱い。

あそこも臨戦態勢のまま」

 

ユノの言葉に、僕の視線はババっとあそこに向かってしまう。

 

「...チャンミン。

お前はホント、この手の話になると反応が素早いんだよなぁ」

 

「う、うるさい!」

 

「はははっ。

チャンミンの方は、ふにゃちんのままだし、冷たいし。

...あ、ちょこっとは膨らんだか!

悪い悪い」

 

「むぅ」

 

「よし!」

 

ユノはバチンと手を叩き、ベッドの上のものを片付け始めた。

 

「今から治療開始だぞ」

 

「...うっ」

 

期待半分ドキドキ半分。

 

寝室はオレンジの爽やかな香りで満ちていた。

 

 

 

 

「チャンミン、服を脱げ」

 

「えええっ!」

 

「パジャマが汚れるぞ」

 

ユノが来てから、パジャマを着ている時はほとんどないんじゃないだろうか。

 

「パジャマが汚れる...って...何をするんだよ」

 

僕はぼやきながら、パジャマのボタンを1つ1つ外してゆく。

 

「...チャンミン。

おかしなことを想像してただろう?」

 

「......」

 

図星だった僕は、無言を貫く。

 

「うつ伏せに寝て」

 

サイドテーブルにコトリ、と置かれたのは、ミルク色の小瓶だった。

 

そこには、いい香りがするオイルが入っていることを、僕は知っている。

 

「マッサージ?」

 

「うん。

俺のマッサージ、気持ちよかっただろ?」

 

湯船に浸かってユノに足裏をマッサージしてもらった時の、痛気持ちよかったことを思い出した僕は、頷いた。

 

「全身の緊張を取るんだ。

えっちなチャンミンの為にお断りしておくが、これは性感マッサージではない!」

 

「...分かってるよ」

 

ミントのすっとした清涼感とユノの手の平の熱が、皮膚に沁み込んでゆく。

 

筋肉を的確にとらえたユノの手技に、「どこかで習ったの?」と尋ねていた。

 

「まあね。

客には気持ちよく眠ってもらいたいからね、ハートの聞き役だけじゃなく、身体の凝りもとってやりたいんだ」

 

「真面目だね」

 

これで何度目になるのか、ユノに感心していた。

 

「そうだよ~。

俺は真面目で熱い添い寝屋なんだ」

 

「うん、ホントにそんな感じ。

僕も見習わなくっちゃ」

 

「はははっ。

いい心がけだ」

 

はあ...ユノのマッサージは気持ちよい。

 

うとうとしかけて、ハッとした僕は頭をぶんぶんと振った。

 

「...ユノ。

話の続きを教えて?

まだ途中だったでしょ?

熱い身体になってしまった、本命の理由」

 

「...そうだね」

 

「...ん?」

 

僕の上にまたがって、僕の背中をマッサージするユノ。

 

僕のお尻にあたっているこれは...もしかして?

 

「...ユノ、当たってる」

 

「これのこと?」

 

ユノったら、僕のお尻にそれをすりすりと擦りつけるんだ。

 

ユノはパジャマを着ていて助かった。

 

生肌同士だったら、突っ込まれてたかもしれない!?

 

「チャンミンが今、何を考えているのか俺にはよ~く分かっている」

 

「......」

 

「俺が壮絶な体験談をしようって時に、エロいことするわけないだろう?」

 

そう言ってユノは、僕のお尻をぺちっと叩いた。

 

「しっかし...つくづく思うんだけど。

チャンミンって、可愛いお尻をしてるんだな?」

 

「!」

 

跳ね起きようとした僕を、ユノは両膝で抱え込んだ。

 

 

 

 

「カップルの客が、俺の傍らであの世へ逝ってしまった話をしただろう?」

 

「...うん」

 

「あの後の俺の話。

心のガードをより固くして、仕事に打ち込んだ。

どれだけ自分の心を守れるか、客の不幸に飲み込まれずに、客に添い寝をしてやれるか。

これだけに精神を使った」

 

「...うん」

 

「私生活は荒れていった。

あのカップルが羨ましかった、と言ったよね。

俺にもそんな存在があったら...と夢見るようになった。

あらかじめ言っておくぞ。

俺の元には沢山の客がやってくるけど、俺は客に手を出したことはない。

...この手を出すっていう意味は、プライベートな関係にはしないっていう意味だからな」

 

「そうなんだ?」

 

「こら!」

 

「ごめんごめん、冗談だよ」

 

ユノは仕事とプライベートをきっちりと分けるタイプだ。

 

わずか3日間だけど、ユノと会話を交わし、彼の眼とまっすぐな背筋を見ていれば、そんなこと直ぐに分かる。

 

「その気になれば出逢いは訪れる」

 

そうだろうな、と思った。

 

だって、ユノはとても魅力的なんだもの。

 

「だから俺は、そういう可能性がある者と積極的に交際した。

女とは限らないから、もちろん男とも。

手当たり次第にね」

 

「...そうだったんだ」

 

ユノの手は僕の背中を、上へ下へと行ったりきたりしている。

 

語りながらなのに、その動きはぞんざいじゃなく、指先まで神経が行き届いている。

 

今のユノは...プライベートに僕を引き込んでくれてるのかなぁ?

 

そうだったら、いいなぁ、と思った。

 

 

(つづく)

 

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(21)添い寝屋

 

 

通い詰めだったクラブには、ありとあらゆる嗜好のものが集まる。

 

女の人限定の者、男限定の者、男女どちらもいける者、3人以上じゃなければ満足しない者、道具攻めを好む者。

 

見物するだけの者、見物しながら自身を慰める者、赤ちゃんになってしまう者、女装しないとイケない者。

 

僕は、と言えば、後ろを埋めてもらえればOK。

 

獣に成り下がった僕は、相手が男だろうが女の人だろうが拘らなかった。

 

とは言え、入店する男の客の大半は、女の人を好むノーマルな者だったから、お相手探しに僕は苦労した。

 

だからどうしても、カップリング相手は同じ顔ぶれになってしまうのだ(ニューフェイスが加わると、争奪戦になる)

 

「...僕さ、無職になっちゃった」

 

ある客(相性がよくて、顔を合わせれば毎回寝ていた男。名前は忘れちゃった)の腹を枕に、僕はぼそっとつぶやいた。

 

「どうやって食っていくんだ、これから?」

 

「そうなんだよねぇ。

困ったなぁ...」

 

「困っている風には聞こえないんだけど?

言い方がまるで他人事」

 

その客は笑い、むくりと半身を起こすと、僕の足の間からぶら下がる紐を力いっぱい引っ張る。

 

「ひゃぁんっ」

 

当然僕は嬌声をあげ、ここから第3ラウンド(4だっけ?)がスタートすることになる。

 

「自宅でできて、楽ちんで、金になる仕事...心当たりあるよ」

 

「...んふっ...それって...怪しいやつでしょ?

あっ...そこはダメだって!」

 

「怪しいものにするかしないかは、そいつ次第。

ルールは自分で決められるだってさ。

興味ある?」

 

僕の中に繋がる紐がぐいぐいと引っ張られて、その度視界に星が散る。

 

「やーっ、そこはっ、ダメだって!」

 

男の質問に答える余裕なんてありはしない。

 

これからどう生計を立てていけばよいかを考えるのは、イッてからにしよう。

 

 

 


 

 

 

濃い霧がすうっと晴れてきた。

 

白くぼやけていた黒い点々が徐々に濃くなって、光を集めて濡れたような輝きを認めた時...。

 

「わっ!」

 

ユノが僕を見下ろしていた。

 

「おはよう」

 

標高700メートルの草原を吹き抜ける、爽やかな5月の風。

 

ぱりっと乾いた真っ白なシーツ。

 

もぎたてフルーツの果汁100%ストレートジュース。

 

...こんな感じのユノの笑顔。

 

そんなユノの笑顔を目にすると、ジグソーパズルの最後のピースが、ばちっとハマったみたいに気分爽快になる。

 

不思議だよね。

 

寝室のカーテンは全開にされ、バルコニーの向こうは真っ青な空。

 

「...あ!」

 

サイドテーブルの時計を確認すると、すでにお昼近いではないか!

 

「寝坊しちゃった...。

え~っと...僕は?」

 

「チャンミンだろ?」

 

「当ったり前だ!」

 

ユノのとぼけにまともに答えてしまったと、悔しくて僕は頬を膨らませた。

 

「はははっ」

 

昨夜と同じ洋服を着た(モスグリーンのニット、革のパンツ)ユノ。

 

「もうすぐ出来上がるから、起きてこいよ」

 

そう言って、せかせかと寝室を出ていってしまった。

 

バターのいい匂いが漂ってくる。

 

僕が起きているか、見に来たんだろうね。

 

袖を肘までまくり、僕愛用のエプロンをしていたから、朝食を準備していたんだろうね。

 

腰で結んだ紐が縦結びになっていて、僕はくすりとしてしまう。

 

縛り直してやろうとベッドを抜け出した時、

 

「わっ!」

 

僕は叫んで、再びベッドの中にもぐり込むこととなってしまった。

 

だってすっぽんぽんだったんだもの。

 

ユノの身体を冷やそうと、昨夜パンツも何もかも全部、脱いでしまったんだった。

 

 

 

 

冷蔵庫を開ける音、フライ返しがフライパンをこする音、電子レンジの音、お皿がぶつかる音。

 

「あちっ」

「ちっ(舌打ちかな?)」

「やべっ」

「おっと!」

「...ま、いっか」

 

この物音から判断すると...クールに見えるユノは、実は台所仕事が不得手なのかな。

 

朝食の味はあまり期待しない方がよさそうだ。

 

でも、元気になったみたいでよかった。

 

昨夜は本当に、びっくりした。

 

ユノが死んでしまうんじゃないかと、本気で焦った。

 

僕なりに必死にユノを介抱してみたけど、やり方は正解だったみたいだ。

 

僕の氷の身体も、そう捨てたものじゃない。

 

...でも、今度は僕の方が苦しくなってしまって...。

 

ユノの体温を吸い込むうち、その熱が僕の中を異常発酵させた。

 

わっと昔の記憶が僕の脳を襲ったのだ。

 

敢えて思い出さないようにしてきた当時のあれこれを、頭の中でフィルムを回して、自分に向けて上映した。

 

下半身に支配されていた僕の、堕ちるところまで堕ちていた日々。

 

...一生分の精力を使い切ってしまったのかな。

 

ううん、違う。

 

増殖する性欲を、ひしゃくですくって排出させないと、あっぷあっぷ...その中で溺れそうだった。

 

あの後僕は、圧倒的な経験をして、徹底的に、根こそぎ性欲を失ってしまったのだ。

 

「はあ...」

 

今も脇の下とうなじの髪が汗で濡れている。

 

べとべとして全身が気持ちが悪いけど、汗をかけるようになった点は一歩前進だ。

 

「こっちの方は...?」

 

掛け布団の中に手を忍び込ませ、そうっと脚の付け根に指を這わす...。

 

「!!!!」

 

布団を持ち上げて、目で確かめる。

 

「ユノーーーーー!!!」

 

気付けば大声でユノを呼んでいた。

 

「どうした!?」って、トングを片手にユノが駆けつける。

 

「ユノ...見て...」

 

ユノを手招きして、件の箇所を見せてあげる。

 

僕の可愛らしいものが、ほんのちょっと...ちょっとだけ膨らんでいるようなのだ。

 

僕らは顔を見合わせた。

 

「やったじゃん!」

 

ユノの目がきゅっと細くなって、口角もきゅっと上がって、歯は真っ白で...そんなパーフェクトな笑顔を見せてくれるのだ。

 

僕は嬉しくって、ユノの首に抱きついてしまった。

 

「あ...」

 

途中でなぜだかとても恥ずかしくなってしまい、ユノの首に回した腕をゆっくりと下ろした。

 

夜の仕事をしているせいなんだろうな、午前の日差しのもとは、プライベート感が増してしまい、言動の全てが生っぽく感じられてしまうのだ。

 

赤くなった顔を隠そうとうつむいている僕を、ユノはきっと、じぃっと見ている。

 

「チャンミンが寝てる間、揉んでやったんだ」

 

「えええっ!?」

 

「ふにふにっとしてて、可愛かったなぁ...」

 

「可愛いって言うな!」

 

「ふにふにふにふにしてたらね、1立方センチメートルくらいは膨張してきたよ」

 

「ユノの馬鹿!

それって全然、ってことじゃんか!」

 

僕らが話題にしているのは一体何なのか...もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、誰にも聞かれたくない。

 

 

 

 

ぷりぷりしている僕の隣に、ユノは腰掛けて、こう言った。

 

「例のもの、出せ」

 

「え?

出せって?」

 

ユノの言葉が理解できない。

 

首を傾げていると、ユノは僕の両耳を引っ張った。

 

「昨夜、俺に話してたやつだよ」

 

「ゆうべ?

僕、何か言ってたっけ?」

 

「うん、寝言をね」

 

「寝言!?」

 

「溜まっていたんだなぁ、可哀想に。

ぺらぺらと喋ってたよ」

 

僕は思わず両手で口を覆ってしまったけど、一体何を喋ってしまったんだろう!?

 

昨夜の僕は、堕落しきった生活の頃を鮮明に思い出していた。

 

夢うつつの中、声としてこぼれ落ちてしまったんだろう。

 

「チャンミンがいつまでもいじけているのは、それをいつまでも持っているからだ」

 

「...『それ』って何だよ?」

 

ユノは大げさに、「はああぁぁ」とため息をついた。

 

「無自覚!

チャンミンのイケナイところは、『無自覚』なんだ」

 

僕にはさっぱり分からないのも、無自覚だからなんだろうか。

 

「よし!

俺が今から、チャンミンを楽にしてやるから。

お前の心の瘧(おこり)を見せてやるよ。

で、『それ』はどこにあるんだ?」

 

どうしよう。

 

ユノの指している『それ』が何なのか、全く見当がつかない。

 

ユノは僕の耳たぶを引っ張った(ユノの熱い吐息がぶわりと耳の穴を湿らせて、ぞくっとしてしまう)

 

そして、唇を寄せたまま、ユノは囁いた。

 

「あ!」

 

「思い出した?」

 

僕はこくん、と頷いた。

 

「『それ』はどこにある?」

 

「冷凍庫の中。

アイスクリームのパックの中...チョコレート味の」

 

「冷凍庫って...なんちゅうところに隠してるんだよ」

 

「...だって」

 

ユノは、立ち上がると僕の肩をぽんと叩いた。

 

戻って来たユノが手にしているのは、アイスクリーム容器。

 

「一緒に来い!」

 

ユノは僕の手をとり、ベッドから引っ張り出した。

 

「わっ!」

 

服を着ていない僕に構わず、ユノは僕の手をぐいぐい引っ張って、窓辺へと連れて行く。

 

窓サッシを開け放ち、裸足のままバルコニーへと出た。

 

ユノは、ぱこんとアイスクリームの蓋を開けた。

 

数年前の賞味期限が印字された、500mlサイズのアイスクリームの空き容器。

 

ユノはそこからベルベット地の小箱を取り出し、その中で鋭く輝くそれを、僕に握らせた。

 

「投げろ!」

 

日光に照らされたユノの顔...白皙の青年...は真剣だった。

 

「捨てちまえ」

 

僕は力強く頷いた。

 

そして、大きく腕を振りかざし、力いっぱいそれを空へ投げた。

 

地上46階の空中で、きらーんと小さく瞬いたのち、それは姿を消した。

 

それはかつての恋人に、渡すはずだった婚約指輪だったのだ。

 

 

 

(つづく)

 

 

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(19)添い寝屋

 

 

ユノがぶっ倒れてしまった!

 

困った、困ったぞ!

 

駆け寄った僕は、ユノの額に手の平を当てたところ...。

 

「あっつ!!」

 

微熱どころじゃない、高熱どころじゃない...異常過ぎる熱さだった。

 

どうしよどうしよ。

 

このままじゃ、ユノの脳みそがおかしくなってしまう。

 

ユノの熱を冷ますために、僕は何ができるだろう?

 

冷蔵庫からよく冷えたミネラルウォーターを取って引き返した。

 

ユノの額と首筋に、ちょろちょろと水を注いで濡らした。

 

それじゃあ追い付かないと悟って、ユノの胸に中身を全部ぶちまけて、空になったボトルを放り投げた。

 

「待っててユノ。

なんとかしてあげる...から...!

...ってか、重い!」

 

抱きかかえようとして、すぐに諦めた。

 

スリムなユノだけど、筋肉質で締まった身体、見た目以上に重いのだ。

 

マシンで筋トレをするのが日課なくせに、肝心なところで役立つ筋力がないことが情けない。

 

ユノの両脇に肘をひっかけて、ずりずりと浴室まで引きずっていった。

 

蛇口を最大まで捻って、バスタブに冷水を溜める(これしか思いつかない)

 

「...よっこらしょっ」

 

どうどうと注ぐ真下にユノの肩がくるように、彼を湯船に沈めた。

 

水しぶきで僕のパジャマのズボンはびしょ濡れになってしまったけど、それどころじゃないのだ。

 

再び冷蔵庫まで走っていって、氷の袋を持って引き返し、バスタブにそれを浮かべた。

 

次にクローゼットからサーキュレーターを抱えて引き返し、ユノの顔に向けて電源を入れた。

 

「えーっと、それから...そうだ!」

 

もう一度キッチンまで走っていって、食糧庫から食塩の大袋を持って引き返し、中身を全部バスタブに開けた。

 

「水!

水が飲みたいって言ってた!」

 

ミネラルウォーターを取りにキッチンに行きかけて、くるりと引き返す。

 

最後の1本を使いきってしまったんだった(買い置きするのをうっかり忘れていた自分が悪い。だって、僕の頭はスカスカだったんだから)

 

「おたんこなすだよ、僕は!」と悪態をついて、歯磨きコップに水を注いだ。

 

「ユノ、水だよ。

飲むんだ」

 

ユノの口にコップを当てがったけど、意識が朦朧な彼には無理な話だ。

 

そしてバスタブに身を乗り出して、ユノの顎をつかんで無理やり口を開かせた。

 

「よし!」

 

コップの水を口いっぱい含んで、わずかに開いた隙間から注ぎ込んだ。

 

ところが、ユノの口内を満たすばかり、注ぐそばから溢れ出てしまうのだ。

 

「ユノ...ちょっと強引だけど、ごめんね」と、ユノの小さく整った鼻をつまんで塞いだ。

 

かはっとユノの喉が鳴り、口で呼吸し出したのを確かめ、彼の口を全部塞いで水を注ぎこんだ。

 

「よし!」

 

ユノの喉がこくりと上下したのに安心した僕は、コップの中身が空になるまで同じことを繰り返した。

 

次に、洗面器ですくった水を、頭の上から浴びせる。

 

額に張り付いた髪をかきあげてやり、びしょ濡れになった顔面の水をはらってやる。

 

ユノの顔色は血の気を失っているのに、僕の手の平に触れる肌は熱い。

 

水面から出た肩から、湯気が上がるのが分かるくらい。

 

両目は固く閉じられたままで、こんな状況にこんなことを思うなんて不謹慎だけど...美しいなぁ、と感心してしまった。

 

陶器のようなつるりとした肌に、濡れたまつ毛が扇形に広がっていて、しゅっとした頬を下にたどると、そこだけぽっと紅い唇があって...僕の喉がごくりとなる。

 

やっぱり不謹慎なことに...キスしたいなぁって思った。

 

口移しで水を飲ませたくせに、あの時は必死過ぎてキスしてるなんて意識はなかったのだ。

 

鼻の下に指をかざすと、熱く湿った息がかかる。

 

よかった...さっきより呼吸が落ち着いている。

 

「ふう...」

 

僕はバスタブにもたれて、タイル張りの床に足を投げ出して座った。

 

ユノをこのままバスタブに浸けておくわけにはいかない。

 

「さむっ...」

 

ぶるりと身体が震え、両肩を抱きしめた。

 

冷え冷えとした浴室に、僕の身体は凍えそうだったのだ。

 

指先の感覚はなくなっていて、ふうっと息を吹きかけた。

 

「嘘...」

 

気休めに近いけど多少は温めてくれるはずの、自分の吐息が冷たい。

 

沸騰するユノに反して、僕は凍みついてきている。

 

歯の根も合わなくなってきた。

 

このままここにいたら、僕の方は凍えてきてしまう、と、毛布を持ってこようと立ち上がった時。

 

水面に浮いた氷のほとんどが溶けてしまっている。

 

「嘘だろ...」

 

手をつけてみると、バスタブの水がぬるくなっていた。

 

「...どうしよう」

 

(お医者さんに診てもらった方が、いいのでは...駄目だ駄目だ!

常人じゃない体温に、大騒ぎになってしまう。

...僕が何とかするしかない!)

 

僕は髪をくしゃくしゃにかき混ぜながら、自慢の浴室をぐるぐると歩きまわる。

 

「そっか!」

 

ここでようやく、ポンと頭に浮かんできた解決方法。

 

どうしてこんなに簡単なことを思いつかなかっただろう!

 

脳ミソまで凍りついてしまったのか?

 

僕はユノの両脇に腕を通して、バスタブから引き上げ(さっきみたいに引きずっていくのはあまりにも可哀想だ)、渾身の力を振り絞って彼を抱き上げた。

 

「...よいしょ」

 

床に水たまりを作りながら、ぐったりと力を失ったユノを寝室まで運ぶ。

 

僕の腕の中で、ユノの首はぐらぐらしているし、ぶら下がった両腕がだらりと揺れている。

 

まるで死体を運んでいるみたいだ...とちらりと思えてしまって、頭を振ってその不謹慎な考えを振り払った。

 

ユノをベッドに転がすと(ユノ、ごめん。腕が千切れそうに疲れてしまったんだ)、僕は洗面所に走っていって、バスタオルを山と抱えて戻り、濡れた彼の全身をくるんで拭いてあげる。

 

「うーん...」と迷った末、全身と同様、ずぶ濡れになったパジャマのズボンを脱がしにかかった。

 

「!」

 

全裸になってしまったユノに、目を反らしてしまった僕だった。

 

広々としたベッドに横たわるユノは...これで何度目になるかの不謹慎な考え...西洋の古典画に描かれた男神みたいに綺麗で、僕は数秒ばかり見惚れてしまった。

 

ユノが数年間、誰にも言えずに胸の奥に仕舞っていた懸案。

 

これを僕に語ること、イコールその熾り火が火かき棒でつついたように、ぼっと炎が上がってしまったのだ。

 

ユノを挟んで天に召されてしまった1組の恋人たち。

 

添い寝屋として真正面からぶつかってしまい、ユノの心は壊れそうになっただろう。

 

彼らを羨ましく思ったその気持ち...うん、僕も理解できるよ。

 

ユノの話はまだ半分だ。

 

炎の身体になった原因を、作った出来事のきっかけだと話していた。

 

ということは、残りの半分を語る時も、苦痛を伴うんじゃないかな。

 

無理に話さなくていいよ、と止めた方がいいのだろうか。

 

それは駄目だ!

 

僕は全部、ユノの話を聞かなくてはならない。

 

僕はユノに雇われた添い寝屋なんだ。

 

ユノが眠りを取り戻し、すがすがしい心身で目覚められるようにしてあげるのが、僕の仕事だ。

 

放っておけないよ。

 

脱がせたユノのズボンと下着を拾い上げ、洗濯機に入れた。

 

僕のパジャマのズボンと下着も、洗濯機に入れた。

 

寝室に向かいかけて、下着をつけようか一瞬迷ったけど、「ま、いっか」と素っ裸でユノの元へ戻った。

 

そして、ユノの身体にぴったりと沿うように横たわった。

 

そういえば...ユノを背中から抱きしめるのは初めてだ。

 

客として、添い寝屋として僕のベッドに訪れた時から、ユノは僕の心も身体も丸ごとくるむように抱きしめてくれた。

 

僕にちょっかいを出してばっかりだったけど、それは僕の心身の緊張を解きほぐそうとしてくれた思いからなんだよね。

 

次は僕の番だ。

 

ユノは未だ、眉間にしわをよせて目をつむったままだ。

 

だからと言って、眠っているわけじゃない。

 

多分だけど...意識はあるはず。

 

それに、倒れたときよりは、頬のこわばりが和らいでいるように見える。

 

よしよし、とユノの濡れ髪を撫ぜた。

 

ユノの全身は、温もった空気の層をまとっている。

 

僕の氷の身体が役に立つ時が来た。

 

ユノが発散する熱を、僕の肌が吸い込んでいく。

 

腕も脚もユノに絡めて、彼の中にこもった熾りを冷ましますように。

 

火の身体、氷の身体。

 

僕らは全く正反対な添い寝屋だ。

 

ユノを抱きくるみながら、気付いたんだ。

 

ユノを癒すことは、同時に僕自身を癒すことに繋がるって。

 

 

 

(つづく)

 

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(18)添い寝屋

 

 

ユノの涙は僕の唇を湿らせ、その熱い水滴を全部、口に含んでいった。

 

しょっぱくて、ユノの哀しみがたっぷり含んだ水分。

 

僕の心に沁み入る...かすかすの僕の心に滲み入る水分。

 

嗚咽で震えるユノの肩を抱き、広い背中を擦ってやった。

 

ユノのママになった気持ちで。

 

「ユノはあの2人の夜を...引き受けたんだね」

 

「2度と目覚めない夜、をね」

 

ユノの言葉に、僕も「2度と目覚めない夜...」とつぶやいてみた。

 

僕らの隣で眠る客たちは、朝になれば目覚め(眠れない客は朝まで起きている)、目覚めた時に僕らの仕事は終わる。

 

ひと晩ひと晩、依頼された仕事をひとつひとつ、そうやって完了させていくのだ。

 

(寝坊助の客の場合、僕は身体を揺すって起こすのだ。時間ですよ、って)

 

じゃあ、目覚めなかったらどうなる?

 

ぞっとした。

 

ユノは2人の夜を引き受けたままなんだ、数年経った今も。

 

ユノの仕事は永遠に終わらない。

 

「心構えが甘かったんだ。

油断していた俺が悪かった」

 

「油断、だなんて...。

その場にいたのが僕だったとしても...」

 

と、そこまで言いかけて、僕ははっとして口をつぐんだ。

 

もし僕が、その2人の添い寝を依頼されたとしたら...と想像してみたんだ。

 

思い出話を語る2人に挟まれた僕はきっと、「お2人の真ん中に僕が寝るのはおかしくないですか?」って口にしてしまったり、

 

落ち着かない僕は、2人を残してベッドを抜け出して、ホットミルクを勧めたり、フットスツールに腰掛けて会話する2人を眺めたり、

 

もっと無責任なことに、2人に構わず寝てしまうかもしれない。

 

2人の選択が無事(という言い方も不謹慎だけど)決行できたのも、雇った添い寝屋がユノだったからなんだろうな。

 

添い寝したのが僕だったら2人の運命は変わっていたのに、という意味じゃない。

 

彼らは理想の添い寝屋を探し続けるだろう。

 

もし見つからなかったら、理想とは程遠い終わり方をしていたかもしれない。

 

「ねえ。

ユノは2人の望みを叶えたんだよ。

...思いっきりポジティブな見方をすればだけど」

 

「お!

チャンミンは俺を慰めてくれてるんだ?」

 

ユノは僕に、抱き枕みたいに四肢を絡めてきた。

 

涙と鼻水でべちゃべちゃの顔で、頬ずりをしてくるんだから!

 

「チャンミンは優しいんだな」

 

鼻声のユノ。

 

「優しくなんかっ...!

あーもー!」

 

枕元のティッシュをとって、ユノの汚れた顔を拭ってやった。

 

素直に顔をゆだねるユノが可愛くて、思わずキスしてしまった。

 

ユノの上品な鼻のてっぺんと、汗がにじむおでこにチュッチュッ、と。

 

僕の両手の間で、きらやかな一対が三日月型に細められた。

 

よかった...笑ってる。

 

「チャンミンは優しい添い寝屋だね」

 

「...そんな」

 

優しいだなんて言われたことは久しくなくて、照れてしまった。

 

(かつての僕は、かつての恋人に『優しい』とよく言われていた。それも遠い過去の話だ)

 

大胆になった僕は、ユノの髪を梳く。

 

ユノは「気持ちいい...」とつぶやいて、そのままじっとしているから、ますます可愛いと思えてしまった。

 

「あの後は、当然だけど大騒動だったよ。

全ての処理を終えた時、これまで以上に客をとった。

何百人もの客の目覚めを見届けても、俺の朝は訪れない。

俺の不眠がスタートしたのは、この頃からだ」

 

「夜じゃなくて、朝が?」

 

「夜でも朝でもどっちでもいいや。

そうだなぁ...夜でも朝でもない狭間で暮らしてるって感じかな。

隣で眠る客が目を覚まさなかったらどうしようって、眠るわけにもいかない。

睡魔に負けて眠ってしまったら、今度は俺の方が目覚めなくなってしまうかもしれない。

不眠の日々を積み重ねすぎていて、それを取り戻そうとしたりなんかしたら...眠りの世界に行ったきりになる」

 

ユノの恐れは極端過ぎだと思えた...でも、「悪いように考え過ぎだよ。もっと気を楽にして」だなんて、思わなかった。

 

「怖いんだね」

 

僕の鎖骨がじゅわっと熱いもの...ユノの涙で濡れた。

 

ユノの小さな頭をよしよし、と撫ぜた。

 

「深く愛し合う2人が羨ましかった。

悲劇を選んだ2人なのにね...おかしいよな」

 

ユノは寂しいのかな、と思った。

 

僕の方も、人のことを言えない。

 

僕もそう...寂しいのだ。

 

僕らは寂しい寂しい、添い寝屋だ。

 

寄り添い合って肌を重ねて、寂しさを慰め合っているだけなのだろうか。

 

 

 

 

「客の夜を引き受けて...どうして今のユノは平気でいられるの?」

 

仕事への向き合い方が、僕とは正反対のユノが心配になってきた。

 

「平気なものか。

心までは渡さない」

 

それを聞いてホッとした。

 

「ここにストーブがある。

ごうごうと勢いよく薪が燃えている。

距離をとっていれば、身体を温めてくれるし、心の緊張もほぐれる。

近づき過ぎたら火傷する。

誰もこの炎の中には飛び込めるはずはないんだ」

 

「......」

 

「あの時はホント、油断していた」

 

布団の中がサウナにいるみたいに耐えられない程、熱がこもっている。

 

汗をかくことなんてほとんどない僕でさえ、じわりと首の後ろが湿ってきた。

 

「あ...」

 

ユノの額に玉のような汗が浮いていた。

 

「...ユノ、辛いんでしょ?」

 

「...んー、ちょっとね。

チャンミン、俺にキスをして」

 

「キスなんてしたら、もっと熱くなる...」

 

ユノの乾いた唇が、言葉の語尾を覆いかぶせてしまった。

 

「...んんっ...」

 

それに応えて、舌と舌とをねっちりと重ね合わせた。

 

ユノの上顎から歯茎まで、丹念に舐め上げた。

 

積極的な自分に、ドキドキする。

 

僕の顎とうなじはユノの手に固定されて、逃れられない僕は彼のキスを受け止め続ける。

 

急くようなキスに圧倒されて、ユノの口腔に伸ばした舌が押し返されてしまった。

 

不意にユノから解放されて、口を開いたままの僕が取り残された。

 

あれ...?

 

「俺を抱きしめて」

 

パジャマの上をむしるように脱いだユノは、逞しい半身をさらした。

 

「冷やして。

お願い。

熱いんだ...チャンミンで冷やして」

 

切羽詰まったユノの声音に、僕は焦った。

 

「キスなんてするからだよ!

もー!」

 

こんなに苦し気なユノは3日間で初めてだった。

 

「冷やすよ。

冷やしてあげる」

 

僕の氷の身体が役に立つ時が来た。

 

身体に巻き付いていた毛布をはがした途端、ユノのしなやかな腕が伸びてきた。

 

僕を仰向けに押し倒して、ぴったりと半裸同士が重ね合った。

 

ユノの昂ったものが僕のそこに押しつけられる恰好となって、困ってしまう。

 

中心をずらせば、鼠径部にくっきりとユノのの形を感じとってしまって、もっと困ってしまった。

 

ユノは全体重を預けて僕にのっかっているし、まさか彼を押しのけることはできない。

だって、ユノにのしかかられて、ぬくぬくと温かいなぁ...って、この重みをもうしばらく感じていたいなぁって、思っていたから。

 

それならばと、腰を浮かせてユノのウエストを両脚で抱えこんでみたら、僕のお尻にそれが当たってしまって、もっともっと困ってしまった。

 

この恰好は、まるで...!

 

「チャンミン...『したい』の?

ヤル気が出たの?」

 

「えっと...えっと...そうじゃなくて!」

 

僕のものは、しょぼくれたまま。

 

ユノはいつも、僕をドギマギさせることを言う。

 

「ユノは黙って、大人しくしていろ!」

 

ユノの頭を胸に抱え込んだ。

 

僕の素肌が、沸騰したユノの体液を冷ますイメージを膨らませた。

 

熱い...。

 

ジュージュー音がしそうだ。

 

「水を...喉が渇いた」

 

突然、ユノは僕の胸から引きはがすように身体を起こしてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「水、もらっていい?」

 

「ユノ!?

ふらふらだよ!」

 

ベッドから飛び降りて、ふらつきながら洗面所に向かうユノを追いかけた。

 

「水なら僕が持ってくるから!

ユノ!

横になってた方がいいよ!」

 

ユノには僕の呼びかけが聞こえないみたいだ。

 

「ユノ!」

 

おかしい...ユノが変だ。

 

...と思った時、ユノの膝がかくん、となって。

 

その場にパタリと崩れ落ちてしまった。

 

 

 

(つづく)

 

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